明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第四十三話 罪ある人へ

 ヒロック郡に暗雲が立ち込めている。

 それはまるでこのターラー地区が進むであろう未来を暗示しているようであり、また屋内に逃げ込んだロドスの面々の心情を表しているようだった。

 

 

 今、彼らの目の前で1人の少女の命が失われようとしている。

 

 その胸の中央からは石錐の先端が顔を見せており、その先から彼女の血がポタポタと滴り落ちている。

 見るも無残な痛々しい姿だが、これを抜いてしまえば栓を抜いたビンのように、血とともに彼女の命は流れ落ちてしまう。移動に差し支えないよう背中側に飛び出た部分を折って削るくらいしかできなかった。

 

 

 彼女を抱きかかえ懸命に応急治療を施しているのはOutcastだ。だが細菌感染などを予防する処置しかできず、彼女とともに行動するロドスヒロック郡支部の面々にも医療アーツを使える者はいない。

 彼らのすぐ傍で、泣き崩れたシアーシャをジェーンが慰めていた。

 

「どうします? このままじゃ持ちませんよ?」

 

 正直、今も辛うじて意識を保っているのが信じられないくらいだ。

 ヴイーヴルも確かに頑強だが、これはそんな次元を超えてしまっている。ダブリンが「リーダー」と呼んでいたこともあり、その場のほぼ全員が彼女の正体についておおよその予測がついてしまっていた。

 この瀕死の少女の命は、一重に竜の肉体によって繋ぎ止められているに過ぎない。その血縁こそがこの事態を引き起こしてしまったというのが皮肉だった。

 

 だが、Outcastにとってそんな事は関係ない。目の前の彼女は自分が救うと誓った娘であり、運命に翻弄された迷える者に違いないのだから。

 

 

「もう、いい、よ」

 

 ラフシニーの瞼が薄く開かれる。掠れるような声とともに、口から血が零れた。

 

「多分、これは報い、なの。しょうが、ない」

「そんな事はない。君は彼女を救おうとしたんだ。その身を縛る鎖から懸命に抜け出し、今1人の命を救った。ならば、それにこそ報いがあるべきだ」

「なら・・・これ、が・・・」

「死が報いとでも言うつもりかい?」

 

 穏やかな顔を浮かべる彼女の言葉を遮る。

 

「死は救済だ、だが何も与えはしない。全てを奪う事によってのみ他者を解放する。君の罪過を奪う事はできても、幸福を与える事はできないんだ。君は、生を、幸福を、掴み取る権利がある」

「で、も」

 

 消えゆく灯のように、その顔は儚い。

 今まで背負っていた重荷を降ろしたそれは、ここに来て初めて年相応のそれに見えた。

 

「勿論、君の罪過は消えない。それでも、それを背負ったままでも人は進む事ができる」

 

 Outcastが立ち上がる。彼女は周囲が妙に静まり返っているのに気付いていた。

 こういった時は大抵、ろくでもないものがこちらに近づいている時だ。

 

 かの6人が、こちらに歩を進めていた。

 正体が分からずとも熟練の直観がその危険度を知らせてくれる。

 

 Outcastの判断は早かった。

 

「この娘を頼んだよ、フレッド」

「待ってくださいOutcastさん。まさか1人で追手を食い止めるつもりですか!」

「そうです。いくら何でも危険です!」

 

 止めるロドスのメンバーをOutcastは優しく諭す。

 

「大丈夫さ。こそこそと足止めをすることには慣れている。君達は一足先にヒロック郡を出れるよう車を手配しておいてくれ」

「しかし」

「ただ、その娘の容態は危険だ。もし間に合わなければすぐにでも発つんだ。私の事は独断で危険人物の救助を行ったとでも報告書に書いてくれ」

「そんな事っ!」

「Outcastさん・・・」

 

 ヴィクトリアの儀仗兵、ジェーンが悲し気な目で見つめる。今日会ったばかりではあるが、彼女にとってOutcastは誰よりも尊敬できる同僚であり大切な仲間だった。そんな人を置いて死地に向かわせるなど、耐えられなかった。

 

