ウマ娘 闘走無頼伝バロンイースト   作:Picon

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第14話 実験実験また実験

 あれから数週間後。

 

 鉄のトレーナー室。

 

 バロンのトレーニング後、夕陽が部屋を暖かく照らし出していた。鉄とバロンとタキオンが夢を目指す、三人の城である。

 

「満点!?小テスト全科目、満点っ……!?凄いじゃないかバロン!!」

 

 放課後のトレーナー室に、鉄とバロンはいた。渡されたテストを自分の机に広げ、驚いている鉄。

 

「……」

 

 無言だが、明らかに照れているバロン。ずいっと鉄に頭を押し付ける。

 

「おわっ……ば、バロン……!?」

 

「……」

 

 頭を押し付けたまま、頭の向きを変えじろりと鉄を見つめるバロン。

 

 その瞳は暗く虚ろで、孤独と絶望、深い闇を未だ感じさせた。だが、その奥にかすかに光っている灯火を、鉄は見逃さなかった。

 

「……わかったよ」

 

(バロン……本当は寂しがり屋なんだよな)

 

 鉄はバロンの頭を撫でた。寝ている赤子を撫でるように、丁寧に、丁寧に。バロンの流れるような美しい栗毛に、鉄の指が触れる。その度、バロンは喜びに目を細めた。

 

「──タキオンが……勉強を教えてくれた」

 

「そうか……タキオンに感謝しないとな。お前もえらいぞ、バロン。文武両道なんて言うのは簡単だが、そう簡単に出来るもんじゃない。これからもこの調子でがんばってくれ」

 

 タキオンの加入に一抹の不安を抱えていた鉄だったが、タキオンは意外にも多くの活躍を見せた。

 

 その一つが学業である。バロンはお世辞にも勉学の面で成績が良いとは言えなかった。タキオンはそこを徹底的にカバーした。

 

 奇人変人で名の知られているタキオンだが、その明晰な頭脳は本物である。

 

 タキオンがその気になれば、バロンに良い成績を取らせるなど造作もない。

 

「そういえば、何度か許可したが……あの怪しい実験ってやつは大丈夫なのか?」

 

 偶然用事が重なり、鉄はタキオンの実験に立ち会えていなかった。

 

「……」

 

 無言なバロン。ぷるぷると震えている。

 

「な、何か危険なことをされたのか!?バロン!」

 

 バロンの様子に、心配になる鉄。

 

「──注射」

 

「注射……?」

 

「──注射された……痛かった」

 

 ひーん、といった様子で鉄の胸に顔をうずめるバロン。鉄はバロンの重みを感じながらも、なんとか受け止めた。

 

「うぐ……苦手なのか……注射……っていうか、何を注射されたんだ?」

 

「──変な色の薬。あと採血」

 

「それから、身体の具合は?大丈夫かよそれ」

 

「──体調は、すこぶる良い」

 

「ならいいんだが……」

 

「──だが」

 

「なんだ?」

 

「……」

 

 黙ってしまうバロン。

 

「バロン、遠慮なく言ってみろ」

 

 どんと構える鉄。

 

「──最近、元気が出ない」

 

「そうか……」

 

(よくあることだ。ウマ娘は環境の変化に敏感。人間のように、住めば都って訳にはいかねえ……これは根気よく元気づけてやるしかないな……)

 

「──鉄のごはんがたべたい」

 

「え……?」

 

 バロンの予想外の言葉に、固まる鉄。

 

「──食堂のメシは、悪くない。だが……鉄のがいい……鉄の作ったごはんじゃなきゃ……やだ。じゃないともうごはん食べない」

 

 バロン、まさかのハンガーストライキ宣言。

 

「そっかぁ……」

 

(バロンはみなしごだ……細かい過去はまだよく知らないが、よっぽど家庭的な味に飢えていたのか……嬉しいじゃねえの。俺のメシは、そんなに美味かったかい)

 

「トレセン学園の食堂は、ほぼ完璧と言っていい栄養と、一流シェフたちによる調理が行われているが……」

 

「……」

 

 バロンが哀しげに鉄を見つめる。その目は確かにこう告げていた。違う、そうじゃない。と。

 

「バロンがそこまで言うなら、わかった。バロンの昼飯は俺が作るよ」

 

「──鉄……ありがとう」

 

「いいってことよ……お前がそれで気持ちよく走れるなら、ばんばんざいさ。しかしな、朝昼晩、三食は無理だ。昼だけだぞ?」

 

「──わかった。残りの二食はここのメシを食う」

 

「わかってくれるか……ありがとよ、バロン」

 

(ああ……これから毎日バロンの昼食代がかかるな……バロンの食事量は尋常じゃない。学園に来てから出費もかさんでるし、こりゃ……貯金を崩さないとな)

 

 鉄は、バロンの後見人としてその身の全てを捧げていた。バロンが着ている制服も、使っているスマホも、そもそも学費も生活費等、全て鉄が負担しているのである。

 

 中央に来てから月給は上がったものの、鉄の給料は毎月ほぼプラスマイナスゼロ。それでも鉄は、バロンの可能性に賭けていた。夢を見ていた。

 

