てえてえ警報発令
ロドスは移動艦である。
移動都市程の規模はないものの百人は優に超えるオペレーターを乗せることができるほどの大きさを誇り、そしてその中には医療機器を始め各種最先端ともいえる機材を揃えている。そのうちのいくつかは今も謎に包まれており、その全容を知るのは医療部の総責任者のケルシーとロドス建造に初期から携わったクロージャのみだという。
その日、感染者の希望を載せたその方舟は航行を停止していた。
実はこういった期間は珍しくない。移動艦故補給は必須であり、大抵は近くに移動都市のある場所で一度航行を止め数日から長ければ一か月程滞在しまた次の目的地へ向かう。これらの航路はロドスの上層部が決めた活動方針の元最終決定がなされており、それに合わせて安全に荒野を移動させるのがいわゆる事務方のオペレーターの役目だ。
もちろん、ロドスは移動艦であると同時に製薬会社である。そのためただテラの大地を当ても無く彷徨っているだけでは意味がない。その航路に合わせ取引先や各地に設けられたロドス事務所と調整を重ね、医薬品の輸送や原材料の補充さらには新たな取引先の開拓なども行っている。
それだけではなく、運航にかかる庶務や消耗品の補充さらには突発的な問題への対処も踏まえれば対応するべき事柄は多岐にわたり全てを把握しようとするならばあのドクターですら眩暈を起こし卒倒するだろう。
故に、こうしてロドスが大地に腰を下ろした時、その入港場は常にない程多くの人がひしめき合う。
外部から搬入してきた荷物を運ぶ運送員がリストを片手に部下へ指示を出す。また出口付近には発注所から言い渡された命令の通り商品を車両に載せ終わり、配達員が外に出る順番を今か今かと待っている。長旅から戻った車両や航空機をシェルターに移動させメンテナンスにかかった機関員が車両の状態の悪さに早くも悪態をつく。それらから少し離れた待機所では、近隣の移動都市との取引締結のため膨大な資料とサンプルを片手にスーツのネクタイを締める営業担当が鏡を見ていた。
多種多様な人々が入っては出ていく。種族も年齢も鉱石病の有無でさえ、1つとして同じものはなくその全容は万華鏡のように姿を変えていく。最近加入したとある妹曰く、人材の宝物庫たるロドスらしい一面であり、そしてとある少女もその風景の一部となっていた。
ピンクの髪が振れる頭に付随してゆらゆらと揺れる。
この膨大な人の波の中から誰かを探そうと視線はあちこちを回っており、未だ慣れない場所の空気に中てられてか大分疲れているように見える。
その手には簡素な便箋が両手で丁寧に握られていた。
少女の名前はスージー。つい数か月前までヴィクトリアのとある都市に住んでいた彼女はとある不幸な出来事により今はロドスのオペレーターとして活動している。
その出来事によってほぼ財産と呼べるものを全て失ってしまった彼女もロドスのオペレーターであるクエルクスの紹介によって無事再就職を果たし以前よりもずっと安定した生活を送ることができていた。
ロドスではゴールデングローと名乗っており、既に愛称でGGちゃんと呼ぶ親しい間柄の人間もいる。
そんな彼女が何故こんな場所で人探しをしているかというと、その手に握りしめられた手紙の差出人に会うためだった。
カレドン市で起こった事件。それは彼女から多くの物を奪い去ったが、同時に新しい縁も齎した。1つはここロドスとの縁であり、もう1つはその時自分を助けてくれたとある青年との縁だ。
その青年の顔を思い起こすたび、少女の白い肌はほんのり赤く染まる。
頭の中できらきらと輝くその顔を頼りに、再び視線を上げるスージー。
先程外から大量の車両が流入したからか人が続々と艦内への通用口に殺到する。
その中に探し人がいないか目を凝らしていると、人混みの中に見知ったハンチング帽子を見かけた気がした。
今は帽子しか見えないがその横には刀袋だろうか、細長い収納バッグが飛び出ており可能性は高かった。
意を決して高く手を振る。160にも満たない身長の所為でこうでもしないと見つけてもらえないだろうし、自分がここにいる事を相手は知らない。
