明日の方舟よ、良い旅を   作:アルパカ戦士

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結構長くなっちゃいました。


第七十七話 魔王に続く者

飛空船攻略組 飛空船整備ドック

 

 

 レヴァナントの怒りは今、かつて無いほどに燃え上っている。

 

 彼は甦りし者。肉体と言う枷から解き放たれた超越者。彼に瞳はなく、腕はなく、口も無い。彼を構成するものは憑依の対象となった無機質な金属とそれが生み出す影。そして魂を内から焼き尽くす憤炎のみ。

 

 彼はその仮初の肉体の内で影を掃おうと抗い続ける者達を押し潰さんとした。

 テラの大地を睥睨する自分に比べあまりにも矮小な体躯。その中でも特に彼の眼を奪う少女を睨む。

 

 サルカズ復権の道を遮る者はよりにもよってサルカズを従え導くべき魔王だった。それも、あろうことかその王冠を手にしているのは異種族の幼き少女だ。

 

 到底容認できたものではない。脈々と受け継がれてきた彼らを知るレヴァナントにとって、魔王とは絶対的な力でありサルカズの憎悪を薪に大地を焼き払う代弁者だった。

 

 レヴァナントがその炉心に怒りをくべる。それだけで移動都市用の源石エンジンすら霞む熱が生まれ機関室の大気を焦がしていく。

 飛空船が動き出す。船底の整備を殆ど終えその出立の合図を待つだけであったそれは、再びロンディニウムの空に解き放たれた。

 

 激しく揺れる床にたたらを踏みかけるアーミヤ達の前でより一層翳る空間が蠢いた。

 

 全ては偽りの魔王を今度こそ逃さず仕留めるために。

 地上の誰一人届かなくなった上空にて、改めてレヴァナントはアーミヤを罵る。

 

『貴様はサルカズを背負うに値しない。魔王の王冠に不相応な脆弱さと甘さだ。今も理不尽と暴力に苛まれる我らと対立し、この大地に蔓延る怒りと憎悪に目を覆い、卑怯者どもに与する貴様を誰が魔王と認めるものか!』

 

 影がアーミヤに殺到する。それらはフロストノヴァの氷壁を砕き、Mon3trの光線を潜り、アーミヤのアーツへと爪を立てた。アーツの防壁をゴリゴリと引っ掻く音が耳を劈く。一刻も早くその存在を抹消したいという憎悪が身に迫っているかのようだった。

 アーツによって飛空船全ての影を集結し攻撃に転用するレヴァナントは、だがしかし想定に反してその守りを突破できずに苛立つ。

 

 何より。背を預け合う彼女らの中心でレヴァナントを見上げる幼き魔王の瞳からは、戦意の陰りも恐怖による絶望すら感じられない。未だにその理想を信じ続ける蒙昧さが、レヴァナントの神経を激しく逆撫でさせていた。

 

 レヴァナントの影がアーミヤのバリアを迂回しその身に襲い掛かる。左右から迫るそれは一方は周囲ごと氷漬けにされ、もう一方はMon3trの硬い外殻に阻まれる。

 そしてそれらを囮にアーミヤの背後から伸ばされた棘は鋭い金属音とともにアーミヤ本人に斬り裂かれた。

 

 

 彼女の手にはいつの間にか黒剣が握られていた。

 

『!』

 

 アーツを切り裂く赤霄の剣、その速度と鋭さに少しばかり動揺するがそれはそこまで問題ではない。だがその刀身にゆらゆらと浮かぶ見覚えのある蒼炎に、レヴァナントは声を荒げた。

 

『それは、魔王クイロンの怒火! 貴様!! 奴を侮辱するか!?』

 

 レヴァナントは彼を知っていた。サルカズとして同胞を愛し、しかし裏切られた古代の魔王。

 サルカズの怒りの化身である彼のアーツを自身に向けられた事に激昂する。

 

 だが頭に直接響くような怒声を浴びせられても、アーミヤは動じない。レヴァナントから流れ出てくる感情の渦をその身1つで受け止めながら次々と襲い来る魔の手を斬り伏せて、瞑目していたアーミヤはゆっくりと目を開けた。そして、納得がいったように一言告げる。

 

 

「あなたはもう、その怒りに浸らなければ生きられないのですね」

『っ!!』

 

 アーミヤの呟きに影が激しく震えた。

 

『誰が我が魂を怒りに沈めたのだ!? それを貴様が憐れむか! 未熟なうえに傲慢とはいよいよ我慢ならぬ!!』

「憐れんでなどいません。あなたは永く戦ってきました。本当に、永い時間を。その度にあなたは傷つき、そして自らの傷口をその憤炎で焼いて塞いできたのでしょう。同胞に立ち塞がる苦難へと立ち上がるため、そしてそれを遥かに超える悲しみが、あなたから流れ出てしまわないように」

 

 アーミヤが一歩踏み出す。サルカズの守護者の姿は見えず、されど激しい怒りを感じる中空から目を逸らさない。彼女は迫り来るアーツを迎撃しながら彼へと足を進める。アーツを斬る剣閃によって形を成していた影がまた1つ霧散した。

 彼女の影霄が振るわれるたび、刀身に纏わりつく蒼炎が揺らぎ影を照らす。その明かりでは到底掃いきれない闇が廊下を埋め尽くしている。しかし彼女の灯もまたその闇では塗りつぶせない。

 それはまるで暗闇をランプ片手に歩んでいるようだった。

 

 先程、アーミヤはレヴァナントが悲しみを感じていると言った。しかしそれを彼は否定した。この身に宿るは怒りと憎悪のみ。悲しみなど、とうに枯れ果てたと。

 

