生徒会室。
「そうか……バロンイーストが勝ったか」
電話を切り、椅子に座るルドルフ。その表情はどこか満足げだ。
「会長、ご機嫌が宜しいようで」
ルドルフの前に淹れたての紅茶を置くエアグルーヴ。
「まぁな……ありがとうエアグルーヴ」
「当たり前だ。初戦で負けられては、こちらが困る」
ソファーに寝転がりながら、バロンの戦勝報告を聞いていたブライアン。
薄暗い部屋の中、三人の雰囲気は和やかだ。
「しかしあの追込、見事だった……シービー以上かも知れん」
「ブライアン、それは言い過ぎだな。シービーは強いよ」
部屋の中とは裏腹に、窓の外ではウマ娘たちが陽光のもと元気に駆け回っていた。
「そうかな……いつまでも胡座をかいていると、足元からすくわれるぞ」
「もうすくわれた後さ。私は」
「……っ」
エアグルーヴが苦虫を噛み潰したような顔をする。
ルドルフの言葉にあるのは悟り。ルドルフの語り口は、室内に静謐さをもたらしているようだった。
──その時、帝王が勢いよく部屋に入ってきた。その様子は只事ではない。
「忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい……!!」
妬みと怒りのこもった言葉が部屋に響く。部屋の中に残る温かな灯りとは対照的に、帝王の怒りが部屋を覆い、険悪な雰囲気へと変えていく。
「許せないっ……!カイチョーと同じ新潟でデビューするなんて!ボクでさえ中京レース場デビューなのに……!!」
「仕方がないだろう。抽選なのだから。おいで、テイオー」
帝王をなだめるルドルフ。玉座に座らせ、優しくその背中を撫でる。頭は、もう撫でることはかなわない。その頭には、帝王の王冠があるからだ。
王冠は、冷たい輝きを放っていた。
「それが余計に許せない!!運命が……あんな奴を選んだって言うの……!?あああもぉおおおお!!」
「落ち着けテイオー!ほら、はちみー硬め濃いめ多めだ」
エアグルーヴもなだめるように声をかけ、帝王の大好きなはちみーを差し出す。イラついた様子でそれを一気に飲み干す帝王。
「あー!ムカつくー!!……ブライアン!」
「なんだ」
窓辺から差し込む陽光が、帝王の表情を妖しく光らせ、その怒りが室内に響き渡る。
「ちょうどいいや……アイツ、芙蓉ステークスでホープフルの調整するんだってさ。キミ、あのデクノボー潰して来てよ。出られるよね?オープン」
「……」
ブライアンは窓越しに外を見つめ、思案に耽っていた。
「テイオー!そんなことをして何になる!?自己満足の為にブライアンを使うな!そんなにバロンイーストを妨害したいなら、自分が出ればいいだろう!」
帝王に思いの丈をぶつけるエアグルーヴ。しかし、遥か遠い帝王に思いは届かない。
「ヤダベー!その日はカイチョーとボート乗りに行くんだもんね!!ねぇカイチョー!」
「……あぁ、そうだなテイオー」
ルドルフはどこか遠い目をしながらも、ブライアンに視線を向けていた。その視線を受け取ると、ブライアンは静かに目を瞑った。
「やっちゃえブライアン!」
「……いいだろう。帝王の命令とあらば」
「ブライアン……!?会長、止めて下さい!これでは、下級生たちのレースがめちゃくちゃです。不文律というものがあります!」
その通り。GⅠウマ娘がオープン特別レースに出走しては、そもそも勝負にならない。レースが成立しないのである。それ故、ルール上可能としながらも、不文律としてグレードの高いウマ娘たちはオープン特別への参加はしないのである。
例外的に、ブランクがあるウマ娘や、怪我から復帰したウマ娘は、その限りではない。
「……」
ルドルフは、ただ黙していた。
「ニシシシ……そうだ、他に“リギル”のメンバーでも差し向けてやろうかな〜オペラオーなんかいいかな〜」
「いらん」
「……そーおー?」
不満そうに下僕を睨みつける帝王。しかし下僕は、それを無視。
「もし“リギル”から私以外が出走するというのなら、私は出ないぞ」
「……わかったよ。まっ……ブライアンだけで十分だもんね!」
「当然だ……」
そして“怪物”は解き放たれた。
部屋の外、一人のウマ娘が集音マイクを駆使し、聞き耳を立てていた。
「チッ……そーいうハラかよぉテーオーサマは……データを取るいい機会だ。お望み通りかき回してやる……」
食堂。
「むぐ、もぐ、はぐ……」
響くは食事の音。オグリは黙々と食事を楽しんでいた。するとそこに、一人のウマ娘が現れた。戦友、タマモクロスである。
「おう、オグリ……邪魔するで」
椅子を引き、オグリの対面にドカリと座るタマ。
「タマか……何か用事か?」
タマの訪問に、オグリは食べる手を止めて視線を合わせる。
「な〜んか最近デビューしたばかりのウマ娘がブイブイいわしとるらしいわ……オグリも一緒にメシ食ったらしいやん、あのバロンや。それはええ。ええこっちゃで」
