本編色々辛いけど普通にSFとしても面白い設定とか出てきて楽しいし何よりヘドイネ成分が補充出来てわしゃ満足じゃ。
もうそろそろ次章ヴィクトリア編が見えてくるのでお楽しみに。
1097年 11月 ヴィクトリア カレドン市
この大地は感染者への差別と迫害で満ちている。
それはどこであろうと変わらなかった。
皇帝が治めるあのウルサスの地でも、そしてそれと双璧を成す国家であるここヴィクトリアであってもそうだ。
街を歩けば感染者は出て行けと叫ぶデモの声が響く。
その一方、感染者地区を歩く誰もが下を向き目を合わせないよう肩を狭めてひっそりと歩く。
それを遠くから見れば、一体どちらが醜悪に見えるだろうか。
肌に浮かぶその源石が見えない程遠ざかれば、やっと彼らは自分達を客観視できるのだろうか。
まあ、それを考えたところで今は何も変わらない。
自分もそれらに紛れるように帽子を深く被り、足音を消す。
周囲に紛れ溶け込むように存在感を消すこの技術も、ここ数ヶ月ですっかり体に馴染んできた。
「口答えすんじゃねえ!」
「痛っ」
だが、今日はそうもいかないらしい。
騒がしかったデモの参加者の方を見れば、不幸な感染者が難癖をつけられて挙句に暴力を振るわれたようで倒れたまま腫れた頬を抑えている。
俯いて頭上からの罵声に必死に堪えるそれが見知った少女である事に気づき、急ぎ駆け寄る。元よりレユニオンの一員として、感染者を守る事に躊躇いはなかった。
「なんだその目は。文句でもあるってのか!」
理不尽な物言いをする男の前に立ち、彼女への視線を遮る。
「寛容は美徳だ。追い詰めるのもその辺に」
「レイドさん!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
それに答えず目の前の男を見据える。そしてこの騒動が単なる一市民の暴走ではない事に気付きつい眉を顰める。
苛立たし気に歪むその顔は先月、そして先々月、それぞれ違う姿で騒ぎを起こしていた奴と同じ顔をしていた。
(さて、どう収めたものか)
この場限りで言えば大したことではない。この地に出向いてから既に何度も経験したような小競り合い、そう騒ぎになることもないだろう。
だが漠然と漂う暗雲に、俺は独り頭を悩ませていた。
ここヴィクトリアのカレドン市へと潜入してから随分と経った。
感染者地区に集中する工場の排気口からはついさっきまで煙がモクモクと立ち上り、頭上を漂うそれは数少ない街灯の周りで光を散乱させていた。
まだ夜と言うには早いこの時間帯でも、大抵の工場はその日の業務が終わる。ただそれは感染者の労働過多を考慮して、などでは当然なく工場主の大半が一刻も早くこの場から離れたいと考えているからだというのは周知の事実だった。彼らの視線は雇い主が労働者に向けるものにしてはあまりにも拒絶の色が濃い。
潜入してから今まで、自分は表向きウルサスからの移民として近くの工場で働いている。
その工場主も例に漏れず感染者嫌いだ。だが幸いにも同僚となった者達からも慕われ特に問題も起こさずに事を進められている。
ここでの労働環境は、ウルサスに比べれば比較的マシと言えるだろう。
あくまで比較的、ではあるが。
感染者でも働けるとはいえ、その賃金は通常の半分。場合によっては賃金券の発行だけでお終いなんていうのもザラだ。
全ての感染者の希望足らんとするレユニオン、その本土たるポラリスでの暮らしと比べたら劣悪と言っていい。
何より、
そんな場所であったとしても、自分がこうして身を潜めてでも生活しているのはここがテラの大地にあってとても希少な、比較的マシな都市だからだ。
『レイド。君にはヴィクトリアのカレドン市への潜入を頼みたい。そこに感染者を支持している議員がいる。彼を取り巻く環境を改善し、融和の架け橋を繋いでほしい』
レユニオンの幹部であるイグナスにそう頼まれたのが1年ほど前。
珍しく感染者を保護する政策を打ち立てそれを実行にまで移したそこは、「クルビアモデル」と呼ばれ他都市の感染者まで受け入れて仕事を提供している。
