明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第四十話 戦場に咲く黒い花

 黒と紅が交じり合う混戦の中、幾度となく肉を断つ音が鳴る。

 

 刃を防ごうと翳された剣は溶断され、驚愕に染まる顔ごと切り裂かれる。

 不意を突こうと放たれたボウガンの矢も、光の瞬きにも似た一閃が闇を裂き飛来するそれらを全て切り伏せていく。

 

 ダブリンの兵士は恐れ慄いていた。

 

 彼らにとって、「リーダー」の操る赤炎こそ力であり恐怖であった。

 触れた全てを灰に変え、積もった憎しみに火を灯す業火。

 

 かつてこの地を支配していた強き者。赤き竜は民に代わり血を流し、その一滴で野原の全てを焼き尽くしたという。

 虐げられてきたターラーの民を鼓舞し、その心を燃え上らせる赤炎。

 

 その伝説に相応しき灼熱をこそ、彼らは崇拝した。

 

 

 だが、今彼らの目の前にはそれすら切り裂く紅の刀があった。

 

 鉄を裂き、炎を断ち、復讐の意志を絶つ。レユニオンの敵を悉く切り伏せる彼の姿は、彼らが初めて遭遇した絶望そのものだった。

 

「どうした?」

「ひっ」

 

 ハンチング帽子とスカーフに覆われた顔から、紅の瞳がダブリンの兵士たちを見据えている。

 その輝きは偶然にも彼の刀に宿る炎と同じ色をしていた。

 

「市民を巻き込むほどの復讐心なのだろう? 俺1人を相手に何を怖気づく?」

 

 レイドが1歩踏み出す。無意識にダブリン全員が後退っていた。

 それを見てレイドは吐き捨てた。

 

「随分と安い復讐だな」

 

 

 ダブリンはもはや猛る竜を前にした獲物でしかなかった。

 撤退しようにも彼が見逃すとは思えないし、頼りにしていた「リーダー」も先程から明らかに攻撃の意思が感じられない。

 

 迫りくるレイドに背を向けかけたその時、街道に隣接している屋敷の2階の壁が吹っ飛んだ。両者の間に瓦礫と3人の人影が流れ込む。

 

 先程まで屋敷の室内で戦っていたホルンとバグパイプとマンドラゴラは、状況の不利を悟ったマンドラゴラによってまとめて屋敷外に押し出されたのだ。

 

 突然の乱入にたじろぐ彼らを見てマンドラゴラが罵声を浴びせる

 

「ちょっと! いつまでこんな奴らに付き合ってるの!」

「マンドラゴラ様! しかし」

「言い訳なんて聞いてないのよ! あんたも何ボーっとしてるの? あんたが腑抜けてるとこっちまで士気が下がるでしょうが!」

 

 「リーダー」の槍が震える。いつまで経っても振るわれないそれに我慢の限界を超えた彼女が怒りのまま喚き散らす。

 

「あんたはリーダーなんでしょうが! 今更何を怖気づいてるのよ。今まで何人も殺してきたんでしょう。焼いて、殺して、灰にしてきたんでしょう。その炎で!」

「! っ!」

「! 空っぽの癖に何考えてんのよ! さっさとやれぇ!!」

「!」

 

 空っぽと言われて、「リーダー」の中の何かがはじけた。

 

 それは熱となり、炎を生み、眼前の全てを焼き払わんと放たれる。

 

 

「まずい、バグパイプ!」

「隊長!」

 

 態勢を整えていた2人は街道を覆いつくすそれを避けるのは不可能と即断し、ホルンが構えた砲撃盾の後ろに隠れる。

 だがこれだけの熱量ともなると、盾ごと蒸発させられる可能性も否定できない。

 

「くそっ!!」

「アハハハ、灰になっちゃえ!!」

 

 炎の吹き荒れる音に甲高い笑い声が混ざる。

 それは全てを灰に帰す赤炎とともに街道の全てを飲み尽くさんと迫る。

 

