明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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投稿大分遅れました。すみません!

相変わらず書きたいことが多すぎて大変です!
まだ載せられない部分の話書いてたら遅くなっちゃいました。


エピソード8 異郷からの来訪者(オリジニウムダスト)

サルゴン領 とある荒野

 

 

 荒野において最も危惧するべき事、それは道に迷う事である。

 

 見渡す限り平坦で代わり映えのしない風景は方向感覚を狂わせ進むべき方向を惑わせる。

 照りつける太陽は常に水分を干上がらせ、夜には転じて体温を奪う。

 

 後は簡単だ。喉の渇きに飢えるか、はたまた荒野に蠢く野生生物達に体力を削られるか。荒野に入った獲物は、そこから逃げる術を持たなければあっという間にその懐に飲み込まれ砂に埋もれる骨となってしまう。

 

 野生生物とは違い、本能によって危機を回避することができない人類においてそれらから身を守る知恵というものは金貨より価値がある。

 

 

 そして幸いにも。今荒野をあろうことか徒歩で横断するこの一団には、そんな値千金の存在が同行していた。

 

 

「こっちじゃな」

 

 アルビノのサヴラが手にした地図から視線を上げ、方向を指し示す。

 余所者からすれば違いのない平坦な地形であっても、ほんの僅かな差異や太陽の位置、陰の差し方から適切な方位を導き出し堂々と歩みを進める。

 

 歴戦の“レンジャー”である彼の後ろ姿に、同行者たちは自分の運の良さを噛みしめていた。

 

「ほんと、道具も無いのによく分かるわよね~。さすがはあの赤き峡谷の遊侠」

「よしとくれ。ただの誇張された二つ名じゃよ」

 

 遠い昔、この地に広く轟いた英雄の名は似合わないと彼は苦笑いした。

 

 その時代を生きた当事者からすれば、その名にまつわる眉唾じみた所業の数々は随分脚色されていて懐かしむと同時に可笑しさを感じるものだった。

 

 かつて不穏な時代に苦しみ団結した者達は、元はただの一般人が大半であった。

 それがやがて大きくなり、様々な集落に医療や防衛の技術を提供しその一部は村を襲う傭兵の掃討も行っていた。

 

 戦争も終わり、サルゴン各地で首長が領地を治めある種の秩序が生まれた。

 そんな中、自由を求め各地へ散っていった旧友達の存在は徐々に風化していった。

 

 風に運ばれる砂塵を目で追いながら、ロドスのオペレーター、レンジャーは目を細める。

 その名を背負った意味を思い出しはしたものの、感傷に浸るには歳を重ね過ぎた。

 

 僅かな懐古の念に背を向けて、引き続き若人達の先頭を行く。

 

 

 だがそこに突如として乱入者が現れる。

 

「サンドビースト?!」

「なんかそれにしては、大きすぎない?」

「それに多すぎる、フランカ下がって!」

 

 

 地響きを伴って地中から飛び出したそれらに、適切に対処したロドス一行。

 だが戦闘の後に残ったのは多くの疑問ばかりだった。

 

「このサンドビースト、明らかにおかしい」

 

 亡骸を見分しながらレンジャーが呟く。

 

 まず、その体格。2メートルを超えるような個体は彼の長い人生においても一度も経験がなかった。

 加えてそれら全員の体表に源石が浮き出ており、つまり鉱石病に感染していた。

 

「天災による変異?」

「あなた大自然を舐めすぎ。野生生物なんて私達より遥かに天災に敏感よ、本能で分かってるの」

「そうじゃな」

 

 疑問符を浮かべるリスカムへフランカが指摘する。それにレンジャーは同意する。

 

 野生生物は人類とは違い知恵ではなく本能で命の危機を感じとりそれを避ける。

 しかもサンドビーストは本来臆病な性格をしており、それは鉱石病を患っても変わらないはずだ。

 

(アーツによる術師の攻撃か?)

