おひぃさまは裏口入学ではありません   作:仔羊肉

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 なるべく波風を立てないというささやかな目標は初日から頓挫した、と綾小路清隆はしみじみと振り返る。

 

 何が悪かったかと問われればやはり巫女服であった。

 

 クラス分けの掲示板から大急ぎで自分たちの名前を確認し、偶然にも同一クラスであった二人は足早に校舎内を練り歩く。このときに横目で学生のサンプリングを取っていたが、取れば取るほどに氣勢が削げる。巫女服を着用している生徒がオンリーワンだと気づいた時には既に後の祭り。

 

 学生は巫女服を着用しない。

 

 そんな当たり前、常識、普通を学ぶ前に綾小路清隆の第一印象ゲームは終了、教室への扉を開けば無事にホイッスル。

 

『なんか遅刻ギリギリで巫女服の子と仲良さげに教室に入ってきたやべーやつ』という感想を初顔合わせのクラスメートに与えてしまった。ちなみに清隆にとって欠片も仲良いつもりはなかった。

 

 その上で。

 

「のぅ、綾小路。妾はからおけなるものに行きたいぞ。案内してたもれ」

 

 なんかごっつ懐かれていた。流石のこれには参ってしまう。

 

 教室内に残るのは僅か数人程度で残っている数人すらも遠巻きに一瞥してはなるべく関わらないでおこうと決意している。

 

 植物のように穏やかな事なかれ生活を望んでいた普通の生徒という肩書は既に遥か彼方。

 

 クラスの男子が用意してくれた唯一にして最大の好機であった自己紹介も無事に事故と化し、なんならその次に控えていた――巫女服の少女の自己紹介によってクラス内雰囲気は一度地獄と化し、クラスのまとめ役の男子すらもちょっと流石に今日は無理……後日、落ち着いて話そうとばかりに強制解散を経て、今に至る。

 

 俺もカラオケ行きたかったな……平田達と、心の中で呟く。

 

 平田洋介。入学初日から清隆達の所属するDクラスで自己紹介をする流れを作り出した陽のもの。あまりの眩しさに清隆は挽回する希望を一瞬だけ見出してしまった。

 

 あまりにも口下手な自己紹介すらもフォローしてくれたイケメンに対してギュンギュンギュインと好感度はうなぎのぼり。このまま平田となんかこーうまくいって友達になれないかな等とふわっふわした妄想すら浮かんだ。

 

 しかしながらそんな稚拙な自己紹介を下回る地獄がその後に顕現する。

 

『んっ、んんっー! ごほんごほん。よかろう、そこまで頭を垂れてお願いされれば妾も名乗らぬわけにはいかんな』

 

 平田は極めて普通に回しただけであって特に頭は下げていない。

 

 『妾の名は八識 一姫(はっしき いちひめ)。卜占三名家である八識家の正当なる後継者じゃ! 平伏せ愚民ども! にょほほほほほー!』

 

 むんっ! と胸を張り高らかに笑う八識 一姫。しかし悲しいかな、教室にいる殆どの面子は『?????』と疑問符を浮かべていた。

 

 自己紹介で何一つ紹介できていないというヤバい子の扱いをどうするべきか、と平田は流石に手を持て余していた。この空気を変えるためにはーーーーと、その時清隆と芽が合う。

 

 清隆はその降って湧いたチャンスを見逃さなかった。なんなら平田と友達になりたいという状況下での好機である。

 

 ――もしかして平田は困っている?

