明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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スズランママ早く迎えたいよお(スズランいないけど)
親子3人の話とか書いてみたいよ夫妻の馴れ初めとか書いてみたいよ夫婦の幸せ子育て日記書いてみたいよスズランに源石爆弾入り人形が届いた時のスズランママの激情書いてみたいよスズランがロドスで逞しく成長している姿に涙するスズランママ書いてみたいよ

なお異格ラッピーについては秘書を異格テキサスにしたら配布10連で来ました。
君ホントにテキサス好きねえ!?




第六十一話 それぞれの戦い

 

オークタリッグ区 都市防衛軍司令本部

 

 

 煌びやかな建物が並ぶロンディニウムの街の中、都市防衛軍の司令本部は硝煙と血の匂いに包まれていた。

 

 イグナスやグラスゴーの面々以外のほぼ全員を投入した司令本部攻略戦。その戦況は現状やや劣勢だった。

 サルカズ側の戦力はブラッドブルードの大君に加え他のサルカズ軍の指揮を執るマンフレッド、そして士気は低いもののこちらからは攻撃しにくい都市防衛軍。

 数も質も今までで最大規模の衝突は、危うい均衡の上に成り立っていた。

 

 マンフレッドはロドス随一の暗殺者であるアスカロンが抑えている。

 それ以外の都市防衛軍の兵士とサルカズ軍には残ったほぼ全ての人員を。

 

 そしてこの場で最大の敵。 

 タルラとフロストノヴァ、そしてアーミヤが司令本部の屋上でブラッドブルードの大君に対峙する。

 

「この程度ですかコータス?」

 

 アーミヤが荒い呼吸を整える間、大君は悠然とその血を足場にして宙に浮いていた。

 見下す大君にタルラが剣先を突きつけ、勇敢に吼える。

 

「いつまで高みの見物をしているつもりだ? それとも怖れを為したか?」

「安い挑発には乗りませんよ。地へ降り立てばそこのもう1人のコータスとで攻め立てるのでしょう。それに」

 

 大君が指を振る。タルラはその意図に気付き業火を放つ。

 それはもう少しで都市防衛軍の兵士諸共呑み込もうとしていた血の波を焼き払った。

 その間にフロストノヴァの氷柱とアーミヤの黒雷が大君に放たれるも彼のアーツが行く手を遮りそれが届くことは無かった。

 

 タルラが舌打ちをする。

 対峙してから何度も、大君は先程のように失った血を補充しようと味方のはずの都市防衛軍の兵士達を襲っていた。3人は協力してそれを阻止していたがその度に連携は崩れ消耗が積み重なっていく。

 気にせずそのまま大君を追い詰めるという方法もあるにはある。だが均衡を崩そうと攻め立てる間に、ここまで消耗させてきた大君の血のリソースが回復されてしまう。

 

 それに、大君の奥で彼らの指揮官であるレト中佐が顔を青くしながら拳を握っていた。

 

 その苦悩の表情を見れば、助けないという選択肢はなかった。

 

「赤竜の末裔。あなたの業火は確かに祖先の血に恥じぬものでした。ですがその対処など私にすればどうということはありません」

 

 タルラはサディアン区での戦いを思い出す。

 あの場で使った()()()は今は使えそうにない。庇うべき仲間が多い上、前回の起動からまだ時間が経っておらず万全の状態で扱える状態ではない。また奥の手の起動に溜めの時間が要るためそこを狙われれば押し負けるだろう。

 

「ドラコとは本来傲慢で孤高。それが民草を守ろうなどと考えた時点で血に反しているのです」

「お前に私の在り方を論ずる資格などない」

 

 3人の同時攻撃ですら、大君は涼しい顔で凌ぐ。

 

「私は嘆いているのですよ。あれだけの激情を内に秘めていながら、それを自ら封じ込める貴女のその在り方を」

 

 大君が再び血のヴェールを広げる。それはこの戦場を覆いつくした。

 

