アーミヤの力強い宣誓に湧く自救軍とロドス一行。
誰もが拳を振り上げ、溢れだす戦意と団結力を歓声という形で出力する。
そんな中俺、イグナスは静かに拳を握りしめていた。
「・・・」
無論、来たる戦いに向けての意気込みは彼らと同じだ。だが本来あるはずだった未来を知るからこそ、未来を不確定なものと諦めることもできず考えうる全てに備えようと頭を回してしまう。
先が分からないのではなく、その先を知っていたが故に感じるそれとの差異に焦燥感が燻る。膨らみ続ける不安を抑えようと大きく息を吐いた。
既に俺の知る原作の流れからは大きくずれている。それが自分の意図したものかそうでないかは色々あるが、それらは折り重なりもはやその流れを汲む事は難しくなった。
原作では、貴族の柵に囚われたアラデルは救われず蒸気騎士とともに瓦礫の下に消えた。
俺が学校から救い出したゴールディングは失意の中生きることを諦め、それに触発された変形者は自死という新生の道を選んだ。
だがそれは俺の、そして皆んなの努力のお陰で変えられた。
シージはヴィクトリアを背負う覚悟を決めアラデルをその家名ごと救うと誓った。ゴールディングは自分の所為で自救軍が半壊状態になる事もなく、変形者は封印はされたものの俺達とともに歩むと言ってくれた。
だが嬉しい事ばかりじゃない。その分、こちらにとって良くない変化もあった。
原作で飛空船が戦力として投入されるのはもっと後だったはずだ。あれは唐突にロンディニウム周辺を航行していたウィンダミア公爵の高速戦艦を撃墜し、それと同時にロンディニウム内の物流区画であるノーポート区を切り離して囮として使った。中に大量の市民が取り残されたそこを放置しておくこともできず、かといって外壁に加えその頭上に飛空船が留まっているとなればロンディニウムを包囲する公爵達は安易に高速戦艦を出すこともできない。
その微妙なバランスのもと、ロドスが市民達を救出する為に動いたのが原作で言う第12章、そして俺が知る原作知識の終着点だ。
だが既に飛空船は起動し、外の高速戦艦に撃ち込まれるはずだった砲弾は都市のど真ん中に放たれた。先程の会議で話題に挙がっていたようにカズデル軍事委員会の姿勢がかなり好戦的になっている証拠だ。
ロンディニウムが戦場となれば流石の大公爵達も高速戦艦を出しての全力で来る。そしてサルカズ達はそれを上回る程の暴力で以て対抗するだろう。
そうなればここは地獄と化す。無数の砲弾とサルカズの血に飢えた巫術によって辺りは屍だらけとなる。それだけは何としても避けなければならない。
現状、軍事委員会側で警戒すべき対象は4人。
ブラッドブルードの大君ドゥカレ。
ナハツェーラーの宗主ネツァレム。
聴罪師のリーダー、クイサルトゥシュタ。
そして、軍事委員会の総帥たるテレシスだ。
誰もが下手すれば単身で軍を相手にできる力を持っていて、しかも自分はその全力を知らない。
対してこちらは最大の戦力であるパトリオットが手傷を負っている。メタ的な視点からすれば原作ではそもそもレユニオンはロドスの味方にすらなっていなかったわけで、それでもアーミヤ達は俺の知る12章より先に物語を進めたのだとしたら戦力的にはマイナスにはなっていないとは言える。
だが俺が目指すのはハッピーエンド。自救軍の戦士や未だ都市に取り残された市民達に、ロドスやレユニオンの仲間、彼らを失わないためにも戦力はいくらあっても足りないくらいだ。
拳が小刻みに震える。
感染者になってから、時折夢を見る。それは決まって悪夢だった。
レユニオンの仲間が1人1人消えていく夢。タルラが孤独に彷徨う夢。アーミヤが剣を取りこぼし立ち尽くす夢。
俺が出会い、その眩さに憧れた彼らが、悉く悲嘆と絶望に塗りつぶされる姿が頭から離れない。
(落ち着け。こんな事日常茶飯事だっただろうが)
遠い理想の為にがむしゃらに駆けまわって、気付けばここまで辿り着いていた。原作との差異なんて気にする余裕も無かった。ただ救いあれと願い、それが叶えば胸が熱くなった。ただそれだけでよかったんだ。
だが今は違う。転生してからこれまで生きてきて初めての完全な未知。知り得る原作知識のその先を前に、どうしても不安が湧き出てくる。
