朝8時10分、上空。第12番空域航路を通って日本に向かうアメリカ航空便にて。
結界で編まれた空の道を飛ぶ飛行機。このミルキーウェイと呼ばれる航路は、境界災害が起こって以降、日本の祓魔機関が実践したミルキーウェイ計画の産物である。
境界を安定させ、境界災害が起きづらく、界異が寄り付きづらくなる結界を筒の様に展開し、遠くへ伸ばすという力業。だが思いの外上手く行ったようで、今では32本のミルキーウェイが存在しており、今も尚、数を増やしている。
まとめると、この航路は上空に発生する境界災害を気にせず、安全に飛行出来る道と言うことだ。
だが、結界が阻んでくれるのは界異だけと言う事でもある。
「ヒャッハー!俺たちは空賊だぁー!この飛行機は俺たちがハイジャックしたぜFooooooooo!!!」
自分から賊を名乗る呪詛犯罪者である。
こういう傍迷惑な存在は、残念ながら同じ人間であることが多いので、なまじ結界だけでは防ぎようが無いのだ。
「命惜しくば抵抗せずに言う事を聞くんだなFooooooooo!!!」
さっきから叫んで何なんだコイツ。
腕にタコのような形の機械を絡ませ、骸骨柄の覆面を被っているリーダーっぽい雰囲気の男が、そう叫ぶ。
乗客者たちは、とりあえず命が惜しいため、大人しくしていた。
「Fooo…よしお前ら、乗客の荷物を片っ端からひっくり返しに行け。お前らはコイツらを見張りしとけ。大事ぃな人質だ、下手に数を減らすんじゃないぞFoooo……」
「イエス、ボス」
「んじゃ、俺は機長とお話してくるぜFooooooo!!!」
そう、例え自分たちの荷物を荒らされようと、命に代えれるのならば安いと……悔しさを抱えながらも、ただ大人しくしていることしか出来ないのだ。
「ウェッへへへ、金目の物が〜ポポポポ〜ン……あ?」
そんな中、手に入る報酬を創造していた一般犯罪者部下の1人の目に、とある白髪の男が写った。
窓側の席の手前側に座っているスーツを着たその男は、周りの人と違い、怯えてる様子もないまま、質素な表紙の本をパララララッと捲るのを繰り返しながら……
「ごが〜…ひゅるるるる…ごが〜…ひゅるるるる…」
3つの目の様な模様が描かれたアイマスクを着用し、変ないびきを掻いて爆睡していた。
「……なんだぁ、コイツ」
流石に困惑を隠せなかった。割とボスが大声でFooooooo!!!と言いまくってたのもあって、なんでこの状況で爆睡出来てるのか部下の一人であるチンピラくんは理解出来なかった。
「おい、起きろてめぇ。何悠長に寝てんだコルルァ」
「ごがっ……おぉん?もうそんな時間?」
ムカついたのでゲシゲシと足で蹴れば、すんなりと起きてくれた男。欠伸をしながらペラリとアイマスクをめくり片目を覗かせる。
「……おいおいおい、まだまだまだ寝れるじゃあないか。なァに起こしてくれちゃってんのアンタ」
「あぁン?!テメェ状況わかってんのかコルルァ!今この飛行機を乗っ取ってんだぞ!乗客は全員人質だ、お前も含めてな!つまりどういう事か分かるか?お前なんぞ何時でもブッ殺せるって事だぞコルルァ!」
「はぁはぁはぁ…なるほど、長々説明ありがとさんね。じゃワタシ寝るから、放送があったら起こして」
そう言って彼は、またアイマスクをして眠りについた。一瞬である。
「………舐めるのも大概にしろやァ゙!」
舐められてると勘違いし、怒りが頂点に達したチンピラくん。ワナワナと震える手で体に下げていたアサルトライフルを掴むと、その重心で思いきり男の頭をぶん殴った。
砕けたのは、そのアサルトライフルの方であった。
余りにも突然過ぎる音と光景に、他の仲間がアサルトライフルを構えジリジリとにじり寄る。チンピラくんは何が起こったかわからないのか、振り下ろした態勢のままフリーズしている。
そして――
「そうかそうかそうか、つまりお前はそう焦んなくてももう少し先で死ぬってのに、
今すぐ死にたいってか」
「へ?」
それが、チンピラくんの最後の言葉であった。彼は顔面に本を捩じ込まれ、後頭部から角が突き破って出て来た状態で、バタリと地面に倒れ伏した。
銃声が鳴る。アサルトライフルを構えにじり寄っていた仲間2人の発砲。だがソレはすぐに止んだ。着弾と同時に辿ってきた軌道とほぼ同じ角度に跳ね返り、仲間の額にそれぞれ風穴を開けた弾丸によって。