 駐屯軍が無抵抗の市民を襲っているのを見た。それを助けようとすれば市民からは仇を見るような目で罵られた。

 ヴィクトリアでも、ターラーでもない、中途半端な自分の背中を押してくれたのが、Outcastだった。

 

「大丈夫だ、きっとうまくいく。君達にはサンクタの祝福があるんだからね」

 

 それでも、Outcastは変わらない。事務所でトランプをしていた時みたいに揚々と何でもないことのように振舞うのだ。

 

 ポツポツと水音がし始め、それは次第に大きくなっていく。

 このヒロック郡を覆う雲から、雨が降り出していた。

 

「おや、早くも運が回って来たね。行くんだ、この雨が君達の足跡を消してくれる」

 

 そう言って外に出ていく後ろ姿が、彼らにはとても大きく、遠く見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜半 天気/雨

 

ヒロック郡路地

 

 

 降りしきる雨の音が路地に木霊する。

 雨に覆われた石畳はまるで鏡のようにそこに立つ人間の姿を映している。

 

 ロドスの制服を着るサンクタと、黒いダブリンの将校が6人。

 前者は凪いだ海のような静けさを保っているのに対し、後者はそれぞれが今から始まる蹂躙に心を躍らせていた。

 

 それもそのはず。ダブリンの将校たる彼ら6人は1人1人が高い戦闘能力を有している。

 「雄弁家」「略奪者」「放火魔」「劇薬学者」「会計官」「囚人」、コードネームと同様にその素顔をダブリンのマスクで覆い隠していようとも、それが喜悦に歪んでいる事は見て取れた。それだけでも彼らの本性は知れるというものだ。

 Outcastは後ろを振り返る。

 彼女の遥か後方では今もロドスのメンバーとジェーンとシアーシャが走り、そして今回の騒動の中心人物たるドラコの少女ラフシニーが背負われている。彼らの狙いは恐らく「リーダー」として持ち上げていた彼女の身柄の奪還だろう。

 

(それにしても、「雄弁家」か・・・)

 

 Outcastにとって、彼らの名前は馴染み深い。

 彼女にも過去はある。サンクタの都ラテラーノの修道士として戦争の調停に奔走していた頃、それらの名前は警戒すべき犯罪者として世に広まっていた。

 ダブリンと無関係の彼らが将校として抜擢されこうして一堂に集っているのを見て、Outcastは自らの進むべき道を悟る。

 

 もし自分が彼らの1人でもここから逃がせば、彼女の身柄は奪われ一度芽生えた自由への渇望は再び心の奥底へと閉じられる。そして二度と開くことはないだろう。

 それだけではない。この混乱が終息したのち、彼らは次なる火種となる地へ赴きこれ以上の災禍と虐殺を繰り広げるだろう。

 その悪行がやがて大地全体に広まってしまうだろう事は想像に難くない。

 

 

 故に。

 

―カチッ。

 

 彼女はシリンダーに最後の一発を籠める。

 その一発が彼らだけでなく、彼女自身にも罪の清算を求める事を知りながら。

 

 彼女にとってその六発目の弾丸はその数以上の重みを持つ。

 引き金を引けば最後、解き放たれた罪人を浄化する光は全てを巻き込み塵へと変えるだろう。

 

 銃口は、対する罪人へ。

 

 

「ここで、最後の審判を下す」

 撃鉄が起こされ、裁きの準備は整った。

 

 

『Outcast、君の言い分は理解している』

 

 引き金に指をかける。

 そんな中サンクタの老兵は、嘗て自分に言い募ったサルカズの旧友を思い出していた。

 

『君は自分がこれまでしてきたように、いつか自分にも裁きが下るのだと思っているようだが俺はそうなって欲しくない』

『分かるかOutcast? 運命だなんて言ってくれるな。君の過去を認める事が出来るのは君自身だとは理解しているが、それでも言わせてくれ』

『生きて帰ってこい』

 

 ロドスのエリートオペレーターであり今は自分の同僚の彼、Miseryの言葉に自分は何と返したのだったか。

 それすら思い出せず、それが今までに幾度も交わされたやり取りであったと悟りOutcastは自嘲気味に笑った。返事の内容を覚えていない当たり、のらりくらりと躱していたのだろう。ラフシニーに高説を述べていたのがバカみたいだ。

