戦場より、愛を込めて 作:亥露
ぼうっと、半崎は窓の外を眺めていた。二時間目の休み時間。各々次の授業の準備やら、手洗いに行く人などで教室と廊下が騒がしい。いつもは休み時間などは机にうつ伏せになって寝ているか友人と話すかのどちらかしか無いのだが、今の半崎は珍しく物思いに耽っていた。
思うのは、矢張り彩葉の事。
「半崎。何悩んでんの?」
後ろから徐に喋りかけてきたのは、同じクラスで、ボーダーで同じ
佐鳥賢と言う男は、人の懐に入るのが上手い。
おちゃらけた性格とは裏腹に、空気を読み相手の一番欲しい回答を与える。一見簡単そうに見えるが、半崎はこれを使いこなせている人間は佐鳥以外知らなかった。その中でB級一位部隊所属の犬飼澄晴と言う男も挙げられがちだが、彼はどうしても胡散臭さが抜けない。裏に何か隠している雰囲気を隠せていない。そう考えればこの佐鳥賢という男はそんな疑問を相手に与える事もなく懐に入り込むのだ。
まぁそれはそうと佐鳥の人柄の良さは本物なのだが。それがあるから半崎は佐鳥にダルがりつつも仲良く出来ているのであった。
「別に、悩んでねーけど」
半崎は反骨精神でそっぽを向く。
相手が佐鳥でなければこれ以上に突っぱねていただろう。しかし相手は佐鳥だ。無碍には出来ない。
「……彩葉ちゃんの事?」
「…………」
佐鳥は、半崎の事情を知っていた。
彩葉の過去の事は知らない。だけれど彩葉と半崎が幼馴染みの事、そしてその二人の間にある確執の事を、知っていた。
──と言うか察したのだろう。
佐鳥は二人のどちらとも仲が良かった。だからこそ二人の間に流れる微妙な雰囲気を察して、半崎が話すまで待っていたのだった。半崎も半崎で、心配してくれる友人を無碍には出来ず相談をしたのがきっかけで佐鳥は二人の事情を知る事になる。だから佐鳥は二人の間を知る唯一の人間になるのだ。
いや、唯一では無い。
あともう一人存在しているのだが。
しかし、いくら半崎とて誰でも彼でも相談している訳ではない。
彩葉にとって佐鳥がかけがえのない人物だからこそ、彩葉が佐鳥に対して心を開いているからこそ半崎は話したのだ。
佐鳥が半崎の同級生で、同じ
「二人も難儀なものだねぇ。お互い気にしてないよー。大丈夫だよー。じゃだめなの?」
「…………」
「だめみたいねぇ」
佐鳥は頭をがしがし掻きながらそう言った。
佐鳥とて、この問題が簡単な事では無いのは分かっていた。だが自分だけでもふざけていないと、この二人は何処までも堕ちていきそうな気がしてならないのだった。
半崎もそれが分かっている様で、その事については特に言及はしていない。どころか、それが半崎にとって救いな部分もあったのだ。
「半崎はさぁ、彩葉ちゃんとどうしたいの? どうなりたいの?」
「どう……って」
半崎は佐鳥に言われ、押し黙る。
どうなりたいかと問われれば、そこもまた難しかった。
願うならば、前の様に仲良くしたい。けれどそんな事は不可能だとは知っている。しかしこのままでいるのも嫌だ。
どうすれば良いのか、半崎には分からない。
八方塞がりだ。
「……分からない。どうしたら良いんだろうな」
「〝どうしたら良い〟じゃなくて〝どうしたい〟で考えられれば良いんだけどねぇ」
「うるせぇ」
半崎はそう悪態をつきながらそっぽを向いた。この教室の方角からだと六頴館高校は見えない。今、彩葉がどうしているかなど、半崎には知らない。知る事が出来ない。それが妙に寂しかった。
昔は同じ学校に通ったものだと思い返す。
あの時はお互い確かに幸せではなかった。けれども二人で居る時は確かに幸せだったのだ。これは恋情ではなく、歴とした友情。友愛。
だからこそ彩葉が佐鳥の事が好きと聞いた時、吃驚しながらも、何処か嬉しかったのを覚えている。
彩葉に、恋愛感情があったのかと。
まったく持って、びっくりだった。
けれど同時に、安心もしたのだ。
彩葉が、人を好きになる事が出来て良かったと。そう思ったのだ。人を愛せる感情を、持てたことはとても良い事で、それは誇るべき事なのだと。
半崎は、その恋が成就するのを、願っているのだった。
彩葉が幸せなら、それで良い。
半崎が願うのは、それだけだった。
