「うっ、う~~~~~」
「ほら泣かないの!」
ロドスのとある一室で、泣きじゃくる男を女が慰める。
2人が囲む小さな机には空になった缶が転がっており、それまで2人は仲良く酒を飲んでいたのだろう。気心知れた仲であるからこそ、彼女は向かい合っていた席を詰めて隣に座り震える彼の背中を叩いた。
彼女、ブレイズは飲み仲間であるスノーデビル1号に誘われ今日この場にいる。時間は既に夜9時を過ぎており、もうすぐ宿舎地区は消灯となる頃だ。そんな時間にブレイズは泣く子をあやすように彼の背中をさする。
見慣れないそんな姿を見つめながら、彼女はひとり何故こんな事になったのかを思い返していた。
ロンディニウム潜入に向け、ロドス全体が忙しなく動き回っているこの頃。当然エリートオペレーターであるブレイズも休みなく働いていた。
今日はそんな中ようやく訪れた休暇だったが、来たる重要な作戦に向け精力的に活動していたこともあって休日の予定など頭になく、結局いつも通り訓練室での鍛錬に時間を使ってしまった。
体を休めないわけにもいかず、手持無沙汰になってしまったところで自身の端末に飲み会の誘いが届く。その差出人の名前を見てブレイズの胸は思わず高鳴った。時折メッセージに震えるその端末にはでかでかと「1号君♡」と書かれていた。
ちなみに何度目かの飲み会でようやく本名を教えては貰ったものの、ブレイズは結局口馴染みがいい1号君のまま呼んでしまっている。聞いた本人も今更だと不快には思っていないようだった。
あの出会い以降、ブレイズと彼はしばしば顔を合わせては互いの近況やらを肴に酒を酌み交わしている。
妙に馬が合い、こちらの悩みを時には笑い飛ばし、また時には親身になって相談に乗ってくれる。家族を大切に思い、それを守るためならば命すら懸ける男らしい一面もある。
言葉を交わすたびに新たな発見が生まれ、自身の事も理解されていく。その応酬はまるで宝探しのようであった。
そんな日々を過ごすうち、気が付けばブレイズは彼に心惹かれていた。
そんな意中の相手からの誘いに舞い上がり、ブレイズは急いでシャワーを浴び身支度を整える。どうやら今回はブレイズ以外は誘っておらず、1号君の部屋で開催するらしい。故に畏まった格好をしても意味が無いどころか付き合いの深さからして浮いてしまうので服装はある程度ラフな格好に落ち着いた。まあそれでも、いつもより鏡の前に立つ時間が長くなってしまったのはご愛敬と言ったところだろう。
部屋を後にし、まだ開いていた購買で酒とつまみを買ったブレイズは意気揚々と廊下を歩く。
部屋に辿り着けばいつもの白い外套ではなく普段着を身に着けた1号君が出迎えた。
「お疲れさん。わりいな急に」
「全っ然。むしろ休暇なのに暇すぎて退屈してたところよ。はいこれ手土産」
「おっ、分かってんねえ。俺の好みばっかだ」
袋に入っていたのは度数の高いウィスキーとウォッカに缶ビール。そしてナッツや鱗獣の缶詰。特にウォッカは1号君の一番好きな酒である事をブレイズは知っていた。
「あがってくれ。こっちもつまみをいくつか持参してる」
扉を開けばスパイシーな何とも食欲を刺激する匂いが漂ってきて、ブレイズは目を輝かせた。
「いい匂い! まさか1号君が作ったの?」
「意外か? 西北凍原じゃ料理当番もしてたからな。自信作だ」
「言うねえ? なら期待しちゃおっかな」
そんなこんなで和気あいあいと始まった2人だけの晩酌は、並んだ料理とつまみに舌鼓を打ちつついつも通り近況報告から始まった。
互いの任務で知った事、それ以外のちょっとしたエピソードや噂話。ここ最近は話題に事欠くことも無い。ブレイズは苦手な同僚であったグレースロートの変化が気になっているらしく、レユニオンのサーシャとの繋がりについて話せば大いに盛り上がった。
翌日はスノーデビル小隊としての任務もあることで稀にある無茶な飲み比べもなく、適度なアルコールで会話も弾む。
そこまではよかった。だが酒も進み理性の紐も緩くなり始めた頃、話題が直近のフロストノヴァの話になった途端気が付けばこんなことになっていた。
「だってよぉ! 姐さんが、やっと誰かと触れられて、俺達ほんと、ロドスに来れてっ、う~~~~!」