また給料の一部を鉱石病抑制剤として受け取る事もでき、薬がなく症状が悪化することもぐっと減っている。
喜ばしい事だ。少なくともここへ来る以前、事前に土地柄について調べた時はそう思った。
この地へ辿り着き地盤固めも終わった頃、この政策を主導しているアンスト議員を密かに調べたが特に怪しいところはなく彼は己の信念に基づいて感染者の助けとなっていることが分かった。
願わくばこのまま何事も無く時間とともに感染者と非感染者の両者が和解する糸口になってくれればと期待していたのだが、昨今はどうも雲行きが怪しい。
つい最近感染労働者の待遇改善に関する新法が議会に挙がってから両者の間での諍いが頻発している。
おそらく他の反対派の貴族達が扇動しているのだろうが、ここに潜入しているレユニオンの面々だけではどうしようもない。
それに加え、アンスト議員の容体がここに来て悪くなっている。
ただでさえ賛同を得にくい感染者支持の立場に加え、本人も150歳を超える高齢で無茶もできない。市議会内部でも彼を積極的に排除しようという動きがあり予断を許さない状況だった。
「レイドさん。お疲れさまです」
眉間の皺を寄せ今後の方針に頭を悩ませていると、横合いから声を掛けられる。
跳ねるような明るい声音。顔を上げればお盆を抱えたフェリーンの少女がにこやかにこちらを見ていた。
落ち着いた雰囲気のバー、まあ正確にはここはバーではないらしいのだが、温かみを感じさせる木目のインテリアに彼女の笑顔はよく映えていた。
「スージーさん」
「難しい顔をされてますね。そんなに難しい本なんですか?」
「・・・いや、大したことはないさ」
その髪色と同じ、ピンクの尻尾が興味深々と揺れている。
それに何でもないと返し本を閉じる。栞を挟み忘れたが、もともと暇つぶしと疑いの目を逸らすための小道具、既に内容は殆ど頭に入っていた。
彼女、スージーさんはあの日自分がデモの参加者から庇った少女だ。
彼女はこのバーに勤める看板娘で、自分達と同じ感染者だ。
感染してから、家に面倒をかけるわけにはいかないと遠く離れたこの都市へ出稼ぎにきた健気な娘。
それもあってこのバーの店主や常連からはとても可愛がられている。
彼女はそれに甘える事無く劣悪な環境にも挫けず、夢に向かって努力し続けているらしい。
いつか自分の店を持ち自立したいのだと、少し照れくさそうに笑っていた。
彼女を見上げたまま、目を細める。
願わくば、この娘にも幸福な未来があって欲しいものだ。
「レイドさんはいつものですね」
「・・・ああ、頼む」
そんな彼女に絆されでもしたのか、自分もいつの間にかここの常連になっていた。
メニュー表を取らずとも注文する内容は頭に入っているし、あろうことか自分がいつも何を頼むのか彼女に覚えられてもいる。
潜入先で人と深く関わることはあまり推奨されない。自分の正体が露見するリスクを抱え続けることになるし、何より別れが辛くなる。
それでも、いつも気が付けば帰る足はこのバーへと向いてしまっていた。
息苦しいこの街で、ここは一度知ってしまった温かみを僅かにでも思い出させてくれた。
もちろん、このバーがこの地で働く感染者達の情報を集めるのに向いていたというのもある。
この店のオーナーはあのロドスということもあり間諜の心配をしなくていいという側面もあった。
どこかご機嫌な彼女が運んできたカップに手を付ける。彼女の心情をそのまま表すかのように左右にゆらゆらと揺れる尻尾から目を離せば簡素な白磁のカップは香り高い黒に満たされていた。
コーヒーにミルクを少量砂糖はなし。
すっかり舌に馴染んだその味にどこかほっとしながら気持ちを入れ替え正面を見据える。
これから先、やるべき事は多い。
イグナスから依頼された事はこれだけではないし、この都市の新法に関連する摩擦も解決の糸口が見えない。
そして裏で暗躍する貴族達。
(労働者の間で噂になっている地下から響く異音。これが解決の糸口になると思うんだが)
どうか何かが起こる前に、それを掴めるようにと願う。
仄かに香るコーヒーも、この漠然とした不安を鎮めてはくれなかった。
