対峙する、2人のドラコ。
エブラナは眼前に立つタルラから、途方もない威圧感を感じていた。
(何だ? あの姿は)
炎を纏い、太陽と化したそれが闇夜の中で凛然と輝いている。
タルラがアーツユニットを構えた。
その剣先に彼女が薄っすらと身に纏う炎が収束し、やがて球状となった。
「ゆけ」
放たれる拳大の火球。
対するエブラナはアーツユニットを駆使しこちらも一点に集中した紫炎の放射にて迎え撃つ。
互いに様子見の一撃。だがこの一手の優劣はドラコとしてのプライドに大きく影響する。だからこそエブラナは全力とはいかずともそれなりの火力を籠めた。
それらの距離は瞬く間に縮まり、衝突した。その様子をエブラナは注視する。
直後、それは鍔競り合う事も無く、
タルラの炎が膨れ上がり、そしてそれは初めよりも数段速く広くエブラナへと迫った。
「何だとっ!」
予想を超えたタルラの炎の威力に目を見張ったエブラナは紫炎のベールでその余波を防ごうとした。
だがアーツユニットを振るう直前、本能がそれを拒み咄嗟に大地を蹴り回避に専念する。地に伏せたエブラナの上を膨張した火球が通り過ぎ、壁に激突した。
転げまわる無様を晒したことを不快に感じつつも、エブラナは冷静に今目の前で起こった出来事を分析する。
(どういうことだ? 競り合いに負けるならばまだ良い。だがあれはそんな次元を超えていた)
火力で押し負けたというのならば納得はできる。例え半分であろうが竜は竜。その炎の苛烈さは強大で世の理など容易く捻じ曲げる。
だが、エブラナの直感はそうではないと断じていた。
先程の現象は火力云々よりも別のもの。あの炎の異質さが招いたものだ。
エブラナの紫炎と重なった瞬間、あれはその全てを呑み込み爆発的に威力を上げた。
まるで、
エブラナはその見解をさらに掘り下げることを一度止め、再び放たれた火球を躱す。
敵の姿を捉えることのできなかったそれはエブラナの背後で先程同様大きく膨れ上がり、紫炎に焼かれた街並みを次々と暁色に塗りつぶしていった。その光景に流石のエブラナも冷や汗を流す。
正に規格外。同族のドラゴの炎すら焼き尽くすそれに脅威を感じつつも、エブラナは冷静に戦況を分析する。
(どのみち、奴のアーツに正面からぶつかるのは下策であろう。さすれば、接近戦に持ち込むしかあるまい)
エブラナはタルラを見る。
タルラは体勢が崩れたこちらを追撃するようなことも無く、何故か元居た場所から動く気配を見せない。
よほど余裕があるのか。そう考えて、すぐにその可能性を破棄した。
(奴の本質は武人だ。格の違いを見せるとは言ったが、そういった意味で手を抜くような者ではないだろう)
であれば、その場から動けない理由があると考えるべきだ。
炎の制御が難しい、というのが有力だろう。炎の質が変わってから、タルラの動きは剣士としてはややぎこちなくなった。火球の間隔が長い事もその説に拍車をかける。
「ならば」
エブラナは手にした槍の感触を確かめる。
そして再度火球が放たれた時、それを寸でのところで躱しそのまま身を翻してタルラへと迫った。
放たれる火球をエブラナは寸でのところで躱していく。もう一方の手に握りしめた呪符は使わない。先程自らの紫炎を完全に破られた時点でそれに頼るのは下策と切り捨てていた。
彼我の距離が縮まるにつれ、タルラは火球による迎撃を止め腰に佩いたもう一方の剣を構える。
その剣の間合いより僅かに外、長物である槍の領域からエブラナは苛烈に攻め立てた。
ドラコの身体能力と熟練した技能により、息もつかせぬ連撃がタルラを襲う。
だがタルラも足を引き両手の剣で穂先を弾く。鋭い刺突の嵐を最小限の動きで捌き続ける。
金属が打ち合い金切り音を響かせ続ける事十数合。膠着したそれを崩そうとエブラナは呪符を構えアーツを発動した。
紫炎を警戒したタルラが一歩下がる。だがそれにエブラナは笑みを深めた。まんまとブラフに引っ掛かってくれたなと。
直後、タルラの背後から複数の人影が飛び出す。
エブラナのアーツで支配下に置いたダブリン追炎戦士達。
その瞳に薄暗い炎を浮かべながら、彼らはタルラの背後から襲い掛かる。
タルラは挟み撃ちにも慌てず、エブラナの槍を弾き背後に向けて剣を振るう。多対一となっても問題なく対処できるタルラは流石といったところか。
だがそれすら想定していたエブラナは弾かれた衝撃を上手くいなし槍を手元に引き戻した。
「隙を晒したな!」
追炎戦士に剣を振るっていたタルラの胸元目掛け槍の穂先が突き出される。
ことここに至ってもタルラの動きは緩慢で、だが目だけは迫る槍を捉えていた。
(とった!)