 だが。

 

「言ったはずだ」

 

 

 2人の構える盾の前方に、レイドが躍り出る。

 

「貴方、危険よ!!」

 

 もはや悲鳴に近いホルンの声を背中に受けながらレイドは静かな面持ちのまま、刀を大上段に構える。

 

 

 彼の脳裏にはかつて訓練で対峙したレユニオンの幹部の姿が浮かんでいた。

 

 自分と同じ刀を振るう将軍の息もつかせぬ連撃を。

 ウルサスの盾と称された人類最強の絶対的な堅牢さを。

 感染者の希望として歩む、彼女の操る業火を。

 

 それに比べれば、こんなものそよ風に過ぎない。

 

 

 柄を握り直す。

 迫り来る赤炎の強大さに比例して、その刀身に宿る紅炎もその火力を上げていく。

 自身に降りかかる脅威に彼の中の生存本能がアーツの出力を最大限まで引き出す。

 

 

「はあ!!!!」

 

 真紅に染まった刀身が、赤炎を両断した。

 レイドを避けるように通り過ぎたそれはまたしても街道の一部を焼くに留まる。

 

 

 絶句する彼らをよそに、赤熱する刀を握るレイド。

 その目は未だ少女に問いかけていた。

 

 

「借りものの信念で、俺を倒すことはできない」

 

 

「・・・気が変わったわ。あんなの相手にしてるだけ無駄、撤退するわよ」

「待ちなさい!」

 

 ホルンの静止の声も空しく、街道の脇の建物を崩落させたマンドラゴラはダブリンの兵士に撤退を指示する。

 

 崩落による土煙が収まった頃には、そこにはホルンとバグパイプ、レユニオン達と市民と駐屯軍の兵士が残された。

 警戒を維持しつつも、一先ずの脅威が過ぎ去ったことにホルン達は安堵する。

 

 息を整えたホルンは、改めてレユニオンの部隊を率いていたレイドに声を掛けた。

 

「さっきは庇ってくれて助かったわ。ありがとう、レユニオンの隊長さん」

「レイドだ。気にしなくていい。奴らの行いは流石に看過できなかった」

 

 刀が纏う炎を消したレイドの言葉に、ホルンは少なくとも駐屯軍の兵士達よりは話が通じそうだと安堵した。

 構えを解いたホルン達は、彼に事情を聞こうと歩み寄る。

 

 

「だが会話の前にまずやるべき事がある」

「えっ」

 

 バグパイプの気の抜けた声と同時にレイドが一瞬で距離を詰める。

 咄嗟に構え直す2人を抜き去ってレイドは刀を一閃した。

 

「ぐはっ」

「安心しろ。峰打ちだ」

 

 2人が後ろを振り返ると、倒れこむ市民を脅していた駐屯軍の兵士がレイドに無力化されていた。

 どさりと倒れこむ兵士を一瞥すらせず、レイドはターラーの市民に告げる。

 

「お前達はこれで自由だ。今後どうするかは、お前達が決めろ」

 

 市民達は突然の出来事にどうすればいいのか分からず、やがて逃げるように立ち去って行った。

 それと入れ替わるようにレイドの部下が通りの奥からやってくる。

 

「どうだ?」

「ハミルトン大佐が率いる護送隊の襲撃に成功。彼らは全員軍の管理下から逃れました」

「よし」

 

 報告を受けたレイドは金属の部品が鳴らす音に振り返る。

 彼らの後ろにはこちらに武器を構える2人の軍人の姿があった。

 

 

 マンドラゴラとの戦闘が終わり次第駐屯軍に合流しようとしていたホルンとバグパイプにとってこれは想定外の事態だった。

 

 確かにレユニオンがヴィクトリア側についたというような甘い考えはなかった。だがそれにしても、わざわざ撤退に協力した相手をここで襲うとは思ってもみなかった。

 

