戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第十話 生きるすべ

「えぇっと、コレとコレとコレ……かな」

「…………」

「あぁコレもいるかも」

「ねぇまだ買うの?」

 

 次々とカートに乗っているカゴに入れる彩葉を、佐鳥はそのカートを押しながら呆れた様に見る。

 

 大型業務用スーパーの一角。そこで彩葉と佐鳥は買い物をしていた。カゴの中には栄養食品であるスティック型のチョコレート箱五箱。ダンボールに入った水。そしてエナジードリンクも大量に。そして何より多いのはチョコレート類だった。

 

 彩葉はチョコ菓子だったら何でも良い様で、目についたチョコ菓子のパーティ袋を片っ端からカゴに入れていく。

 

「仕方ないじゃん。頭を使うには糖分が必要なんだよ」

「だけどさー。……まあ良いや。それで? コレで全部?」

「……うん。全部かな。これで当分食料には困らないでしょ」

「……糖分だけに?」

「うまいこと言うねー」

 

 彩葉はカゴの中身を確認してうんうんと頷く。パッと見ではよく分からないが、この量は一万を超えていることは確かだった。彩葉はまだ十六歳。常識的に考えれば十六歳が一万を超える買い物を出来るわけはないのだが、彩葉は例外だ。

 

 ボーダーでも重役に位置する彩葉の給料が、少ない訳がない。それに彩葉はこういう時にしか大金を使わないので、必然的に金は貯まっていく。

 

 働きにあった額を払う。それは当然の事だった。

 

「賢はなんか欲しいものないの? 買ってきなよ」

「うーん。佐鳥は今のところ欲しいもの無いしね。さっきコンビニで飲み物も買ったし。それに今度半崎とパソコンを買う約束してるし、貯めとかなきゃ」

「そっか、そうだね。パソコン高いもんねー」

 

 首を縦に振りながら彩葉は佐鳥に同情する。今現在大金を叩こうとしている彩葉には言われたく無いと、佐鳥は心の中で苦笑するのだった。

 

 セルフレジにて会計をし、佐鳥は自ら率先して袋を持つ。彩葉は「自分で持つよ」と一回断りを入れたものの、佐鳥は彩葉の枝の様に細い腕で持たせるのは些か不安があった。

 

「外で唐沢さんが待ってるんだよね」

「うん。荷物を本部まで運んでくれるって。優しいよね、唐沢さん」

 

 佐鳥と彩葉は玄関口の方へ歩きながらそんな会話をする。唐沢とは上層部の一人で営業部長をしている。

 

 昨日、彩葉が本部で買い物の荷物をどうしようか忍田と話しているところ、もし良ければ自分が送迎しようかと申し出てくれたのだ。彩葉としては願ってもない申し出だったので即座にお願いしたのだった。

 

 もう丁度来ている頃合いではないだろうか。

 

「うーんっと……あれかな? あの車」

 

 彩葉が指を刺した方向を見ると、白いワゴン車が止まっている。恐らく彩葉の荷物の多さを考慮してだろう。その気遣いが、今回は百点満点の結果を出していた。

 

 二人に気付いたのか、唐沢は車から降りて、二人の元へ歩いていく。その姿がまた男前で、佐鳥はホゥっと見惚れてしまう。

 

「……唐沢さんってさ、大人の男だよねぇ」

「え? 実際そうじゃん。逆にあれで女性だったら気持ち悪い通り越して怖いよ」

「うんそう言う事じゃ無くてね」

 

 彩葉には通じなかった様で、頭を横に傾けている。彩葉は本当に他人に興味がないらしい。

 

「やぁ、お疲れ様。買い物はもう済んだかい?」

「はい。お疲れ様です。今日はありがとうございます。車を出していただいて」

「良いよ、これぐらい。これからの投資だと思えば安いものさ」

「やっぱ唐沢さんはぶれねーわ」

 

 唐沢のいつも通りの調子に、彩葉は思わず苦笑をする。

 

「さてと。これを車に運べば良いんだね。随分と大荷物じゃないか。高校生の買い物じゃ無いぞ」

 

