明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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アークナイツ第三期、やべえよ。

この二次小説との温度差で風邪引きそう。


第七十一話 決起を謳え

 所変わって、場所はロンディニウム地下迷宮自救軍本部。

 

 イグナス達が用があると何人かを連れ地上へと向かい、そして帰って来た。

 彼らはその間に素晴らしい成果を上げた。ロンディニウム周辺で睨み合いを続ける三大公爵をまんまとおびき出し、彼らと協定を結ぶことに成功したのだ。

 

 これでロンディニウム奪還の成功率は飛躍的に上がったと言っていい。思わぬ朗報に自救軍の戦士達の士気は高まりその顔は希望に満ち溢れていた。

 

 地下へ戻って来たドクターらから事の成り行きを聞き、すぐに本部に遣いをやったフェイストは彼らを指揮官たるクロヴィシアの元へ連れて行った。

 緊急の会議が開かれ、公爵達の介入も念頭に置いた作戦が立案された。ザ・シャードと飛空船の制圧の後詰めに公爵軍が来るのならば、後顧の憂いなく作戦に集中できる。

 

 練り上げられた作戦は瞬く間に自救軍下で共有され、今までの綱渡り染みたそれとは別物となったそれに各々が希望を見出していた。

 そしてその状況を作り上げたロドスとレユニオンに対し、絶大な信頼を寄せ始めていた。

 

 

 しかし、それを齎した当の本人を前にしてロンディニウム市民自救軍第11小隊の隊長であるフェイストは困惑していた。

 

「ええーっと・・・」

 

 人が多く集まった作戦室の中で、ちらちらとフェイストの視線が逸れる。

 新しくその集団に加わっていたシルクハットを被った怪しすぎる存在も勿論気になる。顔も見えないし立ち振る舞いも隙が無い。おそらくいずれかの公爵の手の者なのだろうがそんなものよりも遥かに気になる存在がいる。にもかかわらずドクター達はそれに言及する事は無かった。敢えて無視しているのだろう。

 仕方なく、無視するにはあまりにも存在感を放つそれを指差しフェイストは尋ねた。

 

「イグナスさん、それは?」

「・・・聞かないでくれ」

 

『私はタルラの下着にしか興味はありません』

 

 

・・・一体何がどうなったらこんなものを白昼堂々晒す事態に陥るのだろうか?

 

 フェイストが眉間を揉む。ここ最近はロック18号や他の資機材、そしてイグナスに頼まれていた()()()()()で寝不足気味だ。目が疲れているのだろう。

 だが何度目をこすってもその文字が変わる事はなかった。

 

「・・・」

「えーっと・・・」

 

 何を話せばいいのやら。閉口するフェイスト。目線がイグナスの奥の、当の本人を捉える。だがタルラはむしろどこか満足げで、それを見たフェイストはもうこれに首を突っ込むまいと決心した。駄獣にでも蹴られかねない。

 そんな彼を見て、イグナスはもはや羞恥を通り越して諦めた声音で笑う。

 

「フェイストもいずれこうなるんだぞ?」

「いやだよ。俺だってこんな公開処刑されたくない」

 

 心底嫌だと顔を顰めるフェイスト。だが今やイグナスは同じ穴に落ちる仲間を少しでも増やそうと画策していた。

 

「いいや。お前もどうせロックロックに同じような目に遭わされるんだ。予言してやる」

「そんな不吉な予言残すなよ!」

 

 フェイストは不意の指摘にドキリとした。

 決して下着に興味がある訳などでは断じてないが、それはそれとして彼の副官の少女の服装は前衛的に過ぎる。何度かそれとなく注意してみたのだがそんな事気にしている場合じゃないでしょなどと相手にされなかった。

 

「そもそも、あの格好でボイラーマンはちょっと無理があるよな」

「確かにそれは俺も思うけどさ・・・」

「呼んだ?」

「!? 呼んでないから、ロックロックはちょっとあっち行っててくれ!」

「? 変なの」

 

 そう言って首を傾げつつも離れようとしたロックロックもついイグナスの胸元に目が行く。

 そしてそこに書かれている内容を見て、頬を赤くしていた。

 

「イグナス? またか?」

「いや、これは・・・すみません俺が悪かったです」

 

 一方で背後から感じる伴侶の圧にイグナスは顔を青くしていた。

 

(俺もロックロックの服にあれこれ言い続けてたらあんな風になっちまうのか?)

