明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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エピソード4 騎士の国の矜持

カジミエーシュ カヴァレリエルキ 騎士競技ドーム

 

 

 控室でベンチに座りながら意識を整える。

 

 精神を研ぎ澄ませ、1本の槍を創るイメージ。

 

 手の中に出現させた光の結晶を、今度はゆっくりと大気に溶かしていく。

 

 

 決勝戦に向け精神統一を図るニアールは、閉じられた扉の先からなお漏れ出る大歓声にどこか懐かしい感覚を感じていた。

 

 自分がかつて己の騎士としての姿を示さんと出場し、優勝したあの大会。

 自分が、耀()()()となった日。

 

 あの時も扉の先から会場の音が漏れ出ていたのを思い出す。

 

 だが、あの時はここまで複雑な事を考えていたわけではなかった。

 決勝の相手の立ち回りや動きの癖を反復し、勝利する事だけが頭にあった。

 

「耀騎士、か」

 

 優勝し、そしてこの国から追放され、ニアールは多くの事を経験した。

 それに伴って、今やこの称号はあの時以上の意味を背負うことになった。

 

 ニアール家の皆やカジミエーシュだけではない。この大地に住まう全ての感染者や虐げられる人々、それら全てを照らすだけの覚悟が求められた。

 

 

『いつか、その覚悟を問われる時が来る。君が語る騎士とは何たるか、その言葉に人を導くだけの重みを持たせられなければ、君が求めてやまない栄誉は一生苦難と闇の先に覆い隠されることになる』

 

 

 ここカジミエーシュに戻る決意をした日の夜、偶然ロドス艦内で遭遇したイグナスにそう告げられた。

 普段気楽な態度を崩さない彼からは想像もできない程真剣な表情で告げられたそれは、今も私の中に深く突き刺さっている。

 

 それもそうだ。非感染者にも関わらずタルラ達を支援し続け文字通り命を懸けてレユニオンをここまで成長させてきた彼の言葉だからこそ、そこには途方もない重みがあった。

 

 ただ強いだけでは足りない。

 仲間がいても成し得るか分からない。

 

 そして失敗は許されない。

 

 何も見えない暗闇の中、それでも光はあるのだと示さなければならない。

 

 

 ニアールは席を立つ。

 不安はある。確証など無い。

 

 

 だが少なくとも、畏れはしない。

 

 

 それは生まれた頃より心に刻まれた家訓であり、また彼女がここ数年歩みを共にした方舟で仲間から学んだことだった。

 

「行くぞ」

 

 

 控室の扉を開き、暗く長い廊下をゆっくりと進む。

 

 やがて辿り着いた光の先で、雌雄を決する相手が悠然と構えていた。

 紅に染め上げられた鎧と、大地を割らんばかりの巨大な斧。

 自分の次代のチャンピオンであり、カジミエーシュの感染者に希望を与えた生きる英雄。

 

(強い)

 

 目の前に立って肌で感じる。

 気迫も、背負うものも、今ここに立つ覚悟も、全てが英雄に相応しい。

 

 

 会場に響くカウントダウンに合わせ、互いに得物を構える。

 

 そして。

 

「決勝戦、開始です!!!」

 

 栄光と血風渦巻く騎士の戦いが、歓声のゴングとともに開幕した。

 

 

 

 その戦いは、ニアールがかつて経験した中で1,2を争う程激しく厳しいものだった。

 

 何合も武器を打ち鳴らし、必殺となるアーツですら決定打にならない。

 互いに全霊をかけ、手にした得物が折れればアーツで補って鍔迫り合いを続けた。

 

 

 だが、それもやがて終わりを迎える。

 これ以上の消耗は看過できないと残る全てを懸ける正に全身全霊の一撃。

 

 実況の追いつかない程の激しい攻防の末、突如として現れた静かな沈黙。

 

 

 誰かが唾を飲み込む音すら聞こえる緊張感の中、遂に最後の一撃が放たれた。

 

 

 光のアーツが競技場を包み込む。

 

 会場を照らすライトすらも染め上げる程の眩い光はやがて収束し、2人の騎士の姿を衆目に晒す。

 

 立っていたのは、黄金眩く輝くクランタ。

 膝をついたのは、紅く染まったミノス。

 

 

 勝敗は決した。

 四方に設置された解説用のスピーカーから今大会の優勝者の名が高らかに告げられる。

 

 

 勝者は、帰ってきた伝説の耀騎士であると。

 

 