 自分へと近づいてくるアーミヤに、レヴァナントは問う。

 

『貴様に何が分かる?!』

 

 そしてそれにアーミヤは言葉少なく答えた。

 

「私は見ました。3421回に渡る故郷の滅亡と、そして同じ数の復興を」

『!』

「分かります。今も、ロンディニウムにやってきてからずっと。歴史に埋もれてしまった彼らの怨嗟を感じているんです」

 

 

 その答えに、レヴァナントは二の句を継げなかった。それはサルカズの故郷、カズデルの歴史だ。その数を、光景を、彼が忘れた事などない。

 故郷が滅ぼされるたび、城壁は灰となり兵士は骸となり魔王が代替わり、そしてサルカズに絶望と憎悪を植え付けた。ひどいものだと、カズデルは滅ぼされてから僅か3日で再び蹂躙された事もあった。

 レヴァナントやこの地に生きるサルカズは、多かれ少なかれその記憶を覗き込む事がある。サルカズという種族に流れ継承された血と源石が、彼らに忘れるなと警告しているのだ。

 それをこの異種族の魔王は自ら感じたというのか。それは、サルカズの意思が彼女を魔王と認めている事の証左ではないか。

 

「この記憶を、私は生涯忘れる事はないでしょう。そして誓います。私はあなた達の元に立ち、サルカズの民に安寧を齎す事を」

 

 絶対に。真摯な態度で彼女はそう言い切った。

 他人と比べても小柄で幼い筈のアーミヤだが、それを口にする姿には言いようの無い圧力がある。まるで思わず膝をついてしまいたくなるような、レヴァナントが今まで何度も目にしてきた魔王の面影を。

 

 そしてアーミヤの誓いを聞き、レヴァナントは。

 

 

 

『多少歳月を乗り越えただけの貴様が、()()などと口にするな!!』

 

 

 これまでで一番の激昂を見せた。アーミヤを襲う影がその密度を増す。

 それを必死に捌くアーミヤ達。霜が降り、炎が床を舐め、蛍光色の光が空気を焼いていく。その強烈なアーツを丸ごと飲み込みかねない勢いだった。

 

 レヴァナントはそれだけ怒り狂っていた。サルカズと他種族の和解という幻想を今なお信じるアーミヤと、そしてそんな彼女に一瞬でも歴代の魔王を重ねた自分自身に。

 そんな自分を戒めるようにレヴァナントは機関室の炉をさらに燃やす。魂を焼く痛みがまた膨れ上がり、憎悪が目の前の少女から魔王の面影を塗りつぶした。

 

 

 レヴァナントは思い直す。確かに彼女はサルカズに降りかかる苦難を見たようだ。だがそれがどうした。

 彼女はいずれ我らを見捨てるだろう。サルカズではない彼女が、真に我らとともに在る事などできはしない。

 

 その諦めと敵意を感じ取ったアーミヤがなおも言い募る。

 

「私だけではありません。あなた達を理解し、受け入れようとしている人もいます。例え違う種族でも、見知らぬ誰かの苦しみでも、自分の事のように感じられる優しさを持つ人を、私は知っています!」

『世迷言を! ならば何故我らを止める?! この憎しみを理解していながら、貴様は耐えよと宣うか! 魔王とはサルカズの怒りの具現だ。我らを排そうと画策する先民や神民、そして数多の他種族に恐怖を刻み、同胞たるサルカズへ祝福を授ける力と権威。この大地の遍く全てを支配するための階。それを!』

 

 まくし立てるレヴァナントの声を、アーミヤが遮った。

 

「それは、この王冠の一側面に過ぎません!!」

『・・・何だと?』

 

 アーミヤの言葉に、思わず影が動きを止める。

 レヴァナントには見えている、アーミヤの頭上に浮かぶ冠が。それは今も変わらず墨のように黒く鈍い光を発している。

 だがその光が一瞬、眩しく感じられた。

 

「もしこの王冠が、この大地を支配するための力であれば、私は今もサルカズの怨嗟の声を聞くことはできなかったでしょう。ただ一方的に他者を隷属させるだけの権威ならば、あなたは私の意のままに動き、考え、それを自らの思考そのものだと錯覚していたはず」

 

 アーミヤの口から出たのはあくまでも推論だ。だがその口ぶりは何かしらの確信を得ているようだった。

 

 

 それは以前、アーミヤがイグナスとともにアーツの訓練をしていた時の事だ。

 

 アーミヤの魔王のアーツはイグナスと同様に精神に干渉する類のものだ。そういったアーツを持つ人間は稀少かつ、その制御についても本人の資質に頼る部分が多い。

 無論エリートオペレーターのRaidianなどその手のアーツの使い手は存在するが、イグナスの持つ感覚はアーミヤのそれと近くこうして度々教えを乞う事があった。同じロドスに勤めていて、かつアーミヤの魔王の力について(未だ何故彼がそれを知っているのかは明かされていないものの)知っている彼はそういった意味で都合が良かったというのもある。

 

 イグナスのアーツを制御する際の感覚。逆に相手からの干渉を跳ねのける方法。先達として学ぶべき事柄は多く、根が素直なアーミヤはそれをスポンジのように吸収していった。

 

『すごいなアーミヤちゃんは。この調子じゃその内精神干渉の押し合いでも負けそうだ』

 

 機密性の高い2人のアーツ訓練のため貸し切られデータログすら切り離された空間で2人は一息つく。

 訓練の結果に対し手放しに褒めるイグナスに対し、アーミヤはイグナスの教え方が上手いからだと謙遜するばかり。健気な後輩を労おうと頭を撫でると、慣れたものでアーミヤは耳を折り頭が振られるに従った。