「何のつもり?」

 

 訝し気に目を細めるホルンに、レイドは端的に告げる。

 

 

「俺達はターラー人が、ダブリンが独立に動く事を否定しない」

「「なっ!?」」

 

 

 驚くホルンとバグパイプ。

 

「何で? さっきは助けてくれたでしょ」

「自分が何を言っているか分かっているの? ヴィクトリアを2つに割るつもり!?」

 

 何故と問う2人に対し、レイドは淡々と理由を述べた。

 

「これはもはや当然の帰結だった。この国はその強大さに胡坐をかき、支払うべき対価と禊ぐべき罪をうやむやにし続けてきた。お前達も見ただろう、ターラーの言葉を出すだけで彼らを獅子身中の虫と罵り容易く武器を振りかざす兵士の姿を。この騒動が起こる前から、それこそダブリンという勢力が生まれる前からその火種は燻り続けていたんだ。それをもみ消そうと手を出したのならば、その手を焼かれるのは必然だ」

 

 レイドの言い分に身をつまされる部分があるのは事実だ。

 だが納得しきれないバグパイプは言い募ろうと言葉をかける。

 

「でも」

「では彼らはこのまま虐げられるべきだと思うか? 古くからある言語で詩を詠んだだけで牢屋に閉じ込められ身に覚えもない罪を着せられるべきだと?」

「・・・・」

「先程駐屯軍に護送されていった人達もそうだ。あれほどターラーに敵対心を抱いている軍の奴らが彼らを丁重に扱うとでも思っているのか?」

「それは」

 

 ホルン達の脳裏に、ここを訪れたばかりの時に軍によって私的に処刑された民間人の事が浮かぶ。

 先程は致し方なく軍に護送を依頼したが、その結末が決して彼らにとって良いものにならない事は薄々感じてはいた。

 

 

「立ち上がる勇気を、俺達は否定しない。それはあの時、この印の下に集った俺達そのものだからだ」

 

 レイドの左手が腕に巻かれたオレンジ色のスカーフを握りしめる。

 彼の意志は固い。そのことを悟ったホルン達は武器を握る手に力を籠める。赤炎を切り裂く彼の技量と火力を考えれば接近戦は何としても避けたい。

 砲撃盾に込められた弾倉の残数を思い浮かべながら、周囲を伺うホルン。臨戦態勢を整えつつある2人に、レイドはだがと続ける。

 

「市民がそれで傷つく事は見過ごせない。それはこの印に集う前、個人ではどうしようもない悪意に晒されていた俺達と同じだからだ」

 

 

「・・・つまり、私達に敵対するつもりはないと?」

「お前達の邪魔をするつもりはない。ダブリンの蜂起がヴィクトリアを揺るがしそれが多くに災いを運ぶ事は事実だ。お前達はお前達の為すべきことを成せ」

「貴方達はどうするつもり?」

「市民の安全が最優先だ。それを犯すのなら相手が駐屯軍だろうがダブリンだろうが倒す」

「・・・正直、頼もしいわね。情けないけど」

「お前は他の軍人達とは違うだろう?」

 

 レイドが彼女らと直接話したのはこれが初めてだ。それでも彼女らが少なくとも市民達を守るべき対象と考え行動している事は察していた。

 ウルサスの元軍人であった彼は軍の内部構造というものには理解がある。様々な思惑が入り乱れるかの魔窟において、彼女ほど()()()()()()というのは纏う雰囲気からして違うものだ。

 

 

「近頃消息を絶っている源石製品の行方を知りたいか?」

「! 何故それを」

 

 唐突なレイドの申し出にホルンは驚いた。

 それは正に彼女達がここに来た理由そのものだ。それを既に突き止めていたという事実に改めてレユニオンという組織の恐ろしさを感じつつもホルンはその答えを待った。

 

