明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第四十八話 ロンディニウムの腹の中

 鉄の音がする。

 壁を何かが叩く音。床を踏みしめる靴の音。あらゆる音が響き、そして伝播していく。

 

 廊下を通るパイプは縦横無尽に張り巡らされ、網目のようなこの道を案内しているようだ。

 

 また1つ、靴の音が鳴り床に浮き出た錆が跳ねる。

 

 シージはその音と匂いに懐かしさを感じていた。記憶は薄れても、その2つはより深く心に刻まれるのだと以前ドクターに聞いたことがあった。

 そしてそれらがやがて記憶を手繰り寄せ、周囲をより鮮明にしていく。壁の傷も、歯車の音も、その全ての輪郭が浮き出てシージを迎え入れているようだった。

 

『ヴィクトリアが、君を受け入れたのだ』

 

 視界の隅に、あの黄金の鬣が過った気がした。

 ()の声がこの都市を代表するかのように頭で響いた。

 

 

 無事にサディアン区のゲート付近を抜け、ロドス一行はロンディニウムの地下深くを歩いていた。迷宮に例えられるその道を、先導人は迷いなく歩いていく。茶髪に黒のメッシュが入った髪が元気に跳ねており、クロージャのジョークにも小気味よく返してくれた。

 そのフェリーンの青年の声音は明るいが、警戒を怠っていないようで人質にされたドクターの頭にはドローンが張り付いている。点滅する光と繰り返される機械音が何とも心臓に悪い。

 ドクターの後ろでいつでも人質に出来る位置を維持する彼が振り返った。

 

「さて、あんたらは何者?」

「その前にまずこちらの指揮官を解放してください」

 

 凄むアーミヤに気圧されつつも、その青年が引く様子はない。人数不利のこの状況で人質を手放さないのは賢明だった。

 ましてや相手はロンディニウムを占領するサルカズや彼らと同盟関係にあるダブリンと平然と事を構える集団だ。

 ロンディニウムで未だに支配に抵抗する市民自救軍の部隊の1つを預かる隊長としてその青年、フェイストは彼らを見極める必要があった。

 

 といっても、直後にドクターが自分を狙うドローンがただの張りぼてだと気づき立場は逆転するのだが。

 

 鮮やかな手際に感心する暇もなく逆に多人数に囲まれる状況となった彼を前にして、アーミヤは仲間達に武器を下げるよう言った。

 自分達は誠意を示したと。ここに来るまでに襲うチャンスはいくらでもあって、もしスパイであるならとっくに仕掛けていた。そう真っ直ぐに彼を見る。

 アーミヤとドクターの言葉は整然としていて、フェイストも次第に警戒を解いていった。どのみち互いに協力する相手が欲しい状況には変わりはない。フェイストの生来の性格もあって、話は円滑に進んだ。

 

 そうして互いの情報交換を終えた両者は驚いていた。

 

 フェイストはロドスがこれだけの戦力と武装を揃えているにも関わらず一般企業と言い張るその怪しさに。

 ロドスは彼らが反乱軍とは言いつつもその殆どが元一般市民であり軍人らは既にサルカズに投降してしまっているという状況の悪さに。

 

(これは一度指揮官に直接会ってもらうしかないな)

 

 フェイストは軽薄な笑顔を顔に張り付けながらそう考える。

 自分達が指揮官から聞いたのは、ロンディニウム内にいる協力者から伝えられた助っ人が来るだろうという事だけ。彼らロドスを名乗る面々がその助っ人たちとは限らない。

 

 それに加えて、彼らの面子も問題だった。特に、今もドローンを愛し子のように愛でている彼女。その耳は鋭く尖っている。

 クロージャはサルカズだった。

 

 フェイストとて思うところはあるが、それだけで敵だと思うほど理性を失ってはいない。だが、感情はそう簡単についてきてくれはしない。特に、肉親をサルカズに奪われたばかりの仲間なら尚の事。

 

「・・・」

 

 フェイストは傍らの副隊長を見る。フェリーンの少女、ロックロックは今も鋭い視線を彼らに向けていた。

 

 

 案の定、指揮官の元に連れていく話になった時、彼女は真っ先に反対した。憎しみに囚われているとは言えないが、割り切れない思いも確かにあるのだろう。そして、自救軍の大多数はロックロックと同じ反応を示すだろう。

 

 

 結局、喧嘩別れのようになり彼女は先に指揮官の元に行ってしまった。

 