そして男は、アイマスクを放り投げ何もなかったかの様に欠伸をしながら、チンピラくんの顔に刺さった本を引き抜いた。
「お、お前…何をして」
「ん?あぁ、すまんすまんすまん。ちょっと起こされて腹立っちゃって。すぐ終わらせるんで」
勇気を振り絞って問いかけてきた乗客に、答えになってない言葉を適当に返しながら、彼は機体の後ろ側へ歩き出す。
座席の列が途切れ、その狭い通路の少し先まで行くと、床に不自然な穴が空いていた。
(
などと思いながら、その穴へ躊躇無く飛び降りる男。降りた先は貨物室。祓魔技術の応用によって見た目よりも拡張してあるこの空間に降り立てば、目の前には乗客の荷物を荒らしていた呪詛犯罪者の仲間が両手の数以上。
「なんだこの男?!見張りはどうした!」
「死ぬ程疲れてそうだったからなァ、寝かしてきた」
「なるほどな!殺すぞコルルァ!」
「殺すぞー!」
「殺す」
「絶対殺す!」
「確実に殺す!」
「メラっと殺す!」
荷物を漁っていた呪詛犯罪者達は一斉に銃器を構え、ただ一人の男へ向けて掃射する。
「そんじゃ殺すけど、それが遺言って事で良いかな」
対して男は恐ろしい程に冷静だった。体にあたって跳ね返った弾丸で相手の肩や足を貫きながら、本を開きページを3枚千切り、手裏剣の如く投擲。
その力の抜けた投げ方からは絶対に出せないだろうがと言わんばかりの速度で飛来し、一人一枚ずつ頭部に突き刺さり脳を裂く。
そして一気にページを全て千切り取り、宙へばら撒いた。何か異常過ぎる事に感づいた呪詛犯罪者達は、慌てて射撃を止めたり、位置を変えながら撃ったり、効かないと見るや否や銃を捨てて黒い刀身のナイフを取り出し吶喊したりするが……所詮呪詛犯罪者の集団。余りにも連携が疎か過ぎる。
「もっとタクティカルを磨いた方がいいんじゃない…か!」
舞い落ちるページを指で掴み投擲。吶喊していた呪詛犯罪者の頭にするりと刺さり、絶命する。
そのまま反対の手で掴んだ2枚をまだ撃ち続ける奴らの頭に投げ刺し、また空いた手で掴んだページで後ろから近づいていた奴を一閃。首を落とす。そしてそのページを適当に縦に投げ、次々に死んでいく仲間を見て呆然としていた呪詛犯罪者のアサルトライフルを縦に斬り裂き、カンッと紙から絶対出ない筈の音を立てながら床で跳ね返ったページが、その呪詛犯罪者の体を縦に斬り裂く。その男は裂けた腹から血と内臓を溢れさせながら絶命した。
その勢いは止まる事無く、次々とページを掴んでは投げ掴んでは投げ、瞬く間に貨物室にいる呪詛犯罪者達を絶命させたのだった。
「よっと、後はコイツらのボスをとっ捕まえるだけだな」
「あ?」
「あ」
「…………お前まさか?!CIAのギデ――」
「先手必勝!」
「ぶべらぁ?!」
ついでに戻ってきたら丁度前の方の扉から出てきた呪詛犯罪者のボスと目があったので、音速で跳躍し顔面を蹴って無力化した。南無三。
「それで、予定よりも早く終わらせたと……」
「ごめんちゃい☆」
「ごめんちゃいじゃないでしょう!予言通りにやらないと書き換えられるんですよ?!貴方が1番わかってますよね?!どうなんですか!ギデオンズ・グレイマン!」
呪詛犯罪者集団のボスを蹴り飛ばしてから数分後、3m程の人型ロボット…『自律追従戦術人形』と呼ばれるパトカーと共に駆け付けて来た祓魔警察官に、ギデオンズ・グレイマンと呼ばれた男は絶賛お叱りを受けていた。
「そうそうそう怒んなってテスタちゃん。タイプじゃないけど、可愛い顔が台無しだぜ?」
「心にもない事言わないでください」
「心にもあるって。それにほら、喧嘩売られちゃあ流石に私も買うって。1秒でも舐められるの私嫌だし」
「だからって貴方……ハァ〜。兎に角、貴方は予言の開示まで大人しくしててください。取りあえずは、この飛行機を我々で無事に空港へ――」
護送する…そう言おうとした瞬間、機内放送の開始を告げる味気ない音が響き渡り、ソレまで緊迫感から解放され口々に喋っていた乗客達と、護送陣形を取るために会話していた祓魔警察官達は思わず口を閉じた。
一瞬で訪れる静寂。既に乗客に事態の説明を終えた今、機内放送をする意味は無いが故に、唐突な事に只一人を除いて息を飲んだ。
『コレより、緊急放送を開始します。
良い終末を』
「総員!周囲を警戒!
