ウマ娘 闘走無頼伝バロンイースト   作:Picon

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第15話 メイクデビュー

 新潟レース場。

 

 そこは、シンボリルドルフ伝説発祥の地。

 

『強い──強すぎる!ここまで強いのかバロンイースト!!』

 

 季節は6月。新潟レース場に吹き込む爽やかな風が、バロンの長髪をなびかせた。

 

『最終コーナーからまるでロケットエンジン!迫る巨影が一つ!!大差にて圧勝です!!』

 

 バロンは高らかに右手を掲げ、勝ち名乗りを上げた。それはまるで大自然の中で咲き誇る一輪の華のように。太陽の光がバロンの栗毛を照らし出し、まばゆいまでの光を放つ。

 

 その神々しい光景に観客たちは歓喜の声を上げ、バロンイーストの名を口々に叫んだ。

 

『5番人気もなんのその!並み居る秀才押しのけて、カワサキの怪物が今……牙を剥いたぁ〜ッ!!』

 

 レース場に実況の声が響き渡り、その勝利に激しい賞賛を送る。

 

 周囲の観客からは歓声が湧き上がり、バロンの姿に注目が集まる。

 

 駆け抜けた無頼な風に、他のウマ娘たちはただ呆然と、目の前で起きた結果だけを見つめていた。深い絶望とともに。

 

 そう──自分たちはコレと同世代。コレと同じ戦線を戦わねばならない。その過酷すぎる現実に、絶望していた。

 

 後に、そのレースを観た観客たちはこう語る。

 

 観客A。

 

「1番人気の娘……パラディンソードが勝つと思ってたんですよ。家柄と血統で……いや〜〜〜居るんですね、天才って……もう……一瞬でした。最終コーナーから、こう……ズビュン!って……一瞬で……」

 

 観客B。

 

「圧倒的っていうか……勝負になってないっていうか……大人とこども?って感じです」

 

 観客C。

 

「ウッス……特に推しとか居ないし、レースとかもよく分かんないンで、正直今日ダチとノリで来たンすけど……推しますッ!!バロンイーストッ!!イヤイヤイヤ!推すしかないでしょ!あんなのォッ!!」

 

 その瞬間、まるでこの後に語り継がれる伝説を、その場にいた観客全員に予見させるような衝撃と興奮が、会場へと広がっていた。

 

 新潟県某所。格安個人経営店居酒屋。

 

「かんぱーい!」

 

「はっはっは!バロン!タキオン!ここは食べ放題、飲み放題90分コースだからな!好きなだけ食べていいぞ!」

 

 鉄の笑顔と共に、バロンとタキオンは陽気に騒ぐ。バロンの好スタートに祝杯が挙げられていた。

 

「──ルドルフと同じ場所でメイクデビューを迎えることが出来て、嬉しい」

 

「そうだな、つくづく縁があるよな」

 

「イェーイ頂きまーす!おめでとうバロン君!素晴らしい走りとライブだったよ」

 

「本当にな!あんな勝ち方、滅多にお目にかかれるもんじゃないぜ!」

 

「──いや」

 

「ん?」

 

「──これから何度も見せてやる。何度でも、何度でも、何度でも……」

 

 バロンから放たれる熱を伴ったオーラがその場に漂う。言葉を紡ぐ度に語気を強めていくバロン。

 

「いやぁ!頼もしいねえ!」

 

 隣のタキオンがバロンにもたれかかる。バロンは無言でそれを受け入れ、自らも少しだけタキオンに体重をかける。

 

「全くだぜ……この調子で、次も勝つぞ!あ、店員さん生ビール追加で!」

 

 鉄の酒も進む進む──。

 

「かしこまりっ!」

 

 店内は活気に満ちていた。店員の対応も元気ハツラツだ。

 

「──次は、いつだ?」

 

 新潟県名産品、梨ジュースに舌鼓を打ちながらバロンは鉄に訊ねた。

 

「ん……3ヶ月後の9月後半にある、オープン特別レース。芙蓉《ふよう》ステークスだ」

 

 酒が入っていても、レースのこととなると目の色を変える鉄。次なる舞台に思いを馳せ、目には燃えるような情熱が宿っていた。

 