「えっと、これって私のせい?」

「気にしないでくださいクロージャさん。何と言われようと、あなたは私達の仲間です」

 

 しょぼくれるクロージャをアーミヤが慰める。

 その光景を呆然と見つめるフェイストは、信じられないような気持ちでいながらもどこか羨ましく思った。

 

 

 そうしてしばらく経ったのち、フェイストに連れられたロドス一行は自救軍の作戦室付近にまで辿り着いた。

 その道中、鋭い視線が四方から向けられる。フェイストの予想通り自救軍から向けられる視線は厳しい。針のような視線を浴びながら居心地悪そうにする彼女らは、遂に自救軍の指揮官と出会った。

 

 広い作戦室の中央にはロンディニウムの地図が広げられており、その目の前で一本角を携えたクランタが戦士達を仕切る。

 彼女は見た目は幼いながらも、その場にいる誰もが彼女に尊敬の眼差しを向けていた。フェイストに聞いた話では誰もがサルカズに占領された中で彼女に救われているのだ、その人望の高さも頷ける。ドクターは1人指揮官について分析していた。

 周囲の期待を一身に背負う姿を、傍らの少女に重ねながら。

 

 どうやら彼女らはサルカズに捕らえられた仲間を助け出す方法について議論しているようだった。自救軍を名乗る彼女らとしては、仲間を見捨てる選択などありえない。だが実際に救出作戦を実行するには情報も戦力も足りていないのが自救軍の現状だった。

 巡回を続けるサルカズの戦士はもちろん、捕虜を捕らえておく場所に守衛がいないわけがない。今までロンディニウムの地下構造を利用した奇襲と陽動で嫌がらせ程度の損害しか与えることはできていない。そもそも、どこに仲間が閉じ込められているのかすら分かっていない。

 

 ならば、とドクターは冷静に思考する。少なくとも自分達の加入によってその片方は解決する事が出来るだろう。もう一方についても、推測の類でしかないが心当たりはある。

 

 会議が一段落したところでこちらに気付いた指揮官がロドスの面々を迎え入れる。

 

「ようこそ、ロドスの諸君。ハイディ氏に聞いてから、君達の到着を心待ちにしていた」

 

 

 

 短い挨拶を済ませ、ロドスはいよいよ共同戦線を取るための交渉に入る。

 

「クロヴィシアさん。私達は互いに手を取り合えるはずです」

 

 アーミヤが手を差し出す。だが、その手をクロヴィシアは見つめるのみ。

 

 

「アーミヤ、確認させて欲しい。君達ロドスは感染者問題の解決に尽力する製薬会社ということだね?」

「はい」

「サルカズも感染者だ。君はこの地で暴虐を尽くした、あのサルカズまで救いたいと言うのかい?」

「・・・はい」

 

 周囲の自救軍に動揺が広がる。クロヴィシアが予めある程度の人払いをしていなければ暴動に発展していただろう。

 まるで悪い予感が当たったとでも言うように、自救軍の指揮官は眉を顰めた。

 

「君の理想は立派だ。だがその一言は私達との間に埋めようのない亀裂を生むことになると理解しているか? それに先程あの城壁を超えてきた集団。あれは今世界中で話題となっている感染者のテロリストだろう? 彼らが君達と同じタイミングでここを訪れたのが偶然とは思えない」

 

 その言葉にアーミヤやドクターが思わず拳を握る。

 

 レユニオンの名は今やこの大地の殆どに知れ渡っている。感染者からは守護者として、そして事情を知らない大勢からは強大な力を持つ危険な犯行組織として。

 そしてクロヴィシアには1つの懸念があった。先程、ロンディニウムが誇る都市防衛副砲を焼き尽くした業火。確かに極めて強力なアーツだった、おかげであれが今後都市内を蹂躙する事は無いしゲート前にいた大勢の避難民が犠牲になることも無くなった。

 

 しかし、殊ヴィクトリアにおいてはその炎は別の意味を持つ事がある。彼女の脳裏には、ヴィクトリアの古い伝説が浮かんでいた。

 

 拳を握りしめその手に浮かぶ汗を隠すクロヴィシア。

 彼女はこれからこのロンディニウムが向かう行く末を憂う。

 

「我々は分岐点にいる。先の見えない2つの道、その片方の続く先がさらなる奈落に繋がっていないという保証はない。平和を願うはずの君達が、何故そこまで力を持つ?」

 