勝利を確信したエブラナ。
槍が突き出される。それはタルラへと突き刺さり穂先がその肉体に埋まる。
だが。
(? 何だ、この手ごたえは・・・!)
確かに貫いたはずだ。しかし手に伝わる感触に違和感を覚え、槍の先を見る。
タルラの肉体を刺し貫いたはずのそれは、なんと
「はあっ!!」
「!」
僅かに生まれた空隙を、タルラは逃さない。
背後に振るった剣閃を、流れるように振り下ろす。
咄嗟に紫炎と槍の柄を盾にしたエブラナに、業火を纏った刀身が叩きつけられた。
それは最初と同様爆発的に燃え上り、その衝撃でエブラナは吹き飛ばされた。
地を滑る彼女に、ゆっくりとタルラが迫る。
地に伏せるエブラナ。その所々にタルラの業火が燻っている。
ドラコの屈強な肉体は炎に対し絶大な耐性を発揮する。それでも肌を襲う焼き付く感覚が増していくのにエブラナは顔を顰めた。
「何なのだ、この炎は・・・」
睨みつけるエブラナの頭上で、タルラはさしたる動揺も無くアーツの理を告げた。
「私の業火は、人の持つあらゆる負の感情を薪とする。憤怒、悲嘆、嫉妬、侮蔑、嫌悪、それらを糧とし炎の熱へと昇華するんだ」
タルラが踏み出す先に、その業火が這って行く。だがそれは自然と立ち消えた。
それを目にしたエブラナはふと気付き自分らを取り囲む建物を見る。戦闘の余波で崩れた建物はそのままとなっている。先程までそれらを焼いていたはずの煌炎の壁は、綺麗に消え去っていた。自身の紫炎を塗りつぶすほどのそれが、独りでに治まる?
ありえないとエブラナは結論付ける一方、その埒外な炎の仕組みについて思考を巡らせる。
ありえないが、納得するしかない。思えば自身の操る紫炎も追炎戦士に宿りながらも彼らを内より焙ることはない。
エブラナは、試しに心中で目の前のタルラをあらん限りの憎悪で睨む。
その瞬間、地を這う種火に過ぎなかったタルラの炎が膨れ上がり、エブラナの周囲が灼熱の地獄と化した。
大気を焼き尽くす高温の中、ドラコの耐久力に身を任せエブラナは結論付ける。
(確かに、奴の炎は負の感情とやらに反応するようだなっ・・・)
仕組みは分かった。検証もした。どうやらタルラは虚言を吐いているわけではないらしい。
ならばそれを前提として改めて勝機を探る。だが、勝ち筋は今のところ1つとして浮かばなかった。
アーツは火力差で押し返され、接近戦でも触れた武器ごと融かされる。
その輪郭が陽炎のように揺らめいている理由にも見当がついた。辿り着いたそのあまりにも埒外の事実に、額を冷や汗が伝う。
「貴様。その身に炎を封じ込めているとでも言うのか」
「よく見抜いたな? 幸いな事に、私は人生で一度も火傷を負った事が無い」
平坦な口調が、エブラナを威圧する。
瞬く間に槍を融かす程の熱量をその身に収めている。その異常さに気付かぬわけではあるまいに。
それは太陽をその身に宿しているようなものだ。いくらドラコといえどそんなものは人の所業ではない。
そしてタルラの語る業火とやらの理屈が真実であるのならば。
「分からぬな。それ程の憤怒を宿しながら、何故レユニオンなどを名乗っている?」
その身に巣食うのは、世を焼き尽くさんほどの激情だろうに。
タルラはこの炎を使うたび、思い出す記憶がある。
それはイグナスを失いかけたあの日。自らの大切な人を、世界が奪おうとした瞬間。
それを思い出すだけで、タルラの心の内はマグマのように煮えたぎりその身を突き破らんと暴れ出す。際限ない怒りが湧き出てこの体を満たそうとする。
