紅美鈴の過去を彩る物語   作:ねこざむらい

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# 2 白狼天狗と悪魔の妹

「いいじゃん! 通してよケチ!」

 

 鈴が転がるような可憐な声が、妖怪の山に響き渡る。

 その抗議とともに、羽にぶら下がっている結晶が揺れて煌めいた。

 

 その正面に立ち塞がる哨戒・犬走椛が嘆息する。

「ですから通せないと何度も言ってるじゃないですか」

 先ほどから、この押し問答を続けている。もう何度目か数えるのも億劫になりそうだ。

 

「あの鴉は出掛けていると言っているでしょう」

「だったら文の家の前で待たせて!」

「駄目です」

「ちょっとだけじゃん!」

 

 あぁ、埒があかない。

 紅魔館に住む吸血鬼の妹、フランドール・スカーレットは全身で抗議の意を示す。

 噂には聞いていたが、実に面倒だ。

 癇癪を起こされたら堪ったものじゃない。

 

「……他を当たられては?」

「駄目だよ。文には家出に協力してもらわないと」

「家出?」

「うん。ちょっとむかつくことがあって、紅魔館を飛び出してきたの。こいしのところはお姉ちゃんがいるから駄目だし、魔理沙も変に真面目だから、こういう時は匿ってくれないもん」

 

 なるほど、そういう事情か。

 たしかにあのアホなら家出に加担しそうだ。

「ここしかないんだよ。こうなったら無理やり進んでやる!」

 フランドールが拳に力を込める。

「勘弁してください。あなたを止めるとなると、こちらの戦力を総動員しなければなりません」

 椛は慌ててフランドールを制止する。

 ここで暴れられたら、ただでは済まない。

 休みの日なのに、部下から応援要請が来るわけだ。

「でも椛は強いって文が言ってたよ。最近鍛えてるんでしょ?」

「ええ、一応。ったくあのアホは余計な事をペラペラと……」

 椛が目線を逸らして舌打ちをする。

「侵入者がいたら戦わないといけないよね?」

 フランドールの目が紅く耀う。

 その形相はまるで獲物を前にした獣。今にも襲いかかってきそうだ。

 

 椛は千里眼で射命丸文の所在を確認する。

 どうやら紅魔館にいるらしい。フランドールの妹であるレミリア・スカーレットと会話している。

 おそらく偶然ではない。

 すべて裏で糸を引いているのだろう。

 まったく……。加担するどころか、主犯格だとは。

 どういう理由かは知らないが、紅魔館に行くにあたって、フランとの接触を避けるために追い出したのだろう。

 

 そのことをフランドールに伝えて帰してもいいが……。

 

 椛は瞼を閉じて数秒のあいだ、熟考するとようやく言葉を発した。

「分かりました。文さんが帰ってくるまでの暇潰しには付き合います。ただし戦闘はなしです」

「むぅ。しょうがないなあ」

 

 フランは頬を膨らませてはいるものの、納得はしてくれたのか、近くにあった岩に腰を掛ける。

 そして、さっきまでの形相とは打って変わって、無邪気な破顔を見せる。

 

「そういえばもみもみに聞きたいことがあったんだよね~」

 その変わり様は、ギャップがあり過ぎて恐怖すら覚える。

 しかしこれが彼女の素。長い監禁の弊害なのだろう。

 

 それはともかく……。

 

「何ですか、その呼び方は?」

「え、あだ名だよ?」

「長くなっている上に、きもいのでやめてください」

「えー、いいじゃん。もみもみ。可愛いよ」

「あぁ、何となくあのアホと波長が合うのが理解できました」

 椛は頭を抱えながらぼやく。

 

 しかしフランドールはお構いなしに話を続ける。

「もみもみの能力って凄いよね」

「千里眼のことですか?」

「そう! 私もほしいな~」

「こんなのあっても、哨戒くらいにしか役立ちませんよ」

「色んなところを見れるんでしょ?面白そうだけどなぁ」

「そんなに面白いものではないですよ」

 椛はまた一つ嘆息する。

「……それに見えるだけじゃ意味がありませんから」

「だから最近鍛え始めてるの?」

 思いがけないフランドールの指摘に、椛は目を見張る。

「ど、どういうことですか」

「やっぱり強い奴は視てるだけじゃつまらないからね。戦うために鍛えてるんでしょ」

「あぁ、そういうのは興味無いです」

 

