おひぃさまは裏口入学ではありません 作:仔羊肉
入学式から四日目。本日も一つの空席が目立っていた。クラス内の調和を図りたい平田洋介はこのままでいいのかな、と悩みつつも平和なクラスを眺めてはこのままでいいのかも……と掌をくるっくるさせていた。
けれどもそんな安息は崩壊する。
朝のホームルームで茶柱佐枝が眉間に皺を寄せて立つ。数人の生徒からは早々と舐められ佐枝ちゃん先生とか呼ばれていたが今日の迫力は中々のものだ。あと多分二日酔い。
お調子者の生徒が「先生、今日機嫌悪そうですけど生理っすかー」などとダイナミックセクハラをかますが、冷たい視線を送った後に無視をして、教壇から生徒を一瞥。
そして、静かになるのを待ち、騒いでいた生徒もいよいよ何か大事な話だという空気を読み取る。判断が遅い。
「今から、八識一姫の係、八識係を決めてもらう」
何言ってんだ、こいつ。と誰もが思った。
「八識一姫を訪問した結果、彼女一人では自立して生活できないと我々教員は判断した。教員間で話し合った結果、彼女のサポートをしてもらう人間を選出することになった。係になったものは八識のサポートについてもらう」
茶柱の説明に対して事前に説明されていた清隆以外が驚愕している。
「先に言っておく、一人は必ず選出してもらう。その人物には五月に入るまでの間にサポートに務めてもらう。手当として学校側から一万五千ポイントを支給する」
一万五千ポイントと聞いて何人かが色めき立つ。
「内容は主に登下校を一緒にしてもらい遅刻させないこと、朝昼晩、食事を摂らせることの二つだ。立候補をこの後、募る」
完全に介護じゃんと一部の生徒は思った。
簡単に語られた内容を聞いて既にクラスの中でもお調子者(オブラート)の位置を獲得しつつある山内が手を上げる。
「そんくらいで一万五千ポイントもらえるんなら俺やりまーす」
山内は端末で連絡を入れるだけでいいっしょ、と軽く考えていた。
ついでに言えば最新のゲーム機とソフトをセットで買ったせいで四日目であるにも関わらず既にポイントは五万を切っている。朝昼晩の飯や遊びを考えると一万五千ポイントは貰っておいて損はないと考えていた。
「あっ! ずりーぞ、春樹! 先生俺も俺も! 毎日連絡入れるだけで貰えるんなら俺もやりたいっす!」
池も続いて立候補する。そして何人かが俺も私もと手を上げはじめた。
一方、完全に静観しているものも居る。平田洋介や堀北鈴音はなるべく関わりたくない人種であることから手を上げない。松下千秋や王美雨もそういった観点から挙手していない。
須藤健もポイントは欲しかったが忘れた時がめんどくせーな、と迷っていた。須藤と同じように迷っている人間も相当数居る。
綾小路清隆はその様子を眺めていた。彼は関わりたくないという側面も大きいが大盤振る舞いとも言えるポイントに昨日から違和感を感じていた。
特殊な施設育ちである彼は学習能力が非常に高い。この学園で四日間生活していれば学生の貧富の差に気がついてしまう。そして一万五千というポイントがそれなりの金額であることを考えれば山内春樹かま言うように『連絡を入れるだけ』という仕事に対しての報酬が明らかに大き過ぎると感じていた。
料理をするという行動や初日に八識一姫に遊びに振り回された経験が彼の中での物の価値という経験値を築きあげた。そしてそれと同時に配られた十万ポイントにも違和感を覚えてしまう。
――簡単な仕事だったらいいんだろうけどな。
他人事のようにクラスメートを眺めてはそう感想を漏らす、
「綾小路くん、随分と他人事なのね」
「関わり合いになりたくないからな」
「一万五千ポイントを惜しいとは思わないの?」
「思わない。どう考えても割に合ってないだろ」
「割に合ってない?」
どういう意味か尋ねようとした瞬間、騒いでる生徒へ向けて茶柱佐枝が口を開く。
「静かにしろ、話はまだ終わっていない。この件は責任を持って対処してもらうことになる。ただ連絡を朝昼晩いれるだけと考えているのならそんな甘い仕事ではない」
その一言に色めき立っていた生徒たちは冷や水を浴びせられたかのように静まり返る。
「教員側からサポートに関して不十分かつ怠慢があると認められた場合、サポートをしていた生徒には退学してもらう」
退学。
その一言に怒号がわく。