 だが、矜持と誇りをもって受け取られるべきその勝利はたやすく踏みにじられた。

 

 

「彼女、耀騎士は感染者ではありません!」

 

 ビッグマウスモーブのやけに高く溌剌とした声が会場に響き渡る。

 今大会主催者側からなされた正式な発表の内容に、多くのものが困惑し隣り合う者と疑問を口にしあう。

 

 事前に計画していたのだろう。こちらに口を出させる暇もなく話を進めていく司会の声は、既に場の空気を支配しつつあった。

 だが、それに対してニアールは思ったほど動揺はしていなかった。

 

(ドクターに忠告されていたとはいえ、やはりか)

 

 この大会、出場し勝ち進んだとして何かを変えられる保証は全く無かった。

 在りし日の、騎士の矜持、真の栄光、それらを取り戻せるかも定かではない。

 

 それでも、ニアール家の、騎士の名に懸けて大地を照らす光がここにあるとそう示すつもりだった。

 

 

 苦難と闇を畏れるべからず。

 

 

 その家訓を胸にこの試合に臨んだ。

 マリアに、ゾフィアおばさん、マーティンおじさん達、それにシャイニングやリズ、ロドスの皆んな。

 多くの人に支えられ、背中を押してもらいここまで来た。

 

 

 だがまたしても、掴み取った光は容易く闇に覆われてしまった。

 

 先程の声明で、私を新しい希望として見出していた感染者達の多くはその期待を裏切られ猜疑心に包まれたことだろう。

 感染者騎士制度を形作り感染者の地位向上に貢献した血騎士を下した、その事実に先の見えない未来の再来を予感する者も多くいるはずだ。

 

 

 だが、それでも。

 

 

(私の為すべきことは変わらない)

 

 

 私が鉱石病に侵されていないからなんだ?

 

 疲労で今にも崩れ落ちそうな体を奮い立たせ、胸に手を当てる。

 

 この身は彼らの苦しみを、怒りを、悲しみを知っている。

 アーミヤやドクター達、ロドスとともにその苦難を分かち合い乗り越えてきた。

 

 

 闇が光を覆うのならば、何度だって私がそれを祓おう。

 希望が見えずとも、そこに確かにあるのだと私が示そう。

 

 大地の全てを照らせずとも、この国の全てには届かずとも。

 

 ・・ただ今迷える人々のために、足元を照らし道を示すことはできるのだから。

 

 その道の先に、真の栄光があるのだと信じて。

 

 

 客席の一画に一瞬視線を遣る。

 今も私を信じて見守ってくれているロドスの一団がそこにはいた。

 

 

 幾度もの苦難と闇を乗り越え背負いそれでもと地を這って進む彼らに、恥じることの無いように。

 

「私が照らす」

 

 

 片膝を立て息も絶え絶えな血騎士の元へ歩み寄る。

 

 彼の感染者の未来を背負う者としての覚悟、見事だった。

 その健闘に応えるため、肩を貸そうとして―。

 

 

 その時、ほんの一瞬、耳障りなハウリング音が響き会場の騒めきを鎮めた。

 

 

「何だよ、機材トラブルか?」

 

 観客が戸惑いの声を上げる中、それらが遠くに聞こえる程私はある一点に目を釘付けにされていた。

 

 

 私の数歩先の地面、血騎士と私の間に投げ込まれた物。

 近づいて手に取ったそれは、特に何の変哲もない只のマイクだった。

 ゴテゴテのスポンサー名に彩られていないという点ではこの地では珍しくはあったが。

 

 

 誰がこんなものを。

 手元のそれから目を離し、投げ込まれたであろう客席のさらに奥を見やる。

 

 

 一般客席の最上階、手すりが並び立見席となっているそこに彼はいた。

 頭をすっぽり覆うコートを被り、一見すると誰か分からないが私には分かる。

 

 ドクターと同じく、それを愛用している彼が誰なのか。

 

 

 フードの内に僅かに覗く口元が動いた。

 遠くて分からなかったが、彼ならこう言うだろう。

 

 

『勝者には、ヒーローインタビューがなくちゃな?』

 

 

 

 ・・・全く、君という奴は。

 

 私も弁が立つほうではないんだがな。

 

 だが面白い。弁明の暇さえ与えず私だけを授賞式の会場に誘導しようとする進行役を無視し、そのスイッチを押す。

 

 

 せっかく彼が用意してくれた晴れ舞台だ。

 騎士らしく、堂々と勝利を迎えよう。

 

 

「カジミエーシュの諸君。耀騎士、ニアールだ」

 

