戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第五話 罪悪

「これにて会議を終了する。各自忘れ物の無いように」

 

 忍田の号令に、会議に参加していた者たちはそれぞれ返事をする。

 

 翌日の午後十時。会議室に居るのはA級一位部隊隊長、太刀川慶。A級二位部隊隊長、冬島慎次。そしてA級三位部隊隊長、風間蒼也だった。他にも開発室長である鬼怒田本吉と、S級隊員であり未来視の副作用(サイドエフェクト)を持っている迅悠一、ボーダー最高司令官である城戸政宗、そして本部長の娘である忍田彩葉が出席しており、会議室には重苦しい空気が流れていた。

 

 議題は面子で分かる通り、三日後に行われる遠征についてだった。

 

 午後九時から始まった会議は、忍田を中心に様々な事が話し合われたが、迅の未来予知による安全保障、そして鬼怒田と彩葉によるトリガーの説明により、一時間程度で会議は終了した。

 

 一回太刀川による話の脱線があったが、それでも滞りが無かったのは事実である。

 

「彩葉、一緒に帰るから駐車場で待っていなさい」

「あ、はーい」

 

 忍田の仕事もこれで終わりらしく、彩葉を駐車場に待機するように促した。前の事もあり、彩葉は拒否をするでもなくそれに素直に従った。

 

 同じ轍は踏まない。それが忍田彩葉と言う女である。

 

 忍田は己の補佐である沢村響子を引き連れて足早に会議室を後にする。

 

 彩葉はその後ろ姿を見ながら少し笑みを溢す。

 

 沢村はとても美人な人だ。仕事も出来るし、何より優しい。戦闘員の経験もあり、強さも折り紙付きだ。そして美しいだけではなく、少女の様に愛らしい一面を持っている。彩葉から見ても素敵な女性な事に間違いなかった。

 そして常日頃思うのだった。

 

 沢村が母だったら、凄く幸せなんじゃ無いだろうかと。

 

 沢村の、忍田への淡い恋心は知っている。だからこそ応援してやりたいと言うのが彩葉の想いだった。

 

 単に面白そうだからと言う理由もあるのかも知れない。

 

「彩葉」

 

 さぁ自分も帰ろうと席を立つと、己の上司である鬼怒田に声をかけられる。

 

 色々察してしまった彩葉は面倒臭いながらも、矢張り上司と言う事もあり、無碍には出来ずに振り返る。

 

「なんですか、室長」

「なんですかでは無い。貴様先週明け方に帰ったらしいな。どう言うつもりだ」

 

 やっぱりかと、彩葉は肩を落とす。

 

「まだ掘り下げるんですか? その話題。父さんにこっぴどく叱られたからもう良いですよ。反省してますよ、はい」

「その態度の何処が反省しとると言うんじゃ貴様ぁ!」

「あー。うるさいうるさい。そんな怒ったら血糖値上がりますよ。それに禿げます」

「高血圧で死んだら遺書にお前の所為だと書いてやるからなぁ!」

 

 一見喧嘩している様に見えるが、これが二人の日常会話だった。

 

 鬼怒田は彩葉の事を期待をしており、彩葉も鬼怒田の事を信頼している。お互いに実力を認めているのだが、いかんせん素直になれない二人はこうして度々言い争いになるのだった。まぁ、彩葉の方は口うるさい爺ちゃんと思っている節もあるが。

 

 それを理解している元技術者(エンジニア)である冬島は苦笑いをしながら見ていた。けれどもそこには慈愛の表情を孕んでいた。

 

「じゃあ、私行きますから。説教なら夢の中でしてくださいな」

「待て話はまだ……おのれアイツはぁ!」

 

 鬼怒田は奥歯をギリッと鳴らしながら彩葉の出て行った扉を睨む。

 

「まぁまぁ、本人も反省していると思いますし、それに本部長にこってり絞られたみたいですしね」

「ふん。してもらわな困る。まったくあやつときたら昔っから──」

 

