自分はまだ半分しか読めてませんが早くも辛くて参っちゃいます。
ちょっと一回横になりますね・・・
未履修の方にこれだけは言わせてください。
グッドラック、頑張って!
これは、かつて抱いた憎悪の炎。
刃を突き立てると決めた復讐の誓い。
多くの都市を見た。
不動の荒野を駆けた。
それら全てが来るべき日への糧となると信じて。
刃を研ぎ、腕を磨き、アーツを鍛えた。
そして遂に、邂逅の日は来た。
目の前の、あの日見た姿から一切変わっていない女。
自分を父親と故郷から引き離し、異郷へと置き去りにした憎むべき女。
だが、どうしてこうも。
この腰の得物を突き立てようという気にならないのだろうか。
ロドス本艦、その中の一室。
普段は応接室として使われているそこで、2人の女性が机を挟んで席についている。
1人はこのロドスの医療部の総責任者であり、年若いアーミヤや未だ記憶を取り戻せないドクターに代わってこのロドスを支える重鎮。
ケルシーはいつも通り、何か言いたげな目をしながらもその口を閉ざしていた。
一方で、その正面に座る人物は常とは異なる様子だった。
レユニオンの中でもあまりロドスに関わることの無かった彼女、リュドミラは未知の環境とそして何よりも自身の予想だにしなかった胸中に戸惑いを隠しきれていなかった。
当然、それをケルシーが見逃すはずもない。
元から率直な物言いが彼女の常。この気まずい雰囲気を壊すことになんの躊躇いも感じなかった。
「それで、
責めるわけでもなく急かすようでもない、ただ奥を見通せない翡翠の瞳に見つめられリュドミラは自分が何故この場にいるのかを思い出した。
それは、自分がレユニオンに加わると決めてすぐの頃だったとリュドミラは記憶している。
『クラ、じゃなかった。リュドミラ、でよかったよな?』
『なんだ?』
思えば随分攻撃的な口調をしてしまっていた。
当時自分は参入したばかりの環境に神経を尖らせていたし、この男はそれとは別に信用ならない男だった。
あの倉庫の中でレユニオンのリーダーであるタルラが語った理念は、確かに納得のいくものではあった。
鉱石病の有無に関係なく、この世には消え去るべき人間というものはいるし、逆に非感染者の中にも至極真っ当な人間がいることも事実だ。
個人の感情を抜きにして考えれば、それは正しい事ではあったのだ。
だが、その男。イグナスという男だけは明らかに自分達とは違っていた。
感染者というものは少なからず迫害と差別に晒された経験がある。身内に疎まれ組織から孤立し誰もが自分を嬉々として追い立てる、そんな環境に置かれれば普通は歪む。
だがイグナスという男はまるで今も移動都市の中枢で一般的な暮らしをしているかのように自然体で、それがこの場においては異様であった。
誰であろうと分け隔てなく接し、小気味なジョークで場を和ませ、死と隣り合わせの状況であるなどと微塵も感じさせない。
今この瞬間も身に巣くう源石が命を削っているというのに、その限られた生を容易く他人の為に差し出すその姿がリュドミラにはいっそ不気味に映っていた。
そして、その手が差し伸べられる対象には、当然のように自分も含まれていた。
『お前の願いはなんだ?』
『ある裏切り者を、この手で始末する事だ』
『そうか。因みにどこのどいつなんだ? 力になれるかもしれない』
『いらない。そこまで話す義理も無い』
随分とお節介な男だと思った。
実際、こいつは行き過ぎなくらいのお人好しで、甘い事ばかりを抜かす癖に妙なところで勘が鋭い。
そしてこいつが偶に見せる、人の奥底を見透かしたような態度が気にくわなかった。
それでも表立って対立することなんてない。
なんでもこいつはレユニオンのリーダーであるタルラの“お気に入り”らしいし古参の連中からの信頼も厚い。
目的を果たすため余計な波風を立てるのはまずいと無難にやり過ごせていたはずだった。
だが、とある任務でしばらく他の移動都市に出向いていた私をイグナスは呼び止めた。
ウルサスではもはや見飽きたと言ってもいい、シンシンとまばらに雪が宙を漂う曇天の下で彼は私を連れ立った。
何故か片手に花束と桶を抱えた彼に促されたままついていくと、辿り着いたのは我らレユニオンの本拠地ポラリスの中でも珍しく畑も兵舎も無い小高い丘。
その頂上に到達した時、彼が私を招いた理由を知った。
『これ、は』
呆然として、それ以上の言葉が出なかった。
その視線は目の前の石碑に釘付けになってしまっていた。
そこには自分と同じ姓を持つ名前が2つ刻まれていた。
そういえばそんな名前だったかと、驚きのあまり止まりかけた思考がやっと動き始める。
一転して鋭い視線をこの場に案内した男に向ける。
『お前、何故知っている?』
『ちょっと伝手があってな。不快にさせたなら謝る』
そこに刻まれていたのは、両親の名だった。
眼下に静かに佇むこれは自分の家族の墓石だったのだ。
頭の中をいくつもの疑問が飛び交う。
何故両親の名前を知っているのか、あの事件について知っているのか、いつから自分の素性を掴んでいたのか。
そして何よりも。
何故、今更こんなものを?
