明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第六十四話 流星に願いを

 イグナス達が聴罪師から逃げる一方。都市防衛軍総司令塔の戦いは、正に佳境に入ろうとしていた。

 

 Miseryらによって防衛軍とサルカズ兵は階下に沈んだ。

 庇う対象がいなくなった広い屋上で、それまでとは比べ物にならない大規模な攻防が繰り広げられる。

 

 アーミヤとタルラとフロストノヴァが連携しブラッドブルードの大君を追い詰めていく。

 彼を守り敵を呑み込む赤黒い血液はタルラの炎に蒸発させられ、時には凍り付き、そして瞬きの間に数十の斬撃にて細切れにされる。

 

 無尽蔵に思えたそれも、徐々にその底を露呈し始めた。

 終わりが見え、3人の攻めもより激しさを増していく。

 

 そこに至り、ようやく大君の顔から笑みが消える。蠢く血が彼を中心に渦巻く蕾と化す。そしてそれは分岐する枝のように百を超える触手を解き放った。

 周囲の命全てに喰らいつきその血の池に沈めようと突き進む触手を前に、アーミヤとタルラは迷うことなく突貫した。

 

 鏡合わせに構える2人に、獲物を見つけた眷属が殺到する。

 逃げ道はなく、音を超える剣撃とて飽和するだろうその数。

 

 

「~~~♪」

 

 そこに差し込まれる、凛とした歌声。

 

 詠唱が終わる。完全な形で紡がれた子守唄に、全ての敵が動きを止めた。

 儀式詠唱を終え増幅されたフロストノヴァの冷気が全てを包み凍らせる。背中を預けた仲間の完璧な援護。

 

 アーミヤとタルラが大地を踏みしめ、衝撃で砕けた氷片が宙を舞う。

 

 大君は侍る血液を総動員し、その迎撃を試みる。高さも、広さも、厚さも、これまでで一番の規模のアーツだった。

 

 

「はあああああ!!!!」

 

 押し寄せる濁流を、タルラの炎が食い破る。

 そして穿たれた大君へと続く道の先、その眼差しが初めて驚愕に見開く。

 

「行けっ、アーミヤ!!」

「はあああああああ!!!」

 

 タルラの声に背を押され、アーミヤが分たれた血の海を疾走する。

 

 タルラらの援護、大君の慢心、理由は多くあれ遂にその刃が届く。

 アーミヤの脳裏に、これまで犠牲になっていった人々の無念が過る。

 

(これ以上、徒に失われる命を増やさないために!)

 

 その思いが切っ先をより鋭利に、速くさせる。

 音を越え、光にすら届くその剣閃が、大君の首元を捉えた。

 

(これで!)

 

 

 瞬間。金属が打ち合う音が高く響く。

 それは鈴の音のように澄んだ音をしていた。

 

 

 アーミヤが思わず瞠目する。これまでで最大最速の一撃、蒼き怒火を纏った影霄は()()()()()()()に遮られていた。

 

 それを為した者は大君ではない。

 1秒にも満たないやり取りへ颯爽と割って入り、アーツも使わずその膂力と剣技のみで赤霄の剣を止めたその男。

 

 テレジアの面影を感じさせるその相貌に、アーミヤは動揺してしまった。

 

 摂政王。カズデル防衛線で敵を退けた六英雄。サルカズ最強の剣士。数多の異名を持つその男。

 乱入者たるテレシスが重い口を開く。

 

「さらばだ。魔王(テレジア)の後継者」

 

 返す剣が振るわれる。それは今まで見たどの剣閃よりも速く鋭く重く見えた。

 

 

 アーミヤは直感する。この一撃を、自分は防げない。

 それを自覚してなお、その意思と肉体は生存への無謀な一手を打つ。

 

 

 崩れた姿勢から無理矢理放つ赤霄の剣。致命傷から少しでも逃れようと軌道から上半身を反らす。

 

 例え絶望的な状況であろうと、それに抗う事はできる。

 それを体現し続けてきた人の背中を、アーミヤは知っている。

 

(諦めたりなんて、できない!)