 そう言って腕を組む鬼怒田の顔は何処か親の様なものが窺えた。

 

 その姿に、フォローを入れた冬島は目を丸くする。そして鬼怒田の思惑に思わず笑いそうになった。

 

 ただ鬼怒田は、彩葉と喋りたかっただけだったのだ。

 

 彩葉が反省しているのは分かっていた。けれど彩葉と喋るには、話題が少なすぎる。難しい年頃の思春期相手だったら尚の事。だからあの話題を出すしか無かった。

 

 宛ら不器用なお爺ちゃんである。

 

 尤も、鬼怒田はお爺ちゃんと言われる程歳は食っていないが、寝不足故の熊や目の皺がそうさせている。

 

 鬼怒田は彩葉と喋れて満足したのか、怒っている割に、何処か顔が晴れやかだった。

 

 困ったものだと冬島は全てのやり取りを見ていた城戸司令を顔を合わせ、城戸司令は呆れた様に溜息を吐き、冬島は人知れず首を振るのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「──あ」

「え?……あ」

 

 彩葉が帰り支度をしようと自室に向かう途中に、廊下で帽子が特徴的な少年を見つけ、思わず声を出してしまった。少年も彩葉に気付いた様で、目が合う。

 

「──義人、久しぶり」

「あぁ、うん。久しぶり。同じボーダー本部に居るのに中々会わねぇな」

「こんだけ広いんだし、当然だよ。しかも学校も違うとなると尚更ね」

 

 帽子の鍔を後ろに被った少年、半崎義人はそう言って顔をそらす。彩葉もいつもの調子は何処へやら。気不味そうに黙りこくる。二人の間に微妙な空気が流れていた。

 

「えっと……今帰りか?」

「あ、うん。会議が今さっき終わって、父さんと帰る所なの。でも父さんも簡単な仕事を終わらせてからだからまだ帰るのは先になると思うけど。義人はどうしたの?」

 

 彩葉は率直な疑問を半崎にぶつける。今は夜の十時。学生はもう帰る時間だ。彩葉ですらもこの時間に帰ったのに。

 

 半崎はそれを聞かれ、「あぁ」と呟く。

 

「夜勤だよ。夜に防衛任務入れてんの。因みに荒船先輩とも一緒」

「そっか、それは安心だね。……良ければ少し話さない? ジュースでも奢るよ」

「あ、じゃあお言葉に甘えて」

 

 そして二人は人気の無い休憩所に行き、自動販売機で買った飲み物を持ちながら椅子に座る。半崎はコンポタージュ。彩葉はホットコーヒーだ。

 

 半崎義人。B級中位『荒船隊』所属の狙撃手(スナイパー)。そして精密射撃の名手でもある。気怠さが特徴的な少年だ。

 

「……悪いな。奢ってもらって」

「いいよ。私給料は殆ど使ってないし、こんな時でないと使う事もないし」

 

 B級はA級と違いトリオン兵討伐出来高払いなので、どうしても収入の差は出てしまう。そして彩葉は技術者(エンジニア)と言う裏方の仕事なので固定給があり、ボーナスもあるので、仕事内容を鑑みて圧倒的にA級よりは収入がある。

 

「珍しいね。彩葉が誰かに奢るだなんて」

「私だって偶にはそう言う事をしますよーだ」

 

 ──彩葉と半崎は、幼馴染みである。

 

 と言っても六年前までお互い音信不通だったのだが。

 

 小学四年生の時に、彩葉は諸事情により転校をしてしまったのだ。そして再開したのは二年前。半崎が入隊したのがきっかけだった。

 

そして再開した彩葉は──あまりにも変わっていた。

 

 ──彩葉は、変わってしまった。

 

 半崎の知る彩葉は、もう何処にもいなかった。

 

 だって──。

 

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「でも、最近めっきり寒くなってきたね。手が悴んで辛いよ」

「……そうだな」

 

