――と言う訳でどうも皆さん、
「という訳でな!樫輪には縁起が必要だと思うのだ!!!」
「何ノ話ダ」
「いきなり何の話なんです?」
境界対策課本部にある祓魔隊第13班の共有スペースにて、いつもの様に
彼の言った縁起というのは……簡単に説明すると、本来敵である界異を何らかの手段で調伏し、使役したモノの総称である。ポケモンみたいなモンだ。
「いやァだって樫輪、お前道に迷ってたらしいジャン」
「うっ…それはまぁ…その通りデス……」
そう、この新人祓魔師、実は結構ここら辺の土地勘が無いのだ。神官学校の頃は学校以外は家で勉強漬けだった為、そんなに外に出ていなかった。それが今後仇となってしまうかもしれないから、土地勘を持つために良い感じの焼き肉屋を探しながら土地を把握していたのだが…前回のあの始末である。運が無いとしか言いようがない。
近い内にお祓いにでも行こうと決意した樫輪くんであった。
「だからな!ナビの縁起を連れて行けば良いと思ったワケよ!!!」
「……ト言ワレテイルガ」
「もう僕を殺してください」
――最早防犯ブザー持たされる子供なんだよね。
「ダガマァ、ソウ言ウ縁起ヲ持ツノハ悪イ事ジャナイ。『マヨヒガ』ノ様ナ迷宮系界異カラノ脱出ヤ、幻ヲ見セル界異ノ突破口ニナリ得ル時モアル」
「……成る程。縁起を結んでて損は余り無い感じですか」
「アァ…アルトスレバ、縁起ヲ結ンダ証トシテ体ニ刻マレル刻印ノセイデ、普通ノ温泉ニ入レナクナル位カ」
「人によっては辛そうですねソレ。いやまぁ、僕は問題ないですけども」
「よぉし決まったな!!では後は頼むぞ雁染硝!!!」
「オイ待テ、ソコハオ前ジャナイノカ?」
「いや、我はこのあと
そう言った毘辿は、ギャグみたいな速度で共有スペースから姿を消した。せめて廊下は歩け。
「……ハァ」
「なんかすみません」
「何故謝ル…取リ敢エズ行クゾ。縁起ノ事ハ神官学校デ習ッタナ?」
「はい。界異共存研究部の先生が連れてた実物も見ました。けど、自分がその縁起を持つのは初めてですし……ちょっとドキドキします」
「ソウカ。ナラコレモ良イ経験トナルダロウ」
丁度完成したボトルシップを机の上に置いたまま共有スペースから出ていく雁染硝の背中を、樫輪くんは慌てて追いかけていった。
が、此処でちょっとしたトラブルが発生した。
只今二人は、境界対策課内部の廊下に立っていた。その場所から真っすぐ行けば目的地に着くのだが………
「コレハ…不味イ」
「あの、雁染硝さん……この毛玉、界異…ですよね?」
二人の目の前には、実にご立派な茶色い毛玉が鎮座していた。よく見ると尻尾の様なモフモフが左右に揺れている。
「…コイツハ『マヌルネコ』境界対策課内ニ野放ニサレテイル縁起ダ」
「えぇ……この猫さんの契約者は?」
「誰モ知ラン。境界対策課七不思議ノ内ノ1ツダナ」
「えぇ……」
――飼い主はこの猫さんを放置して本当に大丈夫なのだろうか?
「兎モ角、退カスシカアルマイ……出来ルトイイガ」
そう言って、マヌルネコという猫さんにゆっくり近づく雁染硝の背中を見ながら、彼の雰囲気が少し遠慮がちなモノになっている事に気づく樫輪君。
――さっきから自身が無さそうな…猫さんが苦手なのかな?
「ンンッ…マヌルネコ。ソコヲ退イテ貰エルカ?」
雁染硝の言葉が聞こえたのか、揺れている尻尾がピタリと止まり、ご立派な毛玉がずんぐりとした動きで振り返る。
そして――
『………シャアァァァァァァ!!!!!』
「スマン、終ワッタ」
「雁染硝さんの方が嫌われてたァ!!!」
雁染硝の顔を見た瞬間、その目を見開き、威嚇した。
この境対課にはこのマヌルネコや「クロ」と言う人に化けれる猫の縁起がいるのだが、何を隠そう、この雁染硝という男、ホラー過ぎる笑顔のせいで縁起を含めたすべての猫に嫌われているのだ。
特にこのマヌルネコは、通して欲しいと言えば渋々通してくれる程聞き分けの良い猫だ。それが会敵早々威嚇するのだから、どれだけ嫌われいるかわかりやすいだろう。
「…………ハァ」
――しかもなんかめっちゃ落ち込んでるこの人!
