戦場より、愛を込めて   作:亥露

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第七話 クイーンとキング

「やぁやぁ、彩葉じゃないか。久しぶりだね」

「あ、(おお)()先輩。こんにちわ」

 

 本部の廊下を歩いている──最中。彩葉は一人の少年に声をかけられた。

 

 (おう)()(かず)(あき)。B級上位部隊『王子隊』隊長。

 

 その名の通り、王子様の様な仕草と口調と容姿。それ故か王子に憧れるお姫様達(女達)も少なくない。だけれどその内面を知っている人間からは驚く程モテない。

 

 本当に、驚く程。

 

 しかし本人はさほど気にしておらず、我が道をゆくが如くだった。そこら辺は、彩葉とよく似ていた。

 

「ここのところ毎日来ているのだけれど、中々会えないねぇ」

「まぁ本部は広いからね。……ていうか毎日って、受験勉強大丈夫?」

 

 彩葉は王子の『ここのところ毎日』と言う言葉に引っかかりを覚え、そこを突く。王子は高校三年生。時期的にはもう受験間近だ。その所為かここ最近十八歳のボーダー隊員の姿をめっきり見なくなってきた。ランク戦時期なら多少は見かける様にはなるだろうが、この目の前の王子様は毎日来ていると言った。

 

 これは常識的に可笑しい。

 

 けれど常識では語れない男が王子一彰と言う男だった。

 

「大丈夫さ。ボーダー推薦で行くからね」

「あぁ、成る程」

 

 彩葉は納得した様に呟く。

 

 ボーダー推薦ははっきり言ってしまえば楽勝だ。あの底学力に定評のある太刀川ですらも大学に行けたくらいなのだから。

 

 それを「ズルい」と反感を買う人間も少なからず出てくるだろうが、だったら自分もボーダーに入れば良いだけなのだ。

 

 ボーダーはトリオン量、犯罪歴以外で落とされる事はまず無いのだから。

 

 学力が壊滅的に悪い太刀川でも入れた事実が、それを物語っている。

 

 まあ、トリオン量で落とされた人間は、不運としか言いようがないのだが。

 

「それでも勉強はしといた方が良いと思うけどね。後々ついていけなくなるよ」

「ふふ、肝に銘じておくよ」

 

 王子は彩葉の忠告を案外素直に受け止める。しかしそれをやるかやらないかはまた別問題であった。

 

 確かに彩葉が心配せずとも王子の学力はそこそこ良い。だけれど王子のこの余裕は彩葉には何故か危機感の欠如に見えてしまうのだった。

 

 王子が焦っている図はそれはそれで気持ち悪いのだが。

 

「──そうだ、少し付き合って貰えないかい?」

 

 王子に言われ、彩葉は首を傾げる。けれども断る理由も無いので、彩葉は王子について行く事にしたのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

「──チェックメイト」

「……やるねぇ」

「付き合ってって……まさか〝コレ〟?」

 

 彩葉は眉間に皺を寄せ、乱雑に()を倒す。

 

 王子隊の隊室。そこで彩葉と王子はチェスを打っていた。白と黒の盤上の、アレである。

 

 彩葉はチェスが嫌いな様で、退屈そうに駒を倒したり転がしたりしている。怠そうにしているが、勝負に勝ったのは彩葉であった。けれども彩葉は余り嬉しそうでは無く、客人にも関わらずだらしなく椅子に腰掛けていた。

 

 しかし王子はそれを注意するでも無く、ただ黙って盤上を凝視していた。彩葉はそれを出されたお菓子を食べながら眺めている。

 

 盤上を凝視している男を眺める女。と言う構図だ。

 

「本当に、君は強いね」

 

 王子は溜息を吐きながら頭を抱える。その顔は何処か憂いを帯びていた。

 

 ──王子は今の今迄、彩葉に勝てた事は無かった。

 

 最初に勝負したのは、今から一年前の夏だった。

 

