おひぃさまは裏口入学ではありません   作:仔羊肉

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 対面する二人を見て茶柱佐枝は八識にどうやって山内を受け入れてもらおうか、と考えていた。他の生徒同様に退学をちらつかせて言いくるめるかを検討してみた。欠片も通じる気がしない。

 

 よって方針は下手に出てサポートはあくまで八識一姫のためであることを強調しつつも決して指名制ではないことを説明することにした。ついでに山内の良いところを探してセールストークを試みようとしたが無かったのでそっちの方針は諦めた。

 

「いいか、八識。お前に拒否権、指名権などない。あくまでサポートは学校側からの善意の処置だ」

 

「……?????」

 

 欠片も意図が伝わっていない。茶柱佐枝はこめがみをグリグリと抑え頭痛の緩和を試みる。全然効かない。とてもつらい。

 

「あー、あのな、八識。お前が選ぶことはできないというわけだ」

 

「なんでじゃ?」

 

 ――スゥーッ。

 

 茶柱は息を吸い込み、もう面倒くさいから説明、放り投げちゃ駄目か? 駄目だよなぁ、頑張れ、私……と必死に言い聞かせる。

 

「茶柱よ、これは妾が遅刻や欠席をせぬような処遇じゃろ?」

 

 なんだ、よく分かっているじゃないかと感心してしまう。感心するハードルが凄く低くなっていた。多分三十センチくらい。

 

「じゃったら遅刻や欠席をせぬよう朝はちゃんと起きねばならぬ」

 

「うんうん、そうだな。えらいぞー」

 

 茶柱佐枝はここ数年で一番優しくなった。そこそこ長い付き合いの同僚が見れば若干引くくらいに優しい雰囲気だ。

 

「なればこそ、そこのや、や、矢口? に朝を起こされれば学校に行く気も失せるというもの。茶柱、お主だってイケメンと不細工のどちらかに起こされるのならイケメンの方がよかろう?」

 

 ――そっかー、そうだね、そうかも。

 

 ついでに山内は周囲に「お、俺、そこまで顔は悪くないよな、な? 中学時代は告白めっちゃされてたんだぜ? そこまで悪くないよな!」と周囲に必死に尋ねていた。

 

 そして茶柱は目を淀ませて、教壇に立つ。そして、全員が揃っていないクラスを見渡して厳かに告げる。

 

「今から、八識一姫の係、八識係を決めてもらう。ただし、イケメンのみだ」

 

 朝聞いた内容よりも酷いことになっていた。そんな中で八識一姫だけが「んふー」と満足げに鼻を鳴らしていた。

 

 

〜〜〜〜

 

 八識係の再議。Dクラスへ激震が走る。

 

 教室に居た面々は端末で仲の良い友人に連絡を取る。そして連絡を貰えなかったボッチ達もクラスの雰囲気で色々と察してしまう。

 

 そして迎えた帰りのホームルーム。茶柱は淀んだ目のまま教壇の上からクラス中へと言い放つ。教壇の横には偉そうに座っている八識一姫の姿。午後の授業でお昼寝をちゃんとしたので元気いっぱい。

 

「それではもう一度、八識一姫の係を決めてもらう。イケメンはとりあえず前に出てこい。もしくは他薦でも構わん」

 

 地獄のような再開の合図であった。

 

 イケメンといえば、そりゃあ、なぁ……とばかりに注目されてしまうのが平田。今まで感じたことのない類の視線を受けてしまうが流石に自分から立つことなんて出来やしない。どういうメンタルをしていればここで自ら手を挙げることができようか。

 

「少なくとも俺以上じゃなきゃ駄目らしいぜ」

 

 山内の発言にグググーンとハードルが下がる。「えっ、そんなレベルでいいの……?」と囁きあってる。

 

「えっとー、山内くんよりカッコいいって意味ならクラスの男子の大半がそうだと思うんですけどー」

 

 軽井沢の発言に女子はうんうんと頷く。軽井沢を始めとしたイケイケ女子グループはなんとしてでも平田の流出を食い止めたかった。

 

 大変にイカれた係を押し付けられて彼に関われる時間が減ったら本末転倒。絶対に平田を就任させるわけにはいかなかった。八識係の平田とは女子(一部)にとっての敗北と同義。

 

「はぁ!? どういうこったよ! 軽井沢!」

 

「そのまんまの意味だけど」

 

 揉めそうになったところに平田が仲裁へと入る。

 

「お、落ち着いて、二人共。軽井沢さん、その言い方は良くないよ」

 

 平田の仲裁に軽井沢は「……確かに言い方悪かったかも。ごめんねー、山内」と一応の体で謝罪を口にする。山内は謝罪を受けても苛々しているのか返事もせずに顔を廊下の方に向けていた。

 

 ここまでは軽井沢恵の想定通り。平田ならば必ず止めると思っていた。その上で平田以外ならクラスの他の誰でもいいという女子グループの総意を口に出さなければならなかった。

 