 

 深謀遠慮の策士に見えた彼の情けない姿をその目に確かと刻んで。

 フェイストはこれ以上、彼女の服装に言及するのは止そう。そう固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 タルラによるお説教が済んだ。

 イグナスの顔はまるで夏が終わり行く朝顔。梅干し千個を頬張ったかのような萎み具合だ。

 

 弛緩した空気に、彼らを取り囲む人々の顔が和む。

 

「どうやら、ようやく片付いたようね」

 

 突然の呼びかけに自救軍の面々が驚く。だが彼らが警戒態勢に移るのをケルシーが制した。

 

 作戦室の隅、蛍光灯の光が当たらぬ暗闇が次第に形を得ていく。いや、影に潜んでいた者がその姿を見せたのだ。

 そんな芸当ができる人物は、ロドスの知る限り1人しかいない。

 

()()()、無暗に警戒させるような登場の仕方は感心しない」

「ケルシー教授、準備は済んでいるのよね?」

 

 闇そのもののような黒髪がさらりと揺れる。彼女の黄色の瞳が光を反射していた。

 かつてヘドリーとともに数えきれない程の戦地を駆け抜けた歴戦の女傭兵。ヘドリーが従順の証としてテレシスに捧げたはずの首は、今もこうして繋がっていた。ヘドリーは彼女を討ち取ったように見せかけて秘密裏にロドスと繋がらせていたのだ。

 ヘドリーはマンフレッドの元で二重スパイとして勤めていた。彼にとってサルカズを永遠の戦火から逃れられなくする此度の侵略はその理念に背くものだった。

 だがカズデルでの内戦、バベルの崩壊を経てサルカズ傭兵である彼らはいずれかに帰属しなければならなくなった。

 そしてヘドリーはイネスと自分両方を生き長らえさせるため自らテレシスへと下り、そして生死不明として消息を絶ったイネスはロンディニウム内でテレシスの意向に反する者を密かに纏め上げた。

 

 そして今、反旗を翻す時は来た。イネスは準備を終えたロドスの前にようやく姿を現したのだ。

 

「こんにちは、イネス。初めましてかな?」

 

 ドクターが挨拶をする。しかしイネスはドクターを警戒の眼差しで見ていた。

 

「恐らく違うわ」

「ああ、だろうな。私は記憶を失っている」

 

 ドクターもまた、イネスという協力者の存在は聞かされていた。だがそれだけではない。PRTSに残されていた過去のログから、ロンディニウム内で今も工作を続ける彼女と自分は以前に関係があったのだと知っていた。

 

 過去の自分と比べ、今の自分は随分変わっているはずだ。

 

「・・・正直、信じられないというのが本音よ。今でも、その記憶喪失すらあなたの計画の一部なのかと疑ってる」

「イネスさん、ドクターは」

「分かっているわ、アーミヤ。私は自分の目で見たものしか信じない」

 

 イネスはそこで視線を切りアーミヤを見た。淡く輝いていたその瞳は元通りになっていた。

 その目に何を映したのか、それを知るのは彼女のみ。だが少なくとも最初程の敵意は感じなかった。

 

「確かに、彼は以前の彼とは違うようね。だからひとまずあなたの指示には従うわ」

「ありがとう」

「勘違いしないで。異変を感じても、あなたの指揮が無能でも、私はすぐにあなたの元を離れるから」

「失望はさせない」

 

 ドクターの自信ある声に、イネスは一先ずその矛をしまった。

 

「もう少し早く姿を見せても良かったんじゃないか?」

「嫌よ。貴族のゴタゴタに巻き込まれるのは御免だわ。彼ら、回りくどすぎるのよ」

 

