明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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エピソード5 騎士の夜明け

 

 静まり切ったネオンの都市。

 煌びやかな明かりからは遠く離れた公園の中で、俺達2人を街灯が照らしていた。

 

 黙って俺を見据える目の前の男を見返す。

 

 

 ムリナール・ニアール。ロドスのオペレーターであるニアールさんの叔父にあたる人物で、おそらくカジミエーシュの中で最も強い騎士でありながらうだつの上がらない社畜やってるおもしろ人物。

 前世ではそのギャップが大人気でムリおじなどと親しまれていた彼だが、視線を向けられた俺は久方ぶりに体を動かせない程のプレッシャーを感じていた。

 

「・・・・」

 

(何か言ってくれよ頼むから)

 

 言葉が足りないどころか喋りもしないのはただのコミュ障だろう。

 威圧感が半端ないコミュ障とか対応の仕方難しすぎるんだが。

 

 

 とりあえず気まずすぎる雰囲気を払拭しようとこちらから話しかける。

 幸い、このベンチは話題に事欠かない。

 

「先日はありがとうございました。丁度この場所でしたか? 貴方のおかげで私も無冑盟の矢に射貫かれることなく済みました」

「・・・・」

「おそらく今も貴方が何か働きかけてくださっているのでしょう? 何かお礼をしなければと思っていたところでした」

 

 感染者達が都市の大分断を計画していたことを受け無冑盟により決行された感染者の掃討作戦。

 連れてきた少数のレユニオンメンバーとともに感染者達の保護を行っていた際、運悪くラズライトのロイ率いる小隊に出くわした。

 

 矢が肩を掠りながらなんとか逃げ延びた先で俺はここに辿り着き、奇しくも今のようにベンチに腰掛けるムリナールに出会ったのだった。

 その後は俺を追いかけてきたラズライトのロイがムリナールを怒らせないよう慎重にここを退くよう説得し、それをムリナールが突っぱねた事で戦闘に入りかけたところにロドスのシャイニングさんがやってきたのは原作の通りだ。

 形勢不利を悟ったロイはダサい捨て台詞を放って撤退していった。ザマアないぜ。

 まあその後シャイニングさんに無茶するなとこっ酷く叱られましたが。

 

 

 俺の提供する話題に乗るでもなく、ただ俺をじっと見つめていたムリナールさんはしばらくしてやっと口を開いた。

 

 

「あの2人はどうした?」

「マーガレットさんとマリアさんですか? 今はロドスの人々と別れの挨拶でもしているのではないですかね?」

 

 俺の予想に、ムリナールさんは顔を顰めた。

 

「マーガレットはここに残るのか。あいつは自分が何をしようとしているのか理解しているのか? ここにもはやあいつが求めているであろう栄光など残ってはいない。いや、あるいは初めからそんなものは存在しなかったのだろう。あいつが耀騎士などと持て囃されたあの日、あいつを守るためにどれほど父が苦労したと思う? マリアもそうだ。上辺だけの栄光を取り戻すために騎士競技などというものに参加しこの都市を覆う闇に目をつけられた。姉妹揃って現実というものが見えていない」

 

 ボロクソ言っているが要は姪っ子達が苦労しないか心配なんだろう。言外に連れ帰れと言われている。

 だが、それを聞くわけにはいかない。

 

 それを決めるのは俺ではなく彼女ら自身だし、仮にそうだったとしてもその役割はロドスこそ相応しい。

 

「ご心配なく。少なくともマーガレットさん、かの耀騎士は自らが歩む道を定めました。どれだけその道が苦難に覆われていようと、その道を照らせるだけの光を携えて。それにマリアさんが心配だと言うならばロドスにお任せください。彼らはどれだけ離れていようとマーガレットさんの盟友、力を貸してくれるはずです」

「・・・・」

「彼女らは決して1人ではない。それは今回の事件を通して貴方も知った筈です。だからこそ、貴方は彼女が騎士競技に参加することを静観し続けた。そして、彼女の行く先を照らさんとあの日ここに来た」

「勘違いをするな。私がここにいたのはあくまで待ち合わせをしていたからだ。貴様らが何を敵に回そうと私の知ったことではない。巻き込もうなどとは思わないことだ」

 

 謙遜という訳ではないだろう。現にこちらを見る目には僅かに拒絶の色が感じられた。

 だが俺は彼の不器用な優しさと頑固さを知っている。

 