「レイドさん!」
あの時と同じように名前を呼ぶ。
名前を呼ぶだけで心臓の鼓動が早くなった気がしたが、スージーは構わず精一杯手を高く伸ばす。
するとそれが功を奏したのか帽子のつばがこちらを向き、流れから斜めに逸れるように近づいてくる。
そして流れからするりと抜け出たその姿は記憶と何ら変わらず表情だけを驚きで満たしていた。
「スージーさん。わざわざ迎えに来てくれたのか?」
(ああ。まだ数か月しか経っていないのに)
返事をする前にスージーは心が湧きたつ余韻に浸る。
自分の名前を呼んで貰っただけで、こんなにも嬉しいだなんて。
改めて自分の想いを自覚しつつ、努めて平静に歓迎の意を示す。
「はい、レイドさん。スージー改めゴールデングローがロドスをご案内します!」
はにかむ少女の眩しさに、レユニオンの部隊長は目を細めた。
こうして数か月ぶりの再会を果たした両者はロドスの廊下を2人だって歩く。
手紙で近況報告をしあってはいたものの、互いに話題は尽きることはない。
レイドは引き続きヴィクトリアで諜報活動を続けており、ヴィクトリアといっても辺境都市出身のスージーに都会や他国の風土について語った。旅行などしようもない状況のスージーにとってその話は物珍しく、大地を一面に覆いつくす白銀や絢爛たる貴族の館、多様な花が咲き乱れる庭園などがありありと浮かぶレイドの語り口にすっかり夢中になってしまっていた。
一方のスージーはロドスに来てからの些細な出来事を中心に話した。ロドスに来てまだ間もない頃、CEOであるアーミヤが同郷のムースや歳が近いウタゲとアンジェリーナ、そしてレユニオンの幹部の1人であるフロストノヴァを招いて歓迎会を開いてくれた事。ロドスでまた友達ができた事。ケオベやポプカルといった年下のオペレーターが可愛かった事。カレドン市の事件で自分を救ってくれたもう1人の恩人、ヘイズが同じオペレーターになった事。
なんてこともないそれらの日々を心底楽しそうに語る。それをレイドは微笑ましく思っていた。
そうしてしばらく歩いた頃、ふとスージーが何かに気付く。
「レイドさん、少し帽子を取ってみてもらってもいいですか?」
「? 構わないよ」
特に何か疑う事も無く帽子を脱ぐレイド。
スージーはそれを横から見ていたものの、やがてピンとこなかったのかレイドの正面に回りじっとその顔を見つめる。
ただならぬ雰囲気に戸惑うレイドをよそにスージーが呟く。
「髪がぼさぼさだし、毛先も揃ってません。お忙しかったんですか?」
言われてみれば確かにと彼は思った。
ここ最近はヴィクトリアで再び活動していたし以前と違って周囲に溶け込む必要のない状況だったためあまり身だしなみには気を遣っていなかった。今回も部下と一緒に一度レユニオンの面々と合流する目的でロドスに立ち寄ったのだ。身内と会うためだけにそこまでしようとは思っていなかった。
「ああ。レユニオンでやるべき事があってね」
やるべき事の内容を濁してそう言う。
それに対してスージーは少しの間考え込んだのち、よし、と呟くとレイドと目を合わせた。
「この後お時間いただいてもいいですか?」
「特に予定はないけど、何をするんだい?」
「その髪、私が整えます」
両手の人差し指と中指ではさみのポーズを取るスージーは張り切ってそう言う。
「いや、そこまでしてもらわなくても」
「前のお礼、まだできてませんから! それに、ヴィクトリアに潜入調査?をしてるんだったら身だしなみは整えていた方がいいと思います!」
遠慮しようとしたレイドにぐいっと一歩詰め寄りそう語るスージー。
しばらく無言の時間が続き、彼女の喉がごくりと鳴る。やがてレイドが「じゃあ、お願いしようかな」と言った時、緊張したそれは一転して華々しい笑顔を咲かせた。
「分かりました! じゃあ私、準備してきます。また後で!」
そう言って走り去る彼女の後ろ姿を見送ったのち、レイドはその場にしばらく立ち尽くした。
辺りには彼女がつけていたのだろうか、仄かに香水の香りがした。ヴィクトリアの庭園に漂っていたものとも違う、素朴で甘い果実のような香り。
