明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第五十九話 孤独な彼女

ハイベリー区 

 

 カンバーランド邸にて中央区攻略の糸口を掴んだドクター達。

 その前段階としてサルカズの機密補給路を見つけ出すべく、ドクターはハイベリー区出身であるフェイスト含む少数を率いて兵器製造の工場へと向かっていた。

 

 行く道中、忙しない様子の彼にドクターが声を掛ける。

 フェイストはらしくもなく大きなため息を吐いていた。

 

「はあ、気が重いぜ」

「どうした? 君らしくも無い」

 

 社交性の塊のような彼がその耳を萎ませげんなりとしている。

 フェイストはドクターの気遣いに礼を言いつつも、やや気まずげに目的の方角を見る。

 

「今から行く工場の管理者、誰だと思う?」

「その反応から見るに、師匠かあるいは親類か?」

「正解。ばあちゃん、会って早々レンチを投げつけてきたりしないよな?」

「喧嘩別れか?」

 

 ドクターの推測にフェイストは目を逸らして俯く。

 

「それだったらまだ良かったよ。喧嘩すら出来ずに出て行っちまったから」

 

 フェイストは自救軍に加わるまでの話をドクターにした。

 

 ハイベリー区のとある工場で働いていた事。祖母がその工場の監督者で、師匠だった事。サルカズによる占領から間もなくして工場にもその魔の手が及び、祖母がそれを容易く受け入れた事。そんな現状をどうにかしたくて、工場の同僚数人を連れて自救軍に入った事。

 

「今だからこそばあちゃんの気持ちは分かる。もし下手に抵抗してたら工場の従業員が見せしめに殺されてた。それを防ぎたくて、ばあちゃんはあの要求を飲んだんだって」

 

 それでも。フェイストは生まれ育った工場に背を向けたあの日の事を忘れない。

 工場の掲揚台からヴィクトリアの国旗が降ろされ、サルカズの紋章が刻まれた旗が揚がった時の祖母の表情は今でも鮮明に思い出せる。

 

 きっと、悔しかったはずだ。

 自分にとってそうだったように。あの工場は間違いなく祖母の家であり、魂そのものだった。それを理不尽に踏みにじられたのだ。

 

 だからこそ。フェイストはドクターから作戦の概要を告げられクロヴィシアから案内役を頼まれた時、それに力強く頷いた。

 

 今の自救軍は強い。あの十王庭だって撃退した。これならば、ヴィクトリアを取り返すついでにあの工場だって取り戻せる。そんな希望を胸に、フェイストはドクターと道を同じくしているのだ。

 

「なら、そんなに背を丸めていないでシャンとするんだな」

「それとこれとは別なんだよぉ・・・怒ると怖いんだよな、ばあちゃん」

 

 ここにロックロックがいなくてよかった。心底そう思ったフェイストであった。

 

 

 

 

 

ハイベリー区 工場

 

 

 工場へと忍び込み、目的の人物に会う事は出来た。

 彼の祖母、キャサリンは最初こそ帰ってきた孫とその横の不審者に厳しい目を向けていた。だが自救軍の部隊長として自分なりの覚悟を語る孫の姿に折れたのか、工場の一角へと彼らを連れ出しサルカズ傭兵から匿ったうえ、付近一帯の製造・輸送している物資の一覧を渡した。

 

 そして怪しまれないよう、キャサリンを名指ししたサルカズ傭兵の元へ従順に向かう彼女は最後にドクターへ孫の事を託した。

 

「よしドクター、これであのサルカズの連中に一泡吹かせられるってわけか?」

「・・・」

 

 喜色を浮かべるフェイストに対し、ドクターは思案顔だった。

 

 ドクターは彼女の去り際の表情が引っ掛かる。それを誰かと似ていると思った。

 そして記憶をさらったところ、その面影はアラデルと似ていたと気づいた。

 

 この地に向かう前。公爵邸の庭園で見せた、全てを諦めたような柔らかい微笑み。

 それが意味するものを考えていたところ、2人は工場の様子がおかしい事に気付いた。

 

 

 見れば工員の一部が大きな工具を手にして息巻いている。

 彼らの鬼気迫る様子に何事かとフェイストが声を掛けた。

 

