中山レース場。
その日は9月後半、土曜日。祝日でもなければ何かの記念日でもない。しかし、中山レース場はまるでGⅠレースの日のような混雑を極め、人でごった返していた。
『さぁ……本日……始まってしまいます。今世紀例のない。異色の戦い!!』
実況の赤坂さんにも徐々に熱がこもってゆく。
『これは夢なのか現実なのか……いや、これは現実だ!これがレースだッ!!』
『言わざるを得ない……ッ!幸運ッ!僥倖ッ!棚ぼたっ……!今ここにいる観客の皆様は……確実に大きな幸福の中にいます!』
『オープン特別レース、芙蓉ステークスに今……“6人のGⅠウマ娘”が集結している──ッ!』
『先日華々しいデビューを飾ったバロンイーストへの……まさかの新人歓迎会ッ!』
『先輩たちよ、気は確かかァ──ッ!?ファンファーレとともにパドックへやってきた最初のウマ娘は──』
『1番“日本総大将”スペシャルウィークだぁーっ!』
歓声が一気に上がる。レッドカーテンの中から、紅い羽織の勝負服に身を包んだ、スペシャルウィークが現れた。
『おおっとぉ!?これは……スペシャルウィークのファンサービスだ!勝負服をまとってのパドック入場〜ッ!』
会場に鳴り響く歓声はさらにヒートアップ。
「皆さん!本日は、応援よろしくお願いします!」
『次のウマ娘は2番──キタキターッ!キタサンブラックぅ〜!』
「はぁ〜んっ!そいやっ!せいやぁ!祭りだ!祭りだぁ!」
『“お祭りウマ娘”キタサンブラック!巨大なうちわとマイクを持って入場です!なんとキタサンブラックまで勝負服!?いつもの黒い勝負服です!キタサンブラック!今日は祭りだ!!』
「その通り!ご来場の皆さん、今日は楽しい大祭り!楽しんでいってくださいね!」
観客に巨大うちわを振るキタサン。盛り上がる観客たち。
『続いて3番。ゴールドシップの入場です』
しかし、しばらくしても誰もカーテンから出てくる気配がない。妙な雰囲気が会場に流れ出す。
『……え、あの……ゴールドシップの入場です!』
やはり、出ない。すると観客席の中から、真紅の勝負服に身を包んだゴルシが、ひょっこりと姿を表した。
「ぴすぴ〜す!ゴルシちゃんだぞー!」
『いたー!あんな所にいたー!ゴールドシップ!ゴールドシップです!観客席のこどもたちとふれあいながら、まさかの登場!ゴールドシップも勝負服!みなさん!どうやら今日はGⅠレースだったようです!』
会場が一気にどよめくも、ゴルシは観客へファンサービスしながらパドックへと降りてきた。
「やーやーどーもどーも!ゴルシちゃんをよろしくー!握手か?ほらよ。惚れてもいいんだぜ。サイン?いいぜー……ほらよっと!」
そう言うと、ファンが手に持つ色紙に蹴りを入れ、蹄鉄の跡をつけた。
「わはははは!ゴルシちゃん見参!!宣言するぜ。バロンイースト、胸を貸してやらぁ。後その他大勢!あ、かかってきやがれい!」
歌舞伎のようなポーズを決めるゴルシ。観客たちからは爆笑の渦が湧き起こり大きな拍手が上がる。
『えー……続きまして4番。オグリキャップ!いつもの白い勝負服です!』
その名と同時に大きな歓声があがる。巻き起こるオグリコール。
『ついに姿を現した“シンデレラグレイ”オグリキャップ!バロンイーストとは、同じく地方出身同士!対決に注目です!』
「オグリキャップだ。よろしく頼む」
『続きまして5番!“白い稲妻”タマモクロス!タマモクロスも勝負服!サービス満点!』
「みんなぁ!ウチやでぇ!!」
レッドカーペットの上をバク転や側転、ロンダート、前宙をしながらアクロバットにパドックインするタマ。そのパフォーマンスに大きな歓声が巻き起こる。
「今日は忘れられない一日にしたる。ウチの走り、よお見とけや!おい、マイクよこしぃ!」
「あぁ、ちょっと……!」
