戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第十二話 始まりの音

 薄暗い部屋の中。辛うじてモニターの明かりが照らされ、そこに集結している人間の顔が窺える。

 

 そこに居たのはいつもの上層部の人間たちと、S級隊員である迅悠一、開発室チーフである寺島雷蔵の姿があった。

 

 そしてそのうちの厳格な風貌を放った男性、忍田真史が号令をかける。

 

「全員揃ったな。それでは上層部緊急会議を始める」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「ここが昨晩イレギュラー(ゲート)が発生した場所だよ」

「あー。だいぶやられてるね。でも良かったよ、近くに笹森がいてくれて」

 

 昨晩(ゲート)が発生した場所は家やコンクリートが半壊しており、地面を歩くのにもやっとである。そしてそこには白衣を来た彩葉と、そばかすが特徴的な少年、笹森日佐人が立っていた。昨晩、幸いにも(ゲート)が発生した近くに笹森が居た為、飲み込まれた学生たちは()()()()()()に連れて行かれなかったのである。

 

「その学生さんたちはどうしたの?」

「怪我したから医務室で治療して、一通りの事情聴取をして保護者に引き渡した。勿論記憶処理をしてね」

 

 ボーダーは機密保持の為、近界民(ネイバー)に襲われた一般市民には記憶処理を行っている。今回もその例に倣い学生たちの記憶を人工的に消したのだ。

 

「でもこんなイレギュラー、本当に起こるなんて……。こんな事もあるんだな」

「有り得ない。()()()には。だから〝イレギュラー〟なんだよ」

 

 二人は何故(ゲート)が開いたか調べる為にここを訪れたのだった。しかし目の前に広がるのは荒廃した跡地であり、一見何の手がかりも無いように見え、笹森は半ば諦めていた。

 

「それで、何か解った?」

「うーん、(ゲート)を発生する用のトリオン兵が居るって事が解ったくらいで特に……」

「あー。流石に彩葉でも分かりにくいかぁ……ってちょっと待って。え、今とんでもない事言わなかった? トリオン兵? 初耳なんだけど」

 

 彩葉の突然の爆弾投下に笹森は一瞬納得しかけたが、我に帰り彩葉を問いただす。

 

「え? 知らない? トリオン兵を? 困るよ君、そんな初歩的な事も知らないなんて。何年このボーダーに勤めているのさ」

「そんなパワハラ上司みたいなノリ良いから。オレが言ってるのは(ゲート)を発生させるトリオン兵の事。そんなトリオン兵聞いた事ないけど」

 

 笹森は怪訝な顔でそう言った。笹森の記憶ではそんな機能を持ったトリオン兵は覚えがない。どころか今まで防衛任務をしていた中で見た事がなかった。

 

「当たり前でしょう? 近界(ネイバーフッド)の数だけ技術があり、その分トリオン兵も存在するんだから」

「……むぅ」

 

 何も言い返せなかった。確かに彩葉の言う通り、笹森の知らないトリオン兵が居ても何ら不思議ではない。どころか、笹森が認知しているトリオン兵はほんの一部で、近界(ネイバーフッド)に存在しているトリオン兵の数は笹森の想像を凌駕しているだろう。

 

「笹森。忠告してあげる。例え自分の想像の通りの敵でも、初心を忘れない事だ。バムスターでも、モールモッドでも、どれも全て同じな訳ではない。確かに相手の強さを見極めることは大切だけれど、警戒しといて損という事はないよ。戦場では油断した奴から殺されていくからね」

 

 そう言う彩葉の口調はいつもながらに飄々としているが、それでも纏う空気は本物だった。

 

 笹森は静かに唾を飲み込む。

 

 油断していた訳ではない。だけれどそこに〝慣れ〟が生じていた事は否定が出来なかった。

 

 慣れは人を強くも弱くもさせる。

 

「さて、では本題に戻ろうか」

 

 彩葉の声で笹森はハッと我に帰る。彩葉はこちらを見ながら微笑んでいたが、その表情の意図は今の所笹森には理解が出来なかった。

 

「まずは私の仮説を聞いてくれるかい? 言っておくけれどこれら全て私の想像であり、本当かどうかも状況証拠がないから、鵜呑みにしないでね」

 

 彩葉の言葉に、笹森はゆっくりと頷く。それをしっかり確認し、彩葉は次の仮説を提唱した。

 

「こっちの世界──つまりは玄界(ミデン)を何らかの理由で奇襲をしたい。けれども奇襲をするにしてもあまりに情報が少なすぎる。だから偵察用のトリオン兵を造り──いや、それ自体は昔からあったんだろうけれど……まあそこら辺はよく分からないな。取り敢えずそれを送り、情報を集めようとした。多分それには(ゲート)を開く機能も搭載されているんだと思う。そして(ゲート)を開き、トリガー使いをお引き寄せた。敵の強さを知る為に。そして昨日の()()だ」

 

 そこで彩葉は一息をつき、片手に持っていた先程コンビニで購入したミルクココアを飲む。

 