「どうしたんだよ皆んな?」

「! フェイストか。キャサリンから貰うもんは貰ったな?」

「あ、ああ」

「ならさっさといるべき場所に戻れ。俺達はこれからキャサリンの救出に向かう」

「どういうことだよ?!」

 

 キャサリンを殺すということはここら一帯の工場の遅滞に繋がる。だからこそサルカズは容易に工員に手出しはしないだろうという話だったが、事態は想定よりも悪い方向へ進んでいた。

 

 先程キャサリンを呼んだ傭兵達は各工場の監督者を一箇所に集めているらしい。彼らを態々仕事場から引き離す理由はそうない。あるとすれば、口封じくらいだろう。

 

 比較的年配の工員達は、その僅かな勢力でサルカズ傭兵達に立ち向かうと言う。

 はっきり言って自殺に近い。彼らと違ってサルカズは本物の戦争屋だ。工員が工具を握りしめて立ち向かったところで太刀打ちできる相手ではない。

 

 

「お前達は若い。俺達は歳を取り過ぎた。これ以上見知った奴らの死を黙って見過ごすくらいなら、俺達は死を選ぶ」

 

 フェイストは止めようとするが、既に彼らの心は決まっていた。

 もはやフェイストの静止の声も届かず、決死の覚悟を浮かべ工場の出口へと揃って歩く彼ら。

 

 

「・・・ドクター」

 

 フェイストは、そんな彼らの背中から目を逸らさず言った。

 

「ヴィクトリアの工員はどいつも腕が良い」

「そうだな」

「加えて、処刑場に集められてるのは全員が工場の監督者。つまりベテランだ」

 

 フェイストは一点を凝視したまま動かない。そんな事に気を使えないほどに集中して言葉を絞り出していた。

 

「彼らの技術は継承が難しい類のもので、その中にはヴィクトリアの武装開発やその製造に携わった人達もいる」

「・・・何が言いたい?」

 

 ドクターは問う。その脈絡の無い言葉の羅列に隠された彼の思いを知りながら、敢えてそれを口に出させた。

 

「この情報を自救軍に持ち帰るより先に、処刑場から1人でも多くの人達を救いだして自救軍に連れ帰る。それは今後の自救軍の活動に必ずプラスになる。・・・と思う」

 

 最後がちょっと締まらない。自信が無いのか伺うように提案するフェイスト。

 ドクターはその様子に少しため息を吐くも、すぐに持ち直した。

 

「そうまで言わなくても、君が一言助けに行きたいと言えば喜んで手を貸した。だが、君は感情だけではなくその行為が今後多くの人を救う可能性を提示した」

「じゃあ!」

「ああ」

 

 工員達がフェイストの歓声に足を止め振り返る。

 ドクターは傍らのフロストノヴァを見た。彼女は既に無線機を起動していて、二言命令を出せばすぐに彼らは来た。

 

 工場の巨大な扉に並ぶ、揃いの白い外套。仄かに流れ込む冷気が機械の熱で満たされていた工場を塗り替えていく。

 フェイスト含めハイベリー区の工員達は冬が来訪したかのように錯覚する。

 

「行くぞ、勇気あるロンディニウムの市民達」

 

 静まりかえった彼らの前、白髪のコータスが彼らを先導する。

 遠く離れたウルサスの地にて、雪の悪魔と呼ばれた仲間を伴って彼女は命じた。

 

「家族を守れ」

 

 

 

 

 

 

 

 細い鉄骨で組まれた簡易的な断頭台。その光景を見て、キャサリンは26年前のあの日を思い出す。

 

 ロンディニウムから王がいなくなった日。その処刑の瞬間、多くの人々の喝采が広場を覆いつくしていた。

 国民を苦しめる老いた獅子、アリステアⅡ世。彼の死を以てヴィクトリアは生まれ変わるのだと、彼らは本気でそう信じていた。

 

 だが、キャサリンはそんな事端から考えていなかった。

 あるのは自分が受け継いできた工場が今後どうなるのか。そんな未来への不安だけだった。

 