 そう言いながら、彩葉は缶コーヒーで己の手をあっためる。いくら部屋の中が暖房が付いているとはいえ、流石に廊下までは付いてはいなかった。

 

 彩葉が居なくなった時期も、こんな寒い時期だったのを、半崎は思い出す。

 

「そう言えば、期末テストもう直ぐじゃない? ちゃんと勉強してる?」

「……まぁ、ぼちぼち」

「あ、その反応絶対して無いな。義人は昔から勉強苦手だったもんね」

 

 お前からしたらほぼ全ての人類皆等しく馬鹿だろ──と、半崎は言いそうになる。

 

 彩葉は昔から勉強だけは得意だった。

 

 出されたテスト全て満点。いくら小学校の問題が簡単だからと言って、異常な程に満点だったのだから。半崎も良く勉強を見てもらっていた。まぁ、結局どちらも早々に飽きてゲームを始めていたが。

 

 その記憶は、半崎にとって何よりも大切な記憶だった。

 

 思い出すと泣きたくなるぐらい、優しい記憶。

 

「私も勉強は苦手だなぁ、退屈だもん」

「普通の人が言う苦手とはベクトルが違うじゃん」

「そう? 私みたいな人以外と多いかもよ」

「少なくとも俺が生きてきた中でそう言っている奴見た事ない」

「でも一人だけいるじゃん」

「誰?」

「私」

「ダルぅ」

 

 彩葉の台詞に、半崎は溜息を吐きながら悪態をつく。こう言っても、彩葉の場合もはや嫌味に聞こえないのが不思議なものだ。

 

 すると彩葉は「あっはっは」と笑いを溢す。半崎は吃驚して彩葉の方を見る。

 

「何さ。なんか俺変な事言った?」

 

 半崎は少し恥ずかしくなり、口を尖らせながらそう言う。彩葉は涙「いやいや」と、矢張り笑いながら返した。

 

「口癖、変わってないなぁって」

「──あ」

 

 半崎は、目を見開いて彩葉を見る。

 

 昔と、変わらない。彩葉は半崎にそう言った。

 

 半崎は思っていた。彩葉は変わってしまったと。

 

 だけれど。

 

 確かに変わってしまったけれど。

 

 ──その笑顔だけは、小さい頃から変わっていなかった。

 

「──義人」

「な……に」

 

 半崎は声を被ぼり出して聞き返す。

 

「大丈夫だよ」

 

 そう、優しい声で彩葉は言った。

 

「義人は、何も悪くないから」

 

 そう言って、微笑む。

 

 その微笑みがどんな意図を孕んでいるのかは、半崎にはわからなかった。

 

 半崎は、何も言えず、拳を握りしめるしか無かった。

 

 唇を噛み、そっと涙をやり過ごす。

 

「そろそろ行かなきゃ、またね、義人」

「あ──」

 

 彩葉は、半崎の返答を待つよりも先に立ち上がり駆け出していった。

 

 半崎は彩葉の遠ざかっていく背中を眺めて、顔を歪める。

 

 心臓が締め付けられる感覚に、半崎は泣きそうになる。

 

 悔しさに。

 

 自分の無力に。

 

 半崎は、ずっと後悔をしている。

 

 過去に戻れるなら戻りたかった。戻って、やり直したかった。

 

 そしたら、今度こそ、間違わない。

 

「彩葉、お前は俺を責めないかもしれない。だけど俺は──」

 

 半崎は、一人で呟く。

 

 けれどもそんな半崎を慰めてくれる人も、叱ってくれる人も、現れてはくれなかった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 車に揺られながら、彩葉は何処か映像の様に窓の外を眺める。夜の街の光が眩しく、夜中と言う事もあり、歩いている人間は仕事終わりか夜遊びをしている若者だけだった。窓に頭をつけて外を眺めている為か、息をする度にガラスが白く曇る。車内は暖房が付いており、少し暖かい。

 