 交戦中の兵士達が恐怖のあまり体を震わせ空を見上げる。

 そこには曇天ですらない、全てを呑み込んでしまうような黒しかなかった。

 

「曝け出しなさい、そうすればこの大地を焦土にすることすら可能でしょう」

 

 大君の振り下ろした手に従うように、それは雨となって降り注いだ。

 触れれば侵食される死が、その場の全員を襲う。

 

 タルラが迎撃しようと剣を振りかぶる。それでもその頭では自分の一撃がその4分の1しか焼き尽くせないだろうと結論付けていた。

 

「任せてください!」「任せろ」「やってやるわよ!」

 

 だが、タルラ以外の3人の声とともにその全てが無力化された。

 

 切り刻まれ、凍らされ、巨岩に阻まれ。

 その下で死に晒されていた兵士達は突如柔らかくなった床に呑まれ沈んでいく。

 

 

 人が消え静まり返った屋上に彼らだけが取り残される。

 

 

 その戦場に混ざる1つ。血の赤と氷の白に混ざる蒼に大君は覚えがあった。

 

「それは、クイロンの蒼き怒火ですか? 流石王冠の簒奪者、不相応にも我々の力を扱おうとは身の程を知りなさい」

「あまり私達を、侮らない事です」

 

 アーミヤの手にはいつぞや顕現させた黒刀が握られていた。その表面を蒼炎がなぞる。

 

 久しく見なかった過去の魔王の偉業。

 それをあろうことか異種族の魔王が振るっているという事実に、大君は眉を顰める。

 

「この力は、テレジアさんが私に託してくれたものです」

「彼女の最期に偶々居合わせただけの小娘が、思い上がりも甚だしい。サルカズの苦悩すらその身1つで受け止められない脆弱な器が何を為せると?」

 

 大君はアーミヤの指に嵌まる九つの指輪を見る。それらが無ければアーミヤはたちまち魔王の奔流に飲まれ廃人と化しているだろう。

 

 大君の言葉に、苛立ちが混ざる。 

 

「随分と小さく見られたものです。この場に集うべき者はもっといたでしょう? 土石の子の末裔は? あのバンシーの寵児は? 最後の純血のウェンディゴは? 魔王の消失というこの重大な局面には、彼らこそが相応しかったでしょうに。彼らにサルカズたる自覚は無いのでしょうか?」

 

 彼はアーミヤを認めない。

 サルカズの長きに渡る苦悩の歴史を背負うには、あまりに頼りなさすぎるその異種族の魔王を心から軽蔑する。

 

 濁流のように押し寄せる赤黒い血のヴェールを、アーミヤは影霄を以て切り裂いた。

 縦に一閃されたその奥でアーミヤの鋭い眼光が大君を射貫く。

 

「それを決めるのは、貴方ではありません」

 

 アーミヤは魔王としての自覚があるとは自信を持って言う事はできない。

 

 この地に来てからずっと、アーミヤにはサルカズの苦悩の声が聞こえてくる。

 彼らを導く者、魔王。その苦悩を受け止め力へと変える代弁者。

 

 その務めを果たせと。復讐の道を行けと誰かが訴えてくる。

 

(テレジアさんも、ずっとこの声が聞こえていたんでしょうか?)

 

 とてもそうは見えなかった。彼女はアーミヤにとっていつでも陽だまりのように温かかった。それでも今のアーミヤには分かる。テレジアはそれを今の自分よりもずっと深く感じて受け止めて、その上でバベルという遥か遠い理想への道を選んだのだと。

 

 

 アーミヤは大君を見つめる。だがその意識はその遥か後方、今も自分達を見下ろすザ・シャードの頂上に向いていた。 

 

 その先に、テレジアが待っている。

 

 イグナスは彼女に会って答えを聞くべきだと言った。

 何故自分に魔王を継承したのか。あの日何があったのか。聞きたい事は山ほどある。

 

 それを知るまで、死ぬわけにはいかない。

 彼女の遺志を受け継いだ者として、サルカズの苦悩を受け止め未来へ繋ぐ覚悟だけは決めてきた。

 

