ドクター達が駅へと向かう最中、拠点に残っていたクロヴィシアとシージ達もまた次の行動に移っていた。
「クロヴィシア、撤退だ。そちらの同胞も奪還した。私達は次の舞台に移るべきだ」
「了解した。これより私達は君達と同様地上の駅へと向かい次の拠点へと移動する」
作戦室に備えた無線機から発せられた一報によって、自救軍の戦士達はその勢いを増しつつある。無線機の電源を切ったクロヴィシアはそのあまり広くない部屋を埋め尽くす皆を見渡した。
「全員聞いたな? 皆今までよく耐えてくれた。だがそれもこれまでだ。これより私達は中央区の同胞の元へと向かい、決起に向けた一歩を踏み出す。1人も欠けるな、その手がこの先に幾人もの同胞に差し伸べられるものである事を忘れずに進むんだ!」
彼らの指揮官の激励で、いよいよ戦士達は次々と地上へその足を進めていく。
鉄骨階段を踏む音が、地下の迷宮に雨音のように響いていた。
彼らを守り続けた地下迷宮に別れを告げ、本来あるべき地上への道筋をなぞっていく。
もうじき、頭上には光が訪れる。長く続いた忍耐の時からの解放を祝福しているかのようだ。
だがその手前で、彼らの足が止まる。戦士達が武器を構え始める中、その唯一の出口を塞ぐように立っていたのは1人の男だった。逆光となってその正体ははっきりとはしないが、線も細くなにか大きな武器を掲げる様子もない。少なくとも地上を闊歩している傭兵達と比べれば勝機はあるように思えた。
「敵か?」
「だろうが奴は1人だ。これだけの人数なら押し切れる」
多勢に無勢。その表現が正しいこの状況。
救出された同胞達との再会を妨げられる訳にはいかない。
「待て」
逸る戦士達の眼前に、シージが身を乗り出した。その瞳は光を背にする彼を捉え、そして思わず肩の力を抜いた。困惑する彼らを背に、ある種の親しみを以てその名を告げる。
「驚かさないでくれ、LOGOS」
「この邂逅は我の本意ではない。故に筆を下げて出迎えたのだが、却って対立の呼び声になろうとは思わなんだ」
「出口を塞ぐように立っていたら警戒するに決まっているだろう」
どこか抜けている彼に歩み寄る。その装いはいつも着ているエリートオペレーターとしてのそれではなく、古い紋章をあしらった黒い外套だ。自救軍の彼らが地下の暗闇から光に慣れ彼の頭から生えた耳羽と角そして細く長い耳を認識するにつれ、その体を固くしていった。
サルカズの王庭の一席、バンシーとしての衣装であるそれは彼のこの戦争に対する決意の表れなのであろうが、今回はどうも悪い方向に作用したらしい。そんな彼が自分達の仲間まである事を理解してもらうまでに、シージは豊富とは言えない自分の語彙を総動員する羽目になった。
両者の緊張も解け、地上へと出たシージはふと傍らのバンシーを見た。地上の懐かしさを満喫する暇もなく、彼らはドクター達と合流すべく移動を始めている。そんな中、LOGOSはその表情を硬くしたままだった。
「ところで、ここには何をしに来たんだ?」
彼は現在、ロドスの潜入に先立っていくつかの任務を遂行中のはずである。普段はスツール滑走大会などという珍行事を開催し自ら優勝を攫うほどの愉快な人物ではあるが、ロドス屈指のアーツの使い手でもある彼が担う役割は大きい。
その問いにLOGOSはしばらくシージを見返しながらも、やがてその足を止めた。
「この場には、我が旧知の者の欠片が潜んでいる」
「それは・・・」
後方の警戒を担っていた2人は足を止めた事でその集団から徐々に引き離されていく。その前には駅へと歩を進める自救軍の戦士達の背中があった。
決意に満ちたその背とは対照的に2人の空気は冷たく、鋭くなっていく。
「十分な数を狩ったと思っていたが、どうやら既に獅子の身中に入り込んでいたらしい」
LOGOSが骨筆を掲げ、宙という白紙に呪文を書き記す。
言葉を紡ぎ、それは韻律となって意味を成す。
「『真正を現す、白日の旭光』」
それは光となって自救軍の一団を覆った。なんだなんだと動揺するその集団の中で、ただ1人だけが笑みを浮かべた。
その身がどろりと溶ける。埋没するように装われた他の戦士達と同じ服装が剥がれていく中、その笑みは変わるどころかますます深くなった。
「若きバンシー。君も見違えたね」
その頭が突如横殴りに吹き飛ばされる。正体を見せた異物に真っ先に飛びつきそのハンマーを振るったのはシージだ。