彼にとって大切な家族であり命の恩人であるフロストノヴァの吉報。それにこれまで飲んだ酒の量も相まって1号君の涙腺は完全に決壊した。
大の大人がガチ泣きである。それでもまあ仕方ないかとブレイズは1人納得する。
なんたって大切な家族の事だ。それだけ心から想っていたということであり、情に厚いスノーデビル小隊達の類に漏れず1号君もまた長年気を揉んできた。それが恋に落ち、そんな相手と普通の恋人らしい関係になれるかもしれないというのは望外の喜びだっただろう。
その予想通り先日フロストノヴァから体質の改善を聞いたスノーデビルの面々はそれはもうお祭り騒ぎだった。誰もかれもが号泣し、居合わせたパトリオットすら声を震わせる始末。その中には当然イグナスの姿もあった。
「いいわね。ドクターもフロストノヴァの事はわりと特別に思ってるみたいだし」
「それ本当か?」
驚く1号君にブレイズは頷く。
実際、傍から見てもかなり分かりやすいのだ。
フロストノヴァは鉱石病治療のため基本ロドスに在留している。そしてこれまでの間秘書業務を担う事もあり、最近はその頻度が増えているように思う。2人が並んで執務室にいるのはわりと見慣れてきたものだ。
ドクターは誰に対しても誠実かつ真摯に向き合う。だからこそ記憶喪失というハンデを抱えながらも数多くのオペレーター達の信頼を勝ち取ってきた。だがその分自分にかかる負担に頓着しない悪癖がありアーミヤを始め幹部勢は頭を悩ませていたのだ。
確かにドクターの頭脳はロドスの運営になくてはならないものではある。だが体を壊しては元も子もない。だからこそ秘書という形でドクターの負担を軽減できるようオペレーターを傍に付ける事になったわけだが、そこで誤算が起きた。
ドクターは秘書となったオペレーターとのコミュニケーションも大切に思っており、作業の効率化で生まれた時間の全てを彼らをより深く理解し信頼関係を築くための時間として活用し始めたのだ。
無論それは誇るべき事だ。実際、それによって一部の精神的に不安定な部分のあるオペレーターのケアが万全となり作戦での的確な運用にも貢献した。作戦の指揮を下すのはドクターなのだからその部隊への理解が作戦の成功率に寄与するのは当然で、幹部勢としてもそこは諸手を上げて歓迎したい。
だがそれによって結果的にドクターにかかる負担がそこまで減ることが無かったのが問題だった。なんせロドスに在留する戦闘オペレーターだけでも50人は超えるのだ。それに加え外部からの契約オペレーターも含めればその数は優に百を超える。その全ての性格や背景、そして彼らが抱える問題の解決にまで考えを回せば常人ならばパンクする。そうなっていないのは偏にドクターの優秀さとその献身によるものだ。
結果が出ている以上無理に止めさせるわけにもいかず、かと言ってこのままではいつドクターが機能不全になるかもわからない。アーミヤやケルシーも皆の期待に背いて記憶喪失になっていたドクターの心境を察するあまり強くは言えず、ドクターもそれを弁えているのかオペレーターの前では弱った姿を一向に見せる事はなく自分の限界ギリギリを保つのが手に負えなかった。
だがそれを解決したのがフロストノヴァだったのだ。
彼女はドクターの不調を察するやいなやあれこれと理屈をつけて休ませた。本人の面倒見の良さと優秀さもあって秘書としての業務も問題はなく、何よりドクターにも問答無用で意見を押し通せるところがよかった。世話をかけさせ続けた弱みかそれとも何か心境の変化でもあったのかいつの間にかドクター側もフロストノヴァに対してはある程度素の弱さを曝け出す事に躊躇いが無くなった。
そんな2人の距離が近づいていくのなんて、誰が言わなくとも明らかだった。
最近なんて言葉を交わさずとも互いの求めているものが分かるようで、何を言われるまでもなく執務室で無言のまま書類を受け渡しする姿が見れる。
その姿はまるで卓上の調味料を「ん」と言っただけで理解し手渡してくる熟年夫婦のようで、執務室を訪れたオペレーター達の間で噂されていた。
そして何より、彼女はドクター攻略の最大の壁であるアーミヤ直々に信頼を寄せられているのだ。
秘書業務が増えているのも彼女の采配であり、もはやその仲を妨げるものは無いに等しい。