 

 テレシスの剣と影霄がぶつかり、そして僅かな手応えののち影霄の刀身がゆっくりと裂けた。

 走馬灯のように緩やかに流れる光景をその目に映し、それでもとアーミヤは瞼を閉じない。

 

 稼いだ猶予はほんのコンマ2秒。少女の必死の抵抗は、些細な結果に終わった。

 

 

 だがその瞬きの間に、3人がアーミヤと剣の間に割って入る。

 フロストノヴァとタルラ、そしてロンディニウムの外で別行動をしていたはずのケルシーだった。

 

「氷よ阻め!」

「Mon3tr!」

「赤霄剣術!」

 

 撃ち出された氷柱は見事に両断され、立ち塞がったMon3trの外装をなお断ち切った。

 だが最後の砦たるタルラの剣が、寸での所で凶刃からアーミヤを守り抜く。

 

 外見によらず重すぎるその一撃を堪えタルラは火花を散らせる。

 

「テレシスだな? 前線に来るとは人不足か?」

「竜の末裔よ。我と剣を交えた者はその身に消えぬ傷痕を刻むであろう」

「ぬかせ!」

 

 鍔迫り合いを押し返し、間合いを確保するタルラ。

 無数の剣撃が両者の間で再び火花を散らす。

 

 速さは互角。膂力は僅かに負ける。その差が表面化する前にタルラは炎で辺り一帯を包み込んだ。

 流石にそれを受けるのはまずいと踏んだテレシスが大きく下がる。

 

 距離が空いた両者は互いに睨み合いながら機を伺う。

 

「アーミヤ、ケルシー、無事か?」

「助かりました」

「こちらは無事とは言い難い。深手を負ったMon3trでは君達の補助に回る事が精々だろう」

「負傷が無いならそれでいい!」

 

 タルラは考える。カズデル軍事委員会の代表である彼が出張って来たという事は、何かしらの意図があるはずだと。

 

 イグナスから聞いた未来の知識でも、彼はアーミヤの命を奪おうとこの場に乗り込んできた。それを知っていたからこそタルラは他2人よりも動揺少なく迎撃に立ち回れたのだ。その未来ではケルシーが身を挺して庇い瀕死の重傷を負ったそうだが、今自分達は疲弊はしているものの五体満足な状態を保っている。

 

 彼の当初の目的であったはずの魔王の暗殺が失敗に終わった今、警戒すべきはこの後の出来事だ。

 ロンディニウムの外で控えていた十王庭の1つ、ナハツェーラーの宗主を抑えていたケルシーがこちらに乗り込んでいることからして、時間稼ぎはもはや失敗したのだろう。ほどなくして、サルカズで最も多くの戦場を蹂躙したと噂されるナハツェーラーの軍とそれを率いる「軍神」がやってくる。

 

 そうなれば事態はより混迷を極め、目の前の男を倒す機会はより遠くなる。

 二度目の奥の手を切るか。剣を握り直すタルラ。

 

「こんな場所を、何故我らが本気で死守していると思う?」

 

 唐突にテレシスが問う。

 

 テレシスの問いは正にタルラが推し量ろうとしていたことだ。いくら腕に絶対の自信があるとはいえ、これだけの戦力を揃えた自分達の前に姿を現すというのは腑に落ちない。戦力の逐次投入による損耗を嫌ったというのなら彼1人がこの場に来たことは不自然だ。

 何かがおかしい。皮肉にもコシチェイの元で培った感覚が異変を告げる。かの地の貴族同士の会話の中で何度も感じた嫌な感じだ。

 こことは遠いどこかで、何者かの意図が動いている。そして遠く離れた自分達を虎視眈々と狙っているような、首の後ろをチクチク刺すような感覚が離れない。

 

 

『レユニオン各員に緊急要請!』

 

 突然の声に全員が意識を引っ張られた。見ればタルラの持つ通信機から切羽詰まったイグナスの声がしていた。

 彼はLogosと2人、変形者対策に別行動をとっていたはず。その作戦の成否を告げる前に何があったというのか。

 

『司令塔付近にいる奴は気をつけろ! 敵の狙いは俺達を一箇所に留まらせて、飛空船からの砲撃で一網打尽にする事だ!』

「「「なっ?!」」」

 

