グラウンド。
ある日の夕方。
「よーし!もう休んでいいぞバロン!」
今日も鉄とバロンはトレーニングに勤しんでいた。
するとそこへ、一人のウマ娘が現れた。
「あ……鉄……さん?」
「え……?」
聴き親しんだ声に、振り向く鉄。そこにはかつての教え子、キングシルバーがいた。
「やっぱり!鉄さんだ!」
「シルバー……お前も中央に来たか」
キングシルバー。カワサキトレセン学園からスカウトされてやってきた実力派ウマ娘である。
「ちょっと前に転校してきて……やっと会えた……鉄さん」
歩み寄ろうとする二人。すると鉄とシルバーの間にバロンが割って入った。
「……」
無言でシルバーに圧を飛ばすバロン。しかし、シルバーには通じていないようだ。
「あなたが……バロンイースト?」
「──その顔、知っているぞ」
バロンは覚えていた。コイツは、鉄のスマホに写っていた、あの芦毛のウマ娘だ。と。
「私はキングシルバー。鉄さんの元担当よ」
「──バロンイースト。鉄の“現”担当だ」
二人の間に緊張が走る。
するとそこへ学園の理事長秘書、たづなが現れた。
「シルバーさん、グラウンドにいらしてたんですね」
「たづなさん」
「いかがですか?そろそろ担当トレーナーを決めないと……」
鉄をまっすぐ見つめるシルバー。
「……はい、決めました。私は、もう一度鉄さんと走りたい。鉄さんに、担当になって欲しいです……中央《ここ》でも……!」
「──なにィ……ッ!」
驚愕するバロン。いつも冷静なバロンが、珍しく取り乱している。
「なんだって?そりゃあ……」
突然の申し出に、鉄も驚く。たづなは、鉄ならば安心だといった笑顔だ。
「まぁ、そうですか!それは安心です!」
「ちょ……ちょっと待ってください。たづなさん」
少し考え込む鉄。すると、鉄は口を開いた。
「シルバー……積もる話もある。今日のところは、ここで解散しねぇか。今度また、担当トレーナーについて一緒に考えよう」
「……わかりました。じゃ、後でスマホに連絡入れときますね」
「おう、サンキュー」
すると、シルバーはたづなと一緒にその場を立ち去っていった。たづなは、立ち去る際に軽く会釈していった。
「──鉄、連絡とはどういうことだ。未だにアイツと連絡を取り合っていたのか?」
「いや?昔交換した番号だが……今は全然連絡とってないな」
「……」
するとバロンは少し安心したような顔を見せた。
「──そうか」
「あ、でもお前が初勝利した時は祝電送ってきたぞ。電話で……」
「……」
「いい子だぞ?」
バロンはそっぽを向くとそのまま寮の方へ歩き出してしまった。
「うーん……」
鉄は困ってしまった。元教え子のシルバーが中央に来たのは嬉しかったが、まさかここでも自分の担当になりたいと志願して来るとは思わなかったのだ。
翌日。
放課後。トレーナー室に集まった鉄、バロン、タキオン、シルバー、そしてたづなの5人。一部緊張感が走る中、基本和やかに談笑していた。
窓の外から差し込む夕日が、部屋を優しいオレンジ色に染めていた。
「たづなさん、俺としては、あまり多人数の育成は好ましくないというか……もっと他にトレーナーはいるでしょう……?」
「それが……今中央トレセン学園は未曾有の人手不足でして、一人のトレーナーが複数の担当ウマ娘を受け持つのは当たり前になっているんです」
トレーナー室の窓からは、グラウンドで日常的な練習をしている他のウマ娘たちの姿が見えた。確かに、チーム練習をしているウマ娘が多い。
「なるほど……だから俺もすんなり出戻りできた訳ですか……」
すると、タキオンが楽しそうに口を挟んだ。
「ほうほう、なんだかまた面白そうなことになってるねえ。両手に華かい?トレーナーくぅン?」
「真面目な話だぞ」
「はは、わかってるとも」
「……」
バロンはタキオンの言葉にピクリと反応しながらも、心の中で何かを思案しているようだった。
「なぁ……タキオンはどう思う?シルバーの加入について」
鉄がタキオンに問いかけた。
「おや、私に聞くのかい?珍しいね。私としては賛成かな。実験の協力者が増えるのはありがたい」
「私、なんでもやります!」
シルバーは自信満々に宣言した。
「ンンン!?君ィ!今、なんでもやると言ったね?素晴らしい!是非彼女をチームメイトとして迎えるべきだ」
タキオンは嬉しそうだったがしかし、バロンは何か悲しげな表情を浮かべていた。