「貴方は自分の誇りと義侠心に従い行動を起こしました。どれだけ蔑まれ、失望され、それでもなお曲げることのなかったその信念を、私は尊敬します」

「ふっ、お前に一体何が分かると言うのだ?」

 

 その嘲笑は見る目のない俺に対しての物なのか、はたまた騎士とは到底言えない醜態を晒している自分自身に向けた物なのかは分からなかった。

 

 だけど、俺は本当にあんたを尊敬しているんだ。

 それだけは伝えたかった。

 

「貴方が、騎士であることを誇りに思っている事を知っています」

「私は騎士ではない。この国でそのような称号を得るなど万に一つもありえない」

「貴方にとっての騎士とは何ですか? 叙勲された証である勲章を持つ者ですか、それとも誉れに満ち凛然と輝く高貴な戦士ですか? 違うでしょう?」

 

 アークナイツをプレイしてしばらくして、カジミエーシュを舞台としたイベントを見て心からすごいと思ったんだ。

 

 作中屈指と言えるだろうその強さに心躍った。

 そんな彼の今に至るまでの背景に心打たれた。

 それだけ強いのに社畜みたいな事してくたびれた眼差しを見せるギャップに心掴まれた。

 

 そして、それ以上に。

 

「貴方はあらゆる人に勝利を齎そうとしたのではなく、困難に陥り道を失った人の傍らでその身を温かく照らすことを望んだのです。敗北に塗れてでも、勝利を得られずとも、それこそが果たすべき責なのだと足掻いたのです」

 

 彼が胸に抱えた真の騎士の姿に、俺は憧れた。

 

 

 彼の根底にあるのは優しさだ。

 誰かを包み込まんとする優しさが、他人を、そして自分自身を傷つけてしまったとしても。それでも捨てる事はなかったその頑固さが俺は好きだった。

 

 

「お前達が何をしようが勝手だ。マーガレットももう自らの意思で成すことを決めたのであれば、私がとやかく言う事は無い。だが、私に何かを求めるのであれば無駄な事だ」

 

 だからこそ、惜しい。

 

「貴方は彼女の姿を見て何も思わなかったのですか? 騎士たらんとこの世界を照らす彼女に、手を貸そうとは思わないと?」

「はっ。何を言うかと思えば、あんなもの商業連合会の掌の上の出来事だ。明日の朝刊の一面を見てみるといい。ありもしない醜聞を晒され、観客達のあの無価値な歓声も醜悪な罵声へと移し替えられるだろう」

「そうならないよう、手は尽くしました」

「結果など得られようもないことに人々を唆すことが手を尽くすことだと? マリアもマーガレットもゾフィアも、騎士競技などに現を抜かし、誇りあるニアール家の栄光を見世物にしただけだ」

「騎士競技がただの見世物だと私は思いません。今は商業連合会による不正や陰謀が蔓延っていますが、それを正すことができればあれはこの国を正しく代表する興行になる。いずれこの世界が戦争を忘れたとき、戦いの中で育まれた騎士の魂を継ぐ場としてあれ以上のものはありません」

 

 前世でもスポーツの一部は戦士や兵士をより健全に育成するために発展した側面がある。現代人は剣道等の武道を通して武士道精神やスポーツマンシップを育み、いつしか人々にとっての英雄は軍人達からプロスポーツ選手へと変遷していった。

 

 ここはそんな平和な時代への架け橋になる可能性を秘めている。

 現に感染者騎士という制度が導入され、少しずつではあるが感染者への理解も広がっている。

 

 

「そんなことが可能だと? あれはもはやこの国を腐らす悪趣味な劇場とでも言うべき場所だ。金と名誉という蜜に群がる者とそれを操り利益を上げる事しか頭にない脚本家気取りの商人、そしてそれを眺め娯楽に貶める観客が集う魔窟だ」

 

 だがそれを彼は無駄だと断じた。いっそ最も忌むべき場所とでも言いたげだ。

 

「マーガレットという極上の餌にしばらくは大人しくしているだろう。だが何も変わらない。やがて奴らは利益の分配で争い、彼女を倒すために手段を選ばなくなり、そして彼女の敗北を望むようになる」

「そうなるとは限りません」

「なぜそのような希望的観測ができる? 既に黒騎士という前例がいる。彼女が勝利の果てに何を得たか知らないわけではないだろう」

「ですが今は違います! 彼女を取り巻く環境も、何もかも!」

「そもそも、あのような戦いとも言えぬ場で何を示せるというのだ。騎士としての称号も、向けられる称賛の声も、本来騎士には一切不要のものだ。そんなものに踊らされ、“耀騎士”などという呼び名が何かの象徴になれるとでも思っているのか?」

