おひぃさまは裏口入学ではありません   作:仔羊肉

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 現代日本において秘境と呼ばれる場所など殆ど存在しない。

 

 しかしながらこの見渡す限りの緑は私有地であるが故に人の手が介入することを拒み続けた。そして集落から村へ、村から町へ。名を変え続けてもその周辺を支配する一族にはなんら変わりのない。時の流れとはまるで別の場所にあるかの如くその秘境はあり続けた。

 

 男子禁制の山奥にその一族のお屋敷はある。そしてその一族は時代を重ねて早数百年、日本有数の名家でありながらその名を政界、経済界で気安く口にするものは居ない。

 

 八識家。

 

 古来より続くその一家の役割はただ一つ。

 

 占。

 

 占いを生業に数百年の歴史を紡ぎ続けてきた。そしてその生業は古来より様々な名家と親交があり、現在は政界、経済界の大物に直接通じている。有力者、権力者ですら頭を垂れて力添えを申し込むほどの一族。

 

 そんな秘境にある八識家における次代の姫巫女こそが何を隠そうーーーー! 

 

 

「このおひぃさまなのです! ひれ伏しなさいこの愚民!」

 

「にょほほほほー! くるしゅーない! にょほー!」

 

 綾小路清隆は率直に思う。

 

 ――声をかける相手ミスったー、と。

 

 

〜〜〜〜〜

 

 綾小路清隆は世間知らずである。自他ともに認めるその欠点は彼の生い立ちに起因している。しかしながら高い学習能力を持つ少年だ。最初こそ上手くいけばトントン拍子で能力を遺憾なく発揮できるだろう。

 

 優秀な人材を作ると掲げた研究施設の中でありとあらゆるプログラムをこなしてきたのだ。例えその中に高校生らしい人間関係を築くというプログラムが無くとも溶け込むことは出来た筈なのだ。

 

 ―-ただし、初見殺しを除けば。

 

 もう一度言おう。綾小路は世間知らずである。

 

 高校の敷地内ど真ん中で巫女服を着ている人間が異常か、異常でないのかという判断を下す能力は培われていない。バスでこの学園にまで辿り着いた、彼の少ない経験側の中には同級生らしい人物は何人か居た。

 

 けれどもサンプルとしては圧倒的に個体数が少なすぎた。故にかたや巫女服、かたや同じ学校の制服に身を包む二人組を見て知的好奇心が顔を覗き、声をかけてしまった。

 

 なまじバスを降りた際に隣の席に座っていた少女に筆舌にし難い容赦なき歓迎を食らったせいで制服の有無に人間性の良し悪しを求めなかったのが悪手だった。

 

 だから興味本位に「なぁ、そこのあんたら……」と迂闊に声をかけてしまった。最悪あの少女よりかはマシであろうと舐めてかかったのだ。

 

「にゅわ!?」

 

 声をかけられてまず反応を示したのは巫女服を着た小柄の少女であった。中学生、下手をすれば小学校高学年程度の体躯の少女。そんな彼女の二つ結びをした髪の根本にあるアクセサリーの鈴がじゃらじゃらとけたたましく鳴り響く。

 

「これは逆ナンか!」

 

 何故か目を見開きキラキラとした視線で清隆を見つめる。値踏みするような視線と『逆ナン』という単語が何の略語がわかっていない清隆は勢いに圧される。ちなみに男が女に声をかけるのはナンパであって逆ナンではない。

 

 学習能力がつよつよの清隆は即座にめんどくささを感じ取る。流石の習熟速度ではあったがもう遅い。

 

 正面の巫女服の少女からそっと目を逸らしもう一人の少女へと視線を向ければ今度は汚らわしいものを見るかのような視線を向けられていた。

 

「汚らわしい。うちの凹凸の無いおひぃさまをナンパするなんてロリコンですか? 入学早々に変態に絡まれるなんてついてません。これだから男ってのは……まるで盛りのついたサルですね。おひぃさまにナンパするのなら猿らしくウキウキウキキと猿語で話しなさい」

 

 声をかけなきゃ良かったと心底後悔する。

 

「ほぅ! ほぅほぅほぅ! 顔立ち悪くないのぅ! うむうむ、中々よいおのこではないか?」

 

「おひぃさま、見てくれだけで判断してはいけませんよ? おひぃさまだって霊力と顔だけは一流でしょう? その他は口に出すのもひどい有り様なのですからきちんと警戒心を持つべきです。それにそこの貴方も幾らおひぃさまが可愛くて頭がパラパラしてそうなアホだからって気安く声をかけないで貰えませんか? こう見えて育った環境だけは高貴な場所なのです。貴方とは住む世界も過ごす世界も違うのですよ」

 

「にょほほ! そんなに褒めるな。妾が可愛いのはもう知っておる。にょほほ!」

 

 これ以上ないほどに悪目立ちをしている現状に清隆はさっさと切り上げようと「ぎゃくなん? というやつのつもりは無い。悪かった……少し地図が読みづらくてな」と思いつきを口にする。

 

「なるほど! 迷子じゃなお主! お主迷子なのか? え、その年で? 人として恥ずかしくない? 迷子になるなんてお主は恥ずかしいやつよのー! にょほほほほほほ!」

 

 大声で迷子を連呼され、恥ずかしいやつというレッテルが周囲に広がっている。清隆、生まれて初めての冤罪である。その上、通りすぎていく人々にクスクスと笑われているのだから最高についてない。もはや公開処刑である。

 

「まぁ、おひいさまも私が居なければすぐ迷子になったでしょうけどね。そんな自分の恥ずかしさを棚に上げて厚顔無恥に辱めるなんて流石はおひぃさまです!」

 

「にょほほほー! くるしうないくるしうない! もっと褒めてたもれー!」

 

 欠片も褒められていないのだが本人は気づいていない。

 

「えぇ! そうですともそうですとも! こんなのが未来の八識家の当主と思うと嬉しくて分家の私は涙が出ます! ほんと実に運がいいです!」

 

「そうであろうとも! にょほ、にょほほほ! にょほほほほほはほほー!」

 

 聞き慣れない単語に清隆はオウム返しのように呟く。そして制服を着た少女がここぞとばかりに八識家を説明し始めた。

 

〜〜〜〜〜〜

 

 声をかける相手をミスったと後悔していた清隆はふと人の流れが少なくなっていることに気づく。時計塔の針を見れば学校案内のしおりに載っていた集合の時間が近づいている。

 

「なぁ、あんたらも新入生なら時間大丈夫なのか?」

 

「ふっ、逆ナン男よ。妾にかかれば何の問題もない、のぅ、瑪瑙よ」

 

「流石、おひぃさまです! あ、私は不味いので自分のクラスに行きますね。B組ですのでおひぃさまとはここでお別れです! では!」

 

 そそくさと巫女服の少女だけ置いて去っていく制服の女。瑪瑙と呼ばれた少女はスタイリッシュに片割れを置き去りにして校舎の中へ消えていった。

 

 残される清隆と巫女服。

 

「なるほど、瑪瑙のやつはB組……寂しがるであろうからな、たまには顔を見せにいってあげてもよいのぅ! にょほほ……ところで妾は何組?」

 

 問われる綾小路。無論、知るわけもない。

 

「あー……」

 

 何と返答するべきか数瞬、迷った結果、がっくりと肩を落として「クラス分けの掲示板一緒に見に行くか?」と提案した。

 

「う、うむ! お主がそういうのなら一緒に着いていってやろう! うむうむ!」

 

 綾小路清隆はうっすら気づいている。

 

 これ、俺がめちゃくちゃ疲れるやつだ、と……。

 

 

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