 

「警戒を怠るでないぞ」

 

 様々な可能性が考えられる中、一先ず計画通り先に進む。

 

 そしてしばらくして、うんともすんとも言わなかった通信機から緊急通信の声が聞こえた。

 

『こちら・・・ロングスプリング・・・展望タワー33・・暴徒に・・・襲われている』

「落ち着くのじゃ! 何があった!」

「くそ、電波状態が悪い」

『助け・・あっ』

 

 プツッと、通信が途切れる。

 

 一行は目を見合わせる、その背中に冷たい汗が流れた。

 

 

 選択肢はいくつかある。

 まず、これを無視して当初の計画通り前進する事。先程一行を襲った異常事態といい道中に警戒するべき事項が多い中、これは隊の安全を第一に考えたものだ。

 

 そしてもう1つ。レンジャーが救難信号が送られた地へ先行し、それ以外が当初の目的地へ向かい支援を要請するというものだった。

 だが当然、これには隊員であるシュヴァルツ、リスカム、フランカから反対の声が上がった。

 

 彼女らとて見捨てたくない思いは同じだ。だが今この場で身軽とはいえレンジャーを隊から分断するのは危険だと判断した。

 ただでさえ道中で足となる車が()()()()()()に奪われ徒歩を強制されている状況、イレギュラーが多すぎた。

 

「・・・その通りじゃな。若い頃のように単独行動などと思い上がるべきではないな」

 

 口では納得したものの、その表情は苦みきっている。

 未練の残すまま、視線は20キロ先の峡谷に向いていた。

 

 先程の無線の様子からして、今から向かっても間に合うかは怪しい。

 それでも、この判断を下さなければならない自分が惨めだった。

 

「さあ、行くぞ。ん?」

 

 無念、そう断ち切りその場を後にする間際。

 遠くからエンジンの唸る音が聞こえてきた。

 

 新手か、即座に戦闘態勢に移行する彼らの前で車が止まる。

 よほど急いできたのかその後方には砂埃が漂っていた。

 

 車の窓が下ろされ、その運転手が身を乗り出す。

 その顔を見たレンジャーは、驚きのあまり言葉を失っていた。

 

「おぬしは・・・」

「よお、ロドスの皆さま。こんな所で奇遇だね」

 

 その声は彼らの間に漂う暗雲を晴らすかのように朗らかだった。

 これまた突如現れた乱入者、イグナスは後ろの荷台を指差しながらウインクする。

 

「何かお困りかい? 乗っていくといい。お代は安くしとくよ」

 

 その申し出は正に、荒野に唐突に湧いたオアシスのようだった。 

 

 

 

 

セーフハウス

 

 

「近寄らないで」

 

 銃口を向けたまま、コードネームAshは忠告した。

 

 レインボー小隊に配属されてからの人生において、ここまで訳の分からない状況など一度もなかったとAshは改めて思った。

 

 

 とある作戦中、作戦目標の狂った科学者を追い詰めたかと思えば謎の爆発に巻き込まれ気が付けば()()ではないどこかに移動していた。

 

 これだけでまずどこぞのSF小説の話かと疑う内容だが、それからは今までの常識が嘘に思えるかのような出来事の連続だった。

 

 2メートルを超える節足動物に襲われ、何とか周囲を探し回って見つけた文明は何世代も前のような暮らしぶり。と思えば何もないところから火を出す野盗がいたり槍を難なく50メートル先の標的に命中させるトカゲ人間が現れた時は自分が夢でも見ているんじゃないかと頬を抓ったほどだ。

 そして今、ようやく腰を据えて生活を始めた町では昔上映していたゾンビ映画みたいにモンスターが溢れ人を襲っている。

 

 瞼がピクピクと震える。ここ最近ずっと安心して眠れていない。

 小隊のリーダーとしてのプレッシャー、そして周りに溢れる未知への警戒に精神を擦り減らす日々。

 このまま目を閉じて悪夢から醒めるというならAshは喜んで眠りにつくところだ。

 

 今もロドスとかいう医療会社の所有するセーフハウスに町の怪我人ごと避難し襲ってきた傭兵やモンスターを撃退したところだ。

 

 そして撤退していく奴らの代わりに、途中から助太刀してきた謎の集団が残された。

 