 そしてその不安は最悪の形で的中した。フェイストの父であり、自分の息子。ハーピーは工場の閉鎖を命じてきた貴族に抗議しに行って、次の日には連れ添った工場の仲間41人諸共死体になっていた。ちょうど、今のフェイストと同じくらいの歳だった。

 

 その亡骸を前にして、誰もが息子は理想の為に戦ったんだと慰めた。両手の数じゃ足りないくらいそう言われて、そして生まれたばかりの孫を置いて義娘が出ていった時、その言葉の悍ましさに気付いた。

 

『理想の為の犠牲は崇高だ、とでも言うつもりかい?』

 

 先程フェイストとドクターへ向けた言葉は紛れもない本心だった。

 

 ああ、確かに誇らしい事なんだろう。

 だがどれだけ尊いものだろうが、死んでしまっては何も感じることはできない。残されるのは、ついていかなかった者達と、人がいなくなったもぬけの殻の工場だけ。

 

 そしてついさっきまで、自分が守ってきた工場は中心だった人物が殆ど抜けた状態で、あの頃の工場のまま、ヴィクトリアを守護する蒸気甲冑ではなくサルカズが戦争に使うであろう用途不明の部品ばかりを造り続けていた。

 1人でも多くの敵、きっとその中にはサルカズも含まれていたであろう、を打ち倒すために槌を振るい続けた自分は、こうして用済みとなり処刑されようとしている。

 因果応報。自分には似合いの末路だ。それにこれで他の何も知らない工員達の首の皮が繋がる。こんな老いぼれ達の命で、工場の未来ある鼻垂れ小僧達を救えるのならそれでいい。

 

(義理だとか信念だとか。そんな綺麗なだけのもののために、死んでしまう事はない)

 

 どうやらそれは処刑を待つ他の連中も同様らしかった。皆一様に諦めと安堵を顔に浮かべ階段を上っていく。

 

 とうとう自分の番が来た。両手を後ろ手で縛られ跪くキャサリンの前に、2人のサルカズが立つ。

 

 

 1人は典型的なサルカズの傭兵といった風貌だ。周囲の様子からも彼がここの部隊長だろう。だがもう1人、パプリカという赤毛の混じったサルカズの少女が手に持った武器を震わせる。

 もう1人のサルカズ曰く、彼女は人を殺したことが無いという。

 

 そんな彼女へ、その隊長は自ら手を下せと迫った。

 

(当たり前さね。この歳で、そんな経験をする方が間違っている)

 

 もうすぐ、自分は処刑されるだろう。だがここに来て恨みは湧いてこない。サルカズへの恨みなんてものも端から無い。精々、後に残した孫が気がかりなくらいだ。

 

 あの子は本当に父親に似ている。無鉄砲なところも、少しだけ知恵が回るところも。周囲の誰かを引っ張って、大きな流れを作り出す力があの子にはある。

 

 パプリカと目が合う。そこには色々な感情が浮かんでは混ざり合う。それはもはや1つ1つを推し量れないほどに混沌としていた。

 

 

(サルカズってやつは、どうしてこうなっちまったんだろうね)

 

 

 傭兵の1人は言っていた。お前達が選択肢を与えなかったのだと。

 

 ヴィクトリアの工員の1人として、武器だけじゃない、蒸気甲冑の製造にも関わったことはある。槌とライン、あの工場が奏でる美しい音色に心躍らせていた時も、心のどこかで引っ掛かっていた。

 

 自分は、人を殺す兵器を造っているのだと。

 

 だがそれでも、戦場なんてものを知らずにいれた自分はまだマシだ。彼らは戦場を渡り歩き、命の遣り取りをしてきたのだから。

 

 若くして殺し殺され、命を賭けた生活に身を浸らせる。

 そんな事は異常だ。あってはならない。武器を造り続けたキャサリンが言えたことではないだろうが、それでもそれは人として生きるために必要な良識だった。

 

 なら、こうやって平然と自分達を処刑する彼らは人ではないのか。

 こうして命を奪う事に躊躇いを見せる彼女は、人ではない()()なのか。

 

 

「うちは・・・」

「やれ」

「でも」

「やれと言ってるだろう!」

 

 パプリカの持つ安物のナイフの先が震える。

 

