中山レース場。
『さて、いよいよ本日のメインイベント、芙蓉ステークスのスタートです!晴れやかな空のもと、芝、2000m。9人のウマ娘たちが挑みます』
ファンファーレが終わると、ウマ娘たちが次々にゲートへと入っていく、観客席からは期待の声。
『1番人気から3番人気まで紹介しましょう!』
『1番人気。三冠ウマ娘“怪物”ナリタブライアン!』
『2番人気。“日本総大将”スペシャルウィーク』
『3番人気。“シンデレラグレイ”オグリキャップ』
『どの子も絶好調といった具合です。皆様注目のバロンイーストは惜しくも4番人気!しかしこのメンバーでの4番人気も凄まじい人気です!期待が広がります!各ウマ娘、ゲートイン完了』
──ゲートが一斉に開き、混沌の芙蓉ステークスがついに始まってしまった。
観客席から歓声が上がる。
先頭に立ったのはキタサンブラック、一歩ずつ蹄鉄を鳴らしながら力強く先頭をキープしていく。
『キタサンブラック、早くもトップに立つ!しかしトモエナゲ!負けじと食らいついています!』
続いたのはスペシャルウィーク。先行の走行スタイルで二番手の位置をキープしていく。
『流石のスペシャルウィーク!いつでも先頭はとれるという位置取りでしょうか、スペシャルウィークにカジュアルスナップが並走します!がんばれカジュアルスナップ!!』
しかし、後方ではブライアンや他のウマ娘たちも執拗に追い上げていく。
『第一コーナー通り過ぎまして、第二コーナー!ナリタブライアンが追い上げてきた!これは激しいレースが繰り広げられそうだ!』
「ぬっ……!」
しかし、ブライアンの前方にはスペシャルウィーク。右にはオグリキャップ。左にはタマモクロス。完全なるブライアン包囲網。
「ゴルァ!逃さんでブルァイアン!」
「報いを受けてもらおう……!」
一方のゴルシとバロンは、バ群の内側、後方にポジションをとり、不気味に潜む。
「ハァイ♪」
「……」
なんとも言えない間抜け面でバロンに挨拶をするゴルシ。バロン、これを無視。
『ゴールドシップ、内側からじわりじわりとせめています。見逃せませんね!』
各ウマ娘が熱いバトルを展開していく。中山レース場はまさに熱気に包まれ、観客たちは一体感と興奮に湧き立っていた。
『第三コーナー!ああーっとここでトモエナゲ、スタミナ切れか!?失速ッ!』
「ま、まだ……まだぁ〜!あぐ……ぅ……」
「ここだ……!」
トモエナゲが後方に下がってきた時、それを回避する動きがバ群にあった。ブライアンはその動きに生じた隙を見逃さなかった。
「はぁあああ──!」
──しかし、越えられない。
「あげません──ッ!!」
スペシャルウィークの見事なステップワークにブライアンは翻弄されていた。
「ぐっ……!」
スペシャルウィーク、オグリキャップ、タマモクロスによるブロックは想像以上に堅く、道は閉ざされていた。
「やるっ……!」
白熱するレース展開。しかし、その様子を観客席から不満げに見つめる者たちがいた。
「けー……なんでぃなんでぃ。のけものにしやがって。あたしだってバロンイーストとやってみたかったのに……」
“大井の最終兵器”イナリワン。
「まぁまぁ、今回はバロンちゃんとのレースではないでしょうから、また今度ですね〜」
その隣に立つのは“無尽の大河”スーパークリーク。二人とも、オグリとタマの親友であり、ライバルであるGⅠウマ娘である。
ちょうど、その隣ほどの席に、鉄とタキオンたちは居た。
「ふぅン、ここまで私の予想通りだねえ。いかにブライアン君と言えど、あの布陣は破れまい」
「……タキオン。これは、お前の差し金か?」
「ノーコメントだ」
「関係ねえ……誰がどんな走りをしようが、バロン……!」
「……」
その時、バロンは暗い世界を一人、走っていた。厳密には、遠い観客席にぽつんと見える鉄とタキオンだけが、色づいて明るく見える。
「──足……跡……」
バロンが走る世界──そこにはバロンだけが視える、光る足跡が走っていた。バロンは、ただひたすらにその足跡を追っていく。やがてたどり着く。勝利に。
──そして消し飛ばす。全てを。
『最終コーナー通過!中山の直線は短いぞ!後ろの二人は間に合うか!?』
「──視える」
その瞬間、バロンは全身の筋肉に力を込めスパートをかけた。筋肉のパンプアップにより、まるで身体が一回り大きくなったように見えた。
『き、来た!来た!バロンイーストが来た!凄い足であがってくるバロンイースト!』
「……よしっ」
『ああーっとどうした!?キタサンブラックまさかの失速!?下がるオグリキャップ!先頭はスペシャルウィーク!……お!?持ち直したキタサンブラック!!ナリタブライアン、またも囲まれてしまった!』
「……これもテイオーさんに言われたんですか!?」
速度を調整し、ブライアンと並走するキタサンブラック。
「……」
しかし、ブライアンは答えない。さらに加速しようとするブライアン。キタサンをはね飛ばそうとする。
「せいやぁ!」
