明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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第九話 新たな仲間

 フロストノヴァとパトリオットとの会合から1年後

「早く立て!次が来るぞ」

「誰のせいで固まっていると思っている、この白ウサギが・・!」

 悴む体をアーツでなんとか暖め、剣を杖にして立ち上がる。

「この程度で動けなくなるとは、情けないな」

「何がこの程度だ、ウルサス製の武器が凍りついたんだぞ」

「そのすぐ熱くなる頭には丁度いいだろう」

「言ったな!味方に冷気を喰らわす陰湿め、干からびさせてやる」

「姐さんら!頼みますからもう少し集中してくださいませんかね?!」

 

 とある採掘場の詰所前、私達は駐屯軍を相手に足止めを行っていた。

 あれ以来、私達は真の同志とは言えないながらも同盟相手として当初の目標であった拠点の護衛と資源の共有を果たすことは出来ていた。

 そして今回、西北凍原のとある採掘場に駐屯軍がやって来たという情報を受け、それらの資源を奪うと共に彼らの下で碌な装備もなく源石採掘を強制されている感染者達を救うべく遠征を行った。

 こちらは人数も十分なことに加えて、スノーデビル小隊や遊撃隊も参加している。その他の戦士たちもボウガンや刀剣で武装し万全な状態で臨んだだけあり、こちらの損害はほぼ皆無と言ってよかった。

 だが、劣勢を見てとってか軍が坑道近くに篭城し始めてから戦闘は膠着状態に陥った。

 あまり時間を掛けると増援も警戒しなくてはならなくなる。そこで殆どの戦士達を別の坑道に向かわせ、内部の感染者を保護すると共に彼らの後ろから挟撃できないか探らせた。

 当然、文字通り後が無くなった駐屯軍は彼らに蓋をしている私達に猛攻を仕掛け、私達は今それに対処している。

 

 駐屯軍の一部が包囲から抜け出す。それを見た私は()()()()()()()()()()を鞘から抜き、そちらへ向ける。

「逃げるな」

 私のアーツで炎の壁を作り逃げ道を塞ぐ。その勢いは1年前、フロストノヴァと対峙した時に比べ、威力も範囲も向上していた。

 無論、度重なる戦闘の経験でアーツの技能が上がっていることもある。だがそれだけではない。

(まだ慣れないな)

 今までは剣を振るうがまま、望むままに炎を操っていた。それをまるで指揮棒のようにレイピアを振るい明確な発動手順を踏みそれを行使する事に、私は若干の違和感を感じていた。

 左手に掴んだレイピアの感触に戸惑いながらもそれを逆手に持ち替え鞘に仕舞う。

 これはイグナスが以前リターニアのアーツユニット職人に特注したものらしく、炎や熱系統のアーツを補助するものらしい。

 私だけではない。アーツでの攻撃を主体とする戦闘員にも、汎用品ではあるがアーツユニットが与えられている。

 彼は何でもないように言っていたが、それらが彼が私達に関する事業で得られる収益を遥かに超えていることは誰の目にも明らかだった。

 彼はいつも頑張っているタルラ達にご褒美だ、などと茶化していたが私達の症状の進行を少しでも抑えようとしているのだろう。

 

 感染者はアーツユニットを用いなくとも体内の源石結晶によってアーツを使用することができるが、その分制御が難しい上に鉱石病の進行状況を悪化させると言われている。

(そんな彼の心遣いに報いなければならないな)

 今はここにいない彼を思い、左手がレイピアの柄頭を撫ぜた。

 そうしてこちらに負傷者を出さないまま、戦線を維持すること10分ほど。

 駐屯軍に明らかな動揺が見てとれた。

 

 それもそのはず。

 彼らの後ろには、この世で最も高い壁が立ち塞がっていた。 

 

「嘘だ、あれは」

 

 駐屯軍の誰かがそう嘆いた。

 1人のサルカズが立っている。

 彼の周りには源石結晶が規則正しく配置されており、それを彼の娘は祭壇と呼んだ。

 それらを媒介とした呪術によって瞬く間に戦線が崩壊する中、彼はその手に掴んだ巨戟を構え、それを投げ放つ。アーツなのだろうか、それは瞬く間に漆黒を纏いまるで黒い流星のような軌道を空に残して彼らに()()()、跡形もなく吹き飛ばした。