悪い予感というのは、大体当たるものだと戦場が教えてくれた。
それを久しく忘れていた、その事を恥じるしかなかった。
「なんだ。これは」
それはいつもの帰り道。
僅かな源石街灯が照らす夜道のなかで、その場所だけがやけに明るかった。
懐かしい、灰の香りが風に運ばれてくる。
全てを焼き焦がすようなそれは冷静さを失わせ心臓の鼓動を加速させていく。
「どうして」
伝わる熱の先を呆然と眺める。
夜には明るすぎるそこは輪郭がぼやけているが、脳裏には見慣れた景色が鮮明に残っている。
そこでつい先日、何があったのかも。
コツコツ貯めた貯金で買い取った店の前で、涙を流し大勢の仲間に囲まれて笑った彼女の歓喜が。
故郷から遠く離れた地でとうとう自立するのだという決意が。
感染者でも人生を信じて行けるのだと、そう背中を押したいと語った彼女の尊い思いが。
炎に包まれ、灰と化していた。
火災を知らせる鐘の音が立ち並ぶ家々を反響する。
今も必死に消防士と警察が消火を続けているが、その火勢は留まる事を知らず今も木材が熱によって軋み不気味な悲鳴をあげる。
『グリーンスパーク』と書かれた手製の看板が、音を立てて崩れ落ちた。
居ても立っても居られず、近くの人間に声を掛ける。
「おい、この店の主人は? フェリーンの少女なんだ!」
「あっ?! ついさっきまでそこにいたよ!」
それだけ言って消火活動に戻る警察官。
だが辺りを見渡しても、彼女のピンクの髪は見当たらない。
(どうして?)
頭の中は数多くの疑問に溢れていた。
そもそもなぜここで火事が起きたのか。
事故の可能性もあるがそれは考えにくい。ここはつい先日スージーさんが買い取ったばかりで営業もしていなかった。元はバーという事もあり酒類は置いてあったが、何もせず自然発火するような管理を彼女やロドスの人間がするとは思えない。
ならば何者かが火をつけたということになる。だがなぜこの場所を?
怨恨や感染者差別者による無差別的犯行、あるいは自分の正体がばれた可能性すら考えられた。
だが頭を過る先日の光景がその思考を止める。
「探さなければ」
視線を上げれば、慣れ親しんだあの場所が炎に包まれている。
自分にとってそれは、あの温かいレユニオンを思い出させてくれる憩いの場だった。
そして彼女、スージーさんにとっては生きる希望そのものだったはずだ。
皆んなで彼女を祝った日、泣きじゃくりながらも笑顔で彼女は言った。
『私、みんなのおかげで、夢を叶えられたよっ!!』
人が生きる希望を奪われた時どうなるか。そんなこと、嫌になるくらい知っている。
(人手が要る)
今も崩れ落ちていくそこから踵を返し、路地裏に走る。
目指すのはこの地に潜入したレユニオンメンバーの合流地点。全速力で向かいながら頭の中で彼女が向かいそうな場所を考える。彼らと手分けして探せば、この広大な移動都市から手遅れになる前に彼女を見つけ出せるかもしれない。
この件にレユニオンの面々を動員するのはリスクがあるかもしれない。もしこれが俺の正体を知った者による炙り出しなのだとしたらなおさらだ。怪しまれるような言動は慎むべきだ。
それでも。
『為すべきと思った事を成せ』
俺がヴィクトリアへと発つその日、俺への依頼にイグナスはそう付け加えた。
『どういう意味だ?』
『真面目な君のことだ、潜入する以上目立ってはいけないとかなんとか色々考えるだろうなと思って』
当然だろうと答えた俺に、イグナスはあっけらかんと言った。
『君がレユニオンの一員としてどうしても救わなければと思った人がいたのなら、派手に暴れてこい。後始末くらい任せろ』
左手が腰を彷徨う。
そこには今は何もない。だが数々の死線をともに潜り抜けてきた相棒が俺を抜けと囁いていた。
レユニオンの理念。
感染者の安寧、共存の道。
それを脅かす者がいたのであれば、斬り払うのが俺の役目。
それを再確認した今、路地を駆けるその足に迷いは微塵も無かった。
「お願いだよ! ヘイズさん・・お願い・・あと少しで市街地だから」
カレドン市の外縁部、今や廃棄エリアとなった路地でスージーは泣いていた。
