おひぃさまは裏口入学ではありません   作:仔羊肉

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 入学式の翌日から二日連続の無断欠席。中々にアウトローをキメている少女が居た。その名も八識一姫。

 

 無断欠席は過去に例はあるものの入学式の翌日から二日連続で行うといった生徒は極めて異例である。

 

 そんな異例中の異例をどう扱うか非常に困っている人間がいた。担任の茶柱である。

 

 休むのはまだいい。教室でなんらかのトラブルを起こしていたことはカメラ越しに確認した。故に学校に行きづらくなることもあるだろうと理解も及ぶ。だが連絡くらい入れろと、茶柱は額にビキビキと青筋が浮かべながら常識を脳内で説く。

 

 流石にこれは一言どころではなく大小言を入れねばなるまいと学生マンションへ。

 

 本来ならば担任である彼女が四月の段階で生徒に対して指導をすることはまずない。それは一重に高度育成高等学校の教育方針が絡まってくる。

 

 入学してから一月は教師が生徒たちの評価を図るために口煩く注意することはない。そして注意、勧告に価する事柄を学校に設置されている監視カメラでカウントし、最初期に配られた十万ポイントという価値から引かれていく。

 

 そして二日連続の無断欠席はかなりの減点に値するが――それでも本来ならば口に出すことはないのだ。この学校には遊び呆けて自らの価値を落とす愚か者をわざわざ助けたりはしない。

 

 ならば何故、茶柱は八識一姫の部屋を訪れようとしているのか。それは彼女が一昨日の夜から部屋から出ていないという事実によるもの。

 

 流石に学校側も生存確認が必要であると重い腰をあげて休みの連絡が無い二日目の午前に担任である茶柱が訪れたという経緯。

 

 苛々としながら八識一姫の部屋を訪れ、インターフォンを鳴らす。しかし、中からの返事はない。

 

 その瞬間、苛立ちは消え、焦りへ。

 

 ――緊急事態の可能性。

 

 その瞬間、慌てて端末からマンションの管理人室へ連絡を入れる。急いでマスターキーを持ってくるように指示し、待つこと数分。初老の女性が持ってきたマスターキーを差し込み、扉をあけ放った。

 

 鼻腔には異質な臭いが飛び込んでくる。

 

 バニラの甘ったるい臭いが部屋の中で充満していた。廊下を飛び越えて部屋の外まで飛び出た悪臭に眉間の皺を寄せつつ茶柱は部屋の中に踏み込む。

 

 床には液体が広がり、そして液体の上に仰向けに倒れ伏す女が一人。それは初日の格好から何の変化もない八識一姫の姿。巫女服にツインテールの小柄の少女が虚空を見つめている。

 

 茶柱はこの惨劇を前にしてこの部屋で何があったのか、と推測する。そして答えはすぐに返ってきた。

 

 グゴゴグキュルルルクゴキュルル。

 

 倒れ伏す少女から聞こえる地獄のような音。それがお腹の音だと気づき、そして少女の呟きが耳に入る。

 

「お腹空いた……何か作ってたも……」

 

 特殊な生徒たちを集めた今年のDクラス。ワンチャンスあるのでは? という昏い思いがしおしおと萎びていく。

 

 床にぶちまけた牛乳の上でお腹が空いたと零す大馬鹿者を見て下剋上を狙えるほど茶柱佐枝は強い女では無かった。

 

 

〜〜〜〜〜

 

「ハグハグハグハグむしゃむしゃごくん……げふー」

 

 茶柱佐枝は思う。女の手料理を何故教え子(女子)に振る舞っているのか、と。こういうのは男に振る舞うものであって教え子に振る舞うものではない。男……? 