ここは移動都市ポラリスの上、その土地の全てに値千金の価値がある。
建造から数年が経った今でさえ煌びやかな施設など1つも無くその殆どを農地と防衛施設に割いている状況だ。
こんなただの石ころが占有していい場所ではないのだ。
『父さんと母さんの亡骸はどこにもない。あの事件の真相とともに闇に葬られた』
仄かに怒りを滲ませながら言う。
この墓の下には何もない。
ならば、この墓石に一体何の意味がある?
だがイグナスはそれに答えず、黙ってその墓石の前に跪き手を合わせ目を閉じた。
少し見慣れぬその所作は、それでも死者への祈りであるのはわかった。
誰も何も喋らない。移動都市の上を突き抜ける風の音だけが木霊する。
それからしばらくして、合わせていた手を解いたイグナスはゆっくりと口を開いた。
『墓っていうのは何も死者の為だけにあるわけじゃない。今を生きる人の為にこれはある。過去を断ち切らず、背負ったままでも前を向けるようにな』
そう語った彼は私に持ってきていた花と桶を渡し、その場を去った。
独り残された自分は、改めて眼下の墓石を見た。
何もせず立ち去ろうかとも考えた。だがこれを設けた手間と時間を考えるたび、背を向けるには地に足が縫い付けられたように重くなっていく。
余計な真似を。そう思いながら手渡された桶を握りしめる。
ご丁寧に備え付けられた花瓶に花をさし、弔いの作法など知らないので見様見まねで手を合わせた。
目を閉じると、煩わしい何もかもが視界から消え失せ寒風が通り過ぎる音だけが感じられる。
何も見えない暗闇の中、随分と遠くなってしまった記憶を思い返した。
それはありし日の記憶。
父、イリヤが自分にとってただの良き親だった頃の思い出。
2人並んでキッチンで作った料理の味や、父が意外と大事にしていた結婚記念日の日時。
幼子には難し過ぎる本をよく窓際で読み聞かせてくれた父の声。
仕事の話になるとまだ早いからとはぐらかされ、それでも充実した面持ちで出勤していく後ろ姿。
自分にとって唯一平穏と呼べるそれらはどれも朧気で、決まって最後には暗い闇に包まれる。
(父の最期の言葉は、なんだったか)
それすら思い出せなくなっていることを自覚する度、胸の奥底で燃える火に憎悪の息を吹きかける。
復讐しろと、この火を絶やすなと見知らぬ誰かが耳元で囁く。
尽くしたそれに裏切られ、無残に殺された父に報いろと。
国の為と嘯きながら禁忌に触れた軍、そしてそれを押しとどめようと抗った父さん達を裏切った2人の同僚、奴らを血の海に沈める事こそが弔いになるのだとそう信じていた。
だがこの日以来。墓の前に立つたび、その声は薄れ代わりに朧気だった父の顔ばかりが鮮明になっていった。
自分が信じた復讐が、果たして正しいものなのか疑念を抱き始めてさえいた。
(そうではない! 何を絆されている?)
タルラの演説には確かに心打たれた。
同僚や部下となった者も含めて、感染者となった自分にも穏やかに接してくれる。
最近になって隊に入った者の中には手のかかる奴もいて、それをどう御してやろうかと頭を悩ませる日々は騒がしくはあっても疎ましくは無かった。
だが、今まで絶やさず燻り続けてきた憎悪をこうも容易く消してしまうものか。
(いや、そもそも。父さんは私に復讐してほしいのか?)
