おひぃさまは裏口入学ではありません 作:仔羊肉
くじ引きという抽選方法は平等であるのか。
数学という観点に置いては平等と言えるだろう。今から引く三十人がそれぞれ中たりを引く確率は等しく三十分の一である。
しかし綾小路清隆と数人の知性高き生徒はこのくじ引きが始まった瞬間に決して平等ではないことに気づいていた。
そして堀北鈴音もまたその一人である。このくじ引きが決して平等ではないことに気がついていた。順番に呼ばれて自分の分のくじを引き、開封してみれば何のマークもついていないノートの切れ端。
――随分とちゃちな小細工ね。
綾小路清隆が仕掛けた不平等なくじ引きにそう結論付ける。
――少しは賢いかと思っていたけれど……事なかれ主義と主張する人なんて所詮はこの程度。
席に戻って着席する。そしてぼんやりと教壇を眺める隣の席の少年の表情には焦りも何も無い。一枚、また一枚と引かれていくにも関わらず。
けれども堀北鈴音や同じく見抜いているつもりの生徒も。平田洋介や櫛田桔梗も。偶然気づいた面々も。観察力に自信がある生徒も。
誰もまだ気づいていない。
不平等こそ罠であり、平等こそが正当だということに。
〜〜〜〜〜〜
「じゃあ、くじ引きにするけれど今すぐ作るから少し待っててくれないかな」
「平田、くじは用意しておいた」
「……ず、随分と用意がいいんだね」
「手先は器用な方なんでな」
「……じゃあくじ引きの前に不参加者を募るけど何人くらい居るかな」
挙げられた手は九つ。絶対にやりたくないという面子が手を挙げていた。その中には須藤健の姿もある。
須藤はバスケ第一という思考の下、不参加を決意する。
「おいおい健、お前参加しねーのかよ」
山内の煽りに「うっせー、バスケ優先してーんだよ」と苛立ちながら答えつつも出費の痛さに臍を噛む。それでも話し合いで決まらず少なくないポイント取られるよかマシだと自分に言い聞かせて寝る体制へ。
「池、お前は引くよな」
「あったりまえだろー、こんなんに五千ポイント払うのはありえねーって」
クラスの中でポイントを払うと決めた人間もいる中での発言。一部からヘイトを買う。池くんマジで空気読めないよねという雰囲気が女子から発せられていた。
「じゃあ、参加は三十人だね。綾小路くんの準備ができたら始めよう」
そして待つこと数分、あっという間に完成させたくじは教壇の上に用意された。
「じゃあ席順で引こうと思うんだけど――」
平田の提案に対して静観を決め込んでいた一人の生徒が手を挙げる。
「ちょっといいかしら」
「えっと、堀北さん?」
「綾小路くんが作った以上、彼だけがわかるマーキングがあるかもしれない。だから提案なのだけれど綾小路くんは一番最後というのはどうかしら」
堂々と疑っていると宣言する堀北。そしてその警告の意味合いは他の生徒に伝わる。つまり目印となるようなものがあればそれが危険であると。
「……綾小路くんはどう?」
問いかける平田自身もその可能性を疑わなかったわけではない。故にあえて清隆が最後になるように席順の提示をしていた。
そしてその提案に「構わない。どうせ誰が引いても確率は一緒だしな」とあっさり条件を呑む。
不正はないとばかりの物言いに提案した堀北も疑惑を薄める。
――ほんとに何も仕込んでいないのかしら。それなら私も不参加を表明しておくべきだったかも。
少しだけ後悔している堀北。そんな中で一人だけ清隆を馬鹿にしたような声が上がる。
「はぁ? 綾小路、こんなの一番最初に引くやつが確率が低いに決まってんだろ。頭わりーな」
山内の突っ込みに数学的知識がある人間は冷ややかな視線を送っていた。
「いいか? 綾小路。最初に引くやつは三十分の一、次に引くやつは二十九分の一、引けば引くほど当たる確率は上がるんだよ、こんなのもわかんねーのか」
山内の馬鹿にした物言いに「そうか、それは凄いな」と興味なさげに答える。ついでに数学に自信が無いタイプは「言われてみればそうかも」と騙され始めていた。
「じゃ、じゃあ俺、俺が一番に引きたい!」
池が手を挙げて最初を名乗り出る。
「あっ、てめ、俺が言ったのに」
口論が湧き始める二人に平田が「いや、山内くん、この場合誰が引いても三十分の一なんだよ」と言うと「えっ? そうなのか?」とあっさり引き下がる。他の数人も「なんで?」ってなってる。