それは思考を空回りさせ、それを自覚しているからこそどうにかしようと焦りが出る。
分かっていても止められない。今も決戦への意気込みに湧く彼らの声がひどく遠くに聞こえる。まるで自分以外の全員と薄く透明な壁で隔たれているようで、それが一層俺を孤独に感じさせた。
どうしようもない悪循環に唇を嚙みしめていると、誰かが俺の手にそっと触れた。
見れば俺の横に立つタルラはアーミヤとシージとともに拳を振り上げ作戦室内の皆んなを鼓舞している。だがそのもう一方の手が、僅かに震える俺の拳を包み込んでいる。
言葉も視線もない、ただそれだけで十分だった。透明な壁の幻像を突き破って、伝わってくる温かさが緊張で冷えたそれに熱を与えてくれた。
―私達がついている。
俺を握るタルラの手がそう言っている気がした。
「・・・そうだな」
震えはもう止まっていた。
もう大丈夫だと、その意味を込めてその手を握り返す。タルラの指が俺のと絡まり、掌をぎゅっと受け止める。
そもそも、未来なんて誰にもわからないんだ。運命なんてものが決まっていたとしたら、俺は今この場にはいない。
不確定だからこそ、それは無限の可能性を持っている。皆が失いながらも何かを手にする結末にもなれば、信じられないようなハッピーエンドにだってなるかもしれない。
そう信じるからこそ、俺達はここまでやって来た。
そんな至極当たり前の事を思い出させてくれた。
「さて、それじゃあ下準備といきますか」
次に顔を上げた時、俺はいつも通りの不敵な笑みを浮かべられていたと思う。
そうして手始めにシャイニング達と一緒にクイサルトゥシュタを滅ぼす方法を話し合った後、今度はドクター達の元へ向かう。
既に全体としての作戦方針については話し終わっていて、ドクターとアーミヤがロドス隊の具体的な作戦について意見をすり合わせている。
割り込む形になって申し訳ないが、まあ許してくれるだろう。
「ドクター達、悪いがちょっくら着いてきてくれないか? あとシージ達も」
「? 分かりました」
「私達もか?」
離れたところにいたシージが振り返る。
「ああ。アラデルも頼む」
「私も?」
「とりあえず2人だけでいい」
急な指名に首を傾げつつもシージとアラデルはモーガン達と別れ俺についてくる。
ドクターとアーミヤとケルシーとフロストノヴァ、そしてタルラにシージとアラデル。大所帯となったがこれくらいで十分だろう。これ以上多くてもうまくいかない可能性もある。
作戦室の外へと向かう扉に歩く。
廊下は忙しなく自救軍戦士達が行き交っていて、彼らの表情は緊張しつつも気概に満ちていた。
これなら早々折れる事はないだろう。ここにいる殆どが戦いも知らない一般人だったはずなのに、俺は改めてテラの人々の底力に驚く。
「どこに行くんだ?」
「フェイスト。ああ~そうだな・・・」
外へと向かう俺達に気付いたフェイストが尋ねてくるが、それの返答に少し詰まる。
なんせこれからする事は不確定要素が強いのであまりはっきりとした事は言えないのだ。
だから俺はいつも通り自信満々に、胸を張って笑みを浮かべた。
「ちょっくら大物を釣り上げにな? 期待しててくれ」
そう言って地下迷宮を後にした。
「・・・ロンディニウムで釣りでもするのか?」
「さあ?」
それにフェイストとロックロックの2人は首を傾げていた。
「イグナス。どこまで行くんだ?」
地下迷宮を出てしばらく、俺達は歩き続けた。
街中はすっかり人の気配もなく、路地裏は一層の不気味さが漂っている。
まあ、先程の騒ぎを聞いて態々外をうろつこうなんて奴はいないだろう。ロンディニウムの市民は自室で息を潜めているようだ。
ドクターが俺の意図を尋ねてくるが、それを適当にはぐらかしつつ人気の少ないところを歩き回る。悪いが今はまだ気取られる訳には行かない。
そして散々歩き回った挙句、道具やらが床に散らばった工場のような場所で俺はようやく立ち止まった。
適度に広く、人の影もない。何より適当に歩き回ったお陰で
「ドクター、さっきの作戦についてなんだが。俺もあれしかないと思う、けどもう一押し欲しいところだろ?」
ドクターは唐突な俺の指摘に驚き、そして頷いた。
