明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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連続投稿失礼します。

今回の話は14章及びサブストーリー「バベル」の内容を多く含みます。
ご注意ください。


第五十五話 どうか、その祈りが報われますように

サディアン区 駅構内

 

 ブラッドブルードの大君、そして変形者。それぞれが直面した脅威から逃れた救出組と待機組はようやく合流する事が出来た。

 

 自救軍の戦士の中にはボイラー技士が何名か在籍しており、列車を動かすために動いてくれている。幸い今はここを襲撃しようと言う勢力はなく、俺達幹部勢は次の方針決定も兼ねた作戦会議をしていた。

 

「そっちは変形者を相手したのか」

「うむ。だがあれも欠片の一片に過ぎぬ。奴を真に滅するにはそれ相応の準備が必要だろう」

 

 フロストノヴァはアーミヤとドクターの元へ向かいクロヴィシアと一緒に目的地である中央区の実情について情報のすり合わせを行っていた。シージは警戒をしているグラスゴーのメンバーの元へ行ってしまったし、俺が連れてきたダブリンの連中は居心地が悪いのか固まって列車の荷台へと引っ込んでしまった。ここに残ったのは俺とLOGOS先生だけだ。

 

「我が弟子よ。うぬは奴に新生への道筋を示したと聞いた」

「・・・ああ」

 

 周囲に聞こえぬよう、若干声を潜める。

 LOGOS先生はこの一年間、マドロックと俺のアーツ修行の講師として色々なことを教えてくれていた。お陰でマドロックも原作より遥かに自身のアーツを使いこなしていると思う。俺もアーツの応用の幅が広がりできる事が格段に増えた。

 

 だからこそこの人にはあまり頭が上がらない。答えづらい質問が来ても一蹴できないくらいには恩があるひとなのだ。

 

「・・・」

「・・・」

 

 しばらくの間沈黙が続く。

 おそらく何故? どうやって? そんな問いかけが来るのだろう。だが原作知識と言っても頭のおかしい奴としか思われない。俺はサイクロプスではないのだし、アーツの能力と誤魔化そうとしても俺のアーツを下手すれば俺以上に知り尽くしているのが彼だ。

 

 僅かに高い場所から、紅眼が俺を見据えている。どう答えればいいものか、後ろめたさのある俺は目を逸らしながらもそれを受け止めた。

 

「・・・まあよい。うぬにも秘めた謀計があるのであろう。策に溺れぬよう留意せよ」

 

 だが結局、問い詰めない事にしてくれたらしい。それどころかこちらを気遣ってくれたのが嬉しくて、言葉にしないままでいてくれる優しさに感謝を込めた。

 

「ありがとよ、先生」

「うぬの守護する対象は、我らよりも僅かに広い。奴らを敵ではなく救うべき放浪者と見るその瞳は、宝玉よりも遥かに澄んでおる。胸を張るがよい」

 

 ちっ、バレて~ら。変形者を原作みたいな自死ルートに持ち込みたくないのもお見通しか。

 正直そんな余裕なんて無いのかもしれない。そんな事は重々承知の上での俺の我儘だ。それでも俺の背中を押してくれたこの人が、俺の師匠で本当に良かった。

 

 そして、遂に汽笛の音が駅に響き渡る。出発の準備は上々で、列車の車輪は既にその重たい体躯を動かそうと回転を始めている。

 警戒のため外に出ていた奴らが急いで続々と乗り込み、最後まで残っていたシージが最後列の柵に飛び乗ったところで速度が上がった。

 

 シージを待って同じく最後列に居座っていた俺達は、過ぎ去るサディアン区の景色をもう一度見渡す。

 そこにはもう、人の気配なんて殆どしない。かつて黒煙を上げていた工場の煙突は全てが息を止め、ここだけが写真で切り取られたように感じられた。地元の奴にとっては尚更だろう。背後でロックロックが拳を握りしめたことで革の手袋がギュウと締め付けられていた。

 

 

「イグナスさん。実は1つ、お話しなければならない事があります」

「どうした?」

 