 

 

 売り言葉に買い言葉。

 引き続き傍観を決め込む姿勢のムリナールに言い募る。

 

 だが返ってくるのは全てを諦めたような無関心さと、僅かな嘲笑だけだった。

 

「では貴方のしている事はニアール家の栄光を守っていると? 碌に仕事もせず部下に負担を掛けるだけの上司に意味も無く頭を下げへつらう事が騎士の本懐だと?」

 

 さすがのムリナールもこの言葉は頭に来たらしい。

 ただでさえしかめっ面の彼の瞳に剣呑な光が灯った。

 

「知ったような口をきくな」

「知ったような口? では聞きましょう、貴方はいつまで知らない振りをし続けるおつもりですか?!」

 

 眉を顰めるムリナール。

 彼から感じる圧もそれまでとは比べ物にならない程強くなるが、一歩も退くつもりはない。

 

 残念だったな、あんたみたいな頑固おやじの相手は初めてじゃないんだ。巻きで行かせてもらうぜ。

 

「貴方の姪はこの世界に蔓延る理不尽をその目に刻み、それでも戦う事を既に決めました。それに比べ貴方は何ですか、立ち向かう事も別の道を探すでもない。ただ現状に膝を屈し自分だけでは貫き通せもしない信念を律儀に抱え込んでいるだけだ! そんな貴方に彼女を、マーガレット・ニアールを否定する資格なんてない! 耀騎士としての彼女の在り方を、見世物だなどと評する資格はない!」

 

 兄夫婦が行方を晦まして、その真相を知っているだろう人間は軒並み口を閉ざして、味方であるはずのカジミエーシュから因縁で雁字搦めにされて、そして彼らの忘れ形見であるニアールやブレミシャインを守り育てるために多くを諦めた彼にとって、この国の殆どはもはや希望を持つに値しないのかもしれない。

 

 それでも。なんでもかんでも諦めたように無気力に振舞う彼は。

 

「だっせえよ、あんた」

「・・・」

「貴方は自分に向けられる失望の眼差しよりずっと深く、この世界に絶望しているのでしょう。それほどまでに固く信じた信念も、現状を変える力すらないことに憤りと無力さを感じているのでしょう」

「・・ああ、そうだ。所詮私のアーツなど何も照らすことはできない」

「それでもと、言い続けるのです!」

「!」

 

 初めてムリナールの顔に諦観や拒絶以外の感情が浮かんだ。

 咄嗟に言葉を続けようとして、今自分が口にしている言葉が感情任せになっていることに気付いて何も言えなくなった。

 

 彼のかつての戦友、トーランドの気持ちも分かる。

 すげえ人なのに、こんな風に諦めた姿は見たくない。

 勝手な期待を押し付けて何様だって感じだが、それでもこの人には輝いていて欲しい。

 

 彼を説得したいのに合理的な方法も何も浮かばなくて、結局そんな自分に呆れて笑うしかなかった。

 

 

「私はバカなので、それしか方法を知りません」

「・・・何の解決にもなっていない事を理解しているか?」

「それでもいいんです。だから仲間を頼ろうかと」

 

 それこそあの日、タルラと出会った日から何も変わらない。

 

 俺1人でできる事なんてたかが知れている。

 商会の皆んなと、レユニオンの仲間達、多くの助けを借りてここまで来た。

 

 パトリオットを説得する時なんか何度も正論叩きつけられてこの頑固ジジイって思ったし、あの氷原を取り巻く状況の厳しさになんとか解決策をひねり出して、何度諦めろって言われても突っぱねた。

 

 そうして進んで、少しずつ仲間が増えて、気付いたらこんなところまで辿り着いてた。

 

 俺の仲間は、レユニオンはどいつもすごい奴ばかりだからな!

 他力本願と言われたら笑うしかない。

 でも、こんなすごい奴らが仲間ってだけでなんでもできる気がしてくる。

 

 あいつらと一緒に、この世界でハッピーエンドってやつを掴んでみたいと思っちまう。

 

 

 その答えに、ムリナールは押し黙った。

 

 

 今まで誰かに頼るという事をしてこなかった彼には荷が重いだろうか?

 まったく。サルカズ傭兵のトーランドとかペガサス騎士団の団長とか人の脳散々焼いておいてほったらかしとか良くないよムリおじ?