「ま、私の仮説はこのくらいかな。さっきも言った通り、これは私の妄想に過ぎないからね。でも、面白い話だとは思わない?」

 

 そう言って彩葉は笹森に不敵の笑みを向ける。

 

 笹森は、半ば本気で信じていた。確かに今の彩葉の話は証拠も何もなく、全て彩葉の想像の域を出ない。だけれど笹森を納得させるだけの起承転結がそこにはあった。

 

 誘導だと言われれば、それはもう頷くしかないが、それでも笹森は心のどこかでこれは正解だという確信があった。そうでなくても今この一瞬、現場を見ただけでこんな推理ができる彩葉には感服を隠せないでいた。

 

 流石強化思考を持っているだけある。

 

「そうなれば敵の目的って何だろう。彩葉の仮説の中じゃ、征服という訳でも無さそうだし……」

 

 笹森がそう言って考える素振りを見せた。こちらを手中に入れたいのだとしたら、こんな市街地ではなく、本部──謂わばアジトに開けば良い。そうすれば例え駆除されたとしても、戦い方や、戦法を情報として手に入れる事が出来る。

 

 目的は他にある。

 

 もっと他に、何か明確な何かが。

 

「さあね。そこら辺は選択肢が多くてまだ分かんないよ。トリオン狙いか、それとも別の何かか。まあ、何度も言う通りこれは私のただの憶測だからね」

上層部()には報告するの? その推理」

「まさか。何も手掛かりはありませんでしたって言うだけだよ。物的証拠もないのに報告するのあまりにも無責任すぎるし信憑性もない。まあどう予想するかと聞かれたら流石に言うけど、私は迅さんみたく未来視を持っているわけではないからね」

 

 彩葉は過小評価をし、また一口ココアを飲む。確かに彩葉は頭が恐ろしい程に回る。だけれどそれを全て信用してくださいと言うにはあまりにも心許ない。

 

 けれども笹森はこれが事実になるんだろうなという確信があった。

 

 それは今までの彩葉の実績。

 

 本人に自覚があるのか分からないが、彩葉はこう言う場合、絶対に予感を外さないのだ。

 

 それはもう、恐ろしい程に。

 

「よし、そろそろ本部に帰還しようか。鬼怒田さんへの報告、笹森も手伝ってよ」

「はいはい、わかってるよ」

 

 彩葉の呼びかけに、笹森は呆れながらそう答えた。彩葉に言われなくても最初っからそのつもりだった。この件に関与している笹森には、報告する義務があるのだ。

 

 彩葉が先導し、笹森がその後をついていく形になる。彩葉は一つも笹森の方を見る事はなく、ただ自分のペースのまま進んでいく。

 

(あー。この件絶対ボーダー叩かれるよなぁ、嵐山隊、どんまい)

 

 笹森は脳裏に友人を思い浮かべ、旗を振る。この件は自分ではどうすることもできないため、細やかに応援するしか無いのであった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 あれから一種間程過ぎた。その間にも四回程イレギュラー(ゲート)が発生し、原因が分からずじまいの現状に、上層部は頭を抱えていた。一番困っていたのは根付メディア対策室長で、段々とボーダーに対して不信感を募らせていく市民に日々怯えているのであった

 

 とうの彩葉は自分が推理した話など忘れ、日々運ばれてくるトリオン兵の解析に追われていた。学校には行けているものの、学校から帰ったら仕事部屋に篭って夜遅くまで仕事をすると言うことが増えたのだ。普段の仕事に加え、イレギュラーなトリオン兵も追加されるのだから当然だろう。

 

 しかし前よりかは遅くなることはなく、遅くなっても父である忍田と一緒に帰っていた。

 

 けれども無意識的にではあるが疲れは溜まるもので、寝不足故に摂取する菓子の量も尋常ではなく、彩葉の散らかった部屋には、更にゴミとなった菓子袋が散乱していた。

 

「彩葉入るぞ」

 

 部屋の中にノック音が二回響き、そんな声が聞こえる。それは彩葉がよく知っている声で、彩葉は力なく「は〜い……」と返事をした。

 

 音を立てて扉が開き、入ってきたのは少し背の小さい老人──鬼怒田本吉だった。

 

「何ですか? 書類に何か不備がありました?」

 

 彩葉は椅子に深く座り、まるで体育座りの様な姿勢で顔を上に向けタオルを目にやっていた。恐らく仮眠をとっていたのだろう。目が少しばかり充血をしていた。

 

「いや、お前の作った書類に問題な所はなかった。そこは心配せんでいい」

「じゃあどうしたんですか? 室長も暇じゃないでしょうに」

 

 少し怠げにタオルを外しながらそう聞いた。こんな忙しい時に、開発室長がこんな所をほっつき歩いている筈が無い。自分たちでこんななのに、上司の忙しさはこの倍な筈だ。

 

 だからこそ彩葉は少し心配になった。

 

 なんかあったんじゃないかと。何かまた問題が起きてしまったのではないかと。

 

 しかし鬼怒田はそのどれもに首を横に振った。

 