 アーミヤが思いつめた表情で俺を見つめていた。駅に向かうまでの道中で話さなかったあたり、全員での情報共有の過程で発覚した事なんだろう。

 アーミヤはそうして視線を横に逸らす。そこには腕組みをしながら壁に寄りかかるWがいた。

 彼女は話を振られた事にイラつきながらも、ケルシーに先に依頼され別口で潜入していた最中サルカズ傭兵達が漏らしていた世間話の内容を語った。

 

「はあ。曰く、ここには()()がいるんですって、あたし達が来るずっと前から」

「・・・()()・・・」

「ハッ、おかしいわよね。殿下が選んだ人はここに居るってのに。テレシスの奴、摂政王とか名乗ってるみたいだし調子づいてるのかしら? だとしたら滑稽よね、あの辛気臭い面の上に見た目だけの王冠のっけてる姿が見てみたいわ」

 

 相変わらずWはテレシスの事が大嫌いらしい。だが厭味ったらしく吐き捨てた言葉とは裏腹にその顔はどこか強がっているように見える。

 

「本当にそれだけか?」

 

 現に、イグナスの問いでその仮面は簡単に剥がれかける。質問に答えるでも生意気な態度で罵るでもなく、息を止めじとりとした視線を返す。それだけでWの胸中は伺い知れた。

 

「・・・何言ってるの?」

「何か心配事がある、そうじゃないのか?」

 

 互いにその真意を暴こうとして、結局目を先に逸らしたのはWの方だった。

 

「別に。ありえないわよ、あんな話」

 

 そう零す彼女。ありえないというより、その顔にはあって欲しくないという願いが透けて見えた。

 

 

 まあ、おそらくあの事だろう。

 原作でもこの直後だっただろうか。死んだはずの彼女、テレジアらしき人物と彼女らは再会する。

 

 彼女の素性については俺ですらあまり分からない。本当に彼女が死という不可逆な縛りから解き放たれ復活を果たしたのか、はたまたあのテレシスとその側近である聴罪師の企みによって彼女と同じ姿をしただけの誰かが生み出されたのか。その真相が明かされる前に俺は死んだ。

 

 

 そしてどうやらここで運命の邂逅を果たすことは避けられないらしい。

 俺の知る知識とほぼ同じように、列車に乗る俺達から遠のいていく駅の一画、そこに()()の姿が見えた。

 

 血と鉄が目立つこの戦場で、その白い装いと桃白の髪は穢れを知らぬ花のようだ。どこか光り輝いて見えるその花弁の奥に、タルラと同じ朝日のような瞳があった。

 

 それを目にしたアーミヤとWが言葉を失う。

 

「テレジア、さん・・・」

「・・・殿下・・・」

 

 その瞳はかつての面影のままそこにいる彼女を映していた。

 過去に引き留められた彼女らをよそに彼我の距離は開いていく。既に列車は煙を上げ、その車輪を回している。まるで時が止まったような、絵画のように感じられる光景を置き去りにして、前側の車両で自救軍の彼らが上げる歓声が汽笛の音を掻き消していた。

 

 だがその2人はそんな喧騒すらも聞き取れてはいなかった。遠のく陽だまりの彼女に心を奪われたまま、その距離は開いていく。

 そしてそんな彼女らの傍らで、俺もまたそのサルカズの女性を見つめていた。

 

 

 

 

(今なら、視れるかもしれない)

 

 

 今この瞬間ならば、彼女の魂を垣間見る事が出来る。

 

 思えば、俺は彼女について知らなすぎる。

 ロドスの前身であるバベルの中心人物であり、アーミヤとWが慕うサルカズの女性。そしてとある事件を経て、既に亡くなった故人。俺が知るのはこれくらいだ。

 

 そんな彼女の死にはどうやら記憶を失う前のドクターが関与しているらしい。バベルが崩壊するきっかけとなった事件にて、作戦遂行の為エリートオペレーター含む殆どの戦闘員がカズデルへと向かっていた中、テレジアとドクター、そして偶々居合わせた幼いアーミヤがロドス艦内の指令室に残り、そしてそこをテレシスの暗殺者が襲撃した。

