明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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エピソード6 ドッソレス・ホリデー

ボリバル ドッソレス 

 

 

 照りつける太陽

 見渡す限りの青い海

 

 よせては返す波の音と、はしゃぐ人々の声が混ざり合う。

 

 

 双日都市、ドッソレス。

 

 

 アークナイツの世界でも珍しいリゾート都市として繁栄してきた富の集積所。

 

 娯楽に溺れ、楽しみ、それを是とする観光都市は、別名「散財都市」と呼ばれるほどに貧富の移り変わりが激しい。

 一攫千金の夢を見た者達からは天国とすら言われるこの地も、その名にふさわしい楽土と化している。

 

 

 そして、この日はそんな毎日お祭り状態のドッソレスがさらに賑わう日でもあった。

 

 

 ドッソレスウォーリアーチャンピオン。

 

 

 移動都市ドッソレスの海として利用している海水を交換しなければいけない期間、催されるこの大会は都市全域で大規模な戦いが繰り広げられる。

 

 普通はそんなことしたら町がボロボロになるのだが、あろうことか都市側がそれを容認しさらには被った被害は都市側で負担するという。

 大規模なレースを勝ち抜いたものには莫大な賞金と水門のスイッチを押す権利が与えられ一躍時の人となれる。

 

 海水が抜けて観光どころではなくなる期間すらそのような催しでビジネスチャンスに変えようとする手腕は素晴らしい。このドッソレスをここまで発展させた市長カンデラ・サンチェス。彼女の経済的、そして政治的手腕はあのウェイ長官にも匹敵するだろう。

 

 

 そんな祭りが今始まろうかという時。テラにおいてはその1粒ずつが宝石と言えるほど貴重なきめ細かな砂が敷き詰められたビーチで、すれ違いざま足を止める者達がいた。

 

 

「お?」

「なに?」

 

 

 ほぼ同時に振り返った2人が互いに見つめ合う。

 

 どちらも龍族の女性であり、その容姿はともかく纏う雰囲気はどこか似通っていた。

 

 恵まれそして鍛え上げられた肢体を大胆に晒す彼女らは、浜辺でも自然と注目を集めていた。

 

「何ボーっとしてるのよ? あら?」

「アンタ達、もう開会まで時間が無いんだから寄り道は・・て」

 

 そこにさらに人が加わる。

 

 ピンクの髪を団子状にまとめたザラックの美女。

 そして絢爛というにふさわしい気品を漂わせるフェリーンの令嬢。

 

 動かない友人に声を掛けようとした2人がその視線の先に気付く。

 そこの見知った顔に、思わずと言ったようにスワイヤーが声をあげる。

 

 

「タルラじゃない! あなたなんでここに!?」

「観光だ」

「うそおっしゃい。そんな柄じゃないでしょうに」

 

 当然だろう、といった風にタルラが答えるがスワイヤーがそれを一蹴する。

 

 

 様々な奇跡が重なり幸運にも無事再会を果たした彼女らだったが、タルラは今や世界に名を知られるレユニオンのリーダーだ。そんな事をしているとはスワイヤーには到底思えなかった。

 

 まだタルラが誘拐される前、この場にいる4人でよく遊んでいた頃のわんぱくな彼女を知る身としては尚の事だった。

 

 

「本当だ。彼が誘ってくれた」

 

 タルラはビーチの一画を陣取る一団に目を遣る。

 釣られてその先を見た3人は浜辺でのんびり寛いでいるとある集団に気付いた。

 

 

 その集団もまた非常に目を惹く存在だった。

 

 まず美女が多い。

 

 1人は雪のような肌をしたコータス。水着というよりもレース生地の涼し気なワンピースに身を包み、手袋にさえ隠された素肌が逆に深窓の令嬢といったようで見る者の想像を掻き立てている。

 

 次に赤毛のレプロバ。こちらは前者とは反対に現代的かつロックな装いで、黒地のシャツの上に薄手のジャケットを羽織ってはいるもののダメージの入ったショートデニムからはすらりとした足が伸びていた。

 