 というのも初日に一姫と揉めたせいで軽井沢のスタートダッシュは失敗したと言っても過言ではない。女子リーダーとしてのポテンシャルを発揮するにはあえて泥を被らなければならないことを自覚していた。

 

 八識一姫の態度が悪かったことを加味しても初日から揉め事を起こすタイプというレッテルはマイナスのイメージにしかならない。

 

 故に平田からの好感度を下げてでも女子グループの中での存在感を見せつけなければならなかった。揉め事を起こしても、それ以上に発言力があるという姿を見せることが必要だったのだ。

 

 恐らく女子からの評価は二分するだろう。大人しいタイプからは敬遠されるかもしれないがと結局のところ遅かれ早かれの問題である。それよりも現グループでの地位確立を優先した。

 

 それと同時に軽井沢恵は平田に対しての攻略法もうっすらと見え始めていた。これは早めにアプローチかけれるかも、と内心での算段。

 

 故に八識係だけは平田に請け負わせるわけには絶対にいかない。今、この場こそが軽井沢恵の天王山。イケメンを捕まえんとする輝かしい未来への第一歩。

 

「じゃあ八識に直接聞いたほうがいいんじゃね?」

 

 池の何でもない、当たり前の発言に「マジで空気読め、池」という呟きが女子から漏れる。

 

「ふむ、妾は見る目があるからのぅ……このクラスで妾に相応しく眼鏡に適うおのこは……ふーむふむふむ」

 

 小さな体躯で椅子の上に立ちクラスを見渡す小動物。そして小声でポツリと「三人じゃな」とつぶやく。

 

「じゃがその内一人は不敬にも妾に対して酷い仕打ちをしおった! 謝らぬと許さぬ! 謝るなら今のうちじゃぞ!」

 

 チラッチラッと窓側の端の席に視線を投げる一姫。清隆は視線に気づいているがまったく関係ない素振りをしていた。多分、俺じゃないと自分に言い聞かせていた。

 

「……さっきから凄い見られてるわよ」

 

 隣の席である堀北が気づかぬわけでもなく、先日の意趣返しも込めて隣の席の事なかれ主義男子に声を掛ける。

 

「人違いだ」

 

「……往生際が悪いわね」

 

「平田なら快く受けてくれる。きっと」

 

 貴方って本当に最低のクズだわ、に近い内心で隣の男の戯言を聞き流して問題児を見つめる堀北。当の問題児は林檎みたいに顔を赤くしてほっぺを膨らませていた。

 

 早く終わらないかしら、と考えている間にも話は進む。

 

「三人って誰だよ」

 

 ほんと、池はさぁ、と云った感じの女子からの評。池、ちょっと黙れよとは平田の内心。平田以外なら俺かなとか思っている男子たち(半数)。

 

「ふん、なら教えてやろう。妾の審美眼を。このクラスの男子の価値を上から三人あげるとするなら、綾小路、高円寺、平田の順じゃ」

 

 偉そうに告げる内容にクラス中からの反感を買う。なんでうちらの平田くんが三位なのよとは女子たちの談。平田は心底「三番目で良かった……」と安堵していた、

 

 そんな中で清隆だけは違う反応を見せる。その価値基準が非常に興味深い内容であった。

 

「じゃがこのうち高円寺は駄目じゃ。妾の趣味じゃない」

 

「ハーッハッハッハッ、中々に面白い価値基準じゃないか。しかし私が二位とはねぇ。その価値基準は間違っているから少しアップデートしたほうがいい」

 

「何も間違っておらんわ! お主はでかすぎで怖いから趣味じゃない!」

 

「リトルガールには大人すぎる魅力のようだねぇ。しかしどうやらこの話し合いには私は無用のようだ。ならば帰るとしよう。それでは君たちは引き続き頑張りたまえ、アデュー。はーっハッハッハッ!」

 

 コンパクトミラーと櫛を片付け颯爽と高笑いしながら去る高円寺。

 

「なんじゃあいつ、変なの。あいつには近寄らんどこ。こわやこわや」

 

 そうして軽やかに帰っていく高円寺に対してお前が言うのかという内容の感想を漏らす一姫。それに便乗するかのように帰ろうとする男子が現れるが呆気に取られていた茶柱が我に返って制止。

 

 そして高円寺を除いたクラスメートは再び話し合いを始めることとなる。そしてその中で納得いってない男が一人いた。

 

 山内春樹である。

 

 山内春樹にとって辛うじて平田洋介よりも下なのはギリ許された。いや面と向かって言われたのは腸煮えたぎる思いもしたがギリッギリのところで踏ん張れた。

 

 けれども綾小路清隆に高円寺六輔である。

 

 それ以下だと評されたのは許されなかった。他からの具体的な価値基準など関係もなく男としての評価があの二人以下というのは納得がいかない。

 

「流石に綾小路や高円寺以下はないっしょー。見る目ねーわ。でも、ま、それで選ばれないならラッキーっていうか。なぁ、寛治」

 

「えっ? あ、あぁ、おぉ……」

 