チラリと佐鳥の方の目をやる。猫の様に口の口角を上げ、外の様子を見ている。こう見ると何処か何を考えているのか分からないなと、半崎は溜息をつく。
彩葉が佐鳥の事を好きなのは知っている。だけれど佐鳥はどうだろうか。
「……サトケンはさ、彩葉の事をどう思ってんの?」
「え?」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしく、佐鳥は目を丸くして間抜けな声を出して反応をした。
──サトケンと言うのは佐鳥の愛称だった。佐鳥賢。さとりけん。苗字の上二文字と名前をとってサトケン。半崎はその愛称を採用し、佐鳥をそう呼んでいるのである。
「だーかーらー。サトケンは彩葉に対してどんな感情持ってんの? あんなアプローチ受けて、何もない訳ないよな」
半崎の言葉に「えぇ」と困惑気味に眉を顰める。その顔に半崎は(まさか本当に友達としか思ってないのか?)と驚く。
あんな美女に想いを寄せられ、なんともない筈がない。彩葉は性格は兎も角として顔は人並み以上には良い筈だ。性格は考慮しない前提の話だが。
そして佐鳥は自他共に認めるフェミニストだ。数多の女を愛し、受け入れる究極の博愛主義者。そんな男が女に言い寄られ、何も思わない筈がない。
けれども佐鳥の今の反応で、半崎は何処か不安に思えてきた。
まさか佐鳥は、あの彩葉に対しても他の女子と同じ感情を抱いているのではないかと。そう思ったのだ。
しかし帰ってきたのは、半崎の予想外の答えだった。
「好きだよ。彩葉ちゃんの事は」
それは想像通りだが、予想外だった。確かに佐鳥が彩葉の事が好きなのは納得だが、そうなれば今さっきの反応はなんだろうか。
眉間に皺を寄せ、まるで答えたくないかの様な反応をしたのか。
「じゃあ付き会わねぇの? 相思相愛じゃん」
「いやぁ、そうなんだけどねぇ。なんというかその……」
「なんだ。嫌に歯切れが悪いじゃん。なんかあんのか?」
半崎の言及に、頬を爪で掻きながら目を逸らす。半崎はその様子に首を傾げる。
佐鳥は半崎の引かない様子に諦めたのか、ポツリポツリと話始めた。
「……彩葉ちゃんって、頭良いじゃない?」
「は? まぁそうだな。俺たちと比べるのも烏滸がましいけど、俺たちとは雲泥の差だな」
「うん。そうだね。それに上層部との会議にもしょっちゅう参加しているし、ほんと凄いよね」
「……それが何だよ」
半崎は訳が分からず訝しげに首を傾げる。佐鳥が何を言いたいか、何を伝えようとしているのか分からなかった。けれど佐鳥は淡々と、語り続けた。
「オレは、彩葉がどれだけ頑張っているか知ってる。だからオレは彩葉の側に居れる様に、隣に立てる様に彩葉の相応しい人間になりたい」
半崎は佐鳥の赤裸々な言葉を聞いて少し恥ずかしくなる。こんな恥ずかしげな事を何も恥ずかしがらずに言うのだから、半崎が逆に恥ずかしがってしまったのだ。
「よくそんな事を堂々と言えるなぁ」
「いやぁ、彩葉ちゃんがあんなんだからかな。オレの方がまだマシじゃない?」
「はは、言えてらぁ」
半崎は彩葉の佐鳥へのアプローチを想像し、笑う。
「じゃあ、自分が良い男になるまで付き合わないって事?」
「そういう事になるね。そこら辺も彩葉ちゃんは分かってんじゃない?」
確かに彩葉は佐鳥にアプローチをしているが、「付き合って」とは一言も、ただの一言も言っていないのである。
これは佐鳥が今の所答える気が無いと言う事を知っているから。そして
好き同士ならそんな事を気にせずもう付き合えば良いのにと、半崎は何処かもどかしい気持ちになった。
半崎の事を難儀と言っていたが、佐鳥こそ難儀なものだろう。
「ま、二人の好きな様にやれば良いんじゃね。俺関係無ぇし」
「そう言って心配してくれてるのを佐鳥は知ってますよ」
「うるせぇ。自意識過剰だばーか」
二人の間にいつもの空気が流れる。いつの間にか休み時間も残り僅かになっており、クラスの人達はゾロゾロと教室に入っていく。
佐鳥も自分の席に戻ろうと腰を上げると、半崎に呼び止められた。
「そういや、俺が彩葉の事を聞いた時微妙な反応したのは何でだ?」
それは率直な疑問だった。
