なんかもうあれこれ吐き出したい思いが色々ありますが、改めてちゃんとこの小説を書ききりたいなと思える内容でした。
「どう思う?」
「はい。おそらく罠でしょう」
見晴らしのいい建物の屋上で、ドクターがアーミヤに問う。返ってきた言葉はドクターの意見と同じもので、それでもドクターは既に答えを決めていた。この救出作戦の実行に、中止はない。
やってきた廃工場の周囲を伺うと、明らかに一箇所だけ警備が薄いところがある。ドクターが持つPRTSでも確認したが、周囲の警邏も含めてそこだけが綺麗に避けられている印象を受ける。
明らかに誘われている。だがこれは同時にチャンスでもあった。
オペレーターであるハイディと自救軍の仲間達を救うため、そして一刻も早く中央区に向かうため、時間の浪費は許されない。
それに幸い突入に十分な戦力は確保できている。廃工場を取り囲むように自分達と自救軍のメンバー、そしてグラスゴーのメンバーの配置も完了した。いざとなればこちらの
作戦の成功率は現段階が最も高く、それは時間が経つにつれ徐々に下がっていくだろう。
ドクターはアーミヤとクロージャと自救軍のフェイスト隊、そしてイグナスの様子を確認する。既に準備は万全で、皆がドクターの号令を待っていた。
「よし、行こう」
ジップラインの射出音とともにドクターが作戦開始を告げた。
「おい、何がどうなってやがる!」
「知るか! それよりこの温室育ちどもを黙らせるんだ!」
廃工場を監督していたサルカズ傭兵達が怒鳴り散らす。
突如襲撃された合成コール工場は、内からは労働させていた捕虜達の反乱、そして外からは出口3箇所全ての同時襲撃で混乱していた。
捕虜となりつつも巧みな話術で強硬手段を封じていたハイディ・トムソンもその流れを見逃さず、傭兵を他の捕虜と協力して撃退した。
彼らから武器を奪い立ち上がったハイディは、壁を乗り越えやって来たロドス一同を援護する形で合流する。
フェイスト達は顔見知りだったのだろう、捕虜になっていた人達と言葉を交わし抱き合っていた。
その様子を横目で見て、ハイディはアーミヤに声を掛けた。
「ようやくお会いできましたねアーミヤさん」
「こちらこそ、ご無事で何よりです。怪我はありませんか?」
「幸い少し首の皮が削れたくらいで済みました。ここに囚われていた皆さんのおかげです」
笑顔で優雅にアーミヤへ告げる彼女を、ドクターは少し後ろで眺める。
争いごとに慣れているような気配は感じない。むしろ文化人、詩集でも書いていそうな女性だが首から垂れる赤い筋にも動揺していない。すごい胆力だと感心していると、話の流れでケルシーの弟子の1人なのだと知って納得した。
話も早々に切り上げ、今目の前に迫る脅威に注意を向ける。
PRTSの警告音にモニターを見ればいつの間にか大量のサルカズの傭兵や戦士がこの場へと集いつつある。その数はとても捕虜を捕らえておく一施設には不相応なもので、姿が見えない今もその足音が工場内にまで響いてきていた。
やはりこれは罠だった。そう確信するもドクターに焦りは無かった。
「どうするよドクター。いざとなれば俺がこれ使って止めるけど?」
イグナスが肩に下げた背負い袋をかざす。だがそれには及ばないと言ってただその時を待つ。
そしてそれから数秒後、工場外から爆発音が轟く。それがロドス側が用意した
数度の爆発音ののち、僅かな沈黙を経て誰かの靴音が響く。
それは先程までの重厚な進軍の音とは程遠い、ヒールを鳴らすような軽やかさがあった。
本人の気質を表したのだろうそれは数度響いた後、突如として止んだ。
足音がした道の向こうに現れた人影を見て、思わずフェイストが叫ぶ。
「サルカズ?!」
咄嗟に自救軍の面々が武器を構える。援軍がやってきたと思えば宿敵の1人が不敵な笑みを携えてやって来たのだ、そうなるのも無理はなかった。
そんな彼らの様子を見ても、彼女はその笑みを崩さないままだった。
「まったく。随分とご挨拶じゃない。ババアが情けなく頼んできたから来てやったのに、あんな程度の奴らしかいないとか。これじゃ面白さ半減ね」
そんな彼らとは対照的に、ロドス一同とイグナスは相変わらずだなと肩を下ろす。
よく見知った赤角のサルカズの軽口に、一同は笑みを浮かべた。
「Wさん。援護ありがとうございます」
掛けられた善意百パーセントの言葉に、そっぽを向きながらWは皮肉げな笑みを浮かべる。