 

(結局、私は最期まで君の命令を無視してばかりだったな)

 

 

 「雄弁家」達が一斉に動く。

 斧で、剣で、毒霧で、アーツで、それぞれの武器を掲げ飛び出してくる者もいれば路地へと向かう者もいる。

 

 

 

 

 

「さらばだ。旧友よ」

 

 

 

 

 その全てを塵へと変える一発が放たれる。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()

 

―その寸前、敵へと向けられた銃口に手が添えられた。

 

 

 

 狙いを逸らされ咄嗟に引き金に込めた力を抜いたOutcastは、いつの間にか傍らに立っていた青年に思わず声を上げた。

 

「君は!?」

 

 だが既に敵は眼前にまで迫っている。彼が近くにいる以上この六発目を放つわけにはいかない。

 咄嗟に弾を込め直そうとする彼女に乱入者の彼、()()()()は胸を張って告げる。

 

「大丈夫です。()()()()()は強いんで!」

 

 彼に刃が迫りつつある中、当の本人はそれを見すらせずOutcastに微笑んだ。

 「雄弁家」達も()()()()()()()()()()()()()()彼に驚きつつも手を止めることはない。

 

 だが彼らに振り下ろされた凶刃は阻まれた。

 

 いきなり反り立った石畳によって。

 

「「「「「!!!!!」」」」」

 

 距離を取る「雄弁家」達。その壁は今も流動し、形を変え、脈を打っていた。

 

「何だ、あれは・・・」

「お、気になるか? 教えてやってもいいぞ」

 

 彼らの視線がイグナスに集まる。

 顔の右半分を覆う体表源石と、腕に巻かれたオレンジ色のスカーフ。おそらくレユニオンの人間だろうと当たりを付けた「雄弁家」が、その正体と能力を測るため警戒しつつも慇懃に問いただす。

 

「・・・いきなり出てきて戦いに水を差す貴方は、一体どこの誰ですか?」

「教えてやってもいいけど、一応秘密だしな~? 対価は欲しいところだ」

「・・・何を」

 

 

「そうだな。お前達の命でどうだ?」

 

 ニヤリと笑うイグナス。

 その言葉に、喧嘩っ早い「略奪者」や戦闘狂の「囚人」を始め全員がいきり立つ。

 

「てめえ、ナメてんじゃねえぞ?!」

「・・・ころ、す・・・」

 

 だがそれでも、イグナスの飄々とした態度は変わらない。

 所詮1人が2人に変わっただけ。何が彼をそこまでと思考を巡らせていると、「雄弁者」達の後ろの路地からドサリと何かが倒れる音がした。

 

 見れば、そこには額をボウガンに貫かれた「会計官」の姿があった。

 

「丁度対価ももらった事だし、教えてやるよ」

 

 思考が停止しかける彼らに、イグナスは告げる。

 

「レユニオン幹部、イグナス。冥土の土産に覚えて逝ってくれ」

 

 

 

 そこからの彼らの動きは素早かった。

 「会計官」の姿から相手に狙撃手がいる事を悟った彼らは散開し、うち「囚人」と「略奪者」がイグナスと距離を詰め「放火魔」はその援護に回る。

 

 対するイグナスはまたしても構えもしない。

 3人を視界に映しながらも、彼の意識は既にそこにはない。

 頼もしい仲間達の姿は、既にそこにあるのだから。

 

「はあ?!」「な、に!」

 

 振り下ろされた刃はまたしても突如現れた影に遮られた。

 1つは大柄のスノーデビル隊員の持つ大太刀に、もう1つは紅蓮に燃える刀によって。

 

「せっかくOutcastがいるんだ。ここはロドス式で行こうか」

 

 2人の頼もしい背中に、彼らのコードネームを呼ぶ。

 

アイスピッカー(ビッグベア)ヴェンデッタ(レイド)。斬り捨てろ」

「「了解」」

 

 イグナスからの命令が砥石となり、2人の剣閃が鋭さを増す。

 遠心力と重さが相乗し合ったアイスピッカーの連撃で「囚人」の斧が削られていく。一方で「略奪者」は早々に剣を焼き切られもはやレイドの繰り出す剣閃から必死に身を捩り逃れるしかなかった。