 クロヴィシアの眼には僅かな疑いの色があった。自救軍を束ね、その全ての命を預かる者として、舵取りの失敗は許されない。低い背に見合わぬ重責を抱えながらも、その眼光は鋭くアーミヤを捉えていた。

 

「・・・もし避けられる争いなら沈黙を守り、必要な戦いなら最後まで戦い抜く」

「なに?」

「私達は確かに感染者の救済を目標としています。ですが、それは感染者と敵対しないという訳ではありません」

「それは正しいが、ある意味で間違っている。救う者と敵対する者、その境を曖昧にしては君達の理念は容易く瓦解してしまうだろう。それとも君達は彼らをこの城壁の外に追いやったうえで、今度はその倒した敵に手を差し伸べるのか? 彼らがそれで救われるとでも?」

 

 アーミヤの宣言した内容の難しさに、クロヴィシアは疑問を投げかける。

 

 救いたいと願った者を一度打倒し、その上で救済する。口で言うには簡単だが、あくまでも机上の空論だ。

 戦い、傷つけ合い、両者に残った傷はそう癒えることはない。傷口からは膿が生じ、痛みとなり、それは遺恨という病となり人々に伝染していく。それがこの大地で人々が永劫に繰り返してきた応酬の連鎖だ。

 その鎖から、人は逃げることができない。

 

「戦争において、絶つべき元凶とは何でしょう?」

 

 アーミヤは胸を張り、真っ直ぐと自救軍の指揮官を見据える。

 

「既に多くの血が流れてしまっている以上、この戦争の終結には浄化の代償が必要です。ですが、サルカズという種族を今後永劫に憎むべき悪魔と呼ぶことは、その代償としては重すぎると思います」

 

 その言葉に、沈黙を保っていた自救軍の隊長達も声を荒らげた。

 

「奴らが悪魔でないとでも? 君達は見なかったのか、奴らの所業を!?」

「縋る市民に笑いながら剣を突き刺す奴らを見た! 反抗した工場の従業員の手を切り落として、わざと数日放置してから殺した奴もいた。俺達の財産を、誇りを、命を、薪にして暖を取っていた奴らが悪魔でなくて何だと言うんだ!!」

 

 ヒートアップする自救軍の面々を抑えるクロヴィシアは、それでも1つだけ納得のいかなかった疑問を口にする。

 

「何故君達は彼らまで救おうとする? 確かに彼らは君達と同じ感染者だ、だがここまでの事をしておいてそれでも救おうと思うのは何故だ。何故そこまで彼らに執着する?」

「私達はある1人のサルカズの理想から生まれました。彼女はコータスである私を、そしてあらゆる人を愛していました」

 

 アーミヤの脳裏に、今なお鮮明な陽だまりの日々が浮かぶ。そこではいつも彼女は微笑んでいた。

 

「彼女は道半ばで倒れました。ですが彼女の思いは私達に受け継がれ、さらに同じ理想を追い求める人達とも出会いました。ロドスが守るべきものは厳密には感染者ではありません。感染者と非感染者、そして憎み合う誰かが生む終わりのない怨嗟の鎖を絶ち、彼らが互いに手を取り合えるようにすることです。だからこそ私達はあなた達のために戦います」

 

 もうこれ以上、理不尽に見舞われる人が増えないように。本来救うと決めた彼ら(サルカズ)にも立ち向かうとアーミヤは誓った。

 その返答に、クロヴィシアは小さく息を吐いた。

 

「君達の理念は理解した、それが嘘偽り、そして無謀なものではない事もな」

 

 だが、とクロヴィシアは続ける。

 

「我々にも譲れないものがある事は理解しておいてほしい。我々はこうして自救軍という1つの名のもと集ってはいるものの殆どは元一般市民、それぞれの理念がある。それでも、ロンディニウムを取り戻したいという目的は皆一緒だ」

「分かっています。あなた達の思いもまた、私達が守りたいと思っているものですから」

「・・・分かった。ならば我々も正直に言おう。我々はロンディニウムを取り戻したい。それが達成されるそのときまで裏切ることがないと証明されるのならば、その手を取ろう」

「はい、任せてください」

 

 ほんの僅かにすれ違いを抱えたまま、それでも自救軍の指揮官はロドスの幼い魔王の手を取った。

 