 アーミヤ達が驚愕する。嫌な感覚の正体はこれかと悟るタルラ。一方のテレシスは僅かに眉を顰めた。

 

「聴罪師、仕損じたか」

 

 テレシスは瞑目し、やがて眼を開き種明かしをした。

 

「今聞こえた通りだ。ロドス、そしてレユニオン。うぬらの終着点はここである」

 

 

 告げるテレシスに影が差す。

 いや、それはテレシスだけでなくオークタリッグ区全体を覆いつくしていた。

 

 アーミヤ達が空を仰ぐ。見上げた空の先で、飛空船が雲を裂き姿を見せていた。

 

 その下部に備え付けられた砲塔の1つがこちらを向いているのが見え、アーミヤは呆然としながらも指示を出す。

 

 

「皆さん、撤退を・・・!」

「不可能だ」

 

 アーミヤの指示が、轟音にかき消される。司令本部の塔が揺れ屋上に立つ全員がたたらを踏む。

 

「建物全体が、揺れて!」

「これは!」

 

 気が付けば司令本部を取り囲むように都市防衛自走砲が並んでいた。それらが司令本部に砲撃したことで階下の窓ガラスが割れ雪のように街道に降り注ぐ。

 

 これこそテレシスらの狙いだった。

 ロドスが次に大きな動きを見せる。それを予感していたからこそ、敢えて泳がしその場を膠着させた。その隙に周囲を逃げられないよう密かに包囲し、出航と同時に装填を終えた飛空船が地上に狙いを定める。

 

 度重なる自救軍とロドス、そしてレユニオンの妨害により整備は1つの主砲しか間に合わなかったがそもそも対空兵器を持たない敵に対し装填にかかる時間など誤差の範囲だ。一方的に蹂躙できる事は変わらず、それらよりも邪魔な勢力を一網打尽に出来るこの機会を逃すわけにはいかないと考えた。

 

 四方と頭上を取られ、アーミヤ達は絶体絶命のピンチに陥っていた。

 

 

「行くぞ大君。この場に長居は不要だ」

「待て、逃がさんぞ!」

 

 負傷したMon3trと命の危機から脱したばかりのアーミヤに代わりタルラが距離を詰める。

 だがその直前、目の前に赤いヴェールが広がり行く手を塞ぐ。

 

「! 大君!」

「・・・いいでしょうテレシス。どのみちここで終わるのならばそれまでという事。あの娘らの思い上がりを正せぬのは業腹ですが、これがサルカズの為と言うのであれば引き下がるのもよいでしょう・・・レト」

「!」

 

 突如名を呼ばれ身を竦ませる中佐。顔は見えないが、大君が彼の名を呼んだ時、その表情は嗜虐に満ちているに違いなかった。

 

「あなたの部下を我が眷属に迎え入れられなかった事は残念です。さすれば都市の瓦礫の下で無惨にその血を垂れ流す事など無く、私達の野望の糧となっていたでしょうに」

 

 テレシスがリッチから献上された巫術装置を起動する。

 何もない虚空が引き裂かれ空間を跳躍するリッチの秘術が再現される。それを潜りながら、大君はアーミヤを振り返った。

 

「さらばです、哀れなコータス。身に余るその王冠とともに朽ちるがいいでしょう」

 

 その捨てゼリフを最後に、彼らは忽然と姿を消した。

 

 

 あまりの出来事に固まっている暇すら彼女らにはない。今も司令塔には巫術によって制御された自走砲が放つ砲撃が直撃し建物全体を大きく揺らしている。

 このままでは屋上で戦っていたアーミヤ達もハッキングのため別動隊として動いていたクロージャとドクターも皆等しく崩れた司令塔の下敷きとなるだろう。

 

 

 撤退、そう指示しようにも1人たりとも逃さないと言わんばかりの自走砲の包囲に穴はない。

 そして時間をかけてしまえば雲と並ぶほどの高さから移動艦を堕とすほどの一撃が降ってくる。

 

 ケルシーが空を見上げながら悔し気に奥歯を噛みしめる。Mon3trの攻撃も、あれほどの高度には届きもしない。彼女の傍らに控えるMon3trが袈裟切りにされた箇所を庇いながら唸り声をあげる。

