明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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ようやくここまで来れました。

原作における9章、ヴィクトリア編の前章たる暴風眺望まで来れた!
この先もちょくちょく閑話的な扱いでエピソード系を挟むのでよろしくお願いします。


第三十八話 竜の眠る地

 ヴィクトリアにおいてヒロック郡という移動都市は少し特殊な立ち位置に属している。

 

 地理的にはヴィクトリアの首都たるロンディニウムから遠すぎず近すぎない距離を保ち、これといった特色はない。周辺各郡と特に密接な関わりがあるというわけでもなく、農業と軽工業を主産業とした中型の移動都市。こんなものは大国であるヴィクトリアの治める領土には掃いて捨てる程存在している。

 

 では何故、ここが特殊なのか。それはこの地に住まう人々のルーツが関係しており、それを理解するにはまずヴィクトリアという国のルーツから説明しなくてはならない。

 

 ヴィクトリアはドラコ(竜人)とアスラン(獅子人)によって統治される二頭政治の元成り立っている。

 

 

 遥か昔、まだここが()()()()()()ですらなかった頃。この地は国とすら呼べない程細い繋がりを持ったドラコの集団の住まう土地だった。

 ある日2人のドラコの統治者が生まれ、君主主義と遊牧民的連合主義のもと武力的な手段を用いずにこれらは対立しやがて国土を2つに割り互いに共生する道を選んだ。

 ヴィクトリアとターラー。一度分かたれた2頭の竜は征服の軍勢ナイツモラの到来により再び団結し統合され、一時の平穏を享受する。

 だがそこへサルゴンから流れてきたアスラン達が数を増やし、遂には王権を主張する程の勢力を有し始めた事で状況は一変する。

 アスランに早々に屈服したヴィクトリア側のドラコに対し、最後まで抵抗を示したゲル王以下ターラーのドラコ達は遂に和平という形でその争いに終止符を打ったわけである。

 

 

 こうして今現在までテラの大地に覇権を示す大帝国は誕生した。ヴィクトリアとはこの和解ののちに共同で土地を治めた事が起源であり、以来両者は権力の強大さを示す王冠と盾とともに国旗にその存在を刻まれている。

 だが政権は次第にアスラン側へと偏るようになり、ドラコは徐々に少数民族としてその影響力を衰えさせられていった。その期間は人にとってはあまりに長く、13年程前に突如としてアスラン王が絞首刑に処され公的な王が不在となってからもその認識が変わることはなかった。

 

 アスラン王家が崩壊し、ヴィクトリアは8つの大公爵家が睨み合いを利かせ互いに牽制する事で一時的に均衡を取り戻す。これがなければヴィクトリアはその首都を中心に崩壊の末路を辿っていただろう。

 だがそれも1094年のヴィクトリア事変によって事態は急展開を見せる。

 

 王家不在となっていた首都ロンディニウムは特定の貴族勢力の増大を阻止するため貴族の立ち入りを制限していたが、大公爵家であるスタッフォード公爵がこれを破り鎮圧に動いたキャヴェンディッシュ公爵と相打ちとなってしまう。

 ただでさえ危ういバランスが大公爵家が2つも欠けるという大事件に揺らいだだけでなく、戦力として招いたサルカズ軍事委員会に都市機能を掌握されてしまうという前代未聞の状態。

 

 長年空席だった王座は、あろうことかサルカズ軍事委員会の長、摂政王テレシスへと渡ってしまっていた。

 

 

 こうして非常に不安定な情勢となっているヴィクトリアにおいて、では改めてヒロック郡の特殊性に注目しよう。

 ヒロック郡は別名ターラー地区とも言い、ヴィクトリアを治めるドラコの起源となった土地だ。そこには独自の言語や文化が今でも残っており、ターラー人たるアイデンティティを誇りに思っている層も一定数存在している。そしてそれを“ヴィクトリアの威光に逆らう愚か者”と蔑視する者も同様に。

 

 長年抑圧されてきた不満、同じ国旗の下にあっても埋まらぬ溝。それらはヴィクトリアの繁栄の光に隠れて燻り続けていた。

 

 それこそ、ほんの僅かな火種で、大帝国を飲み込んでしまうほどに。

 

 

 

 

 

ヴィクトリア ヒロック郡

 

「隊長、やっぱりおかしいべ。こんな事あっていい筈がない! 同じヴィクトリア軍人の私達を騙した上に、容疑もない人を勝手に処刑して、おかしいよ!」

 

 ヴイーヴルの女軍人がいきり立つ。その背に背負った破城矛を今にも握って振り回しかねない程の勢いで隣の上司に抗議する。

 それに対し金髪のループスが冷静に答える。

 

「目的を掴めていない以上、迂闊には動けないわ。駐屯軍がどういう訳か隠したがっているものにも注意しつつ、私達のターゲットの事も調査しましょう」

 

 部下である彼女、バグパイプの言葉に冷静に言葉を返したのはリタ・スカマンドロス。作戦中のコードネームをホルンといい、ヴィクトリア軍第二テンペスト特攻隊の指揮官である彼女はヴィクトリア制式軍事装備である砲撃盾を背負い直しながら暗い地下牢の廊下を歩いていく。

 既にこの場所に用はない。重要参考人だったはずの市民はヒロック郡の駐屯軍が“武器を奪い兵士を攻撃しようとした”などと言って勝手に殺してしまった。

 

 そもそも取り調べの時間を誤魔化されていた時点でこちらに非協力的なのは明らかだ。中央から派遣された自分達とこの土地の駐屯軍の間で軋轢を生じないようにうまく調整しようとしていたこの指揮官の思惑は早くも崩れ去っていた。

 これから先地元の協力を得られないまま捜査に当たるしかないと分かりホルンは眩暈がしてくる思いだ。

 