「バロンくーん!お、やっぱりここにいたのかい。おっとっとぉ〜お邪魔だったかな」

 

 口ではそう言いながらトレーナー室に入ってくるタキオン。

 

「──タキオン、構わん」

 

 鉄から離れるバロン。

 

「よう、ありがとなタキオン。見たぜ、バロンの小テストの結果」

 

 ひらりと小テストを持ってみせる鉄。

 

「やあトレーナー君。なあに、その程度、私に言わせれば遊びのようなものさ。バロン君は地頭が良いようだからねえ、教え甲斐があるよ」

 

「そうか……で、今度はなんだ?」

 

「そうそう、次の実験なんだがね。許可が貰いたい。これが詳細だよ」

 

「なになに……極限まで脚の筋肉を追い込んだあとに薬物摂取。その後の反応を観察する……か」

 

「薬の安全は私で実証済みだ。だが、私では限界まで筋肉を追い込めなくてね。途中で脚が痛む」

 

「……わかった。許可する。が、これ以降しばらく実験はよしてくれよ。バロンの初レースが控えてるんだから」

 

「承知した。感謝するよトレーナー君。じゃあ行こうかバロン君!」

 

「俺も行く……」

 

 三人はトレーナー室を後にした。

 

 トレーニングジム。

 

 バロンは強化床の上でバーベルスクワットを行っていた。重量はなんと1トン。しかしこれでもまだ中の方だと言うからウマ娘の身体能力は計り知れない。

 

 ウマ娘の筋力はおおよそヒトの10倍程度と言われている。ヒトは基本的に30kgから、努力すれば100kgまでの重量を上げられる。オリンピックに出場する超一流選手でもせいぜい300kg程度。

 

 つまり、ウマ娘はなんの努力もしていない者、どれだけ貧弱な者でも、300kg程度なら軽々と持ち上げてしまう生物なのだ。恐るべし、ウマ娘。

 

 ヒトは、チカラでは絶対にウマ娘にはかなわない。それでも古来よりヒトとウマ娘は愛と友情を育み、今日に至る。

 

「──ふん」

 

 トレーニングを続けるバロン。身体中に貼り付けられた電極からタキオンのパソコンへデータが送られていく。

 

「素晴らしい!素晴らしい筋肉だ!バロン君、君のパワーは想像以上だ!!」

 

「そ、そんなに……?」

 

 期待に満ちた声で鉄が聞く。

 

「もちろんだとも。見たまえトレーナー君。これは2年前のデータだが、菊花賞ウマ娘、マンハッタンカフェのデータさ。無論、今のカフェには及ばないが、比較にはなる」

 

「どうしてそんなものを……」

 

「昔、一度だけデータを取らせてくれてねえ。以降は取らせてくれなくなってしまった。まあそれはいいだろ。見たまえ、この二つのデータの比較を、ざっと見積もっても二倍ほどの開きがある!」

 

「二倍……!?」

 

「そうだとも。これはウマ娘の能力を私なりの解釈で数値化したものだ。バロン君のパワーの値を見てくれ。パワー“1200”だッ!!」

 

「1200……?」

 

「わかってないようだな。パワーの値が600もあれば一流のウマ娘だ。800あればG1で勝つことも夢ではないだろう。1000ならば超一流。1200に到達しているのは私の知る限り極一部のウマ娘だけだ。データはとってないから、あくまで推測に過ぎないがね」

 

 早口でまくしたてるタキオン。引き気味の鉄。

 

「そこまでスゲーのか……!バロンは」

 

「あの巨体は伊達ではない、ということは確かだねえ!バロン君、筋肉の疲労度はそのへんで十分だ。薬を飲みたまえ!」

 

 バロンはゆっくりとバーベルを床に置くと、薬を手に取り一口飲んだ。

 

「──にがい」

 

「おっと、悪いねえ、いまシロップを入れるからねえ」 

 

 タキオンは薬の入った三角フラスコにはちみーシロップをドバドバと入れた。

 

 出口を指で塞ぎ、軽くシェイクするバロン。ニオイを確認すると、薬を一気に飲み干した。

 

「──美味い」

 

「ありがとうバロン君。後は薬の効果が現れるまで少々待っていてくれたまえよ」

 

「それって、どれくらい?」

 

 鉄が訝し気に聞く。

 

「ふぅン、個人差はあるが、20分から40分くらいの間かな」

 

「そうか……バロン、お疲れ!汗拭いてやるからな」

 

 鉄がタオルを持って近寄ると、バロンは嬉しそうに頭を下げてきた。

 

「トレーナー君、くれぐれも電極は剥がさないように頼むよ。データが取れなくなるからねえ」

 

「わかってるって」

 

 いつものように汗を拭いてやる鉄。鉄もなんとなく、バロンがこの時を楽しみにしていることは察してきていた。

 

「筋トレ後はこのサプリとプロテインを……アイシングも欠かさずにな」

 

「摂取するものはこちらで出そう。待っていたまえ」

 

「いや、できれば普通のやつがいいんだが……」

 

「失礼だねえ!大手メーカーの市販品だよ!」

 

「なら、頼む」

 

