おひぃさまは裏口入学ではありません 作:仔羊肉
コンビニ内で少年と少女――清隆と一姫は二人して目を輝かせていた。
ぐるぐるぐると手に持ったカップの中にバニラ味のソフトが落ちていく。店員はそれを器用に動かしてはこれまた見事なうずまきを積み重ねる。
ソフトクリームが出来上がるのを二人は目を輝かせて見ていた。そんなプレッシャーを受けている店員は作り笑顔で対応し内心では『なんだ、この変なカップル……』と思っている。
二人が持つ買い物ビニールの中にはまるでペアルックのような品揃え。まったく同じメーカーの歯ブラシと歯磨き粉。同じ味のカップ麺。メンズのポディソープにシャンプー。
唯一、異なる点といえば女の袋にだけやたらめったらお菓子が追加されていることである。その上、二人共端末に不慣れなせいで店員側から使い方をレクチャーするという珍事態。
そりゃ誰だって思う、なんだこのカップル、と。
〜〜〜〜〜〜
はじめてのコンビニ、はじめてのカラオケ、はじめての家電量販店、はじめての本屋。はじめてのカップ麺。はじめての駄菓子。
綾小路清隆は『はじめて』という枕詞がつく出来事を寮のベッドで振り返る。
意外なことに楽しかったという感想を抱かざるを得ない。
試行錯誤、手探りで色々な物事を決めて行う自由は確かに彼が求めていたものだった。
その上でなんらかのトラブルを起こすと予測していた少女が想像よりも遥かに大人しかった為に普通に楽しめた、というのが正直な感想である。
その上でしっかりと明日からはあまり関わらないでおこうと心に誓う。放課後楽しかったといえどそれより前に起きた話が帳消しになるわけではない。不良が雨の中で動物を拾っても好感度が大きく変動しないタイプの男子である。むしろありあまる冷静さにより食用で拾った可能性すらもきっと残すタイプ。
端末を立ち上げてポイントの残高を確認する。
――少し使いすぎたかもな。
残高は『85000』という数字を示していた。僅か一日で配られたポイントの六、七分の一を消費していた。
ごろり、とベットの上で転がる。彼の視線の先には一番大きかった買い物。直送されたその中身は一万ポイントを超える機械。
清隆は思う。
――何故、俺はソフトクリームメーカーを買ったんだろう、と。
綾小路清隆、はじめての衝動買い。
〜〜〜〜〜
翌日、どうやって返却しようかという清隆の心配事は杞憂となった。
なにせ、本人が登校してきていないのだ。まさか二日目にしての無断欠席、中々にアウトローな少女である。
これは何もせずとも問題が勝手に解決されたのでは? 良かった、良かったと内心ほっこりしている。
「おはよう、綾小路くん、少しいいかな?」
そんな当社比でほくほく顔の清隆に声をかけてきたのは平田洋介。急に声をかけられたので心臓か早鐘を打つ。はじめての友達GETチャンス。
「――あぁ、おはよう、平田。こっちは大丈夫だ」
「ありがとう、ところで今日は八識さんは一緒じゃないのかい?」
平田は清隆からの好感度が5下がった。
「別に俺と八識は親しいわけじゃないぞ。そもそも八識と俺は昨日会ったばかりなんだが……」
「えっ!? あっ……ごめん」
二人の間になんとも言えない空気が蔓延る。様子を伺っていた女子達もその空気を察して平田くん可哀想って心配していた。誰も清隆くん可哀想とはなっていない。それどころかクラスメートたちからはこの空気を作った原因として勘弁してくれと疎まれていた。可哀想。
無論、今の話を女子達は聞いていた。綾小路清隆はもしかしたらあの変な女に巻き込まれたやつなのかもしれないという考えには至った、
けれども完全究極体クレート陽キャイケメンとよくわかんない陰キャイケメンとでは天秤の傾きは異なる。どちらも曇っているのならとりあえず前者を心配する。心に余裕のあるものだけが陰キャイケメンに一分の心配りをするのだ。
「あの、その、なんというかごめんね……」
「いや、別にいい……」
平田の謝罪に清隆は快く返事をしたつもりだったが一部の女子からは『平田くんが謝ってるのになんなのその返事。だからあんたはコミュ障なのよ』と思われていた。
「平田は俺じゃなくて八識に用があるのか?」
「うん……まぉ、そうなんだ。ほら、昨日色々なことがあったからさ。もしかしたら八識さんとクラスメートでトラブルが起きるかもって心配してたんだ」
その推測に間違いはないだろうと中たりをつける。もしも八識が昨日と同じ態度だったのならばクラスメートとなんらかのトラブルを引き起こしていたであろうことは想像に容易い。
「確かにな、昨日の出来事を考えれば当然か」
