戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第十一話 好敵手、そして憂う父と動き出す物語

「邪魔するでー」

「邪魔するんだったら帰ってー」

「あいよー……ってなんでやねーん」

 

 突然に扉が開かれ、土曜の正午にやっている新喜劇の様なやり取りに、彩葉はパソコンから見向きもせずに答えた。それを待ってましたと言わんばかりに生き生きとツッコミを入れる関西弁の少年。その様子に彩葉は少し眉間に皺を寄せ、椅子を回転しながら振り返る。

 

「水上先輩。寒い」

「あぁ、今日冷えるからなぁ。あったかくしぃよ」

「いや、先輩が言ってたさっきの台詞。私じゃなかったら微妙な空気になってたよ。つーかそのネタ若者で知ってる人ほぼ皆無だから」

「突然のディス」

 

 その男──水上敏志は表情筋を変えることもなくそう言った。

 

 水上は度々この仕事部屋に訪れ、彩葉に絡みに来るのだった。彩葉はそれを受け入れており、余程の事が無い限りは追い返さない様にしていた。

 

「いやいや、マリオには通じたで。あいつもノリノリに乗ってきたし」

「それは真織先輩が関西人だからでしょ。もしかして水上先輩、全人類関西人って思ってる? 二宮さんあたりにやってみ? 北極に瞬間移動したかの様な感じになるから」

「うわ。それはきついわ」

 

 彩葉の言葉に水上は肩を竦める。彩葉ならともかく、二宮という冗談が通じないタイプの人間は、ジョークが酸素の関西人にとって結構堪えるのだった。

 

「それで? 今回はなんの用?」

 

 彩葉は足を組み、そう聞く。はなから答えは分かっているが、それでも敢えて質問をする。

 

 それを聞かれて、固まっていた水上の表情はようやっと動き、口元が弧を描く。

 

「ちょいと模擬戦しようや。ブース貸しい」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 真っ白い無機質な部屋。其処に家やビルが簡易的に立っており、まるで箱庭の様なところだった。そこで武器を構える水上と彩葉。水上は黒色にオレンジという何処かジャージの様な服で、彩葉は緑の野戦服を着ていた。その姿は何処か少年兵を連想させる。

 

「先手はどっち?」

「そっちからどうぞ」

「ほなお言葉に甘えて」

 

 彩葉の了承を得て、水上は片手に正方形のキューブを出した。

 

「──アステロイド」

 

 キューブは真っ直ぐと彩葉の方へ向かい、しかし彩葉は身を屈め、水上の方へ駆け出す。水上は後ろでに距離を取り、今度はシールドを展開する。

 

 彩葉は右手に黒色のハンドガンを取り出して、無言で弾を撃つ。

 

「────!」

 

 けれどもその軌道はそれ、シールドを越える様に水上に向かっていく。

 

 ──ハウンドだ。

 

 水上はすぐさまシールドを展開し直し弾を防いだ。その速さは目を見遣るものがあり、それはまさに一瞬の出来事だった。

 

(──銃手(ガンナー)射手(シューター)と違い言葉にしなくても撃てるからなぁ。どう攻撃してくんのか読めんな)

 

 内心舌打ちをしつつ、彩葉の動向を目を逸らさずにじっと見る。相手はあの彩葉だ。舐めてかかれる相手では無い。

 

(合成弾は……無理やな。時間が無い)

 

 弾と弾を合わせて撃つ攻撃法──合成弾。それは普通の弾と違い、強力な威力を持つ。だけれどその反面、トリオン量が高ければ高いほど合成弾を作る時間は早く、少なければ少ないほど遅くなる。水上のトリオン量は5。お世辞にも多いとは言えず、彩葉相手にそんな時間を割く訳にはいかなかった。

 

 暫く移動しながら撃ち合う。その隙に水上は作戦を考える。

 

「ハウンド」

 

 今度は水上がハウンドを撃つ。ハウンドはトリオンを探知し、追尾するトリガー。こうなればシールドしか防ぐ事は出来ない。

 

 ──少なくとも、水上はそう思っていた。

 

 だけれど甘かった。

 

 水上は彩葉の脅威を、本当の意味で理解出来ていなかったのである。

 

「──よっと!」

 

 彩葉は()()を縦横無尽に駆け回り、追尾してきた弾をスコーピオンで一つ一つ落としたのだった。

 