 仲間であって欲しい、そう願っているが油断はできない。

 見た感じ、彼らは戦闘というものに明らかに手馴れていた。包囲戦というものを戦術レベルで把握していなければ説明できない連携の巧みさ。

 もし彼らが敵であった場合、消耗した自分達では歯が立たない可能性が高い。

 

「そう身構えないで。敵意はないから」

 

 狐のような耳をした女が剣を収める。あれは、ミアロ先生の話ではヴァルポという種族だったか。

 

「あたしたちはロドスの外勤小隊よ。救難信号を受けて助けに来たってわけ」

 

 ロドス、その言葉を受けて肩の力が抜けそうになるのをなんとか抑える。

 Blitzにこのセーフハウスを管理していたオクフェンさんを呼んできてもらい、彼の反応からようやく彼らが敵ではないと分かった。

 

 

 それからしばらくして、両者が初めて腰を据えて話し合う機会ができた。

 

 全員武器に触れてはいないものの、やけにピリついた緊張感が漂う。

 

 レインボー小隊の面々は、製薬会社にも関わらず武器を貯蔵しているセーフハウスを持ちプロの武装戦闘員を抱えるロドスの面々に僅かながら疑念の眼差しを向けていた。

 一方、ロドスの面々もサンクタでもないにも関わらず全員が大型の銃器を扱い、また鉱石病への忌避感を欠片も見せないというこの大地に例を見ない存在の正体を見極めようとしていた。

 

 

 誰が話を切り出すか。

 微妙な空気を切り裂いたのは、やはりこの場で最も客観的な視点を持つ男だった。

 

「いや~、皆さんのおかげでロドスのオペレーターとそして町の多くの感染者の命が助かりました。改めて感謝を」

「・・・気にしないで。ここの町民には助けられた、見殺しにするのはポリシーに反するの」

「ポリシー、いいですね。貴女達の事、ますます好きになりそうです」

 

 やけにグイグイ来るな、と思いはしたものの顔には出さない。正直Ashとしてはこの気まずい雰囲気を打破してくれるなら藁にでも縋りたかった。

 

 

 それからは案の定こちらの身元を聞いてくるロドスのオペレーターに口八丁の嘘八百を並べ立てその悉くが失敗に終わった。Blitzは後で腕立て100回をさせる必要があるな。

 違う世界からやってきましたなんて眉唾な話をするわけにはいかないとはいえ、話すたびに疑念が深まっていく相手の眼差しには冷や汗が流れたものだ。

 

 だがそこで生じかけた不和でさえも、最初に話題をふった熊耳の青年が上手くとりなして見せた。

 

 そして、今後も協力体制を取れると意見が一致したところで次はここを襲った奴らの話になった。

 そこで彼らが前に感染者を連れて行こうとしたのを思い出した。

 

「感染者を拉致? そんなことして何になるのよ」

「敵の目的ははっきりしておらんが、それを考えても答えは出ん」

「いやレンジャーさん。1つ、可能性だが考えられることがある」

 

 全員の視線が彼に集まる。

 レンジャーと呼ばれたトカゲ頭の老兵が彼、イグナスに問う。

 

「本当か?」

「ああ。あまり当たって欲しくはない想像だけど。Ashさん」

「何かしら」

「俺達はここに来る途中、明らかに様子がおかしいサンドビーストに遭遇した。そいつらは通常よりも巨大かつ攻撃的で鉱石病を患っていた」

「鉱石病・・・ここの町の人達が罹っているっていう不治の病ね」

「ああ、そうだ」

 

 私の返答にイグナス以外のロドス全員が訝し気な顔をしたが、それを無視して彼は問うた。

 

「そして今日、この町に正体不明のモンスターとそれを操る謎の傭兵軍団が現れた。奴らもサンドビースト同様凶暴だった」

「・・・まさか」

「そして奴らの中には人型のモンスターもいた」

 

 その言葉に、全員の血の気が引く。

 先程自分達が銃弾や矢を浴びせた敵の正体に、町の住人の姿が重なる。

 

「そんな。じゃあアレか? ゾンビ映画みたいに、奴らの仲間にでもされたっていうのかよ」

「その可能性は高い」

 

 いつもの調子で場を和ませようとするBlitzも肯定を返されて押し黙る。

 