佐鳥の心の内を聞けたのは良いのだが、どうしてもそこだけは気になってしょうがなかったのだ。
すると佐鳥は振り向き、苦笑いを浮かべていた。
「……いやぁ、偶に彩葉ちゃんが好きな自分を認めたく無い自分がいてさ」
半崎はそれを聞いて、「あぁ」と納得をした。
◆◆◆◆◆
「あ」
「え……ヒィ!」
昼休み。半崎が購買にパンを買いに行く途中、とある少女を見つけた。
「何やってんの、志岐さん」
その少女──志岐小夜子は、壁に引っ付きながら亀の如く歩いていたのだ。半崎は一回スルーしようか迷ったのだが、同じ
小夜子と半崎は、個人的に交流があった。
お互いゲーム好きという事で、ネットゲームを通じて仲良くなったのだ。当時はお互いの事をよく知らず、チャットだけで話していたものの、紆余曲折あり同じ学校、挽いては同じボーダー隊員という事を知り、少しだけオフでも話す様になったのだ。
しかし志岐小夜子は重度の男性恐怖症。ネットのチャットなら平気だが、実際に会って話すとなるとこれはもう難解だった。
しかし小夜子は彩葉の親友という事で彩葉が間者になってくれたおかげで少しながらも小夜子と半崎は喋れる様になったのである。
本当に、少しだが。
「えっと……今日塩昆布忘れて……。購買に買いに行こうとしたら……」
「……あぁ、今日何故か人が多いもんね」
廊下の先を見てみると、大勢の人だかりが出来ていた。その中に当然男子生徒も存在しており、男性恐怖症の小夜子にとっては致命的だった。
……お昼に塩昆布もどうかとは思う──と、半崎は人知れず思うのだった。いくら引き篭もりだからと言って花の女子高生。そんなもので栄養を摂れる訳が無い。
(今度彩葉に頼──いや、アイツもアイツで可笑しいからな。当てにならないか)
何故自分の周りの女はこうも可笑しいのかと、半崎は頭を抱える。
いくら低燃費をモットーとする半崎でも、ここまでは無い。
「……俺が代わりに行ってこようか? 丁度俺も買いに行こうと思ってたし」
「え……でも悪いよ……。その……一日食べなくても平気だし……」
「いやダメでしょ。何も注文もなかったら俺が勝手に買ってくるけど」
「え……! ……じゃあ、焼きそばパン……」
「了解」
半崎はそう言って人混みの中に消えてゆく。その様子を、一人残された小夜子は廊下の端で眺めていた。
◆◆◆◆◆
「はい。焼きそばパン」
「あ……どうも……。えっと、お金……」
「あぁいいよ。別に。一つも二つも変わんないって」
「いや……だいぶ変わると……。……じゃあ、お言葉に甘えて……」
小夜子は焼きそばパンを貰いながらそう言った。他の男よりは耐性があると言えど、矢張り男。緊張が抜けない小夜子であった。
彩葉の橋渡しが無ければ半崎と小夜子は今でも喋れていなかっただろう。
人があまり来ない校舎裏のベンチ。二人はそこに少し間隔を空けながら座っていた。此処はよく小夜子が利用している所だった。此処は少し風通しが良すぎるくらいで、寒さに目を瞑ればそこそこ良い場所だった。
ただ寒いと言うのが強い難点だった。
「志岐さんは毎日此処にいるの?」
「毎日じゃ無いけど……一人になりたい時とか此処にいる。ゲームにも集中出来るし」
「へぇ、でも寒くない?」
「うん。凄く」
二人は辛うじてコートを着ているが、矢張り十二月上旬という事もあり寒い。
半崎はコロッケパンを、小夜子は焼きそばパンを黙々と食べながら時間を過ごす。その空気はもはや一緒に食べていると言うのではなく、偶々相席になった二人という構図だった。だけれど二人は口数の多い方では無く、その空気を何処か居心地の良い感覚を覚えていた。
彩葉か佐鳥が入れば、この空気は壊されるだろうが。
小夜子は横目で半崎を見る。
半崎は彩葉の幼馴染みだ。彩葉の過去を唯一詳しく知っている人物と言っても過言では無い。いくら五年前に離れ離れになったからと言って、彩葉と半崎のお互いへの感情は消えて無くなったりはしないだろう。
──そしてその感情は、単純なものではない筈だ。
それこそ、離れ離れになった男女が、二年前に運命的に再開したのだ。何も無い筈がない。