 当時十七歳だった王子は、友人である(とう)()(いさみ)と言う男の紹介で、彩葉と出会った。

 

 第一印象は、少し変わった子──だった。

 

 印象的な眼帯は勿論。夏と言うにも関わらずワイシャツの下にタートルネックを来ていると言う構図はあまりにも変だったのである。

 

 まるで何か隠している様な、そんな不自然さ。

 

 その不自然さの原因を、王子はついぞ知る由は無かったのだが、しかし王子が問題視していたのはそこでは無かった。

 

 成り行きで彩葉とチェスを打った時だった。

 

 王子の趣味はチェスと名を打っているだけあって、その実力は大したものだった。自分でも人より上手いと言う自負があったし、実際自身の隊員にもっぱら高頻度で勝てているのだから。

 

 しかし。

 

 だけれど。

 

 それが井戸の中の蛙だ言う事を、思い知らされた。

 

 他の誰でも無い忍田彩葉と言う人間(化け物)に。

 

 三分だった。

 

 開始から三分。呆気なく勝負がついてしまったのである。

 

 歩兵(ポーン)を次々と無情にも倒してゆき、呆気なく、躊躇なく、王様(キング)の首を獲る。それはもう見ていて清々しい程に。

 

 その後何回、何十回挑戦しても彩葉に勝てる事はなく、彩葉は段々とチェスに飽きつつあったのだ。

 

 それでも彩葉は負けなかった。

 

 まるで王子の脳味噌を除いているかの如く、先読みをして何度も王様(キング)を殺す。王様(キング)を守っている王女(クイーン)だって、容赦無く殺す。歩兵(ポーン)も、騎士(ナイト)も、僧侶(ビショップ)も、戦車(ルーク)も、彩葉の前では何の意味も持たない、皆等しく駒と化する。

 

 王子は悟ってしまった。

 

 彩葉と向き合って席に着いた瞬間、もう勝負はついていたのだ。

 

 一枚上手──どころの騒ぎでは無い。

 

 土俵がそもそも違う。

 

 後に副作用(サイドエフェクト)と言う事を聞かされたが、王子は違うと感じた。

 

 五倍如きで、こんな早くなるかと。

 

 もっと根本的に、何かがある筈だと。

 

 王子はその時、唇を噛み締めたのを覚えている。王子は元来負けず嫌いだった。だからこそ悔しい気持ちは拭えず、一年たった今でもこうして勝負を持ちかけているのだった。

 

 連勝なんてしなくていい。

 

 たった一回。一回でも勝てれば。

 

 王子はそれで良かった。

 

「にしても飽きないねぇ。こんな遊びの何処が良いのやら」

「そうかい? チェスは中々奥深いよ」

「私には水溜まりみたいに浅く思えるけどね」

 

 それはそうだろうと王子は笑顔の裏で愚痴る。

 

 今彩葉がいなかったら悔しさでゴミ箱一つ破壊していただろう。それも笑顔で。それ程王子は負けず嫌いだった。けれども王子とて年上。二つ下の後輩に八つ当たりするなど、そんな大人気ない事はしない。

 

 王子はもうすぐ大学生なのだ。数ヶ月後には大人の仲間入り。だからこそ王子は常日頃落ち着きを出そうとしているのであった。昔はやんちゃをしていたが、今と昔は違う。

 

「……そういえば王子先輩って私の事渾名で呼ばないよね。何で?」

 

 彩葉は紅茶を飲みながら王子に聞く。

 

 王子は人に珍妙な渾名をつける癖があった。それも名前の原型を留めていない読み方で。

 

 しかし彩葉に対しては渾名をつけるどころか名前で呼び捨てにしている。自身の隊員ですらも苗字呼びなのだが、何故か王子は彩葉に対してだけ呼び捨てなのだ。

 

「単に良い語呂が思いつかなかっただけさ。特に深い意味は無いよ」

「ふーん。ちょっと残念」

 