「だが俺達の知識でも、あんなモンスターを生み出すアーツというのは聞いたこともない」

 

 彼の眼差しは私の瞳を通して心の奥まで見透かしているようだった。

 

「だから君達に聞きたい。何か心当たりはないか?」

 

 無い、口から出かかった言葉が喉につっかえる。

 だって、まるでピースがはまっていくようにあらゆる事実が線で繋がっていく。

 

 自分達と同時期にこの世界に転移したであろう、あの狂った科学者は行方不明。私達が現れてから出没し始めたモンスター達。

 そして、ここ数ヶ月見てきた感染者達の体表に浮かぶ鉱石の輝き。あれは自分達が地球で奴を捕らえる作戦中、その実験室で見たものと酷似していた。

 そして明らかに異常な個体の誕生。あの科学者、レヴィ・クリチコの専攻は遺伝子工学だった。

 

 それら全てが、ある事実を示していた。

 

 小隊のメンバーもそれに気が付いたようで顔を見合わせる。

 どうするべきか。こちらにはその気がないとはいえ同郷の人間がこの一件の黒幕だったなど場合によっては彼らが敵に回ってしまう可能性もある。

 

「安心してください。もう貴女達が敵だなんて思っていませんよ」

 

 その不安すらも見透かして、穏やかな声で諭す彼に驚きを隠せない。

 本当に私達の心が読めるようだった。

 

 彼の後ろでロドスの一行も呆れたような顔をしていた。

 

「驚くのも無理ないわ。話が早く進むのは彼にとってはいつもの事だから」

「ええ。でも彼の人を見る目は確かです」

「儂らも同意見じゃ。感染者を身を挺して守ってくれたおぬし達をいまさら疑いはせぬ」

 

 要らぬ心配をしていた。だがそうであるならもはや躊躇う事はない。

 

 自分達の来歴から、レヴィ博士の存在、それら全てを包み隠さず話す。

 

「成程、確かに辻褄があうの」

「それになんでここでそれが起きたのかもある程度分かった。ミアロさん」

「はい、なんでしょう?」

「この土地、もしくはそこを治める領主に恨みがある奴に心当たりは?」

 

 この場で唯一の地元民であるミアロはしばらく考え込んだ後、はっと顔を上げた。

 

「今の領主は亡くなった先代のご息女なんですが、確か弟がいたはずです。そして最近留学先のクルビアから帰ってきたと噂になっていました」

「決まりだな。そのレヴィっていう奴は科学者だ。なら当然パトロンをつけようと目論むはず、こんなモンスターを生み出す研究ならなおさらだ」

 

 跡継ぎの座を奪おうと考える野心家と狂った科学者が手を繋ぐ場面が嫌でも想像できた。

 

「よし。じゃあこれから領主の館に行って事情を説明してこよう。領軍の人手も借りられれば早く事が済むだろう」

「待つのじゃ。儂らは既に領地に無断で武器を持ち込んでおる、秩序を乱した者に領主は厳しい」

「安心してくれ。それも説得してみせる」

 

 胸を張って任せろというイグナス。

 

 どうやって? その言葉が出る前にセーフハウスの外から轟音が夜の静寂を突き破った。

 

 

「中で隠れている連中よ、聞くがいい! 私はピカール・トゥラ! ロングスプリングの衛兵隊長にして領主の娘である! 全員直ちに武器を捨てて大人しく出てこい! お前達は既に我ら衛兵隊に包囲されている!」

「・・・丁度いい。向こうからお出ましだ」

 

 あれが人が生身で出せる声量なのか。改めて思うこの地の人間の底知れなさに身震いする中、イグナスはそよ風でも相手しているかのように飄々と外に出た。

 

 扉を開けた先で、何人もの衛兵が鋭い槍の穂先をこちらに向けている。

 どうやらあちらは私達が容疑者である彼女の弟の手先であると信じ込んでいるようだった。

 

 ロドスの面々が誤解を解こうとするも、領主の娘は頑なだった。町民を庇って戦っていたのはこちらだというのに遅れて登場して何様だと苛立ちが膨れ上がった。

 

「彼らは町民を、感染者を守ろうとしたのは事実です。私が保証いたしましょう」

「余所者の発言など信じるに値せん! 何様のつもりだ!」

 

 その返答についに堪忍袋の緒が切れる。

 一刻も早くこの茶番を終わらせてやろうと口を開きかけた。

 

 

「レユニオン、その名を知らないとは言わないでしょう?」

 

 

 イグナスが発したその言葉に、領主の娘の気勢が削がれる。

 レユニオン、とはなんだろうか?