「私はずっと部屋に閉じこもっていたから、幻想郷の色んなところを見て回りたいけどなあ」

 そう呟いたフランドールの表情は、この世の幸せをすべて詰め込んだかのような満面の笑みだった。

 

「……最近はよく出掛けられるのですか?」

「まぁね。でも行ってもいいって言われた場所だけだよ」

 椛はフランドールを査定するかのような目つきで眺める。

「私も一つ聞きたいことがあったんです」

「ん?なに?」

 そして椛は眉の辺りに決意の色を浮かべて、声を発した。

「フランドールさんは、ずっと部屋に閉じ込められていましたよね」

「そうだよ。よく知っているね」

「……部屋に閉じ込められていたことを、もう憎く思っていませんか?」

「んー、快く否定はできないかもなぁ」

 フランドールはおどけたように笑う。

「閉じ込められている時は、何もかもが憎かった。時計の針がとまったかのように時間の進みが遅かった。実際にむしゃくしゃしたから壊して止めたけどね」

「は、はぁ」

 彼女なりにはジョークのつもりだろうが、まったく笑えないラインだ。

 

「手荒だったけれど、私のためにやってくれたことだからね。それで憎むのは見当違いかなって思う」

「……」

「それに文に言われたんだ。『過去の解釈は今の行い次第で良くも悪くも成る。新聞の記事と同じです』って」

「あのアホは独自の解釈で捏造記事を書きますけどね」

 椛は小言を言うが、フランドールは気にする様子もなく続ける。

「文だけじゃない。外に出るようになってから、いっぱい友達ができた。色々教えてもらったし、みんなに迷惑を掛けたくない。だから頑張ろうと思うの」

「……そう、ですか」

 フランドールの笑顔につられて、椛も思わず破顔する。

 

 すると椛の目線の先にある森の入り口付近に人影が現れた。

「さて、そろそろ来ましたね」

「文が来たの!?」

 フランドールも椛に習って後ろを振り向く。

 木漏れ日に照らされて、ゆっくりと人影が近づいてくる。

 フリルが付いた制服、サファイアのような瞳、そしてきらめく銀髪。

 紅魔館のメイド長・十六夜咲夜だった。

 

「げっ!咲夜!?」

「やっと見つけました。帰りましょう、妹様」

 咲夜は優しく、しかし鋭く語りかける。

 フランドールは、たまらず椛を睨み付ける。

「もみもみ!咲夜が来ること知ってたでしょ!」

「ええ、もちろん」

「なんで言ってくれないの!」

「匿う、とは一言も言ってませんので」

「この裏切り者~!」

 

 フランドールは咲夜に逆らえないようだ。歯を食いしばり、文句を言いながらも諦めて立ち上がる。

「妹様がお騒がせしました」

「いえ、私も話せて良かったです」

椛は咲夜と手を繋ぎ歩いていくフランドールからしばらく目を離さなかった。

 

 

「おや、今日は非番でしたよね」

 

 家へ帰る途中、空からふと声を掛けられた。

 椛が足を止めると、黒い翼を翻した射命丸文が目の前に降り立つ。

「あなたの友人のフランドール・スカーレットが訪ねて来て、対応に追われていたんですよ」

 椛は睨み付けるが、文はその視線など意に介さず飄々と語る。

「へぇ、フランちゃんが来たのですか」

「何を白々しい。どうせあなたの仕業でしょう」

「あやや、今日は嘘がバレますね」

 文は頭を掻きながら、バツが悪そうにする。

 

「それでどうでした?」

「何がです?」

「初めて生で会ったフランちゃんは?」

 椛はすぐに文の目論みを理解して、唇を噛みしめる。

 その悠然とした態度が無性に腹立たしかった。

 しかしすぐに頬を緩ませ、それを文に隠すように空を見上げた。

 

「視ていた時より、ずっと成長していましたよ」

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