以前、そんな2人を前にするアーミヤをブレイズは軽く揶揄った事があった。
アーミヤのドクターへの想いは並大抵のものではなく、
『フロストノヴァさんにだったら、ドクターを任せられます。少し寂しい気持ちはありますけど、お2人が仲良く話しているのを見ているととても温かい気持ちになるんです』
そう語った時のアーミヤの表情はその歳に似合わずやけに大人びて見えた。自分の中の何かに折り合いをつけて2人を離れたところから見守るそれは、まるでかつてあった光景を思い返しているようであった。
並び立ちアーミヤを手招く2人の姿を、一体誰に重ねていると言うのか。ブレイズはアーミヤの気持ちが分かった気がした。
アーミヤの個人的な感傷はさておき、そんな2人を取り巻く状況を解説してやれば1号君はそうかとしみじみ呟きグラスの中身を飲み干す。
実際、ブレイズも2人はお似合いだと思っている。ドクターの手綱をしっかり握るフロストノヴァならば、もう二度とあのような悲劇は繰り返さないだろう。
エリートオペレーターだけが伺い知るバベルの結末の真相。あの時のドクターの異様な雰囲気は皆が肌で感じていた。そして察しながらもそれを先延ばしにしてしまった。例えあの事件の全容は掴めずとも、今度こそは目指した遠大な理想の先へとドクターも一緒に進みたいという思いは皆が共有していた。
そこまで考えて、では自分はどうだろうとブレイズはふと思う。
これまで特定の誰かにそこまで想いを寄せた事はない。逆もまた然り。
背を預け合える戦友は両手には収まらないほどいるが、人生を預け合えるかというとまた別だ。
「ねえ、1号君。変な質問していい?」
「どうした急に?」
羨ましかったのか。だからこんな自分らしくも無い事を訪ねてしまったのだろう。
「もし私とフロストノヴァが目の前で死にそうになってたら、どっちを助ける?」
言ってすぐ、口に出したことを後悔した。
それは卑怯な問いだった。面と向かってお前とは別の人間を選ぶなどと言える人間はそういないだろう。それに長年一緒に居た家族であるフロストノヴァと飲み仲間の1人でしかない自分とではどちらを選びたいかなど明らかだ。
「・・・」
唐突なその問いに驚いているのか、1号君は呆然としている。その沈黙がやけに長く感じられて辛い。
きっと彼は優しいから、冗談で自分を選んでやると言ってくれるだろうか。はたまたきっぱりと彼女と断言するだろうか。あるいは、傷つけまいと明言を避けるのか。
どちらにせよ、自分で質問しておきながら勝手に傷つくだろう。その身勝手さに胸を刺されながら、誤魔化すように笑い頭を振った。
「ごめん、やっぱ今の無し! 忘れて今の」
「選べるかよ」
「えっ」
振り向いた視線の先、1号君はブレイズから目を逸らしたままだ。
だからその表情は伺えない。それでもやけにぶっきらぼうな口調、それは照れくささを隠そうとする時の彼の癖だと知っている。
「お前も大切だって言ったんだ。二度は言わない」
「・・・」
思いがけない言葉に固まるブレイズに、1号君はむず痒くなって顔を逸らしグラスに口をつける。
普段の彼女ならば「そっか~大切か~、いや~私も想われてるな~?」とニヤニヤ揶揄ってくるところだ。それがこうまで動揺し二の句を告げないでいる姿を見せられると調子が狂う。顔を逸らす直前、その頬が赤らんでいたのは酒の所為だと思いたかった。
後頭部に視線を感じる。じっと見つめてくるブレイズは、その続きを求めているようで。
それを誤魔化すように、1号君はグラスを一気に呷った。
恥ずかしさやらで会話はぎこちなくなり、生まれた空隙を埋めようと飲み干す酒の量は増えていく。要は1号君は酒に逃げた。
結果として、程よいペースを保つつもりだった1号君の当初の目論見は瓦解した。
「あら、寝ちゃったの?」
遂に一言も喋らなくなった彼を覗き込むブレイズ。
軽くゆすっても、起きる気配はない。しばらくして鼾をかき始める始末。
「ふ~~ん。言い逃げするんだ」
それを見下ろしながら、ブレイズは缶に残った酒をゆっくり仰ぐ。その瞳は先に寝入った彼を捉えて離さない。
頭の中を先程の言葉が反響する。それが響く度、心臓の拍動が鮮明になっていく。
ゴク、ゴクと飲み干す音がする。そして全てを飲み干した後、空になった缶を置きブレイズは彼へゆっくりと近づいていく。