 

「・・・お前が、そうだというのか?」

「あくまでも一幹部に過ぎませんがね。その私が証言いたします。彼らは誓ってこの地へ危害を齎す存在ではないと」

 

 レユニオン。その名が出されただけであそこまで頑なだった彼女の態度が変わった。

 その事に疑問を抱きつつも、彼女と直接の面識があったミアロ先生の証言も合わさってその場は無事収束した。

 こちらの事情を説明し彼女の弟がバックにつけた科学者の存在を話した時点で逆に今すぐにでも奴らの元へ突っ込んで行きかけたのは流石に止めた。

 

「この件、私達も関わらせていただきたい。感染者を拉致し、あろうことか実験体として利用しようなどという暴挙、到底許せません」

 

 今までの態度とは違い、その瞳の奥に密かに炎を浮かび上がらせ進言するイグナスにピカールは手を差し出す。

 2人は固い握手を交わした。

 

「協力に感謝しよう」

「早速ですが、1つ提案があります。うまくいけば貴女の弟君を捕らえられるかもしれません」

「ほう。その策を聞こうか」

 

 

 

「おい。どうなっている!」

「ボス。なんだこれは、聞いてないぞ!」

 

 領主の弟であり今回の襲撃を画策したドラッジとサルカズの傭兵が狼狽える。

 万全を期し、レヴィ博士に増産させたモンスターもその多くが地上に出て早々に爆発に巻き込まれて消えていった。

 

 戸惑う彼らを追い打つように、矢の雨が降り注ぐ。

 

「何故ばれた?! この坑道は奴らにも把握されていないはずだろう!」

 

 そう喚くドラッジを庇いながらクソったれと吐き捨てる傭兵のリーダー。

 彼は冷静に、今回の依頼が既に負け戦であると結論づけていた。

 

(奴らは完全に包囲網を作り上げていた。こちらから情報が漏れた可能性はない、こっちは全員クルビアから連れてきた奴らだ。という事はあちらによほど優秀な索敵アーツの使い手がいるってことだ)

 

 苦労して町の中に運び隠したクルビア最新鋭の音響兵器も着いて早々粉微塵に吹っ飛んだ。

 あらゆる部分で劣勢な状況に追い込まれているうえトップの人間は騒ぐばかりで能がない。

 

 こうしている間にも、手駒となる部下達が次々と矢と槍に串刺しにされていく。

 

「ふざけるな! お前もじじいも、くだらない同情で鉱山を閉じやがって! 俺ならもっとこの地を栄えさせられた! もっと強い権力を手に出来たんだ! おい傭兵! 残っているニュータントを全部出せ!」

 

 サルカズ術師が矢が刺さった腕を緩慢に振りアーツを起動させる。

 

 領主の館の庭園が更なるモンスターの出現に慄く。

 煉瓦が割れ、塔は倒れ、全てを飲み込むような大穴から次々とニュータントが這い出てくる。

 

「ハハハハハ!! どうだ見ろ、個人の武力など関係ない! まだ終わってなどいない。この場にいる全員を根絶やしにして、俺は俺の国を手に入れるっ!」

 

 目を見開き、地の先まで届けと高らかに命令する。

 

「さあお前達、奴らを滅ぼせ!」

 

 

 

「大地こそが我が友」

 

 

 

 低く、小さく、されど明瞭に。その声は戦場に響いた。

 

 モンスターが湧き出る戦場の只中、大柄のサルカズが立っている。

 そのサルカズは全身を白いボディスーツで包み、手にした槌を掲げ祈るように何か呟いている。

 

 その声に応えるように、先程とは比べ物にならない程の地震が町を揺らす。

 

「何だ・・・」

 