「軍の砲兵大隊を押さえろ。この都市の市民の命はお前達にかかっている」

「なんですって? ・・・・まさか!」

「急いだ方がいい。お前達の分隊も動いているだろうが、一刻も早く合流しろ」

 

 彼の発言の意図を察したホルンはその顔を青くする。

 

 不法に集められた源石製品。先程街道で爆発した謎の源石爆弾。この地で活動していたレユニオンが警戒していた事。ターラーに隔意を持つ駐屯軍。

 それらが全て繋がり、1つの想像が頭を過る。都市内で広がるダブリンの蜂起に劣勢に立たされる彼らが、その鎮圧にどう動くか。

 

 それはあまりにも、恐ろしく、愚かで、どうしようもない悲劇だった。

 

「この都市に、()()()が咲く前にな」

 

 レイドの言葉に、ホルンは無線機を手にし別行動中の部下に指示を出す。

 潜伏している彼らに自分達が合流し戦力が整うまで待機するよう厳命する。

 

 街道を駆け抜ける彼女らを背に、レイドも部下に指示を出す。

 

「行くぞ」

「はい、レイド隊長。しかし大丈夫でしょうか、彼女らにだけ任せて」

「心配ないだろう。ヴィクトリアのテンペスト特攻隊と言えば精鋭中の精鋭だ。捜査が難航してはいたが、敵の正体を捉えた彼女らが駐屯軍に後れを取るはずがない」

「ですが、間に合いますかね?」

 

 部下の懸念ももっともだ。もしここの駐屯軍が推測通りこの街に源石クラスター弾の雨を降らせ市民の命を度外視して鎮圧に動いたとすれば、自分達の命も危うい。

 しかしレイドは確信をもって大丈夫だと彼らを安心させる。

 

「今ヒロック郡にいるのは俺達だけじゃない。それに()なら、この状況で最善手を打ってくる」

 

 レイドは空を見上げる。真夜中のそれは雲に覆われ月明りすら見えない。だがその向こうに広がる蒼穹は、自分達には見えない何かが見えている。

 

 頼もしい同僚の姿を思い浮かべながら、レイドもまた街を駆けた。

 

 

 

 

 

 

兵営前

 

 

「テロリストが、私達に何の用だ?」

 

 武器を構える兵士達の後ろで、ハミルトン大佐は問いかけた。

 視線の先には、兵営の門を塞ぐレユニオンの部隊がいた。

 

 ターラー人の集会場からダブリンの詳細について知っているであろう民間人を護送中、レユニオンの部隊に襲撃され重要な情報源を失った彼らはもはや実力行使は止む無しと一度司令本部に戻るところだった。

 

「先程、お前達の仲間が我が部隊を襲撃した。重要参考人を逃がした罪は重いぞ」

 

 我が物顔で道を塞ぐ彼らに対し、苛立たし気に言う。

 

 軍は度重なる襲撃に疲弊し、ヒロック郡の市民は勢いづいて密かに暗躍し続け、そしてそれらを助長するように彼らはこの地でこそこそと動いていたのだ。

 

 だがそれも今日までだ。既に火蓋は切られた。

 これは戦争だ。ターラーと、ヴィクトリアの。内に潜む害虫を炙り出し、国家への反逆者に骨の髄まで知らしめるまでもはや止まらない。

 

「しかしレユニオンよ、あのダブリンと組むなど愚かな事をしたな。大方ヴィクトリアに混乱を引き起こすために徒党を組んだのだろうが、所詮は烏合の衆。ヴィクトリアがこの程度で揺らぐなど随分と安く見られたものだ。むしろ感謝しよう。これでやっと堂々と、奴らをヴィクトリアから排除する口実が得られたのだからな」

 

 この時を、ハミルトン大佐は心から待ち望んでいた。亡霊部隊やレユニオンなどという想定外の因子が混ざりはしたが、ターラー人はヴィクトリアに対する叛意を明確にした。

 この戦火はヴィクトリア全てに伝播し、ターラーという異分子を焼いて新たに生まれ変わる。このテラの大地に唯一無二の、絶対的な国家として。

 