 

 思考が、空白に染まっていく。

 

 

『レユニオンの者に告ぐ。パトリオット以下数人は頭上の飛空船の砲撃を、それ以外の者は移動砲台の鎮圧に動け!』

 

 だが、イグナスの声がそれを晴らす。

 何一つ諦めていない男の声が、ロンディニウムの全ての者を奮い立たせる。

 

 

 包囲の陣を崩さない自走砲へ、周囲で別行動していたレユニオンの面々が殺到し始めた。

 

 迫る外敵へ放たれた砲弾を遊撃隊盾兵達が受け止め、その隙を突いて他のメンバーが肉迫する。お陰で司令塔を襲う弾幕は少しづつ薄くなっていく。

 

 

 この場に残れば砲撃の余波は免れないというのに、誰一人として逃げ出す気配はなかった。

 それを見て感化されたフェイスト達もそれに加わりさらに包囲を乱す。

 

『地上の砲撃は我らが防ぐ! お前達は頭上のあれを!』

 

 眼下に広がるその光景に驚くアーミヤに、タルラの持つ通信機から檄が飛ぶ。それは今も砲撃をその体と盾で受け続ける遊撃隊盾兵の声だった。

 

 

 誰一人諦めていない。

 

 その事実が、屋上に残された4人の背中を押す。

 

 そして、唐突な爆発音がその流れを加速させる。

 

 それはオークタリッグ区の地下より轟き、その地下構造を突き破りながら地上へと飛び出した。

 巻き上がる瓦礫と粉塵を追い越して、1人の偉丈夫が空中へと身を晒す。

 

 

「あれは、大尉!」

 

 それはシージ達の援護に向かったはずのパトリオットだった。

 

 蒸気騎士の最期を見届け、救い上げた獅子の娘とその配下を地上に送り届けようとした矢先。イグナスの通信を聞きつけ最短距離を駆け抜けてきた。

 

 槍と鎧から噴き出るアーツの奔流を推進力に地上へと降り立ったパトリオット。

 彼は着地してすぐ空の飛空船を見上げ、その場の盾兵を見ることなく指示を出す。

 

「私が砲塔を破壊する。お前達はこの場を死守せよ」

「「「「「応っ!」」」」」

 

 盾兵の気迫のこもった返事を背に、パトリオットはさらに空へと飛翔する。

 

 噴射するアーツ光。武装本来の意図を無理矢理捻じ曲げ、重力にそれ以上の暴力で以て逆らう。

 だがそれでも、雲の海を行く飛空船に届かせるには遅い。これ以上アーツの出力を高めようにも既に鎧は赤熱し臨界点に達しかけているうえ、手が届く頃にはガス欠となる。それでは元も子もない。

 

 

―グォオオオ!

 

 焦るパトリオットの耳に、竜の嘶きが届く。

 

 振り返った先、空を飛翔する土で創られたワイバーンが天を目指す彼をその背に乗せ高く舞い上がる。

 

「マドロック・・・感謝する!」

 

 翼をはためかせ高度を上げるマドロックの石像。

 その背に足場を得たパトリオットは、腰を据え、槍持つ腕を振りかぶり投擲の構えを取る。

 

 臨界点まで高められたアーツ光が赤黒く輝き、その軌跡が曇天に昇る一筋の流星となった。

 

 

 見上げた先。船底に備わった砲塔もまた輝きを見せる。

 あれが撃たれれば最後。いくらパトリオットとて迎撃は困難。それより先に破壊しなければならない。

 

 間合いを見計らい、射程圏内に入る瞬間を今かと待つパトリオットの頭に声が響く。

 

『何故だ! 最後の純血のウェンディゴよ! 何故我らに歯向かう!!』

「っ!」

 

 この孤独な空に人はいない。だがパトリオットは憤怒に染まる老人の声を聞いた。

 それは飛空船の方向から、空気を介さずに伝わって来た。

 

 レヴァナント。肉体を失いそれでもなお現世に留まる古きサルカズ。

 

 復讐の怨念で己が身を燃やし尽くし、カズデルを支える炉となった数多の無念の集合体。

 サルカズの怒りの化身が、パトリオットの造反を責め立てる。

 

