明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第五十二話 分の悪い賭け

 廃工場を抜け、人の気配が無い都市を走る。

 

 行きと違い大所帯となった俺達の足音がバタバタと鳴っているが、それを気にする余裕は無い。まばらに連なる工場群の合間を駆け抜けていく。

 一刻も早くここを抜け地下に戻る必要がある。幸い俺達の事前準備のおかげで道を遮る敵はいない。誰もが修羅場を潜り抜けた安堵に胸を撫でおろす中、アーミヤは心残りがあるのか後ろを気にしていた。

 

 

「大丈夫でしょうか、Wさん・・・」

「大丈夫だって、あのだぶちだぜ? どんな奴が来たって次会う時には軽口を叩いて登場するのがあいつだ」

「確かに、手に手榴弾をちらつかせる姿がありありと浮かぶな」

 

 ドクターも俺の意図を察したのか話に乗る。

 あいつがやられる姿っていうのは想像できないし、タルラも残してある。どちらもいざってときの引き際は心得ているし実力もある。

 あの場所にいきなりテレジアが乱入でもしない限りどうとでもなるだろう。

 

「ふふっ、そうですね」

 

 心配ないと胸を叩いて頷けばアーミヤも微笑み返してくれた。

 

 辛気臭い雰囲気を変えようと、フェイストが話題を変える。

 

「それにしても、あんたらはほんと人材の宝箱って感じだな。王族の末裔のドラコにサルカズの傭兵だぜ? 流石にネタも尽きてきた頃合いだろ」

「残念だったな。秘蔵っ子が少なくともあと3人はいるぞ?」

 

 こっちは人類最強の戦士が絶賛活躍中だし、ロドスはドクターの元暗殺者は言うに及ばず海底産超戦士の生き残りとイェラグの国家元首さらには人智を超えた超越存在まで在籍しているのだ。彼がそれに慣れるのは当分先だろう。

 

「・・・本当にただの製薬会社なんだよな?」

「安心しろ。俺も最初からおかしいって思ってる」

 

 フェイストの苦笑いに賛同するも、その笑みが引きつっただけだった。

 

「なんだか一周回ってクロージャがまともなんじゃないかって気がしてきたぜ」

「・・・」

 

 一方話を振られたはずのクロージャは目線を下にしたまま黙っている。いや、この様子は聞こえてないって感じだな。フェイストがどうしたと首を傾げる。

 彼女は走りながらも不安げな眼差しで息を落ち着かせようとしている。いくら運動不足のクロージャとはいえ、これは単なる疲れによるものではなさそうだ。

 

「クロージャ?」

「えっ!? な、なんか言った?」

「どうしたんだ、らしくないぞ」

「大丈夫?」

 

 ロックロックがその背中をさする。彼女はそうして初めてクロージャが何かに怯え震えている事に気付いたようだ。

 

「しょうがないでしょ、さっきから震えが止まらないの。邪悪の巣窟に近づくとこうなるけど、ここまでのは久しぶりよ!」

 

 クロージャの瞳が妖しく光る。ブラッドブルードは興奮すると本能が剝き出しになる事があるというが、その姿は正しく俺の知る吸血鬼のようだった。

 

 そんな彼女が、小鹿のように指先を震わせている。

 嫌な予感がした俺は鋭く叫んだ。

 

 

「皆んな止まれ!」

 

 

 全員が足を止める。

 何事かと問う彼らを一回思考の隅に追いやり、アーツを起動する。

 

 向かう先、そして地下の自救軍基地を視た俺は目を閉じアーツを解く。

 

 そして独り、誰にも気づかれないくらいの大きさで悪態をついた。どうやら俺達は待ち伏せされているらしい。俺が色々動いてるから当たり前だが、原作にはない展開だ。

 予想してなかったといえば噓になるが、あまり現実にはなって欲しくなかった方向に流れている。

 

「はあ。くそ、外れを引いた」

「イグナスさん?」

「どうかしたのか?」

 