「そうだな。こちらは外の公爵達へのパイプを持っていない。もしこちらが飛空船とザ・シャードを抑えたとして、いつまでそれを維持できるかは分からない。現状彼らがこちらの意図を正確に読み取ってくれるのを期待しなければならない以上、せめてタイミングを合わせられるような手段は確保しておきたい」
「殊ここに至ってまだ彼らが互いに牽制し合うと? 奴らがそこまで愚かでない事を願おう」
シージはアラデルの一件や自救軍の活動を見てきたことで公爵達には否定的で、今も皮肉めいた言葉を口に出す。俺も全力で頷きたいところだが今はいい。
ドクターも自分で言っていて俺の狙いに思い至ったのだろう。その視線はシージの後ろへと向かった。
「成程、そこで彼女をという事か」
シージの一歩後ろに続くアラデルが目を見開く。
「まさか、私に頼るつもり? 申し訳ないけどもう私はカスター公爵にとって役目を果たせなかっただけの用済みよ。交渉にすら応じてくれないでしょうね」
「いや、そこに関しては問題ない」
申し訳なさそうに眉を八の字にする彼女だがそんな事はない。
諸王の息の奪取はカスター公爵自身が命令したものだ。つまりそれだけ重要なものなわけで、この地に直接足を運ぶ訳にはいかない以上その成否を確認する奴が送り込まれているはずだ。
そしてそいつはアラデルからの報告が無い事に疑念を抱きこちらを監視に来るはずだ。こうして接触の機会を絶っていたのなら尚の事。
カスター公爵お抱えの、より工作に特化したあの人物。原作知識を基に確信を持って俺は声を張り上げた。
「いるんだろ? 出て来いよ」
無人の工場に俺の声が響く。
警戒する皆んなを余所に、あたりはシンと静まり返る。
そこには誰一人の気配も感じられない。くそ、これじゃまるで俺が痛い奴のようじゃないか。いるの分かってんだからな。本当だぞ?
「それともあれか? お前達はシャイボーイだから
俺以外は姿も見えないだろう。だが俺の目は確かに彼を正面に捉えている。
無言のまま先の見えない暗がりを見つめ続けると、ようやく人の気配も無かったそこから靴音が響く。
建物に挟まれたその暗闇から、ゆっくりとそいつが姿を見せた。
上品な黒いコートに帽子を被ったそいつは、ポケットに手を入れながら悠々と歩いてくる。その佇まいはヴィクトリア紳士然としているが、深く被った帽子のせいでその相貌は伺えない。帽子の耳出し穴から除くフサフサの耳で辛うじてフェリーンだという事しか判別できなかった。
何一つ悟らせないまま、そいつは唐突に声を発した。
「やれやれ。隠密には自信があったんだが、流石はレユニオンの幹部といったところか」
聞こえてきたのは青年期は過ぎたであろう男の声だ。だがその声音すらどこかあやふやで、掴みどころのない不気味さがあった。
俺はそいつの正体を知っている。
「不審者にしては洒落た帽子だな。どこの誰だ?」
俺の問いに、そいつは特徴的なその帽子のツバを摘まんで言った。
「グレーシルクハット、人々はよくそう呼んでいる」
グレーシルクハットの視線が俺の背後にいく。
その先にいたアラデルが僅かに体を強張らせた。それを察したシージが咄嗟に彼女を背に庇う。
「そうか。貴様がアラデルを・・・」
「武器をしまいたまえ、殿下。我々は今争うべきではない」
彼はシージを殿下とそう呼んだ。
つまりシージの出自を掴んでいるという事であり、ロドスと自救軍にしか伝えていない情報を収集するだけの能力があるという事だ。
こちらの全員の警戒度が上がった。
それに動揺するでもなく、彼はあくまで自然体を装っている。どころか自分を害するものなどこの場に何もないと言わんばかりの堂々さ。
親切心かそれとも動揺を誘う為か、彼はシージを窘める。
「貴女もある意味『王位継承者』なのだから。辛抱というものを覚えるべきだ」
「安い挑発だ。よく覚えておこう」
だがそれに乗る程シージも愚かじゃない。軽くあしらったシージにグレーシルクハットが驚いたように見えた。
だがそれも一瞬。アラデル達から視線を切り、それはドクターと俺達に向く。
「殿下を支持するロドス。そしてドラコを頭に据えるレユニオン。貴方方はヴィクトリアの関心の的だよ」
「恐縮だな、とでも言えばいいのか?」