慣れないそれに対して物思いに耽る間にそれは流れて薄まっていく。
それがまるで自分から遠ざかっていったように感じられて、レイドは背中を向け逆の方向に歩いていく。
彼女は先程また後でと言った。ならこちらも先に用件を済ませるべきだろう。
このロドスに滞在しているだろうフロストノヴァやイグナスにヴィクトリアでの調査結果を伝えるべく歩を進めるレイド。
その顔は彼女に向けていたものとは一変して、厳しく鋭く、陰をはらんでいた。
「ふん、ふん、ふふ~ん」
少女の自室にソプラノのリズムが跳ねている。
鼻歌混じりに椅子の後ろに立つスージーは自前の鋏を手入れしていた。
彼女の自室は通常とは違い散髪用の椅子とシャワー台が設置されている。
かつて美容室を開こうとお金を貯めていた彼女。その夢は不幸にもあの日炎に包まれてしまったわけだが、ロドスに場所を移してもその夢は消えていなかった。
あの日語った、感染者でも人生を信じて行けるのだと散髪を通して背中を押したいという思いは今も変わらなかった。その思いをクエルクスとドクターに相談したところ、彼らが人事課と施設課に依頼して彼女の為に作ってもらったのだ。まだ年若く経験も少ない彼女に一室を貸し与えるわけにはいかないが、それでも彼女を応援したいという粋な計らいだった。
それに彼女は深く感謝し、以来彼女は知り合ったムースなどの友人を中心に彼女らの散髪を引き受けている。彼女は知る由もないが、これで彼女の腕を認める声が多く出たのならば正式にロドスの一室を貸し出し美容師として活動してもらおうという話も既に承認されていた。
そんな彼女は今、やっと巡ってきた恩返しのチャンスに心躍らせていた。その中に多分に私情が入っていることは否定できないが。
椅子の手前には丁度頭が来る位置に鏡が置かれており、本来椅子に座った客の顔を映すべきそれは浮かれた少女の顔をこれでもかと主張していた。
やがて扉を叩く音が聞こえ歌を止めたスージーが「どうぞ」と声を掛ける。
入ってきたレイドは至極申し訳なさそうに謝罪を述べた。
「お待たせ、スージーさん」
「レイドさん。ふふっ。はい、
折り目正しく姿勢を伸ばし、一礼をする彼女はとても楽しそうだった。
そんな彼女に対し、少し躊躇するように改めて確認する。
「スージーさん、お礼に髪を切ってくれるのは嬉しいんだが何も君の部屋じゃなくても」
「他の場所だとロドスの人に迷惑になっちゃいますから。安心してください、ちゃんとシャワー台や器具は最低限揃えてますし、ムースちゃんやケオベちゃんの髪もここで切ったので慣れてます」
えっへんと自慢するスージーに対し、そこを心配しているわけではないんだがと困り顔をするレイド。
だがこのままでは埒が明かないし、何より今更引き下がっては彼女が傷つくだろうと半ば諦め席に座った。
「それじゃあ、切っていきますね。どんな髪型がいいですか?」
「短ければなんでもいいよ」
「お任せですか・・・じゃあ髪をかき上げてワイルドな感じにしてみましょうか? それとも逆にオールバックにしてフォーマルな格好も合うようにしましょうか。その場合服装はどうしよう。白のタキシードとかも似合いそうだしそれに」
「やっぱり最初に会った時と同じ髪型にしてくれ」
やや興奮気味に化粧箱を取り出し構えたスージー。
1人妄想へと突入する彼女に危機感を覚えたのか具体的な髪形を指定され、残念がりつつもシャワー台を引き寄せレイドの頭を濡らす。
「かゆい所はありませんか~?」
「問題ない」
手早くシャンプーで洗いシャワーで流す。タオルで包み込むように水分を取ったのち、理容椅子の背もたれを立て鏡の前に出す。
「では、始めます」
それからしばらくの間、無言の部屋に髪を切る鋏の小気味いい音だけが鳴る。
いざ散髪を始めてしまえばスージーは真剣な面持ちで手際よく毛先を整えていく。
その表情が新鮮で、レイドは鏡から目を離せないでいた。
そして無事整髪も終わり、残った毛髪を洗い流し軽くトリートメントする。全ての工程が終わってスージーがケープを外した時、レイドは鏡の中に随分と小綺麗な青年を見た。髪型はあの時とほぼ同じだったが、それはとても彼女と会った時のようなものとは思えない出来栄えだった。