 

『やっぱり、魔王のアーツは強力だな。上手く制御できれば強い武器になる』

 

 だがその言葉を聞いた途端、アーミヤの体が強張ったのがイグナスには分かった。一転した彼女の空気にイグナスは心配そうに呼びかける。

 

『アーミヤちゃん?』

『・・・イグナスさん。私は、とあるサルカズの予言を知りました。魔王とは、大地の全てを隷属させる者なのだと』

 

 サルカズの予言。それは源石に魅入られたサルカズが時折残す言葉の羅列だ。一説によるとサルカズの体内に宿る源石結晶が保有する古の記憶が共鳴し合い、それがサルカズの肉体を通して無秩序に発せられるものだという。

 その多くは解読すら難解で、全てが現実となってきたわけではない。だがそれが無視できない程に信じられているのは、それの多くが実際に起こってきたからだ。

 

 

―ホルテクツの仔、サルカズに背きし者、及び其の不義の血脈に連なる末裔は、サルカズ君主の手ずから断絶せらる。

 

 とある予言は、結果として1人のサルカズを遠い異郷へと追いやった。彼は今もその予言に抗い続けている。

 そしてつい先日、新たな予言が下された。

 

 アーミヤはその日、ロドスの任務に協力する予定だったパトリオットと接触した。戦力の面では最も頼りとなる彼と、レユニオンの柱を救った大恩ある彼女。互いに悪感情など抱きようもなく、作戦内容の共有から世間話まで滞りなく進みそろそろ別れるかといったところでそれは起きた。

 

 会話していた彼が唐突に天を見上げ、操られたかのように呆然と言葉を垂れ流す。その姿は誰が見ても異常であり、パトリオットはそれらを吐き出しきると正気に戻ったが、何が起こったのかを悟るとアーミヤの正体を見破った。

 その場に居合わせたケルシーと合わせ気にするなと言われたが、その時の彼女らの表情が苦々しいものだったのをアーミヤは覚えていた。

 

 曰く、「最後のウェンディゴに手を下す者」

 曰く、「数多の都市を破壊し、大地を源石で埋め尽くす」

 曰く、「黒き冠を戴き、千万の魂を記憶と化す」

 曰く、「この大地で最も恐ろしき厄災」

 

 アーミヤの耳にこびりついたそれはどれもが不穏なものだった。思い出すたびアーミヤは冷たい何かが自らの体を覆いつくそうとしているように感じられてつい胸を押さえてしまう。例え彼女にそのつもりが無くとも力は突如としてその持ち手に牙を剥くことだってある。こうして訓練を重ねるごとにその強大さを自覚している今となっては尚の事不安が頭を過った。

 いつか自分は、取り返しのつかない怪物に成り下がってしまうのではないかと。

 

『ごめんなさい。私がこの力を制御できるようになればいいだけの話なんです』

 

 ケルシーはいつも無理をするなと気遣ってくれる。だがその言葉に甘えまいと意気込む度、背後から何かが囁くような心地になる。

 

 魔王とはそういうものだ。抑圧せず、力のままに振るえばいい。その脆弱な器では使いこなすことなどできぬ、と。

 

 圧し掛かる不安に口を閉ざすアーミヤ。イグナスは一度考え込むような素振りを見せるも、すぐにアーミヤの肩に手を置いた。その力強さにアーミヤは上を向く。

 

『アーミヤ。俺達の力は特別だ。人の記憶と心に作用する力なんて、使い方を誤れば天災なんか比じゃない大きな災いを生む。それでも、この力をただ恐れるんじゃだめだ』

『力を、恐れない、ですか?』

『そうだ。確かにアーミヤの懸念も理解できる。それだけアーミヤが受け継いだものは強大だ。でも俺はアーミヤなら背負えるって信じてるし、ならその力を怖がるんじゃなくて理解して受け止めてあげる事が大事なんじゃないか?』

 

 イグナスは転生者だ。原作知識という大きなアドバンテージを持ってはいるが、それでもこの世界の全てを知っているわけではない。魔王というものについても、その原理や何故そんなものが存在しているのかについては明らかになる前に命を落とした。

 

 それでもイグナスは1つ、確信にも似た考えを持っている。

 

『さっきアーミヤは、魔王の力は他者を隷属させるためにあるって言った。だがもし本当にそうなら、俺達は何で相手の心に揺さぶられる? ただ一方的に支配するだけでいいのなら、干渉は双方向ではなく一方的になるはずだ』

『そう、ですね・・・』

 

 アーミヤもイグナスも、アーツを使う時の感覚は似通っている。2人が他者の記憶を覗き見る時、それはまるで人生という本を読み流すのではなく、その人が受けた感情と苦痛と幸福を追体験するかのように感じられた。

 あれは他者を操るというよりも、()()()()()ためにあるのだとイグナスは言う。

 

 それは先程の意見と反する。何故なら隷属に理解は要らない、ただ粛々と命じるままに動かせばいいだけなのだから。

 

『俺達の力は、誰かを理解するためにある。分かり合い、対立のその先に手を伸ばすチャンスをくれるのがこの力だ』

 

 

―そう考えたら、怖いというより、頼もしく思えてこないか?