 気遣う彼らに向き直る。今すぐにでも話してやりたいところだが、どうもそうはいかないみたいだ。くそ、向こうはこちらに既に気付いているようで明らかに距離を縮めてきていた。

 

「皆んな、急いで引き返すぞ」

 

 それを聞いたほぼ全員が驚く。ようやくサルカズの大軍から仲間を奪還したのに、その場に戻るという指示には戸惑いを隠せないようだった。

 

「おいおい、やっとあそこから逃げれたってのにどうしたんだ?」

「時間がねえから走りながら説明するが、あっちからヤバイ奴が近づいてきてる」

 

 来た道を先程よりも速足で駆ける俺に、首をひねりながらもついてくる。

 思えば明らかに周囲に人の気配が無さ過ぎた。周囲に散らばったレユニオンメンバーが事前に数を減らしておいたとはいえ、この静けさは異常だ。

 見晴らしがいいのも最悪だ。俺達だけならどうにかできてただろうが、ロドスのメンバー以外にも自救軍の人達もいる。これだけの人数、どうしたって逃げ遅れが出る。タルラ達と合流して、全員で迎え撃つ必要があるだろう。

 

「そんなにやべえのかよ」

「あれとやりあうくらいなら、サルカズ戦士の大軍に突っ込む方がまだマシだ」

 

 俺の返答にフェイストが息を呑む。

 

「イグナス、何が見えた?」

 

 問いかけるドクターの横で、アーミヤが眉を顰めながら向かうはずだった道の先を睨む。

 アーミヤは今も魔王のアーツで敵の反応を感知しようとしているようだが、漠然とした負の感情が濃くなっている事しか分からないらしい。

 心を相互作用させる仕組みのそれでは確かにこの距離では正体までは掴めないだろうな。

 

 

 正直、あまり見たくはないものだ。

 残虐さと奪われた命の怨嗟が染みついた、泥のように粘着質な赤黒いそれ。

 もしこのアーツで奴の魂を視たらどうなるか想像していたが、予想以上の醜悪さだった。タルラやアーミヤ達の魂を見慣れている分なおさらだ。

 

 息を呑む彼らに、俺達を追っている人物の正体を明かす。

 

「サルカズ軍事委員会の王庭の1人。太古から生き続けるブラッドブルードの大君だ」

 

 驚く彼らを置き去りに、周囲の様子が突如一変した。

 

 

 まず感じたのは、臭い。戦場に漂うような、命が垂れ流される死の匂いが大気を覆っていく。

 次に、視覚。知覚したあまりの臭気に顔を顰めた俺達の目の前で、床一面を黒い何かが侵食し始める。まだ日も落ちていないのに、大地が夜そのものになってしまったかと錯覚する程それは暗く淀んでいた。

 そして、聴覚が未知の敵を捉える。騒めき広がるその闇の池溜まりの中で、何かが蠢く音が木霊する。鮮紅に染まったヒルのようなものが、暗闇を啜っている。それを目の当たりにして、彼らは初めて徐々に広がる暗闇が凝縮された大量の血液だとわかった。

 

 一瞬にして空気が変わった。全員が静寂に息を呑み足を止めてしまう。

 

「! 急げ、あれに捕まったら終わりと思え!」

 

 目を離せなくなった一行を一喝し、タルラ達の元へと急ぐ。

 その背を、1人のサルカズが悠然と追っていた。

 

 

 

 Wと協力しどうにかヘドリーを無力化したタルラは外の騒ぎに意識を向けた。

 しばらくして、先に逃げたはずの俺達が戻ってきたことにWが怪訝そうな顔をする。

 

「ちょっとあんた達、せっかくあたしが逃がしてやったってのに何を」

「タルラさんWさん! 一刻も早く臨戦態勢を!」

「すまんタルラ。予想外の奴が来た!」

 

 だが今までに無いほどの焦りを見せるアーミヤに、Wが何をと問いかける。

 その寸前、2人は全身のセンサーが鳴らすアラームに否応なく臨戦態勢を取らされた。2人と合流した俺達も揃って同じ方向を睨む。

 