『その槍を向けるべき相手を間違えておる。3421回の滅亡を、知らぬとは言わせぬぞ! 貴様とて実感したであろう。奴らは我らサルカズとは別の生命だ! 守ったはずの奴らに何度拒絶された? 貴様の安寧の場所を、何度奪われた?!』

 

 まくし立てるその声には、途方もない怒りがあった。裏切りへの、理不尽への、そしてそれを受け入れるこの大地そのものへの。

 安寧は許されず、魔族と呼ばれ、数多の同胞が理不尽に命を落とした。その復讐こそが、サルカズの至上命題なのだとレヴァナントは言う。

 

 それ以外に道はなく、その果てにサルカズの解放がある。

 現在に遺された純血なる王庭の末裔にレヴァナントは手を翻せと説く。

 

 

 それに対しパトリオットは。

 

 

「復讐など要らぬ」

 

 一言で切り捨てた。

 

『何故だ?!』

「それは過去に引き下がり背負った荷を捨て去る事に過ぎぬからだ」

 

 今も脳裏に焼き付くあの光景。全てを背負えと宣ったあの男。

 何度も苦難を乗り越え、それでも人の可能性を信じ続けたあの横顔。

 

 それを目の当たりにして何故、裏切ることができようか。

 

 

 長命のパトリオットをしてなお、生きた年月では足元にも及ばない。相手は自分より遥かに生きた悠久の者。

 

 それでも、これだけは譲れない。

 

「我らは全てを背負いっ、遥か未来へと届けるのだ!!」

 

 全ての思いを槍に乗せ、遂に槍が投擲される。

 

 限界まで高められたアーツが槍を天へと押し上げる。

 放たれた赤い彗星は空へと昇り地上を狙う砲台へと向かう。

 

『この若造がっ! 叶わぬ夢を抱いて散れ!』

 

 砲塔の輝きが一層増す。

 そこに一筋の流星が突き立てられる。

 着弾し、船底をひしゃげさせたそれは激しい爆炎を噴く。

 

 

 間に合った。誰もがそう思い、歓声をあげかけた。

 

 

 

―その爆炎を切り裂いて一発の砲弾が目下の大地へ放たれるまでは。

 

 

 確かに槍は届き、砲塔を破壊した。

 だがそれと刺し違えるように砲撃を間に合わせたのはレヴァナントの憤怒故か。

 

 パトリオット達は間に合わなかった。放たれた砲撃は位置エネルギーを追い風に、急激に加速し音を超える。

 

 

 パトリオットは瞬時に判断した。

 あれが地上に届けば、ロドスやレユニオンの仲間達は全員生きて帰ることはできないと。

 そして自らの絶対の盾を以てしても、あれに打ち克つ事は不可能だと。

 

 それを理解してなお。パトリオットはアーツを限界を超えて駆動させその身を砲撃の前に晒した。

 

 接触した瞬間、金属がひしゃげる不協和音がロンディニウムの空に響く。

 

 その衝突で稼げた時間は一瞬にも満たなかった。激突した直後、パトリオットの足場となっていたゴーレムは砕け無残な土塊となって散らばってしまったからだ。

 足場を失った障害を地に叩きつけようと、それはなおも加速して地上に迫る。

 

 盾とともにあらぬ方向に曲がった左腕を空へと掲げながら、パトリオットはそれでも抗う。

 

「・・・今度こそ、守るのだ・・・」

 

 間近に迫る砲撃に目を焼かれようと、その光景はなおもパトリオットの中にある。

 

 零してばかりのこの老兵に、それでもと訴えた彼の姿が目に浮かぶ。

 その姿を思い起こすだけで、パトリオットの体には言いようもない力が湧いてくる。守ると誓った者達の存在を背に感じるだけで、どんな困難でも踏み倒す意思が溢れてくる。

 

 超過駆動したアーツの反動か、体内を駆け巡る源石が活性化しているのが自覚できる。

 それは明らかに感染者が命を削る兆し。だがパトリオットは構わない。仲間1人を救うため、その身に源石を受け入れたイグナスを思えばこの程度どうという事はない。

 そしてパトリオットは限界を踏み超えた。それまでよりも一層強く噴き出すアーツが迫る砲弾を押しとどめようと最後の力を振り絞る。

 