 ダンボール箱や大量の袋を見て唐沢は苦笑いを浮かべる。確かにこれは文字通り大人買いというやつだ。店から出てくる主婦よりも袋の数が明らかに多い。

 

 けれども彩葉は口を尖らせてブウ垂れる。

 

「買い溜めは必須ですよぅ。これで数ヶ月は困らないし」

「そうかい。ならさっさと運んでしまおう。佐鳥くん、手伝ってくれるかい?」

「はいよ。最初からそのつもりですよ」

 

 佐鳥は意気揚々とダンボールを持ち車に移動する。その後ろ姿を見て、彩葉は満足げに笑みを見せるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「いやぁ、本当に今日はありがとうございました。唐沢さんもお忙しいのに」

「良いさ。さっきも言った通りこれはこの先の投資だよ」

 

 佐鳥は後部座席に座りながら、運転席に座っている唐沢に頭を下げる。途中で袋が破れるアクシデントはあったものの、無事全ての荷物を乗せ切った佐鳥と唐沢は、手洗いに行った彩葉を車内で待つ事にしたのだった。

 

 唐沢所有の車はとても綺麗に片付いており、何処か汚しては行けなそうな威厳を放っていた。

 

 まぁ汚れていようがなんだろうが他人の車を汚してはいけないのだが。

 

(というか、オレあんま唐沢さんと喋った事ないんだよなぁ。なんだか気不味い)

 

 佐鳥はソワソワと落ち着きがなく体を揺らしたりしていた。隊長の嵐山ならともかく、佐鳥は本部の一隊員に過ぎず、上層部と関わる事はほぼ皆無だった。更に言えば上層部と対等に語れる彩葉にも尊敬の意を示す事もままある。

 

 それ程上層部と言うのは隊員にとって雲の上の存在なのだ。まぁ軍事組織にとってそれは正しい在り方なのかもしれないが。

 

「──佐鳥くんは、何故彩葉と仲良く出来るんだい?」

「へ?」

 

 突然の質問に、佐鳥は面食らう。

 

 それは「何故お前ごときが彩葉と仲良く出来るのか」と言う意味なのか、それとも「純粋にどうして仲良くしているのか」と言う意味なのか。佐鳥にはよく分からなかった。場合によってはここで咽び泣くかもしれない。

 

 佐鳥が答えを考えあぐねていると、唐沢は煙草に火をつけて開けていた窓の外に息を吐く。その際冷たい風が佐鳥の体を刺激する。

 

「いや、誤解しないでくれ。別に君に何か問題があると言っているわけでは無いよ。寧ろ()だ」

「逆?」

 

 唐沢の言葉に、佐鳥は首を傾げる。

 

「あぁ、知っての通り、彩葉はとても変わりものだ。誇張なしのマッドサイエンティストと言っても良い。そんな人間と、何故こうも連む事が出来るのか。それが疑問でならないんだ」

 

 唐沢は伏せていた目を開け、バックミラー越しに佐鳥と目を合わせる。その目は何処か冷たさを孕んでおり、佐鳥は思わず喉を鳴らす。

 

「……仰っている意味が、よく分かりません」

「では聞き方を変えよう。君は普段何を考え、どう感じながら彩葉と喋っている?」

 

 そんな事を聞かれても──と言うのが、佐鳥の今の感情だった。

 

 確かに彩葉と佐鳥は一言では言い表せない程の仲だが、だけれどそれを易々と他人に言って良いかと言われれば、それは否である。

 

 と言うか何より佐鳥自身が、よく分かっていないのだから。

 

 前提として佐鳥は彩葉に好意を抱いている。それは紛れもなく、嘘偽りなく本当の事だ。だけれど何を思って側に居るのかは、皆目見当もつかない。ただ恋心に従って一緒に居るかと言われても首を傾げざるを得ない。

 

 ただ、彩葉と一緒に居ると、息が少しだけし易くなるのだ。だけれど佐鳥はその理由を、まだ知らない。

 

「──さあね。自分でもよく分かんないです。と言うかなんでそんな事を聞くんです?」

 

 佐鳥は少し気分が悪くなり、無理矢理話を唐沢へ移す。自分がまだ答えを出せていない事柄について言及されるのは、気分の良いものでは無い。

 