「えっと……数学的な話になるのだけれど二人目以降は自分が当たりくじを引く確率と前に引いた人がハズレを引く確率をかける必要があるんだ。時間があれば説明するんだけど」
そこまで聞いて山内は「め、めんどくさそうだからいい」と言った。他のよくわかってない女子からは「えっととりあえずみんな同じ確率ってこと?」と尋ねている。
話は脱線したが全員納得したのか平田がランダムで指名して引くこととなった。
最初に篠原、王と続き、そして池が引く。そして池はくじを少し凝視した後に何故か笑って選び、ハズレを引いた後に山内へ耳打ちをした。
「マジかよ!」
「ばっ!? 声デケーって!」
「あ、いや何でもない」
山内の言葉に勘の悪い面々もうっすらと何かあることに気づき始める。そして平田の指名が続いていき順当にハズレが積み重なる。
そして八人目、堀北鈴音はさっさとくじを引きに教壇へ。そして全ての紙を一瞥してはため息を吐いた。
――子供騙しね。
目についた一枚を避けてくじを選び取る。そして開けば罫線のみの白紙。
「じゃあ次は佐藤さん」
席に着いた後に堀北は考える。易易と見抜けた小細工にアレで騙せるつもりだったのかしらと内心で見下しながら行く末を見守る。
そして二十二人目。
「じゃあ山内くん」
「うーっす」
意気揚々と教壇へ行き、そこで一度振り返る。演技がかった所作がところどころ痛々しい。
「おいおい、綾小路! これは不正なんじゃねーの?」
責めるかのような発言を受けても清隆は顔色一つ変えない。
「あからさますぎんでしょー、これ。一つだけちっさいやつがあるじゃねーか」
残り九つのくじの中には一枚だけ四つ折りのくじが紛れ込んでいた。その指摘に参加しなかった面々が怒りを表す。
「どういうことだ! 綾小路!」
幸村の責めるような問いかけ。そして清隆は。
「悪い、まったく心当たりがない」
抑揚のない声で答える。それを見て山内は意地の悪い笑みを浮かべる。山内は平田と綾小路に確率のことで恥をかかされたと逆恨みしていた。
やり返す絶好の機会、ついでに言えば頭良さそうなことを言って女子の注目を集めていたのも気に食わない。
だから徹底的にやり返すと決めていた。
「いや、流石にそれは無理がありすぎでしょー、どう考えても当たりだけわかるようにされてんじゃん」
大多数の生徒はうっすらと気づいていた。だからこそ避けてくじを引き続けた。
「……言いがかりにも程があるな」
「じゃあ、これは何なんだよ!」
残りくじを指さしては証拠はあるとばかりに訴える。
無表情で焦らない清隆に対して山内春樹は苛立ちが募る。既に種は割れていて、ネタは上がっているにも関わらず認めようとしない。
不参加組も確認しては確かに一つだけ四つ折りの紙をが混じっているのを確認した。
「おい、綾小路。俺達はポイントを払って拒否権を買ったんだ。こんな不正をされたらくじ引き自体に価値がないだろう」
幸村の言う通りだと、くじ引きに参加していない生徒からの同調が集まる。
「本当に心当たりがない。だが不正を疑われるような立ち位置であり、急いで作ったから間違って無意識に一枚だけ四つ折りにするミスをしたかもしれない。だが俺はそれが当たりかどうかもわからない。けれどとミスしたのは事実だから俺が当選したのならポイントを返却する」
「……それなら、まぁ」
支払ってポイントが返ってくるのなら不参加組に異はない。
「はぁー? そんな甘くていいのかよ。これなら俺が作ってバレないようにしてれば良かったわ、こんなバレバレのよりかはよっぽど上手く出来たぜ」
「山内、既に聞く耳を持たないだろうが善意で言っておく。言いがかりだ、全て等しく九分の一だぞ」
一向に認めようとしない清隆に対して上がっていた評判も徐々に落ち始める。曰く、認めようとしない、潔くないと陰口を叩いていた。
「はいはい、負け惜しみお疲れ様ぁ、じゃあ、引くぜ
――は?」
――腰が抜ける。あり得ない筈の文字を見てみっともなく足が縺れ崩れ落ちる。
そこには真紅の軌跡で『当』の文字が刻んであった。
「ばっ!? ありえねぇ! ありえねーって! こんなのありえねぇ! なんで! じゃあ、これは何なんだよぉぉぉぉ!」