 隣では父である忍田が運転して、小さくラジオが車内に流れていた。

 

 雨の為か、右目が嫌に痛かった。

 

「──痛むか? 傷跡が」

「うん、少し。けど平気だよ。もう慣れたし」

 

 忍田は目線を一瞬彩葉に移しながらそう聞いた。何故バレたのか彩葉には分からなかったが、自覚をするとズクンと痛みが増す。

 

 けれども今の彩葉にはどうでも良かった。

 

 彩葉の頭にあるのは、先程の幼馴染みとのやりとりだった。

 

 大切な幼馴染みに、あんな顔をさせてしまった。それがどうしようもなく申し訳なくなり、自分が情けなくなる。

 

 彩葉は基本的に、他人に対してドライだ。他人からどう思われようが知ったこっちゃないし、他人がどうしようが毛程も興味はない。けれど一度内側に入れた人間は、何があっても大切にする。

 

 半崎は、彩葉の内側の人間だ。

 

 だからこそ半崎にああいう顔をさせてしまった自分が何よりも許せないのである。

 

 ──彩葉は、半崎に対して言いようのない罪悪感を抱えている。

 

 それはどうしようもなく、彩葉の心を重くする。

 

 会えて嬉しい筈なのに、再開できて嬉しい筈なのに。それをも上回る程の後ろめたさが、彩葉の中にこびりついて取れない。

 

 彩葉は分かっていた。半崎は彩葉の事を責めるつもりが無い事に。半崎が彩葉の事を何も恨んでいない事に。だけれどそれが彩葉が何より自分を許せない要因で、後ろめたさを加速させる。

 

 半崎の優しさに、漬け込んでしまう様な気がしてならないのだ。

 

 彩葉は靴を脱いで、体育座りの様な姿勢になり顔を埋める。忍田はそれを見ながらも何も言わない。それが今の彩葉にとって少しだけ助かっている。

 

 この事については、あまり踏み込んでほしく無い話題だった。

 

 これは、彩葉と半崎の、二人の問題なのだから。

 

 彩葉は顔を埋めながら窓の方に目をやる。

 

 凄いスピードで変わってゆく景色。こんな風に己の罪悪の心も変わってくれればいいのにと、思わずにはいられない。だけれどそれは自分が罪から逃れたいだけの願いに過ぎない。

 

 だからこそ彩葉はこの想いを一生抱えて生きていかなければならないのだ。

 

(義人は優しい。でも、私はその優しさを──踏み躙ってしまった)

 

 思い出すのは、六年前の冬の事だった。

 

 彩葉は、何も言わず、何も告げずに半崎の前から姿を消した。自身を友人だと言って仲良くしてくれた半崎を……初めて自分を見つけてくれた半崎に黙って、勝手に。

 

 そして二年前、再会した。

 

 彩葉を見た半崎の顔は、とても泣きそうだった。

 

 それは感動の再会などの涙では無い。

 

 苦しそうな、怒りを含んだ顔だった。

 

 そして彩葉は悟ってしまった。

 

 あぁ、今まで通りなど、もう出来ないんだと。

 

 彩葉が自ら手放してしまった。それはある意味自業自得の事だった。

 

 それからと言うもの、彩葉は半崎に対して何処か遠慮がちになってしまったのだった。

 

(私は、義人が私の事をどう思っているのか──知るのが怖い)

 

 もし許さないと言われたら。それが怖かった。

 

 それは何処までも自分勝手で──傲慢な考え方だった。だけれど彩葉、は踏み込めない。

 

 そうしたらかろうじて繋いでいた半崎との繋がりが、跡形もなく壊れそうで。

 

(……本当に、ままならない)

 

 彩葉は押し寄せる悲しみに、目を瞑る。すると程なくしてじわじわと睡魔が押し寄せる。そう言えば最近碌に休めていなかったなと思考の隅で考える。

 

 そして其の儘、睡魔に身を委ねるのだった。

 

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