 クロージャの設計した内装やロドス艦に元々あった防衛システムは並大抵のものではなく、そうやすやすと侵入はできなかったはずでおそらく裏切り者がいたのだろうという話だった。そうなった時、その作戦を立案した当時のドクターが疑われるのは当然だった。Wも最初はそう考えて俺達を利用しロドスに接触しようとしていたわけで。同じくバベルの中心人物であったケルシーにとってもその喪失はまだ受け入れがたいものがあるようで、未だにドクターに対し一握の疑念を抱いている。

 

 もしそれが本当だったとして、何故当時のドクターがそんな事を計画したのか。暗殺された彼女が死の間際にアーミヤを継承者としたのは何故か。

 

 そして今、どうしてかつての敵であるテレシスとともに俺達とは敵対する立場に身を置いているのか。

 

 

 自分が終ぞ知ることのできなかった彼女ら双子のサルカズの思惑を明らかにできるかもしれない。だとすれば、もっとよりよい結末を迎えられるかもしれない。

 

 アーツを使い移り変わった視界に彼女の透き通った魂が映る。

 遠ざかっていくそれを覗けるのは極僅か、断片的なものになるだろう。

 

 彼女がこちらを見ている。だがその瞳はアーミヤへと向けられているように感じた。

 敵であるはずの彼女に慈愛すら浮かべるその表情に違和感を覚えつつも、その光り輝く魂に触れる。押し寄せてくる膨大な記憶の渦に意識を持っていかれないよう、目を凝らしながらそれを受け止めた。

 

 

―過去の残滓が、目の前を通り過ぎていく。

 

『戴冠せよ、テレジア。私の剣が道を切り開く。我らに方向を指し示すのは、そなたの役目だ』

『ええ、わかったわ。テレシス、私はここで全てのサルカズに宣言するわ』

 

『我らは永遠に平等である』

 

 三国連合によるカズデル侵攻を撃退したその2人は、積み重なった屍と墓標の如く立てられた武器に囲まれながら向き合った。

 先代魔王、イレーシュが没したその場所で双子は王冠に認められ、その片割れは魔王を継承しサルカズの平穏な明日を誓った。

 

 他国を撃退した六英雄、そして魔王という名を背負い彼女らは再び荒野を旅した。散り散りになったサルカズの同胞達を集め、カズデルを移動都市として再建した。

 そしてテレシスはカズデルの意思決定機関としてカズデル軍事委員会をまとめ上げ、テレジアは種族や国家の垣根を越えて飢餓や病気の問題を解決するための組織バベルを作り上げた。

 

 それからの日々はまるで春の訪れを待つ冬のようだった。流れていく、厳しくも温かい月日。

 だが。

 

『魔王殿下、良い報せがあります。勝ちました、俺達はリターニア人に勝ったんです!』

 

 謁見の間で、暗い1人のサルカズが跪いたままテレジアを見上げている。ブレイク、と頻りにとうに亡くなった息子の名を呼ぶ彼はリターニアによるカズデル侵攻の時部隊を率いて戦った兵士の1人だ。

 彼はバベルの医療キャンプに武器を持ち込み、バベル所属のリターニア人を殺害した。テレシスに命じられ連れていかれる彼は、最後まで自分が何をしたのか理解していないようだった。彼は最後まで悪意を持っていなかった。ただサルカズの敵を、あの巫王の手先たるキャプリニーを討ち取ったのだと誇らしげにテレジアへ奏じただけだった。

 

 ほんの僅かな一滴の滴が、波を生みその周囲へと伝播する。それは数多の嘆きの呼び声となり再びカズデルを覆いつくした。

 子ども達に知識を授け未来を語るはずのバベルの教室も、その講義を聞く者すら立ち去り代わりに教師を暗殺しようとする刺客が扉を叩く事の方が多くなった。

 

 もはやこの地にはいられない。バベルに圧し掛かった人々の希望の重みが亀裂を広げ、解決手段は互いに距離を取る以外に無くなった。変わらないサルカズの苦境、その諸悪の根源とすらみなされかけたテレジアは故郷を離れる決意をし、友誼を結んだケルシーとともにロドス艦が発掘された遠いレム・ビリトンへと活動を移す。