その背中には今にも儚く消えてしまいそうな少女が抱えられている。
その呼吸がみるみる弱まっていくのを感じる度、懸命に足を前に出すが遅々としてその速度は変わらなかった。
その事が情けなくて、自分の命の恩人を助けられないかもしれないという恐怖が衰弱した心に追い打ちをかける。
そして彼女の口から黒みがかった血が滴り落ちたのを見て、その心はぽっきりと折れてしまった。
「誰か、助けて・・・」
もはや市街地へと歩を進めることすらできず、せめてその熱が逃げないようにと横たわる少女の手を固く握る。
「誰でもいいから・・・・お願いします・・・お願い・・・」
無力感に苛まれながら、それでも死んでほしくないと漏れ出た声はビル風によって虚しくかき消される。
そもそもここは自分が何も感じないまま楽になりたいと無意識に選んだ無人の地。
そんな場所では、1人の少女のか細い祈りなど風に飲まれ消え去ってしまう。
「助けて・・・」
それでもスージーは諦める事ができなかった。その死を受け入れられなかった。
飲食すら忘れていた喉は声を上げる事だけで激しい痛みを伴った。それでも同じ言葉を繰り返す。
今まで、愚直に繰り返してきたように。
些細なものだったとしても、それが簡単に崩れ去ってしまうものだったとしても。
それでも、声を上げる事だけは止められなかった。
「助けてよ・・・」
「大丈夫。必ず助ける」
だが、その慟哭は確かに届いた。
一瞬、スージーはそれが自分に掛けられた言葉だと分からなかった。
呆然と見上げた先に、いつの間にか見知った青年の顔があった。
「レイ、ドさん?」
「君が声を上げてくれたおかげで何とか見つけられた。その娘も、見たところ鉱石病の急性発作を起こしてるが今ならまだ助けられる」
その言葉の意味の半分も、彼女は分からなかった。そんな彼女を置いてレイドはテキパキと処置を施していく。
心身への負担に栄養不足。いつ倒れてもおかしくない状況で、それでもレイドが発したその言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。
「よく頑張った」
その言葉を聞いて、スージーは目から涙が流れたのを感じた。
今までのように冷たくない、頬をなぞった跡が温かくなるような涙。
(ああ、よかった)
何がよかったのかなんて分からない。
自分の命の恩人が助かる事か、それとも声を上げ続けた事が報われた事か。
あるいは、努力というのは報われるのだと、そう信じられた事か。
横たわるヘイズに抑制剤を打つレイドの傍らで、スージーは止まらない涙を拭い続けた。
あれからヘイズが無事意識を取り戻して。スージーとバーの元常連のメンバーはあの日何故火事が起きたのかを教えてもらった。
どうやらその犯人はアンスト議員の誘拐を企んでいて、ヘイズとお店はその巻き添えになったらしかった。
色々な思いはあったがスージーはヘイズを責めようとは思えなかったし、犯人への懸賞金もついたという事でその情報を持ち込んで補填にあてようという話になった。
その結果、犯人の議員とグルだった警察に誘拐されこうして地下を逃げ回るハメになってしまってはいるが。
「やっと追いついたぜ。もうおしまいだ」
スージーが後ろを振り返れば、そこには半ばで断絶された鉄骨の橋があった。
退路は断たれ、目の前には武器を持った暴徒が数人。あふれるアーツを制御する為にいつも肌身離さず持っているアーツユニットも今は手元にない。
そんな状況にあっても、彼女が諦めることは無かった。
距離を詰めてくる敵を睨みつけどうにかこの場を乗り切るための方法を考える。
「来ないでください。私は感染者です。アーツだって、使えるんですよ!」
髪が僅かに逆立ち空気がピリピリと震える。
今まで意図的にアーツを使ったことのないそれをどうにか操ろうと力を振り絞る。
だがそれは荒事に慣れた男達からすればとても脅威にはなり得なかった。
今も少し距離を保ったまま、獲物が消耗するのを虎視眈々と待っていた。
(諦めたくない。せっかくまた頑張れるかもって思ったのに。それに、皆んなにまだちゃんとお礼言えてない!)