「・・・できないっす!」

 

 その叫びに、サルカズの傭兵隊長は失望を露にした。

 

「だから言ったんだ。グリンはお前を甘やかしすぎだってな」

 

 彼は武器を下ろしたパプリカに向かって剣を振り上げた。

 それに身を竦ませるパプリカ。

 

「隊長!」

 

 刃を振り下ろす直前。呼び声に反応し手を止める。

 振り向いた先、処刑場と化した広場へと続く角から異変は生じた。

 

 辺り一帯に、白く靄がかかっていく。

 それに伴って漂う冷気にサルカズの1人が身震いをした。

 

 処刑人達の騒めきも次第に静まり、複数の靴音が澄んだ大気を通り過ぎていく。

 

「何者だ?」

「ここは今取り込み中だ。首を飛ばされたくなけりゃ尻尾撒いて逃げな」

 

 そんな脅しすら意に介さず、侵入者は悠然とその歩を進める。

 控えていたサルカズが一斉に武器を構える。

 

 多勢に無勢。そんな中放たれた侵入者の声は、それを感じさせない程力強かった。

 

「まず言っておく。この場で敵対の意思が無い者は速やかに武器を手放せ」

「なんだと?」

 

 言って彼女、フロストノヴァは手を掲げる。

 

「忠告はした」

 

 次の瞬間。これまでとは比べ物にならない冷気が広場を覆う。

 まるで這うような冷たい風が通り過ぎたと思えば、武器を構えていたサルカズが一様に激しい熱さを感じ得物を取りこぼす。

 

 痛みに蹲る彼らの武器と手が、いつの間にか霜に覆われていた。足元も分厚い氷に覆われていて身動きすらできない者もいる。

 今の一撃を受けて無事なのは、処刑を待つ工員達の近くにいた数人だけだ。

 

「狙いはこいつらだ。人質にしろ!」

 

 傭兵の部隊長が壇上から声を張り上げる。一気に戦力を削られ退避も不可能。そんな状況を打破するには的確な指示だった。

 

 だが無事だった数人が人質の元へ走る中、新たな侵入者がジップラインの音をたて壇上へと飛び出る。

 複数の人影はサルカズの一団を飛び越え、一列に跪くベテラン工員達を背にして立ちふさがった。

 

 

「あんた・・・」

 

 キャサリンの呟きに新たな侵入者、フェイストはほんの一瞬振り返りすぐさま電動ドリルを構え直した。

 

「助けに来たぜ。ばあちゃん」

 

 呆然とする彼らを置いて、サルカズが次々と倒れていく。

 スノーデビル小隊と反旗を翻した工員達によって処刑場を取り囲んでいたサルカズは撃退され、それでもアーツを使って反撃しようとした者は全員フロストノヴァに氷漬けにされた。

 

 静まり返った処刑場で、ようやく事態を呑み込んだキャサリンは孫に厳しい視線を送る。

 

「何で助けた? これで奴らも黙っちゃいない。老いぼれ数人の命が、工場の従業員全員よりも重いわけないだろう?」

「いいや。結局、遅いか早いかの違いだよ」

 

 それに対し、今度こそフェイストは胸を張って答えた。

 

「ドクターが言ってた。こうやってなりふり構わなくなってきたサルカズが、次は何をするか。確かに数日は安泰だろうさ。でもいつか奴らにとっての俺達の価値はそこらのボルト1本よりも軽くなる。そんな風に生き永らえる数日よりも、ばあちゃん達の命が軽いなんて思う奴はここにはいないよ」

「・・・」

「無事の再会を祝いたいだろうが、すぐにここを出よう」

 

 敵勢力が沈黙し縛られていた工員の縄を解いたところでドクターは話を切り上げた。

 

 非武装の工員の秘密裏の処刑ということでこちらに回されたサルカズの量はそこまで多くない。スノーデビル小隊の協力もあり外部との連絡員も鎮圧してある。だが今の騒ぎを聞きつけた増援が来ないとも限らないのだ。

 それにもう1つドクターには懸念があった。こうして事態は工場の責任者を始末しても構わない段階まで来ている。ならばサルカズはもう遠慮することはない。

 