 

 同じくサルカズの未来を願っていた双子は別たれ、それでも彼らはそれぞれのやり方でサルカズの未来を切り開こうとした。

 

 カズデルを離れたテレジアはその4年後、仲間となったケルシーとともに源石に一番詳しい人物を頼る事を決めた。

 そうして石棺から目覚めたのが旧文明の遺した科学者、記憶を失う前のドクターだ。その両手を取り、テレジアは彼と友誼を結んだ。目覚めたばかりの彼にとっても源石の現状は予想外のものだったようで、見識を広めるために彼はロドス艦を離れ旅に出た。それからしばらくして戻ってきた彼はコータスの幼女を連れていた。あれはおそらくアーミヤだろう。

 

 天涯孤独となった自分を救ってくれたと、恩人たるドクターを守るんだと言う。その小さな体躯を精一杯に伸ばして意気込むその娘と3人、彼女らは家族のような時間を過ごしながらも理想への歩みは留まることはなかった。

 

 種族に囚われず感染者を救う、そんな理想を現実にするための1つの柱。

 始まりの地であるカズデルを追われながらも、バベルという組織はいずれそんな大望を抱く人達の拠り所となるはずだったのだ。

 

 だがその未来はあまりにも遠かった。そして不運だったのは、テレシスの方がヴィクトリアでの内戦を通じて戦争と略奪でサルカズの未来を掴み取る計画を整えつつあったことだろう。

 そして彼らはついに対峙する。手を取り合う同胞ではなく、感染者とサルカズ、似ているが決して同じではないものの為に戦う敵として。

 

 そうしていくつもの抗争を経て、バベルは捨て置かれた故郷を再び取り戻す機会を得た。ロンディニウムでの傭兵業に戦力を割いている今ならば、サルカズの原点を取り戻しテレシスらカズデル軍事委員会の勢いを削ぐことができると。

 

―聞いたことのあるそれに、俺はこの記憶の旅の終わりが近づいている事を悟った。

 

 そうして多くの仲間達を見送ってロドス艦の中に残ったテレジアを、テレシスが仕向けた暗殺者が襲う。

 

 かつて同じ戦場を駆けた事もある同胞達が、サルカズの特徴である角や浅黒い肌、その身を証明する全てを削ってテレジアの前に現れる。敬愛していた魔王を騙し討つその卑劣さに、歴史に決して刻まれないようにと。彼女へと刃を振るう刺客達からは深い後悔と懺悔が感じられた。

 彼らを1人屠る度、その身に深い切傷が走った。

 黒いその装束を赤く染める度、彼女を支えていた何かが崩れていくのを感じた。

 

 

 そうして全ての刺客を切り伏せて、最後に残っていたのは()()()()()()()()だった。

 

『ねえドクター、これがあなたの答えなのね?』

 

 そう問いかける彼女の声は、裏切られた事に対する恨みや憎しみよりも深い悲しみに包まれていた。

 

『魔王に記憶を見られた以上、これ以上話しても意味はない』

 

 そして、こんな惨状を引き起こしたドクターもそれは同じだった。

 

『恨むか?』

 

 テレジアはその問いに、何も答える事が出来なかった。

 当然、恨むだろう。だがそれは彼女を裏切ったからではない。これから先、彼は残されたアーミヤやケルシー達とどう向き合うつもりなのだろう。残された人達に待ち受けるだろう悲痛な決裂こそを、彼女は嘆いていた。

 

『源石計画には、想像を絶するほどの莫大な生命と時間を費やした。やっと手に入れたチャンスを放棄する事など、自分にはできない。君が見つけた()()()()()()()()、あれを、認めることはできないんだ』

『じゃあ、遠くない未来に私達の全てが不変の源石と化すのが定めだと? アーミヤ達は、鉱石病に苛まれながら苦しみ生きることが私達のあるべき姿なの?』

『・・・ああ、そうだ』

 

 絞り出すようにドクターはその未来を肯定した。

 だがその言葉を受けてテレジアは

 