 佐鳥の質問に、唐沢は「いやぁ、ちょっとね」と溜息混じりに答える。

 

「私が彩葉と同い年だったら、絶対に関わりたくないなと思ったのさ。何をされるかわかったものじゃない」

「うわ、ボロクソっすね」

 

 佐鳥は口ではそう言いつつも、心の何処かでは納得している部分もある。

 

 忍田彩葉は、お世辞にも性格が良いとはとても言えない。自分でもよく彩葉と連んでいるなと感心するのだった。もしかしたら、唐沢はこれを言いたかったのかもしれない。

 

「……そう言えば、彩葉ちゃんの偏食どうにかなんないんですかね。今日も一緒に買い物して思ったんですけど、これはあんまりじゃないですか? 佐鳥としてはしっかりしてほしいところなんですけど」

 

 佐鳥は敢えて話題を変え、前々から自分の中で問題視していた事を、唐沢に相談する。

 

 彩葉はほっとけばずうっとチョコレートや甘い物ばかりを食べ、誰かが言わない限りはまともな食事を摂る事はまずなかった。それは彩葉の悪癖であり、佐鳥としてはどうしても看過出来ない問題であった。

 

「別に良いんじゃないか? 忍田本部長も居るんだし、家では健康的な食事を食べていると思うよ」

 

 唐沢はあっけらかんと楽観的に答えた。だけれども佐鳥はそれに満足いっていない様で、「そうじゃ無いんですよ」と頭を抱える。

 

「オレが気にしているのは本部長が居ない時ですよ。本部長が不在の時、偶々家に行ったんですけど、ゴミ袋に入っているのは市販のチョコ菓子のパーティ袋の残骸! まだカップ麺とかコンビニの弁当空とかだったら百歩譲って……一万歩譲歩して分かりますけど……。チョコ菓子ですよ!? 飯ですらないし! あり得ます!? 育ち盛りの女子高生が何やってんだって話ですよ! 頭は素早く回る癖にそう言うところに気が回らない奴なんて初めて見ました! しかも本部長が出張に行って二日……たった二日ですよ!? その二日で彩葉ちゃんの部屋はめっちゃ汚れてましたからね!? 逆に凄いわ! 生活能力が無いなんてレベルじゃない!」

「うーん。凄い勢い」

 

 佐鳥は喋っているうちに熱が入ってしまい、段々と声が大きくなる。そして終いには相談と言うよりもはや愚痴になってしまっていた。しかしそれだけ彩葉の食生活に不満を持っていたのだ。

 

(にしても、ただ友達が不摂生の毛があるだけで、こうも不満が出てくるのも、ある意味すごい事だけれどね。過保護と言うか何というか。佐鳥くんのこれは無意識なのかな)

 

 唐沢はそう思いながら灰皿に煙草を押し当てる。

 

「ほんと、食に関して無関心過ぎるのもどうにかして欲しいんですけどねぇ。どうしてあんなにも無頓着なのか」

「いや、それはないだろう」

 

 唐沢は意外にも、そうハッキリと否定をした。その間は一秒にも満たず、佐鳥の言葉の後に、考える暇もなくそう反応したのだ。

 

 あるいは、考えるまでもなく。

 

「えっと……? それはどういう事ですか?」

 

 困惑を見せる佐鳥を横目に、本日二度目となる煙草に火をつけ、外に副流煙を吐き出す。

 

「彩葉は食に対して貪欲だ。恐らく世界中から食糧が潰えたらいの一番に発狂するくらいにはね」

 

 唐沢の言葉が、佐鳥はよく分からなかった。佐鳥から見て忍田彩葉という人間は、食に興味がなく、食べれるのだったら何でも良いと言う少女に見えていたのだった。しかしそれは唐沢によって否定されたのだが。

 

「いや、食べれる物であれば何でも良いと言うのは間違っていないよ。実際にあの子は好き嫌いが無いからね。しかし──いや、()()()()()、彩葉は食に対して貪欲だと言っているんだよ」

「でも、それなら何で彩葉はご飯を食べないんですか? いつも甘いお菓子ばかりで、栄養の欠片も感じないし……」

「でも、食事を抜くと言う事をしていないだろう?」

「あ────」

 