 

 その投擲と呼ぶには余りにも強烈な一撃によって勝敗は決した。

 

「ご支援感謝します」

 残党の処理も終わり、他の盾兵達は資源の収集に向かったようだ。

 こちらに向かって歩いてくる彼の足取りは依然として何の疲労も感じさせない。軍を全滅させるほどの一撃を放っても余力を残しているということだろう。相変わらずすごい御仁だ。

 だからこそ、惜しい。

「ミスター。そろそろ私に賛同してくださいませんか?」

「ならん」

「父さん。まだ反対するのか? 駐屯軍相手に負傷者もなし。これ以上どんな結果を見せろと言うんだ?」

 そう。彼は依然として私達の南方行きを認めてくれない。彼の娘であるフロストノヴァですらこちら側であるにも関わらずだ。

 これまでに何度も、戦いにおいて十分な結果は示してきた。今や、そこらのウルサス軍ですら相手にならないだろう。

 私は、遅々として進展のないこの協力関係に少し焦りを感じていた。

 

「何をそれほどに恐れているのです? 既に貴方が懸念していた戦力については十分に証明できたでしょう。我々の間の溝ももはやありません。共に戦い、拠点で互いに支え合う彼らを見てもまだ感染者同士でさえ違いがあると?」

「奴らはウルサス軍を名乗るのも恥ずべき分遣隊に過ぎない。真のウルサス軍とはどのような死地であれ耐え凌ぎ勝機を見出す」

「それでも、私達はもはやこの凍原に隠れ、来たる冬に怯えなくてはならないほど弱くはありません」

 パトリオットの指摘に反論する。

 確かにその指摘は正しい。私がかつて目にした事がある軍と彼らは似ても似つかない。

 だが希望がないわけでは無い。南に向かったとしても都市や軍の駐留地を事前に把握し、適切な針路を取れば十分な結果が出せるだろう。むしろこれだけの戦力と規模が揃っている今だからこそ、その可能性が高いというのに。

「それとも、私にはまだ血を伴う覚悟が無いと、そう仰いますか?」

「そうだ。確かに君は同胞を守るため低劣で悪逆な軍人をその剣で切り捨ててきた。だがそれが都市で今も感染者を監視隊に突き出すことを正義だと信じ込んでいる市民ならばどうする? あるいは困窮し我らを裏切ってでも明日の食糧と寝床を得ようと思う裏切り者であったなら? 君は彼らを正しく裁けるのか?」

「・・・彼らの悪逆や非道は生来のものではありません。他者が、国が、今まで脈々と受け継がれてしまったもの全てが彼らを否応無しにそうさせてしまっているのです」

「それを正せると? そうするまでにどれほどの時間と争いを生むかも考えず、その始末を誰かにつけさせるのか?」

 嫌な質問だ。そうなった時、私は事を上手く治めようとするだろう。

 彼の重要視する規範や忍耐といったものとはいつもすれ違ってばかりいる。

 それでも、私は譲るつもりはない。

 

「それはある意味正しいでしょう。理想だけを語っていれば許されるほど、今の私が背負うものは軽くありません。ですが、それを知りながらも私は理想を掲げることはやめません。そんな彼らが私達とまた手を取り合うまで、その手伝いをするだけです」

「なぜ無駄な事をする? 君のその対応はいたずらに味方を危険に晒す」

「いいえ」

 言葉を遮るほどの強い否定の意志に、彼も口を噤む。

「無駄などではありません。私達は最善を尽くして来ました。何かを犠牲にして得る平穏に意味などあるのか? その答えは未だに見つけられてはいません。それでも私は何かを失う事を、当たり前だとは思いません」