四つ折りのくじを開いてみればそこには求めていたはずの空白。
「な、なんでっ、こっちがハズレで! こっちが当たりなんだよ!」
慟哭が教室に響き渡る。
「どういうことだよ、寛治ぃ! 当たりじゃねぇじゃねぇか! いやハズレてねーじゃねぇか!」
混乱の極地にある山内は責任を池に押し付ける。
「お、俺だって、し、知らねぇよ!」
「綾小路ぃ! どういうことだよ! なんで俺が当たるんだよ! こんなのおかしいだろうがよぉ!」
詰め寄る山内に清隆は座ったまま見つめる。その何を考えているのかわからない瞳で射抜かれて踏み出した足は止まってしまう。
「約十一パーセント、随分と運が悪いな、山内」
淡々と告げられる確率に見抜いたつもりだった愚か者、堀北鈴音はぶるりと背筋を震わせた。
〜〜〜〜〜
喚き立てる山内を平田や櫛田は宥めつけ、協力して皆で頑張ろう励まし合っていた。その光景をまるで他人事のように見つめる清隆。
人は見たいものしか見ない。確証バイアスという言葉がある。
自分の思い込みや願望を強化する情報ばかりに目が行き、そうではない情報は軽視してしまう傾向のことである。
清隆はあえて一枚を四つ折りにして入れた。自分の番がくればそれを取ればいい。仮に自分の番が最後に回されたとしても疑い深く目につきやすいそれを混ぜ込んでおくことで勝手に自らを苦境に立たせると踏んでいた。
くじを始める前、ポイントが徴収されることについて迂遠な物言いも仕込みの一つだ。
そうやって賢しげに振る舞うことによって何かしら頭を使ってくると印象づける。そして見抜いたと勘違いしたものは自らの手で三十分の一の確率を手放してしまう。
四つ折りのハズレくじを除いて二十九分の一の確率での当落に身を任せることになる。
故に綾小路清隆は座りながらにして勝手に二十九分の一で自滅していく生徒を眺めるだけで良かったのだ。
見たいものしか見ない人間は一度、自分が優位に立つと他の物事を軽視する。そして見抜いた策に関して都合よく肉付けしていくのだ。それすらも罠だと気づかずに。
そして、そこまで気づく慎重な人間は罠かもしれないと分かっていても踏み出し辛い。何故なら四つ折りが当たりなのか、外れなのか判断できない。二分の一に賭けるよりかは遥かに低い確率である二つ折りを選ぶだろう。
故に綾小路清隆だけが三十分の一であり、他の面子は二十九分の一を引き続ける。
万が一、何も気付かずに四つ折りを手に取った人間が居たとするならばそれこそ何の問題もない。元々が三十分の一の運否天賦なのだ。最後まで当たりが残るような確率であるのならば仕方なく引き受けることも考えていた。
無論、その可能性は殆どないと思っていたが。
そこまで考えて清隆は隣の席から異常なほどに強い視線を感じ取る。けれども無視して教室に備え付けてある時計を見る。一限開始まであと五分。
果たしてちゃんと数学の授業が始められるのかどうか。それが清隆にとっての気がかりであった。
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昼休み。茶柱佐枝に連れられて四日ぶりに顔を出した八識一姫が巫女服で登校してきた。その顔は膨れ面。
「綾小路! 何故、妾の危機に馳せ参じぬ! お主なんかクビじゃ、クビ!」
ズカズカズカ、ドンと清隆の机を叩いては抗議。
めちゃくちゃ理不尽な物言いに関しても今日、むしろ今回が最後かとどこか寂寞感を覚えてしまう清隆。
「八識、綾小路のところに行く前に少しこっちに来い」
事前に伝えられたサポートの生徒との顔合わせ。山内はめんどくさそうに立ち上がり一姫と対面。
「あー、八識。これがさっき言ったお手伝いをしてくれる生徒だ」
そして八識一姫は堂々と言い放った。
「イケメンじゃないのでチェンジじゃ」
清隆は思う。
――なるほど、イケメンじゃないからチェンジなのか。
全身に徒労感が押し寄せてくる。それは他の生徒も同様で。
午前中のあのくじ引きはなんだったんだろう、と。張り巡らせた策謀もなんもかんもが意味なかった。人口の天才を生み出す特殊施設の最高傑作の予想図を完全にぶち壊す。
そして山内は泣きそうだった。涙目であった。