「まるで魔法みたいだ」
思わず口から零れた言葉に、スージーは顔を赤くした。
「///ありがとうございます。そうだ。最近メイクの勉強もしているんです。有名なスタイリストの方がロドスに来られて、勉強会を開催してくれてて!」
嬉しそうなスージー曰く、クルビアで映画スターのメイクも手掛けていたその手の業界では名の知れた人物らしい。それがあえてロドスに来るなどそれなりの理由があると考えていたが、本人によるとロドスにメイクしたい顔の持ち主がいるとの事。
今では何故かロドスのエンジニアと日夜議論を交わし、彼女のスタジオからは時折よくわからない単語の羅列が聞こえてくると噂になっているらしい。
スージーは使った器具を片しながら自分の事についても話した。
「今は電気関係のアーツ理論も学んでて。私の体質の事もありますし、きちんと制御できるようになりたくて。それに私、実はアーツの適性が高いらしいんです。このままアーツの勉強も頑張ったらきっとすごい術師になるだろうってクー姉が言ってました」
親しいロドスの先輩に押してもらった太鼓判。元は地元でアーツを学ぶ学校に推薦の話が出ていたこともある。
家の事情を理由に諦めていた道が、もう一度叶うかもしれない。そしてそれが多くの人を助けることに繋がるかもしれない。アーミヤやヘイズやムース、そして目の前の憧れのひとも。
「だから、もし・・・もしそうなれたら」
「スージーさん」
意を決して自分の願いを告げようとしたスージーをレイドが遮る。
それは常の彼にはない行動で、思わず狼狽えるスージー。
「レイドさん?」
「別に、アーツの適性があるからって戦わなければいけないわけじゃない。君は普通の少女なんだ」
雰囲気が一変したレイドに、スージーは初めて恐怖を覚えた。口調は相変わらず真摯で丁寧だが、そこに滲んだ感情は事件の際襲ってきた暴徒達とは比べ物にならない。
レイドはここに来る前、イグナス達に報告したヴィクトリアの様子を思い返す。
サルカズが暗躍を続け、首都たるロンディニウムは既に陥落しているも同然だった。日夜工場では兵器の部品が製造され、歯向かった人間は悉く間引かれていった。
他にもヒロック郡含むターラーの地では、昔からあったターラー人差別の風潮に反旗を翻す武装組織が姿を現し始めている。
あそこに漂う匂いはもはや彼がよく嗅ぎ慣れたものだった。
恐怖と暴力を咀嚼する、戦が到来する兆し。
レイドはウルサスの元軍人だ。
彼は戦場の悲惨さを知っている。誰かに命を狙われる事、そして誰かの命を奪う事。それが日常となっているあの場所に彼女を向かわせるのは酷だと思った。
自分はいい。元は軍人でそういった感傷は新兵だった頃にとうに捨てている。
それでも手や服に付いた血の匂いが洗っても洗っても纏わりつく感覚を知っている。
自ら手に掛けた敵が、救えなかった同僚が、毎夜のように自分を苛む日々を覚えている。
目の前の彼女に、もうそんな思いはして欲しくなかった。
「だから、そんなことしなくても」
「レイドさん」
術師になる事を諦めるようにと、そう言いかけたレイドを今度はスージーが遮る。
どこか叱るような呼び方に、レイドは心底驚いた。見れば彼女が自分の眼を真っ直ぐ見つめていた。
「私はここに来てまだ日は浅いですけど、それでも色々な人と関わりました。仲良くなった友達もたくさんいます」
持っていた鋏をぎゅっと握りしめる。何かを堪えるように下を向き、それでも想いの丈をぶつけ続ける。
「それがあの日みたいに突然奪われるなんて、もう嫌なんです。世の中には悪い人がたくさんいます。そんな人達にもう負けたくなんてありません。ただ声を上げる事しかできないなんて言いたくありません。確かにレイドさんからしたら、私は弱くて、守るべき非力な女の子なのかもしれません。それでも!」
そして再び顔を上げた時、そこにか弱い少女はいなかった。
非力ながらも、人を倒すには優しすぎるも、確かな覚悟を持った面持ちで。
静かにこぼれた涙は、温かく、閃光のように輝いていた。