 息が、止まる感覚だった。

 

 佐鳥の中で、すこんと、ピースが嵌るような。そんな感覚。

 

 音もなく嵌ったそれは、佐鳥の中で形を模し、やがてその全貌が明らかとなる。

 

 確かに彩葉はなんだかんだ言いつつ食事を抜かした事はなかった。あれが食事にカウントされるのかは疑問だが、それでも朝昼晩、欠かさず何かを口に入れていた。

 

 それは、佐鳥にとって認めたく無い事実だった。

 

「恐らく彩葉にとって食事と言うのは生きる為のエネルギー補給。それは彩葉にとってとても必要な事で、欠かせない物だろう。だからこそ何でも食べるし、そこに栄養は看過されない。多分、食べれば生き抜けると言う潜在意識が根付いているんだろうね。だからこそ何でも良いから口に入れたいんだろう。それが偶々菓子類だったって話さ」

 

 それを言い終わり、唐沢は長い息を吐く。

 

 食べれば生き抜く。

 

 食べなければ、生きられない。

 

 それはまるで飢餓状態の人間が、死体を貪り喰う様に、彩葉は何でも食べる。

 

 空腹が、どれ程辛いか、知っているから。

 

 彩葉にとって空腹とは、絶望と同義なのだから。

 

「ま、でも佐鳥くんの言わんとしている事はわかるよ。このままでもいずれ糖尿病の危険性もあるしね。私としても彩葉に早死にされては敵わない。なんなら私から忍田本部長に言っておいてあげようか?」

「……いえ、そこまでしていただかなくて構いません。オレから説得してみます」

 

 佐鳥はそう言って、唐沢の申し出を断る。

 

 唐沢の言っている事が事実ならば、彩葉は今までどんな思いで食べ物を口に運んでいたのだろうか。

 

 きっと、愉快な気持ちでは無かっただろう。

 

 それはある意味で、ある種の強迫観念。

 

 佐鳥は少し、申し訳なく感じてしまう。自分は何も分からずに、頭ごなしに否定をしてしまった。彩葉としてはそれは耳を塞ぎたかった言葉だっただろう。

 

「因みに言っておくとね。今の話は君に何の非はないよ。落ち度もね」

「へ?」

 

 唐沢の見透かした様な言葉に、佐鳥は思わず声が漏れる。

 

「君はただ単に、友人の健康状態を心配しただけだ。ただ、それだけ。それを罪と言ってしまってはあまりに極論すぎるよ」

「──もしかして、慰めてくれてます?」

「さぁね。ご想像にお任せするよ」

 

 バックミラー越しに見る唐沢の顔は穏やかで、佐鳥もホッと息を吐く。唐沢のおかげで、少しだけ息がしやすい感じがする。

 

 友人を心配する気持ちは、決して問われるべき罪ではない。それがしれただけでも、佐鳥はどうしてか嬉しかったのだ。

 

「ごめーん! お待たせ! トイレが思ったより混んでてさー」

 

 突然横のドアが開き、聞き馴染みのある声が響く。佐鳥は思わず肩をびくつかせ、「うわぁ!」と声を漏らす。意識が完全に外れていたので、彩葉が近づいてくる気配に気付かなかったのだ。

 

「なになに? 何の話をしてたの? というか唐沢さん、賢をいじめてないよねー」

「はは、そんな事はしてないよ。ねぇ佐鳥くん?」

「いやぁ、はは、そうっすね」

 

 いつもの空気に戻り、車内は一気に明るくなる。彩葉はあっけらかんと「本当かなー?」と愉快そうに言っている。その顔があまりにも可愛く、佐鳥は思わず顔を綻ばせる。

 

「──彩葉ちゃん」

「ん? なあに? 賢」

「今日の昼食は一緒に食べようよ。良い定食屋知ってるんだ」

「え、行く行くー」

 

 「やったー」と、彩葉はシートベルトを付けながら歓喜する。それを見て唐沢も、穏やかな笑みを浮かべる。彩葉のこの姿は普通の、ただの子供だ。

 

 今すぐでなくても良い。少しずつ、少しずつで良いから自分を大切にするという事を、学んでほしい。佐鳥はそう思うのだった。

 

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