 

 一瞬、記憶の底にあるなんかヤバ目の蓋が開きかけるが――。

 

「あんま美味しくないのぅ。げふー」

 

 怒りですぐに閉じた。わざわざスーパーで材料を買い揃え空腹の胃にも優しいであろうと気を使って作った卵粥に対しての評価。

 

「さて、八識」

 

「なんじゃ? あ、お茶とってたも」

 

 スーパーで買ってきた袋の中にあるお茶を手渡す。大丈夫、大丈夫、茶柱佐枝は強い子と必死に自分へ言い聞かせ怒りをぐっと怺える。

 

「んぐんぐんぐ、げぷー」

 

「さて、八識……」

 

「ところでお主は誰?」

 

「お前の担任だ……ッ」

 

「おぉ、先生とかいうやつじゃったか。うむうむ、ところでどうしてこんなところに先生が?」

 

「お前が二日も無断欠席するからだッ!」

 

「むだん……けっせき……ふむ、なんか聞き覚えがあるの……あぁ、ババァがそれになって血のおしっこ出たとか言うておったの……」

 

「尿路結石ではない……無断欠席だ……わかるか? 無断で学校を休むことだ。いいか? 学校を休む際には必ず連絡を入れてくれ……」

 

 茶柱は子供でもわかるようにゆっくりと言い聞かせる。自分の持つ最大限の優しみを持って愛しむように言った。

 

「妾の些事は全て周りのものに任せておる……はっ!? そういえば何故、妾の危機に綾小路は駆けつけて来てないのじゃ!」

 

 欠片も心遣いは伝わらなかった。

 

 ぷんすこと怒りはじめる一姫を見て茶柱は言おうと思っていた小言をすべて飲み込み深く考えるのをやめた。そして放課後に綾小路を呼び出してちゃんと面倒を見るように言おうと心に誓う。

 

 

〜〜〜〜

 

 綾小路清隆はスクールライフを満喫していた。昨日から始めた料理という趣味は使いすぎたポイントを節約するために始めた行動なのだが、これが中々奥が深く面白いと夢中になっている。休み時間には端末を使って料理動画を眺めてどっぷり嵌っている最中。しかも友人同士でお弁当交換なるイベントも世の中にはあるらしい、これは来ちゃうかな、俺の時代がと浮かれポンチになっていた。

 

 今日の晩御飯は何を作ろうか、と幸せな悩みを思い浮かべつつ過ごしていた帰りのホームルーム。教師からの連絡事項で浮かれきった頭は冷や水を被せられる。

 

「綾小路、この後職員室へ来い」

 

 名指しで呼ばれホームルームは解散となる。遠巻きにあいつ、何したんだ? と野次馬根性に満ちた好奇の視線が清隆に集まっていた。ちなみに平田は見ていない。あまり関わり合いになりたくないから。

 

「あなた、何をやらかしたの?」

 

 唐突に隣の席から声をかけられる。この前の平田との一件以来会話の無かった少女――堀北鈴音の第一声はどこか非難めいたものだった。

 

「意外だな」

 

「何が?」

 

「堀北も野次馬めいた関心があるとは思わなかった。てっきり周囲に興味ないものだとばかり思ってたぞ」

 

 何気ない清隆の一言が堀北鈴音の神経を逆撫でする。

 

「……そこらの野次馬と一緒にしないでもらえる?」

 

「違うのか?」

 

 違うのかと聞かれれば堀北鈴音に理論だった返答はできない。思いついた疑問を口に出してしまったが故にそれを否定する術を持たないのだ。

 

「まぁ、違うのならいい。ついでに言うと心当たりはない。じゃあまた明日、堀北」

 

 清隆はそそくさと教室から出る。そして真っ直ぐに職員室へ向かう途中で担任教師の背中に追いついた。

 

「茶柱先生」

 

「早いな、綾小路。少し場所を移そう」

 

 そして案内されたのは進路指導室。個人面談などで使われることが多く、一年生がこの時期にこの部屋に呼ばれることは殆ど無い。

 

「珈琲とお茶、どっちがいい」

 

「じゃあ珈琲で」

 

 特に確執もないので素直にコーヒーを注文する清隆。紙コップにインスタントの粉末を入れ、ポッドからお湯を注ぐ様をゆっくりと見つめる。

 

「フレッシュと砂糖は?」

 

「じゃあフレッシュだけで」

 

 甲斐甲斐しく用意されたコーヒーを受け取りお礼を言うと何故か「そうだよな、普通そうだよな……」とブツブツと呟いていた。

 

 そして一口飲んだ後に茶柱佐枝は口を開く。

 

「飲んだな? では私からのお願いを聞いてもらおう。八識のことなんだが――」

 

「待ってください。今すぐ吐き出します」

 

「やめろ! わかった! とりあえず話だけでも聞いてくれ……」

 

 疲れたかのように自らの分のコーヒーに口をつける。

 