『ふふ、嘘ね』

『・・・なにが』

『だってあなたは、例え源石にこの大地が覆われるとしても、アーミヤ達を救いたいと願っているもの』

『・・・結末は変えられない。変えられないからこそ、たとえ無駄だとしても、今この時を生きる彼女らの苦しみを見過ごすことはできない。これからは彼女達が別の生き方を見つけられるようにするつもりだ。テレシスにも条件付きで彼女らの命が脅かされないよう約束をしている。必要なのは、君の命だけだ』

 

 それを聞いて、テレジアの胸中に浮かんだのは安堵だった。

 

 テレジアはドクターの顔に手を伸ばす。普段は誰もその下に触れさせない彼だったが、彼の中の深い悲しみがテレジアから逃れるのを拒んでいた。

 

 その泣き腫れた顔をそっと両手で包み、テレジアは微笑んだ。

 

『本当のあなたを見つけて』

 

 そうしてテレジアはドクターの、ドクターを構成していた記憶の布を切り裂き糸を解いていく。

 目の前の困った人を見捨てられない、そんな優しい彼を縛り付ける旧文明の鎖を一本一本と丁寧に抜き去っていく。

 

『最後にもう一度この名で呼ばせて、()()()()

 

 そして、血に濡れた手が彼の手を取った。

 視線を上げた先、そこにはドクターの顔がある。それはかつて、彼と初めて出会った時と同じようで。こちらを苦しそうに見つめる彼だけが違っていた。

 記憶に囚われた彼。その縛りを解き魂を浄化した彼女は、辺りを見渡す。

 

 

―記憶が混ざり合い、彼女と自分の間の境界線が薄れていく。

 

 

 ドクターも倒れ、立っている者は()()1人だ。この部屋は自分が斬り捨てた名を捨てた暗殺者達の亡骸ばかりで、白い床に鮮やかな赤が広がっていく。

 それはどうやら自分も同じらしい。なんだか体が重くて落ちた視界には自分を中心に広がっていく血の池があった。

 

 それを無視して足を進める。その先にはさっきまで絵本を読み聞かせていたコータスの幼女が目を閉じて立ち尽くしていた。自分がかけたアーツで何も分からなかっただろうに、ちゃんとお利口にじっと待ってくれていたのだ。

 その目をスッと覆って帳を外す。視界が晴れてこちらを見上げる彼女をそっと抱きしめる。多分、これが最後になるだろうから。それに周りの光景は今の彼女には少し刺激が強すぎるだろう。

 

『ちょっと、疲れちゃったわ。あの王冠を持っていると本当に疲れるの。疲れたら休まないとね、アーミヤ』

 

 アーミヤと目を合わせる。状況を把握できていない彼女は夢半ばにこちらを見上げている。

 

『いつの日か、この大地の1人1人を、安らかな眠りに就かせてあげられるかも、なんて考えていたの』

 

 ごめんね、と。そう口にしながら、この手に現れた()()()()()()をそっとその娘の胸に突き刺した。アーミヤが呻く声が聞こえる。

 痛かったのだろう、当然だ。それにこれは魔王の王冠を引き継いでいる。そこに込められたサルカズという種族の迫害の歴史と怨嗟の奔流は幼子の精神を蹂躙してあまりある。

 

 それでも、彼女ならできると信じている。私が語り聞かせた御伽噺、救いようがないその最後に温かい結末を望んだ優しく強い幼子。そんな彼女なら、この王冠はきっと呪いを継ぐのとは別の使い道を見つけ出せる。

 こんなやり方で、こんなに早く運命を背負わせてしまって本当にごめんなさい。

 せめて彼女が育つまで、この大地の悪辣さに抗えるようになるまでは助けになるように。そう願って指輪を贈る。それが王冠から流れ込む悪意を抑え込んでくれるだろう。

 

 どうやらアーミヤは眠ってしまったようだ。やけに顔が近いと思ったけど、自分がもう立っていられなかったみたいね。

 