 いや、空中では無い。

 

 水上が作戦を練っている間、彩葉は辺りをワイヤーだらけにしたのだった。

 

 ──スパイダー。

 

 トリガーの中でも最もトリオン消費が少なく、主に罠として扱われるワイヤーを用いたトリガー。

 

 それを彩葉はあたりに張り巡らせていた。

 

「……猿かよ! ──メテオラ!」

 

 水上は後ろに下がりながらメテオラで辺りを爆破し、ワイヤーを破壊していく。彩葉とスパイダーの相性はあまりにも合いすぎる。

 

 彩葉は元の体重が驚く程軽く、その上トリオン体での身体能力が向上している為、身軽に動けるのだった。だけれど水上にとってそれはもう知っている情報であり、今まで何度も直面してきた事だった。

 

 だからこそ、対策はバッチリと。

 

「アステロイド!」

「おっと……!」

 

 水上は彩葉の軌道を読み、次に着地するであろうワイヤーを彩葉が着地する直前にアステロイドで爆破した。彩葉は流石にそれは読めなかった様で、急いでスパイダーを別のワイヤーに巻き付け、まるでターザンの如く落下を阻止したのだった。そのせいか彩葉は水上に背を向ける形になってしまった。

 

 けれどもそれは一瞬の隙を生んでしまう事になる。

 

 水上は一気にワイヤーに乗り、駆け出す。この一瞬の隙を見逃す程、水上は愚かでは無い。

 

 ──しかし。

 

「────!!」

 

 破裂音と共に、水上の身体が吹き飛ばされる。水上は自らの体を確認する。其処には本来心臓のある部位に、穴が空いており、そこから蜘蛛の巣の様に、身体にヒビが入っていく。

 

 ──そして彩葉の服に、穴が空いていた。

 

 そう、彩葉はあろうことか服の中からアステロイドを放ったのだ。後ろを向いたまま、標準を合わせて。

 

 その間は恐らく一分──いや、十秒にも満たないだろう。だけれど彩葉はその短い時間で敵を欺いたのだった。

 

 後ろを向いたままで撃てるはずが無いという人間の固定概念を利用して。

 

「してやられたわ。──けど」

 

 水上は地面に落下しながら、それでも不敵の笑みを浮かべていた。

 

 ハッと、彩葉は後ろを振り向く。

 

 彩葉の足元。其処に光るキューブが浮いていた。

 

「──やべ。防げない」

 

 ──置き弾。

 

 彩葉が縦横無尽に駆け回っていると同時に、水上もまた彩葉を追うべく駆け回っていた。その際に水上は彩葉を其処に誘導するべくワイヤーを爆破していた。そしてその隙に置き弾を設置したのだった。

 

 彩葉はそのまま身体を射抜かれ、換装体が破壊される。

 

 そして二人は同時に光の柱となって消えたのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「あー。悔しい。また引き分け?」

「せやんな。惜しいやん」

「うわ、なんか腹立つ」

 

 ベイルアウト用マットの上で、彩葉は仰向けに倒れながらそう言った。両者同時に換装体を破壊した事により、引き分けとなったのだ。

 

「てかさー、水上先輩。そろそろ新しいトリガー追加した方が良くない? まだ一個空きあるでしょ」

「いや、これ以上はトリオンが足りん」

 

 「そらそうか」と、彩葉は立ち上がり、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出してそのうちの一本を水上に投げ渡す。先日の買い出しが功をなし、冷蔵庫は嘗ての彩りを取り戻していた。

 

「つーかお前も、スパイダーじゃなくてグラスホッパーを使えばええんやない? ワイヤー張るロスタイムを軽減出来るやん」

「無理。グラスホッパーは肌には合わない。私は身軽だけど機動力があるかと言われれば違うから。駿みたく運動神経が良ければ出来るんだろうけど」

 

 彩葉はお世辞にも、運動神経が良いとは言えなかった。

 

 学校で行われる短距離走なんて、十秒以上が常で、跳び箱ですらも三段目からは飛べない。逆上がりなんてもっての他であり、球技なんて弾が思ってもない方向に飛んで行く──どころか、腕力も無いため遠くに投げ飛ばすことも出来ない。雲梯なんてもってのほかだ。

 