 空間を何かが侵食しているような、異様な空気の変遷。それにタルラはかつて対峙した皇帝の利刃を思い出す。

 

 そして広がる闇のカーペットの奥から、遂に追手が姿を見せた。

 

 

「ひどい臭いです。その醜い皮から血を絞り出せば、少しはマシになるでしょうか」

 

 

 白い装束の上にコートを重ねた彼は手袋に覆われた細い指で口元を覆う。

 肌も髪も白く染め上げられ、だからこそコートの裏地の鮮やかな赤と周囲に浮かぶ血の滴が際立っていた。

 

 冷酷さが浮き出るようなその対比の中で、細められた目がアーミヤを捉える。

 

「お初にお目にかかります、『魔王』」

 

 恭しくお辞儀をする。だがそれはあくまで形だけ。その口から流れ出る言葉にも所作にも、敬意などというものは微塵も込められていない。

 あるのは、王冠の簒奪者に対する軽蔑だけだった。

 

 

 その姿は古き王庭にしては若々しく、耽美な貌をした青年貴族に見える。だが、感じる圧力と体の奥底から滲み出る一握の恐怖がそれを否定する。

 

「そうか。こいつが」

 

 タルラは誰に聞かせるでもなく呟く。実物を見るのは初めてだが、彼女は俺から原作の知識について聞かされていた。

 

 このサディアン区を襲った虐殺を何倍にも濃縮した血生臭さが鼻腔を犯す。そんな悍ましい空気の中で、まるでワインの香りを楽しむように奴が息を吸う。

 

「よい香りです。恐怖と絶望がその魂を熟成させ、血が生存へと沸き立つ。それだけが、あなた方のような者が私より優れている点ですよ」

「な、なにを言って」

「弱者が蛮勇を誇るなど、道化を見ているようです。ですがその心臓と息遣いが全てを物語っています。そうでしょう、魔王の継承人」

 

 追い詰められつつある俺達を睥睨し、最後にアーミヤへと矛先を向ける。

 サルカズの王冠の力を以てすれば、彼らの恐怖が感じ取れるだろうと。

 

「異種族の魔王と多少は高貴な血が混じっていますが、些か数が多い。今この場はサルカズの行く末を決める神聖な場です。相応しくない弱者には」

 

 大君が腕を上げる。それは指揮者のように軽やかに、地を侵す赤黒い血と眷属に命令を下した。

 

「最後の魔王に捧げる前菜となってもらいましょう」

 

 

 血影が躍り出す。津波のように波打ち呑み込む獲物を探していたそれらは、新鮮な血肉を見つけ我先にと大挙して押し寄せる。

 

 

「やらせません!」

「させるか!」

 

 前に出たアーミヤの黒雷が濁流をせき止め、タルラの業火が血を蒸発させる。

 何とか凌ぐことはできたが、あまり良い状況とは言えなさそうだ。

 

 今の攻防の隙にすっかり周囲を大君の操る血が囲っている。それは少しづつ円の外周を狭めており背を預け合う俺達は押されつつあった。

 

「全員、あの血には触れるどころか近づくなよ。文字通り()()()()()

 

 迎撃のために距離を近づけようとした自救軍の戦士達に釘をさす。

 

 彼らはそんなアーツがあるだなんて聞いたこともなかったが誰もその忠告を進んで破ろうなどとは思わなかった。身を襲う怖気が、そんな勇気すら浮かぶことを許さなかった。

 

 そんな彼らの恐怖を感じ取ったのだろう。大君が目を瞑る。

 

「コータス、やはりあなたは王冠に相応しくない。テレジアの最も愚昧な点は、あなたを継承人に選んだことですよ。これらがあなたの臣下ですか? その竜炎は確かに伝説に違わぬ威力がありました。ですがそれすらサルカズの古の巫術の前には霞むでしょう」

「彼らを侮辱することは私が許しません」

 