「ならばここに留まるべきだ。無駄に血を流すことはない」

「いえ違います。失うとは何も命だけではありません。私達がかつて経験し、今は奪われてしまった普通の平穏こそ、失ってはならないものです」

 その言葉に、彼は押し黙る。

 そうだ。戦いに、差別に慣れてしまった私達は気付かぬうちにそれほど大切なものを既に奪われている。

「今動かなければ、私達の同胞は無用に長い時間を孤独に耐え続けなければなりません。消耗しきった上での反抗では、本当に私達はただの一時の暴徒に終わってしまいます」

 そうなれば都市に生きる市民達は一生、感染者に無知なままその認識を改めることはないだろう。

 私達が互いに守り合う為だけじゃない。彼らの認識を正し、対等な人間として認識させるためにも勢力の拡大は重要だ。

(今日も折れそうにないな)

 私を見る目を見て、これ以上の説得は無意味だと判断した。

 私達の議論の最中、微かにこちらに寄って見守っていたフロストノヴァはそんな私を見て謝罪と労いを視線に込めた。

 全く、石頭に程があるだろう、君の父親も。

 

「何度だって言います。私達はその未来を掴むため、前に進まなくてはならないのです」

 それだけ言い残し、私はその場を後にした。

 

 しばらくして、駐屯軍の資材が置かれていた場所に着いた。

 そこは遊撃隊達によってすっかり何もかもが運び出されていて、幾つかの空き箱が取り残されるのみだった。

 人のいない場所にまで来たことで、堪えていたため息を一度吐き頭の中の空気を入れ替えることができた。少し熱くなってしまったな、と1人反省する。

 幾分か冷静になった頭で、先ほどの彼の様子を振り返る。

 ここまで頑なだと、何か理由があるのではないだろうか?戦力や将来性、そういったものとは違った何かが。

 

 自分の感じる違和感の正体を探っていると、近くで物音がした。

 敵襲かと思うも、それにしては殺気を感じない。それどころか何処か弱々しい雰囲気が身を潜めながら移動しているようだ。

 気配を潜め空箱の隅から顔を覗かせる。すると、まだ幼い2人の子どもが箱の中身を漁っていた。その破れた服の隙間からは黒い煌めきが見てとれる。おそらく感染者だろう。

 声を掛けようと空箱の山から姿を晒すと、物音に気付いたのか2人が一斉に振り返る。

 

「誰?!」

 おっと、驚かしてしまったようだな。

「安心しろ。私も感染者だ、敵意はない」

「近寄るな!撃つぞ」

 見れば私の腰ほどの背丈しかない、そんな子どもが2人肩を寄せ合っていた。そのうちの1人はどこから奪ったのか弓に矢を番えこちらを睨んでいる。

「サーシャ、感染者なら僕のアーツで」

「だめだ、イーノ。ここは任せろ」

 もう何日も食べていないのだろう。その体躯は小枝のように細く、身に纏う服ももはや布切れといった有様だ。

 その小さな体を震わせながら、必死に抗おうとしていた。

 こんな場所では火を起こすこともできないだろうに。番えた鏃の先は私を捉えられているのか分からないほど震えている。

 

 近くにあった端材にアーツで火を灯し、それを彼らに差し出す。

「怖がらなくていい。私は味方だ」

 暖かいだろう?そう問うと、彼らはようやく武器を下ろしてくれた。

 

 それが、サーシャとイーノとの出会いだった。

 

 

 

 

「そうかそうか。それで2人はタルラにべったりな訳か」

「ああ。懐かれているのは悪くないのだが、どうもむず痒い」

 今タルラの両脚には1人ずつ子どもが引っ付いていた。

 右足には気弱そうな白髪の鳥人属(リーベリ)の少年が、左足にはしっかり者といった印象の蛇人属(フィディア)の少年がくっついており、どちらもよく知る顔だ。

 おお、やっぱ今回の鉱山で遭遇したか。

 

 彼らこそ後のレユニオン幹部の2人。コードネーム、ファウストとメフィストだ。

 今はまだ幼いが、サーシャはボウガンや弓の強力な狙撃アーツと迷彩アーツの使い手だし、イーノは医療系アーツに長けまた感染者内の源石を用いて他人を操作するアーツまで使える。

(まあ、そんなアーツ俺が使わせないけどな)

 原作だとイーノはメフィストとしてレユニオンの中でもかなり過激な思想の持ち主だった。感染者として実の親にすら虐待され、好きだった歌も声帯が潰れ歌えなくなった彼は、鉱石病の影響もありいつしか自分の部下ですら駒としか見ない残忍な性格になってしまった。