 冷たい床に寝転がる。冷房の効いたこの部屋は今の自分にはやけに冷たい。腕の中で眠るアーミヤの体温だけが、そこに生きているのだと実感させてくれた。

 横倒しになった視界の先に、同じく床に伏せる彼の姿があった。そんな彼に手を伸ばす。

 

『ドクター、あなたならもう一度答えを見つけられると信じてるわ。本当のあなたが出す答えは、きっと、熱い涙が目に溢れるものになるから』

 

 扉が強引に開かれ息を切らしたケルシーがやってくる。後悔と絶望に苛まれた顔で自分を見つめていた。

 ごめんなさい、ケルシー。永く生きてきた貴女を置いていってしまって。それでも大丈夫。きっとこのロドスが、貴女の家になってくれるわ。

 そんな彼女に短いお別れを言って、そして閉じる瞼が視界を黒く塗りつぶした。

 

(ドクター、アーミヤ、ケルシー。私達の放浪は、もうすぐ終わるわ)

 

 もう、何も聞こえない。自分が声を発せているかも定かじゃない。

 何も見えない暗闇の中、それでも私は祈る。

 

(信じているから)

 

 

 

 これが、テレジア(自分)の歩んだ人生の一端。

 苦難と温かさと冷たさに満ちた、波乱の道。

 

 

 なんだ、これは。

 

 どうして、だってこんなのは、あんまりだ。

 

 

 あまりに・・・

 

 

「・・・・グナス。イグナス!」

 

 耳元で大声で話しかけられ、ようやく彼女の夢から意識が浮かび上がる。深く入り込み過ぎたようで自分が誰で今どこにいるのかも一瞬分からなかった。

 

「タル、ラ?」

「どうしたイグナス、何を見た?」

 

 そうだ、俺はイグナスだ。テレジアじゃない。

 

 頻りに俺の名を呼ぶタルラは俺を見て一度動きを止めた。信じられないものでも見たような顔だ。

 だがやがて立ち直った彼女は懐から何かを取り出し、その掌で俺の頬を包み込んだ。

 

「急に何だよ?」

 

 なんだってこんな事をしているんだか。唐突な行動に面食らう俺を見てタルラは愁眉を浮かべていた。

 

「そんな顔をされては、こうする以外にないではないか」

「何を」

 

 訳が分からなかった。いいから恥ずかしいからやめろと言いかけて、上げかけた手の甲に水滴が落ちた。雨なんて降っていない。曇天を見上げた俺はようやく、それらが自分の眦から流れ出ている事を悟った。

 

 一度自覚した涙とともに流れ込んできた彼女の記憶が頭の中に溢れる。

 タルラの掌ごとハンカチを抑え込んでも、涙が止まることはなかった。

 

 彼女の過去。双子だけの戴冠の瞬間。散った同胞を訪ねる旅路。かつての敵と友人になり、その手を引いてバベルを作り上げた忙しない日々。故郷を追われ、それでも異郷の地でドクターの手を取った時の冷たさ。アーミヤに読み聞かせた絵本の結末。

 

 

 彼女の、テレジアの想いを知ってしまった。

 ドクターに遺したもの。アーミヤへ継いだ思い。それらがこの魂に直接流れ込んできた。

 

 

 なんて、悲しかったのだろう。

 どれだけ、無念だっただろうか。

 それでも彼女は、最後まで可能性を信じ抜いた。

 

 

 なら俺がするべき事はなんだ。

 

 

 ようやく涙を拭い終えた俺は、心配そうにこちらを見つめるタルラ達にもう大丈夫だと言った。

 その目は既に後ろではなく、車両の向かう先へと向いている。

 

 これまで覚悟していなかった訳じゃない。

 それでも、俺の願いには誰かの遺した祈りが織り交ぜられているのだと改めて思い知らされた。

 

「確かめないといけない事ができた」

 

 果ての王宮を見据えながら、俺は()()()()()()()()を想った。

 

 

 

 

 

(今、彼の心が私と触れ合った)

 

 それは魔王の前継承者としての直感だった。

 ついさっき、あの娘の近くにいた見知らぬ彼が私の心を覗き見たのだと。

 