「……それで?」
「次の芙蓉ステークス。出るらしいで?その新人追って……ブライアンが。シャカールからの情報や。確かやで。抜け駆けや、こりゃ!だははははは!」
「……違う。それは生徒会による、バロンイーストへの圧力だ」
生徒会とは、浅からぬ因縁のあるオグリ。
急に黙り込み、静かになる二人。
「……」
「……」
以心伝心。語らずとも解る。互いの思考を。一気に固まっていく雰囲気。二人の表情も真剣さを増していく。
「クリークとイナリは?」
「……アカン。あの二人が来たらやり過ぎや。人もぎょーさん集まってまう」
「だが、二人に悪い」
「それこそ、その新人に悪いがな!ブライアンにちょーいと分からせるだけやねん」
オグリは少し考え込んだ後、申し訳無さそうにしながらも、うなずいた。
「……やるか」
「やろうやぁ!」
“シンデレラグレイ”&“白い稲妻”参戦決定──。
中庭。
中庭のベンチに座り、会話しているアグネスタキオンとダイワスカーレット。
通称ダスカ。タキオンと特別親しくしているウマ娘。水面下でタキオンが抱え込み、事実上の手駒としていた後輩である。しかし、そんなダスカのことをタキオンは溺愛している模様。その様子、まるで親バカ。
「ふぅン……」
「ヤバいですよ!タキオン先輩!」
「やはりこうなってしまったか……いやはや、嫌だねえ。頭より先に身体が動く連中は……いつもありがとうねえ、スカーレット君」
「それよりどうするんですか?このままじゃバロン先輩、ブライアン先輩に潰されちゃいますよ……」
「焦ることはないさ。仮に芙蓉ステークスで負けたところで、所詮はオープン特別。バロン君はホープフルステークスへの出走権は満たしている訳だし。問題ないねえ」
「そうじゃなくて、トラウマになっちゃうかも……」
「ンンン、そういうウマ娘じゃないねえバロン君は……しかし、協力が得られるというのなら是非頼むよ。私からだとお願いしづらくてねえ」
「……わかりました。この件、確かに伝えます!」
「気をつけていくんだよお〜転ばないようにねえ〜」
「こども扱いしないでくださいっ……!」
急いで駆け出していくダスカ。
ダスカが駆け出した先、中庭を抜け駆け、広場を抜け……。
小さなプレハブ小屋へと着いた。ドアを開け、中へ入るダスカ。
チームスピカ部室。
部室の中には何人かのウマ娘が居た。各々思い思いの過ごし方をしている。
「なんだよスカーレット。そんなに慌てて」
机で宿題をしていたのは、相棒兼ライバルのウオッカ。
「急いでるの!先輩、実は……」
「いいですよ」
「え?」
「芙蓉ステークスでしょう?」
「あ、はい。そうです……」
そのウマ娘は、にこやかながら風格のあるウマ娘だった。ゆったりとした動きでジャージに着替えていく。
「そんな気がしてたんです……スケジュール、都合良いですし。いいですよ、走ります。私」
すると、横に控えていた黒いウマ娘も立ち上がった。“お祭りウマ娘”キタサンブラックである。
「あの!あたしも……出ます!芙蓉ステークス!」
そう、ここはチーム“スピカ”。所属メンバー全員がGⅠ優勝記録保持者という、これもまた、怪物のようなチーム。指揮するは鉄の盟友、沖野トレーナー。
「ウワーッ!?キタサンまで出るのかよぉ!?」
驚愕の一声を上げるウオッカ。
「はい!そうと決まったらトレーニングしなきゃ!おいっちにー……」
キタサンはストレッチをし始めた。
「ん」
すると、ジグソーパズルをしていたウマ娘が立ち上がり、キタサンの手をとった。
「ストレッチ、手伝ってくれるんですか?ゴールドシップさん……って!」
「アタシもでるぞぉ」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い──!」
“不沈艦”ゴールドシップは、キタサンを幻の関節技、OLAP《オラップ》に固めると、出走を宣言した。
「いい加減に技といてくださいよぉ!」
部室の中に、悲痛な叫びがこだました。
「はぁ〜……で?言い出しっぺのお前は出ないのかよぉ?」
耳をペシャリとさせてダスカに訊ねるウオッカ。
「出ないんじゃなくて、出られないの!ちょうどその日、お婆ちゃんの妹の孫の結婚式にお呼ばれしてるのよー!」
「なんだよそれ……」
「フフ……これは事件ですわね」
楽しそうに含み笑いするメジロマックイーン。マックイーンも宿題に手を付けていた。
「期待してますわよ。キタサン」
「はい!マックイーンさん!」
「オイオイオイ、アタシはどーなんだよォ〜!アタシを見ろよマックイーン〜」
「はいはい、せいぜい出遅れないようにしなさい」
「ちぇ〜」
部室は、和やかな笑いに包まれた。彼女たちの織りなすチームワークと絆が、スピカの強さなのだ。
“不沈艦”ゴールドシップ&“お祭りウマ娘”キタサンブラック参戦ッ!
──そして。