それは、残酷なこのテラの大地への怒り。多くの悪意ある敵への義憤。そしてそれよりも遥かに大きな、弱い自分への殺意にも似た激情だった。
とある世界にて、影を読み心を推し量る傭兵は彼女の中に世を覆いつくさんほどの怒りを視た。
タルラの炎の本質は、怒りだ。それはきっと本来の彼女と何も変わらない。
だがそれを振るったところで、どうにもならない、それどころか自身と周囲を破滅させるだけだとタルラは知っている。
この力を、滅ぼすためでなく未来へ進む灯にするためには。そう考えた時、タルラは至るべき自分の姿を見定めた。
今までの炎ではダメだった。火力としては申し分ないが、あれは自分以外の一切を焼き尽くすただの暴力だ。それではタルラの、そして並び立つ仲間と後ろに続く多くの者が真に望む未来へは辿り着けない。
だからこそ怒りや憎しみ、そういった負の感情を糧とする自らの炎の性質を逆手に取った。
炎としての熱量は最低限に、それこそ人肌にも間違う程の温かさで。そしてその分、怒りや憎しみへの反応性を劇的に向上させた。薪などというレベルではない、もはや火中に爆薬を投げ込むほどの域にまで高め上げた。
そして出来上がったのがこの業火。誰が為に生きる者を傷つけず、テラの大地に蔓延る悪意だけを浄化するための炎だった。
この業火を扱うには、核となる精神と燃料となる激しい怒りが必要だった。負の感情が供給されない限り、この炎は紙きれすら燃やす事は叶わない。それ故にその爆発的な威力の反面、その安定性は吹雪の中の蝋燭のように頼りない。
だからこそ、タルラは自らをこそ憎み続ける。それは世界を呪う事の無いようにと願った伴侶への感謝であり、もう二度と誰も失わないという固い誓いの表れだった。
「タルラさん・・・」
アーミヤはタルラの決意を目に焼き付ける。
自らの性質と運命を直視し、それでもなお目指す未来への歩みを諦めなかった彼女の1つの到達点。
タルラの業火の残滓が肌を撫でる。しかしそれがアーミヤを焼くことは無かった。その代わり、日の光のような温かさが優しく抱擁する。
「やれ!」
タルラの背後から、ダブリンの亡霊が襲い掛かる。
「無駄だ」
赤い閃光に遅れて鈴の音が彼らを通り過ぎる。ダブリン追炎戦士達の瞳に浮かんだ紫炎は風に吹かれたように揺らいで消え、その身に僅かな煌炎を残して崩れ落ちた。
何もしていないように見えたが違う。タルラは瞬きの間に業火を纏った剣を振り、その炎にて追炎戦士に宿る害意を浄化したのだ。
「安らかに眠れ」
彼らに灯された未練の炎を見事断ち切ったタルラは、悠然とエブラナへと歩を進める。
「貴様が何を以てダブリンを立ち上げ、ヴィクトリアに混乱を起こしているのかは知らない。だが貴様らの企みがヒロック郡の市民に被害を出した事は間違いない。その命の重みを背負う覚悟はあるか?」
「・・・つまらぬ事を聞くな」
「ほう、ならその業を試してやろう」
タルラが剣を振りかぶる。明らかに剣の届く範囲ではない。だが裂帛の気合がビリビリと伝わってくる。
天を衝く剣先。刀身がタルラの業火を纏い、赤熱していく。
その輝きが頂点に達し、眩い光が周囲を照らした。
「『暁光が闇夜を切り拓く』」
短いタルラの詠唱とともに、断罪の剣は振り下ろされた。
赤霄の真髄を理解し、ドラコの炎を手中に収めたタルラの渾身の一撃。
それは
パトリオットにすら自らを打倒しうると評されたタルラの到達点。
瞬き一つ出来ぬまま、剣閃はエブラナを通り過ぎていった。
確かに、自分は今両断されたと。否応なく実感させられる“死”という結末。
目を見開いたままエブラナは膝から崩れ落ちた。
(何だ、これは・・・?)