「無論。それが良い事か悪い事かは別にしてな」
洒落た言葉遣いしやがって。要は俺達の事も調べ上げてると釘を刺してるだけだろうが。
グレーシルクハットが改めて俺達全員を見回した。
「さて。お互い積もる話もあるだろうが今はそれどころではなさそうなのでね、手短に伝えよう。殿下、貴女が持つ『諸王の息』をこちらに引き渡してもらいたい」
「何故この剣を求める?」
彼の視線がシージの、正確には腰元に注がれる。
シージが腰に佩いた剣の柄を撫ぜた。
「では逆に聞くが、その剣を殿下はどう使うおつもりだ? まさか本当にその一振りで天災の雲を引き裂けるとでも?」
「試してみるか?」
シージが剣を鞘から抜き放つ。差し込んだ光が刀身を反射しグレーシルクハットを一瞬照らす。
遠回しな脅しにしかしあちらも怯む気配すらない。ただ滔々と言葉を並べ立てる。
「その剣で私に斬りかかろうと何も変わらない。あるべき場所でこそ、その剣は真価を発揮する」
「ハッ、笑わせるな。これはその身が朽ちようともヴィクトリアに尽くし続けた誇り高き騎士から託されたものだ。これまで様子見を決め込んだ臆病者の手に渡ってよいものではないな」
「殿下、それは誤解だ。私達の誰もがヴィクトリアの平和を願っている。だがそのために今私達を縛る全ての柵を取り除く事は難しい」
「言い訳は無用だ。貴様らがこの国をどうしたいかなどどうでもいい。それでも私達がするべき事は変わらんからな」
諸王の息が真っ直ぐグレーシルクハットに向けられる。
「私はヴィクトリアとして、この地に住まう者達にあるべき日常を返す。そのためにサルカズをこのロンディニウムから退ける。貴様らが次の王を誰にしようと構わん。だが覚えておけ! この道を阻む者は誰であろうと私自ら鉄槌をくれてやる」
「交渉は決裂だと?」
「欲しければ自ら来いと伝えろ。彼の遺志を継ぎロンディニウムの民を救う者にこそ、この剣は相応しい」
毅然とした態度でシージは言う。
「・・・殿下はまだ誇りだのと言っているのか。どのような思想を持とうと勝手だがそれは言葉以上の重みを持たず、また殿下の手にある限りそれは何でもない只の鉄の棒きれでしかない」
「その棒切れにすらお前達は劣ると言っているのだ。下らない主導権争いでこの国の首都とその市民達を蔑ろにし、あまつさえその皺寄せを彼女1人に押し付けた。自分こそヴィクトリアを統べるに相応しいなどと驕り足を引っ張り合うお前達に比べれば、そこらの棒切れの方がまだ有用だ」
「殿下は他の公爵が主導権を握った時この国がどのような末路を辿るのか理解していない。ウェリントンの本質は
「あ~いいかお二方? このままじゃ平行線だ。こうしてる間にも軍事委員会は開戦の準備を整えているんだ、手短にいこう」
「・・・どういうつもりだ?」
白熱する2人につい割り込む。
退かないシージ。あくまでも自分の任務を全うしようとするグレーシルクハット。このままではここで要らん衝突を招きかねない。
だからこそ、話が分かる奴をこの交渉テーブルに引っ張ってくる必要がある。
それにはやはりこれしかない。
「お前のバックにいるカスター公爵と話がしたい」
「・・・正気か?」
「勿論」
公爵を呼び出せと提案すると、グレーシルクハットはため息を吐いた。
「公爵様はロンディニウムを取り巻く状況を把握するのにお忙しい。交渉したいのならばまず私を通す事だ」
「それはお前が彼女の意思を代弁するって認識であってるのか?」
「私はただの配下であり与えられた任務に基づき行動しているだけに過ぎない。だが現場での裁量についてはある程度の余地がある。それがロンディニウム奪還に有用であるのなら、あらゆる手段を検討しよう」
つまりこちらへの脅迫も辞さないという事だ。
「カスター公爵に有用なら、の間違いじゃないのか?」
「彼女の下にまた団結するのなら、それはヴィクトリア全体の幸福に繋がる」
「1つ質問に答えろ」
「何だね、殿下?」
「彼女は先程の戦いで何人の自救軍戦士が深手を負いその命を散らしたかまで知っているのか?」
尋ねながらも、既に予想はついているんだろう。
シージの義憤が膨らみ、諸王の息の柄が握りしめられ音を鳴らす。
