ウマ娘 闘走無頼伝バロンイースト   作:Picon

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第16話 混沌の芙蓉《ふよう》ステークス・前編

 生徒会室。

 

「そうか……バロンイーストが勝ったか」

 

 電話を切り、椅子に座るルドルフ。その表情はどこか満足げだ。

 

「会長、ご機嫌が宜しいようで」

 

 ルドルフの前に淹れたての紅茶を置くエアグルーヴ。

 

「まぁな……ありがとうエアグルーヴ」 

 

「当たり前だ。初戦で負けられては、こちらが困る」

 

 ソファーに寝転がりながら、バロンの戦勝報告を聞いていたブライアン。

 

 薄暗い部屋の中、三人の雰囲気は和やかだ。

 

「しかしあの追込、見事だった……シービー以上かも知れん」

 

「ブライアン、それは言い過ぎだな。シービーは強いよ」

 

 部屋の中とは裏腹に、窓の外ではウマ娘たちが陽光のもと元気に駆け回っていた。

 

「そうかな……いつまでも胡座をかいていると、足元からすくわれるぞ」

 

「もうすくわれた後さ。私は」

 

「……っ」

 

 エアグルーヴが苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 ルドルフの言葉にあるのは悟り。ルドルフの語り口は、室内に静謐さをもたらしているようだった。

 

 ──その時、帝王が勢いよく部屋に入ってきた。その様子は只事ではない。

 

「忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい……!!」

 

 妬みと怒りのこもった言葉が部屋に響く。部屋の中に残る温かな灯りとは対照的に、帝王の怒りが部屋を覆い、険悪な雰囲気へと変えていく。

 

「許せないっ……!カイチョーと同じ新潟でデビューするなんて!ボクでさえ中京レース場デビューなのに……!!」

 

「仕方がないだろう。抽選なのだから。おいで、テイオー」

 

 帝王をなだめるルドルフ。玉座に座らせ、優しくその背中を撫でる。頭は、もう撫でることはかなわない。その頭には、帝王の王冠があるからだ。

 

 王冠は、冷たい輝きを放っていた。

 

「それが余計に許せない!!運命が……あんな奴を選んだって言うの……!?あああもぉおおおお!!」

 

「落ち着けテイオー!ほら、はちみー硬め濃いめ多めだ」

 

 エアグルーヴもなだめるように声をかけ、帝王の大好きなはちみーを差し出す。イラついた様子でそれを一気に飲み干す帝王。

 

「あー!ムカつくー!!……ブライアン!」

 

「なんだ」

 

 窓辺から差し込む陽光が、帝王の表情を妖しく光らせ、その怒りが室内に響き渡る。

 

「ちょうどいいや……アイツ、芙蓉ステークスでホープフルの調整するんだってさ。キミ、あのデクノボー潰して来てよ。出られるよね?オープン」

 

「……」

 

 ブライアンは窓越しに外を見つめ、思案に耽っていた。

 

「テイオー!そんなことをして何になる!?自己満足の為にブライアンを使うな!そんなにバロンイーストを妨害したいなら、自分が出ればいいだろう!」

 

 帝王に思いの丈をぶつけるエアグルーヴ。しかし、遥か遠い帝王に思いは届かない。

 

「ヤダベー!その日はカイチョーとボート乗りに行くんだもんね!!ねぇカイチョー!」

 

「……あぁ、そうだなテイオー」

 

 ルドルフはどこか遠い目をしながらも、ブライアンに視線を向けていた。その視線を受け取ると、ブライアンは静かに目を瞑った。

 

「やっちゃえブライアン!」

 

「……いいだろう。帝王の命令とあらば」

 

「ブライアン……!?会長、止めて下さい!これでは、下級生たちのレースがめちゃくちゃです。不文律というものがあります!」

 

 その通り。GⅠウマ娘がオープン特別レースに出走しては、そもそも勝負にならない。レースが成立しないのである。それ故、ルール上可能としながらも、不文律としてグレードの高いウマ娘たちはオープン特別への参加はしないのである。

 

 例外的に、ブランクがあるウマ娘や、怪我から復帰したウマ娘は、その限りではない。

 

「……」

 

 ルドルフは、ただ黙していた。

 

「ニシシシ……そうだ、他に“リギル”のメンバーでも差し向けてやろうかな〜オペラオーなんかいいかな〜」

 

「いらん」

 

「……そーおー?」

 

 不満そうに下僕を睨みつける帝王。しかし下僕は、それを無視。

 

「もし“リギル”から私以外が出走するというのなら、私は出ないぞ」

 

「……わかったよ。まっ……ブライアンだけで十分だもんね!」

 

「当然だ……」

 

 そして“怪物”は解き放たれた。

 

 部屋の外、一人のウマ娘が集音マイクを駆使し、聞き耳を立てていた。

 

「チッ……そーいうハラかよぉテーオーサマは……データを取るいい機会だ。お望み通りかき回してやる……」

 

 食堂。

 

「むぐ、もぐ、はぐ……」

 

 響くは食事の音。オグリは黙々と食事を楽しんでいた。するとそこに、一人のウマ娘が現れた。戦友、タマモクロスである。

 

「おう、オグリ……邪魔するで」

 

 椅子を引き、オグリの対面にドカリと座るタマ。

 

「タマか……何か用事か?」

 

 タマの訪問に、オグリは食べる手を止めて視線を合わせる。

 

「な〜んか最近デビューしたばかりのウマ娘がブイブイいわしとるらしいわ……オグリも一緒にメシ食ったらしいやん、あのバロンや。それはええ。ええこっちゃで」

 