 だがそれを口にはしない。すれば周りの彼らを動揺させるだけだ。

 しかし驚くべき事だと思う。魔王に似たそのアーツ、そこまで考えて彼が軍事委員会で話題に挙がっていた()()()と呼ばれる存在なのだと思い当たった。

 

(なんて、優しくて、甘いのかしら)

 

 彼が私の心に触れた時、彼からもその記憶が僅かに流れ込んできた。

 他者に向ける慈愛や羨望。幸せであれと願う切なる思い。それらに満ちた、人を温かく照らす篝火のような生き様。

 

 鏡写しのようなその彼もまた、人の可能性を信じていた。

 

 サイクロプスの予言を覆す異端の存在。

 そんな彼ならば、あるいは。

 

「殿下! ご無事ですか?」

 

 そこまで考えたところで、自分を呼ぶ懐かしい声が聞こえた。

 振り返れば、そこにはすっかり大人になったあの時の少年がいた。まだ私がカズデルを離れる前から私とテレシスを慕ってくれていた聡明な少年。事あるごとに姉弟子であるアスカロンと喧嘩をしていた少年。

 私が目覚めてからはあの時よりも余所余所しい態度を取られていたが、今はどこかあの時の面影を感じる。

 

「マンフレッド。ええ、流石に遅れちゃったわね」

「・・・殿下はあの者らとまたお会いになりたいのですか?」

 

 その顔には私を止めたいと文字で書いてあるようだった。ほら、考えが素直に顔に出るのも昔のようだ。

 

 会いたい、か。そうだ、そうに決まっている。

 あの日、あの娘に託してしまったもの。彼から奪ったもの。気にかかることはたくさんある。それでも、ここであの娘達を追うのは間違っている。今はただ、無事に成長したその姿を見られただけ良しとするべきだ。自分はもはや、彼女達の仲間ではないのだから。

 

 それに私達の道はいずれ混ざり合う。

 たとえ、その先に片方の道しか続いていなかったとしても。

 

「殿下、こちらを」

 

 何故かマンフレッドがハンカチを差し出してくる。シルクでできたそれは肌触りもよくかなり上質な物だろう。

 それを渡したきり、彼は私に背を向け部下を引き上げさせた。

 

 1人ポツンと残された私は、ようやく自分の頬を伝うそれに気づく。

 

「・・・涙なんて、いつぶりかしら」

 

 一筋の光の線が、あまりにも眩しくて。それが自分から漏れ出たものと信じられなかった。

 つい珍しくて、それを拭うのを躊躇ってしまう。

 

 そして迎えに来たマンフレッドの足音が聞こえるまで、私は涙の跡を残しながら点になりつつある列車の後ろ姿を見送った。




毎度、自分の拙い趣味全開の当小説を読んでいただきありがとうございます。
皆さんの感想、日々励みになっています。

この作品を読んでくださっている方には様々な方がいるとは思います。
アークナイツをプレイしている頭脳派ドクター、脳筋派ドクター。ストーリーを深く読み込んでいる方や逆にゲームが面白くてストーリーは読み飛ばしながら進めている方。アークナイツをアニメから知った方、さらにはそもそもアークナイツをこの作品を読んで初めて知った方。

そんな皆様に改めてお伝えしたいのは、アークナイツは極めて緻密に作りこまれた作品だという事です。その重厚さゆえ、始まりは万人受けしづらく新規の方をお迎えする機会に中々恵まれないと聞いています。だからこそ、先輩ドクター達はその狭い門を通り抜けてくれた新人の方々を優しく導き、気付けば抜け出せない推しの沼へと引きずり込もうと虎視眈々と狙っているのです。ほんとリアルでドクター見つけるの難しい。

その中でも、14章並びに「バベル」は作品の根幹に繋がる章だと思います。当然、実際に読んだことのない方には難解でしょう。素人の私の表現力ではこれらの章で語られる彼ら彼女らの想いを十分に書き出せているとはとても思えません。

それでも、その中心となった1人のサルカズの女性。テレジアが抱き続けた願いの一欠片でも皆様に伝わればいいなと思います。
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