斬られ、焼かれた。にも関わらずいつまでも意識が途切れない。俯く視界にある自分の体は傷1つなく、痛みすら感じない。
そして何より、立ち上がり反撃しようと言う意志が湧いてこない。まるで、敵意そのものが焼き尽くされてしまったかのようだ。
「貴様の事を見誤っていたようだな」
タルラが剣を鞘に納めながら眼下のエブラナを見る。
その顔は意外とでも言いたげだった。
「確かに大きな野心はある。だがその全てが貴様個人に向けられたものではない。エブラナ、貴様はどこまでも王の器だった」
「何を、した?」
未だ自身の状態を受け止めきれないエブラナ。何故自分は死んでいない? 死んでいないと言うならば何故立ち上がることすら出来ない?
「なに、貴様の体に熱が伝わるより早くその敵愾心を焼き払ったまでだ」
タルラの回答に意味が分からないとでも言いたげな顔だ。当然だろう、先程まで感じていた業火はドラコの肉体すら灰にできた。
タルラの神速の剣技と憎しみを焼く業火。その2つを完璧に合一したからこそ為せた正に絶技。
だがそれには1つの条件があった。
「王とは、民に代わって選択を下しその責を負う者だ。民の全てが自らとその周囲を背負えるほど強いわけではない。貴様はターラーの民を想い、それが必要だと考え実行に移した。その被害と悪辣さを認めることはできないが、貴様のような為政者は時として必要だ」
敵対する者がその内に宿す負の感情が多ければ、この絶技は成立しない。いくら光にすら届く剣閃でも膨れ上がった業火によって身の内から焼かれてしまう。
だがエブラナはそうならなかった。それはつまり、彼女が他者への悪意から行動を起こしているわけではない事の証左。だからこそタルラは剣を収めたのだ。
「情けをかけるか、ドラコ!」
「どう捉えようが構わん。だがな・・・!」
その続きを口にするより早く、何かに気付いたタルラはその場から退いた。
一呼吸遅れて、タルラとエブラナの間を砂塵のヴェールが隔てる。
「このアーツは・・・」
「リーダー!」
エブラナの耳に、懐かしい声が届く。
それはここ数か月会う事も無かった、古い馴染みの声だ。
闇が晴れた空に、黒い装束の少女が浮かんでいた。
「マンドラゴラ・・・」
「何か嫌な予感がして出て来てみれば、やっぱりね」
顔をこれ以上無いほど歪ませたマンドラゴラはエブラナのすぐ傍に降り立つ。
彼女を背に、タルラやイグナス達と対峙する。
「レユニオン。あんた達との協定もこれまでよ」
そう決別の言葉を述べる。マンドラゴラが瓦礫を浮かべ、彼女の配下のダブリン戦士が横に並ぶ。
元々マンドラゴラの目的は自らの失態を挽回しダブリンへと戻ること。それを忘れる程愚かではない。例えほんの僅かな時とはいえ肩を並べた相手と敵対する事になったとしても。例えそれが単騎でドラコを倒せるような化け物であったとしてもだ。
額に浮かぶ冷や汗を悟られないよう、懸命に撤退する方法を模索し続けるマンドラゴラ。
その姿に、タルラは何故か淡い笑顔を浮かべた。
「良い臣下を得たな」
それだけを口にし、タルラはアーツを解き身を翻す。
「どうやら貴様の業は、貴様自身を焼き尽くすには足りんらしい」
「・・・」
「カスター公爵、聞こえてるんだろう?」
場を引き継いだイグナスはその場にいたグレーシルクハットに話しかける。先程までの戦闘の余波で通信は途切れ途切れとなっていたはずだが、今はもう収まっているだろう。予想通り、すぐに無線機から声が上がった。
「ええ。彼女を単身で下したというのは流石に驚いたわ。私達は良い同盟相手を得られたということね」
「これで俺達の実力についても納得はいきましたか?」
「勿論」
カスター公爵もこれでレユニオンの実力を理解しただろう。下手な横槍は入れにくくなったはず。ウルサスのボリス侯爵もそうだったが、権力を持つ人間にはしっかりと返す刃があると見せつけておかないと後で面倒な事になる。
だが、どうやら彼女らの標的はレユニオンではないらしい。