「最初から素直にそう言いたまえよ……バロン君、ビタミン剤とミネラル剤、各種アミノ酸類だ。水で飲みたまえ」

 

「──ん」

 

 タキオンから渡された錠剤類を、まとめて一口で飲み込むバロン。

 

「どじゃああああん!バロン君にはこれくらいの量が必要だからねえ」

 

 タキオンはバッグからプロテインを取り出し、特大2リットルシェーカーに入れていく。シェーカーには大量の牛乳が入れてあった。

 

「ふんふんふー!ふんふんふー!」

 

 ジャカジャカとシェーカーを振るタキオン。何故か楽しそうである。

 

「できたよ。チョコレート味だ。さ、召し上がれ」

 

 大量のプロテインが出来上がる。それを受け取ると、一気に飲み干すバロン。

 

「──けぷ」

 

「バロン、あまり細かいことは言いたくないが、人前でゲップをする時は人から顔を逸して、口元を手で隠すんだ」

 

「──わかった」

 

「うん、それでいい……すまねえなタキオン。プロテイン貰っちまって」

 

「気にすることは無い。経費で落とせるから」

 

「経費って……?」

 

「ん、言ってなかったかな?」

 

 タキオンの屈腱炎克服の研究は、学園だけでなく、医学界や財界、URA《ウマ娘競争協会》からも一定の注目を集めており、一部の機関から研究予算がおりていた。

 

 スポンサーの中には、かのメジロ家も名を連ねていた。

 

「バロン君が研究に協力してくれる限り、実験期間中の栄養剤やプロテインは好きに使ってくれて構わないよ。むしろ、今後バロン君にモニターを依頼する企業が増えると、私は思っている。絶好の研究対象だからねえ」

 

「そりゃ助かる……今は貰えるもんは何でも貰いたい……」

 

 鉄はうっかり本音を漏らしてしまった。バロンの地獄耳はそれを聞き逃さなかった。

 

「──鉄、オレのせいで……貧乏になっているのか?」

 

 真剣な声で訊ねるバロン。鉄は、しまったと思った。

 

「いや……それは……お前は気にしなくていい……そんなことはっ……!」

 

「……」

 

 バロンは無言で鉄の目を見つめた。その目は何かを強く訴えかけているようだった。

 

「う……」

 

 言葉に詰まる鉄。そこへタキオンが助け舟を出す。

 

「バロン君、駆け出しのウマ娘とトレーナーなど、そんなものさ。皆その厳しさを乗り越えて強くなるのさ。私の時もそうだったよ」

 

「──タキオン……も?」

 

「そうだとも。しかし見たまえ。今や走れもせず、日夜研究に没頭するだけのウマ娘に成り果てたとしても、私はこうしてここにいる。屈腱炎を発症する以前、頑張って走った成果だね」

 

 タキオンは椅子に座ると脚を組み、過去を思い出しながら感慨深く語った。

 

「見たことあるだろ?“ぱかプチ”。それにフィギュア。アクリルスタンドにタペストリー。自分で言うのもなんだが、私はこう見えて人気者でね。どれも未だに販売されていて、私の研究費の足しになってくれているよ」

 

「──そうか、オレも……勝てばいいんだな?」

 

「そうだとも。勝てば誰もがついてくる。強者には皆憧れる。それにね、大きいということはそれだけで強みだ。目立つからね。キャラ付けもしやすい。バロン君はいい商品《グッズ》になるだろう」

 

「──鉄が、それで助かるのならば」

 

「待て待て待てっ……!俺はチャラチャラしたバロンなんか見たくねえぞ!」

 

「面倒くさいコンビだねえ……目的さえ合法的に達成出来れば手段なんてどうでもいいじゃないか……」

 

 その時、パソコンから電子音が鳴り響いた。

 

「おぉ早いなぁ!?バロン君の身体に薬の反応有りだ!バロン君!!過度に負荷をかけた箇所の様子はどうだい?」

 

 恐ろしいスピードでキーボードをタイピングしていくタキオン。

 

「──脚が軽くなったように感じる。まだいけそうだ」

 

「そうかね!いや、やらなくていいよ!休んでくれたまえ!ふむふむ、回復の兆候有り……今度はこっちの成分を多めに試してみるか……バロン君、実験終了だ。電極をはがしていいよ」

 

 タキオンから許しがでると、バロンは全身の筋肉を大きくパンプアップさせ、一気に電極をはがした。

 

「おお……」

 

 その圧巻の光景に思わず口を揃える鉄とタキオン。

 

「──タキオン……風呂、付き合え」

 

「お、お風呂……?あ、あぁいいとも。ちょっと待ちたまえ……バックアップ、ヨシ!いこうか、バロン君」

 

「実験は無事終了か……じゃ、俺はトレーナー室に戻るから」

 

 鉄が去ろうとしたその時──。

 

「──鉄……オレは必ず勝つ。勝って、勝って、勝ち続ける……」

 

「そっか……ありがとう、バロン。しっかり温まれよ。お休み」

 

「──お休み」

 

「お休みィ〜トレーナー君」

 

 決意を胸に、三人はトレーニングジムを後にした。

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