 王子は節目がちに紅茶を飲みながらそう答えた。その姿はやはり王子様の様で、目を見張るものがある。名は体を表すと言うが、この事だろうかと、出されたクッキーを食べながら彩葉は思う。

 

 因みにこのクッキーは王子が自分で持ち込んだもので、B級と言うこともあり給湯室が無い彼らは熱湯を入れたポットを持ち込み、こうして自ら紅茶を作っているのだった。

 

 王子隊は面子の顔の良さもあり、戦闘員は男しかいないにも関わらず、むさ苦しさとは無縁で、逆に女性以上の華やかさと上品さがそこにはあった。

 

「──君は差し詰めキングの様だね」

「は?」

 

 彩葉は王子の言葉に思わず間抜けな声を出す。けれども王子はそれを気にする事もなく、言葉を続ける。

 

「そして僕はクイーンと言ったところかな」

 

 訳が分からず、彩葉は首を傾げる。そして手元で転がしていた王様(キング)の駒に目をやる。王子が握っているのは王女(クイーン)の駒だった。

 

 それは偶然だろうが、なぜか彩葉にはそれが──意味がある様に感じたのだ。

 

「僕はね、昔から王女(クイーン)に憧れていたんだ。護られる事はなく、自ら戦場に立つ女王がね」

「へぇ、意外。男子って王様(キング)に憧れるもんじゃないの?」

「男全てがそうとは限らないよ」

 

 肩を竦め、王子はそう言った。いまだに要領を得ない王子の言葉に、彩葉は王子の顔をじっと見る。

 

 その顔からは何も感じ取れない。ただ嘘くさい笑みを貼り付けているだけだった。だけれどその顔は一変。王子は先程よりもはっきりした口調で言葉を発する。

 

「僕は女王(クイーン)になりたい。誰よりも強い女王(クイーン)に」

 

 そう言った王子の目は闘志に燃えていた。側から見れば爽やかな笑顔だが、彩葉から見たら爽やかとは真逆な笑顔だった。

 

 明らかに、闘志。

 

 それは戦いに飢えた獣の様な、そんな瞳だった。

 

「……お似合いだと思うよ、先輩は」

「そうかい? 嬉しいね」

 

 彩葉の言葉に、王子は大層嬉しそうに微笑んだ。彩葉としては嫌味で言ったつもりだが、王子にはそうは思わなかったらしい。

 

 確かに王子は王様(キング)の器では無いと、彩葉は感じた。確かにぱっと見はそうだ。しかし王子の内面(性格)を知っている彩葉は、堂々と否を唱える事が出来る。

 

 こんな好戦的な王様(キング)がいてたまるか。

 

 彼は紛れもなく戦場の()だ。

 

 前線で戦い、自らの命を捧げられる。そんな兵士。それが王子一彰と言う人間だ。

 

 少なくとも、彩葉はそう思っていた。否、そう思っている。

 

「ところで何で私が王様(キング)なのか聞いてもいい? 私自身の観点だと歩兵(ポーン)にも満たない駒だと思うけれど」

 

 彩葉がそう言うと「まさか!」と肩を竦め大袈裟に王子はそう言った。

 

「君が雑兵なんてとんでもない。君は紛れもなく、疑いようのない王様(キング)だよ」

「はぁ」

 

 なんとも要領を得ない回答に、彩葉は言葉を無くすしか無かった。あの彩葉でさえも、王子の脳味噌を覗くと言うのは不可能だった。

 

 切開しない限りは。

 

 だけれど彩葉は王子の脳味噌を今更切開したいとは思わないし、したらしたで何やらとんでもないものが出てきそうな予感はする。まぁそれはそれで面白そうだと逆に思うのだが。

 

「まぁ何で君が王様(キング)なのかは──今のところ黙っておこうじゃないか」

「えぇ、そこまで言っといて?」

 

 王子の言葉に、彩葉は落胆をする。目の前で好物が取り上げられた気分だった。だけれどここで深掘りするのも気が引ける──と言うか深掘りしても王子は恐らく答えてはくれないだろう。