 身も蓋もない言葉に呆れるケルシー達。先程までそれに散々振り回され骨を折らされたばかりだ。若干の恨めし気な視線もイネスは意に介さず淡々と今後の方針について報告する。

 

 

 既にイネスに賛同するサルカズは各地に散らばっている。準備を終え配置についたと言えば聞こえはいいが、実際は動きが怪しいと思われた人物をそれぞれ孤立させ連携を絶つマンフレッド将軍の采配だ。少しでも疑われるような事をすれば即座に裏切り者として処断されるだろう。

 開戦前に下手な内憂を起こさないよう、下手な動きをしない限りは見逃されている。その微妙なバランスをドクター達は利用しなければならない。

 

 ドクターは彼らに対し軍事委員会側の動きを流してもらい、ザ・シャードと飛空船の制圧及び無力化のタイミングを計る事を提案した。イネスのアーツは潜入に向いており比較的危険も低減されているはずだ。

 イネスもそれを了承し、その代わりに彼女は現在度重なる敗北に二重スパイを疑われ幽閉されているヘドリーの救出を要求した。ヘドリーは彼女にとって傭兵を続ける意味であり決して手放すことのできない朋友だ。彼を見捨てるという選択肢は彼女にはない。

 ドクターはそれを了承し、その為の戦力も送ることを約束した。ヘドリーもまた過去のバベルを知る者、加えて歴戦のサルカズ傭兵だ。彼を味方にすることに利点は多い。

 

 

 2人の緊迫した交渉も終わり、今度はイグナスがイネスに歩み寄る。

 

「あんたがイネスか? 初めましてだな」

 

 イグナスは初対面となる彼女に挨拶をした。

 

「そういうあなたは噂のレユニオンの副官さんね。さっそく・・・」

 

 そこでイネスの言葉が止まる。彼女の視線はイグナスの胸元のプラカードに釘付けになっていた。

 イネスが顔を上げる。

 

「・・・Wを見てないかしら。こちらで合流する手筈だったのだけど?」

(((あ、触れない方向で行くんだ・・・)))

 

 誰もがその見事なスルーの手際に感心する中、イグナスもまた鋼のメンタルで無いものとして振る舞う。

 

「あいつなら、俺が怒らせちまってな。絶賛家出中だ」

「・・・まったく。狂人の真似事が板に付いてきたと思ったら今度は子どものふりってわけね」

「保護者は大変だな」

「やめて、あんなのと一緒くたにされるのは御免よ」

 

 テレジアとの邂逅以来、Wは消息を絶ってしまっている。彼女直属のサルカズ傭兵の部隊すら置いてしまってだ。

 原作では彼女はその後、負傷したケルシーを救出しシャイニングとクロージャとともに彼女のセーフハウスへと匿っている。だがイグナスによって未来は変わりケルシーも深手を負っていないしシャイニング達もこの場にいる。彼女の行方を知る者はいない。

 とりあえずという事で、置き去りにされたサルカズ傭兵達をイネスに同行させヘドリー救出の任を与える事になった。Wの部下であるサルカズの大半はバベル時代からの顔見知りだ。当然ヘドリーとイネスの事も知っている。少しはやりやすいだろう。

 

 

 イネスはWとセット扱いされた事に顔を顰めながらも、与えられた戦力をどう運用するか頭を悩ませている。

 だが彼女の視線が時折自分から少し逸れる事にイグナスは気付いた。

 

 商人にとって対話とは相手を理解するための一番のツールだ。口角の上がり下がり、視線の行く先、呼吸や会話のリズム。ばら撒かれたピースを組み合わせ、目に見えない心を読み解く。

 それが日常だったイグナスにとっては、彼女の様子は比較的わかりやすい。

 

 イネスは何故か、イグナスに怯えていた。

 

「影を見るのは癖か? そんなに警戒しなくても何も企んじゃいねえよ」

「! ・・・そういうあなたは不安なのね。意外だわ、何でも掌の上なのかと思っていた」

 

 イネスはイグナスの影を視界に入れている。地下迷宮の蛍光灯は蝋燭とは違い一定の光を保っている。にも関わらず、イネスの目にはその影が揺らいでいるように見えた。

 