 凛とした声が会場に響き渡る。

 それを邪魔する者は、どこにもいなかった。

 

「まず、今日まで声援を掛けてくれた観客達、競技の開設に携わったスタッフ達に、改めて感謝を。我が故郷、このカジミエーシュがここまで活気ある国であることを嬉しく思う」

 

 事態を把握していない一般客も、騙していたのかと憤りを抑えられない感染者騎士も今だけはその言葉を聞き逃すまいと口を閉じた。

 

「あの日、突如会場に飛び入った私に困惑した者もいただろう。優勝後唐突に姿を消した私のこれまでに疑念を持った者もいると思う。私は感染者としてこの国を追われ、諸国を巡っていた。カズデル、龍門、ウルサス、その他多種多様な地へ赴いたが、私はそこで1つの集団と出会った」

 

 観客席の一画に今一度目を向ける。

 そこにはアーミヤを始め、私をこの地へ送り出してくれた仲間がいた。

 信頼を込めた眼差しが、また私を後押ししてくれた。

 

「その時感染者であった私を快く受け入れ、私の志に共感しともに戦ってくれた。そんな彼らがいたからこそ、私は今、ここに立っている」

 

 モーブが慌ててマイクやら機材を動かしているのが見えるが、どうにもうまくいっていないらしい。

 おそらく彼らの仕業だろう。

 

「ここ、カジミエーシュは騎士の国だ。私も幼い頃から騎士としてかくあるべしと教えられて育った。『苦難と闇を畏れるべからず』、騎士として民を守り希望の光で大地を照らす存在こそが、騎士なのだと」

 

 なればこそ。

 

「血騎士も正にそうだ」

 

 私の言葉に、膝をついていた彼が顔を上げる。

 

「私がこの国を追われたのち、彼は不当に扱われる感染者の希望たらんとその斧を掲げた。その誇りある姿に、皆の多くが心奪われただろう。民に希望を示す姿は、この国が尊ぶ騎士の在り方を体現していた」

 

 こちらを見上げる彼に目をくれることもなく、私は続ける。

 

 既に私達は戦いの中で語り合った。

 その刃で、アーツで、気迫を以て通じ合い、自らの信念をぶつけ合った。

 ならばもはや言葉はいらない。

 

「であればこそ、それを打倒し、この騎士競技の頂点に立った者として、私はこの槍を掲げ示し続けよう! 騎士とは何たるか、希望の光は大地を遍く照らすのかを。それに疑念を持つ者、自らの矜持こそ騎士を体現すると信じる者を、私はこの頂きにて待とう!」

 

 既に穂先の折れたソードスピアを地に突き立てる。

 澄んだ鋼が音を鳴らす。

 

 それはあらゆる障害を切り捨てんとする斬撃の音であり、まだ見ぬ騎士へ向けた戦いの宣誓だった。

 

 

「3年後、新しい真の騎士がこの地に集う事を、期待する」

 

 マイクのスイッチを切り、投げ捨てる。

 

 そのまま空いた手で血騎士の肩を支え立ち上がらせる。

 

 そして肩を貸したまま、空いた左手を強く空に掲げた。

 

 

 

 やがて、会場からポツポツとまばらに拍手が聞こえ始める。

 それは数秒もしないうちに会場全体に広がり移動都市全体を震わせる程大きくなった。

 

「「「「「「ウオオオオオオオ!!!!」」」」」」

「よ、さすが耀騎士!」

「次のメジャーが待ちきれないぜ! なあ?!」

「ああ。今日のチケット取っておいてほんと良かった!」

 

 観客は身の内から湧き出る興奮に座ってすらいられず、立ち上がり拍手で伝説の騎士の復活を称える。

 彼女に憧憬の眼差しを向けるのは、何も一般客だけではなかった。

 

 打倒したはずの血騎士と肩を並べセレモニーへ向かう彼女に、もはやこの会場に集った感染者達から疑念の声は上がらなかった。

 あの演説を聞き、今もなお主催側の意図に反しながらも感染者の英雄と朗らかに笑いながら進む姿を見て、どうして疑えようか。

 

 

 彼女は間違いなく、あの耀騎士だった。

 

 かつて血騎士よりも先にその目に焼き付けた、真なる騎士のまま。

 いや、いっそ大地の全てを照らさんほどの光を携えて帰ってきた。

 

 

 会場を出て、大きな道路を肩を支えあいながら歩く二人を皆が追いかける。

 