「懐かしいねえ、中山レース場。距離は今回のデビュー戦と同じ2000mの中距離。だが中山は、ちと癖のあるレース場でねえ。中山のアドバイスなら任せてくれたまえ。なんたって私は皐月賞ウマ娘だからねえ!」

 

 自信満々に胸を張って答えるタキオン。酒が入り、いつもよりテンションの高い鉄は、すかさず合いの手を入れる。

 

「よぉっ!“全知全能”!!“完璧ウマ娘”!!」

 

「はーはっははは!申し訳ない!完璧で申し訳ない!」

 

「助かるぜタキオン。バロン、お前も知っての通り、芙蓉ステークスはGⅠホープフルステークスと全く同じ場所、同じ距離で行われる。前哨戦だ。このレースでお前には中山に慣れてもらう」

 

「──ホープフルステークスは、皐月賞の前哨戦だろう?」

 

「……そうだ。言わばこれは、前哨戦の前哨戦。だが、気を抜くなよバロン。噛み砕け。全力で……全員っ……!」

 

 酒が飛び交う宴席。鉄は一気にジョッキを傾け、ビールを飲み干した。そして気迫に満ちた瞳でバロンを見つめていた。

 

「──無論だ。オレは常に全力を出す……相手が誰であろうとな……」

 

 バロンの瞳は、その鉄の気迫に応えるように、情熱に満ちていた。

 

 そして、おもむろに皿の上に残されたティーボーンステーキの骨を手に取り、口に放る。

 

「おぉ………流石バロン君だ……どれ……かひゃ〜い!」

 

 真似をするタキオンをよそに、バロンは咀嚼音を伴い、ティーボーンステーキの骨をスナック菓子のように軽々と噛み砕き、飲み込んでゆく。その瞳には勝利への執念が滲んでいた。

 

 新潟県某所。格安ビジネスホテル。

 

「……」

 

「ふごぉ〜……」

 

 酔い潰れた鉄をおんぶするバロン。後ろには鉄。前には着替え等を入れたリュックを三人分持っていた。

 

 静寂な廊下に、鉄のいびきが響く。

 

「はい、予約していた久我井です……はい、3名で。はい、ありがとうございます……」

 

 フロントで手続きを進めながら、タキオンが冷静に対応していた。チェックインを済ませ、鍵を受け取ってきたタキオン。

 

「トレーナーくぅン、ちょっと飲み過ぎだねえ。酒は呑んでも呑まれるな。と言うだろお〜?」

 

 ペチペチとタキオンに頬を叩かれ、ふらりと目を開ける鉄。

 

「んん……」

 

「──やめろ」

 

 バロンの眉間にしわが寄る。その鋭い刃物のような視線が、タキオンに冷たく向けられている。

 

「ひえ」

 

 タキオン、これにはたじろぐ。

 

「──鉄は……いつも疲れている。仕方がないだろう……たまに羽目を外すくらい」

 

「そ、そうだねえ、ははは……さて、部屋の鍵も貰ったことだし、行こうか」

 

「……」

 

 無言のままバロンがうなずく。

 

 一行はエレベーターで6階へのぼり、611号室に到着。鍵を開けゆっくりと入室すると、バロンは音を立てぬよう布団をめくり、鉄をベッドに寝かせ、優しくポンポンと布団をかけた。

 

「……」

 

「まるで赤ちゃんだねえ……」

 

「──いくぞ」

 

「はいはい」

 

 バロンとタキオンは部屋を出ると、エレベーターで下の階の564号室に移り、ドアを開けた。

 

「おお綺麗な部屋じゃないか。ベッドも大きくてよかったねえ。今日はお疲れ様、バロン君。疲れたろう?先にシャワーを浴びるといい」

 

「……」

 

 バロンはうなずくと、パパッと衣服を脱ぎ捨て、ユニットバスへと入っていった。

 

「ふぅン」

 

 ベッドへと腰掛けるタキオン。リュックからタブレット端末を取り出すと、今日のバロンのレース内容を見返していた。

 

 ──素晴らしい。その一言に尽きる。

 

「芙蓉ステークス……面白いことになるねえ」

 

 タキオンの笑みは夜の闇へと紛れていった。

 

 バロンイースト、中央初戦、圧倒的完勝。

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