戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第十三話 邂逅

「およ。君は……」

「げ、なんで貴女が……」

 

 放課後の事である。仕事の前に何か食べようと寄り道をしている所に、彼女が来た。

 

 藍色の髪を七三に分け、かっちりきっちりという言葉が似合う彼女は、彩葉を見て眉間に皺を寄せる。

 

「やっほー木虎ちゃん。げっとはご挨拶だなぁ。ところで横に居るメガネくんと白髪の少年は誰? もしかして侍らせてるの? 木虎ちゃんやるぅ」

「違います。恐ろしい勘違いしないでください。不愉快です。私はただ違反者を本部に連れて行くだけです」

「違反者?」

 

 彩葉はその彼女──木虎藍の言葉に、彩葉は首を傾げる。横にいるメガネの少年だろうか。それとも白髪の少年だろうか。白髪の少年ならまだしも、メガネの少年はそんな事をする人間には見えなかった。

 

「はい。そこのメガネの三雲くんがC級にも関わらず無断でトリガーを起動させたんです」

「おやまあ、どうしてかな。〝メガネの三雲〟くん」

「あ、普通に三雲です」

「〝普通に三雲〟くん」

「……三雲修です」

 

 三雲がそう言って、目線を木虎に移す。その目は何やら訴えているかのようで、木虎はどこか諦めた様に首を横に振る。

 

「修くんね。よろしく。私は忍田彩葉って言うんだ。そっちの子は?」

「どうも。空閑遊真です。どうぞよろしく」

「空閑……」

 

 彩葉はそう呟き、少し間を置く。その顔には不気味な笑みが浮かべられていた。その笑みは何か黒いものを孕んでおり、対峙している空閑だけがその笑みを認識できた。いや、できてしまった。

 

「──そうかそうか。空閑くんか。よろしくねー」

 

 パッと表情を変えて遊真の手を思いきり握り、ぶんぶんと上下に揺らす。先程の顔が嘘だったのかと見間違うほどの穏やかな笑みに、空閑は少しホッとする。

 

 彩葉の顔を見た瞬間、何か背中に冷たいものが走ったのだ。

 

 何か、見てはいけないような、踏み込んではいけないような、そんな危うさ。空閑は、本能的にそれをわかっていたのだった。

 

「木虎、この人は……?」

「まあC級なら知る機会なんてないでしょうね。この人はボーダーの技術者(エンジニア)よ。一応エリート」

「一応ってなんだよぅ。これでも色々やってんだぞー」

 

 木虎の言葉に彩葉はブーブーと反論をする。それを見て木虎はまた怪訝な顔を浮かべた。木虎の基本属性として年上、舐められたくない。同い年、負けたくない。年下、慕われたい。がある為、彩葉のこの舐め腐った態度が妙に鼻につくのだ。けれどもその彩葉もそれに付随するような功績を残している上、木虎も彩葉には恩がある為、無碍にはできないのであった。

 

 対する三雲は彩葉が技術者(エンジニア)と言う事実に驚きを隠せないでいた。それを見て彩葉は挨拶のように手を振る。

 

「さて、話を本題に戻すとして……。三雲くん。君はなんでトリガーを使ったのかな? もしかしてC級(訓練生)は本部以外で使用してはならないという規約を知らなかったのかな」

「いえ、それは知っていました。ただぼくたちが通っている中学校──三門市立第三中学校に(ゲート)が発生して、学校内に正隊員も居ませんでしたからやむを得ず起動しました」

 

 修はそう、正直に言った。その眼には曇り一つなく、いや、特別な事もなく、まるで朝ごはんを聞かれたかのように自然と口にした。悪びれるどころか、それが当然であるかのように。

 

 彩葉はそれを見て、空閑を少し一瞥してから三雲に視線を戻す。

 

「その時には嵐山隊はまだ到着していなかった? それとも、した後?」

「来る前だったよ。俺らが見た時にはクラスメイトたちがトリオン兵に襲われかけていたから。嵐山隊が来たのはもっと後」

 

 そう説明したのは三雲の隣に居た空閑だった。

 

 彩葉はそれを聞き、少し考える素振りを見せ、口角を上げる。

 

「そうか。では君は差し詰め三門市立大三中学校の救世主といったところか」

「いえ、そんな大層なものでは……」

 