「こんなんであのババアに貸しを作れたんだから安いもんよ。別にあんたらを助けた訳じゃないから勝手になさい。逃げるなりあのおっかない将軍に喧嘩吹っ掛けるなりお好きにどうぞ」
「もう、相変わらず素直じゃないんですから」
アーミヤは無碍にされつつも悪い気はしない。あれからしばらくWがロドスで過ごすようになって、その人となりはある程度感じ取れた。この意地っ張りで寂しがりなサルカズは、きっと悪い人ではないのだろうと。
(まあ、口が悪いのと時々ドクター達を襲おうとするのはたまに瑕ですが)
事務室にブービートラップを仕掛ける事数回。プレゼントと称して信管を抜いた手榴弾を投げつける事数十回。
人事部は積みあがる彼女の問題行動の数々に頭を悩ませ続けたらしい。それ以来アーミヤとフロストノヴァが大体ドクターの周囲で警戒するようになりその数は減った。そう、あくまでも減っただけである。まあその分はケルシーへと向けられるようになったのだが、それはいいだろう。
そんな
クロージャを連れていたことから、ロドスが種族に囚われることなくあらゆる人を仲間にしている事は理解し始めていた。そのおかげで、サルカズにも色々あって、ロンディニウムを侵略した彼らとは違うサルカズもいるのだとフェイストとロックロック含め自救軍の一部はそう思えてきた。
だが、彼女は違う。
笑顔で爆弾を起動し、戦う事に愉悦を感じる類の人物。それは彼らが地上で憎みいつかこの刃を突き立ててやると誓ったサルカズの暴虐性そのものだ。
ハイディは表には出さないものの、自救軍同様彼女を警戒していた。ケルシーから伝え聞いた話では何度も命を狙われているらしく、本人の気性の荒さもあって要注意人物として挙げられていたからだ。そんな彼女がこの作戦の奥の手だと聞いて不安に思うのも無理はない。
ましてやハイディと違いそういった腹芸に慣れていないフェイスト隊の一部は今も恨めし気にWを睨む。当然その目線に彼女が気付かないわけもなく、人を小馬鹿にしたような笑みでそれに応じる。
「何よ? あたしになんか用?」
「・・・別に」
「言いたいことがあるならはっきりなさい。それができないなら相手に敵意があるって悟らせるような真似すんじゃないわよ。そんなんだから自分達の居場所を乗っ取られるのよ」
彼女の暴言に、我慢が出来なくなった自救軍が怒鳴る。
だがそれすらどこ吹く風といった様子で、彼女は呑気に壁を眺めていた。
だがドクターはその視線の先にあるものに気付いた。
「さらに増援か?」
「正解、呑気におしゃべりしている間に私達が片づけた分丸々補充されたわ。よほど将軍はあんたらを捕まえたいみたいね」
Wの目がアーミヤへと向けられる。
「言っとくけど、今この瞬間もあたしの部下達だって削られていってるのよ。赤字になるのなんてごめんなんだから」
「分かった。目標も達成した事だ、すぐに出よう」
一瞬、Wの目に何か感情が浮かんだ気がしたが、ハイディにはそれが何なのか分からなかった。それはすぐさま瞼の奥に消え、瞬きの後には先程まで同様人を喰ったような底知れなさしか残っていなかった。
「そういうわけだから。さっさと逃げなさい、ロンディニウムの子ネコちゃん。爆弾で盛大に見送ってあげてもいいわよ? ああ、でも燃えないゴミは残さないでね」
「お前に言われるまでも!」
「そう警戒しないでください。彼女は確かに好戦的なサルカズですが、間違いなく私達の仲間です」
信じられないと言いたげな彼らに対し、アーミヤは回りくどい彼女の言葉を解説した。
「彼女は誤解されやすいんです。先程の言葉も正しく訳すなら、『危ないから早く逃げて、ここは私が食い止めるから。全員生きて帰しなさいよ』だそうです」
「子ウサギちゃん?」
Wが寒々しい笑顔でアーミヤを呼ぶ。
若干青筋を立てているように見えなくもないが、彼女の本心はこれで伝わった筈だ。
分かってますよ、とでも言いたげなアーミヤの微笑みにWの苛立ちは最高潮に達しこめかみをピクピクとさせる。
「だぶちはツンデレだなあ」
「あんた後で口に爆弾詰めてやるから」
「いてっ」
一方でその空気に便乗したイグナスの顔面には手榴弾が投げつけられた。もちろん、信管は抜いてあったが。
そんな彼女を見て、イグナスは思春期の娘ってこんな感じなのかなあ。とどうでもいい事を考えた。
そんな気の抜けるような遣り取りを終え、改めてドクターは撤退の指示を出す。