キタサンからマイクを奪い取るタマ。
「オグリィ!今日こそは決着つけたるで!バロンイースト共々ターフに沈めたるわ!」
タマの派手なマイクパフォーマンスに湧き上がる観客たち。タマからマイクを受け取るとオグリは答えた。
「受けて立とう……!」
さらに湧き立つ観客。会場のボルテージは最高潮だ。流石のタマモクロスである。
『続きまして、6番。お待たせしました……本日の1番人気……“怪物”ナリタブライアンの入場です……っ!』
会場が一気に静まり返る。その雰囲気に息を呑む。
ブライアンの歩み、一歩一歩が会場に響き渡った。
『ナリタブライアン……!この黒い勝負服は“BLAZE”!これは本気だ、ナリタブライアン!』
『続きまして、7番。トモエナゲ。特徴は抜群の逃げ脚。スピードに優れたウマ娘です』
『続きまして、8番。カジュアルスナップ。タフなスタミナとコーナリングが得意なウマ娘です』
観客たちの雰囲気が一気に冷めたものとなる。まばらな拍手。
『……皆様、盛大な拍手を、拍手をお願いします!』
『えー……最後となりました。9番!バロンイースト!』
先程まで冷え切っていた雰囲気が、一気に再燃した。
カーテンの中からゆっくり歩いてくるバロンイースト。
「なんやて!?もう用意しとったとは……」
「ほう」
「へぇ〜やるじゃねぇか、アタシほどじゃねぇが」
「かっこいいです!」
「ですね!」
「……」
一人、無言のブライアン。
バロンイーストは、赤を基調とした白と金の勝負服を着ていた。
胸元が大きく開いたライダースジャケット風の勝負服で、インナーはタンクトップ。腕部分は長袖だが肩と脇の部分が空いている。パンツはタイトで腰の外側からくるぶしにかけて大きく一本スリットが走り、それを紐で編み込み留めているという非常に挑戦的なデザイン。靴はハイカットのライダーブーツ。
バロンの豊満かつ筋骨隆々とした巨躯を惜しげもなく見せつける、まさに無頼に相応しい勝負服である。デザインは鉄とバロン合作。
『なんとびっくりバロンイースト!勝負服初お披露目です!これは先輩たちへの意趣返しか!?私は受けて立つぞ!逃げも隠れもしないぞ!そのような意思が伝わって来るようです!!』
バロンは、覇気と色気が入り交じる独特な雰囲気をまとったまま堂々と観客に歩み寄り、勝負服を見せつけた。
その悪魔的肉体美に、会場の熱狂がかつてないものとなった。
ロッカールーム。
舞台袖では、ウマ娘たちはそれぞれの思いを抱え、それぞれの興奮を味わっていた。ここは個々の控室に移る前のロッカールーム。
トモエナゲとカジュアルスナップは、固い足取りで室内を走り回りながら、スターウマ娘たちへ、ツーショットやサインをねだっていた。
彼女たちからすれば、今後二度と共に走ることはないであろう相手である。必死になるのは当然。しかし反応はみな様々。快諾する者もいれば、拒否する者もいた。
「あぁん!?なんやてぇ!?サインがほしいやと!!」
小さな身体に似合わず、タマが発する迫力は、度肝を抜くものがあった。
「は、ひゃい……」
「写真を……一枚だけ……」
すっかり怯えてしまったトモエナゲとカジュアルステップ。それに追い打ちをかけるように、タマが語りかける。
「アンタら……レース舐めとんか?今日ここに集まったヤツ、全員敵やねん。ソレ、わかっとる?」
「……それは」
「ごもっともで……」
「アンタらバロンイーストと同期やろ?一番ガツガツしてないでどーすんねん!!」
「ひぃ……」
「見てみぃ、バロンイーストを。あれが先輩に胸ぇ借りようってツラか?ちゃうなぁ?……アレはどーみても、全員喰ったる!ってツラやろ……!!」
「そ、そうですね……」