「──タキオン……」
「バロン君……気持ちは分かるが……たづなさん、トレーナー君がシルバー君を新たに受け持った場合、特別手当がおりますよね?」
「はい、規則ですから」
たづながうなずく。
「と言う訳だ。トレーナー君の指導力ならば、一人増えたところで問題あるまいよ。懐事情も考慮すべきだねえ」
「──ぬ」
しかし、非常にイヤそうな顔を見せるバロン。
「鉄さん!私、頑張りますから、もう一度……もう一度一緒に走りましょう!私、鉄さん以外のトレーナーなんて嫌です!」
身を乗り出し、鉄の手を取るシルバー。それを見て、見るからに苛つくバロン。
「……そこまで言われちゃあ」
「うふふ、信頼されているのは良いことですよ。鉄さん」
いたずらっぽく、たづなさんが笑う。
「所で……路線はどうするんだね?バロン君と被る訳にはいかないだろう。君はスプリンターか?」
「マイラーです!中距離も少々……」
「ほう、マイラー。ということは目指すはトリプルティアラか……バロン君はクラシック三冠、目標の被りも無いねえ」
4人の女性の視線が鉄に集中する。
「……わかった。シルバー、ここでもよろしくな。やるからにはとことんやるぞ……!」
鉄は自分の両膝を叩くと、たづなの用意した書類にサインをし始めた。
「はい……!そうこなくちゃ!」
鉄と握手するシルバー。その様子をじっとバロンは見つめていた。
「よかった!また理事長に良いご報告ができます。ありがとうございます。鉄さん」
「いえ、こちらこそ……」
「では、私はこれで……」
書類を受け取ったたづなは、トレーナー室を後にした。
「さて、今日はトレーニングは休みの日だが、実験でもどうかね、トレーナー君」
「はいはい……詳細見せろ、詳細を」
「コレさ」
ペラ紙を鉄に手渡すタキオン。
「なになに……限界までグラウンドを走らせた後、薬物の投与(錠剤)か……安全性は?」
「いつも通りさ。私自身で試してある。あとは限界まで走って疲労した脚が欲しい」
「わかった……バロン、やれるか?」
「──任せろ」
「面白そう、私もやります!」
「いいねえ、データは多いほどいい。よろしく頼むよ」
キングシルバーを新たな仲間として迎え、チームは次なる局面へと向かっていた。
次のバロンの目標、すなわちGⅠ最初の関門。ホープフルステークス──。
ちょうど同じ頃。
生徒会室。
そこには帝王がいた。身体からただならぬオーラを発しながら、苛つきを隠せないでいる。
「負けたね……ブライアン」
帝王の声がブライアンを責めたてるように室内に響く。
「……」
帝王の前で、ただ黙っているブライアン。
「だから言ったんだ。オペラオーも出すべきだって……さぁっ……!」
ブライアンの肩にかかとを乗せる帝王。そして力を込めると、屈強なブライアンですら、その膂力に跪いた。
「うっ……!」
「キミを信頼して送り出したボクが悪かったのかなぁ……でもさぁ、あの程度の包囲網も突破出来ないなんて、弱くなったんじゃない?ブライアン」
さらに力を強める帝王。呻くブライアン。
「くっ……!」
「オペラオーなら、あの程度はすり抜けてたよ……」
「……がぁっ!」
しかし、ブライアンは屈服しない。あくまで帝王の支配に抵抗する。
「なに……その目」
さらに力を込めようとしたその時、ブライアンの背後にいたルドルフが帝王の足を掴んだ。
「その辺でいいだろう」
「……カイチョーに感謝するんだね」
そう言うと、帝王はブライアンの肩から脚をおろした。
「っはぁ!……はぁ……はぁ……!」
凄まじい圧力から解放され、過呼吸になるブライアン。
「ちぇっ……つまんない。退屈だなぁ〜……!」
その時、室内にエアグルーヴが入ってくる。
「テイオー、また仕事だ……どうした!?ブライアン!」
書類を机に置くと、エアグルーヴはすぐにブライアンを助け起こした。
「な、なんでもない……」
「……テイオー、スペシャルウィークたちは、お前に制裁したんだぞ。その意味、分からぬ訳ではあるまい」
エアグルーヴの言葉が厳しく響くも帝王はどこ吹く風。
「キミに“スピカ”のことをどうこう言われたくないな……それに、そういうエラソーなことはボクに一度でも勝ってから言ってよね」
「……そうか。とにかく仕事だ。終わるまで離れないからな」
「わかってるよ……ボクは帝王だからね」
帝王は苛つきながらも執務についた。