「はぁぁぁぁ!? なんだよ、それ! なんで八識が退学じゃなくて手伝っていたやつが退学すんだよ!」
池の意見に何人かが同調の声を挙げる。
清隆はその言葉を聞いてこの先を見据える。少し不味いことになったな、と結論づける。
最悪の場合、平田にぶん投げようと他力本願でいたがペナルティが大きすぎると平田に投げることも難しい。そうなれば自然と矛先は自分にむく可能性と理由は十分にある。
そこまで考えて最終的には運否天賦になるか、とノートを取り出し一枚破る。そして四方形四十枚に切り分けそのうちの一枚に丸をつける。
隣の席からじっとりとした視線が注がれるが無視しながら完成させた。
その間にもクラス内での話し合いは纏まらない。
「や、春樹に譲るわ、俺も流石に退学は無理だって」
「いやいや、俺もやっぱ無理だって。そりゃ俺が本気出せば何とかなるかもしんねーけど、学校に巫女服着てくるキチのためにがんばりたくねーよ」
その言葉に何人かが悪意を持ってクスクスと笑うことで同調する。同調しなかった面子は流石に言いすぎだと眉を潜めるも話が進まないので黙り込む。
「せんせー、そんなの誰もやりたがらないって」
山内の半笑いで出した意見に茶柱佐枝は冷たい侮蔑を送りつつ言葉を返す。
「先に述べた通り、必ず一人は提出してもらう。決められない場合はこちらから指名させてもらうことになる」
「はぁぁぁ!? そんなの横暴じゃん!」
「……無意味な議論をするつもりはない。一人を選出してもらう。放課後までに決めておくように。決まらなかった場合はペナルティを考慮している」
そう言って茶柱佐枝は教室から出ていった。残された生徒たちは阿鼻叫喚の図が描かれる。
「みんな、落ち着いて! とにかく一回話し合おう」
平田の静止に噛みついたのは赤髪ヘアーの少年。初日から柄が悪く女子から距離を置かれていた少年はキラキラと爽やかな王子系イケメンが気に食わない。気に食わない同盟で山内、池と意気投合している。
「何を話し合うっつーんだよ! お前らで勝手に決めてればいいじゃねぇか!」
「その結果、須藤くんが選ばれたとしても本当に文句は出ないのかい?」
「あ゛っ!? んなめんどくせーこと誰がやるかよ!」
「だから話し合うべきだと僕は思う。やりたくない人がやるようなことがないよう皆で意見を出し合うべきだと」
「チッ……くそがっ」
近くの壁を蹴りつけて威嚇する。そして周囲を見渡して、
「誰がさっさと手を挙げろや!」
威嚇するかのように怒声を放つ。周囲の人間はビクリと肩を震わせて目を合わせない。先日最安値を記録していた清隆の株を下回る横暴っぷり。
「……皆、一度落ち着いて欲しい。今回のサポート件でリスクが余りにも大きいからやりたくないって気持ちは僕もわかる。けれど決めなければペナルティがあると先生も言っていた。少なくとも退学を持ち出してくるような事案であるからペナルティも相応に大きいものだと思う」
「っつてもよー、ペナルティってなんだよ。流石にクラス全員退学とかできねーだろうし」
池の言葉に平田は考える素振りを見せるが具体的な内容が思い浮かばない。それは一部の生徒以外も同じようで沈黙がクラス中を支配する。
清隆は黙々と行っていた内職を終えて、さてどうするかと考えをまとめたいた。ペナルティに値する内容は幾つも思い浮かぶがその中でも個人的に受けたくないのがポイントの返還であった。そして没収される可能性は十分にあると。
最初期に配られた十万ポイント、それぞれ浪費した額は違えどまだ四日目である以上、それなりに残っている。罰金という言葉に言い換えればこれほどまでに分かり易い手段は少ない。
来月以降に振り込まれるポイントの減額も考えられる。しかしながら俺の予想の内だとこちらは既に手遅れの可能性がある。そうなればポイントという側面においては徴収の可能性が高いと結論付けた。
そして徴収だった場合は支給する一万五千というポイントが相対的に上がる。
そこまで考えて口に出すべきか否かを迷っている。事なかれ主義を貫く清隆にとって他のクラスメートが思いついていない代物を口に出すことは目立つと同義。
けれどもこのまま迷っていれば先日のことも踏まえて自分がやり玉に挙げられる可能性もある。つまりはどちらも目立ち、尚且つ後者の方は同調圧力によって押し付けられる流れになる可能性が高い。
