「いいじゃん! 通してよケチ!」
鈴が転がるような可憐な声が、妖怪の山に響き渡る。
その抗議とともに、羽にぶら下がっている結晶が揺れて煌めいた。
その正面に立ち塞がる哨戒・犬走椛が嘆息する。
「ですから通せないと何度も言ってるじゃないですか」
先ほどから、この押し問答を続けている。もう何度目か数えるのも億劫になりそうだ。
「あの鴉は出掛けていると言っているでしょう」
「だったら文の家の前で待たせて!」
「駄目です」
「ちょっとだけじゃん!」
あぁ、埒があかない。
紅魔館に住む吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットは全身で抗議の意を示す。
噂には聞いていたが、実に面倒だ。
癇癪を起こされたら堪ったものじゃない。
「……他を当たられては?」
「駄目だよ。文には家出に協力してもらわないと」
「家出?」
「うん。ちょっとむかつくことがあって、紅魔館を飛び出してきたの。こいしのところはお姉ちゃんがいるから駄目だし、魔理沙も変に真面目だから、こういう時は匿ってくれないもん」
なるほど、そういう事情か。
たしかにあのアホなら家出に加担しそうだ。
「ここしかないんだよ。こうなったら無理やり進んでやる!」
フランドールが拳に力を込める。
「勘弁してください。あなたを止めるとなると、こちらの戦力を総動員しなければなりません」
椛は慌ててフランドールを制止する。
ここで暴れられたら、ただでは済まない。
休みの日なのに、部下から応援要請が来るわけだ。
「でも椛は強いって文が言ってたよ。最近鍛えてるんでしょ?」
「ええ、一応。ったくあのアホは余計な事をペラペラと……」
椛が目線を逸らして舌打ちをする。
「侵入者がいたら戦わないといけないよね?」
フランドールの目が紅く耀う。
その形相はまるで獲物を前にした獣。今にも襲いかかってきそうだ。
椛は千里眼で射命丸文の所在を確認する。
どうやら紅魔館にいるらしい。フランドールの妹であるレミリア・スカーレットと会話している。
おそらく偶然ではない。
すべて裏で糸を引いているのだろう。
まったく……。加担するどころか、主犯格だとは。
どういう理由かは知らないが、紅魔館に行くにあたって、フランとの接触を避けるために追い出したのだろう。
そのことをフランドールに伝えて帰してもいいが……。
椛は瞼を閉じて数秒のあいだ、熟考するとようやく言葉を発した。
「分かりました。文さんが帰ってくるまでの暇潰しには付き合います。ただし戦闘はなしです」
「むぅ。しょうがないなあ」
フランは頬を膨らませてはいるものの、納得はしてくれたのか、近くにあった岩に腰を掛ける。
そして、さっきまでの形相とは打って変わって、無邪気な破顔を見せる。
「そういえばもみもみに聞きたいことがあったんだよね~」
その変わり様は、ギャップがあり過ぎて恐怖すら覚える。
しかしこれが彼女の素。長い監禁の弊害なのだろう。
それはともかく……。
「何ですか、その呼び方は?」
「え、あだ名だよ?」
「長くなっている上に、きもいのでやめてください」
「えー、いいじゃん。もみもみ。可愛いよ」
「あぁ、何となくあのアホと波長が合うのが理解できました」
椛は頭を抱えながらぼやく。
しかしフランドールはお構いなしに話を続ける。
「もみもみの能力って凄いよね」
「千里眼のことですか?」
「そう! 私もほしいな~」
「こんなのあっても、哨戒くらいにしか役立ちませんよ」
「色んなところを見れるんでしょ?面白そうだけどなぁ」
「そんなに面白いものではないですよ」
椛はまた一つ嘆息する。
「……それに見えるだけじゃ意味がありませんから」
「だから最近鍛え始めてるの?」