 

 

 そんなイグナスの言葉はアーミヤの心に深く刻まれている。

 

 誰かを理解するための力。分かり合い、対立を超えていく人の可能性。

 テレジアが自分に託してくれたものは、決して呪いでも枷でもない。誰かの為を想える幼かったアーミヤに、悲しい結末に救いを望む彼女に、救えるための力をくれたのだと。その言葉は背中を押してくれた気がするから。

 

 だから今、アーミヤは敵意を向けてくるレヴァナントに対し、真摯に言葉を紡ぐ。

 

「その根底にあったのは願いのはずです。憎しみがこの大地に満ちるのではなく、憎しみがもう誰の元にも訪れない事を願う、そんな祈りだったはず。あなたもそうだったのではありませんか、レヴァナント。サルカズの運命を見守ってきた貴方はもう、その苦難を同胞に耐えさせたくない。その根底には他種族への憎悪だけでなく、同胞への慈愛があります」

『何が違う? 私はサルカズのため、この大地に反逆する。それこそがサルカズを救うただ一つの道だ』

「・・・ならば答えましょう。今代の、魔王として」

 

 魔王として。その立場の表明にどれだけの覚悟がいることだろうか。

 なおも頑ななレヴァナントに対し、アーミヤは大きく息を吸いそして宣言した。

 

「あなたがサルカズを救いたいと願うように。()()()()()()()、私は救いたい。サルカズも、フェリーンもコータスもウルサスも。感染者も非感染者も」

 

 幼き魔王が数千年を生きたサルカズへ、誰よりも大きな野望を口にした。

 大言壮語だと笑っただろう。身の程知らずと蔑んだだろう。だが確固たるその瞳に、レヴァナントはまたしても歴代の魔王の面影を見てしまった。

 言葉を失う彼に、アーミヤはなおも語り掛ける。

 

「確かにあなたは正しい。この戦争はサルカズへのこの大地の悪辣さが齎した必然でした」

 

 それでも、貫き通したい思いがある。

 ならば戦いから逃げたりしない。剣を取り、敵を倒そう。サルカズを()()ではなく()と認めさせるために。

 

「私はテレジアさんの理想が幻ではなかったと証明します。今もその轍を行く仲間の想いは、決して無駄ではないと信じたい!」

『お前に為せるのか?! 後先短いその道に、お前は何を遺せると言うのだ?!』

 

 感染者の寿命は短い。その上、今代の魔王は歴代の誰よりも非力で幼い。

 

「私1人では、何もできなかったでしょう。ですが私は孤独ではありませんでした。後ろに続く仲間も、横に並び立つ同胞も、困難を紐解き道を開いてくれた先達も、私は得ています」

 

 だが異種族の魔王には、並び立つ者がいた。白いコータスに、悠久を生きるフェリーン。ここだけではない。バンシーの寵児に最後の純血のウェンディゴ、土石の仔の生き残り。さらにサルカズではない多種多様なものがこの魔王を支えている。そこだけは歴代のどの魔王とも違う点だろう。

 

 今もその下で懸命に戦っている彼らの存在を感じ取り、アーミヤは小さく笑みを浮かべた。

 

「全てが異なる私達が、それでも歩める未来を探す旅。それこそがロドス・アイランドの、かつてテレジアさんが私達に示してくれた在り方です。だから私は異種族の魔王として、彼らとともにあなたを救います!」

『!!! くだらん!!!!』

 

 濃密な影が圧縮され、解き放たれる。廊下を埋め尽くす闇がアーミヤ達を呑み込もうと濁流のように押し寄せた。

 

 アーミヤは目を逸らさず、剣を地に突き刺し両手を翳す。魔王の黒雷が菱形を形どり、迫り来る影達を押しとどめる。飛空船全ての影を集めたはずのそれを、小さな体が受け止めていた。

 

「言ったはずです。私は1人ではありません。だから、ロドスは曲がりません」

 

 アーミヤの瞳の奥が、一際輝いたように見えた。だがその光は徐々に増していく。

 アーミヤだけではない。その空間自体が徐々に温かな光に包まれ始めていた。

 

『なんだ? いや、これは!』

 

 奥の手か? そう訝しむも何か違う。すぐに答えに辿り着いたレヴァナントの意識がアーミヤから外れる。実体を持たず影を使役する彼だからこそ窓の外の異常に気が付いた。今そこから眩い光が差し込んでいる。

 

 初めは雲に遮られた太陽が再び姿をみせたのかと思った。だがロンディニウムの上空は晴れ、その周囲は遮るものの無い蒼穹に見下ろされている。

 何より、朝日にしてはその光は眩しすぎた。目も眩むようなその光源に目を向ければ、それは周囲に淡く光る羽を舞い散らせている。

 

 あの光は何だ? 口にするより先に、こちら目掛けて光は一直線に突き進む。重力という柵すら気にも留めず、空を駆ける流星は壁ガラスを破りアーミヤ達の前に躍り出た。

 

 砕けたガラス片と凍り付いた霜の結晶が周囲に舞う。それが輝く羽とともに気まぐれに光を反射する光景はどこか神秘的ですらある。

 そして影の幕を切り裂いた光の化身は、その背を既にアーミヤ達に向けていた。そしてその正面には驚愕に身じろぐ深い闇。レヴァナントにその人物は堂々と立ち塞がる。

 

 光を放つ金の髪。白い装束は砂埃に汚れてもなおその潔白さと誇り高さを失わない。薄暗い船内だからこそ、その輝きは一層増して見える。

 その手に掴まれたソードスピアが鈴の音に似た音を響かせ、もう一方の手に掴まれた重厚な盾は見る者に絶対の安心感を与える。

 

 彼女が後ろを振り向いた。以前別れた時よりもさらに高みに至ったその相貌が、アーミヤを見る。

 

「遅れた。申し訳ない」

「・・・とんでもありません。最高のタイミングです」

『お前は、まさか・・・』

 

 レヴァナントはその風貌に見覚えがあった。カズデルを何度も蹂躙したクランタの一族。その蹄鉄で城壁を砕かれた屈辱を忘れた事はない。

 