――せっかく作ったことだしな。
テーブルの上に広げられた籤とも呼ばれる代物を利用しない手は無い。
「平田、ちょっといいか?」
綾小路清隆の一挙に全員の注目が集まる。平田はパァァァと顔を輝かせて。
「ありがとう綾小路くん引き受けて」
「違う違う、早い早い早い……」
あまりの早さで清隆に押し付けようとした平田は強引すぎたか、と反省する。余裕のないイケメンである。
それもその筈、このまま進めば平田洋介か女子で言えば櫛田桔梗あたりに押し付けられる可能性もまた十二分にあった。両者ともクラス内での中心人物かつ人の良い性格と認知され始めている。リーダー気質であると言えば聞こえはいいが、問題ごとを押しつけやすい立ち位置でもあると言えよう。
ましてや入学式からまだ四日目。そんな中で頭角を表しているのだから尚更。
「ペナルティに関してなんだがポイントの徴収じゃないかって思う」
ぬぼーっとした物言いで告げられた内容に数人が焦る。
「どうしてそう思うんだい?」
「まず手当として配られるポイント。誰も受けない程度には割に合ってないと思う。問題となっているのはリスクと報酬が成立してないことだ。リスクにあった報酬であるのならば受けてもいいと思っている人間が居たのは退学が告げられるよりも前に立候補が乱立していたことにより証明されている」
綾小路の言葉に何人かは既に疑問符を浮かべて脱落をしている。少しだけ小難しい迂遠な言い方で清隆は話を進める。
「それ以外でも仕事の価値を引き上げる方法がある。例えば今、全員がめんどくさいことをしたくないと思っているのは余裕があるからだ。何故余裕なのか、配られたポイントが余っているからだろう。そういう状況が仕事を受けないという選択肢を選ばせている。ならば解決するにはポイントを没収すればいい。そうすれば受けざるを得ない状況に陥る生徒がでてくる」
綾小路の言葉に何人かは焦り始める。
「なるほど……確かに言われてみれば、そうだね。そうなると結局リスクを負うのはポイントの少ない生徒。徴収された後にポイントが苦しい人たちがしなきゃいけなくなるよね」
綾小路清隆株が女子内で急騰していた。完全に底値だった、きよたかぶは一気に高騰。イケイケ女子グループの一人、佐藤など「綾小路くん、いいかも……」と呟いていた。
「あぁ。そこで提案があるんだがくじで決めないか?」
「くじ?」
「正直な話、ペナルティを受けてポイントを没収された果てにやりたくもない仕事をやらされるなんて状況よりかは随分マシだと思う」
「確かに、ね……」
僅か四日でポイントをそれなりに吐き出した生徒たちは賛成を示す。ポイントを没収されるのは冗談ではないし、何より没収されるポイント多寡によれば自分がしなければいけない可能性が高くなる。
そんな中で幸村と呼ばれる勤勉少年は反論の声をあげた。
「ちょっと待て、綾小路。ポイントに困っていない生徒たちはどうする? 確かに筋の通った話だ。ポイントが減らされて引き受けるやつもいるだろう。それでもリスクを負わない立場の生徒はいるはずだ、平等じゃない」
「くじの拒否権を買うってのはどうだ?」
「拒否権?」
「あぁ、くじ引きに参加しない権利を買う。そして買ったポイント分はサポートの手当として上乗せする。そうすれば当たりを引き受けた生徒の不満も減る」
「幾らだ?」
「高すぎても安すぎても良くないと思う。正直な話、そこら辺の金銭のバランス感覚はわからない。幸村は幾らまでなら出す?」
話を振られて考え込む。幸村としてはこんなくだらないことに一ポイントも出したくない。けれどもそうなれば全員が引く羽目になり、ましてや安すぎると全全員が支払って拒否するだろうことからバランスが求められる。
「三千……いや、五千ポイントだ。俺ならギリギリ出してもいいと思える金額はそのくらいだ」
「ありがとう、参考になる。俺からは以上だ、平田」
「…………僕も籤に賛成したいのだけれど皆はどうかな?」
平田の音頭によりくじ引きでの選出が決まった。元より選択肢の無い浪費組は反対意見など出せず、ポイントの余裕がある人間もまた選択肢を与えられたことによって従うことに。
これより、退学(不確定)を賭けたくじ引き――八識籤が開催される。当たれば死、極めて理不尽なロシアンルーレットが今、始まる。