 夜明けはまだ遠い。

 だが、光は彼女を中心に続々と集まっていく。

 

 その様を見たとあるカジミエーシュの記者がその様子をこう記したという。

 

 

 騎士が、カジミエーシュに凱旋したのだと。

 

 

 

 

 

 メジャー決勝戦の一部始終を見届けた俺は、表彰式を見ることなくとあるビルの中にいた。

 

 決勝戦後のゴタゴタも片付き、あのファイナリスト2人を無事送り届ける展開は原作と同様、異常なく終わったようだ。

 

 いやー改めて思うけどやっぱドクターやばいわ。

 ニアールさんが優勝した場合鉱石病に感染してなかったことが公式発表される可能性、そして無冑盟の最後の悪あがきの流れまで全部事前に予測して対策練ってたっていうんだからもうやばい。頭の中どうなってんだよ。

 

 

・・・さて。

 

 

 回想も終わったところで、俺は目の前にいる立派な礼装に身を包んだ2人のビジネスマンに目を向ける。

 シミ1つない白い礼装を着たまだ30代とみられる壮年、そして立派な髭を生やした中年の男性。

 商業連合会を代表する代弁者、マルキェヴィッチとマッキーを相手に、俺は優雅にお辞儀をした。

 

「さて代弁者殿、ひいては商業連合会の皆さん。一商人として貴方方にお会いできたこと、光栄に思います。ああ、自分は“元”商人ですがね?」

 

 冗談っぽく自虐してみるが反応は芳しくない。

 ・・・自虐ネタってスベると心にくるなぁ。

 

 

 2人は突如として自分達の前に現れた感染者の青年に警戒心を露にしていた。

 それは商業連合会が感染者に多大なる恨みを持たれているからであり、そしてそんな感染者の中でも此度の騒動でロドスとは別に密かに暗躍していた集団がいたことを知っていたが故だった。

 

 代弁者マルキェヴィッチがゆっくりとその正体を口にした。

 

 

「貴方は、確かレユニオンと言いましたか? ウルサスの感染者自衛組織と聞いています」

「さすが商業連合会の代弁者ともなろう人だ、話が早くて助かります。とても代弁者となって日が浅いとは思えませんね?」

「っ」

 

 自分の素性を把握しているかのような口ぶりにマルキェヴィッチの言葉が詰まる。

 動揺を抑えることができず小さく、本当に小さく息をついた彼を見逃すつもりはない。

 

「あの大停電、商業連合会としては打撃だったでしょう?」

「! 何故それを?!」

「おや? 騎士競技メジャーシーズンというあれだけの稼ぎ時、停電で物流や通信が麻痺していたのは痛手だったでしょうという意味だったのですが、他に何かあったんですか?」

「っ・・・」

 

 この反応を見る限り、無冑盟の奴らはうまく商業連合会の手から離れる算段ができたらしい。

 

 今頃、奴らのメンバーリストが頭に入っていた商業連合会のトップ達は全員物言わぬ死体になっていることだろう。

 彼らという武力装置を失った商業連合会は今後少なくとも公然と感染者を暗殺するなんて大胆な事はできなくなるはずだ。

・・・公然とした暗殺ってなんだ?

 

 

「そういえば、かの銀槍のペガサス含む征戦騎士の登場には驚きましたね。耀騎士と血騎士、2人のファイナリストを揃って護送する圧巻の光景、いや正に騎士の鑑」

「何がおっしゃりたいのですか?」

 

 遠回しな世間話を続ける俺に痺れを切らしたのかその真意を問うマルキェヴィッチ。

 それに俺は余裕綽々に笑みを浮かべながら言ってやった。

 

「簡単な事です。貴方達はあの大会が迎えた結末に泥を塗るつもりのようですが、それをお考え直しくださいと忠告を」

「・・・・」

 

 

 俺の要求に沈黙を貫くマルキェヴィッチ。その額には滝のような冷や汗が流れていた。

 

 

 どうせこいつらの事だ。原作同様感染者や監査会に主導権は握らせまいとデマ情報流したり偏向報道して優勝したニアールさんを貶めようとするのだろう。

 胸糞悪いったらねえぜ。

 

「何の事ですかな?」

 

 経験の浅い彼を庇おうとしたのだろう、もう1人の代弁者が声をあげる。

 

「ああ、そちらはマッキー殿でしたか。どうせ事実でしょう?」

「・・・貴方は理解していない。彼らに主導権を渡すことがどれだけこの国を混迷に陥れるのか」

「では個人であればいくらでも陥れていいと? いやーさすが代弁者マッキー殿、かの燭騎士がワイン風呂に入っているという噂も貴方からすれば些事なのでしょうね?」

「・・・」

 