 そして最後に()()()()のサルカズの美女。白い肌を覆うビキニにくわえ、黒く夜空のように透き通った布が巻き付きなんとも煽情的かつミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 

 

 どれも開放的になったバカンス中の観光客からすれば垂涎ものの逸材だ。

 だがそこに向かおうとする者は誰一人として存在しない。

 

 それもそのはず。

 入れば最後、生きては帰れないだろうというプレッシャーがすぐ傍から放たれているからだ。

 

「リュドミラ、そのパーカー暑くないのか?」

「日に焼ける方が辛い。というかお前も人の事言えないだろう? なんだその不審者みたいなバイザーは?」

「姐さん、どうでしたかシエスタでの観光は?」

「あまりゆっくりとはできなかったな。まさか火山が噴火してオリジムシが出てくるとは思わなかった」

「あちゃー、じゃあ特に進展は無しですか」

「?」

「決まってるでしょう? その服、ちゃんとドクターに見せれたんですかって聞いてるんです」

「なっ!?」

「俺達に出来ることがあれば言ってくれ。応援している」

「・・・・」

「どうしたマドロック嬢? 日差しが強いならばパラソルの下に入るといい」

「ん? ああ、すまないヘラグ殿。ビッグボブがシエスタかドッソレスに来たいと言っていたからな。自分だけ、少し申し訳ない事をしたなと」

「それならば写真と一緒に手紙と土産を送ってやるといい。きっと彼なら喜んでくれるだろう」

「・・・そうだな。そうする」

 

 

 絶世の美女達を囲むバイザー姿の変人、屈強な男達、そしてイケオジ。

 楽しそうに浜辺を満喫する彼らに混ざろうと言う輩は現れず。

 

 

 ただその光景を眺めるだけの一団が人垣となって周りを囲っていた。

 

 

 

「「・・・」」

「何よあれ、随分存在感のあるお忍びね?」

 

 スワイヤーが呆れる。

 他2人はコメントを控えたものの、気持ちは変わらない。

 

 だがすぐに違和感を感じ取りバレないよう周囲に目を凝らす。

 スワイヤーはともかく、戦士としての勘が鋭いチェンとリンは周りでこちらを伺っている視線に気づいており、自然と警戒を強める。

 

 だが、タルラがそれを治めた。

 

「気にするな。こちらの護衛だ」

「護衛ね・・・必要あるのかしら?」

 

 リンが訝し気に、若干の皮肉を込めてそう口にする。

 

 確かにあれがレユニオンの幹部の者達だとしたらその実力は本物。

 海で羽目を外し過ぎた愚か者はおろかドッソレスの正規兵でも太刀打ちできないだろう。

 

 言外に何か企みがあるのではないかと疑う彼女に対しタルラも穏やかに諭す。

 

「何事も勝てばそれでいいという訳ではないだろう? 戦いそのものを起こさない事もまた勝利だ」

「それは正しいわね」

「お前達はどうしてここへ?」

「政務で忙しいあなたのお父上の名代よ。といっても、自分から進んで立候補したけど」

「アタシは次期局長として一応の顔合わせにね。こっちの商業連合会の実情とかも把握したかったから。ホシグマも来てるわよ?」

「私はシエスタに居たところにフミヅキさんから招待状が届いてな」

 

 三者三様の事情を聞いて納得するタルラ。

 そんな彼女を見て心中でひっそりと安堵するリン。

 

 ここに来る前顔を合わせたドッソレス市長カンデラ・サンチェスから余興として伝えられた裏で動く正体不明の組織の情報。

 その正体が彼女らレユニオンではないかと密かに警戒していたリンだったが、この反応を見るに何か騒動を起こそうという気配も感じなかった。

 

 

 相手が同郷の幼馴染だとしても関係ない。

 

 自分の道を阻む、ひいては龍門の治安を脅かす危険のあるものは全て取り除くのが自分の役目だと自負するリン。

 そんな彼女は少なくともこの厄介な集団を敵に回すことはなさそうだと結論付けた。

 

 

 ただ、それでも看過できない事もある。

 

 

「ところであなた」

 