殿はWが務めてくれるのだ。ならば追手が来るとは考えにくいし、ここに留まるだけ彼女達の負担もでかくなる。
出口へと急ぐ彼らを見送りながら、Wは頭を掻く。
どうにも最近、ロドスの連中は自分をお人好しとでも勘違いしているようだがそんなはずはない。
だがそれ以上に、彼らにいいように転がされている自分にも自覚があって調子が狂う。
「ほんっと、あたしらしくないわね」
独りごちたそれを、誰も拾ってはくれない。工場のだだっ広い空間に虚しく響く。
だが、らしくない感傷も至る所に取り付けられた爆弾が爆発する音に遮られた。
(それにしても、どこの誰か知らないけど手際が良すぎるわね)
本来それらは追手に致命傷を負わせて然るべきものだ。
だがそれらが鳴り止むことはなく、むしろ自分に近づいてさえいる。
そして自分と外を隔てる最後の爆弾が爆発した時、巻き上がった煙の奥に彼はいた。
Wは彼を良く知っていた。
レユニオンに入る前、自分が
「随分と成長したな、W」
「なんで、あんたが」
その表情はWにはあまりに珍しい。驚愕のあまり呆然とする彼女に対し、かつてともに肩を並べそして今はサルカズ軍事委員会の副将となったその男はあくまでも淡々と返す。
「ヘドリー!」
工場内でロドスが捕虜の奪還をこなす中、廃工場に設けられた3つの出入口ではそれぞれ戦闘が繰り広げられていた。
ここはその内の1つ。警邏のサルカズ傭兵の一部とロドス達の侵入に対応できるよう控えていたマンフレッド率いるサルカズ戦士達がいた場所だ。
その場には何人ものサルカズ傭兵が倒れ伏している。その殆どが一撃で刈り取られており、その中心に対するはたった1人だけだ。
だが、誰もそこに近づけない。一歩でも踏み出せば彼女の剣域に捉えられ、死屍累々の仲間入りをするからだ。
取り囲む残りの戦士達の中で、マンフレッドは改めてその規格外さを認識した。
「よもや、ダブリンの主以外にも竜の血脈が残っていようとは」
ダブリンのあの白いドラコ、エブラナもそうだったが伝説に違わぬ力を持っている。
だが彼女が集団を率いるカリスマとそれを操る術に長けていたのに対し、目の前のドラコはどこまでも戦士として完成されていた。
剣の腕ですら未だ未知数、場合によっては負けるかもしれない。そしてアーツに至っては火力に差があり過ぎる。
にも関わらず、自分達は彼女を抑えている。
悠然とこちらを見返すレユニオンのリーダー、タルラは動かないままだ。今もそのアーツで周囲諸共焼き払えばいいものを、何かを待つようにこちらの出方を伺っている。
1人の戦士としてその差に思うところはあるが、マンフレッドは将軍である。より広い視野で、今後の布石となるようその誘いに乗ることにした。指揮下の兵6割を工場内の制圧及び『魔王』の奪取へと向かわせたのもその英断の結果だった。
「1つ問おう。城壁を超えたあの石像、やはりアンズーリシックの巫術か?」
無論、答えが返ってくるとは思っていなかった。だが問われれば何かしらの反応を示すものだ。そこから事実を推測しようと考えていたわけだが、タルラは意外にもあっさりと答えた。
「正確な事は私にも分からない。だが、確かにあれを為したのは私の仲間である1人のサルカズだ」
その答えに、マンフレッドは何を思ったのだろうか。表情は変えないまま、その眉がピクリと揺れる。
サルカズが、サルカズと相争う。
それこそテレシスが止めたかった悲劇の一端である。だがこうしてサルカズは未だ1つに団結する事もないままあらゆる勢力に力を貸しその刃となっている。
今まで、サルカズが真の意味でサルカズとなった事はなかった。幾度も破滅と新生を繰り返し、しかし全体で見れば徐々に摩耗していく種としての宿命。その呪縛こそがサルカズをサルカズ足らしめているのだと、そう錯覚してしまうほどに。
「悪趣味だな。本来手を取り合うべき我らを敢えて対立させるとは」
このヴィクトリアを利用し、真の意味で団結するには大地に災禍を齎す必要がある。決して利用され搾取される存在ではない。絶対的な力の権化として君臨し、その嵐を目印に集う。
そうして初めて、サルカズは人になれる。
「サルカズの識字率を知っているか? サルカズ全体の2割程だ」
唐突な言葉ながら、タルラは黙ってその続きを待った。焦る様子を見せない彼女に襲撃がかなり綿密に仕組まれたものだと予想しながらもマンフレッドは続ける。