 俺の皮肉な返しにクッソ苦い虫を噛みつぶした顔をするマッキー氏。

 この人もこの人で報われないが、そんなの関係ない。

 

「いい加減、感染者への不当な扱いが何の利益にもならないことに気付いたらいかがですか?」

 

 手を広げ、遥か遠くを見遣る。

 ガラス張りの壁の向こうにあるビルには、今大会の優勝者であるニアールの姿がネオンの光に彩られていた。

 

「今や彼女の人気は鰻登り、それに伴って騎士競技は今後さらなる発展を迎えることでしょう。それが生み出す利益を計算できない貴方達ではないでしょう? どうせ騎士の誇りだの一銭にもならないと考えているのなら、逆にそれを与えて満足するならいくらでもくれてやれとも思っているのではないですか? くだらない権力争いはやめればいいのに」

「その権力争いの果てに今のカジミエーシュがあるのです」

「ですが貴方達は今までどんな変化も受け入れなかったわけではないでしょう? 貴族社会から資本主義社会へと移り変わり、騎士の在り方もまた形を変えた。ならばそれらが互いに手を取り合う関係と、その輪の中に感染者も迎え入れるような寛容さもあってはいいのではないですか?」

 

 俺の問いに2人は何も返さない。

 どうやら突然現れた不審者でしかない俺の言葉では動かないらしい。

 

(仕方ない。あとは頼んだぜ2人とも)

 

 

「どう思います? 臨時加盟のロドス・アイランド殿?」

「何?!」

 

 マッキーが驚愕の声をあげる。

 後ろを振り返れば、ドクターとアーミヤが歩いてきた。

 

 

 マルキェヴィッチが思わずといった風に視線を逸らす。

 ロドスといい関係を保とうと苦心しながらも最後はあんな形でニアールを貶めてしまったんだ、合わす顔が無いとでも思ってるんだろう。

 

「そうだな。私達が()()()()()()零号地に収容されている感染者も含めて、価値を生み出すことは可能だ、むしろそれらを今摘んでしまうのは後々の大きな損失に繋がるだろう」

 

 それは実質的な勝利宣言だった。

 これまで隠し通してきた零号地での感染者に対する非人道的な処置、その証拠を掴んだという。そしてそれは当然、監査会とも共有されているだろう。

 

 ドクターは凶器にも等しい事実を口にしながら、相対する代弁者に友好的に話しかけた。

 

 

「そう思わないか、()()殿()?」

「・・・ええ、そうですね」

 

 降参とでも言いたげにマルキェヴィッチは両手を挙げた。

 そしてその手は外套のポケットに向かった。

 

 取り出したのは一枚の便箋。

 ロドスを裏切ると決めたその時届けられ、中身を見る勇気が無いと封を開けないまま仕舞われたロドスからの手紙。

 

 

「この封を開ける資格が、私にはまだあるのでしょうか?」

「それは君次第だな」

「ふっ、そうですね」

 

 ドクターの返答に、どこか憑き物が落ちたような爽やかな笑顔で天を仰ぐマルキェヴィッチ。

 

「貴方達のような在り方を、目指してもいいのかもしれませんね」

 

 

 

 

「ありがとうドクター。おかげで助かったぜ、あの商業連合会ですら手玉にとるなんて相変わらず人心掌握がうまい」

「こちらこそ、予想よりも無冑盟の動きが鈍くて撤退も早かった。おかげで被害が最小限に抑えられたよ」

「な~に。ちょっと大人しくしてればご希望に沿うよ~って言ってやっただけさ」

 

 3人揃って仲良く街道を歩く。

 

 

 原作ではマリア・ニアールそしてニアーライトというイベントでその全貌が明らかになるここカジミエーシュ。

 

 ここでは対外戦力である征戦騎士を有する監査会政府と国の経済を手中に収める商業連合会が権力闘争を繰り広げており、その余波は国の重要観光業にもなっている騎士競技にも影響していた。

 

 零号地をはじめとした感染者への非人道的な扱いを表に出される訳にはいかない商業連合会、そんな彼らの尻尾を掴みたい監査会、自分達の身分を勝ち取るために戦うレッドパイン騎士団含む感染者達、そんな彼らを襲う商業連合会の無冑盟。

 それらが形作る複雑な勢力図の中、俺達はなんとかうまくやることができたらしい。

 

 

 今回俺達レユニオンが出来た事なんてそう大したことじゃない。

 ぶっちゃけドクターの方が大した事やり過ぎてほぼ出番が無かった。

 

 こいつ、最初はあくまでも感染者の治療を提供しに来ていたはずなのに零号地の実情や商業連合会の利益関係を見抜いていつの間にかロドスを商業連合の臨時加盟組織にしていた。 

 ニアールが優勝した後商業連合会が暴走する事も予見して征戦騎士を呼び戻す偽装工作にも協力してたらしいし、マジでどういう頭してんだろう? 