 その体重故に身軽であるが、上手く体を動かせないでいた。だからそれもこれも全てトリオン体あってこその功績なのだ。

 

「せやったらレイジさんに指導して貰ったらどうや。体力つくで。ついでに筋肉も」

「やだ。そもそも私運動嫌いだもん。このトリガーだって、先輩と模擬戦する時しか使わないし」

 

 彩葉のトリガーは他と違い本当に簡易的な物だ。

 

 本来はトリガーチップは八つ入れる事が出来るのだが、彩葉のトリガーは六つしか配置出来ない様になっている。

 

 戦闘員だったら不便だが、彩葉は本来は技術者(エンジニア)だ。戦う必要も無いし、トリガーを持つ必要も無い。

 

「私のこれはただの自衛用だよ。もし私一人だけの時にトリオン兵が来たら、これを使うつもり」

「──緊急脱出(ベイルアウト)機能も無いそれをか?」

 

 ──緊急脱出(ベイルアウト)

 

 トリオン体が破壊された際、強制的に本部に帰還せされるトリガーに基本装備されている脱出機能。

 

 これは本部正隊員に義務付けられており、これがあるから戦場で戦えると言っても過言ではなかった。ある意味ボーダーの最も重要な機能と言えるだろう。

 

 文字通り、根幹を支える機能なのだ。

 

 それが、彩葉のトリガーには搭載されていない。彩葉は、その安全装置を持つ事を拒んだ。

 

「トリオンってね、湯水の如く湧き出るものじゃないの。一介の技術者(エンジニア)が持つより、未来の戦闘員の為に使った方が良いでしょ」

 

 緊急脱出(ベイルアウト)はどんなトリガーより制作コスト、そしてトリオン消費も馬鹿にならない為、正隊員以外のC級隊員、またトリオン能力が低い一般職員が持っている護身用トリガーにも搭載されていない。

 

 勿論、トリオン能力が高い彩葉にも特例として持たせようと言う話も出たのだが、彩葉はそれを拒否したのだった。

 

「彩葉の考えている事はイマイチよぉ分からんな」

「あっはは。そう? じゃあ理解出来る様に頑張ってねー」

 

 彩葉はそう言ってソファーに寝転ぶ。そして其の儘仰向けの体制になり、天井を見つめた。

 

 水上はその様子を見て、矢張り綺麗な顔だなと溜息をつきたくなった。

 

 長いまつ毛。筋の通った鼻。宝石の様に輝いている翠眼。薄い唇。きめ細かい、雪の様に白い肌。そして短いながらも黒くストレートな綺麗な髪。美少女と言う言葉が大層似合う容姿をしている。

 

(こんな子に好意を寄せられているのにも関わらず平然と出来る佐鳥はある意味で凄いなぁ。尊敬するわ)

 

 水上は後輩の顔を思い浮かべてそう考える。

 

 水上が知っている限りだと、彩葉に言い寄られても佐鳥は青くなる事はあれど、顔を赤くするどころか照れた顔を見せた事はない。本人に苦手なのかと質問したところ、平然と「好きですよ?」と返され、水上は頭を混乱されたのは記憶に新しい。

 

 しかし彩葉と佐鳥の関係は三年。この三年で佐鳥はもう慣れてしまったのだろうか。

 

 狙撃手(スナイパー)の元祖である東に聞いてみても、最初の頃は初々しかったと言っているあたり、本当にそれは日常として二人の間に染み付いてしまったのだろう。

 

 付き合っていないのにも関わらず。

 

「なんか、お前ら怖いわ」

「え? なに、急に」

「いやこっちの話」

 

 水上はそう言って冷えた水を飲む。外は冷たい風で寒いが、彩葉の仕事部屋は暖房が効いており、冷たい水も心地よく喉を潤す。

 

「あー。でも俺も悔しいわ。今度こそ彩葉に勝てる思ったけどなー」

「あ、その話題に戻ってくる? 残念でしたー。私はそんな一筋縄でいくような女じゃないよ」

 

 水上の嘆きに、彩葉は笑いながらそう返す。彩葉と同様、水上もまた先程の勝敗に悔しさを滲ませていた。

 

 二人はこうして度々勝負をするのだった。お互いの予定が合う時にやっている為、一週間に一回の時もあれば、数ヶ月に一回の時もある。要は時間が合えばと言うやつである。

 