 気丈にもアーミヤが前に出る。その背は震えていない。守るべきものを背にしたあの娘は誰よりも勇敢だ。

 そんな彼女が注意を引き付けている間、俺はタルラに敵の力量を訪ねた。

 

「タルラどうだ、やれそうか?」

「どうだろうな。だが全力を出すには庇う者が多すぎる」

 

 そう答えるタルラは俺の送ったアーツユニットに炎を宿らせながらも俺達の劣勢を告げた。

 

 本来タルラのアーツはこんなもんじゃない。だがこれ以上出力を上げればその火力が俺達にも向いてしまう。

 彼らを逃がそうにも、既に四方を囲まれているこの状況では難しい。一点突破で道を作ったとしてその隙を逃すような相手でもない。

 

()()()()()を使えば、あるいは」

「・・・それは最後の手段だ。あれは消耗が大きすぎる」

 

 タルラもこのヴィクトリア侵入に向けて何もしてこなかった訳じゃない。レユニオン全体の戦力向上に加え、タルラ個人の強さも格段に上がった。

 

 正直、条件次第ではパトリオットにすら勝てるくらいには。

 

 だが今その奥の手を出すのはあまり得策とは言えないだろう。

 俺達はこの後もロンディニウムで戦わなければならないし、正直このブラッドブルードの大君は底が知れない。

 

 俺の知識にあるのはイベントストーリー「孤星」まで。メインストーリーについては12章までだ。それも変形者がその最期を迎えた場面で終わっており、依然として大君は健在だった。

 エリートオペレーターやケルシー先生直属の暗殺者を束ねて戦っても勝敗がつかなかったくらいだ。正直共倒れになる可能性もあるので、ちゃんと場面を整えてから戦いたい。

 

(この状況を打破するには、戦場の制圧力に長けたやつが要る)

 

 ()()は一応かけておいたが、そちらは正直望みは薄い。

 その保険に加えて、もうすぐこちらにフロストノヴァが合流する手筈だった。あいつならこちらの状況を把握し次第加勢に来るだろう。タルラと力を合わせれば大君を抑えられるかもしれない。

 

 それまでの間、どうにか耐えるしかない。

 

 息を吸い、吐く。胸の空気を回し頭に酸素を贈る。

 舌を回せ。奴のいたぶる性根を利用しろ。俺の得意分野だろ。

 

 声が震えないよう細心の注意を払いながら、奴を舞台に乗せる。

 

「おいおい、俺の存在を忘れてもらっちゃ困るぜ?」

 

 大君の表情が僅かに崩れる。今までのように見下すのではなく、明確な嫌悪を見せた。

 サルカズの王庭以外は路傍の石のように扱う奴にしては珍しい反応だ。だがそれも奴の発言で解消した。

 

「あなたが予言にあった特異点(イレギュラー)ですか。その矮小な身でよくもこの大地をかき乱せたものです」

「ほー。まさかサイクロプスに無料で占ってもらえるなんて光栄だぜ」

「・・・あの変形者も痴呆が進んだようですね、このような者に執着を見せるなど」

 

 やっぱあいつ俺を探してんのかい。今後はアーツはこまめに使っていく方がよさそうだな。いきなり目の前に現れて「はい勝負」なんてなったら洒落にならん。

 

 ブラッドブルードの大君、ドゥカレ。確かサルカズ軍事委員会の中では変形者やナハツェーラーの君主に次ぐ古参だったはずだ。彼らの中でも一際際立った残虐性と傲慢さ。そしてサルカズという種族の起源、ティカズへの復古を望むその極端さから軍事委員会でもかなり浮いていた。だがそれも圧倒的な実力に裏付けられてのものだ。現に、奴は肉親だったとはいえ『魔王』殺しをやってのけている。

 

 