 

 状況不利を悟った「放火魔」が彼らに一度距離を取らせようとアーツユニットを構える。

 

スカルシュレッダー(アレックス、ミーシャ)、援護を阻止」

「「了解!」」

 

 だがそれも新しく現れた2人に邪魔される。

 

 全く同じ服装をしたガスマスクの2人の連携が舞うように襲い掛かる。放たれた炎を左右に分かれながら避け、一方が接近する。

 

 「放火魔」は振るわれたブレードをアーツユニットで防ぎつつ、一度後退しアーツに集中する。

 これだけの至近距離ならば先程のようには避けられない。瞬時に発動準備を終えたそれを解放しようとアーツユニットを向ける。だがいつの間にかあちらから逆に距離を取られていた。

 

「何を」

 

 思わず呟いた言葉を遮ってポンと高い破裂音が鳴る。

 先程分かたれたもう1人。その手に握られたグレネードランチャー型のアーツユニットがこちらに向けられている。

 

 それから1秒もせず、「放火魔」はその砲弾に解放しようとしていたアーツごと吹き飛ばされた。

 

 

 3人が悉く地に伏せていく様子を見て、「劇薬学者」はようやく事態の深刻さを悟り秘蔵の薬品を取り出す。

 広範囲を敵味方関係なく狂気に陥れるそれは今まで使う機会に恵まれなかったが、この状況では仕方がない。こんな状況でも漏れ出る自身の研究成果を試したいという欲望に、そう建前を作り上げながら瓶を割る「劇薬学者」。

 

 雨に押し流されないようアーツでコントロールする。向かわせるのはウルサスの青年とサンクタの老兵。

 自分の研究成果がどのような結果を生み出すか、目を凝らして先を見る。

 

 そんな彼の眼に映ったのは、先程反り立った石壁が毒霧を覆いつくし地中に呑み込む様だった。

 

「は?」

 

 それだけではない。その地面は再び隆起し形を成していく。目の前の信じられない光景にただ眺める事しかできない「劇薬学者」は、自分を見下ろす岩の巨人を見た。

 

「やめ」

 

 静止の言葉も聞き届けられず、巨人の振り下ろす鉄槌が石畳に亀裂を生む。

 その痕跡の中心で、彼は何故自分がそうなったのか最期まで理解しないまま石畳のシミになった。

 

 

 路地が静まり返り、雨の音だけが木霊する。

 

 

 そんな中、狙撃手からは死角となる路地の片隅でただ1人生き残ったダブリンの幹部は震えていた。

 

(何だ、何だというんだ彼らは!)

 

 「雄弁家」は自分の目の前で起こった惨状に混乱していた。

 

 決して弱くない者達だった。実際、精兵を謳うヴィクトリア軍に対し、今まで幾度となく襲撃を成功させこの大規模な反乱をも手中に収めていたのだ。

 それが今、たった数人の、しかも感染者達に覆された。

 

(「リーダー」の確保はもはや不可能だ。ならばどうする、()()の元へ戻るか? 彼女を連れ去った者達の情報だけでも持ち帰れば・・・?)

 

 今後の自分の身の振り方を考えていると、「雄弁家」はふと視界の端が靄がかっていることに気付く。

 

「霧?」

「お前で最後だ」

 

 短い言葉とともに、首筋を冷たい何かが通り過ぎる。

 直後、鋭い痛みとともに血が噴き出る。出血を止めようと首を押さえると、裂かれた気道から空気の漏れ出る音がした。

 

「ガハッ!」

「雄弁家、か。大した名前だ」

 

 崩れ落ちる彼に目もくれず、ナイフに付いた血を拭うクラウンスレイヤー(リュドミラ)

 

「ならその喉を切り裂けば、お前に何ができるのだろうな?」

 

 その問いに、答えが返ってくることはなかった。

 

 

 

「お久しぶりです、Outcast」

「そちらこそ。来てたのかい」

「ええ。前々からここはキナ臭かったですから」

 

 静まった路地で、2人は対峙する。

 ひとまず危険は去った。それに安堵する間もなく、Outcastは医療アーツの使い手がいないかを聞いた。

 