けれども彩葉は佐鳥の事を好きになった。そしてそれについて半崎は特に何も言っていない。それが小夜子にとって、凄く違和感だったのだ。
「……何?」
「ハヒィ! ……えっと……そのぉ」
見られている事に気付いたのか、半崎は小夜子にその視線を聞いた。小夜子はまさかバレるとは思っておらず、変な声を上げてしまったが、半崎は気にする素振りも見せず、ただジッと待っていた。
小夜子は一瞬迷ったが、此処で逃したら恐らく一生聞く事が出来ないと確信し、勇気を出して質問を投げかける。
「えっと……は、半崎……くんは……、その……彩葉の事を……どう、思ってるの……?」
「……どうって?」
半崎は小夜子の意図が掴めず、首を傾げる。
「その、二人は幼馴染み……なんでしょ? その、えっと……彩葉が佐鳥くんの事が好きなのを、どう……思ってるのかな……って……」
言葉に詰まりながらも、小夜子は言い切った。これについて、小夜子は心の中で自らにスタンティングオベーションをしていた。
よくぞ男相手に言い切った──と。
半崎は納得した様に「あぁ……」と呟く。
「別に、何も?」
「へ?」
「二人の恋が成就すれば良いなーとは思ってるよ」
半崎の呆気ない返答に、小夜子はポカンと口を開ける。思っても見ない方向から殴られた気分だ。
有体に言えば、拍子抜けだった。
小夜子とて何も物語の様な展開を期待していた訳ではない。そんな都合の良い展開など、この世にある筈はない。
けれど想像してたよりはるかに呆気ない返答に、落胆の気持ちがないと言われれば、それも嘘である。
「……まぁ、彩葉に対して何も思ってないと言うのは少し嘘だけどさ。でも俺は彩葉が幸せならそれで良いかなって」
「半崎くんは……彩葉の事を恋愛対象として、見てないの……?」
「うん、全然」
本当に、呆気ない。
小夜子は邪推をしてしまった自分が少し恥ずかしかった。こんな単純な答えのために、自分はこうも悩んでいたのかと。
恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら埋まりたい気分だった。
「……志岐さんはさ、もし自分が男だったら、彩葉の事好きになってた?」
「それは絶対に無い」
「でしょ? それが全ての答えだよ」
呆気なかった。
確かにな、っと小夜子は冷静さを取り戻し、焼きそばパンに齧り付く。
確かに彩葉は美人だ。けれどそれを差し引いても余りある性格の歪み具合をしている。そして彩葉を知っている人間だったら尚の事。
何千回何万回生まれ変わったって、彩葉を選ぶ未来は一生ないと、小夜子は思っている。
友達だが、それとこれとは話が別である。
「だから結論。彩葉の事が好きな佐鳥は頭が可笑しい」
「QED出たね」
「……ねぇ、何の話をしてんの? 二人とも」
「ピョアぁ……!?」
二人の間から顔を覗かせ、佐鳥は二人の顔を交互に見る。半崎は無反応だったが、小夜子は方をビクつかせ、大声を上げた。当然である。音も無く後ろから声を──しかも男に声をかけられたら、それは驚く。
「よ、佐鳥。何でお前が此処にいんだよ。笹森達は?」
「委員会。所でお二人さんは何の話をしてたのかな?」
「あぁ、お前の頭が可笑しいって話を」
「隠す気ゼロかよ!」
「酷いぃ!」と、佐鳥は泣き真似をする。けれどもそれはいつもの事なので、半崎は無言でビータを取り出す。
「志岐さん。昨日の夜獲れなかった素材集めの続きをしよう。それにクエストまだ終わって無いでしょ」
「おけ。狩るべ」
先程まで奇声を上げていた小夜子だったが、ゲームの話題となると人が変わった様に素早くビータを取り出した。
ゲームをしている間は男のことを考えなくてもいい。
「ねぇ! オレの事を無視!? 何で俺が頭が可笑しい扱いになってんの!? ねぇ!?」
佐鳥は二人に訴えかけるが、それもどこ吹く風。二人はもうゲームの世界に入っており、無言でコントローラーをいじっていた。その空気は何処か和らいでおり、それは穏やかだった。
一人の少女をきっかけに出会った三人。確かに出会った経緯は幸福とは言えないまでも──確かに三人は、幸福だったのだ。
それは全て忍田彩葉という人間のおかげ。三人は人知れず、彩葉に感謝するのだった。