「あんたも人のこと言えた義理じゃないだろう。そんなに昔のサルカズの時代とやらが大事かよ」

「・・・あなたに私の心中を覗き見る権利などありません」

「うるせえ、これだけは言っておく。お前の懐古主義にこの世界を巻き込むな。俺達は、未来に進んでるんだ」

「ブラッドブルードの大君。あなたはそうまでして何を取り戻そうというのですか。サルカズにこの先数百年は消えない汚名を着せてまで、この地で暴虐の限りを尽くすそれに何の意味があると?」

 

 アーミヤの問いに、大君は深いため息をついた。

 

 

「サルカズの本質とは、このような矮小な国同士の争いに収められるものではありません。あなたはこの戦争がサルカズを略奪者へと貶めていると言いましたが、サルカズは一度たりとも、ええ、遥か神民や先民の時代より古くから、略奪者であった事など無いのです。なぜならば、テラの全ては元々サルカズのものであり大地の全ては我らの故郷カズデルであったのだから」

 

 大君の視野は既にこの戦争にはない。その先、戦争を終えた先にサルカズという種族がどのような変遷を辿るか。

 奴の望む強大なサルカズの復興が成し遂げられるのか。そこにしか興味がないようだ。それにどれほどの犠牲が必要かも気にしないで。

 

「そしてそちらこそ、何の権利を以て私達の行く手を阻むというのですか。200年前、我々の故郷を何度目かの崩壊に向かわせサルカズを各地へ追いやったのが誰なのか、まさかご存じではないのですか?」

 

 その言葉を皮切りに周囲が騒めく。いや、聞こえているのは俺とアーミヤとWだけか。

 この都市に充満するサルカズの苦悩の残滓が、俺達に訴えかけてきている。

 

 

 

 

 あの時、連合軍を指揮した()()()()()()()()はこう言った。

 

『私はサルカズが企てている大望を余すことなく知っている。憎しみは不治の病であり、君たちの復讐は大地に癒えることのない傷跡をもたらすだろう。周辺諸国の安定のため、今後二百年の平和のため、野心は事前に滅ぼされなければならない』

 

 何故だ。何故我らが裁かれねばならぬ! 何故我らが滅びねばならぬ!

 また多くのサルカズが家族を失った! 愛を知らぬ彼らはまたしても荒野で孤独に流離うだろう。

 何故抗ってはならぬ? 怒りを鎮めねばならぬ!

 勝鬨を上げる彼らの声こそが、この大地の答えとでも言うつもりか!!!

 

 答えろ、()()()()!!!

 

 

 怒りと憎しみをくべた炎が叫ぶ。

 その怨嗟の声が頭を埋め尽くしていく。俺やWは何とか堪えたものの、感受性の高いアーミヤが頭を抑える。

 

「うっ・・・」

「アーミヤ?!」

「くそっ!」

 

 頭を抑えうずくまる彼女をドクターが支える。そのおかげで倒れることは無かったが、今まで大君と俺達で保たれていた均衡が遂に崩れた。

 

 守りが薄くなった方向から血の渦が呑み込まんと大口を開けた。

 

 咄嗟に背負い袋を開け中の物を取り出す。効くかは分からねえがやるしかねえ!

 

 

「所詮その程度。サルカズの万年の記憶に耐えられるはずなどないのです。・・・?」

 

 つまらない結果になったと。そう見下す彼の頭上に影が差した。

 

 

 突如、空から大きい何かが降り注ぐ。それらは床を浸す血は覆えずとも獲物を呑み込まんとしていた波と俺らを隔て押しとどめた。

 大君は自分へとむけられたそれを血液のベールで防いだようで、不躾な乱入者を冷ややかに見上げた。

 

 

 天井の開けた廃工場。暗雲漂うヴィクトリアの空に何者かが浮かんでいる。

 

 

 その人物は砂嵐を身に纏い、周囲を石片が舞っていた。

 その中心で、黒い装束を身に纏ったフェリーンが杖を掲げている。

 

 そのダブリンの装束と同じ黒髪の間から、黒曜の瞳が真っ直ぐに俺を見据えているのが分かって、俺は賭けに勝ったのだとつい笑みを浮かべた。

 

 




次回「ありふれた黒猫の末路」
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