 駐屯軍の足止めを終えてすぐ、応援が必要な場所をアーツで探っていると大人数で戦闘している気配を掴んだ。そしてリュドミラとサーシャのアーツで隠れながら来てみればこれだ。危うくイグナスは大事な戦友を失うところだった。

 幸い途中で1人だけ殿と思われる別行動をし始めたのもアーツで捕捉できたので、イグナス含む戦闘員はこちらに、そして撤退組には医療アーツを使えるメンバーを向かわせている。

 

 だが事情を聞き、結局自分が知る展開と似た状況になっている事にイグナスは顔を顰めた。

 直接見てはいないがこのサンクタのエリートオペレーターが直球に尋ねてくるあたり、ラフシニーの容態は切迫していると見ていい。

 

(ああ、まったく。こうなって欲しくなかったんだがな)

 

「そっちに関しても、策はあります」

「本当かい?」

 

 イグナスも、この日に向けて何も対策を練ってこなかったわけではない。自分の知る原作知識にて、今回のヒロック郡ダブリン事件は9章にて語られている。

 特に市民に甚大な被害を与えるであろう源石クラスター弾の発射は何としても阻止できるよう、計画は綿密に立てた。その件を追っていて戦闘のプロフェッショナルでもあるホルンらテンペスト特攻隊がその任務を完遂できるように誘導し、無事それらも果たされた。

 

 そして万が一、負傷者が続出したり、源石クラスター弾の発射を阻止できなかった場合に備えて救護人員は多めに連れてきている。

 だが、ロドスと違ってこちらには医療アーツに突出した術師というのは数える程しか存在しない。

 その中でも致命傷を治療できる人物といえば、ただ1人。

 

 

「ただ、その手を取るかは彼女次第ですが」

 

 

 イグナスは別動隊を向かわせた方向を見る。

 今だけは、運命というやつの意地の悪さに唾を吐いてやりたかった。

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、くそっ! Outcastさん、戻ってこなかったら承知しないぞ」

「・・・大丈夫だと信じよう。あの人の凄さは、オリバーおじさんの方が知ってるでしょ?」

「ジェーン・・・ああ、そうだな」

「俺達は俺達の任務を全うするべきだ」

 

 ロドスのメンバーの1人であるシュレッダーがジェーンの背中を気遣う。彼女の背にはOutcastから託されたドラコの少女が抱えられていた。

 

「すまないな、ジェーン」

「大丈夫、私ヴイーヴルで力持ちだし。いつも振ってる旗も意外と重いんだから」

「まあ、それもあるんだが・・・」

「大丈夫、分かってるから」

 

 その言葉の先も、ジェーンは察していた。

 

 確かに、この娘は自分の友人のシアーシャに槍を向けた。

 だが彼女の決心によってシアーシャはこうして生きている。そして、先程のOutcastとのやり取りを聞いて思った。

 彼女は、生きるべきだと。

 

 体勢が崩れてきた彼女を背負い直す。その呼吸は浅く腕は自らの体重を支えることなくだらりと下がっていて想像よりも重かった。

 走る度にその背に感じる重みが増していく。それが示す意味に焦燥感を抱きながらも、それを振り切るように足に力を籠める。

 

 

 やがて一行は広い建物の中に一度身を隠した。ロドス事務所に近い事もあり構造も分かる上、病人を長く雨に当てないようにするためだった。

 ロドスの数人は事務所付近に止めてある車を調達に行く。屋内にはシアーシャとオリバーとジェーン、そしてラフシニーが残された。

 

 そして、しばらくして開かれた扉の先から足音が聞こえた。

 だが出迎えようとした彼女らの前に現れたのは見知らぬ一団だった。

 

「失礼します。ロドスの方々でお間違いないですか?」

 

 彼らの先頭で、小さな白い少年が声を掛ける。

 素性を知られていて、人数の差もある。自然と返すオリバーの口調も固くなった。

 

「あんたらは?」

「僕はレユニオンのイーノと言います」

 

 その言葉にオリバーが驚く。

 

「レユニオン、か」

「はい。僕達は味方です。こちらに怪我人がいると聞きました」

「レユニオン・・・」

 