「皆さん必死に戦っています。その覚悟の多寡を計るなど、恥を知りなさい」

 

 ロドスの皆んなも、レユニオンの皆んなも。

 

 誰も失わない。そんな絵空事のような理想の為に、命を懸けて。

 イグナスも、タルラも、フロストノヴァも。自救軍の全員も。

 

「タルラさん、フロストノヴァさん。どうか力を貸してください。私達の目標はあくまでもクロージャさんがここのシステムをハッキングして補給経路の情報を抜き出すまでの時間稼ぎです。ですがそれでも、彼は今ここで倒します」

 

 アーミヤは影霄を構える。それと対になるようにタルラが剣を構えた。

 その後ろでフロストノヴァが詠唱の準備にかかる。

 

 言葉は要らず、タルラとアーミヤは一斉に駆け出した。

 

 2つの赤霄が今、再びヴィクトリアで重なった。

 

 

 

 

 

 

 

オークタリッグ区 地下墳墓

 

 

「ヴィクトリアは、ここにいるぞ!」

 

 ヴィーナの宣言を聞いて蒸気騎士が吼える。

 

「グォオオオオオオ!!!!」

 

 何故お前がその剣を手にしている?

 それはあの台座に収まるべきものだ。誰にも侵されるべきではない、何故ならそれはヴィクトリアの象徴そのものなのだから。

 

 奪わせてなるものか!

 自らの、最後のヴィクトリアを!!

 

 噴射音が咆哮となって瓦礫を揺らす。

 その熱さをものともせず、金の鬣を揺らすヴィーナは跳び上がりハンマーを振るった。

 

「この“ヴィクトリアスラング”!! いい加減、目を醒ませっ!!!」

 

 アスランの膂力を遠心力に乗せた連撃が耳障りな金属音を響かせる。

 

 打ちつける度に硬い感触が返ってきてヴィーナは顔を歪ませる。

 それを無視してハンマーを振り上げる。握る手は今にも滑ってしまいそうなほど頼りない。何度も甲冑を打ちつけた痺れが、力を徐々に奪い去っていた。

 

 振るわれる鉄腕を弾き、横薙ぎの一撃を体を反らして間一髪躱す。

 体を起こす勢いをそのままハンマーに乗せ、また打ちつける。

 

 甲高い音とともにまるで爆発したかのようにハンマーが跳ね返る。

 体勢が僅かに崩れたヴィーナに蒸気騎士が拳を叩きこむ。

 

 ヴィーナは敢えて力を抜いた。跳ね返ったハンマーの勢いに身を任せるように重心を移動する事で後ろに下がる。目測より数歩先に移動された事で蒸気騎士の拳は床を砕くだけに終わり、そのすぐ後舞い上がった粉塵を切り裂いてヴィーナが躍り出る。

 地面に突き刺さった腕を足蹴にしてさらに上へ。そして十分な高度を得たヴィーナは前方に一回転し渾身の一撃を蒸気騎士の胸に叩きこんだ。

 

 蒸気騎士の体幹がほんの僅かに揺れる。見れば甲冑の亀裂が広がっていた。

 

 手応えを感じつつもヴィーナは気を引き締め直す。その予感通り、着地の瞬間を狙って再び拳が振るわれた。

 ヴィーナはそれを後方に宙返りする事で躱す。

 

 息もつかせぬ攻防の中、ヴィーナは終始距離を詰めて装甲に打撃を与えていく。

 

 休む暇など無い。

 もし一度引いてしまえば、展開された炎剣が周囲を焼き切るだろう。そうなれば防御も回避も不可能だ。

 だからこそ攻める。10cmを超える厚さの甲冑の、限られた一点。彼らがこの地で待ち伏せていたサルカズに負わされた古傷だけを狙って、渾身の一撃を何度も叩きこむ。

 

 それは無謀な均衡だった。ヴィーナは何度も体力と神経を使い尽くして攻撃を加える必要があるのに対し、蒸気騎士はその一部が掠るだけで致命傷を与える事ができる。そもそも体躯の大きさからしても大人と子どもだ。それだけヴィーナが取らざるを得ない動きも増え、それは加速度的にヴィーナの精神と体力を削っていく。