そのはずだった。何を今更と思いつつ記憶を遡るもそんな出来事は一切存在しなかった。
記憶の隅に至るまで思い返し、やっとリュドミラはそれが虚像であったことを悟った。
夢に微睡む度に耳のすぐ傍で囁いてきたあの声も、父ではなく自分の罪悪感や復讐心の産物だったのだ。
それを自覚した時、自分はもっと愕然とするものだと思っていた。
だがリュドミラはただそうか、と納得した。そしてあまりにも淡泊に終わった自身の反応にこそ驚いた。
あの日からポラリスに帰る度繰り返してきた弔いの作法。
墓石の前に跪き手を合わせていた自分の背後から芝生を踏みしめる足音が近づく。
それに振り返れば、あの日と同じようにイグナスがそこに立っていた。
『見つかったぞ、お前の復讐相手』
振り返った私の顔を捉えたその眼差しが、何故かひどく穏やかだったことを今でもよく覚えている。
そうして連れられた先で、リュドミラは彼女と対峙した。
何時まで経っても燃え上らない奥底の憎しみに戸惑いを抱えたまま。
それに加え、何も語らない自分に痺れを切らしたケルシーがかつての事件の真相を滔々と語ったことで、彼女は本当にこの復讐が無意味なものであることを知った。
「お前の父、イリヤは信念を持った素晴らしい科学者だった。あの石棺封印作戦の発案者の1人でもあった彼を私は友として誇りに思っている。惜しむらくは、我々にそれを押し通すだけの力が無かったことだ」
ケルシーの表情は変わらない。
それは彼女にとって忘れられない悲劇であると同時に、その生の中で幾度も味わってきた苦しみであったからだ。
だが慣れはしても、心は摩耗する。
かつて犯した罪が、目の前に立っている。
あの時、この娘の父親を無理やりにでも退かせていれば。
他の科学者へ別のアプローチをできていれば。
ウルサスに集った、あの優秀な部下達は研究室で血に沈むこともなかったのではないか?
その僅かな悔いが、ケルシーに余計な一言を喋らせた。
「私は、お前の復讐を肯定しよう。彼を救う事も出来ずにのうのうと逃げおおせたのは事実だ。それにあの男の話ではお前はレユニオンの一員として熱心に取り組んでいると聞いた。だから、お前に私を殺すチャンスをやろう」
立ち上がり、リュドミラを睥睨するケルシー。
そこに医者としての寛容さは微塵も無く、眼前の敵を全て葬り去る圧倒的なまでの力の差があった。
それを見上げてリュドミラは息を呑み、緊張を紛らわせるためにポケットに手を突っ込んだ。
カサリと、紙を潰したような音がした。
『ああ、そうそう』
この部屋に入る直前、イグナスは胸ポケットから何かを取り出し私に手渡した。
それは表に何も書かれていないただの封筒だった。
『もし、仮にだぞ? お前が復讐なんてしたくないと心変わりをしたなら、それを開けてみるといい』
『・・・馬鹿な。ここまで来ておいてそんな』
『その割には随分キレが悪いじゃないか? ま、お守りみたいなもんと思っとけ』
そう言ってイグナスは離れていく。
こちらを見ることも無く、ただ一言。
『せっかく場を整えたんだ。きちんと決着はつけてこいよ』
その言葉を思い出し、冷や汗を浮かべるリュドミラ。
(これと戦えだと? 何の冗談だ)
間違いなく、こいつと戦えば一方的に蹂躙されるだろう。
先程までとは違い、わざと戦意をむき出しにしたケルシーの力量を測ればそれは確かだった。
もはや、挑もうとすら思えない。
する気ももはやない。この力量差を超えてでも復讐したいという熱量は既になかった。
だがそれでも。
(私は、一体何をしてきたんだ?)
ただただこんなものの為に長い年月を費やしてしまったという後悔と、ほんの僅かに喉の奥に骨が刺さったまま抜けないようなどうしようもない不快感だけが残った。
憎むべきと思っていた人間はもはや憎む理由すらなく。
復讐を煽っていた声は自分の弱さが生み出した幻聴で。
そうして磨いてきた牙すら、到底太刀打ちできないほど矮小なものだった。
両親の名を忘れかける程の年月は、こうしてただの徒労に終わったと。
残酷で、取るに足りない、つまらない現実に体の支えを失いそうになる。
崩れかけたそれを支えようと、縋りつくようにポケットの中の手紙を強く握りしめた。
それでも、あの男なら。
あの無駄なお節介焼きなら、このもどかしさを晴らしてくれるのでは?