 大地の怒りが隆起する。

 それはやがて人の形を取り、ゆっくりと首らしきものをこちらに向ける。

 

 そこに嵌る紅い単眼が、妖しく光った。

 

「ひっ」

 

 ドラッジは呻き声とともに後退った。

 仰ぎ見る程の巨躯からは想像もできない俊敏さでその腕が振りかぶられる。

 

「な、何なんだ、それは~~~~~!!!」

 

 振り下ろされた巨人の鉄槌に、ニュータントとドラッジの野望は潰えた。

 

 

 

 

 坑道を前進する一行。

 その道中には悪趣味な研究成果とやらが並んでいたが、それらを無視して先を急ぐ。

 

 そして遂に目的地にたどり着く。

 

 その光景は、レインボー小隊にとっては懐かしく、そして忌まわしいものだった。

 巨大な実験場。イカレた科学者の箱庭。そしてこの世界の命すらいくつも奪ってきた屠殺場。

 

「久しぶりだな。レインボー小隊の友人達よ」

 

 そして全ての元凶がそこに立っていた。分厚いガラスの向こうで、呑気に笑っている。

 

「今日君達は偉大なる創造主たる私を称えるだろう」

 

 手を掲げる奴に銃弾を叩きこむ。

 だがそれは手前の分厚いガラスに罅1つ入れられず弾かれた。

 

「チッ、防弾ガラスか」

「見たまえ、この培養槽の中身を! これこそ生命の進化、存在の反復!」

 

 その背には巨大なガラス槽があり、中で同サイズの球体の結晶が脈動していた。

 あれは、生きているのだろうか。見ているだけで不安に駆られてくる。

 

「よお、たしかレヴィとか言ったかお前?」

 

 同行したイグナスが声を掛ける。

 絶対の自信と安全圏にいるという慢心を全身で表現する奴の顔に今すぐにでも銃弾を撃ち込んでやりたかった。

 

「君は初めましてかね? 君も感染者かな?」

「だと言ったらどうするんだ? モルモットにでもするのかマッドサイエンティスト」

「いや。もはや君達を使った実験と検証は必要ない。その目にこれを焼き付けてくれれば十分だ。この、科学の神髄を」

「ぷっ」

 

 噴き出したイグナスに、レヴィ博士の顔が歪む。

 

「何がおかしいのかね?」

「いや、ただモンスターを生み出すだけのそれが科学の神髄ね~? 俺には新しいオモチャを見つけた子どもがはしゃいで作った泥人形にしか見えねえよ。マドロックの友人の方が遥かに見ごたえがあるね」

「・・・・・」

 

 ガラスを隔てた向こう側でレヴィ博士は落胆した。

 

「低能な人間の相手は疲れるな(ロシア語)」

「誰が低能だコラ」

「! 何故分かる」

「あいにくこちとらウルサス人なんでな。それでもお前の田舎者丸出しの訛りは聞くに堪えないが」

 

 田舎者、そう言われこめかみを揺らすレヴィ博士。

 

 イグナスはすごかった。

 銃弾をも阻むガラスの向こうの、道徳も倫理もゴミに捨てた科学者に次々と言葉の楔を打ち込んでいく。

 

「まったく、教養も知啓も感じ取れない奴だ。何より、この研究がどれだけの可能性を内包しているか気付いていない。それだけで如何にお前が浅慮であることか分かる。そんなお前達にでも理解できるよう、極めて簡潔に教えてやろう」

 

 レヴィ博士が両手を広げる。

 

「これは世界の真理に触れる成果だ、何故受け入れない? 何故称えない? 愚者どもめ。未知を、力を、進歩を恐れるお前達こそ人類の進歩を脅かすガンなのだと理解しろ」

 

 苛立たしい、そう早口になる奴を彼は切って捨てた。

 

「よく知らねえけどよ。お前程知恵というものから程遠い奴はいねえよ」

「・・・ほう?」

 

 その口角が上がる。

 一体どんな妄言が飛び出るのか楽しみだと言わんばかりの表情。だがイグナスはその裏に僅かな苛立ちを感じ取っていた。

 

「お前は科学というものを根本的に勘違いしている」

「ほう、私に科学を語るかね?」

 