シージは未だ動揺から抜け出せない彼らを一喝しすぐさま臨戦態勢を取らせた。シージはロンディニウム潜入の際、自分達を壊滅せしめた脅威を未だ覚えていた。アーミヤが気付かなければあの時点で隊全員が副砲に焼き尽くされていただろう。
確かに入った。そう確信しつつも油断はしない。事前の作戦会議で聞かされていた通り、奴は不死身の怪物なのだから。
崩れた壁の奥は砂埃で見えない。だが案の定、その向こうから何でもないような声がした。
「そして君も。ここまでくると因果というのはあるんじゃないかって気がしてくるね」
「変形者といったか」
「そうだよ。初めまして、あの獅子の遺児が残っていたとは」
自分の素性を見抜かれたことを驚くシージにかわり、LOGOSが骨筆を構える。
「変形者よ、抗う者に潜み何を謀る?」
「彼らにそこまで興味はないよ、テレシスに諜報は続けろと言われてるから務めは果たしてるけど。僕達はただ異種族の魔王と特異点に会いたいだけさ。なのに、こんな短期間に何回も変装がバレるとへこむな」
「兆しがあれば備えもする。我が弟子の前に姿を見せたのは失策であったな」
変形者はその言葉に笑みを深めた。かの六英雄の1人、ラケラマリンの愛息子。女ばかりのバンシーに生まれた珍しい男のバンシー。
奇跡の子の異名に違わず、そのアーツの腕もまた非凡なものだ。そんな彼が師についたというのなら、その成長は自身が予想していた物よりも遥かに高みまで辿り着いていることだろう。
「そうか。なら
「それは我が口より伝えられるべき事柄ではない。そしてうぬが知るべきものでもない」
LOGOSが再び呪文を紡ぐ。変形者もまたいくつもの呪物を召喚しそれを迎撃する。だがこちらにはシージ以下自救軍の戦士達が未だ残っていた。すっかり態勢を整えた彼らは加勢するべくボウガンや即席の矢を放った。
だが、それを嘲笑うかのように変形者は悠然とこちらに近づいてくる。
「不死身かこいつ?!」
「撃て! 手榴弾もありったけだ!」
自救軍の戦士達が揃って武器を取り出す。その全てがたった1人のサルカズへと向かい、その直後爆発の音が建物に反響した。
囲む彼らが息を呑んで見守っている。彼らの一縷の望みを容易く引き裂いて、彼は何事もなかったかのように爆煙から歩み出た。
「せっかく彼らに会いに来たのに、もう別行動してたなんて僕も運がない。それでもあっちには大君が行ってるから鉢合わせしたくないんだよね、僕あいつ嫌いだし。せっかくの再会を邪魔されちゃ、楽しくないだろう?」
「・・・うぬは少し変わったように見える。灰色の世界に色が戻ったか?」
「そうだね、少なくとも退屈しのぎの方法を教えられて前よりはつまらなくはなくなったかな」
焦げついた肌も、その上から塗り替えられ瞬く間に修復されていく。もはや回復とすら言えないほどの異様な光景だ。
サルカズの中でも最古の個体。原初の姿に取り残された不滅の彷徨者。そんな彼にとってはもはや痛みすら刺激になり得ない。
故に彼を止めるには、その欠片たる存在を余さず徹底的に滅しなければならない。
「変形者よ。うぬの破片は余さず見つけ出し掃おう」
「若きバンシー、君はうぬぼれ過ぎだ。確かにあのラケラマリンが言うだけはある、その才は歴代の彼女らを超えうるだろう」
それでもね。
変形者はため息を吐いた。自救軍の戦士達にはその吐息がまるで質量を持っているかのように感じられる。
「年季が違うよ。僕達の中の渇望は、君自身の才なんて呑み込んでなお余りあるだけの時を積み重ねている。やっと辿り着けるかもしれない答えを前に、手を抜く事なんてありえない」
確かに彼は強い。それこそ、変形者が複数人同時に襲い掛かっても勝つことができないくらいには。
だがそれだけだ。彼らは決して滅ぶことはなく、至る所に存在し最後まで生き残る。いかなる英雄であったとしても、永遠の時間戦い続けることはできないのだからいつかこの目的は果たされる。たとえこの戦いに負けたとしても、別の自分が必ず彼と出会い、そして答えを得るだろう。
『俺が1つだけ答えを用意してやる。あんたが本当の意味で変化を迎えられる方法を』
未来を見通しているかのような彼が語ったその答え。それは一体どのようなものであるのか見当もつかない。それでも、特異点たる彼の齎すそれならば今度こそ僕達は新生を迎えられるだろう。
「そろそろあいつも決着がついている頃合いだろう。大君の醜悪さと残虐さは筋金入りだけど、それに殺されるようなら僕達の期待外れだったってだけだしね」
そう言いながらも、その瞳には依然として期待に満ちた光が宿っていた。実際、変形者自身それはないだろうと考えていた。いや、信じていたというのが適切か。