ブライアンの強力無比なタックルに動じないキタサン。二人のフィジカルは互角。ふと、笑うブライアン。
「……随分でかくなったな」
「……ふっ!」
勇ましく笑い合うブライアンとキタサン。
『最終直線!さあ……誰だ……勝つのはー!』
「がうぉおおおおおおおおおおお!!」
一人、また一人と抜き去っていくバロン。その姿、まるで野獣。
「いい……走りだ」
「おう!いったれぇ!」
バロンを見送るオグリとタマ。しかし、スペは加速した。
(いけない、ブライアンさんはまだやる気だ)
「三冠の重み……思い知れっ──!」
『ナリタブライアン激走!スペシャルウィークに迫りくる!残り300m!』
──その時、ブライアンに電流走る。
「あ……あね……姉貴……」
突如、観客席の中に実姉ビワハヤヒデを発見したのだ。
観客席の姉と視線を交わしたブライアン。姉の目は、まるで自分を叱りつけているようだった。
ブライアンは失速すると、後続へと沈んでいった。
「……」
「なあ、タキオン。この子は……?」
「紹介が遅れたねえ。私の友人。ビワハヤヒデ君だよ」
「ビワハヤヒデだ……今回は、競争の激しいチケットを譲ってくれてありがとう。トレーナー君。タキオン君」
「はぁ……ビワハヤヒデ!?てことは……」
「ククク……精神攻撃は基本だねえ」
『ああーっと!どうしたことだ、ナリタブライアンまで失速!?これは勝負の行方はいずこへ!?』
構わず爆走していくバロン。バロンの走りに、先輩たちは皆、希望を見た。しかし──。
「うっしうっし」
『ゴールドシップ!?なんとゴールドシップだ!いつの間にかバロンイーストの背後にピッタリとくっついていた!現在3番手!』
「ゴールドシップさん!?」
流石に驚愕する先頭のスペ。予定と違うのである。
「わり」
「え……!?」
青ざめるスペ。
「──!」
「へへ……!」
高速の世界の中で、見つめ合うバロンとゴルシ。
同じ追込戦術を持つ者同士か、或いは、同じく気性難のウマ娘同士惹かれ合うものがあるのか、ゴルシまさかの離反。
『残り100m!最後はバロンイーストとゴールドシップの一騎打ちだぁああああ!!』
こうなると、もはやゴルシを止められる者は誰もいない。バロンは、勝つしかない。ただ、勝つしか。
「いけぇええ!バロン──!頑張れぇええ!!」
「くっ……やはりイレギュラーだったかゴルシくん……ゆけ!バロンくぅぅぅン!!」
暗い世界の中に、声が聴こえた。温かい、優しく包み込んでくれる声が。
(──鉄……タキオン)
──視える。道が、勝利への道筋、未来が。暗い世界の中に一筋の光がほとばしる。
「ごぁあああああああああ!!」
「うぉおおおおおおおおお!!」
『ゴール!』
観客席の中、沖野が手を組み天を仰ぎ、神に祈っていた。
「ゴルシのヤツ!ち、着順は……!?」
『1着はバロンイースト!2着はゴールドシップ!3着はスペシャルウィーク!』
「ほっ……」
沖野は、息を吐くと胸を撫でおろした。
会場の声援と興奮がピークへと達し、健闘したウマ娘たちへ大きな拍手が送られる。
バロンとゴルシは、芝を削りながら激しくブレーキをかけた。
「はぁ……はぁ……なんだよ……結構やるじゃねぇか。月に浮かぶ亀の甲羅くらい固い牙城だったぜ」
「……」
「決勝で……待つ。バロンイースト……」
そう言うと、ゴルシはそのままライブ会場へと去っていった
ゴルシを無視するバロン。すると、スペも歩み寄って来た。
「いいレースでした。バロンイーストさん。今度はこのような形ではなく、正々堂々戦いましょう」
手を差し伸べたスペ。しかしバロンはその手を取らなかった。
「……」
スペちょっとションボリ。無言のバロン。
「……」
すると、キタサンが後ろからバロンへ声をかけた。
「勝負……どちらが先にテイオーさんを倒すか勝負!バロンちゃん!」
「──バロン……ちゃん」
バロンは耳を回し、少しだけ動揺した。さらにはタマとオグリも近づいてくる。
「よう、バロンイースト。えぇ走りやったで〜これからも頑張りや……言っとくが、シニアGⅠではこうはいかん。オープンだけや……覚えとき」
タマは最初にこやかだったが、最後にドスをきかせた声でささやくと、レース場を後にした。それに続くオグリ。振り向くと、オグリは一言だけバロンへ添えた。
「君がシニア級にやってくるのが待ち遠しい。また、学園で……」
ブライアンは歓声の中、一人立ち尽くしていた。その様子を見ると、バロンはゆっくりとブライアンへ近づいて行った。
「──茶々が入った」
「……同情のつもりか」
「──次は……こうはいかん」
「ふふ……私の台詞だろ。それは」
「──明朝6時。グラウンドで待つ」
「なんだと?」
「……」
それだけ言うと、バロンは鉄たちの方へと向かって歩いていった。そこにはビワハヤヒデがいる。ハヤヒデは、ブライアンをじっと見つめていた。
「……っ」
ブライアンは、逃げ出すようにレース場を後にした。
バロンイースト、芙蓉ステークス、通過。