 

「これはうちの者に聞いた話ですが。案外、頼られると嬉しいらしいですよ?」

 

 タルラを含め、エレーナやアリーナ、他のレユニオンの奴らから耳にタコができるくらい聞かされた話だ。

 

 

「貴方は確かに歴戦の騎士なのでしょうが、今の私には道を見失った迷い人に見えます。先程知らない振りをするなと言いましたが、それは彼女のことだけではなく、貴方が胸に抱える望みについてもです」

「・・・・」

「手を伸ばさない者に栄光は訪れない。欲しいものがあるのなら、行動を起こすべきです」

「・・・いまさらだ」

「いまさらなんてことはありません。いつだって現在(いま)が私達の最前線です。それに貴方が守るべき子どもは、もういませんよ」

 

 むしろ彼女達なら笑って見送ってくれることだろうし、かつての戦友達に頼めば喜んで助力してくれるだろう。

 

「それではこれで。貴方の行く道に光が差すことを願っています」

 

 既に彼の意識は俺には向いておらず、目を瞑ったまま思考に耽っていた。

 恐らく決心を固めているのだろう、そんな彼に一礼し舗装された道を進む。

 

 だが、数歩もしないうちに呼び止められた。

 

 

「お前達は今後どうしようというのだ? ここへ留まり商業連合会と生産性のない睨み合いを続けるのか? お前達が庇った感染者達はどうする? 一生ここで面倒を見るのか?」

 

 ああ。確かにそれは心配だわな。

 ムリナールさんがずっと気にかけていた兄夫妻を探しにカジミエーシュを出るとすればマーガレットさんがこの国に取り残されることになる。

 マリアさんやゾフィアさんがいると言っても感染者を助ける立場に立つ以上、厳しい状況になるだろう。

 

 原作通りレッドパイン騎士団をロドスに勧誘するかもしれないが、それでも自分の身の安全すら覚束ない非戦闘員の感染者は大勢いる。

 彼ら全員を匿うのは今のニアール家には荷が重い。

 

「それについてはご心配なく」

 

 だが俺は案外過保護な彼の懸念を断ち切るように余裕をもって答えた。

 立ち止まりはしたものの、首だけ振り返って心配ないと太鼓判を押す。

 

 

 それはこの事態を予測して既に手を打っているからであり。

 なにより。

 

「もう目途は立っていますので」

 

 

 彼らなら大丈夫だと、そう思っているからだ。

 

 

 

 

カジミエーシュ領地 滴水村

 

 そこはカジミエーシュの中でも珍しくない廃れた田舎の村だった。

 

 麦が生い茂る農地と何頭かの牧獣が放し飼いされているだけのそこは牧歌的で穏やかな静けさに包まれていた。

 

 人口も数百もない。しかもその大部分が近くの酒蔵の従業員というのだからその規模の小ささが分かるだろう。

 

 そんな辺鄙な村の入り口からすぐの場所に建つ酒場は昼間にも関わらず賑わっていた。

 酒蔵の従業員が自ら手掛けた酒の品質の確認を口実に飲んだくれ、それに釣られて村の住民の中でも暇な人達も一緒に机を囲む。

 

 至って平和なこの村の日常の一部でもあったそれは、突然の来訪者によって破られた。

 

 

 酒場の両開きのドアを押しのけるようにして数人の浮浪者が雪崩れ込む。

 

「助けてくれ!」

 

 開口一番にそう言った男の肩には矢が突き刺さっていた。

 傷口から流れ出る血が木製の床を赤く汚す。

 

 よく見れば彼らの薄汚れた衣服の隙間からは体表源石が見え隠れしていて、酒場にいた人間の一部は彼らが感染者であることに気付いていた。

 

「ここなら俺達を、助けてくれるって聞いたんだ。それで」

「ああ。まず席に座りな」

 

 そんな彼らの嘆願に応える声があった。

 

 

 酒場の奥、そこにある扉から出てきた大男は何故か全身を厚い作業服で覆っていた。

 気候的に涼しいここカジミエーシュとはいえその姿には助けを求めた彼らも怖気づく。

 

 酒場の店主の彼はそんな反応に慣れっこなのか入口を見ながら呟いた。

 

「こんなところまで来やがったか。ボスの言っていた通りしつこい連中だな」

 

 その言葉、そして彼の視線の先に、息も絶え絶えな集団は今まで自分達が何から逃げていたのかを思い出し再び震えだす。

 

「来た、あいつらだ!」

「止まれ。全員その場を動くな」

 

 身を隠そうとした彼らを鋭い声が止める。

 