グレイマンと話していた女性祓魔警察官、アリアンデル・テスタロッサが、薄い青色の短髪を揺らしながらインカムで飛行機の周囲に追従している祓魔警察官達に通達。そしてすぐに片腕の機構を展開し、弓と化した腕に矢をつがえる。
「やっと喋ったかディアウスのヤロー」
「出番ですよギデオンズ・グレイマン。何処から仕掛けて来るんですか」
「あの捻くれヤローの事だ。どうせこの高度にいるユーマノイズは使わないだろう。もっと高高度にいる奴か、または下か。あるいは――」
「後ろからだぜFooooo………」
一瞬だった。何かを斬り裂いた様な摩擦音と共に、テスタロッサの首が体から離れる。倒れる彼女の奥に立っていたのは、さっき蹴り飛ばした、拘束されている筈の呪詛犯罪者集団のボス。
状況を理解した乗客達が、悲鳴を上げる。
「コイツ!どうやって……!」
ブレードを持った祓魔警察官がボス呪詛犯へ吶喊。ブレードはボスを捕らえ、その頭蓋を叩き割る……はずだった。
「なっ……!」
「効かねぇぜFooooooo!!!」
ブレードが、ボス呪詛犯の体を通り過ぎた。まるで水を斬ったかの様な不思議な感覚を味わった祓魔警察官は、ボス呪詛犯に頭の中を掴まれ、握り潰される。
「俺はこのタコちゃんのおかげで地球にあるどんなモノもすり抜けれる。さっきは起動する前にやられちまったが、もう効かねぇぜFooooooo!!!」
「はえーなるほどなるほどなるほど、その改造した縁起ってそういう能力だったのね」
余裕から発せられたのであろう解説に、素直にポンっと手を打ちながら感心するグレイマン。味方が死んだってのに何も感じてなさそうな上に、実際何もしなかったのを見てマジかコイツと乗客達はドン引きした。
「さぁ死ねよFooooooo!!!」
「え、ヤダ」
ガシッボキィッ
「………Fo?」
「お前が死になタンカス野郎」
ボス呪詛犯が突き出してきた黒不浄ナイフを持つ手を一瞬で掴んで握り潰し、その流れのまま引き寄せ腹に掌打を一撃。ボス呪詛犯は血液と腹の中身を撒き散らしながら吹き飛び、壁に激突。
ボヤける視界の中、彼の頭は辛うじて疑問が浮かび上がっていた。何故自分に触れれたのか。足元以外は透過させていた、ナイフは体に埋め込んでから実体化させ、中を斬り刻んでやるつもりだった筈なのに……
「そりゃあお前、地球上のモノしかすり抜けられねぇなら掴めるよ」
目の前で指を鳴らそうとしているコイツは、一体何を言っているのだろうか。
「じゃ、テスタちゃんみたく首刎ねられて死ねよ。テレポーテーション」
パチンコッ☆と指が鳴る。その次には、ボス呪詛犯は落ちていた。下を向けば、今も飛行している飛行機。もしかしなくても、このまま自動落下していけば、時速約800キロの速度で飛ぶ飛行機の翼に激突して……
「死―――」
「いつの間にか右翼に日本国旗みてーな色が」
「貴方が……やったのでは……―」
「うわぁビックリしたなオイ!!!いつも思うけど生首のまま突然喋るのヤメてくんねーかな?!」
「何を今更……」
ボス呪詛犯を上空に転移させ、飛行機の翼でギロチンした後、生首となったテスタロッサがグレイマンに話しかける。
「いいね機械の体ってのは。首斬られた今どんな感じよ?私は経験無いからさ」
「何も感じませんよ……それより、予言の対処は……」
「……どうだろうな。取りあえずあの予言通りに翼の表面をクズの頭で少し凹ませたが、コレが右翼の損傷となるのかどうか」
「はぁ……折角の証拠を……バナナの皮みたいに容易く……捨てるなんて……」
「仕方ない、善良な市民の安全が第一だからな」
「真面目な……質問ですが…次は……何処から仕掛けて……来ると思いますか…」
その問いに、顎に手を当て2秒程考えた後……
「下から来るかな」
と言った瞬間、下から音速で迫ってきた激流の柱が、飛行機の右翼を貫いた。
後半へ続くぜ