 リンがタルラを呼ぶ。

 その目は彼女の腰に向けられていた。

 

「何故、木剣なんかぶら下げているの?」

「ああこれか?」

 

 タルラは腰に提げた木剣の柄に手を這わせる。

 

 その所作にリンの目が細められる。

 バカンスに来た、というには少々物騒な代物だ。

 先程の正論に真正面から喧嘩を売る所業に内心呆れ果てる。

 

 先程合流した妹の方は当初布に包んでいたとはいえ赤霄なんてものを腰にぶら下げていたこともあり、リンの2人への評価は剣狂いの脳筋という形で下方修正されつつあった。

 

「なんでも、夏にビーチに来たのであれば目隠しをした状態で果物を斬るという遊びが定番らしくてな。お前達は持っていないのか?」

 

 律儀にポケットから目隠し用のスカーフまで見せつける彼女。

 その暁色のスカーフに堂々とレユニオンの印が刻まれていたことは、その場の3人とも気にしないことにした。

 

「知らないわよそんな遊び」

「そうなのか? 中々に面白いぞ」

 

 タルラが懐からリンゴを取り出し宙に投げる。

 

 それは天に向かって飛翔し、やがて重力に従ってこちらに落ちてくる。

 

 その間に目隠しを済ませたタルラは腰に提げた木剣を迷いなく一閃させた。

 

 

 スパッ、と。

 

 

 明らかに木剣がさせていい音じゃない気がするが気にしない。

 

 左手で落ちてきたリンゴを掴み、木剣を持った右手で目隠しを上げるタルラは()()()()()()4()()()()()()()()それの一片をつまみ頬張る。

 シャキッというなんとも瑞々しい音がした。

 

「・・・・」

「・・・・」

「・・・・」

 

 それを見ていた3人は開いた口が塞がらなかった。

 

 特にチェンに関しては同じ剣を学んだ者として、その技の出鱈目さに頭が痛くなってさえいた。

 

「あなたそれ、絶対やり方間違っているわよ」

「そうか?」

 

 そんな超絶技巧が必要な遊びなどあるわけがないだろうと、唯一驚愕から立ち直ったリンが指摘するも当の本人は呑気に2口目を頂いていた。

 

 

「それにしてもフェイゼ。そういった格好を見るのは初めてだが、よく似合っている」

 

 2口目のリンゴを飲み込んだタルラは妹のお洒落を手放しで称賛する。

 

 今彼女は大胆に肌を晒す黒のビキニの上にショートパンツを履きパーカーを羽織っている状態だった。活動的で凛々しいチェンにぴったりで、男っ気のない妹を心配していたタルラは密かに胸を撫でおろしていた。

 

「まあ、せっかく海に来たのだしパーカーは脱いでもいいと思うがな?」

 

 その一言に若干眉を寄せるチェン。

 確かに泳ぐときには邪魔になるだろうが平時ならばこれで十分だし、そもそも煩わしい視線を向けられるのは不快だ。

 

 それにそんな事を言うタルラも自分と似たようなものだった。

 もっともサイズが合っていないのか袖は少し余り気味だったが。

 

 

「そういうお前も上着を羽織っているじゃないか」

「これには理由があってな」

 

 どこか嬉しそうに話すタルラ。

 チェンはその反応を見て思わずしまったと自身の不覚を悟るがもはや手遅れだった。

 

 タルラが振り返った先には、先程見遣った集団があった。

 

「私の水着を見せたらイグナスがこれを渡してきてな。日焼けするといけないからと言っていたがまったく、これではせっかくの海が楽しめんではないか?」

 

 こちらの視線に気づいたのか手を振ってくるバイザー姿のイグナスにタルラは小さく手を振り返す。

 

 その言葉を聞いた幼馴染2人は顔をこれでもかというほど顰めた。

 

 

 口では不満を言いながらもその表情は雄弁に語っていた。

 

 

 この女、惚気ている。

 

 

「ちょっと、やめてくれない? ただでさえ暑いのに」

「そうね。すっかり色ボケたわね」

 呆れ半分、苛立ち半分に抗議する2人に対し、タルラはどこ吹く風だった。

 