私が無事だと分かって抱きしめてくれたクー姉に、お店の事で色々助けてくれたビタールートさん。グラニさんにモンベランさん、それにお祝いしてくれたバーの常連の皆んな。
それに、ヘイズさんとレイドさん。
あの時、助けてもらったのだから。なら簡単に死ぬことなんてできない。
絶対に生きて帰る、その思いで火花を散らす。
「無駄だ小娘。いい加減諦めろ」
「諦め、ません!」
「そうか。だがこちとら時間が無いんでな」
暴徒の1人がボウガンを取り出す。
身を隠そうにも橋の手前まで追われたこの状況では遮蔽物もなく、逃げるためにアーツを解除すればたちまち後ろに控えた暴徒達が武器を手に襲い掛かってくるだろう。
それが分かっているからこそ、矢が番えられるのを見ていることしかできない。
そして遂に、銃口が胸の真ん中を捉える。
「恨むなら自分の不幸を恨んでくれ」
引鉄が引かれ、張り詰めた弦から矢が解き放たれる。
走馬灯のようにゆっくりと流れるその光景から、スージーは目を逸らさなかった。一か八か、その矢を目視で避けようと試みる。
だが遅々として動かない自分の体に容赦なく矢が迫る。
(嫌だ。死にたくない! 絶対に生きて帰るんだから!)
死への恐怖に閉じかけた視界の中、眩い閃光が瞬いた。
稲妻と見紛うほど鋭い炎光が闇を赤く染め上げ、三度繰り返されたそれが収められた時には目の前の暴徒は全員地に伏していた。
薄暗い地下道の中。見慣れない刀を携えていてもその刀身に宿る炎に照らされた後ろ姿をスージーはよく知っていた。
「レイドさん・・どうして」
「色々あってね。間に合ってよかった」
そう微笑む彼にまた問いかけようとして、言葉が詰まる。
聞きたいことは山程あった。
その手に握る刀の事も、先程見せた美しい剣閃の事も、どうしてここが分かったのかも、彼女には分からない事だらけだった。
だがその疑問が口から出るよりも早く、複数の足音が地下道に響きレイドが鋭い視線を向ける。
追手だろうか。レイドの背にはいつの間にか先程の倍は暴徒が押し寄せていた。
流石に不安になってレイドに手を伸ばす。
だがレイドはそんな彼女を背に庇い、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。君の事を心配している人が、皆んなあの先で待っている。だからちょっと失礼するよ」
「へ? レ、レイドさん?!」
レイドは返事を待たずにその華奢な体躯を持ち上げた。突然の事に動揺する彼女を尻目にレイドは彼女を途切れた橋の向こう側に放り投げた。
着地に失敗したお尻をさすりながら橋の向こうに声を掛ける。
「いたた・・レイドさん?!」
「早く、上に走るんだ!」
「でも!」
「大丈夫。すぐに追いつく!」
スージーは一瞬躊躇い橋の下を見下ろす。そこは地面が見えない程深く横を見渡す限り別の橋は見受けられない。
自分と彼を隔てるそれがどこか今生の別れを示しているかのように感じられた。
それが嫌で、あなたも一緒にと叫ぼうとして。
力強く頷く彼を見た。
「・・・待ってますからね!」
それだけ言い残し踵を返す。
「スージーさん!」
だが、最後にそれを他ならぬ殿となった彼が引き留めた。
スージーさん! と咄嗟に呼んでしまった。