「レイドさんが、ヘイズさんが、クー姉が、私に諦めなくていいんだって教えてくれたみたいに。私も、誰かに生きてていいんだって思ってもらいたいんです!」
自分の願いを打ち明けたスージーは、流れる涙を必死に抑えようと下を向いて袖で拭い続けた。
(だめだ、ほんと泣き虫で、こんなんじゃレイドさんに呆れられちゃう)
自分が何で泣いているのかもわからない。怒られたわけでも、悲しかったわけでもない。
止まって、と。その思いに反して瞼から感情が溢れ続ける。
無機質な白いハンカチが、そっと瞼の下に押し付けられる。それは少女の涙を拭うのではなく、零れたそれをただ受け止め続ける。顔を上げればいつの間にかレイドが正面に立ち、自分に手を伸ばしていた。
「擦ると赤くなる」
優しい瞳で見つめられて、くしゃりと少女の顔が歪む。また、涙が押し流される。
鼻をすする音と、呻く声。2人の間に言葉は無かった。それでも。
泣いても大丈夫だと。
涙を吸い続けるハンカチが、そう教えてくれたような気がした。
「すまない。俺は君のことを甘く見ていた。守るべきか弱い少女だと侮っていた。謝罪する」
「いえっ全然! レイドさんが私のことを考えてくれたのは分かってますから」
やっと泣き止んだスージーは恥ずかしさやら先程まで触れ合っていたドキドキやらで顔を真っ赤にしながら手をぶんぶんと振る。
それに気付かない朴念仁は、腰を直角に曲げて謝罪していた。顔を上げてくださいと半ば懇願するスージーに対し、レイドは引く気はないようだった。
「それでも先程まで君が泣いていたのは俺が言った事が原因だ。何かお詫びをさせて欲しい」
「そのことはもう忘れてください! けど、お詫び、ですか・・・」
自分の醜態の事を言われて声を荒げる彼女だったが、続く言葉に次第に尻すぼみになっていく。
何やら考え込んでいるようで、ぶつぶつ呟いているのがレイドには聞こえた。
「これくらいなら・・・いやでも、レイドさんは純粋にお詫びをしたいって言ってくれてるのにそれは・・・でも・・・」
「スージーさん?」
「ひゃいいい?!」
声を掛けられ飛び上がる彼女にレイドが驚く。
「どうしたんだ? 何かして欲しいことは決まったか?」
「うう、曇りない瞳・・・えい、女は度胸!」
何やらすごい決心をしたらしい彼女は、レイドに目を瞑るようお願いする。
それに何の躊躇もなく従うレイドは対面の彼女が手を伸ばしてくる気配を感じていた。
デコピンか? と無意識に強張るレイドの髪が持ち上げられ、小さくパチンと音がした。
「もう、大丈夫です」
目を開けると、正面にはもじもじしたスージーがいて、頻りに自分のおでこらへんを気にしている。
振り返って先程まで使っていた散髪用の鏡を覗くと、いつもとは違う部分があった。
「これは、髪留めか?」
何の装飾もない、シンプルな銀色のパッチンピンがレイドの前髪の一部をまとめていた。
視線を後ろの少女に移す。それと同じものが彼女のスカートのポケットについており、よく見れば彼女の前髪のヘアバンドにも付けられていた。
おそらく散髪で使う道具の1つなのだろう。
だがレイドとしては、これがお詫びであるという事に若干の疑問を感じていた。
「お詫びなのに、逆に物を貰ってしまうというのは」
「全然っ気にしないでください! そ、それにほら! 何だかレイドさんの力を貰える気がして!」
もう手首が取れて飛んで行ってしまうのではないかというくらいに手をぶんぶんと振るスージーの言葉に、これはいわばお守りのようなものかと理解する。
強い存在と同じものを身に着けて自身を鼓舞するというのは昔からよくある事だ。その対象に自分が選ばれたというのは光栄というか申し訳ないというかだが、それで彼女が勇気づけられるのならば是非もない。
「そうか。ならいくらでも持って行ってくれ」
純粋な思いを籠めた笑顔に、なぜかスージーは「ごめんなさいぃ」と謝っていた。
なおこの後すぐ、廊下を並んで歩く2人がクエルクスとイグナスから質問攻めにされたのは言うまでもない。
多分この後うら若き女子オペレーター達による女子会が開かれる。