 流石の池もこんなあからさまな悪意のある煽りに対して乗り気ではなかった。八識だけではなく外を巻き込んでの煽りに全面的に同意できるほど場の空気を読めていないわけではない。けれども山内の発言にも一理ある。

 

 どうして冴えない綾小路と変人の高円寺以下なのか。それはクラスの男子はおろか女子の一部も確かに疑問に感じていた。

 

「なんじゃ? 男の嫉妬か? 見苦しい……というかや、や、ゆ? 弓原……? じゃったか? お主論外じゃから帰ってよいぞ。それよりも妾はあから始まってじで終わるおのこの謝罪聞いておらぬのー! 今じゃったら許してやるのにのぉ」

 

 ちなみに弓原なんて名字の生徒はDクラスに所属していない。名前は間違われた上にあからさまに相手にされてない態度に山内の我慢の限界がそろそろ訪れる。

 

 そんな山内の様子に気付かずチラッチラッと清隆に視線を送りまくる一姫。

 

「でもさー、綾小路くんが平田くんより上ってちょっと納得いかないかも」

 

 篠原のポツリと零した言葉に反応したのは一姫ではなく佐藤と呼ばれる少女。

 

「えっ? 意外でもなくない? 昨日のことだって綾小路くん頭いいなーって思ったし……それにちょっと大人びた感じいいと思うけど。顔もかっこいいし」

 

「えっ? 佐藤さん、趣味悪くない? 根暗そうじゃん」

 

 篠原と佐藤が少しギスり始める。その様子に他の面子もハラハラとし始めた。そこへ山内が追撃とばかりに「佐藤、趣味悪ぃーな。あんな陰キャタイプとか」と誂う。ちなみに平田推しの篠原も流石に山内よりかは上なんだけど、と思っていたが口には出さない。

 

 そんな様子にすら我関せずの清隆。完全に他人事の様相に隣の席からの突っ込みが入る。

 

「言われてるわよ、陰の小路くん」

 

「むしろお前が言ってるんだけどな……とはいえこんなの反応し辛いだろ」

 

「そうかしら? ずる賢い貴方なら何とか出来そうだけれども」

 

 堀北鈴音は昨日のことを思い出す。あのくじ引きが作為であるのならば綾小路清隆という人間は他の生徒よりかは注目に値すると。ついでに言えば山内春樹が当選したときに、自分ですら当たる可能性が有ったと気づいては嫌な汗をかいてしまった厭味も含めている。

 

「随分と過大な評価だな。いつものように下に見てもらえる方がまだマシなんだが」

 

「あなたマゾなの……?」

 

「違う」

 

「お主ら! 妾を差し置いてイチャコライチャコラと! 綾小路はまず妾じゃ! 妾を相手してたも!」

 

「……節穴ね」

 

 堀北の小さな呟きなど聞こえない八識は地団駄を踏んでいる。少し離れた位置にいるため一姫からしてみれば仲良く隣の席でイチャコラチュッチュしてるように見えるのだ。少なくともチュッチュはしてない。

 

 そんな一姫の反応にクラスメート達は「もう、これ綾小路でいいんじゃね」という雰囲気が流れ始める。

 

 清隆もこの流れは無理だなと諦めかけていた。佐藤も、他に綾小路に注目している面々も声を挙げて否を唱えられない。

 

 だからせめてとばかりに当初の予定。Bクラスを名乗った少女にぶん投げるのはどうだろうかという考えがよぎる。

 

「あの、茶柱先生……」

 

「なんだ、綾小路。立候補してくれるのか……」

 

 長かった……と感極まって目頭を押さえる茶柱。まるで受けもった生徒が卒業するかのような感動にじわりと涙が滲む。

 

「駄目じゃ駄目じゃ! まだ謝っておらぬ! 妾の側付きの役目を果たせなかった謝意を見せておらぬぞ!」

 

「……八識の知り合いがBクラスに居ると伺ってるんですが」

 

「ふっ、目の付け所が鋭いな綾小路」

 

 目元をこすってニヒルに笑う教師。クラスメートからは何でそんな大事なこと今更言うの? と批判の視線を受ける。しかしながら清隆の中でこれは無駄な足掻きだろう、と予測していた。

 

 何故なら、今日ここに至るまでその少女が八識に接触した形跡が見られない。そして教師は生徒の個人情報は頭に入っているだろう。なればこそ非接触の事実が瑠璃と呼ばれていた少女の対応を示していた。

 

「既に声を掛けたが理路整然と断られた後だ。一切反論を出来なかった」

 

 さらに格好良くニヒルにフッとか笑っておきながら情けない台詞を吐く教師。駄目だ、こりゃ……と匙を投げる。

 

「では綾小路、合意と見ていいな」

 

「……はい」

 

 八識一姫はぷんすかと「まだ謝っておらぬぞ!」と憤っており、クラスメートは無駄な時間だったと嘆息を吐き、担任教師は疲れた……と呟きながら教室を去り、堀北鈴音は小さく「無様ね……」と呆れ果てて、綾小路清隆は「まじかー」と天を仰いでいた。

 

 こうして綾小路清隆は八識一姫の係、八識係に就任した。

 




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