 

 

 それに対して俺達は精々感染者騎士であるレッドパイン騎士団を無冑盟から逃がすのに手を貸しただけ。ロドスとは違って元から感染者の自衛組織である俺達は建前だのなんだの考えなくていい。

 プラチナやラズライトといった無冑盟の主力はもちろん、超長距離からあのニアールとシャイニングの2人掛かりでやっと逸らせる威力の精密狙撃をかますクロガネまで相手するのはさすがにちびりそうになったが、そこは原作知識を駆使してなんとか牽制できた。

 

「これのお陰だな?」

 

 俺はポケットに入っていた掌サイズのデータ端末を取り出す。

 

「そのデータ端末は何だい?」

「何も特別なもんは入ってない。俺が趣味で集めたニアールさんの名勝負集だ」

「? そんな物で何を?」

「データ端末っていうのが大事なんだよ」

 

 ちっちっち、と指を振りながら解説する。

 

 

 今回武力装置として暗躍していた無冑盟の狙いは、商業連合会からの任務をこなしつつも陰で彼らから自分達の痕跡を消し独立すること。

 なら、こちらがその狙いを把握しておりまたレッドパイン騎士団の面々が監査会との交渉用に盗み出した情報の1つである無冑盟のメンバーリストを持っていると仄めかせてやれば簡単に釣れた。あのメンバーリストを抹消しない限り無冑盟は永遠に商業連合会の駒だからな。

 

 

「ところで」

 

 種明かしも終わったところで、俺はいつの間にか俺達に合流してドクターの斜め後ろをキープしている人物に目を向けた。

 気配殺して近づくなよ、びっくりするだろうが。

 

「そこの麗しい女性騎士はドクターの護衛か?」

「ああ。彼女のお陰で難を逃れたよ」

「あらあ、何もかも裏で解決していたのはあなたなのに。でもそう言って貰えるのは嬉しいわ」

 

 妖艶な笑みを浮かべドクターを覗き込む女性騎士。その頬は髪色と同じくらい桃色に染まっていた。

 

(あ~あ~、また女性引っかけちゃって。ドクターも隅に置けないねえ?)

 

 のちにロドスに加入するだろう征戦騎士グラベルの様子に、彼女も原作同様ドクターラブ勢になったようだった。

 

「これからもよろしくね、ドクター?」

 

 チュッと柔らかなリップ音とともにドクターから離れる彼女。

 それに顔を赤くするアーミヤと、挨拶だからとでも思っているのか動揺すらしないクソボケドクター。

 

・・・これからしばらくキス魔な彼女がドクターの傍にいるのか。彼の周りの状況を知る俺としては胃が痛え。

 

「エレーナに投げキッスのやり方でも教えてやるか」

 

 不器用にウインクをかます彼女を想像して、俺は心の底からエールを送った。

 

 

 

 

 

 そしてニアールさん達と最後の挨拶をするためニアール邸に向かう彼らと別れ、俺は1人帰路につく。

 

 アーツで周辺を探るが敵の影はない。無冑盟もこれ以上の手出しは無駄だと判断したのだろうか。

 どこか納得がいかないながらも、襲ってこないなら都合がいい。

 

 道すがら、公園を通る。

 都会の中にも関わらず周囲のビルさえ見えなくする程育った森林の中、レンガの道と街灯が向かう方向を示してくれている。

 

 しばらく歩いたその先、何の変哲もない木製のベンチに腰掛ける1人の男がいた。

 彼の元に至る道が、街灯に照らされている。

 

(ああ、そういうことか)

 

 ようやく納得がいった。

 

 ここまで無冑盟の襲撃が無かったのは彼のおかげだろう。

 俺はベンチの手前まで歩き、新聞を読む彼に声を掛ける。

 

 

「ムリナールさん」

 

 

 名を呼ばれた最強の騎士は、鋭い眼光を俺に向けた。

 

 

 




後編に続く
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