 

「だからなんだ?! これしき、耐えて見せる!」

 

 それでも譲れない。一度守ると決めた物を、取りこぼさないために。

 ヴィーナは緩みかける利き手を握り直し、何度目かも分からぬ無謀な駆け引きに臨む。

 

 両者が激突する。蒸気騎士の巨腕が服を掠め、弾けた床の破片が肌を裂く。何度目かの九死に一生を掴み取って、ヴィーナは繰り返しハンマーを振るう。

 だがどれだけ勇ましくとも、その体躯も、膂力も、全てが足りていない。蒸気騎士という圧倒的な暴力の前に、ヴィーナは徐々に押されていった。

 信念の激突。その勝敗は明らかだった。

 

 

「っ! ハンマーが」

 

 百を超える連撃に、ハンマーのリベットが砕ける。

 固定が緩み腕に伝わる手応えが乱れる。そしてその隙を蒸気騎士は逃さなかった。

 

 遂にその腕が獅子を捉える。

 咄嗟にヴィーナが柄を盾にし、アラデルがアーツで風の防壁を展開する。

 

 だが蒸気騎士の拳はそれら全てを砕き、ヴィーナを広場の壁に叩きつけた。

 

「カハッ!」

 

 肺から空気が締め出され、血とともに口から零れ出る。意識が薄れ、ヴィーナの耳から音が遠ざかる。

 力の入らないその体が、ゆっくりと床へ転がった。

 

「ヴィーナ!」

「!」

 

 だがアラデルの悲鳴を聞き、すんでの所で腕を差し込む。

 腕力だけで上半身を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 その手に既にハンマーは無い。先程の一撃で完全にへし折れどこかに飛ばされてしまった。ヴィーナの掌が床を彷徨う。

 何でもいい。武器となるものがいる。ヴィーナは立ち上がる際、指先に触れた棒状の何かを掴み、それを構えた。

 

(譲れない! ここで勝って、皆を家に帰す!)

 

 震える体で、必死に自分を鼓舞する。

 

 ここで勝てなければ、ヴィクトリアを返すと約束した自救軍も、また必ず生きて会うと誓ったロドスも、アラデルを縛り付ける呪縛を断ち切るという約束も。

 

 全てを裏切ることになる。

 

 

 蒸気騎士が近づいてくる。距離が空けたからか、その腕から炎剣を展開している。霞んだ視界に、赤い光が鮮明に映る。

 

 覚束ない足で、その懐へ潜り込もうとヴィーナは一歩踏み出す。

 

 アラデルが、自分を呼んでいる気がする。

 だがもう、それに答える事すらできない。ただでさえ、目の前の蒸気騎士が3人にぶれて見える。口は追い出された酸素を取り戻すのに精一杯で、掠れた呼吸音しか出さない。もはや握力なんてないようなものだ。このよくわからない棒切れも、あの甲冑に打ちつければすぐにこの手を離れていくだろう。

 

 そうなれば拳で、拳が潰れればこの牙で。私の持てる全てを以てこいつを倒す。

 そう固く誓っているのに。ゆっくりと、視界が暗くなる。

 

 瞼が閉じる直前ヴィーナが見たのは、自分に向かって炎剣を振りかざす蒸気騎士の姿だった。

 

「だめ、ヴィーナ~~~!!」

 

 遠く聞こえるアラデルの悲鳴を、風切り音が掻き消した。

 

 

 

 

 

「・・・?」

 

 ヴィーナは閉じていた目を開く。

 何故か四肢の感覚は残っている。未だ蒸気騎士は目の前に佇んだままだ。

 では何故、自分は無事なのか。

 

 ぼやけた視界が鮮明になるにつれ、自分の目の前に金属の盾がある事に気付いた。そして振り下ろされた炎剣は、見た事が無い形の槍に押しとどめられていた。

 