そしてその肩を抱き、突っ伏した彼を起き上がらせる。明日からも任務だというのはお互い様だ。ここで寝てしまっては次の日に影響するだろうしお開きにするには丁度いい頃合いだ。
だがベッドへと運ぼうとするブレイズの目と鼻の先、火照る首元に一筋の汗が光った。
それを目にした事で、あらゆる感覚が研ぎ澄まされる。
密着した体からはウルサス特有の高めの体温が伝わってくる。
そして漂う酒気と仄かな汗。それに刺激される、食欲とも違う喉が渇くような餓え。
「・・・だめじゃない1号君。こんなとこで酔いつぶれちゃ・・・」
意識の無い彼に忠告し、肩を貸しながらベッドへと連れるブレイズ。
その喉がもう一度、ゴクリと何かを飲み込んだ。
気が付いた時には、1号君は自分の部屋のベッドで大の字に寝転んでいた。
起き上がると二日酔いの感覚がして顔を顰める。ウルサスは酒に強く、それは1号君とて例外ではないが昨夜はつい舞い上がってしまったらしい。最後にブレイズにこっ恥ずかしい事を言ったのは覚えているが、それ以降の記憶に至っては曖昧だった。
どうしたものかと頭を抱えていると、机に置かれた瓶と一枚の付箋が目に入る。
『じゃあね1号君。任務気を付けて。飲み過ぎは体に良くないぞ? あなたの大切な飲み仲間より』
「・・・くっそ、恥ずかしいな」
揶揄われはしたものの、その善意を有難く頂戴することにし瓶の中身を一気に飲み干す。流石製薬会社ロドス・アイランドが取り扱う二日酔いの薬、幾分かマシになった。
そのまま簡単に身支度を済ませ、1号君は部屋を後にする。
今日はスノーデビル小隊での任務があるのだ。待ち合わせ時間にはまだ余裕があり、待機部屋に着く頃にはふらついていた足も元に戻る。
だが意識がはっきりしてきたことで鈍くなっていた体が目を醒まし、それまで気付かなかったものにも気付くようになった。
「なんだ? 首のところが妙に痛え」
首元をさする1号君。寝ぼけて寝違えたかとも思ったが、ヒリヒリするというかなんというか。とにかく痛みの具合からして外因的なものだ。
確認したいが手元に鏡はなく、首元に近すぎて自力では見れそうもない。
どうにか見ようと四苦八苦した挙句、首がつりそうになり断念したところで仲間の元に辿り着いた。
丁度いい。そう思って仲間に声を掛ける。
「なあお前ら。俺のここ、何か傷が無いか?」
「? どれ見せてみろ」
1号君が外套を脱ぎ肩を露出させる。
なんだなんだと集まったスノーデビルの隊員達。
「「「・・・・・」」」
だが1号君の首元を見た途端、誰もが閉口した。
一言も発しない彼らに不安がる1号君。
「おい、なんだよ?」
「お前、昨日何してた?」
「え? そりゃ休日だし酒飲んでたよ」
「誰と?」
「・・・ブレイズと」
それを聞き、スノーデビルの多くがあちゃーと頭を抱えた。いや、一部は妬みやら何やらをブレンドした般若の如き顔をしていたがその理由に皆目見当がつかない1号君は戸惑うしかない。
「おいどうなってんだよ俺の首?!」
「まああれだ。俺達から言えるのはこれくらいしかない」
互いに顔を見合わせる彼らは、最後に揃って口を開く。
「ご愁傷様」「責任とれよ」「仲間だと思ってたのに! 絶交です」
「ほんと何なんだよ?!」
そう叫ぶ彼の首元には、誰かの噛み跡が赤く円を描いていた。
それから数日後
「なあ、スージーさん」
「どうしました?」
廊下を歩くレイドが傍らの少女に問いかける。
「俺の同僚なんだが、フェリーンの友人に悪戯で首元を噛まれたと言っていたんだ。フェリーンの間では一般的なものなんだろうか?」
「えっ! それは、その・・・ごめんなさい! 何も知らないですぅ~~~/////」
赤らんだ顔を手で覆いながら走り去っていくスージー。
「何なんだ?」
そこに通りかかるクエルクス。
「君、今のセクハラだよ」
「えっ」
誤解を解こうと追いかけるレイドと逃げるスージーの追いかけっこはしばらく続いた。
フェリーンはきっと自分の獲物に噛み跡をつける。
そうに違いない。次は左手薬指とかに噛み跡つけるに決まってる。
そう思ったらフェイストとロックロックのカプを思い出して鼻血でた。
いいわよ。どんどん見せなさい。カプ厨の私が喜ぶわ。