「物事には順序というものがある。それを理解していない者は正義感という毒に侵され徒に被害を拡大するだけだ。彼女はそれを知るからこそ、事態が好転するのを待っているのだ」
「貴様っ・・・」
確かにその通りなんだが、これだけの被害が出てしまっているとそれは言い訳染みて聞こえる。
穏便な交渉は望めないと悟ったのか、グレーシルクハットは趣向を変えた。
「ロドス、貴方達は『廃棄工業資源の回収及び処理』の名目でロンディニウムから631キロ程離れた場所への停留申請を出しているようだが、回収業務は順調かな?」
「・・・」
ドクターは沈黙を保っている。
当然だ、それは最初から詭弁でしかないのだから。
奴の言葉通り、ロドスは現在ロンディニウム近郊に停泊している。こんな緊張状態のロンディニウムに近づくなんて普通不可能なのだが、ロドスは「廃品工業資源の回収および処理」の名目をでっち上げ停泊申請を許可されている。ケルシーが数日前までロドス艦の方でナハツェーラー軍を牽制してくれていたが、それだけ近いという事はつまりそれを現在包囲しているはずの各ヴィクトリアの大公爵家の艦隊とも近いという事だ。
「君達は停留目的を偽造してロンディニウムに入り込んだ。これは国防上重大な問題だ。場合によっては本艦への取り調べもあり得るだろう」
「そんな!」
「それが貴様らのやり方か!?」
シージがいよいよその剣を振りかぶる。
「ノーポート区」
「!」
だがグレーシルクハットが発した言葉に体が固まる。
「あそこには貴女のご友人がいるのだろう。グラスゴーの名は地元ではそこそこ有名だ。殿下のかつての友人も、その市民からみかじめ料を徴収するれっきとした犯罪者だ」
流石は政治に強いカスター公爵家の直属部隊といったところか。俺達の弱点を的確に押さえている。
このままではそれを盾に無理難題を押し付けられるだろう。
「取引しないか?」
だが、そうはさせない。
俺はグレーシルクハットの言葉を遮った。
「言葉に気を付けろ。お前の言葉によってはレユニオンはカスター公爵家を敵とみなすぞ?」
「!」
俺の言葉に乗る怒気にグレーシルクハットが身構える。
原作同様、彼がロドスらを脅してくることは想定内だった。なら当然対策も練ってある。
ここでロドスを巻き込まずあくまでもレユニオン個人がと区別するのがポイントだ。原作ではロドス艦の安全を担保にカスター公爵家に従わざるを得なかったが、俺達がいれば牽制にはなる。
レユニオンはロドスと違いそこらへんの思い切りはいい上本拠地は遥かウルサスだ。いざとなれば真っ向から反対できる。そうすれば当然あちらもある程度譲歩せざるを得ない。いかにグレーシルクハットと言えども躊躇するだろう。なんせ俺達は世界中の鉱石病感染者を味方につけているようなものなんだから。
アーミヤとドクターもその構造に気付いたのかこちらの意思に沿って大人しくしてくれている。ありがてえ。
「こんな時にまだ主導権がどうこう言いやがって、それで要求に応じなかったら人質取って無理矢理従わせようだあ? ふざけんじゃねえよ!! お前達が総力を挙げて団結していれば、ここまで状況が酷くなることも無かった。それをお前らは下らない小競り合いで傍観を決め込んだ。その結果がこれだ。自救軍の戦士達の前で同じ事言えんだろうな? 君の家族は大公爵達のその下らないヴィクトリアの未来像のために死にましたってなぁ!」
グレーシルクハットが言葉に詰まる。
もし原作通り本艦を襲撃されたくなければ飛空船の所に行って設計図を盗んで来いなんて言った日には全力を挙げてぶっ潰してやるつもりだからな。こんな一大事に欲に目を晦ませてんじゃねえって話だ。
話の主導権を手繰り寄せたところで、もう一押しカスター公爵をテーブルにつかせるための手札を切る。
「俺は元商人でな。商売ってのは顧客の欲しい物を察する力がないとやっていけない」
「・・・何が言いたい?」
「簡単だ。お前らがそこまでして欲しているもう1つを当ててやる」
「何を・・・?」
そう言って俺は天井を指差す。そこには何もない。ガラスが割れ使い物にならなくなった照明がぶら下がっているだけだ。
だが、俺が指し示したのは更に上。
「あの空に浮かんでいる飛空船。あれのレシピなんてどうだ?」
