中庭。
「はははははははははっ!」
「──ふふ……あははっ!」
バロンイーストとアグネスタキオンである。
昼下りの中庭に広がる陽射しは柔らかな光を放ち、二人は和気あいあいと笑い合いながら過ごしていた。
かくれんぼ、だるまさんが転んだ、ダンス、果ては組体操。まさにやりたい放題。
タキオンを肩車しているバロン。タキオンは嬉しそうに髪と尻尾を風でなびかせ、その笑顔はまるで子供のような純真さに満ちていた。
「おほ〜高いねえ。絶景かな絶景かな」
バロンの頭に手を乗せ、楽しそうに周囲を見回すタキオン。バロンの身長は195cm。その肩車は壮観である。
タキオンの狂気をはらんだ楽しげな声が中庭に響く。周囲のウマ娘たちはドン引きしながらその異様な光景を見つめ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「おぉ、速い速い!ははは!バロン君、君は見掛けによらず、とても愉快なウマ娘なんだねえ!」
「──タキオン……お前は面白いな」
驚いた事に、気難しいバロンが心を開いていた。奇跡的に波長が合致したのか、二人は意気投合した。その様子はまるで唯一無二の親友のよう。
「ふふ……いい風だ。この感覚、久しく感じていなかったよ。バロン君、もっとだ!もっと風を感じさせてくれ!私に生きている実感をくれ!」
熱のこもったタキオンの頼みを聞き入れると、バロンは一気に加速した。
「──ふっ!」
「ふひゃははは!最っ高だよぉバロン君!私達は、出逢うべくして出逢ったのだ!運命が笑っている──!」
タキオンは狂喜乱舞しながらバロンの頭をポンポンと叩いた。バロンはまんざらでもなさそうだ。
「止まれっ……!バロン!!」
突如として響く鉄の声。その声を聞き、全身の筋肉を総動員させ急制動するバロン。
「おおう……!」
慣性の法則で肩車されているタキオンが激しく前に傾き、落ちそうになる。が、何とか耐えた。
「そろそろ来るだろうと待ってたら……ビックリしたぜ」
「──鉄……」
バロンは鉄の言葉に耳を傾け、静止する。鉄の厳しい瞳がバロンの瞳を覗き込むと、バロンは鉄と目を合わせているのが辛くて目を逸らした。
「バロン、グラウンド以外で走っちゃ駄目だ。もし他のウマ娘やヒトにぶつかったら、大変なことになるだろ?」
「──すまない」
羽目を外し過ぎた。当然のことながらバロンもグラウンドやレース場以外での走行禁止のルールは知っている。
「もうしない?」
鉄が問うと、バロンは鉄に向き直って簡潔に応えた。
「──もうしない」
「……わかってくれればいい」
鉄の厳しさとバロンの誠実さが張り詰めた空気を緩ませ、安らぎを与えた。
「ところで……もう友達が出来たのか?バロン」
「──トモ……ダチ?」
バロンが肩に乗せたタキオンに目を向ける。
「そうだとも、友達だとも」
タキオンは誇らしげに何度もうなずく。
「──トモダチ……トモダチ……!」
「おう、おおう」
タキオンを肩車しながらピョンピョンと跳ねるバロン。
胸を喜びで揺らし、耳と尻尾も嬉しそうに振り回す。バロンの感情が、鉄にも伝わってくる。
「よかったな……バロン」
鉄は微笑みながら言葉をかける。優しさに包まれたその瞬間が、中庭の安らぎを一層引き立てていた。
「ん……?」
鉄が何かに気づく。その視線の先には、アグネスタキオン。
「おや?なにかな」
「バロン……まさか、お前が肩に乗せてるウマ娘は、アグネスタキオンじゃないのかっ……!?」
「──そうだ。こいつは、面白い」
バロンはタキオンを指差す。
「いかにも。私こそ“全知全能”アグネスタキオンさ。君は……バロン君のトレーナーかな?」
「ああ、鉄ってんだ。よろしくな」
「ふふ、よろしく。タキオンでいいよ」
「しかし驚いたな……まさかあのタキオンと知り合いになっちまうとは……同じクラスなのか、バロン」
「──ん。最初は、変な奴だと思った……だが、同じだ。オレとタキオンは……同じニオイがする」
バロンの瞳が野生の本能を宿すように輝く。
「バロンらしいな……」
「最初は無視されていたんだけどねえ、何度も何度もしつこく話しかけていたら、次第に応えてくれるようになって、最終的にレースの話をしたら意気投合したのさ」