 信念と勇気を携えて、その乱入者が名乗りを上げる。

 

「ロドス・アイランド所属のオペレーター、カジミエーシュの耀騎士ニアール。旧友の危機に伴い馳せ参じた!」

『カジミエーシュの、ペガサス!!』

 

 乱入者へと広がる闇を、ニアールのアーツが照らし出す。遮蔽物の無い廊下ではあらゆる影がそこから逃れる事叶わない。たちまち周囲の影が消え去った。

 

 光の残滓が残る中、ニアールが改めてアーミヤを背に武器を構えた。

 

「アーミヤ。君の行く道は私が切り拓こう」

「お願いします!」

『貴様、どうやって!!』

 

 レヴァナントの疑問ももっともだ。ここはロンディニウムの遥か上空、人の届く場所ではない。

 だが残念な事に、何事にも例外はあった。

 

「ああ。空を駆けるのはこれが初めてではないのでな」

 

 彼は知る由もない。彼女がかつてカジミエーシュで妹の危機に駆けつける為、光となって1キロの距離を飛んだ事を。ペガサスの名は伊達ではない。彼女には光の翼が宿っている。

 

「シャイニング達は無事因縁を清算したようだ。ならば私がするべき事は決まっている」

 

 闇を照らすのはいつだって、騎士の役目だ。

 ソードスピアが光のアーツを纏う。身長程もあるそれを片手で軽々と振り、盾を前に翳す。

 

「この槍で敵を裂き、この盾で仲間を守ろう」

 

 

 

 

ザ・シャード攻略組 大広間前

 

 ザ・シャードへと続く入り口をサルカズの軍勢が塞いでいる。それに対するはタルラとイグナスの2人。

 

 一方からは多種多様なサルカズの巫術が、もう一方からは広大なアーツの火球が飛び交い互いにせめぎ合う。

 突破を試みるタルラ達とそれを防ぐサルカズ軍。多勢に無勢、その戦力差は歴然だったが事実彼らは拮抗していた。

 それだけタルラの強さが規格外という事だが、それは現状あまり歓迎できるものではない。

 

「くそ、ここで時間を使う訳にはいかないのに!」

 

 焦るタルラがつい吐き捨てる。

 ザ・シャードが起動されてしまえば天災がロンディニウムを襲う。それを一刻も早く止めなければいけないのだが、別行動となったアスカロンの存在は中のマンフレッド将軍に既に察知されてしまっている。だからこそタルラ達もその起動の阻止に加勢しに行きたいのだ。

 だが立ちはだかる軍勢は想定よりも厚く、そして硬い。距離にしてみれば百もいかないほどの距離が彼方に感じられた。

 

「こうなったらもう使うしかない!」

 

 これ以上の猶予はないと、タルラは再び奥の手を使う事に決めた。

 これまで膨れ上がっていた炎が、彼女目掛けて収束していく。それを妨害しようと浴びせられるアーツの雨もその余波だけで焼き尽くされた。

 

 それをザ・シャードから見下ろしていたマンフレッドは小さく笑う。彼の目的はあくまでも時間稼ぎと敵の消耗。城壁で相対しそのアーツを食らった時点で彼はタルラという特級戦力を正面から打ち負かす事はできないと結論付けていた。ましてや数日前、ドラコ同士の一騎打ちの様子を遠くから確認したマンフレッドはそれが正しかったのだと確信した。

 

 だからこそ、この場で奥の手を切ってくれるのであれば有難い。たとえ自分直属の部下の半分と寄せ集めたサルカズ兵の大多数が失われるとしても、大局的な面で見れば十分にお釣りがくる。

 つくづく絶大な力を有する個というのは扱いづらい。今や自分を裏切り敵となった元副官の言葉を思い出し、小さく眉を顰める。

 

(だがこれで、勝負はこちらが優勢に・・・?)

 

 しかしいつまで経ってもあの太陽にも似たアーツの奔流が訪れない。

 眼下を見下ろせば、赤熱しかけるタルラを傍に立つ男が止めていた。

 

 この精鋭を集めた軍勢を相手に強行突破するにはそれしかない。ここで力を出し渋っていては元も子もないだろう。

 にも関わらず何をしているのか? 疑問に思う彼にイグナスは顔を上げ笑った。

 

「甘く見ていたのはお前の方だぜマンフレッド」

『何?』

 

 この場で誰よりも非力な男が、誰よりも雄弁に語って聞かせる。

 だがそれがはったりだとはどうしても思えない。何故ならマンフレッドにとってその半身を源石に侵された非力な男こそ、この場で最も警戒すべき不確定要素でもあったから。

 

『戦況を左右するこの場所に2人だけで来ておきながらよく言う。随分我らを過小評価したものだ。我らを落とすのならばその身ごと灰にする覚悟で来い』

「やなこった。俺達の終着点はここじゃない。もっと先の、遥か未来の、誰も信じられなかったような景色の中で俺達は次代に託すんだ。早いとこ通らせてもらうぜ?」

『・・・総員、徹底して彼らを潰せ』

 

 マンフレッドの号令のもと、さらに激しさを増したサルカズのアーツと矢の雨。

 迎撃しようと構えるタルラの横で、イグナスはあろうことか目を閉じた。

 

 

 誰もがそれを勝負を諦めたと思うだろう。だがイグナスだけは何も憂いていなかった。

 

 イグナスには聞こえている。今も戦う仲間の声が。

 イグナスには視えている。燦然と輝く魂の光が。

 

 今もこのロンディニウムを駆け回る足音が大地を通して伝わってくる。

 体に源石が生えているかなんて関係ない。ただ平穏な明日を願う人々のために武器を振るう彼ら、その胸に宿る尊い誇りを感じている。

 