 そして何より、自分のすぐ後ろに私の背を支える何者かの体躯があった。

 それはまるでこの都市の外に広がる大地のように悠然としていて、蒸気騎士の一撃を前に少しも震える事はなかった。

 

「覚悟を決めた、よき戦士だ」

 

 その言葉を皮切りに、ヴィーナを覆うそれらが晴れる。

 膂力にて蒸気騎士を圧倒したその人は、槍を突き出し蒸気騎士を弾き飛ばした。

 

 たたらを踏む彼と庇われたヴィーナはその乱入者を見た。

 

 身の丈を超える程の巨大な盾と、白銀の鎧。

 その身を包むマントには、見覚えのある刺繍が施されている。

 そして彼の頭から伸びる、枯れ木のように捻じれた双角。

 

「眼前の敵を見据えよ、若き蒸気騎士」

 

 その鎧も蒸気騎士同様空気を吐き出した。その場に漂う蒸気の靄が、彼を中心に薙ぎ払われる。

 それはその場の全員の目を醒ます程鮮烈で。

 

「我が名はボジョカスティ。かつて蒸気騎士を打倒した、ウルサス絶対の盾である」

 

 絶対的な存在感を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 蒸気騎士チャールズ・リンチは思い出す。

 

 その姿を、彼は見た事が無い。

 だが遠く憧れた先達が、どこか怖れを浮かべながらも懐かしんで語っていた。

 

 ウルサスの盾と呼ばれた、あらゆる精鋭も兵器すら轢き潰していったとある軍隊。

 その先頭に立ち続けた、テラ最強の人類。

 

 身の丈を超える盾。掲げられた巨戟。

 フルフェイスの兜の奥に光る眼光。そして天を衝く枯れ木のような双角。

 

 

 ああ、そうか。

 敵はウルサスか! ヴィクトリアの混乱に乗じて、遂に玉座を侵さんと迫って来たか!

 

 なればこそ、負けられぬ。

 ヴィクトリアがウルサスに敗北するなど、あってはならぬ。

 

 蒸気騎士が残った全ての力を振り絞り、武器を振るう。

 城壁を砕くパイルバンカー。移動艦の装甲を焼き切る炎剣。ヴィクトリアの技術を結集させた対軍兵装が、たった1人に振るわれる。

 全身に血液と酸素を巡らせるように、機械の心臓が唸りを上げ蒸気を吐き出し続ける。

 

 だがその全てが、盾と槍に弾かれる。

 

 広間に重い金属音が響く。鎧と槍が、炎刃と盾が擦れあう度に火花が散り、大理石が割れる。

 

 そして幾合かの攻防の末、パトリオットの槍が鎧の正中を捉えた。

 

 人が出したとは思えない破砕音とともに蒸気騎士は衝撃に弾き飛ばされる。

 その鎧はひしゃげ、見るも無惨な姿を晒す。それでも蒸気騎士は屈しない。

 

 既に甲冑はぼろぼろで蒸気騎士の煌びやかな外装は今や見る影もない。炎刃は長時間の超過稼働に耐え切れなかったのか火花を散らしている。

 だが兜の内に宿る光だけが、爛々と輝いていた。

 

 獣のような咆哮。

 それは人の声ではない。主の意志を全うせんと意思なき甲冑が蒸気を吐き出す音だ。

 アラデルとシージは、その光景に圧倒されていた。

 

 負けるわけにはいかないのだと、騎士の魂が叫んでいるようであった。

 

「その忠義見事だ、若き騎士よ。その献身は私が対峙した、どの蒸気騎士にも劣らぬ」

 

 槍を払い、悠然と歩くパトリオット。

 その足は立ち上がろうとする蒸気騎士ではなく、それを眺めるヴィーナ達へと向かう。

 

「故に見よ、貴様の眼前の光景を。目を醒ますには十分だったであろう?」

 

 何を言っている。ウルサスが、我がヴィクトリアを奪おうとしている。

 それが、それだけが。私の立ち上がる理由である。

 