 最近は彩葉も水上も忙しく予定が合わなく、最後にあったのも二ヶ月前だ。

 

 彩葉と水上は好敵手(ライバル)と言っても過言ではない。

 

 強化思考を持つ忍田彩葉。そしてボーダー最強の将棋の棋士である水上敏志。ボーダーにおいて、彩葉と対等に立てるのは恐らく水上敏志たった一人だろう。

 

 水上はボーダーにスカウトされるまで本気でプロ棋士を目指しており、その腕はボーダートップだ。

 

 それ程までに水上は頭の回転が速いのだ。それは彩葉も認める程に。

 

「そういえば、水上先輩は大学受験どうすんの? やっぱボーダー推薦なの?」

「せやな。そっちの方が楽やしな。勉強しなくてええし」

 

 それはいつかの王子が言っていた台詞と同じだった。

 

 水上と王子は何かと似ており、彩葉は二人のことを良い名コンビと微笑ましく思っていたのだった。

 

 まぁ水上本人に伝えても怪訝な顔をされるのが落ちだろうが。

 

「よし、休憩も終わったところでもう一戦やるか? 今日は丸一日予定空いてんねん」

「私は暇じゃないんだけど……。良いよもう一戦だけね」

 

 彩葉は溜息混じりに、だけれど愛おしそうにそう言った。それを見て水上は普段動かさない表情筋を動かして心底嬉しそうに笑った。それを見て彩葉は再度微笑む。彩葉にとって水上は決して内側の人間ではないけれど、それでも好敵手(ライバル)という手前、少しばかり愛着があるのだった。

 

「どうする? 十本勝負?」

「それでええやろ。ほら、さっさとやるで」

 

 再び席を立つと、彩葉と水上はブースに消えていく。その顔はどこか晴れやかなものがあった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 同時刻、本部中央ラウンジにて。

 

 休憩をしているC級隊員たちはとある席を野次馬の如くチラチラ見ていたのだった。

 

 そこには向き合う形で座っているボーダー広報部隊所属の佐鳥賢と、本部長であり同時に彩葉の父である忍田真史の姿があった。上層部自体こんな大衆の面前に来る事は珍しく、それもありこうして恰好の的になっていた。

 

 忍田は終始穏やかな顔をしているが、対する佐鳥は青ざめ、怯える様に冷や汗を滝のように流していた。当然だろう。確かに佐鳥は忍田本部長の直属の部隊に属しているが、それでも忍田との関わりは5%にも満たない。

 

「そんな怯えなくてもいいぞ。別に何かを叱ろうとか、そう言うのではないからな。それともそういう心当たりがあるのか?」

「いえいえ滅相もございません! そのような事は決して……!」

 

 佐鳥は忍田の言葉に力強く首を横に振る。そんな覚えは一切ない。

 

 その様子がツボに入ったのか、忍田は「あっはっは!」と声をあげて笑った。大衆の前で道化を演じている佐鳥だが、今のこれは流石に予想外で、みるみる顔が熱くなり、恥ずかしさが込み上げてきた。

 

「いや、急に来て悪かったよ。少し君と話がしたかったからね」

「話……ですか」

「あぁ、彩葉の事についてね」

「────」

 

 その瞬間、佐鳥を取り巻く空気が一変した。周りの野次馬は分からないだろうが、対面し、旧ボーダーから属している忍田にはその空気が体に刺さった。

 

「……佐鳥は彩葉の過去について、どれくらい知っている?」

「えっと……忍田本部長と彩葉の事は取り敢えず聞きました……。一応」

 

 佐鳥は少し声のトーンを落とし周りに聞こえないようにそう言った。それは忍田を気遣ってもあるが、何よりその話題こそが佐鳥にとって胸を締め付ける出来事なので必然的に声が小さくなるのだった。

 

 忍田としてはどちらにしろ有り難い事なので、安心するように目を伏せる。

 

「そうか。そこまで話していると言うことは佐鳥は相当彩葉に気に入られている様だな」

「はは、そうだと嬉しいんですが」

 

 「そうだよ」と、忍田は優しい口調で答える。そしてその顔から一変。忍田の顔に影りが差す。

 

「──知っての通り、私と彩葉は血が繋がっていないんだ」

 