 

 彩葉は半ば諦めの気持ちで冷たくなった紅茶を一気に飲む。クッキーもいつのまにか空になっており、彩葉は手持ち無沙汰になってしまった。

 

「でもまぁ、良いね。王様(キング)。良いじゃん」

「おや、気に入って貰えたかい?」

 

 彩葉は予想外に、王様(キング)と言う役職を気に入った。

 

「私も小学生の頃はキングを目指したものだよ」

「へぇそうなんだ」

 

 彩葉は意気揚々と腕を組みながら語り出す。その姿は宛ら子供の如く。王子は自分と同じくその役職を目指して居たのかと思うと、彩葉に対して何処か親近感の様なものを感じた。

 

「ついた渾名がムシキング」

「だろうと思った」

 

 親近感が湧きながらも、矢張りそうであったかと心の中で思う王子であった。

 

 しかし王子も王子で彩葉のそういうところが嫌いではなく、どちらかと言うと好感をも持っていた。

 

「カブトムシを教室の隅やロッカーの隙間でよく捕まえてね。あの時の私は昆虫博士とは行かないまでもよくカブトムシを捕まえていたよ」

「彩葉、多分それカブトムシじゃなくてゴキブリ」

 

 王子は笑いを堪えながらもツッコミをする。ツッコミは王子の得意分野では無かったが、此の儘彩葉にブーストがかかってしまうととんでもない方向に行きかねないので自らが買って出ているのであった。

 

 こう言う時、自身を留めてくれる隊員の蔵内の大切さが妙に染み渡る王子であった。

 

「さて、少し休憩したところでもう一戦やるかい?」

「やらないよ。そろそろ仕事に戻らなきゃだし」

「おや、もうそんな時間かい? 早いものだね。引き留めて悪かったよ」

 

 彩葉の断りに、意外とすんなり引き下がった王子は彩葉に謝罪の念を伝える。元よりこんな引き留める気はさらさら無かったのだが、いつのまにか時間が経っていた様だった。

 

 彩葉は立ち上がり伸びをする。いくら彩葉にとってチェスが簡単でも、矢張り思考を使うと疲れるのだった。

 

「そうそう、良い事を教えてあげる」

 

 立ち上がった彩葉に、王子は静かに語りかける。彩葉は進もうとした足を止め、王子に向き直る。王子はそれを確認してから口を開いた。

 

王様(キング)はね────」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 無機質な廊下を、淡々と歩く。

 

 先程の王子の言葉がこびりついて離れない。

 

 だけれど自分の事を王様(キング)と言った王子の思惑を、彩葉は少し理解をしたかもしれなかった。

 

王様(キング)はね──自殺が出来ないんだ』

 

 チェスにおいて、王様(キング)が自殺する様な手は禁止とされている。そのため王様(キング)は敵の駒が利いているマスには移動が出来ない上に、王様(キング)以外の駒が自ら敵の駒が効いた所に誘導する事も出来ない。

 

 王子はそれを何処か──彩葉と重ねていたのだろう。

 

 自殺を、したくても出来ない。

 

 させてもくれない。

 

 彩葉は今までの人生で死のうと思った事は何度もあった。実際行動に移そうとしたことも。

 

 けれどもその場合、何かが邪魔をする。

 

 その何かはいつだって環境。

 

 今だって死ねるなら死にたい。だけれど自分が死んだらボーダーはどうなるだろうか。

 

 上層部が自分を当てにしている事は分かっていた。彩葉の副作用(サイドエフェクト)の事も。

 

 だからこそ彩葉は死ねはしなかった。

 

 どうしようもなく、がんじがらめ。

 

『──彩葉ちゃんの理想を、オレが叶えてあげるよ』

 

 だけれど。

 

 そうだけれど。

 

 まだ彼がこの世にいるのなら、死ぬのはまだ先で良いのかなと、思うのであった。

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