おそらく、俺達はここで別れることになるだろう。これだけ大規模に動いた自分達がレユニオンとバレるのも時間の問題だ。それにイグナスから依頼された雑事の大半は終わらせた。後はこの暴徒達の親玉が工場から盗み出した源石エンジンを運び出せば、カレドンに留まり続ける理由は無くなる。
これが今生の別れになるかもしれない。
橋の向こうから自分を見つめるつぶらな瞳がきらりと光るのが見えた。
陽だまりの彼女。
闇を照らす、優しい火花。
苦難のなかにあっても笑顔を忘れず、自ら立つ事を選んだ強い少女。
せめて、そんな彼女に祝福を。
「俺達には未来がある。だからどうか俯かないで。もしどうしても立ち上がれなくなったら、俺達を呼んでくれ!」
レユニオンの理念は変わらない。
感染者は自らの立場に誇りを持ち
積極的に力をつけ
安息の地を得るべき
そしていつの日か、鉱石病を克服する。
もし感染者の安寧を脅かす者がいるのなら、俺はいつだってそれを斬り払う刃になる。
「俺達はいつだって、君達の味方だ!」
階段を駆け上がるその背に、最大級のエールを込めてそう叫んだ。
そしてカレドン市での騒動も終結し、スージーさんを誘拐した議員とその他大勢は刑務所に叩きこまれ幕を下ろした。
スージーさんはどうやら街の英雄として表彰されたらしい。新聞に映るぎこちない笑顔を浮かべる彼女を見た時は思わず口角が上がってしまったが。
偶然手にした新聞の一面に目を通していると横合いから声が掛けられる。
「隊長? どうしたんです?」
「何でもない。それより物資の搬送は無事できそうか?」
「ええ。ここらの地下物流通路にまで警察の手は回らないでしょう。上では汚職議員が成敗されたってお祭り騒ぎですからね」
「ならいい」
手にした新聞をバッグに詰め込みひっそりと動く部下達に指示を出す。
汚職に手を染めていたビシュマー議員だが、おかげでこうして貴重かつ高品質の源石エンジンを始め多くの機材が手に入った。
搬出の準備が整ったそれの表面を軽くなぞる。冷たい金属のそれの表面は滑らかでかなりの品質である事を主張してくる。
レユニオンでも調達できないわけではないが流石は技術先進国ヴィクトリア。エンジンの質1つとっても違うらしくこれもとある用途に使えるらしい。
これもイグナスから依頼された物の1つだが、彼はこれを使って何を造ろうというのか。
「こんなところで何やってるのかしら?」
突如地下通路に響く女性の声。
咄嗟に腰の刀の鯉口を切るも、遅れてその声の持ち主に気付き肩の力を抜く。
どうやら、再会の日は意外にも早くやって来たらしい。
見上げた先で、見覚えのあるドルイドが手を振っていた。その様子に敵意は感じられずつい最近あの店で会った時のままだった。
「クエルクスさん」
「はー、でもまさか君がレユニオンの一員だったとはねえ」
天井からいつの間にか生えてきた根を伝ってゆっくりと降りてくる。
その目は俺達の纏うオレンジ色のスカーフに向けられていた。
「黙っていたのはすまなかったと思っている」
「別にいいよ。何かひどい事されたわけでもないし。むしろスージーちゃんを助けてくれたんでしょ?」
「ここへは何をしに?」
「お見送りってとこかしらね。あとは付き添い」
「? 誰の」
彼女にしては珍しくいたずらっぽく目を細める。
横にずれた彼女の背後に、これまた馴染みのある少女がいた。
「スージーさん? 何でここに」
「あの、レイドさんっ!」
緊張していたのか声が上擦る。それは地下通路の壁に反響しよく響いた。