「・・・」
初めて、グレーシルクハットが目に見えて動揺した。奴の狙いを見事的中させた俺を見る目に、傍からでも分かる程の警戒心が混じる。
「どうやら君は私達の想像より遥かに危険な人物らしい」
「恐縮だな、とでも言えばいいのか?」
俺の知る最後の原作知識。
外に控える大公爵達のうちウィンダミア公爵については微妙だが、ウェリントンとカスターの両者はそれぞれ飛空船の設計図を欲しがっていた。カスター公爵なんて同じくロンディニウム外周に停留しているロドス本艦を人質に脅迫に近い形で命令してきたほどだ。
無論、それだけの価値があるのは分かる。あれはテラの大地で初となる継続的な空戦能力。空を駆ける蒸気騎士がいなくなった今、喉から手が出る程欲しいものだろう。こんな時にまで皮算用やってんじゃねえと怒鳴りつけてやりたいくらいではあるが。
もしヴィクトリアがそれを手にすれば、その技術力を以て空軍の整備すら夢ではない。
そうすればヴィクトリアは長年理想に掲げてきたヴィクトリアを中心とした国際秩序すら築くことも可能になる。
「本当に持っているのか?」
「レユニオンの噂は聞いてるだろう? あいつらには別で動いて貰ってるんだ」
無論、奴が本当に求める飛空船の設計図など持ってはいない。
だが俺はあれの中枢がレヴァナントによって稼働していることを知っている。レヴァナントがいない限り、そして彼らが協力しない限りあれは空を飛ばない。
つまり飛空船の設計図を手に入れようと必死こいてる公爵達は徒労に終わるのだ。その無駄な労力を失くしてやったとでも言えば、まあなんとかなるだろう。
カジミエーシュでラズライトにハッタリかました時以来の大法螺だが、飛空船の設計図を求めていると言い当てた事でそれは真実味を増す。
グレーシルクハットは黙ったままだ。おそらく奴の頭の中では俺の発言の信憑性、事実だった場合取引するメリット、どう交渉を有利に持っていくかなどなど様々な事が駆け巡っているのだろう。
ところで、取引を有利に進める上で一番必要な条件とは何だろうか?
相手に対して立場が上である事? あるいは優秀な取引材料を持っている事?
どれもそうだが、今回は違う。
「まあ、嫌だって言うならいいぜ? 俺達は別に困らないからな」
「何だと?」
取引をする上で避けなければならない事態。それは相手が1人しかいない事、要は独占市場だ。
この場でいくら配下相手に交渉しようとカスター公爵はそれを上回ってくるだろう。俺の商人上がりの交渉力じゃモノホンの政治家相手には少しキツイ。
だからこそ、相手に考える隙を与えない。この交渉を成立させなければ大損する、そう思わせなければならない。
そしてその為のピースは既に揃っている。
「連れて来ましたよ」
緊迫した交渉の場に、突如声がかかる。
その場の全員が肩を跳ね上げる中、俺だけは乱入者たる彼女を快く出迎えた。
「指定した時間通り。助かったぜ
そう声を掛けると、ピンクの鮮やかな髪色のフェリーンが居心地悪そうな顔をした。
「新参者に期待をかけてもらってありがたいですけど、あまり期待しすぎないでくださいね?」
「何言ってんだ、何だったら今すぐにでも幹部になってもらいたいくらいだぜ」
「流石に止めてくださいっ?!」
全力で首を振る彼女。唐突な乱入者にグレーシルクハットは困惑する。
だが彼女らが陰から姿を現し、その後ろに続く者を目にしたとき思わず声を上げる。
「なっ!!」
ヴィクトリアの住人なのだろう何人かのフェリーン。彼女らは別にいい、荒れた空気を纏っておりかなり戦えそうではあるがカスター家お抱えの彼らには及ばない。
だがその中心に佇む彼女だけは違う。実力であるだとかそういった問題ではなく、彼女がこの場にいる事自体が状況をかき乱す。
少し小柄なその少女が前に出る。水色の前髪に隠れたレモン色の瞳が鋭く光る。
その体格に見合わず纏う空気は凛としていて、軍隊特有のひりついた空気が彼女を中心に漂っている。
そして何より、その相貌はヴィクトリアの公爵家に仕える者に鮮烈に焼き付く光景を想起させた。
「デルフィーン・ウィンダミア。ウィンダミア公爵家の跡取りとして、今の話詳しくお聞かせ願えますか?」