「ーーー神槍『スピア・ザ・グングニル』ッ!!」
巨大な爆発音が耳元を掠めた。
天そのものが崩れ落ちてきたかと思うほどの、轟音。
地面は抉れ、背を預けていた煉瓦造りの塀は音を立てて崩れる。
「うわっ、ちょっと!?」
門の前でいびきを立てていた紅魔館の門番・紅美鈴は飛び起きて、絶叫する。
まるで空間ごと無くなったような、凄まじい威力。当たれば確実に死を迎えていただろう。
「やはり昼更しすると当たらないわね」
目を見開いて驚く美鈴をよそに、寝ぼけ眼であくびをしながらレミリア・スカーレットが呟く。
「次は当たるかしら」
そう言うと、亜空間から神槍を取り出す。
「ワーッ! もう起きましたから!」
「あら、つまらないわね」
すると興醒めしたかのように神槍を手放した。
「め、珍しいですね。お嬢様がこの時間まで起きているなんて」
美鈴は襟を正しながら尋ねる。
「ええ。どこかの門番が居眠りしていたせいで、下品な鴉が入ってきたからね」
「ええ!? す、すぐに追い出します!」
美鈴は背筋を正して、屋敷の中へ向かおうとする。
「もう終わったわ。それよりも目が醒めてしまったの。リバーシに付き合いなさい」
「は、はぁ。分かりました」
唐突な展開に困惑しながらも、美鈴は休憩用の椅子とテーブルを取り出した。
テーブルの中央には穴が開いていて、パラソルを設置することができる。
椅子は折りたたみ式だが、彫刻が施された背もたれとアームレストが付いている。
レミリアは着席するなり、いそいそとリバーシの準備を始めた。
「こんなのがあるのに、立って寝てるのね」
「一応職務中ですから」
「寝てたら、どういう体勢でも一緒だと思うけれど」
レミリアは嘆息しながら呆れる。
「それにしても、どうしてオセロを?」
旗色が悪いと感じた美鈴は慌てて話題を変える。
「最近ハマって咲夜と戦うのだけど、一回も勝ててないの。悔しいから特訓よ」
レミリアはムスッとしながら、さっそく一手目を打つ。
「咲夜さんはボードゲーム全般に強いですからね」
「それにしても手心ってものがあるでしょう」
「ははっ、そうですね」
美鈴は苦笑する。
それにしてもゲームとはいえ、お嬢様を憤慨させるなんて、咲夜さんらしくない。
勝ちを譲って華を持たせた方が良いような気がする。
いや、それではダメだ。美鈴の頭の中でピンと弾ける音がする。
わざと負けたことがバレてしまえば、舐められていると思って、気分を害されるだろう。子ども扱いされたと思われるかも知れない。わざと手を抜く一手を打てば、さすがに勘づかれてしまう。
そうなれば、お嬢様の怒りは計り知れない。
となれば、従者は本気で戦いつつ、お嬢様が勝つことを祈ることしかできない。
なんというジレンマだろう。
相手の勝ちを願いながら、真剣勝負に臨まなければならないとは。
まるで敵陣営に最愛の人がいるかのような心境だ。
美鈴は手に汗握りながら、駒を置く。
「そういえば、あの鴉はあんたについて聞きたかったみたいよ」
「へぇ、珍しいですね」
まさか自分のこととは思わなかったのか、美鈴は目を丸くする。
「あしらうのもうのも面倒だったから、私が知ってる限りの情報は話したわ」
「それなら全部ですね」
美鈴は暢気な相槌をうつ。
「良かったの?」
「何がです?」
「勝手に話したこと」
レミリアは美鈴の顔を覗き込んで、眉をひそめる。
「まぁ隠すようなことじゃないですしね」
そう言うと美鈴は頬に笑みを浮かべる。それからひと呼吸置いて続ける。
「それにお嬢様がそうしても良いと判断されたのでしょう」
「ふぅん、まぁいいわ」
レミリアは味気なさそうに、指先で駒を弄んだ。
ゲームが中盤に差し掛かったとき、レミリアは盤上を覗き込み、気付く。
「なにこれ。私が置ける場所がないじゃない」
「それパスですね。連続で私の手番です」
そう言って美鈴は再び駒を置く。
それから瞬く間に、盤上は白一色となった。
「なにそれ、ズルくない?」
「いや、リバーシってそういうルールですし」
美鈴は困惑しながら弁明する。
「初めて知ったわ」
「まさか咲夜さんの時にはパスしなかったんですか?」
「なかったわよ、そんなの」
そんなはずはない。
ある程度の力の差があれば、パスは自ずと発生するはずだ。
もしこれまでお嬢様がパスをしてこなかったとしたら、咲夜さんはバレないように手を抜いてきたということだ。
お嬢様が気持ちよくプレイできるように、さらにパスにならないよう配慮までして……。
その上、勝ちは譲らなかったのか。
「そういうことね……!」
美鈴とほぼ同時に、同じ結論に至ったレミリアは、怒りを通り越して笑み浮かべる。口角がピクピクと痙攣し、背後にはメラメラと炎が燃え盛っていた。
「美鈴、私が勝つまで特訓に付き合いなさい!」
「へ?」
「もちろん手を抜いたら承知しないわよ」
「ひぇええええ!」
美鈴の悲鳴は、帰路についていたフランドールと十六夜咲夜の耳にも届いた。
そしてこのリバーシ騒動は、パチュリ―・ノーレッジや妖精メイドにも及び、紅魔館全体を巻き込んで三日三晩続いた。
ちなみにレミリア・スカーレットは全敗した。