 だから、何も恐れる事はない。

 

 飛来したアーツが炸裂する。広場全体に轟く轟音ののち、煙が晴れてもイグナス達はその場に立っていた。

 何故ならいつの間にか2つの人影がそれを遮り盾となっていたから。

 

 

 1人は防弾ベストを纏い左手に盾を右手に鉄槌を構えている。そして掲げるその盾には聳え立つ塔の紋章が刻まれていた。

 もう1人は金属製の重厚な鎧を身に着け彼もまた両手で盾を構えている。身を覆う程の大きさの盾、その中心には捻じれ合わさる2つの螺旋が刻まれていた。

 

 ロドス・アイランドとレユニオン・ムーブメント。同じ共存の夢を追う両者が並び立ち堂々と立ち塞がっている。

 彼らは振り返ることなく、背中越しにイグナスに問う。

 

 

「「待たせたか?」」

 

 ロドスのエリートオペレーターAceとレユニオンの盾である遊撃隊盾兵がそこにいた。

 彼らの頼もしい渋い声に、イグナスがまたニヤリと笑う。

 

「いや、時間通りだ」

「お前達!」

 

 驚くタルラだが、驚愕はそれだけにとどまらなかった。突如として入り口を塞ぐサルカズの軍勢の中心で炸裂音がした。砂煙が立ち昇り余波で数人の兵士の体が吹き飛ぶ。

 

「何だ!?」

「これ、は・・・()?・・・」

 

 彼らの中心に突き刺さった巨大な鉄塊。屈強なゴリアテですら持ち上げられるか分からないそれが、()()()()()()()()()()()()()()またふわりと浮き上がる。

 

 目を疑う光景に兵士達の視線が天に釘付けにされてしまう。そして地上から注意を反らしてしまった彼らの数人が放たれた矢と火炎瓶に倒れた。

 

 それに再び目を向ければ、相対していた敵の数はいつの間にか2人から数えきれない程に膨れ上がっていた。

 イグナスは背後に感じる気配に振り返らず、真っ直ぐに目的地を見据えていた。

 

「手こずりそうだったんで援護を呼んだんだが、そっちは大丈夫そうか?」

「問題ない。遊撃隊と身軽なゴースト隊を残してある」

「俺達スノーデビルは姐さんが別行動だし、遊撃がメインだからこっちに来た」

「元よりファウスト隊長からは各隊の援護を命じられていますから」

「それに、お前達がピンチだって聞いたら来るしかないだろう。なあ?」

 

 遊撃隊盾兵とスノーデビル小隊に迷彩狙撃兵、それに歴戦のレユニオン戦士達。ロンディニウム内に残された市民の救出やサルカズ達への遊撃を行っていた最中援護要請を受け駆けつけたレユニオンのメンバー。彼らが顔を見合わせ笑った。

 近くで無線を拾ったAce隊とロスモンティスも同意の笑みを浮かべた。

 

「それにここは作戦の優先事項だ。一刻も早く突破する必要がある」

「イグナスを助けるって、約束したから」

「Ace、ロスモンティス・・・」

 

 駆けつけた仲間達に背中を押され、再びイグナスとタルラは前を向く。

 遠く険しかったザ・シャードへの道が、それだけでぐっと近づいたような気分だ。

 

 イグナスとタルラの眼前で、盾兵が盾を大地に突き立てAceが鉄槌で盾を鳴らす。鳴り響く開戦の合図に皆が浮足立つ。

 横並ぶ盾兵が一斉に盾を手に一歩を踏み出す。スノーデビルとAce隊術師がアーツユニットを構え迷彩狙撃兵がボウガンの弓を引く。他のレユニオン戦士達も各々の武器を抜き放ち構えた。

 

 動揺するサルカズ達を前に、盾兵が進軍の号令を叫ぶ。

 

「我らのリーダーに、道を拓け!」

「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」

 

 重い軍靴と軽快なスニーカーと実直なブーツが大地を踏みしめる。乱雑に幾重にも折り重なった足音は対面する彼らに1つの巨大な生物が差し迫っているかのように錯覚させた。

 

 盾兵が飛来するアーツを防ぎ、狙撃兵の矢と術師のアーツが弓なりにサルカズに降りかかる。その間に前線を押し上げた盾兵達がサルカズ軍の前衛と激突した。剣と盾がぶつかり合い激しい金属音を鳴らす。盾兵の他に、大刀を振りかぶったビッグベアが敵のど真ん中に飛び出し数人のサルカズ兵を薙ぎ倒す。

 混沌とし始めた戦況を、イグナスは冷静に見つめ続ける。そしてこれでも今すぐの突破は難しいと踏んだイグナスは賭けに出た。

 

「ロスモンティス、頼みがある」

「何?」

 

 イグナスが作戦の内容を伝える。それを聞いたロスモンティスが信じられないと首を振った。

 

「だめだよイグナス。そんな危険なこと」

「俺は皆んなを信じてる。お前も、タルラも、あいつらも全員! そしてお前達も、俺を信じてくれてる。なら応えないとだろ?」

「でも・・・」

「信じろ」

 

 ロスモンティスの眼差しは揺れていたが、イグナスの真摯な視線に一度瞑目したのち開かれた目にはもう迷いはなかった。

 

「うん、信じるよ」

 

 先日の飛空船の砲弾迎撃で破損したロスモンティスの戦術装備。残された二振りの巨大な剣の刀身にタルラとイグナスが足をつけた。それがロスモンティスのアーツでふわりと浮き上がる。

 

「イグナス!」

「おう、どうした?!」

「必ず、帰ってきてね」

 