突然の大声に手を止めた周りの部下達に見守られ、頬を赤らめる彼女。
その場にいたたまれない空気が漂う。
流石に可哀そうだと思い部下達を作業に戻らせ話に集中できるようにする。
その間に深呼吸を済ませたスージーさんは、俺の眼を真っ直ぐ見据えた。
「レイドさん。ありがとうございました!」
そう言い、腰を直角に曲げる彼女。
「・・・もしかしてわざわざそれを言いに?」
「だって、まだお礼言えてなくて。追いつくって言ったのにいつまでも上がってこないからすごく心配したんですよ?」
ふくれる彼女にすまないと謝る。
それと、と少し口ごもる彼女はやがて意を決してこれからの予定を告げた。
「私、クー姉のいるロドスに行ってみます!」
あの日、彼女が手に入れたお店は跡形もなく燃えてしまった。
犯人に関する情報もそもそも事件が解決したせいで懸賞金も出なくなり、損害賠償を請求しようにもビシュマー議員の財産は既に市議会が差し押さえている。
このままここにいるよりも、新しい環境でやり直そうというのはいいかもしれない。
それにロドスは感染者に対する姿勢も随一だ。彼女らの下ならば自分も安心できる。
「いいんじゃないか。応援するよ」
息巻く彼女に惜しみないエールを送る。気丈に振舞うその心では今も新天地への希望や不安が渦巻いているのだと思う。
彼女の頭に優しく手を添える。
静電気でピリッとしたが、こんなもの気にもならなかった。
「レイドさんっ?!」
「大丈夫だ、スージーさん」
驚く彼女に努めて優しく語りかける。
彼女は優しい。朗らかでひたむきで誰もが応援したくなるような素敵な娘だ。
どれだけの苦難があろうとも、色々な人が支えてくれる。
「君ならきっとうまくいく。だから安心していい」
中途半端に上げた手を固まらせされるがままの彼女に、確信をもってそう告げた。
(大きかったな)
頭に乗せられた、ささくれ立った武骨な手の感触が蘇る。
ゴツゴツしていて、剣ダコがついた分厚い手。
それがまるで割れ物を扱うかのように自分の髪を撫でた。
それは小さい頃、よく髪を梳いてくれた父のようで。
だけど、それよりも少しだけ温かくてポカポカして。
それで・・・
「スージーちゃん? 顔赤いよ?」
「へっ?! な、なんでもないですよ!」
慌てて髪を抑える。触れた拍子にパチリと静電気が跳ねた。
その感触に改めて自分に触れた時レイドさんが痛くなかったか気になってくる。
だけれども、何故かレイドさんの顔を見れない。
顔を上げようとする度、あの柔らかい瞳が自分を見ているかもしれないと思うと地面を見ることしかできなかった。
暴走するアーツの影響で自然と浮き上がってくる自分の髪を撫でつけながら頬を染めるその顔を見て、クエルクスはピンとくる。
「君、責任取りなさいよ?」
「? 何のだ?」
首をかしげるレイドの様子に思わずため息を吐くクエルクス。
こりゃ先が思いやられるわね、と自称スージーの姉貴分は内心頭を抱えることになったのだった。
やめろ、放せ!俺は正気だ。俺は見たんだ!
スージーさんを王子様みたいに颯爽と助けるレイドさんはいるんだ!買い出しに出かけた帰りのスージーさんを送っていくよみたいな感じでさりげなく荷物を預かってなおかつ後ろで彼女に襲い掛かろうとしてたごろつきに彼女が気付かないよう視線だけで牽制をかけるスマートなレイドさんはいたんだ!
本当だ!信じてくれ!ナデポする朴念仁レイドさんは実在したんだ!