 ジェーンが数歩下がる。

 ヴィクトリアでもその名が知られている感染者自衛組織に対し警戒を露にする彼女に、オリバーは警戒を解くよう言った。

 

「でも」

「大丈夫だ。この人達は巷じゃテロ組織だの言われてるがそんな事はない。ロドスの一員として保証する」

 

 信頼するロドスの一員の言葉に、ようやく彼女は詰まっていた息を吐く。

 

 背中の少女を降ろし、彼らが治療しやすいように横にする。

 

「信じてもらってありがとうございます」

「ああ、頼んだぜ」

 

 イーノが目の前の少女を診察し、アーツユニットをかざす。

 漏れ出るアーツの光が彼女を照らした。

 

 全員が息を呑んで見守る中、イーノがアーツユニットを下ろす。

 その表情は芳しくなかった。

 

「予断を許さない状態です。肺は片方が潰れていて、心臓も損傷している。血液の流出も既に危険域に達してますし、この近くにこれ程の重傷を治療できる医療機関はありません。率直に言って、このままではこの人は助からない」

 

 幼い印象を受ける彼だが、その口調はどこまでも真摯で冷静だった。

 彼はロドスの面々が頑張って目を背けていた事実を正直に突きつける。

 

「そんな!」

「なあ、頼む! Outcastさんに託されたんだ!」

 

 悲痛な懇願にしばらくイーノは目を瞑る。

 目を開いた時、彼は覚悟の籠った瞳でラフシニーと目を合わせた。

 

「ラフシニーさん。このままではあなたは助かりません」

「・・・そう・・・なら、もう」

「だけどもし、鉱石病にかかる代わりにその可能性を掴めるとしたらどうしますか?」

「「「!!!」」」

 

 彼の言葉に全員が驚く。

 この状態からでも回復可能だと言うアーツの効力と、それに必要なあまりに重い代償に目を剥いた。

 

「馬鹿な、そんな方法!」

「僕自身の体で治療効果については既に実証済みです。ですがどうしても体内に寄生させた源石を使う関係上、鉱石病への感染は免れません」

 

 非難の声を無視して、イーノは目を合わせ続ける。今も力なく瞼を閉じようとしている彼女に選択を迫る。

 ラフシニーの手を、それよりも小さな掌が包み込んだ。 

 

「あなた次第です。このまま生を終えるか、迫害と差別に苛まれてでも未来を掴むか」

「わた、しは・・・」

 

 ラフシニーは、どうすればいいか分からなかった。

 これまで自分が犯してきた過ちを、どう背負えばいいのだろうか。こんな何もない、姉の影にしかなれなかった自分にそんな代償を支払ってでも生きる価値はあるのだろうか。

 

 それならば、いっそ――

 

 瞼が落ちる。次第に四肢からも力が失われ、末端の感覚が無くなっていく。

 暗い闇の中で、ラフシニーは瞼を透ける僅かな光が遠のいていく感覚を受けた。

 

 

 光もなく、何も感じない。

 熱は消え失せ、記憶は薄まっていく。

 

 そんな中、音だけはやけに鮮明で自分の名を呼ぶ声が頻りに聞こえた。

 

(ごめんなさい・・・Outcastさん・・・)

 

 自分を救う為に1人残った彼女に謝る。

 

 きっとこのまま、自分という存在は薄れて消え去っていくのだろう。蝋燭の火のように。

 そんな末路がまたしても自分の姉と対比されているようで、ひどく落胆した。

 

 他人の事は簡単に灰に出来る程の炎を持っていたのに。

 そんな自分自身は何処までも小さな存在でしかなかった。

 

 

(結局、わたしは・・・)

「昔、僕は実の親と何人かをこの手で殺めました」

 

 

(えっ?)