 サルカズを救いたいかと聞かれた時、協力の為に本心を隠しサルカズを討ち取ろうと言う事もできた。

 だが、アーミヤはそれを選ばなかった。自らの真の願いを自覚した今、それを実現するために最善を尽くすと心に決めていた。

 後は行動で示すしかない。彼らとともに自救軍の仲間達を助け、テレシス達の目論見を打破する。それもまた、願いを実現するために必要なことなのだから。

 

 いざ協力体制を敷くとなれば話は早い。速やかに自救軍が置かれている状況を把握し、情報交換を行ったロドス一行はしばらく顎に手を当てたままだった人物に注目した。

 そこには計略だけでカジミエーシュを手玉に取った最高の頭脳(ドクター)が思考の海に身を投げていた。

 

 ドクターは集められたほんの僅かな情報から、自救軍の仲間が囚われている施設を特定した。

 場所も判明し、戦力も十分。幸先がいい協力関係の滑り出しに気を良くしていたところで、自救軍の戦士の1人が作戦室に走りこんでくる。

 

「指揮官!」

 

 息を切らす彼は呼吸を整えないまま、彼らの仲間であるゴールディングから得た情報を口にした。彼女らの下にサルカズの戦士達が襲撃し、何とか逃れたもののロドスと自救軍の仲介を為したハイディ氏が捕まったとの事だった。

 

「アーミヤ、救出作戦の前倒しを提案する」

「はい。ハイディさんは私達にとっても不可欠ですから」

 

 そして、ロドスと自救軍の最初の共同戦線の幕が上がる。

 

 

―本来ありえた世界ならば、ここでこの話は終わるはずだった。

 

 ハイディ・トムソンや自救軍の仲間、そしてヒロック郡事件でダブリンに捕まった後逃げ出したテンペスト特攻隊のホルンらが一斉に目標である合成コール工場に集う。

 そこでのいくつもの予期せぬ出会いの末に、事態はサディアン区を離れ次の場面へと移り変わっていく。

 

 だが、ここはそこから外れた世界。

 故に。

 

 

「何だ? まだ報告する事があるのか」

 

 クロヴィシアが報告に来た戦士がまだその場に残っているのを見て声を掛ける。

 

「いや、それが・・・」

「邪魔するぜ」

 

 言いあぐねる自救軍戦士を置いて、その後ろから2つの人影が前に出る。その堂々に過ぎる振る舞いに、自救軍の戦士すら一瞬警戒を忘れた。

 

「突然の訪問失礼する、自救軍の指揮官殿」

「君達は?」

 

 その所作に従って白い髪がふわりと揺れる。黒を基調とした軍服と合わせてモノクロな印象を受ける彼女の中で、瞳がオレンジに燃えていた。

 

「私はタルラ。先程城壁を超えてきたのを見ただろう? そのレユニオン・ムーブメントのリーダーだ」

 

 凛とした声が会議室に響き渡る。

 その立ち振る舞いも、眼差しも、どこか高貴さを伺わせる。アーミヤやクロヴィシアとはまた違う、その容姿に見合った気高さがそこにはあった。

 

 その名に驚きや警戒を露にする自救軍の戦士を一瞥しながらも、動じることなくタルラは話を続ける。

 

「私達はロドスと理想を同じくする者。故に、此度のサルカズの暴挙を鎮めるため協力を申し出る」

 

 ほんの一瞬、クロヴィシアは気圧され足を引きかけた。

 彼女から生じる圧力に似た何かが、この身を委縮させていた。

 だがそれも現れたもう1人、顔の半分を源石で覆うウルサス人が間に入ったことで和らいだ。

 

「アーミヤちゃん、お疲れ。無事中には入れたみたいだね」

「イグナスさん、タルラさん。ご無事で何よりです」

 

 タルラとは打って変わって親しみやすい様子の彼は、混乱する自救軍の面々とアーミヤに告げた。

 

「早速だが、手土産に朗報を1つ引っ提げてきたんだが。聞きたい?」

 

 




私「書きたいエピソード(カプ)が多すぎる。でも時間も機会も足りねえ」
ポ「あっ、ポプカルわかった。これが需要に対して供給が不足している超過需要ってことなんだね!」
私「?????? ポプカル、超過需要なんてどこで習ったの?」
ポ「オーキッドお姉さんが教えてくれたよ。けいざいがく? は重要なんだって!」

総体とかどこで習ったんやポプカル・・・・
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