 いつの間にか酒場の入り口に弓を手にした数人が立っていた。

 覆面をした彼ら無冑盟はその相貌同様、一切の感情を伺わせない声音で酒場にいる全員に忠告した。

 

「そいつらを引き渡せ。都市内で犯罪を起こした指名手配犯だ」

「へえ。そらまたどんな事をしでかしたのか興味があるな」

 

 だが、店主の男がそれを煽る。

 

「お前達が知る必要のない事だ」

「ならそちらの要望にも従えないな。第一お前達のような覆面の不審者の方が怪しく見える」

 

 そう言って床にへたり込む感染者達を庇い前に出る店主。

 彼もまた頭を覆うヘルメットに遮られ表情は伺えない。

 

 それでも、決してそこを退く意思が無いことは明らかだった。

 

「何の真似だ?」

「悪いが、こいつらはウチの従業員でな」

「先程会ったばかりだろう?」

「来るもの拒まずが上の方針でな」

「そうか」

 

 会話を打ち切った無冑盟達は一斉に矢を番え弦を引く。

 

「無駄な正義感をかざした事を後悔して死ね」

 

 矢が放たれる。

 アーツが込められたそれらはどれも致命に至る威力を内包していた。

 

 それが複数。

 到底ただの一市民が防げる代物ではない。

 

 

 それを。

 

 

「ふんっ!」

 

 店主の男は目の前にあったテーブルを軽々と持ち上げ即席の盾にすることで防いだ。

 普通、木製のテーブル如きでは何の障壁にもならないだろう。

 

 だが、この酒場は少し特殊だった。

 矢は机に衝突した瞬間、そこに裏打ちされていた分厚い鉄板によって甲高い音を立てて弾かれる。

 

 

「何?!」

「後悔するな、だと?」

 

―ヴォン、ヴォン、ヴヴヴヴヴンンン

 

 立てられた机の裏で、チェーンソーのエンジンが唸る。

 

 見れば酒場に屯っていた多くの者がその手に武器を握りしめていた。

 どこに隠していたのか。盾や鉈、ボウガンに空き瓶を手にする彼らの視線は全て不躾な侵入者へと向けられている。

 

 エンジンの奏でる駆動音は、彼らの意思を表していた。

 

 

 敵は全力で叩き潰す。

 

 

 既に火蓋は切られた。

 

 いや。無冑盟が苦し紛れに放った矢ごと、酒場の店主である()()()()()が切り捨てた。

 

「お前達こそ、俺達に喧嘩を売ったことを後悔するんだな」

 

 

 獲物を捉えたチェンソーが雄たけびを上げる。

 それに呼応するかのように酒場の人間が一斉に襲い掛かる。

 

 

 かくして無冑盟の追手は討伐された。

 

 彼らの敗因は1つ。

 レユニオンが拠点としているこの村をただの田舎と侮ったことだった。

 

 

 

 

『よう。繁盛してるか?』

「ボス。おかげ様で」

 

 

 酒場のバックヤード、そこに備え付けられた通信機から聞こえる上司の挨拶に無難な返事をするビッグボブ。

 

『そっちに向かった感染者達は全員無事だったか?』

「ああ。何人か追手に怪我を負わされてはいたが全員無事だった」

『すまない。流石に都市外に出た感染者にまで手は出さないだろうと思ったが、考えが甘かった』

「今度からはこちらの人間を迎えに遣る。それに今回のゴタゴタが解決したらそれも無くなるだろう」

『ああ。苦労を掛ける』

「いや。レユニオンの幹部筆頭様には負けるさ」

 

 

 今回の想定の見通しが甘かったのは事実だったが、いつまでも引きずるのは性に合わない。

 雰囲気を変えようと酒蔵の新しい酒が好評な事を伝えれば、喜ばしいと声が高くなった。

 

 

『それはよかった。あくまでも拠点のカモフラージュのために建てた酒蔵だったが思いの外収益が出ていて驚いたぞ?』

「カジミエーシュは賞金稼ぎなんかがあちこちうろついているからな。客もそこそこ入るしひっそりと農業やるにはうってつけだった」

 

 それに、この付近にはつい最近まで()()()が広まっていた。

 それもあってこの酒場自体もそこそこ賑わっていたのだ。

 

 その分面倒な輩もこの地を訪れるが、遅れを取るような俺達ではない。

 

 

『村の人間とはうまくやれてるか?』

「そこは心配しないでくれ。悪質な賞金稼ぎを追い払ってやったら礼をしたいってな。まだ感染者を怖がっている連中もいるがうまくやるさ。幸い酒蔵は村から少し離れたところに建っているから、大体の奴はそっちに移ってもらっている」