「急ごう。アラデル達が危険だ」

 

 

 走る彼らは、その帰路で白煙が空に昇るのを見た。

 

 それからほどなくして。

 カンバーランド邸をブラッドブルードの大君とマンフレッド将軍が襲撃したとの一報がドクター達に届き、彼らはその足をさらに速めた。

 

 

 

 

自救軍 地下本部

 

 帰ってきたドクター達を迎えたのは、大量の呻き声だった。

 

 オークタリック区の地下迷宮。その通路を怪我人が埋め尽くしている。

 狭くなった通路脇を、応急処置ができる人間が忙しなく行き交う。そこには自救軍の後方支援班はもちろん、レユニオンのスカーフを腕に巻いた者もいた。

 止まらぬ出血を抑えていた包帯が赤く染まっていく。赤黒くなった包帯が取り換えられるたび、パイプが張り巡らされた地下道の鉄臭さが濃くなっていた。

 

 一足遅かった。そう悔いるドクター。立ち尽くす彼らをアーミヤが見つけ駆け寄っていく。

 

 

「ドクター! ご無事でなによりです」

 

 心底安堵した表情だが、その目には疲れが伺えた。

 

「アーミヤ。何があった?」

 

 こういった事態を想定してアーミヤをはじめタルラやシージ、Miseryやマンドラゴラを公爵邸に控えさせていたにも関わらず撤退せざるをえなかった。

 

 アーミヤは自身の力不足を悔いる。

 

「公爵邸に火を点けられたんです。そこをブラッドブルードの大君とマンフレッドのサルカズ軍に追撃されて、怪我人を庇いながら脱出するのが精一杯でした」

「いや、むしろ皆を連れ帰ってくれただけでもありがたい。君達の力が無ければあの場で全員が虐殺されていた」

 

 クロヴィシアがアーミヤを慰めるも、アーミヤの顔は晴れない。同じく迎撃に当たったタルラも、怪我人の様子を見て拳を握りしめていた。

 

 アーミヤが語った通り、襲撃は突然だった。

 気が付けば公爵邸の至る所で炎が噴きあがり、消火に人を回そうとしたところでアーミヤがブラッドブルードの大君の悍ましい気配を感じ取った。

 

 一度相対したとはいえ、ブラッドブルードの大君のアーツは規格外だった。常人であれば触れるだけで致死に至る血液のヴェールを広げ、あらゆるものを飲み干していく。公爵邸の屋上から眼下を見下ろす彼のアーツを、アーミヤはタルラと一緒に防いでいた。

 いつの間にか公爵邸を包囲していたマンフレッド率いるサルカズ軍をシージとMisery、マンドラゴラが協力して抑えていたものの、まわる火の手に対処するには人手が足りず撤退を決意。

 そしてMisery、タルラ、マンドラゴラの広範囲アーツを使ってようやく地下に逃げおおせたという状況だった。

 

 突如として現れたサルカズの軍勢、そこに引っ掛かるものがあったものの結論は出ずドクターは被害の規模を尋ねる。

 

「被害は?」

「幸い死者は出ていません。ですが最初の火災に巻き込まれた方と、撤退時に負傷した方は今も別室で治療を受けています。シージさんもそこです」

「案内してくれ」

 

 アーミヤに連れられ向かった先は、先程までとは違い静寂に包まれていた。

 その入り口で立ち尽くすシージにドクターは声を掛ける。幸い、目立つのは顔に貼ったガーゼくらいで軽傷だった。

 

「シージ。君も無事だったか」

「ああ。だが・・・」

 

 シージは負傷者が集められた一室へと視線を遣る。その中で、アラデルの白髪はよく目立っていた。

 

 彼女は誰かの前で跪き、懸命に包帯を巻いていた。体の半分を覆うほどの包帯で顔は判別できないが、その衣服を見れば庭園で見かけたアラデルの侍女長だと分かった。

 

 シージは悲痛な表情のままアラデルの背中を見つめている。

 そこに昨日出会った時の凛々しさはなく、今にも折れてしまいそうな細木のように見えた。

 

 