「ふふん。独り身の者から言われても響かんな」

 

 

 

 ブチッと。血管の切れる音がした。

 

 

 

 スワイヤーとリンは激怒した。

 必ず、この色ボケ龍女をボコボコにしなければならないと決意した。

 

 2人に色恋は分からぬ。どちらも生粋のお嬢様であり。目標に向かってひた走り恋愛に現を抜かさぬ日々を送ってきた。

 

 

「ちょっと見ない間に随分言うようになったじゃない? 表に出なさい、ボコボコにしてやるわ!」

「ええ。覚悟する事ね」

 

 リンが砂を操って硝子の剣を形成し、スワイヤーは扇子とお土産用に買っていた酒瓶を手に持った。

 それぞれが得物を構える中、タルラは不敵に笑う。

 

「いいだろう。相手になってやる」

 

 

 殺気立つ2人に対し悠然と腰の木剣を抜き放つタルラ。

 

 ちなみにチェンはそれを黙って見守っていた。

 日頃からタルラの惚気に晒され続けてきた彼女はもはや百戦錬磨の強者、この程度で動じたりはしない。

 

 

 なんだなんだといつの間にか集まっていたギャラリーも3人の放つ濃厚なプレッシャーに息を呑んで見守っていた。

 

 

 動かない両者。

 限界まで張り詰めた弦のような緊張感のなか、観客の頬から垂れた汗が砂浜に落ちた。

 

 

 動き出したのはリン。真正面からタルラへと突っ込み硝子の剣がタルラを上段から捉える。

 それを見切り身を反らすタルラ。砂浜という足場の悪さのなか、最小限の動きで剣閃を躱していく。

 

 アーツを纏った剣撃がタルラの後方に抜けて突風を巻き起こした。

 

 

「アタシを忘れないでよね!」

 

 リンが身を屈めた隙を縫うように背後から酒瓶が投げられる。

 

「無論、忘れたりなどしないさ」

 

 だがタルラは木剣を片手で持ち、もう片方の手で勢いを殺して酒瓶を掴む。

 そのラベルを見て、タルラの眉が上がる。

 

「ほう? 中々いいシャンパンだ。もったいない」

「アンタののぼせた頭をぶっ叩くにはちょうどいいわよ! 彼氏がいるのがそんなにいいわけ?!」

 

 怒りのまま手当たり次第に酒瓶を投下する。

 それらを受け流しながらタルラは1つ訂正をした。

 

「彼氏じゃない。彼とは既に生涯を誓い合った仲だ」

「知るか!!」

 

 酒瓶の弾幕が勢いを増す。

 流石に全てを回収するのは不可能と断じたタルラは惜しむ気持ちを抑え木剣を握り直す。

 

 

 飛来するそれらを躱しつつ、それでも避けきれないものは木剣で叩き割った。

 

 夏の日差しに照らされて飛び出たシャンパンが黄金に輝く。

 だがそれとは別に虹色に反射する塵をタルラは視界の隅に捉えた。

 

 

 見ればいつの間にか死角に陣取っていたリンがアーツに集中していた。

 タルラがスワイヤーに気を取られている間、リンは虎視眈々と機会をうかがっていた。

 そして、今その時は訪れた。

 

「そこ!」

 

 リンが手をかざす。タルラに無残に砕かれた酒瓶、そこに含まれる硝子をアーツで操り背後から殺到させる。

 それと当時に自らも距離を詰め、挟み撃ちの状況をつくった。

 

(捉えた)

 

 どちらかに対処しようとすればもう片方は必ず通る。

 無理に躱そうとすれば体勢が崩れ追撃で仕留めきれる。

 

 

 まるで詰将棋じみた一手に、勝利を確信するリン。

 ここで決めると、タルラがどう動くかに神経を集中させる。

 

 

 だが、彼女は忘れていた。

 長年会っていなかった幼馴染がどんな成長を遂げていたか。

 いかにタルラが規格外の存在になっていたかを。

 

 