 覚悟を決めつつも、どこか不安げな様子が隠し切れない。いくらレユニオン幹部の2人とはいえ、彼らだけで敵の首領に立ち向かう事になるのだ。

 そんな彼女を安心させるべく、イグナスは不敵に笑う。

 

「ったりめえだ。ロスモンティスこそ、帰ったら頭撫でられる準備しとけよ?」

「! うん、ちゃんと髪梳かしとくね」

「その意気だぜ」

「イグナス」

「おう、頼んだ」

 

 タルラがイグナスの体を強く抱きしめる。準備が整ったのを見たロスモンティスが剣を高く飛翔させる。

 

「いっけえええ!」

 

 掛け声とともにタルラ達を乗せた剣はサルカズ兵達の遥か頭上を飛び越えその対岸に2人を投げ放った。

 

「! 奴らを行かせるな!」

「させないっ!」

 

 すぐに気付いた指揮官が背後の2人を攻撃するよう指示を出す。だがロスモンティスは残った最後の力を振り絞ってザ・シャードの入り口の天井を無形の腕で掴み、握りしめた。

 

 ロスモンティスから青白い火花がスパークする。激しさを増すアーツを制御しようと彼女は懸命に腕を翳し内へ内へと押さえ込む。

 火花はやがて逆三角形を形どり、その中心でザ・シャードの外壁がひしゃげた。

 

「はああああああ!!!」

 

 臨界に達した膨大な圧力が金属を捻じ曲げガラスを割る。砕かれた破片が雪崩のように落ち始め、瓦礫が入り口を塞いだ。

 タルラとイグナスは既に中に侵入している。これでこの場に残されたのはサルカズ兵とロスモンティス達のみ。

 

「これで、もう・・・」

「くそ!! あのフェリーンを撃て! 奴のアーツは強力だ」

「!」

 

 矛先を変えた攻撃がロスモンティスを襲う。それを防ごうとしたロスモンティスは鼻から血が垂れるのに気付く、その直後体を支えていた柱が抜かれてしまったかのように崩れ落ちた。

 

 元よりパトリオットと一緒に無理を通した体だ。それを休んでいるわけにはいかないとさらに無理を通して作戦に参加した。そのツケがここで出てしまった。

 

 もう戦術装備を手繰り寄せる力も無い。自分の名前を呼ぶAceの声が遠くに聞こえる。

 ロスモンティスに出来たのは最後に息を吸う事くらいだ。そうすればあの日以来ともにあり続けたローズマリーの香りがした。

 

(大丈夫。忘れてない)

 

 ロドスの皆んなとの日々、アーミヤの笑顔。ケルシーが教えてくれた事。ブレイズが頭を撫でてくれた事。Scoutから貰ったリボン。

 グラードとの約束も、イグナスとの約束も。

 

 どれも鮮明に思い出せる。

 だから、大丈夫。

 

 安心して、私は―

 

「・・・?」

 

 でも、いくら待っても何の痛みすら感じなかった。

 不思議に思い、目を開く。

 

 その頭上には、大きな誰かが立っていた。

 

「死を受け入れるにはまだ早いぞ、フェリーンの娘」

 

 どこか厳しい声音で彼はロスモンティスに起きろと言った。

 彼女に降りかかった攻撃の全てを凌ぎ切って、それでもなお倒れる気配すらない。

 

 鉄の塔のようだ。ロスモンティスはそう感じた。

 

 それよりも、生きているなら、立たないと。よろよろとロスモンティスは立ち上がる。

 力の入らない四肢にもう一度力を籠めて。流れ出る鼻血を乱雑に拭った。そして口を開く。庇ってくれた彼に1つ大切な事を伝えるために。

 

「ありがとう。それと、私は、ロスモンティス、だよ」

「そうか。よくやったロスモンティス。おかげであいつらは己の責務を果たしに行けた」

 

 盾兵が飛んできた矢を弾き返す。こんな状況だというのに、ロスモンティスはとても安心していた。だって彼の背中は固くて冷たく感じるけど、ロドスの皆んなと同じくらい優しいから。

 

(なら、その優しさに応えないと、ね)

 

 再び戦術装備を掴み、持ち上げる。今は1本が限界だがそれでも無いよりはマシだ。

 

 再び立ち上がった彼女の瞳に再び戦意が宿っているのを見て、盾兵はヘルムの中で口角を上げた。

 

「我らも彼らの後を追う。それを妨げる者は、誰一人生きて返さんぞ!」

 

 その号令を皮切りに、ロドスとレユニオンの連合部隊は更に攻勢を仕掛ける。

 

 

 

 

 

 

 

 マンフレッドは眼下を見下ろすのを止め、振り返った。既に3人の侵入を許してしまっているこの状況で、あの戦場を見届ける意味はもうない。

 それよりも今はザ・シャードの中にいる敵への対処に専念すべきだ。

 

「私も、過去の因縁を絶つ時だ」

 

 マンフレッドには確信があった。

 ザ・シャードの制御中枢へと至る道の1つ。ここにいれば、彼女は必ず自分と相対する。そうしなければならない状況を自ら作り上げたとはいえ、運命めいたものを感じられずにはいられない。

 

 彼女は幼き頃、テレシスが源石の嵐の中見つけ出した。彼女は予言の子だった。未来を読むサイクロプスがやがて彼に刃を向けると予言し、それでもテレシスは彼女を拾い彼女に生きる術を授けた。そんな彼女はマンフレッドにとってかつてテレシスとテレジア両名から指導を受けた同門の徒だった。

 それが今や互いに剣を向けそれぞれの目的の為殺し合う。

 