そんな淡い期待が、その封を切らせた。
皺が寄った紙を広げ、文字を追う。
そして、その意味するところを理解した。
「ふふ、ふふふふ、あは、あはははははは!!!!!」
手紙を握りしめ、やがて堪えきれなくなった彼女は天を仰いで笑う。
流石に突然笑い始めた相手には困惑したケルシーが戦意を収める。
涙すら滲ませるリュドミラにどう声を掛けようか迷うケルシーを尻目に、ガバッと顔を上げた彼女が楽しそうに言った。
「成程! そうか、そうだったのか! イグナスめ、なんてすばらしい提案だ!」
声の抑えが聞かない。興奮のままに口から漏れ出る言葉。
久しく笑い方を忘れていた横隔膜が痙攣し横腹が痛くなるが、それに構わずケルシーに問う。
「さて、ケルシー所長」
「・・・なんだ?」
「お前は先程、私の復讐を肯定すると言ったな?」
「・・・ああ、その通りだ」
「ならお前を殺す機会なんていらない。どうせ死ぬつもりもないだろう? なら1つ願いを聞いて貰おうか。安心しろ、誰にも迷惑は掛からない。後はお前が受けるかどうかだ」
口元を緩めながらそう問うリュドミラの顔にケルシーはひどく見覚えがあった。
具体的にはそう、自分達の共通の知人がアーミヤを揶揄おうとしている時だった。
だが一度言った手前、撤回するのは望ましくない。
「分かった。要求を飲もう」
そう答えたケルシーは、自分がどれだけ後悔するかも知らずにそう口にした。
その時の自分を呪うことになるのは、それからすぐの事だった。
その日、ロドス本艦は激震に見舞われた。
それは天災の影響でも艦の急な進路変更による弊害でもなかった。
だが無理もない。それほどの事態が艦内で発生していた。
道行く人全員が振り返る。
いや、中には振り返る事が怖ろしすぎて幻覚でも見た事にして忘れるものすら存在した。
また多種多様な人材を抱えるロドスには当然好奇心旺盛なものも居て、当人に直接話しかけようとする命知らずすら存在した。具体的にはカーディが突撃しようとしたところをスチュワードが全力で阻止しアンセルとアドナキエルとメランサがフォローに徹していた。
そんな正に歩く台風となりつつある当の本人は現在ドクターの執務室に用があり廊下を歩いていた。
だが丁字路となっている角から目的の人物がやって来たこともあり足を止める。
「ドクター」
名を呼ばれたドクターは声のした方に振り返り、そして固まった。
たっぷりと再起動に10秒ほど費やしたのち、寝ぼけているのだろうかと一度目を擦った。
だが、目の前に広がる光景は全く変わっていなかった。
「ええっと、ケルシー?」
「なんだ?」
「その恰好は、いったい・・・」
「これは」
「ちょっとドクター、何突っ立って・・・」
そして、ここに最も居合わせてはいけない人物が来てしまった。
レユニオンとロドスの協定以降、ちょくちょくロドスを訪れ遂には派遣人員という形で正式にロドスのオペレーターとなった赤角のサルカズ。
Wは目の前の光景に呆然とした後、堪えきれないと言わんばかりに吹き出した。
「ぷっ、アハハハハハ! ちょっとどうしたのよあんた?!
「ちょっとW、それ以上は」
「あんたも何か言ってあげなさいよ答えてくれるかもしれないわよ? おかえりなさいませ、ご主人様って!」
「いやまずいってW!!」
煽ること煽ること。水を得た魚、面白いものを見つけたWとでも言わんばかりの流暢さでケルシーの服装をいじる。
実際、ケルシーのその姿は口に出すのは怖ろしいが大変よく似合っていた。それこそ一時期本職であったのではないかと疑ってしまうくらいには。
対するケルシーは無言のまま佇んでいる。
楚々とした姿勢を崩さず、両手を前で組み毅然とした表情で、ドクターを穴が開くほど凝視していた。
「そうねえ、語尾にニャンって付けるのなんて正にお似合いじゃないかしら?」
『おかえりなさいませご主人様、ニャン』
ダメだ。想像するな。
今笑ったら殺される。
決死の想いで無心になるドクターだった。
そしてそんな一行を遠くの角から眺める集団が1つ。
「何見てるんです隊長?」
「いや何。復讐の結末を見届けにな」
部下であるゴースト隊員からの質問にそう返すリュドミラ。
「? よくわかりませんが、どうですか?」
「そうだな。少なくとも、殺し合うよりは愉快な気分だ」
珍しく穏やかに微笑む隊長に驚く隊員。
「さ、行くぞ。何でもイグナスが里帰りするそうだ、忙しくなる」
もう見たいものは見た。そうして隊員を引き連れその場を後にするリュドミラは一度たりとも振り返ることはなかった。
なお、一週間続いたこの復讐によってロドスが大混乱に陥ったことは彼女の所為ではない事を明言しておく。
主は言った。
復讐は神の為す事であり人は愛と忍耐に生きよと。
では神に見捨てられたこの大地で、誰がそれを成すのか。
その答えは、数多の人生の行く先にある。