 前後を挟まれたタルラはもはや目に頼ることを止めていた。

 

 腰を落とし、木剣を頭の横で水平に構える。

 

 

 何かが高まっている。

 

 父の下で修業を重ね育まれたある種の第六感が、リンに咄嗟に防御の構えを取らせた。

 

 

()()()()

「!」

 

 

 瞬間、音を置き去りにしたようにタルラを中心にいくつもの剣閃が煌めく。

 

 澄んだ切断音とともに宙を飛来していた硝子は粉々となって浜辺へと還り、遅れて思わず目を閉じてしまう程の突風が巻き起こる。

 

 衝撃で彼我の距離を分かたれたリンは握っていた硝子の剣を見下ろす。

 

 その刀身は半ばから綺麗に()()()()()()()

 

 

 ゆっくりと、そんな芸当を成し遂げた張本人の方を見る。

 構えを解き、残心を終えたタルラの口元は満足げに笑っていた。

 

 

「強くなったな、リン・ユーシャ」

「・・・嫌味にしか聞こえないわね」

「そんな事は無い。お前はもう、夢に向かって進む覚悟を決めたのだな」

 

 眉間に皺を寄せるリンに対し、タルラは友の成長を誇らしく感じていた。

 

 かつて龍門でよく集まりともに過ごした友人が、自分と同じように理想を追い求め前へと進む力と覚悟を手にしていた。

 ガキ大将として彼女らを引っ張っていた身としてこれほど嬉しい事は無い。

 

「ベアトリクス、お前もな」

「うっさいわね。アンタに心配されなくても、龍門はアタシ達で守るわ」

「そうか」

 

 肩で息をしながらもスワイヤーは胸を張ってそう告げる。

 

 遠い記憶にある、虐められて自分が代わりにやり返していたお嬢様はそこにはおらず。

 堂々と宣言する彼女に逞しくなったと感慨深くなるタルラ。

 

 

 じゃれ合って満足したのか木剣を腰に納めようとして。

 周りの観客の大歓声がそれを止めた。

 

 

「というわけで! 急遽予選に殴りこんできた彼女らがまさかまさかの大進撃! なんと試合に勝ち残ってしまいました!!」

 

 一瞬、マイクで拡張された声の意味が分からず辺りを見回す一行。

 

 

 すると激しく動き回った果てに場所は浜辺の中でも少し移動しており、タルラ達の周囲にはいつの間にか見知らぬ観客と倒れ伏す複数人の影があった。

 

 

「どうされます? パンチョ様?」

「まあ、こういった事も起こるだろう。予選の試合に勝った以上、彼らを本選出場者として認めないのは難しい」

「なるほど! 先程はチーム内でなにやら揉めていたようですがそれも和解したようです。ただでさえバラバラでも大乱闘を勝ち残ってしまった彼女らが手を取り合った時、どうなってしまうのでしょうか?! 思わぬダークホースが登場だあ!!」

 

 進行役の熱の入った口上に大盛り上がりとなる会場の中、当の本人達だけがポカンとしていた。

 

 

「どうすんのよ、これ?」

「もう参加するしかないだろう?」

「まあ、いいわ。カンデラ市長からの余興もあることですし」

「ふふ、楽しくなってきたな」

 

 揃って頭を抱える中、何故かタルラだけは笑みを浮かべていた。

 

「アンタ正気?」

「勿論。それに、なんだか昔を思い出さないか?」

 

 

 思い出すのは遠い昔。

 通っていた学校でベアトリクスを庇って年上相手に殴り合いの大喧嘩をしたあの日。

 

 

「正しく童心に返った気分だ。気分転換にはちょうどいいだろう?」

 

 

 その笑みは、かつてよく目にしていたガキ大将を彷彿とさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後本選を勝ち進み、ついでに市長への反逆を企てていたパンチョを下して祭りは無事終了した。

 

 表彰式への参加はチェンとリンとスワイヤーに任せ、タルラは一足早く帰路についていた。

 

 目標は勿論レユニオンのメンバーのもと。

 事前に決めていた浜辺の一画に向かうと、そこには海岸線を見つめるイグナスの姿があった。

 