 実はイネスはドクターと同じくらい、このイグナスという男を警戒していた。

 

 感染者の自衛組織に過ぎなかったレユニオンを瞬く間にテラ全土に轟く一大勢力にまで押し上げたイグナス。彼の存在が無ければレユニオンはここまで大きくはならなかっただろう。

 そして、そんな彼の未来を見ているとしか思えない先見の明こそがイネスには不気味に思えた。イネスが各地で身を潜ませながら暗躍する中、レユニオンの情報も多く耳にした。それらをまとめるうち、イネスはレユニオンがこの約2年前からヴィクトリアで内戦が起きると確信していたと結論付けるしかなかった。

 

 確かにサルカズがロンディニウムを実質的に占領した事からも何か起きるとは予想できるだろう。だがあまりにもそれらへの対処が的確過ぎた。

 ヴィクトリアのカレドン市にレユニオンの潜入員を送りヴィクトリアの内情を探らせるほか、ウルサスにある本拠地では食料の大量生産と戦士の育成を急がせた。本来は数年単位で改革を進めるはずのものを、まるで()()()()()()()()()()()知っていたかのように。

 

 かつてイネスはドクターの事をチェスプレイヤーと称したが、イグナスは言うなればカジノディーラー。山札から次に何が出るのか、各々の手札には何がありどんな選択を取るのか。プレイヤーよりもさらに上の領域から全てを把握しゲームそのものを支配している、そんな次元の違う印象を抱かせた。

 

 何を考えているか分からない。そんな不気味な存在が味方として力を振るっている。

 そんな状況がイネスの頭の中でバベル時代のドクターと重なった。

 

 

 怖れと警戒が混ざった目でイグナスを視るイネス。

 だがイグナスはそれにあくまでも普通に笑った。

 

「何でも分かるんなら俺はこんなになってねえよ」

 

 そう言ってイグナスは前髪を掻き分ける。そこには顔の半分を覆う源石結晶が煌めいていた。

 

「あなたも私と同じ系統のアーツが使えるのね。道理で」

「心外だな。俺は無遠慮にアーツを使うような人間じゃない」

「? でもさっき」

「アーツになんか頼らなくても、心は伝わるもんだ」

 

 父の影響だ。みだりに力を使えば信用を失う。そして何より、相手をその目で見れなくなってしまう。下手に多くのものが視える目を持つからこそ陥りやすい問題点を、イグナスはきちんと把握していた。

 

『アーツに頼るのはいい。便利なものは使えばいい。それでも、相手の顔を見ないと分からない事もある』

 

 あの陰謀渦巻くウルサスで争いを避け続けてきたダーリの家系だからこその、知恵と人情に溢れた教訓。

 それがあるからこそ、イグナスは視えるものと視えないもの、その両方を真に捉える事ができたのだ。

 

 

「さっきも言った通り、ヘドリーの救出に関してはそっちに任せる。終わらせ次第こちらと合流してくれ。Wに関しては、まあ今はどっか行ってるがあいつはきちんと自分のやるべき事は分かってる。そのうちあっちからやってくるさ」

「分かったように言うのね」

「何だ? 焼きもちか?」

「そんなわけないでしょ。いいわ、あいつがいないならその面倒を見る手間が省けるってものよ」

 

 知った事かとそっぽを向く彼女だが、イグナスは知っていた。長く一緒に戦ってきたヘドリーとイネスとW。彼らの間には決して切れない腐れ縁があるという事を。

 口には出さないが、そんな3人を微笑ましく思った。

 

 

「諸君、待たせてすまなかった」

 

 作戦室に何人かの護衛に囲まれ自救軍の指揮官たるクロヴィシアがやってきた。

 

「クロヴィシア。どうだ?」

「自救軍での部隊編成は終わった。来る最終決戦に浮き足立つ者もいるが、士気は悪くない。やはり大公爵達の助力という分かりやすい力の象徴が効いたのだろう」

 