「少し、お前の事が気になってな」

「私の事?」

 

 そう彩葉が反復すると、鬼怒田は「うむ」と頷く。

 

「最近忙しいだろう。また副作用(サイドエフェクト)を酷使していないかが気になってな。貴様は他人の副作用(サイドエフェクト)の事を必要以上に気にする癖に自分の事になると途端に興味を無くすからな。そう思って来てみたのだが……それが正解だったらしいな」

 

 そう言って鬼怒田は部屋の中を見渡す。普段散らかっているが、今はいつにも増して酷い。ジャケットは脱ぎっぱなし、書類も地面に散らばっている。本も乱雑に積み上げられ、中にはページが折れ曲がっているのもある。そして何より酷いのはエナジードリンクの空き缶の数。一日に五、六本は飲んでいるであろう事は想像に難くない。

 

 誰がどうみても極限状態だった。

 

「すまないな、こんなになるまで働かせてしまって」

 

 彩葉はパチクリと瞬きをし、驚いた表情を見せる。

 

 頭こそは下げていないが、鬼怒田の顔には少し申し訳なさが滲み出ていた。鬼怒田のあまり見たことがない顔に、彩葉は少しばかり混乱していた。

 

「え、なんで室長が謝るんですか? 父さんになんか言われました? 私は特に気にしてないけど……」

「いや、本部長に言われた訳ではない。ただ……わしが落ち着かなかっただけじゃ。こんな子供に無理をさせるとは自分の無力さが嫌になるわい。本当に、何から何まで本当にすまないな」

 

 そう言った鬼怒田の顔は歪んであり、本当に心から悔やんでいる様だった。

 

 鬼怒田は外面こそは悪ぶってはいるが、実のところ子供思いのただの善良な大人なのだ。だからこそ彩葉が仕事で苦労するのは思う所があり、それを気にしてこうして足を運んだ次第であった。

 

 本来なら子供はこんな戦場に駆り出すべきではない。だけれどトリオンの性質、特性上こうするしか無かったのだ。

 

 本来ならば護るべき対象である子供を、大量に前線へ立たせる。それはあまりに残酷な事実だった。それは裏方である技術者(エンジニア)でも同じこと。戦場に身を置いている限りいつ死んでも可笑しくない。

 

 老い耄れた自分たちではどうする事も出来ず、年若い子供達に現場を任せるしかない。その無力感が更に鬼怒田を追い立てたのだった。

 

「──鬼怒田さん、もしかして私をリストラさせようとしてます?」

「は?」

 

 けれも彩葉はそんな事を気にする様子もなく、呆れたように文句を言った。

 

「そんなこと言って、給料を下げるつもりでしょ。何でしたっけ、この技、哀車の術でしたっけ、昔の言い方で。そうやって同情に持っていって私を辞めさせて経費削減しようとしてますね。あーやだやだ。これだから計算の凄い老人は……」

「な……! そんな事は一言も言っていないだろう! 人の優しさを何だと……!」

「だったら潔く見切りを着けて私を〝駒〟として使ってくださいよ」

 

 彩葉は抑揚の無い声で、はっきりとそう言った。抑揚の無い、けれどもそこにはドス黒い何かが蠢いているような、そんな重低音の声。地を這うような──暗闇から覗く怒り。けれど対して表情は笑顔のままで、それすらも恐ろしいように見えてしまう。

 

 その空気に、鬼怒田は狼狽える。底知れぬ恐怖が鬼怒田を襲い、冷たい汗が肌から滲み出る。

 

「ここに入った時点で諸々覚悟は出来ています。命を掛ける覚悟も、利用される事も。ここは学校帰りのクラブじゃないんですよ」

 

 若干言葉に棘を入れながら、彩葉は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「戦場です。ここは。戦争をしに来ているんですよ、私たちは。誰も戦争に遊戯の心を持って挑んでいる人なんて居ないでしょう。紛争地帯でも見かけませんよ、そんな奴は。貴方もそうじゃないんですか? 鬼怒田本吉開発室室長」

「────!!」

 

 鬼怒田は彩葉の覚悟を侮っていた。

 

 子供だからと、小さい生き物だと思い、そんな覚悟もないだろうと。

 

 有体に言えば下に見ていた。

 

 だけれどそれは大きな間違いということに気付かされた。

 

 他でもない、忍田彩葉に。

 

 彩葉はもう、四年前の時点で覚悟を決めていた。覚悟を決め、そして自ら駒になることを選んだ。

 

 それは他ならぬ、自分の意思で。

 

「……そうだ。そうだな。お前が覚悟を決めているのに、わしが迷ってなどおられんわ」

 

 鬼怒田はそう言って顔を上げる。その顔には迷いがなく、何かを決意した顔だった。

 

「さあ室長。ご命令を。私は一体何をすれば良い?」

「そうさな。ではひとまず──イレギュラーゲートの原因を完璧に見つけろ!」

 

 鬼怒田の言葉に、彩葉は口元に弧を描く。

 

「──了解!!」

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