そこで清隆の脳裏に一つの名案が浮かぶ。それは正に悪魔的発想。常人では到底思いつかない一手。
「それなら八識に関することは平田に一任したほうがいいかもな。あまり俺はコミュニケーションが得意じゃないからこういう方面では力になれそうにない」
「え゛っ!?」
イケメンらしからぬ驚愕。驚愕しているのは平田だけではない。平田に吹き矢を飛ばそうとしている女子達も『お前マジか!』とばかりに清隆を睨んでいた。
一方、イケメンに爆弾を押しつけた清隆はいい仕事をしたとばかりに自画自賛していた。
Bクラスのちょっとやばそうな女を相手にナマモノを返却する手間が消えた。その上でクラス内の問題に積極的に取り組もうとしている平田が自ら望んだ仕事をアテンドできた。八識自身も平田を気に入っている。winwinwinの出来事。三方とも得をした名案にごつ、と満足気。
そんな迷案に平田洋介は非常に困っていた。完全に押し付けられた、なんて人なんだ綾小路くん……と好感度がみるみる内に減少。好き嫌いの少ない平田にとって本校初のちょっぴり嫌なやつと認識され始める。
対して清隆自身は『これを機に友達になれちゃうかもな』とか考えていた。
「そ、そそそ、それはよくないと思います!」
勇気を振り絞り声を出したのは大人しい筈の生徒。昨日の平田を中心としたカラオケ内でもあまり上手に喋れなかった女の子。王美雨である。自己紹介でみーちゃんと呼んでねって中々にぶっ飛んだ提案をしてくるタイプの女子。多分リア充ではないタイプ。
そんなフレキシブルな対応を求められる少女が立ち上がり、よくないと声を上げた。
みーちゃんにはクラス内政治はまだわからぬ。
みーちゃんは中国人留学生で主食に餃子を食べてきた。餃子定食なるものを食べる日本人を見ては驚愕に背筋を震わせただけのただの少女だ。別に暴虐の王を前に短剣を持って突っ込むなんてイかれた勇気もなければいきすぎた正義の心があるわけでもない。
でも平田くんに八識一姫を押し付けるなどという非道を見過ごすことは決して出来なかった。
平田はみーちゃんのことが少し好きになった。
「えっと、それはどういう意味だ?」
清隆の問いにみーちゃんは「ひうっ!?」とビビる。正直に言えば『八識さんの面倒はちゃんと綾小路くんが見て! 平田くんを巻き込まないで!』と言いたかった。けれど陰キャとはいえどイケメンから恨みを買うのは怖い。
みーちゃんは勇気のない自分が悔しかった。けれどもこれ以上声を上げる勇気は持ち合わせていない。
一部の女子達は『頑張れ、みーちゃん……頑張れっ!』と内心応援していた。いつでも援軍にいけるように準備していた。みーちゃんが勇気を振り絞って口を開けば怒涛の勢いで応援仕る気持ちだった。
けれども一握りの勇気が出ない。あと一歩が踏み出せない。面倒なことになってあの子と関わり合いになる可能性を持ちたくない。みーちゃんは己が勇気の無さに泣きたくなる。
ただ一言。ちゃんと拾ったものの面倒は自分で見て! と言えなかった。
「……くだらないわね」
清隆の隣の席に座る少女が小さく吐き捨てる。
「く、くくく、くだらなくないです!」
噛み付く先が増えたことにより、みーちゃんは隣の席の少女――堀北鈴音に噛み付く。
「何がくだらなくないの? ただの問題児の押し付け合い、自分のことも面倒見きれない人達が他人の面倒を見ようなんて傲慢でしょう。どちらも面倒見たくなければ見なければいいだけのことを何を騒いでいるわけ?」
苛立つような口調ではっきりと問題点を指摘されればみーちゃんは黙り込むしかなかった。けれどもただ一人だけ反論をできる人間がいる。
特殊な施設育ち、人工の天才である綾小路清隆だけが堀北に対して自信満々に反論する。
「堀北、お前は一つ勘違いしている?」
「勘違い? 何をいってるのかしら」
「確かに俺は自分のことで手一杯だが平田はそうじゃないだろう。わざわざ昨日のことを思い出してきて声をかけてきてくれたんだ。つまるところ平田は他人の面倒を見る余裕がある人間だということだ、確かに八識は問題児だ、だからこそ手綱を握れる人間が必要となってくる。俺では流石に荷が重い。けど平田はそうじゃない」
もう黙れよ、綾小路、と平田は思う。
「そう。貴方が思うのならそうなのでしょうね。貴方の中では」
棘のある物言いに対しても満足げな清隆。なんら自分を疑ってない。むしろ平田に対してナイスアシストを決めて友達まで秒読みだと思っている。
こうして平田洋介は八識係(仮)に就任した。ついでに一姫はこの日ついぞ登校してこなかった。