 自救軍内の統制を終えたクロヴィシアは発足したばかりの時と比べ大層賑やかになったそこを眺めて言った。

 サルカズによる支配が起こってすぐ、残った僅かな同胞をまとめ命からがら逃げ延びた時とは見違えたそこ。誰もが自分達の勝利に希望を持ち、前向きに職務に取り組むその姿。

 それはここ最近、いや、それこそサルカズによる支配の大分前から久しく見なかった光景だ。

 

 誰もが、ヴィクトリアという名の下に集う。

 

 その意味が、目の前にあった。

 

 僅かばかりの感傷を拭い去って、クロヴィシアはその立役者たるイグナスを見た。

 

 

「この後、自救軍の皆に向けて激励の言葉を送る予定だ。その役を、君に頼みたい」

「俺? そんな柄じゃないんだけど」

「いいじゃないかイグナス。いつもは私やアーミヤに任せてばかりなんだ。少しは人前に立ってみろ」

「いいんじゃないか?」

「そうですね」

「タルラ、それにアーミヤとドクターまで・・・わかったよ、やればいいんだろやれば」

 

 満場一致の気配に折れたイグナスはゆっくりと歩きだす。どこか気乗りしなさそうだが、やる時はやる男だ。立派に勤め上げてくれるだろう。

 それを確信していたからこそ、その場の全員はその背をただ見送った。

 

「あ、そのプラカードは流石に外していってくれ」

 

 クロヴィシアの忠告に、イグナスは頬を赤らめゆっくりとそれを首から下ろした。

 

 どこか締まらないのも、彼らしいところであった。

 

 

 

 

 ロンディニウムの地下迷宮。そこはひどく入り組み道を知らぬ部外者を迷わせる。

 だがその中でも、上下の吹き抜け状態になっている場所は迷宮の上と下を繋ぐ鉄階段がいくつも伸び、広くその場を見渡せる構造になっている。

 

 その下で集まった自救軍の大勢が上を見上げていた。収まりきらぬ人々は渡り階段で柵に腰かけそれを眺める。

 

 彼らの指揮官たるクロヴィシア。彼女の言葉を聞き逃すまいと皆耳を立てる。

 そして武運と無事を祈る彼女の言葉が終わり、そして彼女に促される形で1人の男が進み出た。

 

 

 彼の姿を知っている者は多い。

 これまで自救軍に協力してきたロドスとレユニオン。その中心人物としていくつもの成果を上げてきた感染者の青年。気さくながらも、決して希望を見失わないその輝きに魅せられた者も多かった。

 

 

「あ~、ご紹介に預かったレユニオンのイグナスだ。皆んなの中には既に顔を合わせたやつもいるだろう。なんせインパクトのある見た目をしてるから、俺の事を忘れたやつはいないだろ?」

 

 自分の感染状況すら笑い飛ばす彼は、やはり人とは違う何かを持つのだろうと認識させた。

 ヴィクトリアでは比較的マシとはいえ、鉱石病という地獄への片道切符を手にしながらも朗らかな様子を崩さない。その姿は、サルカズによる支配に長く苦しめられた彼らには眩しく映る。

 

「自救軍は今まで、君達だけでサルカズに抵抗し続けていた。それを俺は誇らしいと思う。失われた命もあったはずだ。踏みにじられた尊厳もあっただろう。その日常を失ってから長い月日が経っている。君達の願いはただ1つ、自分達の日常を、故郷を取り戻したい。それに尽きると思う」

 

 自救軍の脳裏に、今やどこか薄れた日々が再生される。

 

 工場で鉄を打ち、レンチでボルトを締め、オイルに塗れ顔を汚しながらも笑っていたあの日々。

 ただの町娘だった者。まだ学校に通っていた者。

 

 あの日々に帰りたい。それはこの場の全員が等しく胸に抱える切なる願いだった。

 