「見定めよ。貴様のヴィクトリアはどこにある?」

 

 諸王の息は、あのウルサスの盾の目の前にある。

 どうやら何者かが手にしているようだ。その手を切り落とさんと刃を振り上げた先で、黄金色の髪が揺れた。

 

 蒸気騎士の動きが止まる。咄嗟に構えたシージも、何もしてこないのを見てゆっくりと剣を下げた。見上げた先、兜のバイザーの奥の光が震えているように見えた。

 

 

 蒸気騎士は、その色を知っていた。

 

 ああ。黄金色の鬣に、猛き相貌。久しく見なかった、かの王の面影がそこにあった。

 その黄金色が、掠れた記憶を呼び覚ます。

 

 彼女は、そうか。行方知れずと聞いていたが、戻ったのか。何故、どれほど、何時、問うべき事は多かれどそれが口をついて出る事はなかった。

 最後の蒸気騎士はただ、安堵を浮かべた。

 

 

 ()()()()()()が、「諸王の息」を手にしている。

 

 

 それを今度こそ、彼は見届けた。

 

「眠れ。お前の忠義は、ここに実ったのだ」

 

 その言葉が止めだった。彼を現世に押しとどめていた執念は、ここに果たされた。

 

 蒸気騎士がゆっくりと膝をつく。その重さに地面が揺れた。それはどこか、役目を果たし背負っていた使命を下ろした音に聞こえた。

 彼は武器を下ろし、頭を垂れて沈黙する。それにアラデルは咄嗟に手を伸ばした。

 

 もはや、立つ事すらままならないのだろう。当然だ。こんな孤独の中で彼は瀕死の体に鞭を打って生き続けた。その強靭という言葉すら生ぬるい意思も、目の前の光景に糸が切れた。

 

 兜の奥の光が明滅する。それは、今にも消えてしまいそうだった。

 

 

「ヴィーナ、頼む」

 

 後ろから声がした。見ればアラデルのアーツによって扉の外に弾き飛ばされていたはずのダグザが、瞳から涙を零して立っていた。

 その背後には粉々に吹き飛ばされた瓦礫が転がっていて、2人はやってきた乱入者がそれを為したとようやく気付く。

 

 ダグザは普段騎士とギャングそれぞれの立ち振る舞いをする。

 だが今の彼女は、騎士に憧れた1人の幼子に見えた。

 

「彼を、称えてやってくれ。忠義を貫いた誇りある騎士に、最後の栄誉を」

「・・・ヴィーナ。私からも、お願い」

 

 2人の懇願に、ヴィーナは頷いた。

 ヴィーナはゆっくりと蒸気騎士に近づいていく。

 

 蒸気騎士は動かない。何も話さない。項垂れたまま、目の前の最期の光景を受け入れている。

 

 そしてヴィーナは彼の前で「諸王の息」を掲げ、その肩に当てた。

 

「長きにわたるヴィクトリアへの忠義、見事だ。その志は私が未来へ連れていく」

 

 両者はボロボロで、周りは薄暗い地下空間。

 静まり返ったその場に、彼女の声は良く響いた。

 

「災禍を払う剣は、確かに受け取った。誇るがいい、最後の蒸気騎士よ」

 

 その言葉に蒸気騎士はほんの少し、首を上げる。

 

 蒸気騎士は最期に思い出した。

 それは自分が蒸気騎士となった日。かの王の前で跪き、誓いを立てた始まりの瞬間。

 

 その景色を思い浮かべながら、遂に彼は力尽きた。

 それを見て、またアラデルとダグザの目から一筋の涙が流れる。

 

 頭を垂れ膝を折ったその姿が、君主に跪く騎士の姿だったからだ。

 

 

 

 

 

 

「これは、一体・・・?」

 

 ダグザ同様、部屋の外に出されていたインドラとモーガンが瓦礫の跡を越えて来た。

 

 その中のあまりの荒れ具合に呆然とする。床は所々砕けていたり焼け落ちていたりで平らな場所がほぼ見当たらない。

 その中心には彼女のボスであるヴィーナ、彼女とともに「諸王の息」を取りに行ったダグザとアラデルがいた。そして、つい先程突如として現れ閉め出された部屋へ強引に突っ込んでいったサルカズの偉丈夫も。

 

 警戒しながらも、ひとまず敵ではないと判断しそこへ向かう。

 その後ろで、唯一の部外者であるトターは冷静さを保っていた。

 

(どうする? 今からでも計画を続行するか?)