「だったら自分らもヘコヘコしとらんでドッシリ構えんかい!えぇか?レースに絶対はない!確かに不利や、自分らが勝つ可能性は、低いやろな。だが……もし勝てば……」
「勝てば……?」
思わず声を合わせ、ごくりと生唾を飲む二人。
「ヒーローになれるで」
「ヒーローに……?」
「そうや。ウチらブチ抜いて1着とれば、オープンだろうと、もうヒーローや。テレビにも出れる。新聞にも載る。グッズにもなる……家族にも楽させられるで?」
「か、家族に……!」
「私、人気者になりたい……!」
「そーやでぇ!その調子や!ウマ娘は勝ってナンボや。勝負の前から負けたらアカンで。頑張りや」
「ありがとうございますッ!タマモクロス先輩!」
「ありがとうございます……っ!」
二人が立ち去ろうとすると、タマはそれを制止した。
「ん、誰もサイン書かへんとは言ってないやん。色紙貸してーな。何枚?」
「あ……出来たら5枚」
「私も……5枚」
「って多いなー!書くけどもー!」
その後、タマは二人の為にウマスタやウマッターの写真、動画撮影にも快く応じた。
バロンイーストの控室。
勝負服から体操着に着替えてきたバロン。それもそのはず。本来勝負服とは、GⅠレースの時にのみ着用するものなのだ。
控室には、既に鉄とタキオンが待っていた。
「……」
無言で鉄と目を合わせるバロン。
「おっ、来たかバロン」
「バロン君、今日の調子はどうだい?」
「──すこぶる……快調だ」
「バロン、お前に授ける作戦は今は何もない。あるとすればただ一つ……」
「……」
バロンの視線が鋭いものへと変わった。
「勝ってこい!それだけだ……」
「──わかった」
(これでいい……これが正解……バロンには、バロンの走りをさせればいい。俺はただその背中を送り出すだけっ……!)
「頑張れ……バロン!」
バロンの背中を、鉄が優しく押した。相手が男ならばバシッといく鉄だが、そこは女の子。左手は添えるだけ。
「──!」
バロンは、気合が入ったようだ。
同じ頃、ゴールドシップの控室。
チーム“スピカ”のトレーナー、沖野が愛バたちへ慟哭をぶつけていた。
「お前らなぁあああ!俺に黙ってオープンに出るなんてどういうことだぁ〜!?」
取り乱している沖野。しかし、そこは歴戦のトレーナー。すぐに冷静さを取り戻す。
「全く……鉄ちゃんになんて顔して会えばいいんだよ……ウチから3人も……これじゃあまるで俺が悪の手先みたいじゃないか!?」
「え、なにそれ、ウケる〜」
キタサンとすごろくをしながらケタケタ笑うゴルシ。
「ウケる〜!じゃない!いいか!登録しちまった以上、もうしょうがない……」
──全力で走ってこい。普段の沖野は、そう言って愛バたちを送り出してきた。しかし、今は状況が違う。生徒会の蛮行も、沖野とて許してはいない。
「……ほどほどにだ。ほどほどに走ってこい。あくまで今回の主役は、バロンイースト、トモエナゲ、カジュアルスナップなんだからな。あ……だが、チカラを抜きすぎるなよ?消極的レースは、最悪登録抹消まである重罪だ……!」
「んだよ、先に暗黙の了解を破ったのはアイツらじゃねーか」
ぶーぶー文句を言うゴルシ。
「覚悟はできています。それに……ブライアンさんが全力で来ても、ほどほどに、ですか?」
チーム“スピカ”リーダー。スペシャルウィークが真剣な眼差しで応える。
「それは……」
言葉を詰まらせる沖野。
「これはスカーレットさんのお願いですから。キタさんもゴールドシップさんも思いは同じです」
スペが二人に視線を合わせる。 うなずく二人。
「……生徒会の横暴。流石に許せません。デビューしたてのウマ娘の前哨戦。調整レースに殴り込むなんて、フェアじゃないですから」
サイコロを振るいながらキタサンも応える。
「ゴルシちゃん爆発すんぞ」
真顔で、そして低い声で不気味に応えるゴルシ。
「やめてくれよ……」