「あの日、人の手から長く離れ錆塗れになった工場で俺は外に居座っていた八大公爵の一角を呼び出した。交渉は難航した。サルカズの未知の兵器の存在、ヴィクトリア市民を人質に取られる可能性、あれだけの権力を持つヴィクトリアの公爵達ですら見えない鎖に縛られていた。それを断ち切り、今回手を結ぶことができたのは、断じて俺だけの力じゃない。それはこの地に舞い戻り君達に故郷を取り戻すと誓った1人のアスランであり、俺をここまで支え続けてくれたレユニオンとロドスの仲間であり、そして今までこの地下で苦難に耐え続けてきたお前達自救軍のおかげだ!」

 

 イグナスが、彼の後ろに立つ金髪のアスランを振り返る。

 

「公爵達を前にして、このアレクサンドリナ・ヴィーナ・ヴィクトリアは言った。英雄などと驕るつもりはない、王族ですら今のヴィクトリアには不要なのだと。勇気あるヴィクトリアの市民こそが国を形作る土台であり釘なのだと。そして、そんな君達の道標となれるのならば喜んで先陣をきり敵をなぎ倒そうと!」

 

 その声に熱が入る。

 音一つ無いその吹き抜けの空間に、イグナスの言葉は広く響いた。

 

「カスター公爵は言った。ならばカスターの移動戦艦は、その障害を砕く砲弾となると! そしてウィンダミア公爵の後継者はこう言った。ウィンダミアの現当主は、恐怖に怯えるヴィクトリアの市民を決して見捨てない! その光のアーツを携え、再びヴィクトリアの敵を払うと! ウェリントン公爵の使者、ダブリンの戦士は刃を収めこう言った。ヴィクトリアとターラー、相容れず燻り続けた遺恨はあれど、この地を愛し取り戻したいという思いは1つだと!」

 

 イグナスの拳を握る音すら、自救軍の戦士達には聞こえていた。

 誰もがその言葉を傾聴し、勇み奮うその姿を目に焼き付けた。

 

「どうかその心に刻んで欲しい。これは敵を根絶やしにするための戦いではない。君達の故郷を取り戻すための戦いであり、その心を再び繋げるための戦いだ! ヴィクトリアが、再びその偉大な名を取り戻すための戦いだ!」

 

 今再び、ヴィクトリアは生まれ変わる。そんな予感が彼らにはあった。

 彼によって集った人々は、1つに纏まりつつある。

 

「国も、人種も、抱える信念も、全てが違う俺達が挑む巨大な壁だ」

 

 ヴィクトリアという、1つの巨大な意思へと。

 

 

 既にイネス経由で軍事委員会側の動きは分かっている。

 動きを活発にし始めた外の大公爵達に釣られるように、慌ただしく動くカズデル軍事委員会。船底が損壊した飛空船を修理し、接近してくる移動戦艦へと照準を定めるザ・シャード。

 それらが全て完了するのは。

 

「決行は3日後の早朝。ザ・シャードと飛空船を制圧し、同時に大公爵達の移動戦艦を接近させ完全にロンディニウムを奪還する」

 

 舞台の幕はもうじき上がる。

 特異点たるイグナスすら知らない、完全な未知の道程。

 

「さあ、最終決戦だ! 張り切っていこうぜ、皆んな!」

 

 その言葉は、その場の全員の胸にあった不安を完膚なきまでに晴らして見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 歓声に沸く地下迷宮。地上へと続く道の途中でイネスが振り返る。

 その先には拳を振り上げ士気を上げるイグナスの姿があった。

 

 彼女の瞳が、淡く光る。

 

「イネス? どうした」

「・・・いいえ、気のせいだったみたい。行きましょう」

 

 足を止めるイネスをサルカズ傭兵が呼ぶ。

 イネスはじっと彼を見つめていたが、やがてその目を一度閉じ振り返った時にはいつもの調子を取り戻していた。

 

 そうして彼女は歩き出す。目標はマンフレッド管轄の特別地下牢。そこにかつての無二の戦友がいる。彼を助け出す事がまずは第一優先。それ以外の事は今は捨て置いていい。

 

 そして影を通して人を視る女傭兵は地下迷宮を後にした。

 

 

 視界に引っ掛かった僅かな違和感を、その場に残して。

 

 




最後、彼女の瞳に映ったものは・・・
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