思いがけないフランドールの指摘に、椛は目を見張る。
「ど、どういうことですか」
「やっぱり強い奴は視てるだけじゃつまらないからね。戦うために鍛えてるんでしょ」
「あぁ、そういうのは興味無いです」
「私はずっと部屋に閉じこもっていたから、幻想郷の色んなところを見て回りたいけどなあ」
そう呟いたフランドールの表情は、この世の幸せをすべて詰め込んだかのような満面の笑みだった。
「……最近はよく出掛けられるのですか?」
「まぁね。でも行ってもいいって言われた場所だけだよ」
椛はフランドールを査定するかのような目つきで眺める。
「私も一つ聞きたいことがあったんです」
「ん?なに?」
そして椛は眉の辺りに決意の色を浮かべて、声を発した。
「フランドールさんは、ずっと部屋に閉じ込められていましたよね」
「そうだよ。よく知っているね」
「……部屋に閉じ込められていたことを、もう憎く思っていませんか?」
「んー、快く否定はできないかもなぁ」
フランドールはおどけたように笑う。
「閉じ込められている時は、何もかもが憎かった。時計の針がとまったかのように時間の進みが遅かった。実際にむしゃくしゃしたから壊して止めたけどね」
「は、はぁ」
彼女なりにはジョークのつもりだろうが、まったく笑えないラインだ。
「手荒だったけれど、私のためにやってくれたことだからね。それで憎むのは見当違いかなって思う」
「……」
「それに文に言われたんだ。『過去の解釈は今の行い次第で良くも悪くも成る。新聞の記事と同じです』って」
「あのアホは独自の解釈で捏造記事を書きますけどね」
椛は小言を言うが、フランドールは気にする様子もなく続ける。
「文だけじゃない。外に出るようになってから、いっぱい友達ができた。色々教えてもらったし、みんなに迷惑を掛けたくない。だから頑張ろうと思うの」
「……そう、ですか」
フランドールの笑顔につられて、椛も思わず破顔する。
すると椛の目線の先にある森の入り口付近に人影が現れた。
「さて、そろそろ来ましたね」
「文が来たの!?」
フランドールも椛に習って後ろを振り向く。
木漏れ日に照らされて、ゆっくりと人影が近づいてくる。
フリルが付いた制服、サファイアのような瞳、そしてきらめく銀髪。
紅魔館のメイド長・十六夜咲夜だった。
「げっ!咲夜!?」
「やっと見つけました。帰りましょう、妹様」
咲夜は優しく、しかし鋭く語りかける。
フランドールは、たまらず椛を睨み付ける。
「もみもみ!咲夜が来ること知ってたでしょ!」
「ええ、もちろん」
「なんで言ってくれないの!」
「匿う、とは一言も言ってませんので」
「この裏切り者~!」
フランドールは咲夜に逆らえないようだ。歯を食いしばり、文句を言いながらも諦めて立ち上がる。
「妹様がお騒がせしました」
「いえ、私も話せて良かったです」
椛は咲夜と手を繋ぎ歩いていくフランドールからしばらく目を離さなかった。
「おや、今日は非番でしたよね」
家へ帰る途中、空からふと声を掛けられた。
椛が足を止めると、黒い翼を翻した射命丸文が目の前に降り立つ。
「あなたの友人のフランドール・スカーレットが訪ねて来て、対応に追われていたんですよ」
椛は睨み付けるが、文はその視線など意に介さず飄々と語る。
「へぇ、フランちゃんが来たのですか」
「何を白々しい。どうせあなたの仕業でしょう」
「あやや、今日は嘘がバレますね」
文は頭を掻きながら、バツが悪そうにする。
「それでどうでした?」
「何がです?」
「初めて生で会ったフランちゃんは?」
椛はすぐに文の目論みを理解して、唇を噛みしめる。
その悠然とした態度が無性に腹立たしかった。
しかしすぐに頬を緩ませ、それを文に隠すように空を見上げた。
「視ていた時より、ずっと成長していましたよ」