 ──忍田真史。忍田彩葉。苗字が同じでも、その実本当の親子ではない。

 

 しかしだからと言って全くの関わりがない、偶々同じ苗字だったとか、そう言う事でもない。

 

 ──養子だ。

 

 忍田と彩葉は養子縁組を組んでおり、戸籍上は親子なのだ。

 

 彩葉の親は七年前に亡くなっている。

 

 事故──ではない。

 

 殺人だ。

 

 彩葉をこの世に産み落とした罪深き両親は、無惨にも残虐な方法で殺されたのだった。

 

 これでよかったと、彩葉はどこか悲しげに言っていたのを思い出す。

 

 彩葉と両親の中は殺伐としていた。

 

 俗に言う〝虐待〟である。

 

 彩葉の枝の様に細い躰には、今でもその過去を想起させる様な痛々しい古傷がまだ残っている。彩葉が常にインナーを着ているのはその為である。

 

「いまだに後悔しているんだ。私がもっと早く気付いていれば、あいつの顔に傷なんて付かなかったんじゃないかって」

 

 忍田が彩葉の存在に気付いたのは七年前の冬だった。元々彩葉の遺伝子を持つ父と個人的に交流があった忍田は、そいつの違和感に気付いたのだった。

 

 異常な程にのめり込むギャンブル。増えてゆく借金。そして妻子が居るのにも関わらず繰り返す女遊び。忍田が忠告しても聞く耳を持たないそいつに、忍田はもう見切りをつけようと考え、止まる。

 

 娘はどうしたと。

 

 忍田は急いでその家に向かい、そして手遅れになっていた。

 

 血塗れになった元友人とその妻。そしてその中心に力なくへたり込み、酷く火傷した目を覆っている少女。

 

 その事に絶望した忍田は、罪滅しのように彩葉を引き取り育てた。

 

「しかし人生というのは本当に上手くいかないものだな。私はちゃんと父親をやれているのだろうか」

 

 忍田は珍しく力なく、弱音を吐いた。

 

 部下である佐鳥に相談するほどである。忍田の心労は底を伺えない。

 

 佐鳥は無責任な事は言えなかった。「大丈夫だ」「上手くやれている」と言うのは簡単だ。けれどそれは彩葉と忍田の問題であり、第三者が励ましたところでそれは(いち)()の安寧、一時(いっとき)の気休めにしかならない。これは彩葉本人からの言葉で言わなければいけない事だろう。

 

 だから佐鳥は己の思ったことを言うしかないのだ。

 

「俺は彩葉ではないので本人の本心は分かりません」

 

 それを聞き、忍田はどこか寂しそうに目を伏せる。それを佐鳥は「でも」と続ける。

 

「彩葉は本部長の事が大好きですよ。これは間違いなく、自信を持って断見できます」

 

 忍田は勢いよく顔を上げる。目が合った佐鳥は、優しい笑みを見せる。

 

「忍田本部長くらいですよ。彩葉を従えられるのは。本部長も分かっている通り、彩葉が従うのは自らの内側に入れた人間だけなので。まぁ鬼怒田開発室長は仕事だからって妥協で従っている節はありますけど」

 

 「そうか……。そうなのか」と忍田は吐息混じりにそう言った。どうやら佐鳥の言葉が効いた様だった。

 

 嘘は言っていない。彩葉は自分で認める程にファザコンであり、忍田が彩葉より弟子の太刀川に構っている時には親友である小夜子の家に泣きつくくらいである。因みに想い人である佐鳥や幼馴染みである半崎も犠牲になった。

 

 だからこそ今の発言は自信を持って忍田に伝えられたのである。

 

 忍田真史は、紛れもなく忍田彩葉の父親である。

 

「──ありがとう。少しばかり元気が出たよ。すまないねこんな話してしまって」

「いえいえ。お役に立てて何よりです」

 

 佐鳥は敢えて和かにそう言った。役に立てて良かった。その言葉に偽りはない。想い人である女の父親に好印象を残しといて損はないのだ。

 

「……彩葉と仲良くしてくれて、ありがとう」

「へ?」

 

 佐鳥は間抜けな声を出し、首を傾げる。

 

「あの子は少し難しい子だから。佐鳥の様な子がそばにいてくれて嬉しいよ」

 

 忍田の顔は慈愛に満ちており、佐鳥は少し目を見開く。こんな顔は初めて見たのだから。

 