あの子供が読むこわい絵本に出て来るおばけの様なニッコリ笑顔が逆さまになって、悲しい顔と化している。コレは本当に落ち込んでいるヤツだ。
この状況、どうするべきかと、樫輪くんはつい辺りをキョロキョロと見回し………
「どうやら、お困りみたいだな」
――いや誰?!って、今は誰かなんて関係ないって!
「あの、すいません!少しトラブルがあって、大きな猫の縁起が………――」
声が聞こえた方向へ振り向く樫輪くん。
そして、彼は見た。胸以外を全て曝け出した、服とは言えない…絶対に言いたくない布切れ同然の狩衣を纏った女を。下半身を覆う長ズボンの狩衣を、鼠径部の限界の所でキープさせているその破廉恥を極めた女を。
――へ……へ…ッ!
「変態だァァァァァァァ!!!!!」
それは、紛れもなく変態だった。
「変態とは失敬な。ジュウコ先輩だぞ、敬意を払え」
「不審者だァァァァァァァァ!!!!!」
不審者だった。
「
そんな不審者ここに極まる女、
「えぇ?!この人知り合いなんです?!」
「アァ、アト一応ダガ、ソノナリデ私ノ先輩ダ」
「先ぱッ――っと、その、さっきはすみませんでした!」
先輩だと知って、さっきの変態不審者発言を謝る偉い子の樫輪くん。
「ん、構わん構わん。別に気にしてないから、そんな硬くしなくても良いゾ」
と言いながら、拾子は互いの距離を一瞬で詰め寄り、ごく自然な動作で、顔を上げた樫輪くんの胸に手を当てた。
もみもみもみ。
「??????」
「あー、いい感じに締まってんのに筋肉量少ないな。もっと肉食べろ肉」
――変質者だァァァォァォァア!!!!!
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ありゃ」
脳が情報処理を終えた途端、思わず加護術式を起動させてまで拾子から離れ、雁染硝くんの後ろに隠れる樫輪くん。可愛いね。実際その女の子の様な悲鳴と行動は、拾子のセクハラ心を加速させた。
雁染硝がいない時にまた出会って可能な所までセクハラするつもりである。樫輪くんの背筋に悪寒が走った。頑張って逃げろ。
「ソレデ歪間、ココデ何シテンダ」
「ヤだねぇ不審者を見るような目をするんじゃないよ」
「ナラソノ胸シカ隠サヌ狩衣ヲヤメルンダナ露出魔拾子」
「アァン?!こりゃ私のチャァムポイントだぞ!それアレだからな!男に邪魔だから○玉引き千切れって言ってる様なモンだからな!」
「カスミタイナ例エヲヤメロ」
その外見に似合う非常にシモな思考回路の女であった。樫輪くんは思わず股間を押さえた。
「エェイ仕方ガナイ。歪間、アレヲドウニカシテ欲シイ」
「ん、あぁマヌルネコ…ははぁ何時ものってワケかい。んじゃ……
胸貸しな。それでチャラにしちゃる」
「死ッ―――ツッッ!!!」
――今死ねって言いかけたよな。
「あぁ、素晴らしいこの弾力ッ。沈む柔らかさと反発力の調和。Hカップ女子…そう敢えて挙げるなら
「10数エタ後ニオ前ノ頭ヲ割ル」
「おっと危ない危ない」
5分程の胸もみを終え、ぬるっと雁染硝から離れる歪間。そしてマヌルネコの方に振り返り、徐ろにズボンのポケットからチュールを取り出す。
「ンマヌルネコちゃぁぁぁん!!!オヤツの時間ですぜァァァァァァァァァァ!!!!!」
いきなりの跳躍。マヌルネコへチュールを持った手を突き出しながら、奇声を発し真っ直ぐ突撃する。
ソレを見たマヌルネコは徐ろにずんぐりと立ち上がり………
歪間ごとチュールを口に入れた。
――喰われたァァァァァァァァァァ?!?!?!