 

 周りを見回し、聞き耳を立てる。周りで十数人が小声で話す内容から即座に判断する。チートにも程があるスペックが十数種類の音を聞き分け、同時に処理される。そうすることによって何が問題なのかを組み立てる。

 

『あー、卜占ってのは占いのことだ』

 

 小さいながらも疑問を浮かべていた面々にははっきりと聞こえたようで、女子からの評価に少しだけ物知りという項目で加点されることに。ちなみに殆どの層からマイナスのスタートである。それも須藤を抜いてぶっちぎり。仕方なし。

 

『はぁ? 何を言っておる綾小路よ。そんなの説明されずともわかるじゃろう?』

 

 そう呟いて周りを見回す。そして――。

 

『えっ? まさか卜占も知らんのか? お主らほんとに日本人? 妾は日本語しか喋れんぞ……』

 

 正面きっての罵倒。しかもその中に純粋な心配があるというのだから青筋が数人に浮かんでいるのも仕方ない。

 

 平田はこの状況下に不味いものを感じ始めた。具体的にはあの子に口を開かせれば開かせるほど事態が悪化する、そんな嫌な予感が。

 

『じ、自己紹介ありがとう、八識さん』

  

『うむうむ、お主は殊勝よな。他の面々も見習うとよいぞ。んー……うむ! よし! 平田とやらよ、喜べ! お主を妾の側付きとして置いてやろう! 顔もまぁまぁよいオノコじゃ! 喜べ、綾小路に続いて二人目じゃぞ!』

 

 清隆は『違う! 違う違う!』と必死に首と手を振って否定。そんな二人を平田は困ったような笑顔ではにかんでいたが――ここで他の女子がダイナミックエントリー。

 

 綾小路とやらはどうでもいい。

 

 けれども平田に対しては並々ならぬ興味がある女子たちである。流石にその物言いにはカチンとくる。一部に関しては完全にプチンとしていた。

 

 中でも軽井沢と自己紹介をした女子生徒が苛立たしさを表に出していた。女子たちは殆どが軽井沢の味方で、一姫は完全にアウェイ。

 

『あのさー、八識さんさぁ』

 

『なんじゃお主。気安く名前を呼ぶでない。妾の格が落ちるであろう。格を上げてから出直すがよい』

 

 あまりにも早い罵倒。

 

 同じく名前を呼んだ平田と違ってこの温度差。空気は完全に死ぬ。というか殺した。清隆と様子を伺っていた男子は完全に空気と化して全力で関わらないように努めた。女子からの評価は落ちた。

 

『――はァ?』

 

『お、落ち着いて、ね?』

 

 自己紹介に真っ先に賛同した少女、櫛田桔梗は軽井沢を必死に宥める。同じように松下や篠原といった女子も軽井沢寄りの意見を肯定しつつも必死に宥めすかそうとしていた。

 

 すべての元凶とやらはむふんと胸を張り『うむ、完璧な自己紹介じゃったな』と自画自賛していた。

 

 確かに完璧すぎる自己紹介ではあった。早々と出ていった須藤や堀北を上回るやべー女という印象をこれほど完璧なまでに作り上げたのだ。

 

『これは明日からたくさんのお昼の誘いがあるじゃろうなぁ。しかし心配せずとも大丈夫じゃ、従僕よ。お主はこの学校で初めての側付きじゃ。ちゃんと侍らせてやろう。むほほほほほ』

 

 はぁー、やれやれと人差し指を額にあてて軽く首を振り未来予想図を口にする一姫。

 

 清隆は色々と抗弁を口に出そうとした瞬間。

 

『とりあえず、一通りみんな自己紹介が終わったし今日は一度解散しよっか!』

 

 パンっと小気味よく柏手を鳴らして提案したのは櫛田。櫛田の一言を皮切りに男子たちは一秒でも同じ空間に居たくないとばかりにそそくさと退散していた。ちなみにそれを見ていた女子からの評価は下がっている。

 

 やっぱり平田くんしか勝たん。一部の女子達は猛禽類の如く平田を捕食ターゲットとした。明日からはプロ野球選手を狙う女子アナの如きアプローチが彼を狙うであろう。

 

 そしてクラスに残るのは平田や女子グループ、そして清隆に一姫。あとは去るタイミングを完全に見逃したコミュ障気味な生徒たち。

 

『とりあえず、この後カラオケにでもいって親睦深めない?』

 

 篠原が提案して松下を始めとした女子たちは次々と賛成を口にする。そして篠原は最大の目標である、とある男子にも声をかける。

 

 『平田くんもどうかな?』

 