タキオンは静かに、けれども深い感慨を込めて語る。タキオンの言葉に、バロンは頷き返す。
「ありがとなタキオン。これからもバロンをよろしくな。バロン、そろそろトレーニングに移るぞ」
「──わかった」
バロンがタキオンを下ろそうとする。
「え〜!やーだー!もっと乗せておくれよ〜」
やだやだと駄々をこねるタキオン。
「すまねえな。そうも行かねえん……いや……見に来るか?バロンのトレーニング」
「え?いいのかい?」
「ああ、アグネスタキオンの感想、是非とも聞いてみたいね」
「ククク……トレーナー君も話がわかるな。君とも仲良くなれそうだ。よし!さあ行こう!グラウンドへ!!」
三人はグラウンドへ向かった。
グラウンド。
「ストップ!いいぞバロン、休め!どうだ……タキオン?バロンの走りは」
「怖いねえ〜……これは確かにバケモノだ」
「へっ……だろ」
バロンの力強い走りに驚くタキオン。鉄は得意げに微笑む。
「未だデビューしていないウマ娘たちの中では、最強だろう。クラシック三冠路線を選べば、間違いなく三冠ウマ娘になれる素質がある」
「そうか……そう見るか、お前も!」
すると、バロンが鉄の前に頭をもたげる。
「ん、はいよ……」
タオルを取り出し、バロンの汗を拭いてやる鉄。
「──んん……髪もだ」
「なんか注文が増えてきたが……いいぞ、お前の為なら……」
ワシャワシャとバロンの髪を拭いてやる。気持ち良さそうに汗を拭かれているバロン。至福の時。
「スピード、スタミナ文句なし。特筆すべきは絶大なパワーかな。後は、それ以外の能力が未知数だが……」
「──問題無い。鉄がついてる」
「魅せつけてくれるねえ……トレーナーとの信頼関係も良好なようだ」
バロンと鉄の絆は確実に深まっていた。
「ふぅン……どうだろう?トレーナー君。私をバロン君の協力者……サポーターにしてくれないかな?」
「え……?だが……」
鉄はタキオンが怪我で走れないことを知っていた。つまり、協力者になったところでバロンの練習パートナーにはならない。
「無論、私は屈腱炎により全力で走ることが出来ない。だが、私独自の発明品や薬品でバロン君をサポートすることができる。悪いようにはしないよ」
「薬品って……」
鉄の瞳には、明らかな不安の色が浮かんだ。
「安心したまえ。ドーピングの類ではない。あくまで合法的かつ健全にウマ娘の肉体へ影響を与えるものさ」
鉄は少し考え込む、同時に深呼吸をした。彼の中で何かが変わりつつあった。GⅠ優勝経験者としての意見は聞きたかったが、ここまでの介入は想定外だった。
「バロン君とともに研究を進めたいんだ。頼む、トレーナー君」
「それってつまり……バロンを実験体にするってことだろ……?」
タキオンの視線が鋭くなり、一瞬の間に鉄の心の中で戸惑いが走る。
「お前の屈腱炎を治す為に……」
「そうだね」
タキオンはさらりと答える。
「お前の事情は知ってる……辛いだろう。きっと走ろうとすると、脚が燃えるように痛むんだろうな……無念だろう。その気持ちは、痛いほどよくわかる。だが……」
鉄の声が静かになり、深い共感を込めて言葉を紡いでいく。その時、バロンが口を開いた。
「──鉄、タキオンを受け入れよう」
「え……?」
「バロン君……」
バロンの言葉に対して、タキオンの瞳には感謝の輝きが宿っていた。
「──役に立つかも知れない。それに、タキオンは……トモダチだから」
「バロンくぅン!いいやつだぁ!君はなんていいやつなんだぁ!心の友よ!」
バロンに飛びつくタキオン。タキオンは喜びと興奮に満ちた声を上げ、その尻尾を振り乱していた。
バロンは深く頷き、タキオンを抱きしめ返した。
その様子に、鉄は力をすっかり抜かれてしまった。
「……わかったよバロン。だが、勝手に実験とやらをするのは無しだ。一度俺に確認をとった上でやること……いいな?」
鉄の声はバロンに対する信頼と、タキオンに対する不安が交じり合ったものだった。
「えぇー!?そんなの非生産的すぎるー!!」
タキオンが騒ぎ立てる中、鉄は力強く頷いた。
「駄目っ……!」
鉄が厳しい表情で制止する。それぞれの思いが重なり合い、ここに新たな局面が切り拓かれた。