そして、口から歪間の下半身を垂れさせたまま、二足歩行でその場を去るマヌルネコ。
「ヨシ行クゾ」
「行くんですか?!喰われましたよ!明らかに命を落とす喰われ方しましたよあの人!!!」
「……ドウセ
「ホント何なんだあの人ォ?!」
「オイテクゾ」
「えっあっちょ、待ってくださーい!」
こうして、変な障害を乗り越えて、無事に縁起管理室へと辿り着いた二人であった。
「あぁ、その系統の界異は品切れですね」
「ハ?」
「えっ」
そして、さっきの苦労が一瞬にして茶番と化した。
そんな事を知ってか知らずか、目の前の男…境界対策課縁起管理係所属『
「最近出現する界異が、号級の高いモノや、複雑な概念付与や結界を押し付けてくる厄介モノが多い様でしてね。それに、ミワシ部隊や八咫ノ川市の捜査の為の禁域遠征。これらの頻度が高いゆえ、撤退の保険である誘導系縁起が買い占められてしまい……本当に申し訳ない」
「…ソウカ、ナラバ仕方ナイナ」
「そうですね…無いか〜、ハハッ」
あまりに真っ当な理由によって、素直に諦めモードになる二人。まぁいつかまた補填されるであろうし、早めに欲しいが、今直ぐに欲しいと言う訳でも無い。
二人はそのまま隊室へ戻ろうとし……赤坂に呼び止められる。
「まぁ待ってくださいお二人共。私の方で管理していた縁起は売り切れましたが、界異共存研究部が所持している界異の中に、貴方がたの求める誘導系界異が何体か居ます。彼らから界異を縁起として貸してもらえるのなら、もしかすれば」
「おぉ、界異共存研究部!」
「ハァ……マァ、行ッテハミルカ」
界異共存研究部。憑依系界異に取り憑かれた人間や動物の対応……そして、人との共存を望む界異の保護を行う、界異=人類の敵と認識されている現代において、異端とも言える活動を行う部署。
手を振る赤坂に見送られ、縁起管理室から出て、廊下を歩き、僅か数分で界異研の区画前までやって来た二人。
「タノモー」
「た、たのもー!」
『ブルルルルァァァァァァ!!!邪魔だこの人間ァァァァァ!!!!!』
入室早々、鶏ほどの大きさをした黒い鳥が、人間に理解できるほど人間過ぎて、その上渋すぎる鳴き声を叫びながら、こちらへ吶喊してくる光景が入ってきた。
「うぇあぇぇぇえ?!」
「チッ、着イテ早々…!」
素早く雁染硝は己の影の一部をハエ叩きの形にして取り出し、遅れて樫輪くんが黒不浄を鞘に入れたまま抜刀する。
そうして、目の前に迫る黒い鳥の界異を迎撃しようとして………
「牙天!」
『ピギィェアァ?!』
快活な雰囲気の女性の短い詠唱と共に、黒い鳥の後ろから飛ばされた何かが鳥の脳天に直撃し、墜落させる。まぁまだ死んではいないだろう。
「あぇっ?!お客人?!うぇぇ~、どうしよぉ」
――なんか犬みたいな人だ。犬耳も尻尾も無いのに。前髪が耳っぽくなってるせいかな?
犬のような印象の、少女とも取れる女性だった。先端が白くなった赤い長髪に、白と赤のくりっとしたオッドアイ。穢れの影響で、人体に動物的特徴が出るのは今や常識と化しているが……犬耳や尻尾は無いのに、それでも犬と言う印象を与えてくる女性だった。
そんな彼女は、指鉄砲をして突き出してた腕を降ろしながらキョロキョロ辺りを見回し、一度ペコリとお辞儀をした後、そそくさと鳥へ近づいて首を鷲掴み、改めて二人の方へ顔を向ける。
……その顔の横に、苦しそうなうめき声を上げる鳥の界異を掲げながら。
「こんにちはお客人!アタシ
『グェ゙ェ゙ェ゙ェ゙ァ゙!!!あ゙な゙せご娘ェ゙……!』
「………雁染硝さん、もしかして界異研って凄く危ない場所なのでは?!」
「………否定ハシナイナ」
「ウガーッ!そこは否定して笑顔が怖いお客人ー!この鳥ちゃんが悪い子なだけなんだからー!」
今の状況しか此処を知らない二人にとって、火狗乱ちゃんの言葉は余り信用出来るモノではなかったとさ。
果さてこの先、どうなりますことやら。