「……それで?」

 

「次の芙蓉ステークス。出るらしいで?その新人追って……ブライアンが。シャカールからの情報や。確かやで。抜け駆けや、こりゃ!だははははは!」

 

「……違う。それは生徒会による、バロンイーストへの圧力だ」

 

 生徒会とは、浅からぬ因縁のあるオグリ。

 

 急に黙り込み、静かになる二人。

 

「……」

 

「……」

 

 以心伝心。語らずとも解る。互いの思考を。一気に固まっていく雰囲気。二人の表情も真剣さを増していく。

 

「クリークとイナリは?」

 

「……アカン。あの二人が来たらやり過ぎや。人もぎょーさん集まってまう」

 

「だが、二人に悪い」

 

「それこそ、その新人に悪いがな!ブライアンにちょーいと分からせるだけやねん」

 

 オグリは少し考え込んだ後、申し訳無さそうにしながらも、うなずいた。

 

「……やるか」

 

「やろうやぁ!」

 

 “シンデレラグレイ”&“白い稲妻”参戦決定──。

 

 中庭。

 

 中庭のベンチに座り、会話しているアグネスタキオンとダイワスカーレット。

 

 通称ダスカ。タキオンと特別親しくしているウマ娘。水面下でタキオンが抱え込み、事実上の手駒としていた後輩である。しかし、そんなダスカのことをタキオンは溺愛している模様。その様子、まるで親バカ。

 

「ふぅン……」

 

「ヤバいですよ!タキオン先輩!」

 

「やはりこうなってしまったか……いやはや、嫌だねえ。頭より先に身体が動く連中は……いつもありがとうねえ、スカーレット君」

 

「それよりどうするんですか?このままじゃバロン先輩、ブライアン先輩に潰されちゃいますよ……」

 

「焦ることはないさ。仮に芙蓉ステークスで負けたところで、所詮はオープン特別。バロン君はホープフルステークスへの出走権は満たしている訳だし。問題ないねえ」

 

「そうじゃなくて、トラウマになっちゃうかも……」

 

「ンンン、そういうウマ娘じゃないねえバロン君は……しかし、協力が得られるというのなら是非頼むよ。私からだとお願いしづらくてねえ」

 

「……わかりました。この件、確かに伝えます!」

 

「気をつけていくんだよお〜転ばないようにねえ〜」

 

「こども扱いしないでくださいっ……!」

 

 急いで駆け出していくダスカ。

 

 ダスカが駆け出した先、中庭を抜け駆け、広場を抜け……。

 

 小さなプレハブ小屋へと着いた。ドアを開け、中へ入るダスカ。

 

 チームスピカ部室。

 

 部室の中には何人かのウマ娘が居た。各々思い思いの過ごし方をしている。

 

「なんだよスカーレット。そんなに慌てて」

 

 机で宿題をしていたのは、相棒兼ライバルのウオッカ。

 

「急いでるの!先輩、実は……」

 

「いいですよ」

 

「え?」

 

「芙蓉ステークスでしょう?」

 

「あ、はい。そうです……」

 

 そのウマ娘は、にこやかながら風格のあるウマ娘だった。ゆったりとした動きでジャージに着替えていく。

 

「そんな気がしてたんです……スケジュール、都合良いですし。いいですよ、走ります。私」

 

 すると、横に控えていた黒いウマ娘も立ち上がった。“お祭りウマ娘”キタサンブラックである。

 

「あの!あたしも……出ます!芙蓉ステークス!」

 

 そう、ここはチーム“スピカ”。所属メンバー全員がGⅠ優勝記録保持者という、これもまた、怪物のようなチーム。指揮するは鉄の盟友、沖野トレーナー。

 

「ウワーッ!?キタサンまで出るのかよぉ!?」

 

 驚愕の一声を上げるウオッカ。

 

「はい!そうと決まったらトレーニングしなきゃ!おいっちにー……」

 

 キタサンはストレッチをし始めた。

 

「ん」

 

 すると、ジグソーパズルをしていたウマ娘が立ち上がり、キタサンの手をとった。

 

「ストレッチ、手伝ってくれるんですか?ゴールドシップさん……って!」

 

「アタシもでるぞぉ」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!」

 

 “不沈艦”ゴールドシップは、キタサンを幻の関節技、OLAP《オラップ》に固めると、出走を宣言した。

 

「いい加減に技といてくださいよぉ!」

 

 部室の中に、悲痛な叫びがこだました。

 

「はぁ〜……で?言い出しっぺのお前は出ないのかよぉ?」

 

 耳をペシャリとさせてダスカに訊ねるウオッカ。

 

「出ないんじゃなくて、出られないの!ちょうどその日、お婆ちゃんの妹の孫の結婚式にお呼ばれしてるのよー!」

 

「なんだよそれ……」

 

「フフ……これは事件ですわね」

 

 楽しそうに含み笑いするメジロマックイーン。マックイーンも宿題に手を付けていた。

 

「期待してますわよ。キタサン」

 

「はい!マックイーンさん!」

 

「オイオイオイ、アタシはどーなんだよォ〜!アタシを見ろよマックイーン〜」

 

「はいはい、せいぜい出遅れないようにしなさい」

 

「ちぇ〜」

 

 部室は、和やかな笑いに包まれた。彼女たちの織りなすチームワークと絆が、スピカの強さなのだ。

 

 “不沈艦”ゴールドシップ&“お祭りウマ娘”キタサンブラック参戦ッ!

 

 ──そして。

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