 

 2か月前、軍の輸送ルートから大量の源石製補給物資が盗まれ消息を絶った。その他にもヴィクトリアの各郡ではそういった類の物資の盗難や強盗、そして殺人事件が頻発しており中央はこれを連続性のある事件と睨んでいる。

 

―亡霊部隊。

 

 彼らはそう呼称されている。

 そしてこの地では兵士を狙った襲撃事件が何度も起きているらしく、彼女らテンペスト特攻隊が派遣されてきたのもその首謀者が件の盗難事件の犯人ではないか調査するためだ。

 

 それからバグパイプは町に聞き込みに、ホルンは一度この駐屯軍を指揮するハミルトン大佐にこの一連の仕打ちの説明を求めに動き出す。

 

 

 2時間ほど待たされたのち、ようやくホルンはこの地の指揮官に面会することができた。それも緊急対応に当たっているという駐屯軍兵の半ば子ども染みた言い訳を一蹴し、これだけの源石製品を盗む事ができるのは軍の内部にいる者だけだという疑いを仄めかせばすぐに大佐が()()したあたりよほど横槍を入れられたくないのだろう。

 

 だが面会して早々、ホルンはこの対立が想像以上に根深かったことを悟った。

 自分の出自を揶揄する挨拶など気にもしない。そんなものは女性で王立前衛学校の優等生でロンディニウム軍期待のエースなどと呼ばれていた時から慣れているし、自らが蛇蝎の如く嫌悪する貴族の社交界では挨拶にすらならない。

 気になったのはこの地が、いかにターラーというものをヴィクトリアとは切り離して考えているかだ。

 

 ハミルトン大佐はこの地に住まう市民をターラー人と一括りにし、彼らを獅子身中の虫のように罵った。

 その間にも部屋に置かれた無線からは作戦遂行中であろう駐屯軍からの報告が引っ切り無しに続いている。

 

「事情も知らずに手を出すな。大人しくしていればすぐにでもロンディニウムへ帰還できるぞ?」

「その場合、裁判も無しに市民を処刑した愚行をどう報告しましょうか?」

「はっ! 脅しているつもりか。ならば奴らがどれだけ罪深いか教えてやろう」

 

 そうしてハミルトン大佐はここ数か月で兵士が襲われた事件の詳細を語り始めた。既に両手では収まりきらない程の襲撃事件が起こってしまっている。重症の兵士も数多くおり、しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それからもまくし立てるように軍の被害を述べる大佐はこれを事件ではなく戦争だと言った。

 

 それは部屋に入ってきた兵士が作戦行動中の部隊の通信途絶を言い渡したことで面会が途絶されるまで続いた。

 

 

 怒声を振りまく作戦室を後にしながら、ホルンは今後の計画を立てる。

 

(やはり駐屯軍の協力は得られそうもないわね。それよりも問題なのは地域住民と駐屯軍の間にある摩擦が思ったよりも根深い事ね)

 

 そしてもう1つ。ホルンは対処すべき事柄を思い出した。

 

『奴らがあの感染者の守護者をかたるテロリストを招いたに違いないのだ!!』

 

 彼は襲撃の実行犯としてとある感染者団体の名を挙げた。

 

 最近あらゆる場所に名前が広がっている感染者の自衛組織、レユニオン。彼らもまたヴィクトリアに潜んでいるらしく、つい1か月前にもゴドズィン公爵が治めるカレドン市でその存在が確認されている。

 そして生き残った軍の兵士によると、彼らは襲撃場所に時折姿を現したのちすぐさま霧のように消えてしまうのだという。

 

 

 亡霊部隊だけではない。かの一大組織もこの件に関わっていることに頭を悩ませつつもホルンは違和感を拭いきれないでいた。

 自分達が追う亡霊部隊だけならばともかく、感染者の自衛組織である彼らが今ここで彼らと協力して襲撃事件を起こすというのは考えにくい。

 

(彼らは自分から軍を襲撃するような真似は今までしてこなかった。事情が変わった? それとも別の意図があるのかしら)

 

 

 それからホルンはバグパイプと合流した。

 彼女の方はどうやら駐屯軍の兵士の情報提供者を見つけたらしく、これから送られてくる暗号が示す場所で重要な集会が行われるようだった。

 

「何だか、色々複雑すぎてこんがらがって来たよ。レユニオンの人達が何をしたいのか分からないし、軍の人達もターラーとか区別するのはおかしいよ。私達、皆んなヴィクトリア人なのに・・・」

 

 納得いかない表情をしたバグパイプを連れてホルンは届いた暗号が示す場所へと向かう。

 彼女の純朴さは美点であり、ホルン自身それに救われた事は多々ある。軍人でありながらそういった感性を失わない事を嬉しく思いながらも、現実は彼女のように綺麗ではない事を知っている。

 

「そうね。そうだったら、よかったのにね」

 

 自分達に残された時間がそう多くないことをホルンは自覚していた。

 

 亡霊部隊は今まであくまでも秘密裏に事を運んでいた。それが今はこうして次々と痕跡が辿れてしまっている。

 馬脚を現したなどとは思えない。どこか撒かれた餌に食いついた獲物を罠にかける瞬間を今か今かと待ち構えているとしか考えられない。

 

 そしてその時が訪れたら、ここに溜め込まれた淀んだ思想は一気に溢れだし嵐となってヴィクトリアを飲み込むだろう。

 

「させるものか」

「そうだね」

 

 2人は揃って足を進める。目指すべき、社交の場へと。

 

 その後ろにいくつもの思惑が蠢いていると知りながら。




唐突ですが皆さんの好きなカプが知りたい。
コメントでよろしければ是非教えて欲しいです。
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