 

「よう、お疲れ」

「ただいま」

 

 短い遣り取りのまま、タルラはイグナスの隣に立ち同じ方向を見つめた。

 

 

 しばらく、無言のまま時が過ぎる。

 

 話すことが無いわけではない。ただ少しだけ、2人は波の音に身を委ねた。

 

 

 もともと、今回のバカンスはイグナスが計画したものだった。

 

 各地でレユニオンの幹部に活躍してもらっている中、1人だけポラリスでアーツの修練に励んでいるマドロック。そんな彼女を労うと同時に、やっておきたいことを済ませておこうというのが今回の狙いだった。

 

 

「それで。どうだった、イグナス?」

 

 タルラが横に立つイグナスを見る。

 変わらず海を眺めつつもその表情は普段からは考えられない程真剣で、タルラは思わず息を呑んだ。

 

 

「造船技術についてはかなり漏洩を警戒している感じだな。少なくとも、あの市長が乗っていたような船を造れる船大工はどいつもお手付きだった」

「そうか」

 

 タルラがチェンとリンとスワイヤーとともに大会に参加しながらもパンチョ達の企みに対処している間、イグナス達もまたバカンスを楽しむつもりではあったがそれと同時に情報収集も続けていた。

 

 一緒に連れてきていたリュドミラ含むゴースト隊を筆頭に調査は滞りなく進んだ。

 これに関してはパンチョ達が起こした騒ぎのお陰で監視や警戒の手が緩んだのもあるだろう。

 

 

()()()()()()()()()()、か。スケールが大きすぎて、今でも想像すらできない」

「そういうもんだろ。俺も正直知識として知ってるってだけだ。俺なんかよりロドスに滞在しているアビサルハンター達のほうがよっぽど詳しいだろうさ」

 

 原作では“潮汐の下”と“狂人号”イベント、そしてローグライクのストーリーで主に語られる海に眠る厄災。

 恐魚とシーボーン、無限に進化と適応を繰り返す群体としての生命体。

 

 ローグライクのストーリーで語られたIFルートではあらゆる国家をもってしても抑えられず、遂には世界を覆いつくし人類をほぼ絶滅させた程の脅威。

 それに対抗する事は容易ではなく、原作でもケルシーを中心に多くの勢力の団結を以て対処に当たろうとしていた。

 

 結局、その結末がどうなったか知る前にイグナスは転生してしまったわけだが、来ると分かっている災害に手を打たないわけない。

 

 そもそも奴らのホームグラウンドが海である以上、どうしたって船が要る。“狂人号”イベで出ていたあの船が一番だろうが、船が多いに越したことはない。少なくともシーボーンにすぐさま船底に穴を空けられないぐらいの強度を持つ船を量産できれば戦力にはなる。

 

 

 だが、結果は芳しくなかった。

 

(やっぱり直接イベリアに行ったほうがいいな。技術力も段違いだろうし、あっちには関わってくるだろう多くの勢力が集中している)

 

 そう考えイグナスは顎に手を当てる。

 

「収穫無しとは、少し堪えるな」

 

 重苦しい雰囲気にタルラも愚痴をこぼす。

 

 漠然とした、だが確実に存在する強大な敵に対し有効な対策を講じれていないこの状況はタルラにとってもストレスだった。

 

 思考を切り替えたイグナスが軽く頬を叩く。

 

 

「まあできないもんは仕方ねえ。これは一旦保留だな」

「私達がこれまで経験してきた天災とは違う。この大地を覆いつくすほどの災厄なのだろう?」

「あくまで保険だ。別に今すぐってわけでもないし、それよりも今はヴィクトリアの方に集中するべきだ。今回はあくまで偵察だし、いざってときはウェイ長官から頼みこんでもらうさ」

 

 

 原作でも語られたが、このドッソレスを治めるカンデラ市長は龍門のウェイ長官の手腕をリスペクトしている。今回チェン達が名代としてこのイベントに参加することになったのもそういった事情を汲んでのことだ。

 