『ありがとう! 是非お邪魔させてもらうよ』

 

『勿論だよー、みんなもいいよねー』

 

 篠原は平田を誘えたことにより女子内で著しく株をあげていた。一部の大人しい女子からも感謝の念を送られている。

 

『ね、軽井沢さんもぱーっと騒ごうよ』

 

『ん、そーだね。ごめんね、空気悪くして』

 

『全然だよー。だってアレは――』

 

 篠原が続けて言葉を口にする前に平田が遮り別の話題を振る。篠原の攻撃的な意見を封殺するのを見計らったような絶妙なタイミング。清隆はその様子をつぶさに観察しつつ、コミュニケーションを学習していた。

 

 学習しながらも俺も行っていいか? なんて口にしようか迷っていた。間違いなくいい顔どころか嫌な顔されるのがわかりきっていて、それでも平田と友達になる一筋の好機を見逃せない。

 

 しかし結局のところ口にすることはせずに諦める。今、無理をして距離を詰めるよりかは一旦、落ち着いた頃に声をかけるほうが圧倒的に分がいい。

 

『じゃあ今から出発しよっか。予約取れたし』

 

 松下は端末を片手にみんなに声をかける。その光景を見て端末でカラオケを予約できるのか、と感心していた。

 

『うむ、綾小路よ。カラオケとやらははじめてじゃから委細任せる』

 

 声をかけられた瞬間に息を

 

 スゥー

 

 フゥー

 

 と深く深く吸い込んでは吐いた。平田も他の女子達も一斉に清隆の方向を見ていた。シンプルに怖い、これが清隆の感想。

 

 恐怖など感じるはずもない少年が理解及ばない状況にはじめて困惑を覚えた。むしろ困惑しぱなっしであった。

 

『そこな女よ、道案内は――』

 

『ごめんね、人数いっぱいだから綾小路くんたちはまた今度』

 

 松下はピシャリと言い切り、誘うつもりはないとはっきりNOと口にする。強い。

 

『ふむ、残念じゃったの綾小路。人数が一杯なら仕方あるまい。お主の分まで妾がからおけとやらを体験――』

 

『いや八識さんもだから』

 

 松下の言葉に『え……?』と驚いていた。驚く要素ある?

 

『……ふむ。ならそこの女とそこの女、妾たちと変わるがよい』

 

『じゃあね、綾小路くん』

 

 松下はそれを最後に教室から去っていく。残されたのは僅か数人。この日、女子集団は固く結束した。そして女子達の中で一部の男子の評価が暫定的であるものの固まる。

 

 一人は須藤。乱暴そうで協調性のなさそうなヤンキー。なるべく関わりたくない人種。

 

 一人は平田。お近づきになりたい一人でどう足掻いてもSSRクラスの当たり男子。

 

 最後に綾小路清隆。よくわかんないけどやべーやつが近くにいるヤバいやつ。

 

 清隆は女子達の中での共通認識として『無い』男子に一躍躍り出た。

 

 そして――。

 

「のぅ、綾 小路。妾はからおけなるものに行きたいぞ。案内してたもれ」

 

 果たして清隆は涙目でぷるぷると身体と声を震わせる少女にNOと言えるのだろうか。

 

「あー、と、今日は」

 

「だ、駄目なのか……びぇっ」

 

「……予約してみる」

 

 一瞬、崩れた泣き顔がパァァァと喜色に染まる。心の中で深く深く誓う。

 

 これ、明日には返そう、と。無理やり押し付けてきたBクラスにいるという少女へ返そうと。

 

「お、お主、妾のこと好きすぎない? まだ会うて一日じゃぞ。まぁでも妾が可愛いから従僕がめろめろになるのも仕方ないのぉ。まぁ妾は懐が大きいからお主に激重感情抱かれても全然大丈夫じゃぞ。捨てぬから安心して尽くすがよい。むほほほほはほー!」

 

 ぜったいにかえす。

 

 綾小路清隆は心の中で固く固く誓った。

 

 

 

 

 

 

 

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