 そう言った三雲は少し顔を俯かせる。その表情はどこか陰りがあり、どこか納得いっていない様子だ。

 

「いやいや、素晴らしい事じゃないか。私からもお礼を言わせてもらうよ。ありがとう。君のおかげで死人も出ることもなく、その上ボーダーの評判も上がった。感謝しこそすれ、咎めるだなんてとんでもない」

 

 彩葉がそういうに連れ、三雲の顔の陰りは更に濃くなっていく。まるで自分が評価されるのが納得いっていないような、そんな表情だ。

 

 その表情に気付いていない木虎は彩葉の言葉に喰ってかかる。

 

「ちょっと、彩葉さん! 違反者を褒めないでください! ボーダーとしての品格を問われます!」

「どうしてだい? ボーダーの品格を問うのだったら、まずは市民の命を救ってくれた少年に礼を言うべきだろ」

 

 彩葉の純粋な疑問に、木虎はグッと言葉に詰まる。純粋な、けれどもそれは真核を突いた言葉だった。

 

「もしかして木虎は、あの生徒たちは必要な犠牲だった。ボーダーの規約のために死ぬべきだったって、そう言うつもり」

「──っ! そんなわけがないでしょう!?」

「そうだよね」

 

 木虎の力強い否定に、彩葉は頷く。こう言ったが、木虎がそう思っていないことは充分理解をしていた。

 

 だからこそ、彩葉は木虎に優しく言い聞かせる。

 

「この子が居たおかげで木虎は今誰にも咎められず、責められずにこの場に存在する事が出来るんだからさ。もしこの子が規約を守って傍観していたとしたら死傷者が出て、遅れて到着した嵐山隊は責任を問われていた所だよ。そこは素直に感謝しようよ」

 

 「ね」と、木虎の肩に手をやる。木虎は少し気不味そうに俯く。それはどこか親に叱られた子供のような感じだった。けれどもそこで言葉が出て来ないあたり、木虎の中にあるプライドが邪魔をしているのだろう。自分で違反だと咎めた手前、どう言って良いのかが分からないのだろう。

 

 けれども否定の言葉も出ないあたり、彩葉の言う事に納得はいってるのだろう。ただ、たったひとつ。枷となるのは木虎の中にあるプライドだ。

 

 彩葉は待つ。木虎が言葉を発するのを。ここで助け舟を出しても彩葉的にはやぶさかではないが、それでは木虎は成長しない。そう思い彩葉は口を噤む事を選んだのだった。

 

「……えぇ、そうね。考えが足りなかったわ。彩葉さんの言う通り、まずは感謝を伝えなければね。ありがとう、三雲くん。あなたのおかげで犠牲は最小限に抑えられたわ」

「いや、だからぼくはお礼を言われるような事は何も……」

「オサム」

 

 今度は空閑が、三雲を嗜める。

 

「人の厚意やお礼は素直に受け取るものだぞ。ここでそれを否定すれば、キトラの気持ちを踏み躙る事になるぞ」

 

 三雲はハッとした顔になる。

 

 遊真の言う通りだった。人の感謝の念を受け取らないと言うことは、その人の気持ちをも否定する事と同義だった。

 

 それにこの礼を受け取るのは、()()()()にもなるのだから。

 

「分かった。気持ちだけ受け取っておくよ」

「ええ、そうして頂戴」

 

 二人の間に穏やかな空気が流れる。それを見て遊真と彩葉は目を見合わせ、笑い合う。

 

 その瞬間、甲高いサイレンと共に、四人の間に緊張が走った。

 

 ──イレギュラー(ゲート)だ。

 

『緊急警報、緊急警報。(ゲート)が市街地に発生します。市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します。緊急警報、緊急警報──』

 

 上空に(ゲート)が発生し、トリオン兵が出て来る。

 

 その姿はバムスターではなく、かといってモールモットでもなく、ましてやバンダーでもない。

 

 見たこともない、正体不明のトリオン兵だった。

 

「何……アレ」

 

 木虎は思わず呟く。

 

 大きさは横長の後者くらいだろうか。それが空中を漂っており、空を徘徊する。その姿はどこか海中を漂う魚のようだった。それが頭上に漂っているのだから、木虎は足が竦む。

 

「爆撃型トリオン兵、『イルガー』だね」

 

 彩葉は目を凝らしならそう言った。

 