倒れ伏すダブリンのリーダーを守るマンドラゴラ達にグレーシルクハットが迫る。
彼女はウェリントン公爵の計画の要だ。それを退ける事が出来れば今後が楽になる。懐に隠した刃を抜き放ち、ドラコの首を獲ろうとする。マンドラゴラがいつでも礫を撃ちだせるよう身構えた。
「じゃあなマンドラゴラ。短い間だったが、まあ助かった。達者でな」
だがそれにイグナスが待ったをかける。
グレーシルクハットは振り返らない。タルラがいつの間にかその背に剣を添えていた。
「おい、レユニオン。まさか奴らを逃がすつもりか?」
「勿論そのつもりだが?」
「奴らはダブリンだ。ここで仕留めなければ手が付けられなくなる」
「ここで彼女らを仕留めるなんてそれこそ悪手だろ。そうなったらいよいよウェリントンがロンディニウム奪還に協力してくれなくなるぞ?」
下手すれば彼が暴走する可能性すら考えられる。この非常事態に身内に敵を作る余裕なんてない。
だからこそ、ここは彼女らを見逃すべきだ、そう語るイグナス。
「契約通りだ、カスター公爵。ウェリントン公爵をこちら側に引き込むため、ターラーの独立を認めろ」
「・・・そうね。いいわ、行かせなさい」
「主! 良いのですか?」
思わず確認するグレーシルクハットを黙らせ、カスター公爵は内心ため息を吐いた。
結局こうなった。彼の思惑通りに事が進んでしまっている。
それでも確かに納得のいく話だ。カスター公爵がまだ当主の座を引き継いだばかりの頃、ウェリントン公爵はかのガリアとの戦争で大きな戦果を上げた。その勢いはヴィクトリアすら飲み込みかねず、当時の他の公爵達と協力してその勢いを削ぎ続けたものだ。
今や一公爵として落ち着き牙を抜かれた彼がもし、その口内に更なる牙を隠し持っていたとしたら。それがサルカズとの戦いの最中背後から自分達に向けられるリスクを考えれば、ターラーの独立という経費には目を瞑ることができる。
ウェリントンの全盛期を知るからこそ、その脅威と、味方になった時の頼もしさが身に染みている。それすら交渉の計算に入れているのだとしたら、いっそ末恐ろしい。彼はまんまと睨み合いを続けていた3つの勢力を1つの陣営に纏め上げたのだ。
食えない少年ね、とカスター公爵は要注意人物のリストにレユニオンの副官を書き足す事を誓った。
「ウェリントン公爵に伝えておけ。つまらない駆け引きは終わりにしよう。ロンディニウムを救った栄光を手に、堂々とターラーの独立を宣言するんだな」
イグナスがマンドラゴラとエブラナ達に告げる。あまりに自分達に都合が良すぎる条件だ。それでもマンドラゴラはそれに異議を唱えるでもなく、傍らのリーダーの肩を支え立ち上がった。
「ねえ、あんた」
「? どうした?」
去り際、マンドラゴラがそう言って立ち止まる。
イグナスは続く言葉を待っていたが、彼女はこちらを向く事もなくしばらく黙ったままだった。
「・・・何でもない。次会う時は今度こそ敵同士よ。容赦しないから」
「おいおい、一緒にロンディニウムを取り戻す仲間だろ?」
「一時的な協力関係よ。仲間だなんて、馴れ馴れしくしないで」
無愛想な態度のまま、それだけ言い放ってマンドラゴラは砂塵とともに浮き上がる。
だが、相手はイグナス。彼に隠し事は通用しない。
彼女が口に出しかけた感謝の言葉も、それが気恥ずかしくて言うのを躊躇った事も、イグナスは気付いていた。
しかしそれを態々口に出す程野暮ではない。
気に入らない奴だったが、それでも彼の知る末路とは違った結末に辿り着いた姿を見てつい感慨深くなる。
だからこそ、それを紛らわそうとつい軽口を叩く。
「じゃあな! 次会う時はスパッツかなんか穿いてこ~い!」
その言葉がロンディニウムの空に響いた。
そしてマンドラゴラがそのミニワンピースのような頼りない裾を抑え、顔を赤くしながら振り向く。
「・・・この、変態がっ!」
口は災いの元。
飛んでいくマンドラゴラ達を見送りながら、イグナスは背後から感じるとんでもない圧にその言葉を思い出した。