 マンフレッドが腰の剣の柄を撫でる。彼の脳裏に浮かぶのは彼女との修行の日々、武芸においては彼女に勝てたためしはなく、野生児のような振る舞いに幾度も翻弄された懐かしい記憶。

 マンフレッドが剣を抜いた。奇襲において右に出る者はいない彼女に剣を鞘に納めたまま相対するわけにはいかない。何より、脳裏に一瞬でも浮かんだそれらの記憶が心に迷いを生み出さぬように。

 

 この役割を投げ出そうとは思わない。彼女に相対する資格を持つサルカズはそうはいない。何より彼女を止めなければそのナイフが向かう先は()だろう。

 そんな事はさせない。そう誓った時、自分は果たしてどちらを憂いていたのだろうか。その先を自ら追及する事はなかった。

 

 ザ・シャード内に張り巡らせたアーツの網が敵の所在を伝えてくる。

 そして今しがた入ってきた侵入者2人の向かう先を見て、マンフレッドは後悔の滲んだ声を漏らした。彼女を自分が相手するのであれば、あの2人に対するのは()だろう。

 

「あなたにまた背負わせる事。どうかお許しを」

 

 その呟きは薄暗い廊下の闇に吸い込まれるだけだった。

 その闇を、マンフレッドはただじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザ・シャードの中を進むタルラとイグナス。2人は冷たい床に足音を響かせながら走っていた。

 

 外と比べ塔の中は護衛の兵もそこまで多くなく今のところはタルラ1人で対処できている。マンフレッドによりアスカロンすら監視の目を欺けない以上、隠密よりも速度を優先したが故だった。

 

 

 やがて2人は広い空間に出た。そこは柱と扉に囲まれ天井付近からは無骨な印象のここには珍しくステンドグラスを通して色鮮やかな光が屋内に差し込んでいる。

 

 天使の梯子のような、幻想的な光景。その中心に彼は佇んでいた。

 

 短く整えられた桃白の髪。そこから伸びる2本の黒角。

 その手に握られているのは1本の無骨な剣。

 

 タルラ達を見る眼は長い年月と悪意に晒され風化したかのように乾いている。にも関わらずその眼差しは何処までも重く真っ直ぐだ。

 剣のように鋭い視線が、2人を射貫いていた。

 

「来たか」

「ああ、来たぜ」

 

 交わされる短いやり取り。まるで長年顔を合わせていなかった友人と再会したようだ。これが初対面であるはずなのに、イグナスとテレシスは妙な感覚に包まれていた。

 

「あんたとは、ずっと話したいと思っていたんだ」

「そのような暇があるのか?」

「いいや? どうやらあんまり時間も無いみたいなんでな、それはこの塔を止めてからだ」

「お前達にそれができるのか?」

 

 テレシスが道を塞ぐように剣を振り下ろす。この先には行かせないと言わんばかりだ。

 それに応えるようにタルラもまた剣を構えた。

 

「できるできないではない。やるんだ」

 

 タルラの周囲が焦げ付いていく。

 赤き竜の炎が膨れ上がり、そして収束していく。

 

 いつか見たタルラの極致。太陽をその身に降ろし悪意を焼き去る浄化の炎。

 それが再び顕現する。

 

 以前よりもずっと深く、速く、熱く。この場に送り出してくれた皆の想いを背に、タルラは心を炎で満たす。

 

「彼らが繋いでくれたからこそ、私は貴様に万全の状態で挑むことができる」

 

 燦々と輝くタルラが一歩踏み出す。それに合わせテレシスもまた一歩を踏み出す。

 一歩、また一歩。その歩調は少しずつ速くなり、やがて猛然と両者は距離を縮める。

 

 剣を振りかぶり、振り下ろすその間際。互いに口に出したのは同じ言葉。

 

 

「「貴様を、倒す」」

 

 

 赤き竜と英雄の剣が、激突した。

 




いよいよクライマックスが近づいてきた感じがします。
これまで書いていて改めてこの二次小説を読んでくださっている方には感謝を申し上げます。誤字脱字報告もめちゃくちゃ助かっています。ありがとうございます。
これから書く内容については読まなくても本編に一切関わりありませんのでご容赦ください。

これはあくまでも個人的な意見なのですが、人は「何も意味の無いはずの事柄に意味を与える事ができる生き物」だと思っています。15章が実装され魔王の起源等についてもどんどんと明らかになっているアークナイツですが、イグナスの魔王に関する考察はまさにそれです。本来、「魔王」もとい「文明の存続」にはもっと別の意味がありました。それこそテラの人々からすれば何のこっちゃねんとなってしまうようなものですが、それが巡り巡って今の魔王の王冠となっています。
そう考えると、あくまでも「魔王」が黒雷を操り感情と記憶を読み取り夢を見させる事ができるのはあくまでも副次的なものです。ですが、イグナスはそれにこそ意味があるのだと考えています。
誰かと心を通わせることができる力、それが「サルカズではない」アーミヤという少女に継がれたという事実は、運命とも縁とも言えるような何かがあるのだと思うのです。

この二次小説は主人公であるイグナスを中心としたものですが、彼の行いがテラの人々に枝葉のように影響しどのような結末を迎えるのかというiFを記すものでもあります。ヴィクトリア編に入ってからイグナスの出番減ったなとか思われる方がいるかもしれませんが、私はそういったテラの行く先を全て書いてみたいとも思っています。
まあ何を言いたいかといいますとイグナス以外の話もバンバン書きますのでそれだけはご了承くださいというだけの話です。
ヴィクトリア編もいよいよ大詰め。まだまだ書きたい話がございますので、小説初心者の私の書くお話をどうか最後まで見届けていただけたら幸いです。
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