 シージは少し前にアラデルと2人きりで話す機会があった。以前の自分を知っている様子の彼女に話を聞こうと部屋を訪ねた時、中から小さな呻き声が聞こえてつい扉を叩いた。包帯を巻きなおしていた彼女を手伝う最中、自分が覚えていなかったアラデルとの出会いと、その後どのように過ごしていたかを聞いた。そして彼女が何を胸に抱き、そしてそれを少しずつ取り零していったかを知った。

 

 家の者が職を辞していき、あの侍女長と2人だけでこれまでやって来たこと。どれだけ苦境に見舞われようと手放すことができなかった、初代蒸気甲冑に語った密かな思い。公爵邸で過ごした幼少期の想い出。

 

 包帯を巻く布擦れの音と、不器用な2人のたどたどしい会話を1つのランプだけが見守っていた。そしてそれに照らされたアラデルの体が多くの古傷に覆われていたのをシージは見た。

 

 少し年上の、しかし自分を殿下と呼ぶ彼女の事を知って。シージは自分をヴィーナと呼ぶように言い、アラデルもまたそれを受け入れた。

 

 短い間ではあったが、シージはアラデルから色々な話を聞き、そして彼女を大切な仲間だと思った。それこそ、グラスゴーのように。

 それらを知っていて、仲間の大切なものを踏み躙られたこの惨状に憤らないはずがなかった。

 シージのハンマーがへし折れんばかりに握りしめられ、キリキリと音を放つ。

 

 粗方の処置が終わったのか、アラデルは立ち上がり部屋を出る。

 出口で見守っていたシージ達と目が合う。心配する彼女らにアラデルはなんてことないように頭を振った。

 

「大丈夫よ。Miseryさんとマンドラゴラ、それからアーミヤのおかげで一命は取り留めたわ」

 

 だが、すぐにその目を鋭くした。

 

「でも予断を許さない状況よ。それにここまであからさまに振舞ってきた以上、サルカズの開戦はすぐそこ。諸王の息を取り戻すための作戦、前倒ししたほうがいいかもしれないわね」

 

 もうすぐ雇った傭兵が到着する。そう言って彼らとの作戦共有へ向かう彼女。

 その背に、タルラは頭を下げた。

 

「すまなかった」

 

 突然のタルラの謝罪に、アラデルは振り向き目を丸くする。

 

「私がもっと早く気付いていれば」

「しょうがないわ。まさかここまで相手の動きが早かったなんて想像できなかったもの。むしろ貴女は真っ先に敵襲に気が付いて火が回るのを防いでくれたじゃない」

「それでもだ」

 

 頭を下げ続けるタルラにアラデルは困った顔をした。シージもそれに続いて火に包まれてしまった初代蒸気甲冑の事を切り出してしまい、いよいよアラデルは困り果てた。

 

「気にしないで。いつか手放さないとと思っていたの。そうならないようしてくれていたあなたたちには申し訳ないけど、人の命に替えられるものではないわ」

「だが」

「ヴィーナ。私達にはまだすべき事がある。そうでしょ?」

 

 言い募ろうとしたシージをアラデルは遮る。そしてその返事を聞かないまま通路の奥へと消えてしまった。

 

 扉の前で、沈痛な面持ちの一団が取り残される。

 

「シージさん。どうかアラデルさんの事を、助けてあげてください」

「アーミヤ?」

「きっと彼女は何か大きなものを背負っています。先程の彼女からは、深い悲しみと決意が伝わってきました。私達は今後、司令塔襲撃作戦の為離脱してしまいます。ですからどうか、作戦をともにするシージさんには、気にかけていて欲しいんです」

 

 アーミヤは悲痛な面持ちでシージに頼んだ。

 シージはアーミヤのように他人の感情を感じ取ることはできない。それでも、これまでともに過ごしてきて彼女の苦悩を推し量る事はできた。

 

「もちろんだ。彼女はもう、グラスゴーの一員。私が守るべき仲間なのだから」

 

 シージは奥へと消えてしまったアラデルを見つめる。だが彼女は一度もこちらを振り返ることはなく角を曲がってしまった。

 

 それから先。アラデルが手配した傭兵達が到着し「諸王の息」奪還の準備が整うまで、シージとアラデルが出会う事は無かった。

 

 

 

 

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