「今日の午前中に私は無断欠席が続いている八識一姫の様子を見に行った」

 

 もう嫌な予感しかしなかったが清隆は黙って話を聞く。そして心の中で平田に全部ぶん投げようと決めた。

 

 そして午前中に何があったのかを一通り話終えて茶柱佐枝は続きを話す。

 

「そして理事長、校長、学年主任と話し合いを行った結果、彼女一人では生活が成り立たないと判断し、彼女をサポートする人間が必要だと判断した」

 

「……それが俺だと」

 

「いや、本決定ではない。だが八識本人の口からお前が仲が良いと推測できる言葉があった。故にクラス内に持っていくよりも前に綾小路、貴様に相談を持ちかけたというわけだ」

 

 なるほど、と納得したうえで確信となる言葉を清隆は発する。

 

「もう退学にしたほうがいいのでは?」

 

「……そうもいかん事情がある」

 

 言葉を濁す茶柱に不審な部分を覚える。八識一姫を退学に出来ない理由。いくつかの推論が頭の中に浮かびあがる、が深く踏み込まない。

 

 例えば、八識一姫自身に何らかの特殊な背景がある場合。彼女を退学にすることができない事情があるのならばそれを聞いて無関係を装うのはリスクが生じる。

 

 例えば、高度育成高等学校側に事情がある場合。退学という事象がこの学校において極めて特殊な扱いであるのならばそれに気づいたという点は自分の評価を上げてしまう可能性がある。

 

 平凡、平穏、事なかれを目指している清隆にとってはあまり望ましいものではない。

 

 故に選ぶのは。

 

「……まぁ、クラスメートとして手伝う分は構いませんがサポートってレベルになると少し荷が重いですね」

 

「手伝って貰える人間には月あたり一万五千ポイントを支給する予定だ。前向きに考えてもらえると助かる」

 

「じゃあ、気が向いたら……」

 

「……ところで綾小路、今日の夜空いているか?」

 

 誰か他の人が聞いていればとてもエッチな言葉に聞こえたかもしれないが前置きを考えると嫌な予感しかしないので清隆は「空いてないです」と端的に答える。

 

「本当か? まだ部活動も何も始まっていない。クラスで仲良いやつも居ない。本当に暇じゃないのか」

 

「ちょっと手の込んだ料理をする予定なので」

 

「なぁ、綾小路。料理というものは一人分も二人分も一緒ではないか?」

 

「いえ、あまりをお弁当にする予定なので大丈夫です。色々と節約して生活しようと思って」

 

 何気ない清隆の一言が茶柱佐枝の琴線に触れた。

 

 ――何故、この段階でポイントを溜め込む必要がある? もしや気づいているのか?

 

 AクラスからDクラスの間で行われるクラス内闘争。一ヶ月後に解禁する情報ではあるが最初期に配られた十万ポイントは翌月も配られるわけではない。

 

 一ヶ月という期間で各クラスの違反に応じ、十万ポイントなら引かれていく。早い段階で一部の生徒が気づくだろうとは茶柱は考えていた。しかしながらDクラスの生徒から出るかどうかまでは疑問を抱いている。

 

 このままでは例年通りDクラスは不良品のレッテルを貼られたままスタートする可能性が非常に高い。それどころか過去最低の評価値を叩き出す危惧を抱いていた。

 

 故に綾小路が気づいているのならそれを止める術があるのではないかと一筋の希望を彼女は見出していた。

 

「何故だ? 十万ポイントもあれば色々と潰しが効くだろう。節制をする理由が何かあるのか?」

 

 一度は折れた昏い悲願が再度として火を灯す。目の前に座る生徒に祈りにも似た希望が湧き出てくる。

 

「……ソフトクリームメーカーを衝動買いしてちょっと使いすぎたんで」

 

 希望の灯火は一瞬にして消えた。もうやだこいつら……ソフトクリームメーカーなんてどうして買うの……と、茶柱佐枝は心の中でさめざめと泣いた。

 

 そして茶柱佐枝は学校での仕事を終えて、スーバーでお惣菜を買って八識一姫に差し入れてから教員寮へ帰り、部屋の中で酒を煽っては今日の出来事を振り返り、泣いた。

 




感想、評価ありがとうございます。凄くモチベーションになります。
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