 ならその彼から直接声を掛けられれば少なくとも話くらいは聞いてくれるだろう。サイン入りの著作でも渡せば案外すんなり頷いてくれるかもしれない。

 

 そんな算段のもと、イグナスはなんとかなるとたかをくくることにした。

 

 それに加え、もう1つの懸念点も実質解決したようなものだった。

 

「ここは火種となりそうか?」

「おそらく大丈夫だろう。今回の件で不穏分子は除去されたし、あのカンデラ市長はウェイ長官並みのやり手だ。うまく周辺国を転がしてくれるさ」

 

 

 意外にもこのドッソレスを擁するボリバルと言う国家は政治的にとても不安定な状態だ。

 

 リターニアとクルビアという大国に荒らされ三政府体制といういつ内乱が起こってもおかしくない状況、いや実際に国内で起こっている有様だ。

 

 このドッソレスはその中でも娯楽都市としての価値を外国にも知らしめることでその均衡を保っている非常に稀有な存在。

 

 

 だからこそ、戦争、ひいてはそれが齎す感染者と非感染者の決定的な決裂を避けるためその情勢を正確にとらえる必要があった。

 

 しかし結果は良好。あれほどの手腕を持つカンデラ市長ならばそうそう舵の取り間違えは無いだろうと結論付けた。

 

 

 話が一段落したところでタルラが前に出る。

 

 手を差し伸べながらこちらを振り返るその顔は、夕日に照らされ輝いていた。

 

 

 

「少し、歩かないか?」

「もちろん。どこまでも」

 

 

 誘われるがまま、波打ち際を2人で歩く。

 

 僅かに湿った砂浜に足が沈み込み、普段よりもゆっくりと歩を進める。

 それにつられて、2人の間に流れる時間も引き延ばされているようだった。

 

 

 イグナスは自分の前を歩くタルラを見る。

 背後から彼女の表情は伺えない。

 だが、そんなものに頼らなくてもイグナスはその心中を察していた。

 

「タルラ」

 

 立ち止まり、名を呼ぶ。

 

 タルラが振り返った。

 穏やかに微笑みつつも、その瞳は揺らいでいるようにイグナスは感じた。

 

「大丈夫だ。きっとうまくいく。いや、してみせる」

「・・・そうだな。2人なら、なんだってできるさ」

 

 次々と押し寄せる強大に過ぎる壁を前にして募らせていた不安を悟られたことに驚くも、励ましの言葉にタルラは胸が熱くなる。

 

(何も言わずとも、通じ合えるのだな)

 

 それが心の底から嬉しくて。自分は心底惚れているのだなと再認識した。

 胸の奥から湧き上がる衝動は、そう簡単に収まりそうも無かった。

 

 

 タルラがイグナスの正面に立つ。

 

「ところで、なんだか暑くないか?」

「そうか? もうすぐ日が沈むしむしろ涼しいと思うんだが」

 

 いくらバカンスの気候と言えど夕暮れ時ともなれば流石に気温も落ち着いてくる。

 

 遠く空を見上げれば既に星が見え始め、水平線を見渡せば沈み切っていない夕日がそこに鎮座している。水面に映った影と合わせて、太陽が2つあるかのようだ。

 

 

 だがタルラは呆れたように笑い、着ているパーカーを引っ張った。

 

「誰かが私にこれを着せたせいでな」

「・・・悪かったよ」

 

 ばつが悪いのと、少し恥ずかしくてイグナスは視線を逸らす。

 

 だがタルラは気を悪くしたわけではないようだった。

 嬉しそうに微笑んだまま、距離を詰める。

 

 耳元で囁く声が妙に艶めかしかった。

 

 

「もうここには誰も居ないぞ?」

 

 

 夕日が赤く浜辺を照らしている。

 このテラの大地でこんなに綺麗で色彩豊かな海は滅多に見られない。

 

 それでも何故か浜辺に人の気配は無かった。

 おそらく祭りも終わり、宿泊施設に戻っているのだろう。

 

 

「分かった、脱いでいいぞ」

「脱がしてくれ」

 

 一瞬、イグナスの思考が空白になる。

 