あんな啖呵を切った男が、久遠の時に錆びついたこの心を言葉1つで揺らしたあの彼が、こんなところで挫ける事はないだろうと。
「いっその事、今からでも会いに行こうか。それなら今より多少はやる気が出る」
空中に浮かぶ呪物がその輝きを増す。その数も先程までの倍にまで膨れ上がっていた。
自分達が向かう先にはイグナス達がいる。そしてここにいる戦士の中で王庭と渡り合えるのはシージとLOGOSのみ。このままこの怪物をアーミヤとイグナスに会わせれば碌なことにならないだろう。
最悪の場合自分達2人が殿となりドクター達と合流してもらうべきか。シージがハンマーの柄を今一度握りしめた。
だが
「生憎と、此度貴様を狩るのは我にあらず」
「へえ?」
変形者は興味が湧いた。目の前で不死の自分に怯える自救軍の戦士達は言うに及ばず、あの獅子の末裔でさえこの命には届き得ない。
バンシーの末裔たる彼を除いて、誰がこの身を討ち取るというのか。
それは単なる好奇心のはずだった。踏み出した足に、何かが張り付いたような感触を覚えるまでは。
バランスを崩しかけた変形者は足元を見る。
いつの間にか、冷気が地表を這っていた。
戦場が瞬く間に物言わぬ静寂に侵食されていく。その中でたった1つ、彼らに聞こえてくるものがあった。
「これは、歌?」
誰かが呟いた通り、肌を凍えさせる風に乗って誰かの歌が聞こえてくる。戦場に似つかわしくない、子守唄のような緩く安らぐ声音と霜が踏み潰され軋む音がゆっくりと近づいてきた。
その音の主は、まるで冬が意思を持ったかのように白く冷たかった。
凛とした声が静寂を切り裂く。聞き馴染んだその声にシージとLOGOSは振り向かない。いつもと同じように、その背を彼女に預けた。
「すまない。ようやく準備が整った」
「謝罪は不要だ。やつを完全に捕えるには我とて万全で臨まねばならぬ」
そう言って骨筆を構えたLOGOSの隣で、彼女は口元だけを覆うマスクをつけた。それは彼女の体質を考慮して、体内の体温調節を補助する特注品だ。そこにはロドスのロゴマークが刻まれている。
そしてその白に染まった装いの中で、腕に巻きつけられた暁色のスカーフが雪原に昇る朝陽のように輝いていた。
「・・・君も彼らの仲間かい?」
分かりきった事を聞く変形者に、彼女は淡々と名乗りを上げた。
「レユニオン幹部、フロストノヴァ。ロドスの友、そしてレユニオンの支柱として、お前はここより先へは行かせない」
変形者がその腕を向けようとするも、気付けば体は指一本たりとも動かせなくなっていた。辛うじて動く首を下に向ければ、足元から全身に霜が降っている。それは今もその体の全てを凍てつかせようとしていた。
これほどのアーツを操るとは、中々に興味深い。そしてそれもまた、特異点たる彼の齎した結果かと考えると変形者は堪らなく嬉しくなった。
「本当に面白いね君達は。だからこそ、早く彼に会いたくなるよ」
「させると思うか?」
フロストノヴァの声は氷柱のように鋭く冷たかった。久しく出したことのない冷徹とも取れる態度も、彼女が守ると決めた家族への深い愛ゆえだ。
彼女は既に一度、イグナスを失いかけた。自分と父、そして多くの同胞を救った彼。そして収穫祭での襲撃の後、顔の半分が源石で覆われた痛ましい笑顔は、深く胸に刻まれている。
あの時誓ったのだ。今度こそ、家族は全員守るのだと。
あいつの語る未来が少しでも早く来るように。
あの時よりほんの少しだけ守りたいものが増えた自分が、この手から取りこぼす事のないように。
アーミヤとイグナス。自分が守ると決めた家族をつけ狙う彼に、そのアーツユニットを向けた。
冬の凍てついた冷気が、ゆっくりと敵を侵食していく。その間際、変形者が固まりかけの口を開いた。
「彼に伝えておいてくれ。あの日の約束は、必ず果たしてもらうと」
狂気にも似た渇望を瞳に浮かべながら、氷像と化した変形者は自ずと崩れ去っていった。
もはやここに用はない。敵の最期を見届けたフロストノヴァはLOGOSとシージを振り返った。
「さあ、ドクター達の元へ急ごう」
その頃のイグナス「っ!! なんか今悪寒が」
タルラ「どうした? 風邪か? 温めるか?」ギュッ
イグナス「あの、せめてアーツで温めるとかできません?」
マンドラゴラ「・・・あいつらいつもああなわけ?」
アーミヤ以下一同「あはは・・・」
Q何でこんなに変形者はイグナス君に会いたいんですか?
Aヒント:変形者の年齢は推定一万年超えです。