 イグナスが一歩ずつ、ガラス壁に向かって歩き出す。

 

「人類は繁栄の過程で火を手中に収め電気を生み出した。月が照らさぬ闇夜にも光を灯すことを知り『夜』という概念に打ち克った。だがそれは科学が、法則が、この世の真理がそうしろと囁いたからではない。人の生きたいという意志が、知恵がそうさせたんだ」

 

 彼は言う。

 科学とは即ち、生きる意志の産物。

 爪も牙も持たない人類が、繫栄するために産み出した武器。

 

 故に。

 

「世界の真理に縛られるなど愚の骨頂。科学とは世界の法則を探求し、それを傲慢にも利用する霊長の種の証たる武器だ。ただ唯々諾々とそれに従い人のあるべき姿を見失うなど科学者の風上にも置けない。脳が肥大化しただけの猿以下の存在は、精々お山の大将を気取っているがいい」

「人のあるべき姿だと? 馬鹿らしい。この大地の住人である貴様がそれを言うとは滑稽に過ぎるな!」

 

 レヴィ博士は自分に向かってくる異端の存在を指差した。

 

「見ろ。貴様らの耳を、体躯を。その腰についているものはなんだ? “人”から外れた存在である貴様らに、何が共通するというのかね?」

「心だよ」

 

 ガラス1枚だけの距離を隔てて、彼らは相対する。

 

「生きたいと願う心。誰かに生きて欲しいと願う心。幸せになりたいと願う心。憎しみだってそうだ。だからこそ、お前の科学は空っぽだ」

「・・・愚かなことだ」

 

 もはや伝える言葉はない。

 イグナスは彼に背を向けゆっくりと来た道を引き返す。

 

「そうだ、創造主サマ。1つ賭けをしてみないか?」

「なんだね?」

 

 イグナスが足を止める。

 その手は腰の短剣を握っている。

 

「俺はここからでも、いつでもあんたを黙らせられた。これがはったりかそうでないか、当ててみろよ」

「・・・君のどこまでも未熟な精神に付き合う義理はないな」

「いいぜ、別に。怖気づくのも仕方ないさ。いや、神様はサイコロを振らないんだったか?」

「・・・私のあいさつに付き合ってくれた事に感謝して、その安い挑発に乗ってあげよう。これは私が特別に自作した研究用の防弾ガラスだ。人の身で壊す事などできないさ」

「そうかい。じゃあ」

 

 振り向きざま、一閃する。

 ほんの一瞬、鈍色の閃光が見えた気がした。

 

 短剣を鞘に納めたイグナスがまた歩き出す。

 

「俺の勝ち」

 

 その後ろで、自分が斬られた事にも気づかないままレヴィ博士がゆっくりと崩れ落ちた。

 彼らの間にある防弾ガラスには、傷1つなかった。

 

 その最後を見送らず、イグナスは別れを告げた。

 

 

「俺達はお前の大好きなその真理とやらも超えて、まだ見ぬ結末を掴みに行く」

 

「指を咥えてそこで見ていろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ロドス本艦

 

 私達がロドスの人達とともに彼らの本拠地へ立ち寄ってから約1週間。

 

 ここは地球に居た頃と同じ、場合によってはそれ以上の文明水準を維持していて居心地がよかった。

 個人的に食べ物が美味しくて風呂に入れるというのが格別だった。

 

 だけれど、いつまでもここに留まるわけにはいかない。

 

――今日は、旅立ちの日だった。

 

「そういえば、1つ気になっていたのだけど彼は何処かしら?」

「彼? ああ、イグナスさんのことですか」

 

 世話になったせめてもの礼として、ここのトップであるアーミヤという少女に声を掛けた。

 

 ここに来たばかりの頃はこんな年端もいかない少女に組織のトップが務まるのか不安だったが、中々に覚悟を持った娘だと知ってからはその心配もなくなった。

 

 ロドスのオペレーターになった私達を喜んで送り出してくれた彼女に感謝しつつ、ここ数日疑問に思っていた事を聞いた。

 

 