「お前達がどれだけ我々の道を阻もうと関係ない。私だけではない、ヴィクトリア中で私の同志が同じ未来を夢見ている。奴らは知ることになるのだ。ヴィクトリアの偉大さを。貴様らのような感染者も、反乱軍も、全てを叩き伏せこの大地に覇権を唱える大帝国の姿を」

 

 既にロンディニウムの軍上層部はこの反乱の鎮圧がどのような形で行われようが黙認する意見で纏まっている。

 軍の撤退は既に終わっている。後は用意していた源石クラスター弾を街にばら撒けば不穏分子を一気に排除できる。もし生き残ったとしても、源石クラスターとそこから噴き出す粉塵によって鉱石病に感染する。そうなればヴィクトリアの法律に従って合法的に彼らを捕らえ隔離することができる。

 この反乱はヴィクトリアに大した波紋すら与えず、反逆者の末路だけを広く伝えることになるだろう。

 

 大佐はもう一度、レユニオンの部隊を見据える。

 その中心に立つ、指揮官らしき人物に尋ねる。

 

「さあ感染者ども。その蛮勇がいかに無駄な行いか理解したならその門を大人しく開け。貴様らがいくらこの場で我々に抵抗しようと、ヴィクトリアという国家には敵う事はない」

 

 

 その言葉を受け、黙って聞いていた()()()()()()()()()()()()が口を開いた。

 

「ハミルトン大佐、貴方に尋ねよう。ヴィクトリアとターラー、白と黒を分けるでもなく一方を塗りつぶそうとした貴方の愚行は何なのか? 貴方の言うヴィクトリアとは何を指すのか」

「決まっている。遥か昔、初代アスラン王が成した偉業から脈々と受け継がれていくこの栄光の光だ」

 

 一切の迷いなく断言する歴戦の軍人相手に、彼、イグナスは穏やかな表情で告げた。

 

 

「それでは、ヴィクトリアの国土はおそらく今の3分の1にまで狭まるでしょうね」

「・・・何だと?」

「ああヴィクトリア。広大な領土と豊富な資源を有し複数の開拓地区と飛び地まで有する栄光の国、権力による統治と領土拡大を提唱しいつかヴィクトリア至上主義の国際体制を築く大国家。そう貴方方が称えるこの国ですが、他を受け入れぬ狭量の国がどうやって国土を増やそうというのですか? 他国に戦争を仕掛け、国土をせしめ、その全てを更地にしてから同化しなければ気が済みませんか?」

 

 四皇会戦のように、とイグナスは笑う。

 

 こちらに武器を構える兵士達を見る。

 彼らの構えるヴィクトリアの制式装備は精密かつ高性能な事で知られている。だがそれは全てが彼らの功績というわけではない。

 かつてヴィクトリアやウルサスよりも発展し繁栄を欲しいままにしていたガリアという大国家。それはかつて外交上の共通語としてガリア語が使われていたほど影響力があった。

 

 リターニアの巫王とガリアが敵対し、もっともガリアが弱体化した時を狙ってヴィクトリアとウルサスが介入し、勝利した三国はその亡骸、積み上げられた技術や領土を取り込み更なる発展を遂げた。

 

 イグナスがその偉大というには卑劣過ぎる簒奪者の証を見て笑った事は、大佐にも分かった。

 

「ターラー独自の文化? いいじゃないですか、ブレントウードには春の訪れを祝う独自の祭りがありますし、田舎の遊牧村では村の皆がバグパイプを習います。辺境に行けばヴィクトリア語の訛りはひどすぎて別の言語のようですし、この地にはアスランとフェリーン以外の種族は多数存在します」