 それは僅かに砲撃の威力を減衰した。が、それでもまだ足りない。生まれた少しばかりの猶予ののち、アーミヤ達は無惨にも爆発に飲まれるだろう。

 

(・・・これまでか・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その流星を、ケルシーは司令塔の屋上から見上げていた。

 

「・・・そうか。迷いは晴れたか、ボジョカスティ」

 

 ケルシーはナハツェーラーの宗主、ネツァレムを止める事は叶わなかった。

 彼らサルカズを今の苦境に追い込んだのは間違いなく自分だろう。その時の自分の判断を間違ったとは思っていない。この大地全てとサルカズ、その両者を天秤にかけ、一方を滅ぼす決断をしたのは他ならぬ自分自身だ。

 

 いつも、自分は後悔ばかりしてきた。

 連合軍とともにカズデルを滅ぼした事。ウルサスの黒棺研究所で他の研究者達を止められなかった事。テレジアとドクターをロドスに置いて作戦に出た事。

 最善を尽くしてきたつもりだ。より多くを救うため、救う者と救わぬ者を分け手を伸ばした。だが結局、抱えたはずのものすら多くを取りこぼしてきた。後悔先に立たずとは言うが、それを自覚するのはいつも取り返しのつかない事態になってからだ。

 

 何が悪かったのか。失う度に考え続け、今や袋小路に陥った命題。積み重ねた年月はケルシーに答えを与えるどころかむしろ遠ざけていった。

 

 だが彼はどうだ。

 ウルサスで、自分に劣らぬ苦境を味わっただろう。他者とは違う時の流れに孤独を感じただろう。

 

 それでもあのウェンディゴは未来への歩みを願うのか。

 

 

 今の状況、ケルシーならば間違いなくアーミヤをMon3trに何としても守らせ他の隊員をこの地から遠ざけただろう。タルラやフロストノヴァ、未だ下の階に残っているクロージャやドクターを見捨て、救える命を救う事を選んでいた。少なくとも飛空船という前代未聞の兵器の一撃を、生身の人間のみで退けようなどとは考えなかったはずだ。

 

 2人を分けたものはただ1つ。

 

 多くを救う現実(かくじつ)をとるか、全てを救う理想(むぼう)を目指すか。

 

 現実の理不尽さを嫌という程知った自分には取れなくなった選択肢。

 それこそが、後悔の無い選択というものに必要だったのではないかと思えてくる。

 

「ならば、私達も応えねばなるまい」

 

 あれほどの高度、自分にできる事はない。

 だがそれでも、自分だけではなくロドスにならできる事がある。翼を持たぬこの身でも、果たせる役割というものがある。

 

「頼んだぞ」

 

 遠く、手の届かないものを見上げ目を細めるケルシー。

 その翡翠の瞳には、堕ちる流星へと向かう()()()()()()()が映っていた。

 

 どうか彼を救ってくれと。

 ケルシーは、初めて心で祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(・・・ダメか・・・)

「大丈夫。あなたは死なせない」

 

 突如、パトリオットと砲弾の間に何かが割って入る。

 

 それは、傍から見れば巨大な4つの鉄塊だった。そうとしか捉えられないほど大きく無骨なそれらがまるで花弁のように折り重なりパトリオットを守る盾となる。そして備え付けられたブースターから噴き出した炎を推進力に押し返し、砲弾がさらに減速する。

 折れた腕にかかる圧力が軽減され、息を整える時間ができたパトリオット。

 

 気付けばその背後に銀色の髪をしたフェリーンが浮かび、その背を支えていた。

 パトリオットとは比べ物にならない、幼子と言って差し支えないその娘はアーミヤと似た外套を羽織っていた。

 その、ロドスの名が刻まれた外套が風にはためく。

 

「家族皆んな、私が守るよ」

 

―絶対に。

 

 それは、この戦場に似つかわしくない幼い声だった。

 それでもそこには、絶対を思わせる自負と決意が宿っていた。

 

 

 




この娘、だ~れだ?

正解は次回!
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