「そしてその中で私のように書物を読み、それを人生の糧として活用できる者といえば1割にも満たないだろう。我らサルカズは生まれ落ちてすぐ呪いを背負う。それは鉱石病であり、サルカズの歴史であり、そして我らを拒絶する世界そのものだ。自らの名前を理解するより先に武器の振るい方を覚える者が大半だ。なぜなら、そうしなければ容易く自らの命すら奪われるからだ」
幾度も故郷を、カズデルを再建しその度に戦争が起こる。そして最後にはいつもそれは崩壊する。とっくに希望なんてものは枯れ、その日飢え死にしないためにどうするかばかりが心を占める毎日。
大地に根付くことすら許されず、流浪の生を生きる彼らが何を糧としたか。
「いつしかサルカズという言葉は、戦争という意味を内包するようになった」
魔族と忌み嫌われ、源石に体を蝕まれ、争いを日常とした彼らはもう戻れないのだ。
鉱石病が不治の病であるのと同じように。
サルカズの呪いと宿命もまた、逃れようのないものなのだと、ようやく諦めが付いたのだ。
諦め、受け入れ、そしてその血に塗れた生のままでもサルカズを救うと決めたのだ。
―だというのに。
「お前達は何故この地を訪れた? 我らの殲滅と言うならば是非もない、サルカズの魂をくべた怒炎は敵対者を焼き尽くすだろう。だがもし我らに改心を説きに来たというのならば、私は心底失望し軽蔑する」
「・・・確かにこの戦争はもはや犠牲無くしては止まらない。だがサルカズ以外の全ての種族の破滅かサルカズに永劫消せぬ傷を刻むか、そんな2つの選択肢しか見つからなかったなどと言ってくれるなよ?」
「やはりお前は分かっていない。もとより道など存在しなかったのだ。約一万年前、最初のカズデルが崩壊した時から」
タルラ達レユニオンの理念を惰弱と言い切るマンフレッドに対し、タルラは努めて冷静に言い返した。
「我らがポラリスには、サルカズだが武器を手放し料理人となった者もいた。彼は穏やかな終わりを迎え、そして彼の遺したものは彼の弟子に、フェリーンやペッローの青年に受け継がれている」
「だからどうしたというのだ」
「希望の芽は、確かにそこにある。その芽を摘むのでなく、水を与え花を咲かせる選択肢もあるということだ」
タルラが剣を下ろし、サルカズの将軍をまっすぐ見据える。
その瞳には、サルカズの魂を薪に燃え続けるカズデルの炉に似た炎が揺らいでいた。
その輝きを、マンフレッドは知っている。
(ひどい話だ。目の前に、古い鏡がある)
かつて憧れ、そして今はもう手放した姿がそこに映っている。
その結末はとっくに知っているというのに、どうしようもなく眩しくつい手を伸ばしたくなる。
だが彼は知っている。その希望の芽がある日突然、何の前触れもなく枯れることもあるのだと。
何度も、何度も耐え忍び、喉を乾かしてでも頼りない芽に水を注いだ結果が、悲劇に繋がる事もあるのだと。
「いつかこの大地に生きる全ての人が、光に満ちた道を歩み、穏やかな結末を迎えられるように」
『この大地が、安らかに眠れるために』
その言葉が、今も魂に傷として刻まれた彼女と重なった。
それが久しく揺れ動かなかったマンフレッドの心を、激しく揺らす。彼にしては珍しく言葉の端を震えさせながら、その言葉の軽挙さを指摘する。
「分からないのか。それが奇跡でしかないと」
「奇跡になんてしない。普遍にあるべき、誰もが手にすべき幸福だ」
「そんなものはない。お前達が今そうして幻想に浸っていられるのは、ひとえにそれが閉ざされた楽園だからだ。他国が、文化が、時間が、この大地の全てがそれに牙を突き立てる隙を伺っている。手を広げ遠くへ伸ばすだけ、その網目は広がり中身は零れ落ちる」
「そうとは限らない」
「いいや! 我らは知っている。身を以て、多大なる犠牲を払って、数多の希望を燃やし尽くしてこの心に刻んだのだ! 彼女ですら成し遂げられなかったのだと!」
もはやマンフレッドは耐えられなかった。タルラとの問答が苦痛でしかなかった。
激情のまま、マンフレッドはアーツを発動する。
周囲に浮かぶ血の紋章とアーツユニットが全霊を以て敵を排除しようと唸る。
もはや言葉では変えられない。それを悟ったタルラは下ろしていた剣を再び構える。
どちらも同胞の行く末を憂う者同士のはずが、その道は平行線だ。
(ならば、お前を打ち砕き道を示す)
たとえ今は交わらずとも、いずれかの地平線で同じ道を歩めると信じて。