 

 だがそんな考えも、先程の光景を思い出しすぐに却下した。

 

 巨人の扉と見紛うほどの石扉。それをあのサルカズはその奥で崩落した瓦礫ごと砕いて突破したのだ。そんな人間とまともに戦って勝てるわけがない。

 

 傭兵から足を洗う機会はまだ当分先になりそうだ。トターは心の中で溜息を吐き仲間へハンドサインで交戦停止を告げる。

 

 アラデルは戦意を失った傭兵達を見て、上を見上げた。

 だがそこに空はなく、壁と同じ閉塞的な黒い石の天井しか見えない。

 

「どうすればいいのかしら?」

 

 全てが終わり、静まり返った地下空間でアラデルはそう零した。

 

 もはやアラデルにヴィーナを再び襲い「諸王の息」を奪う気力は残っていなかった。

 

 救われた安堵と、後ろ盾であるカスター公爵を裏切ってしまった事への恐怖、それらが織り交ざって途方に暮れてしまっている。

 使命と一緒に、生きる理由すら奪われてしまった。そう思える程その背中は頼りなく覚束ない。それを支えようとヴィーナは横に並びその肩を支えた。

 

「言っただろう? 仲間は私が守る」

「ヴィーナ。結局貴女に縋ってしまった私が言えることではないけど、そう単純じゃないの。本当に私を救おうとするなら、貴女は()()()()()()として生きざるをえなくなる」

 

 例えこのままヴィーナとともにグラスゴーの一員になって生きていくとしよう。

 それでも、カンバーランドのカスターに対する借りが無くなる訳ではない。彼女は約束というものについては家訓通り厳格だ。私と彼女の間にある契約の不履行について、必ず落とし前をつけさせてくるだろう。

 それがどのような形で支払われるか、想像に難くない。彼女にとって唯一利用価値のあるものといえば、ヴィーナ自身の身柄しかないのだから。

 

 アラデルはそれがどれだけ苦痛か知っている。

 ヴィクトリアの貴族達は魔窟の住人だ。個人などというものを消し去り、家と爵位という記号に押しとどめる術に長けている。自分はまだいい。もはやそんな社交にも慣れてしまっている。だが、ヴィーナにとってそれは檻の中に閉じ込められるかのような心地だろう。

 

 それならいっそ、自分を切り捨てればいい。ヴィーナだけでなくグラスゴー全体を危険に晒してまで私を救う事なんてない。

 

 そう諭すアラデルに、ダグザは食い下がる。

 

「アラデル。私にとって、貴女こそ騎士に相応しい人物なんだ。高潔不変のカンバーランドなんだ!」

「・・・まだ、私をそう呼んでくれるのね」

 

 それはあくまでも表向きの顔。それも外の公爵達に都合がいいように見繕われた仮面に過ぎない。

 そう自虐するアラデルに、ヴィーナは彼女自身ですら気付いていなかった胸の奥底を突きつける。

 

「だが、お前の自救軍の皆を想う気持ちは偽りではなかっただろう?」

「っ」

「それに、私はもう()()()()()()であることから逃げない。故郷の民を想う気持ちはこの都市の皆に等しく宿っている。当然、私もその一員だ」

「それは!」

 

 ヴィーナは、ヴィクトリアの為にできる事は全てやるつもりだと言う。その全てにはきっと、彼女の身分を利用したものも含まれるのだろう。

 アラデルはそれを否定しようとしたが、ヴィーナが本気である事を悟り口を噤むしかなかった。罪悪感に押し潰されそうなアラデルに、ヴィーナは一転して朗らかな笑みを浮かべ言った。