 その言葉が意味するところをゆっくりと咀嚼し、聞き間違いだろうかと問いただす。

 

「正気か?」

「君が着せたんだ、なら脱がすのも君の役目だろう?」

 

 下から覗き込むようなタルラの顔を見る。

 彼女と付き合うようになってから偶に見せる、いたずらを楽しむ顔だ。

 

 得意げで凛々しくて、でも少しだけ子どもっぽくて愛嬌がある。

 そんな顔を見せられてノーと言えるほど、イグナスは堪え性があるわけではなかった。

 

「分かりましたよ、お嬢様」

「うむ、苦しゅうない」

 

 俯いて胸を張るタルラ。その肩を掴みゆっくりと引き寄せる。

 

 パーカーの前を閉じているファスナーの金具を摘まみ下へと下ろす。

 色白で絹のような肌が眼前に晒され、自然と頬が熱くなる。

 

 ファスナーを下ろすジーという音がやけに長く感じられた。

 

「フードも外してくれ」

「わかった」

 

 彼女の頭を覆うフードに手を掛け、ゆっくりと後ろにどける。

 

 フードというベールを脱がされたタルラがゆっくりと顔を上げる。

 

 隠れて見えなかった表情と彼女の瞳が視界目一杯に広がった。

 

 

 本当に、心の底から幸せそうだと思った。

 緩んだ眦も、僅かに口角が上がった口元も、イグナスを、自分だけを映すその瞳も、その全てが愛おしいと思えた。

 

 気づけばイグナスはその両肩に手を置き、ゆっくりと引き寄せていた。

 

 2人の唇と水平線の2つの太陽、重なったのは同時だった。

 

 

 ゆっくりと、名残惜しくも離れていく。

 

 見つめ合う2人、その視線は再び互いの口元に吸い寄せられる。

 

 

 

 

「は~~~、まったく。ご馳走様ってかんじね」

 

 

 

 

 ビクッと、肩が跳ね上がる2人。

 

 声のした方を振り返れば、ついさっき別れたばかりの友人達が揃ってこちらを睥睨していた。

 

 声を掛けたスワイヤーはまさに私は不機嫌ですとでも言いたげな態度だが、その顔は夕日に照らされたというには少し赤かった。

 

「いつから」

「2人が揃って見つめ合うとこから。お熱いこと」

 

 そう言うリンはそこまで顔を赤くはしていないものの、彼女にしては珍しく視線を逸らし両手は所在なさげに揺れている。

 

 

 

 

「それにしても。ガキ大将やってたわんぱく女もすっかり変わったものね?」

「え、そうなんですか?」

 

 思わずと言ったようにそう聞き返すイグナス。

 

 タルラは昔の事をあまり話したがらない。

 漠然と、昔はやんちゃしてたんだろうなというのは周囲の反応から察してはいたが具体的な話は聞いたことは無かった。

 

 

 スワイヤーはこれ幸いと幼少期のタルラの恥ずかしいエピソードでも話して溜飲を下げようと考えた。

 にやけた顔のまま、興味津々といった様子のイグナスを肯定する。

 

「そうなのよ。アタシ達が同じ学校にいたときなんか」

「ベアトリクス」

 

 名が呼ばれる。

 たったそれだけで近衛局でも経験したことが無いほどスワイヤーの背筋が伸びる。

 

 

 恐る恐るイグナスの隣を見れば、やけに綺麗な笑みを浮かべたタルラがそこにはいた。

 

 

「ええっと?」

「今、何を話そうとしていた?」

「ああ、あ、あれよあれ。上級生に殴りかかった挙句病院送りにしてついたあだ名がたしか」

「そうか、分かった」

 

 タルラが話を遮る。

 スワイヤーにはそれが死刑宣告に聞こえた。

 

 生存本能に従い、体が自然と後ずさる。

 

 そんな逃げようとする獲物を前に、タルラが告げる。

 

「少し仕置きが必要だな」

 

 

 

 

 

 それからしばらくの間。龍から逃げる虎の影が、浜辺に映し出されていた。

 

 

 

 

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