「・・・」

「貴方は何を以てヴィクトリアとそうでないものを隔てるのですか? ヴィクトリア語の有無ですか? 移動都市の中ですら教育が行き届いておらず、使用人の中には読み書きをできない人間もいるのに? それともヴィクトリアとして気品ある振舞いや所作、装いでしょうか? それを学ぶ機会に恵まれない工場の従業員は、貴方にとって非国民であり人権の無い奴隷なのでしょうか?」

 

 イグナスは大佐の理想が孕む矛盾を指摘する。

 

「実害が出たのであれば、貴方達が鎮圧に動く事は当然です。国防の責を担う者としてそれは正しい。しかし、これはそれ以前の問題だ」

「何が言いたい?」

「気に食わねえって言ってんだよ」

 

 今まで穏やかだった口調が豹変する。

 

「これだけの土壌を自分で整えておいて、彼らを反逆者だと? 笑わせるなよ。何より気に食わねえのはなあ。お前は彼らを感染者にしようとした。鉱石病を利用しターラーというものを根絶やしにしようとした。感染者という存在を、虐げられて当然のものとして貶めたんだ」

 

 その声には明らかに怒気が込められていた。

 レユニオンの一団の圧が膨れ上がる。人数的には駐屯軍が優勢にも関わらず、兵士が命の危険を感じて武器を構え直した。

 

 彼らは既に、レユニオンの逆鱗に触れている。

 開戦の兆しに空気が重くなる。だがその時が来ることはなかった。

 

「よし、撤退するぞ」

 

 唐突にイグナスがレユニオンの面々に撤退を指示する。その手には懐中時計が握られていた。

 

「何のつもりだ?」

「こちらも暇じゃないので。無作為に暴れるダブリンも鎮圧しないといけないんですよ」

「貴様らは奴らの仲間じゃないのか?」

「まったく? 革命を起こすのなら好きにすればいい。だが戦う術も覚悟もない人間に犠牲を強いるのならそれは等しくレユニオンの敵だ。それに、ここに居座る理由ももう無くなった」

「・・・それはどういう」

 

 問いかける瞬間、門の奥、兵営の中から一発の砲撃の音とともに凄まじい爆発音が響く。

 大佐はその砲撃の音の正体に気が付いた。ヴィクトリア制式装備である砲撃盾特有の響くような重低音。そしてそれの持ち主である、金髪のループスに。

 

 響く音は一発だけに留まらない。誘爆でもしたのか連鎖するように次々と爆発は続いていく。そして遂には兵営の武器庫だろうか、巨大な倉庫が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「まさか」

「流石テンペスト特攻隊、仕事が早い」

 

 既に他の隊員と合流していたホルン達テンペスト特攻隊の面々は、レユニオンが齎した情報の元源石製品の行方を突き止め、それらが悪用される前に破壊した。

 イグナス達はそれを見届け、彼女らが無事撤退できるまでの時間稼ぎをしていたに過ぎなかった。

 

「お前達の狙いに気付かないとでも思ったか? 源石の盗難事件が続いている事は知ってたが、まさかそれを軍が加工しあまつさえ守るべき市民に向けようとはな」

「貴様、何をしたのか分かっているのか! これはヴィクトリアという国に対する明確な敵対行為だぞ」

 

 騎兵刀を抜き放ちそう喚く大佐に、イグナスは笑った。

 

 

「ヴィクトリアという国家を相手する? 上等だ。こちとら既に世界を相手に喧嘩売ってるんだ! 今更ヴィクトリア軍もダブリンも怖くねえよ!」

 

 

 レユニオンの1人が口を覆うスカーフを下げ霧を吹きだす。濃霧が次第にレユニオンの姿を覆い隠していく。

 

「もし理不尽に誰かを脅かそうとするなら、レユニオンは容赦なくその首を刈る。覚えておけ」

 

 一面に広がったそれが風に押し流された時、そこにはもう誰も存在しなかった。

 

 




次回「追放者の祈り」
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