 

「だからもし、私がこの地に帰ることになれば支えて欲しい。ロドスで多少秘書を勤めたくらいで、書類仕事はどうにも肌に合わなくてな」

 

 ヴィーナはそう言ってアラデルの手を取った。

 

「だからお前も、()()()()()()()であることから逃げるな。1人では何も成し得ない私の、高潔不変であってくれ」

 

 その懇願をアラデルは卑怯だと思った。

 だってこれは、施しではなかった。ヴィーナは1人の友人として、頼らせて欲しいと言ったのだ。その代わりに自分も助けるからと。

 

 想いが溢れて言葉にならない。どうしようもない感情が渦を巻いて、嗚咽を漏らすことしかできない。

 

 本当に、いいのだろうか?

 ヴィーナを傍で支え、ともにヴィクトリアを守るそんな都合のいい未来を願っても?

 

 カスター公爵を含め、現存する八大公爵家は容赦なくヴィーナを試すだろう。その苦難を、彼女達と乗り越えるそんなか細い未来を選んでもいいのだろうか。

 

 事ここに至っても、アラデルは一歩踏み出すことができない。

 ヴィーナはそれを黙って見ている。既に彼女は言葉を尽くした。ならばもう、彼女にできる事はない。

 

 そんな沈黙を破って、パトリオットが前に出た。

 

「人生とは、思うよりも長いものだ。歩いた先で、思わぬ出会いをすることもある」

 

 パトリオットはふと、何処とも知れない場所を見上げた。

 

 アラデルを含め、その場の全員は大地に根付く大木を相手しているように錯覚した。

 それだけパトリオットの言葉には質量があり、揺らがぬ不変の真理かのように思えた。

 

「任せるがいい。貴様を縛る鎖、我らが断ち切って見せよう」

「・・・あなたは分かっていないわ。相手はあのカスター公爵よ?」

 

 直系ではないとはいえ、前国王アリステアⅡ世のいとこである現カスター公爵は策謀に秀でた八大公爵家有数の実力者。その彼女を敵に回すという事は、ヴィクトリアを敵に回すに等しい。

 

 だがそんな忠告を聞いて、パトリオットは小さく鼻を鳴らすだけだった。

 

「そのくらい取るに足らん。レユニオンには、ウルサスの皇帝すら説き伏せた男がいるのだ」

 

 その目が細まる。まるで、眩い何かを目にしたかのようだ。

 

「彼は想像もしないような事を成し遂げる男だ。ヴィクトリアの貴族の1人、手玉にとって見せるだろう」

 

 もっとも、今はそれどころではないが。

 パトリオットはそう付け足し、アラデルの肩に手を置いた。

 

 

 

 

オークタリッグ区 とある街道

 

「さて、着いたな」

 

 司令本部攻略戦、「諸王の息」奪還作戦、そのどちらからも離れたオークタリッグの一画でイグナスは立ち止まる。

 

 その眼前には良く言えば情緒に溢れる、ストレートに言ってしまえば古ぼけた建物があった。

 その門扉は固く閉ざされ、一見すると人気の無いように見える。だがその一室からは僅かに光が漏れている。イグナスは前世の知識から、タイミング的に卒業生の演劇の上演中なのだと推測した。

 そして再びその門扉に向かい合う。

 

 聖マルソー学校。鉄の門の脇にそう刻まれているのを確認してイグナスは息を吐いた。

 

 何の変哲もないこの場で、イグナスは1つの悲劇と2人の自死が起きるのを知っている。

 そしてイグナスはそれを止める為ここに来た。

 

「イグナス」

「師匠、こっから先は俺の役目だ。手出しは不要だぜ」

「・・・求めるままに進むがよい」

 

 そう言ってLogosは骨筆を走らせる。

 短い詠唱によって閉め切られた門が独りでに開く。

 

 それに礼を言って、イグナスは一歩踏み出した。

 

 

 

 




次回、イグナスのアーツが見れるかも・・・
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