 この艦に来てしばらく経つが、あの事件を共に乗り越えた彼の姿は一度も見かけなかった。

 どこかに出張しているのだろうと考えていたのだが、私達ももうすぐここを発つ。せめて別れの挨拶ぐらいはしたかった。

 

「ええっとですね。彼は厳密にはロドスのメンバーという訳ではないんです。同盟者というのが正しいでしょうか」

「あら、そうなの?」

「レユニオンという、私達と同じ感染者を守るために活動している団体の幹部なんです」

 

 レユニオン。その言葉はあの日にも聞いたものだ。

 領主の娘にも認められていたようだし、すごい組織なのかもしれない。

 

「イグナスさんは本来レユニオンの拠点である移動都市ポラリスでやる事があったんですが、レンジャーさん達の動向を聞いて急遽そちらに立ち寄ったらしくて。でもまさかあんな事件が起こるなんて思いませんでした」

 

 それを聞いて、ほんの少しAshは引っかかるものがあった。

 

 思えばイグナスという青年は一貫して事態の中心にいた。

 物事に対処する手際も良く、その全てが結果として成功している。

 

 それに、とAshは彼との会話を思い出す。

 

 彼との会話は、何といえばいいのだろうか。とても気楽だった。

 この世界の人々と接する度に感じていた違和感というか、認識の違いというか、そういったものを一切感じさせなかった。

 

(これも彼の人柄が成せることなのかしら?)

 

 疑問に思いながらも、いないというのであれば仕方がない。

 また出会う事もあるだろう。

 

 アーミヤへ別れを告げ入港場へと向かう道中、購買には新聞が売られていた。

 

「うん? 見ねえ顔だな。新人か?」

「ええ、そんなところよ。ところで、レユニオンについて載ってる記事はない?」

「おう、それならつい一週間前のヴィクトリアタイムズだな」

 

 代金を払い手渡された新聞に目を通す。

 しかし、英語が通じるから新聞も読めるというのは些か甘かったようだ。

 ところどころ分からない部分があり、店の店員に尋ねる。

 

「ごめんなさい、何て書いてあるか教えてもらってもいい?」

「読めねえのに何で買ったんだよ・・」

 

 呆れながらも親切に読み上げてくれる店主によると、新聞には『世間を騒がすテロリスト、今度の標的はヴィクトリアか?』と一面に目立つフォントで印字されていたらしい。

 

「・・・これでいいか?」

「ええ、ありがとう」

 

 お礼に少し多めに菓子の類を買って再び入港場に向かう。

 

「・・・この世界の新聞も、あまり当てにならないわね」

 

 Ashはそれをゴミ箱に放り投げようとして、まだ何かに使えるかもしれないとやめた。

 だがもうそれには、着火剤としての用途以外は考えられなかった。

 

「遅かったなAsh」

「ごめんなさい。アーミヤに別れの挨拶をしてたの」

「Ashさん!」

「あら、ミアロ先生じゃない。わざわざ見送りに来てくれたの?」

「勿論ですよ。皆さんのおかげでこうしてちゃんと医療を学ぶ機会に恵まれたんですから」

 

 あの事件を経て、ミアロ先生は本当の医師になるためロドスで研修を受けることになった。

 これにはあの領主の娘も苦い顔をしたらしいが、ロドスとの関係も修復され定期的に良質な医薬品の提供を受けられることになり渋々受け入れたらしい。

 

「本当に、感謝してもしきれないです!」

 

 目を輝かせて言う彼に、私達は「またいつか」と、そう別れを告げた。

 

 

 

 

「それじゃ、行きましょうか」

 

 乗降口がゆっくりと開く。

 

 流れ込んでくる風に目を細め、それが収まるのを待って目を開く。

 

 そこにはあの日と同じ、見渡す限りの荒野が広がっていた。

 元の世界に帰る手がかりを探しに、そこに足を踏み出す。

 

 この世界、いやこの()()を。

 

 この目で確かめるために。

 

 

 




イグナス:(あれってコラボだったけどこの世界でも本当に異世界転生してくんのかな。というか進化の本質が世に放たれたらやばくね?)
「マドロック! 突然だがサルゴンで実戦訓練だ!」
マドロック:「了解した」
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