「最初は迷っていたんだ。彩葉をボーダーに入れるかどうか。確かに彩葉の副作用(サイドエフェクト)は素晴らしい。だけれど娘を戦場に置くのは少々気が引けてね。……でも、今のでわかった。私の判断は間違って無かったと。彩葉はボーダーに入っていろんな人物と仲良くなれた。それが私にはとても嬉しかったんだ」

 

 そう言った忍田の声色はとても優しく、泣きたくなる程に綺麗だった。

 

「だから、これからも彩葉を頼む。今日は本来、それを言いたくて君に喋りかけたんだ」

 

 そう言って忍田は佐鳥に対して頭を下げる。その時周りが一瞬騒ついたが、佐鳥も忍田も、そんな事はどうでもよかった。

 

「──こちらこそ。オレだって彩葉と一緒に居たいですからね」

 

 それを聞き、忍田は顔を上げる。その顔は大変穏やかで、本部長の顔でもなく、それは紛れもなく〝父〟の顔だった。

 

「君は良い子だな。彩葉が気に入るのも少し分かるよ。これからも彩葉宜しくな。()()()()()()()()

 

 佐鳥の笑みが固まる。そして背中に冷たいものが走り、忍田と目を合わせる。忍田は穏やかに笑っており、その笑みからは敵意は微塵も感じられない。それが尚さら怖かった。

 

 むしろ敵意があった方が何千倍も良かったと佐鳥は思うのだった。

 

 結局忍田が立ち去ってからも佐鳥は立ち上がる事もできずに暫くその恐怖と葛藤するのであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「──でさぁ、マジでウケねぇ!?」

「マジで? ちょーウケる!」

 

 午後八時半。二人の男子高校生が人目も憚らず大声で会話をしていた。そこは住宅街であり、近所迷惑であるにも関わらず学生二人は大声で会話をしている。

 

 けれどもその会話はとある警報によって遮られた。

 

(ゲート)発生。(ゲート)発生。付近の住人は避難してください」

 

 耳を劈く音と共に(ゲート)が開き、中から白い大きな怪物が出てくる。

 

 三門市民にとってのトラウマの象徴であるトリオン兵、バムスターである。

 

「────」

 

 叫び声を上げる暇もなく、二人の学生は飲み込まれ、それを見た付近の住民たちは阿鼻叫喚の如く逃げ出す。

 

 まるで四年前のあの悲劇の様に。

 

 物語は、音を立てて軋み、動き出す。




プロフィール

⬜︎ 名前 (しの)()(いろ)()

⬜︎ 年齢 16歳

⬜︎ 誕生日 9月27日

⬜︎ 星座 みかづき座

⬜︎ 血液型 A型

⬜︎ 好きなもの 父の作ったシチュー チョコ菓子 佐鳥賢 仕事

【family】
 父 姉

【relation】
⬜︎ 佐鳥賢←大好きな人
⬜︎ 志岐小夜子←唯一無二の親友
⬜︎ 半崎義人←大切な幼馴染み
⬜︎ 忍田真史←父であり恩人
⬜︎ 水上敏志←ライバル
⬜︎寺島雷蔵←上司

【parameters】
⬜︎ トリオン:9
⬜︎ 攻撃:10
⬜︎ 機動:2
⬜︎ 技術:15
⬜︎ 射程:8
⬜︎ 指揮:20
⬜︎ 特殊戦術:3
⬜︎ total:66

副作用(サイドエフェクト)
『思考強化』
 常人の五倍速く頭が回る。フラッシュ暗算もお手のもの。けれども強化されているのは思考、つまりは脳味噌だけであり、肉体はその思考について行けず、鼻血を出すこともしょっちゅうである。尚、鼻血を出すのはまだマシな方で、下手をすると倒れたり発熱を起こしたり、最悪死に至る可能性もある(迅曰く)。
 だからこそ上層部は彩葉の副作用(サイドエフェクト)厳重に監視をしている。

【トリガーセット】
main
⬜︎ アステロイド(拳銃)
⬜︎ ハウンド(拳銃)
⬜︎ シールド

sub
⬜︎ アステロイド(拳銃)
⬜︎ スコーピオン
⬜︎ スパイダー

【イメージ画】


【挿絵表示】
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