 ラフシニーの意識が少しだけ浮かび上がる。

 それくらい、先程視界に映った男の子からは想像もできない過去だった。

 

「虐待を受けていて、ある日家に帰ると罵声を浴びせられてこの喉に源石結晶を差し込まれました。そのせいで大好きだった歌も歌えなくなりました。怖くて、苦しくて、悲しくて、それがぐちゃぐちゃに混じり合って、初めて人を憎いという感情が芽生えました。そして気付いたら、目覚めたアーツの力で彼らを醜い怪物に変えていました」

 

 薄れていたはずの手の感覚が、握った手の震えを教えてくれた。

 

「それから唯一の親友が僕をずっと守ってくれて、レユニオンに出会って、そして今の僕がいます」

 

「僕も、このアーツを自覚した時は自分の事が怖ろしかったです。いつか憎しみに囚われて大切な人を怪物に変えてしまうんじゃないか、そう思う度アーツユニットを持つ手が震えました。そうじゃなくても、治療効果が高いとはいえ人を鉱石病にするこのアーツは本来あってはならない物なんだと思います」

 

 それでも、と。力強く少年は言う。

 

「力の使い方は、自分が決めていいんです。僕はこれを、呪いだなんて思いません。誰かを救える力なんだって信じます。それにどんなに辛い事があっても、罪を背負っていても、それを背負って歩けるのが人の強さだって兄さんが言ってました」

 

 手を包む感触が、ほんの少し強くなった気がした。

 

「何もないなんて思わないでください。誰にだって好きなものも、嫌いなものもあります。それを1つずつ拾って、飾って、これが自分なんだって思えるように」

 

(私の・・・好きなもの・・・)

 

 今まで、嫌いなものばかり浮かんできた。

 人を殺す事、姉の影として生きる事、この身に流れるドラコの血。

 

 では、好きなものは?

 幼い頃の記憶を手繰り寄せる。最近の自分はそんな事を考える余裕も無かったから。

 

(そうだ・・・本が、好きだった・・・)

 

 まだ両親が生きていた頃、ヴィクトリアの蒸気騎士の武勇伝をねだった事を思い出した。

 結局その願いは聞き届けられることはなかったけど。文字と紙の奥に広がる、ここではないどこかに夢を見ていたことは確かだ。

 

 あれが、自分の好きなもの。その物語の結末を、自分はまだ知らなかった。

 

 

「!」

 

 イーノの手が、握り返される。

 反射的な反応ではない。明らかな、生きたいと願う意思が籠った力強さだった。

 

 イーノの顔が瞳が輝く。

 

「任せてください。必ず助けます」

 

 

 イーノは腰のポーチから1つのビンを取り出す。特別製のそれは厳重に封をされており、中から小指の先ほどの小さな源石結晶を取り出す。

 

 それを優しく握りしめ、額に推し抱く。

 イーノが口を開いた。

 

 

 

『赦したまへ~罪ある人よ~♪』

 

 

 

 それは歌だった。緩やかに、高らかに、少年特有の声変わり直前の高い声が詞を紡ぐ。

 それに呼応するように、小さな源石が光を放つ。

 明らかに活性化しているそれに周囲が狼狽えるが、何故か危険を感じなかった。

 そこから僅かに噴き出る粉塵も、彼を優しく包み込むように渦巻いている。

 

『恐れたもうな~その咎を~♪』

 

 両手を重ね、祈るようにアーツを詠唱する。神聖な祈りが、ヒロック郡に木霊する。

 白い装束も合わさり、跪き歌を奉じる姿はまるで聖歌隊のようだ。

 

『背負う~苦しみに~慰めを~♪』

 

 彼は本来、救いがたい最期を迎えるはずだった。

 人の命を弄び、無二の親友を失くし、忘我の果てにその身を怪物へと変えた。

 それを当人は知る由もないだろうがそれでも言えることはある。

 

『明日行く君に~背を押す風を~♪』

 

 罪は消えない。過去は変えられないように、罪を犯した自分をなかった事にはできない。

 自分が抱える憎しみも、恐怖も、痛みも、どれだけ薄まろうとどこかに残り続ける。

 

 それでも、そんな自分をきっといつか()()()時が来る。

 過去を受け入れ、現在を見つめ、望む未来に歩き出す事ができるのだと。

 

 

 悪魔(メフィスト)を名乗っていたはずの彼の歌が、壁を反響し天へと昇る。

 夜明けとともに差し込んだ一筋の光が彼らを照らす。

 

『苦難進む我らに~救いあれ~♪』

 

 救いあれと願うキリエが、彼らを見守っていた。

 

 

 

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