「知ってるんですか!?」

「まあね、玄海(こっち)では初めて見たけど。アレはやばいよ」

 

 木虎の質問に、彩葉は声のトーンを落としながら答えた。彩葉は数々のトリオン兵を解析してきた実績がある。だからこそトリオン兵には詳しい上に、その脅威も手に取るようにわかる。

 

 そして今の状況が最悪な事も。

 

 次々と街に爆撃を落とされ、周りは阿鼻叫喚となっていた。まるでこれは四年前のあの地獄のように。

 

「トリガー、起動(オン)!!」

 

 二人の声が重なり、木虎は目立つ赤色の服に、そして三雲は白いC級(訓練生)の服に変わる。

 

「────!」

 

 しかし三雲は換装できたは良いものの、武器を出すことはできなかった。

 

「トリオン不足だね。もしかして君、トリオン能力低い?」

 

 彩葉の言葉に三雲は押し黙る。どうやら図星らしかった。彩葉は少し苦笑をした後、木虎に目線を逸らした──筈だった。

 

「あ、行っちゃった。木虎に助言してやろうと思ったのに」

 

 そこに居るはずの木虎の姿はなく、風が吹いているだけだった。彩葉はそれを見ながら頭を掻く。だけれど彩葉はそんな木虎を咎めることはしなかった。市民の命がかかっている以上、ここで無駄足なんて踏んでられない。時は一刻を争うのだから。

 

「助言?」

 

 空閑の疑問に、目を合わせず、木虎の向かったであろう方向を見つめながら答える。

 

「そ、上は狙うなってね。ところで三雲くんはどうするの? 武器も出せない以上、戦う事もできないでしょ?」

「……ぼくも現場に向かいます」

 

 三雲の言葉に、彩葉は眉間に皺を寄せる。

 

 武器もないのに戦うつもりなのだろうか。そうだとしたら無謀を通り越してただの馬鹿だ。だけれど彩葉は三雲がそんな馬鹿だとはどうしても思えなかった。

 

「おいおい、武器なしで戦う気か? またやられるぞ」

 

 遊真も怪訝に思ったようで、心配しながらそう聞く。だけれど三雲は狼狽える事なく、言葉を紡いだ。

 

「わかってる。学校の時みたいな無茶はしない。今回はA級の木虎がいる。近界民(ネイバー)は木虎に任せる。ぼくは街の人を助けに行く。武器がなくてもやれることはあるはずだ」

 

(……へぇ)

 

 その言葉に、彩葉は口角を上げる。

 

 ──やはり見込みは間違っていなかったと。

 

「じゃあ行っといで。爆撃には気をつけるんだよ。訓練生のトリガーには緊急脱出(ベイルアウト)が突いていないからね」

「はい。空閑、()()()()

「了解。ああ、それとオサム、はいこれ」

「ん? なんだこれは」

 

 三雲は空閑から渡された黒い豆粒みたいなのを受け取った。初めて見るソレに、三雲は首を傾げる。

 

()()()。もってけ」

「──! あぁ、ありがとう」

 

 そう言って、三雲は街の方へ駆け出す。残された二人はただ三雲の背中を見送った。

 

「あの子、勇敢な子だね。今時珍しいよ」

「そうだな。確かにおれのいた所でもオサムみたいなやつはそうそう居なかったよ」

「へえ、空閑くんは海外の子なんだ」

「はい。海外の子です」

 

 彩葉と空閑はまるで世間話の様にそう語る。そこには緊張感なんてものはなかった。

 

 周りには逃げ惑う群集、それを見て彩葉は四年前の惨状を思い浮かべた。

 

 何か分からないものが街を蹂躙する恐怖。逃げるにもどこへ行けば良いのか分からない絶望。愛する人をも見捨てなければいけない現実。熱くて、痛くて苦しくて。だけれど誰も助けてくれない失望。その全てを、彩葉は見てきた。

 

 人間は無力なのだと、思い知らされた。

 

「……さて、私たちはどうしようか。私の見解だと、このままじゃ木虎ちゃん丸ごと街を破壊しかねない結末になるのだけれど。君()()はどう思う」

 

「いやぁ、おれはこの街に来たばかりだからまだわからな……え?」

 

 空閑は目を見開き彩葉を見る。彩葉はさも当然のようにそんな空閑を見て微笑んだ。その笑みはどこか慈愛のようなものが孕んでいる。

 