 とても今俺を見てタルラの陰に身を隠したこの子どもと同じとは考えられない。

 一方、サーシャの方はタルラの服の裾を掴みながらもこちらを観察している。今も相手が信用に足る人間かどうか見定めようとしているのだろう。

 強い子だ。イーノと共に逃げ出してからずっと彼を守り続けてきただろうに。

 

 彼らを怖がらせないよう、タルラの前で片膝を下ろし視線を合わせる。

「俺の名前はイグナスっていうんだ、よろしくな。タルラの相棒みたいなもんだ、お前達2人みたいにな」

「・・タルラと、友達なの?」

 おずおずとイーノが話しかけてきた。未だにタルラの後ろに隠れているが、タルラと親しいということで興味が出たらしい。

「おう。友達どころかマブダチだぜ?」

「ま、まぶだち?」

「そうだ。友達よりも親友よりももっと上だ。な、タルラ?」

「ふっ、そうだな。彼は私のマブダチだ」

 タルラも乗ってくれたおかげで話が弾む。そんな中、髪に隠れた双眸でこちらを観察していたサーシャもようやくその警戒を解いてくれたようだ。

「服、」

「うん?」

 それだけ言ったサーシャは、新しく着ている厚手のジャンパーに手を這わせる。

「これ、あんたが用意してくれたんだって、タルラが。だから、ありがとう」

 確かにそれは俺が拠点に持ってきた土産の1つだ。どんどん成長するし、子どもの服はあるに越したことはないと大目に持って来たんだったか。

「ぼ、僕も、ありがとう!」

 イーノも僅かにタルラの後ろから身を乗り出し、頬を染めながら礼を言う。

 

 はあ、全く。

 可愛過ぎんか?

 年相応な彼らの素直な感謝に胸を打たれたからだろうか。

 あるいは、そんな2人の結末を知っているからだろうか。

「俺のこと、兄さんって呼んでみないか?」

 気付けば、そう口に出していた。

 

「お、にいさん?」

「ぐはっ!?」

 

 小首を傾げながら呟くイーノに悶絶してしまう。

 なんだこの子、可愛過ぎるだろう。全国のショタコンが集まっちまう、俺が守らなければ。

 確かな決意を胸にそう誓っていると、タルラがおかしなものを見る目で俺を見下ろしていた。

「君は、時々言動が怪しくなるな」

「うるせえ。お前もお姉さん、なんて呼ばれてみろ。飛ぶぞ?」

「何だ急に」

 そう言ってイーノを見下ろすタルラだが、イーノは呼んでみたかったのかうずうずしている。

「タルラ、姉さん?」

「・・・・・」

 無言を貫くタルラ。

 だが俺はタルラの口角が上がったのを見逃さなかった。

「ほれみろ。この天使の如き可愛さの前ではお前すら無力だ」

「き、君ほどじゃないだろう」

 慌てるタルラをいじり倒すのは中々に楽しい。

 しばらく揶揄った後、1人蚊帳の外になっているサーシャにも話しかける。

「なあ、サーシャは俺を呼んでくれないのか?」

「いや、俺は」

「兄さんはいい人だよ、サーシャ!」

 イーノによる猛プッシュに困惑気味のサーシャ。

 その2人が話す様子はとても年相応で、無邪気な温かさに包まれていた。

 

 何が悪魔(メフィスト)契約者(ファウスト)だ。ネーミングセンスねえな。

 こんな可愛がり甲斐のある子ども達にバッドエンドは似合わねえよ。

「よし。お前達は今日から俺達の兄弟だ。困った事があったら遠慮なく頼れよ?」

「うん!」

「よ、よろしく」

 いつかこの子達が2人揃って幸せな結末を迎えられるよう、守ってやらないとな。

 

 

 

 

 

 

 

「兄貴」ボソッ

「うっっっっっ!!!」

「イグナス?!」

「兄さん?!」

 不意打ちは、卑怯だろ。

 さすがレユニオン1の狙撃手になる男だ。見込みある・・ぜ・・・・

 

 サーシャからの不意打ち兄貴呼びにより、俺は昇天した。

 

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