『それでうまい酒も造れると。人気者だなビッグボブ?』

「よしてくれ。ボスに言われてもピンとこない」

『案外、商売の方が向いているのかもな? どうだ、俺の弟子になってみないか?』

「・・・考えておこう」

 

 カジミエーシュでの活動を命じられてから数ヶ月が経とうとしている。

 用意されたこの酒場と酒蔵での生活にもようやく慣れたところだ。

 

(明日の飯にも困っていた俺達が、今や経営者か。人生分からんものだ)

 

 

 この酒場に連れてきていた自分の部下含め、俺達はつい数年前に感染者になったばかりだった。

 職も人権も奪われどうにか食いつなぐために強盗紛いのことすらしていた頃からすれば、こうして辺境とはいえ自分の店を持てているなど過去の自分に言っても信じないだろう。

 

 

 感慨に耽っていると、コンコンと控えめに扉がノックされる。

 

 うちの奴らじゃないな、と当たりをつける。

 自分の部下はもっと雑にドアを叩くし、最悪ノックすらしない者もいる。

 

 こちらを気遣う弱弱しい音に、ビッグボブは心当たりがあった。

 

「入ってくれ」

「失礼します」

 

 入ってきたのはまだ年端もいかないクランタの少女だった。

 自分とは比べようも無く小さな体躯に、ビッグボブは毎度ちゃんと食べれているのか心配になっている。

 

 だが同時に、彼女がその年に見合わないだけの役割を持っていることも知っていた。

 

「ボブさん」

「村長、何か問題か?」

「いえ、先程また不審者を追い払ってくださったと聞きました。いつもありがとうございます」

「いや、今回はこちらの不手際だ。むしろ迷惑をかけていないかが心配だ」

「迷惑だなんてそんな。それに」

 

 言葉を切ったクランタの少女は窓から外の村の様子を見る。

 

「ボブさん達には数えきれないほど恩がありますから。荒くれ者を追い払ってくださるだけでなく、あなた達のお酒のおかげで村にも活気が出始めました」

 

 彼女もまた、この村が今享受している平和に感慨を抱いていた。

 

 

 まだ彼女が村長になって間もない頃、この村は近くで騎士の墓が発見された事で次々とやってくる賞金稼ぎ達に脅かされていた。

 

 それを退け今の平穏を保ってくれているレユニオンの面々に年若い村長はとても感謝していた。

 

 だからこそ、この村の現状を申し訳なくも思っていた。

 

「すみません」

「どうした突然?」

「村の皆も感謝しているんです。ただ、まだ勇気が出ない人も多くて・・・」

「・・・気にしないでくれ。仕方がない事だ」

 

 気遣う彼女に申し訳なくなってくるビッグボブ。

 

 このような辺鄙な村でも鉱石病の脅威というものはある程度知れ渡っている。むしろ今イグナス達がいる移動都市のように感染者騎士という形で接する機会すらない分、漠然とした恐怖が付きまとう。

 こうして外からやって来た感染者達を勝手に迎え入れ村の近くの酒蔵に住まわせているというのだから当然村民からの反発もあるだろう。

 

 こうして自分達の事を知ったうえで同じ部屋にまで入ってくる彼女のような人の方がむしろ少ない。

 

 そんな彼女が自分達との間を取り持とうと手を尽くしているのを知っているだけに、気に病む彼女をどうにかしてやりたかった。

 

(そういえば)

 

 ふと思いついたビッグボブは棚から箱を取り出し彼女に手渡す。

 

 その中には、イグナスに語った新しい酒が乾いたシロツメクサに覆われていた。

 記念として保管していたものだったが丁度いい。お得意様にはこういったものを贈って贔屓にしてもらうものだと聞いたことがあった彼は、頑張り屋の年若い村長にささやかな贈り物をした。

 

「今年一番の出来のものだ。君にあげよう」

「そんな! 申し訳ないです。それに、まだ飲めませんし」

「ではこうしよう。これは私が預かっておく。君が飲める年になった時、これを空けよう」

 

 それはつまり、その年までしっかりと良い関係を続けようという信頼の証だった。

 

 彼女もそれを理解したのか少しだけ顔を綻ばせ、決意に満ちた表情で告げる。

 

「はい。私、頑張りますから」

「こちらこそ。この村の平和は俺達が保証しよう」

 

 そんな真面目な顔とは対照的に、ビッグボブは微笑まし気に誓った。

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