「ほら、君と一緒に居る黒いの。さっき三雲くんにあげたお守り、それはその子の分身かな?」

 

 それを聞いた瞬間、空閑は即座に距離を取る。そして彩葉は確信した。空閑のその行動が、何よりの証拠なのだから。

 

 彩葉は内ポケットからトリガーを取り出し、対峙する。

 

「……なんで、分かった」

「君たち二人の会話を聞いていたらね。気を付けなよ。証拠はものだけじゃないんだから。近界民(ネイバー)くん」

 

 そう、空閑遊真と言う人間は、正真正銘、疑いようの余地もなく、(ゲート)の向こう側からやってきた近界民(ネイバー)なのだ。

 

 それを肯定するかのように、空閑の目は段々と細くなっていく。

 

「と言うことは先日の()()()()()()()も君かな? 大変だったんだよぉ、だってボーダーの管理下にないトリガー反応が検出されたんだから。さて、どうしようか。ボーダーの人間としてはここで捕縛しなければいけないのだけれど。投降してくれるかい?」

 

 彩葉は微笑みを崩さずそう言う。

 

 二人の間に沈黙が流れ、ただ聞こえるのは人々の怒号だけだった。

 

 ボーダーに見つかった以上、ここで逃げるのは不可能に近い。たとえ逃げられたとしても、後々に捕まるのがオチだ。

 

 八方塞がり。

 

「——あんた、つまんない嘘つくね」

 

 けれども空閑は余裕を崩すことなくそう言った。まるで彩葉の心の中が見えかるように。

 

 彩葉は目を見開き、驚愕の表情を見せる。そして其の儘口元に弧を描く。

 

「そうか……副作用(サイドエフェクト)か。どうりで」

 

 そう言って彩葉は観念したかのようにトリガーを懐にしまう。その顔には先ほどまでの意地の悪い表情は張り付いていなかった。空気が緩んだのを感じ、空閑も体勢を立て直す。

 

「君の言うとおり、私は今すぐには君たちを連行する気はない。頼みたいことがいくつかあるからね」

「頼みたいこと?」

「ああ」

 

 首を傾げる空閑に、彩葉は頷く。そして親指を空中に向けて立てた。その方向はいるガー、そして木虎がいる方向だった。

 

「交換条件だ。君のことをボーダーに黙っている代わりに、彼女を助けてくれないか」

「彼女って、キトラのことか?」

「そう。このままじゃ本当に三門市が火の海になるからね。私としてもそれはどうしても避けたい。そこで君の力を貸してほしい」

 

 彩葉はそう、空閑に申し出るのだった。

 

 空閑としてはどっちでも良かった。ボーダーの人間にバレてもこのトリガーがある限り、負けることはない。けれども不安の芽は早めに摘んどいた方がい事も確かだった。

 

 それに今の空閑には木虎を助ける理由がない。

 

『どうする、()()()()

 

 空閑が彩葉に聞き取れない声色でそう言うと、空閑の背後に黒い塊が浮かび上がる。

 

 これが彩葉の言っていたもう一人だった。

 

『私の見解だとここで協力しといたほうが今後のためになる。だけれど決めるのはユーマだ』

 

 その黒い塊——レプリカは、まるで親かのように遊真に言う。

 

 彩葉は遊真に向かって交渉を持ちかけている。だからこそ最終的に決める権限があるのは遊真だと、レプリカはそう言いたいのだろう。

 

 レプリカは遊真に助言はするが、最終的に全て遊真に託す。これがレプリカの教育方針だった。

 

「……分かった。キトラを助けるよ」

 

 空閑は少し考え、そう言った。

 

 修に言われたのだ。『頼む』と。それはこの事だろう。

 

 だからこそ頷くのだ。街の為ではなく、条件の為ではなく、ただ一人の〝友人〟の為に。

 

「交渉成立だね。——急いで欲しい。時間がない」

 

 彩葉は空を見え気ながらそう言う。空を漂っているイルガーの様子が、先ほどからおかしいのだ。

 

 空閑は頷き、その場を去る。その動きは常人のそれではなく、まるでトリオン体のような、そんな動きだった。

 

 橋の柵に飛び乗り、座る。その顔には笑みが張り付けられていた。

 

「さあ、お手並み拝見と行こうか」

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