グラウンド。
ある日の午後。バロンとシルバーは鉄の厳しい指導の下、走り込みのトレーニングを行っていた。
「はぁっ……!」
「──ふっ!」
二人のスタートダッシュは対照的だった。野性味に溢れ我流に身を任せるバロンと、基本に忠実で教科書通りといった風なシルバー。
(流石シルバー……優等生だな。中央にスカウトされるワケだ……)
シルバーの見事なスタートダッシュに感心する鉄。だが、鉄の感性は既にバロンの野性に魅了されていた。
(しかし……バロンほどじゃない。やはり、モノが……エンジンのサイズがそもそも違う。バロンがフェアレディZ《3000cc》なら、シルバーはせいぜいシルビア《2000cc》……それほどの差……!)
しばらくして、走り終えたバロンとシルバー。ほぼ同時にゴールした。
「……」
「はぁ……はぁ……鉄さん、どうでしたか!」
「あ、あぁ……よかったぞ。シルバー。だけど……」
「だけど……?」
「最後のコーナーから、もう少し力を込めて走れないか?トップスピードに至るまで、時間がかかり過ぎている」
「うっ……」
「シルバー、お前のスピードの速さは俺もよく知ってるが……パワーも欲しいな。あと、今の時代には合ってないかも知れないが……根性だ。もっと走りに根性入れていくぞ」
「……わかりました!根性入れていきます!」
「その意気だ!桜花賞では、並外れたスピードとパワーが求められる。その二つを支えるのが根性だ。俺はそう思ってる。お前ならやれる。俺もめいいっぱい支えるから」
「はい……ありがとうございます!」
「バロン、お前はちょっとこっち来い」
「バロンがどうかしたんですか?」
シルバーは一応、鉄門下の先輩なのでバロンを呼び捨てていた。年齢は同世代。尤も、バロンはシルバーのことを先輩、などと呼んだりはしないが。
「……」
バロンは、ぬっと鉄のもとに近づいた。息を切らしているシルバーに比べて、全く息を切らしていないバロン。
「バロン、シルバーの相手はそんなに退屈か。手を抜いて走ったろ?」
「え……?」
鉄の言葉に驚くシルバー。しかし、言われてみれば、バロンは自分ほど必死に走っていなかったようにも見える。
「──退屈……ではない」
「そうか……力が、自然と抜けちゃったのか?」
鉄の口調は優しく、バロンを諭すように話した。
「──観察していた。このシルバーが、どこまでやれるのか」
淡々と話すバロン。
「……それで?」
「……」
バロンは、それ以上何も語らなかった。ただ、シルバーをじっと見つめていた。その瞳はシルバーを哀れんでいるようで、可哀相な小動物を見ているような視線だった。
──シルバー、これに当然キレる。
ウマ娘としてのプライド、自分を信じて送り出してくれた家族や友人たちの気持ちを軽んじられたように感じ取ったのだ。
バロンは、ただ弱い身体に生まれた者を心底憐《あわ》れんだだけ。強者故の傲慢。強者故のいらぬ気遣い。
「この……!」
「やめろシルバー!」
「くっ……うっ……!ぐく……」
バロンに飛びかかろうとするシルバー。が、鉄が間に割って入ると、すんでの所でシルバーは思いとどまり、鉄の胸に顔をうずめた。優しく受けとめる鉄。
「バロン……シルバーはな、チームメイトなんだ。対等に接するんだ」
「──わかってる。だから、わかろうとした……!」
シルバーを抱きとめる鉄を見て、バロンは少し声を上擦らせた。
「……今日のトレーニングは終わりだ」
「──鉄」
「すまん、バロン……走ることばかりで、お前に友達の作り方を教えてこなかった俺が悪いんだ……今度、またゆっくりできる時に話そう。シルバーも、ほら泣くんじゃねえの」
「はい……」
シルバーは鉄にタオルをかけられ、汗を拭かれていた。
「髪ちょっと伸びたな〜シルバー。お前の芦毛は本当に綺麗だな」
「……ありがとうございます」
シルバーは嬉しそうに汗を拭かれていた。鉄に触られていると安心する。なぜかそう思ってしまうシルバーであった。
「……」
バロンは、ショックを受けていた。自分のコミュニケーション能力が低いばかりに、鉄に苦労をさせている。そう思うと、とても哀しくなってきたり、苛立ったりしてしまうのだ。
「ほら、バロンもこい」
鉄はシルバーを拭き終わり、新しいタオルを取り出すとバロンに向き直った。
「──今日は、いい」
本当はいつものように触れて欲しいのに、なぜか断ってしまった。その一瞬を深く後悔する──が。
「遠慮すんなって」
「──あ」
鉄がバロンの手を引くと、その巨体が驚くほど簡単に前へもたげた。
「ほれ、汗だくじゃねぇか。よく拭いとかねぇとよ」
先程まで苛立っていたのに、つい鉄の言う通りになってしまう。
「よっし、終わり。今日は上がりだ。二人とも夜ふかしせずよく寝ろよー……あ、そうだ。バロン──」
「──?」
翌日の放課後、トレーニングは休み。その次の日も丸々一日休み。
中庭。
一人、バロンは物思いに耽りながら、ニンジンを食べていた。傍らには、ニンジンがどっさり入ったダンボール。
バロンは、鉄に息抜きをするように言われていた。
息抜きの方法も色々説明された。街に遊びに行ったり、買い物に行ったり、学園内の施設を利用してのんびり過ごすのも良い。
しかし、どれもバロンにはしっくりこない。本音を言えば、鉄かタキオン。それか、ルドルフと共に過ごしたかった。
その三人くらいしか、バロンが心を許せる人物は思い浮かばなかった。
だが、鉄は仕事。タキオンも用事があって一緒には過ごせない。ルドルフはそもそも連絡先を知らない。
そして、バロンはふらりと商店街をうろつき、ニンジンを買食いしようと八百屋で買い物をしたら、偶然福引を引く権利を得た。
商店街キモ入りの福引キャンペーン……!
そして当然のように当たり。やはりバロン。魅入られている。天に。
ニンジンをダンボール一箱分。本数にして50本あまりを手に入れたバロンは、意気揚々と中庭で舌鼓をうっていたのだ。
(──たまには外出してみるものだ)
新鮮なニンジンを噛み締めながら、天に感謝するバロンであった。
しかし、嗅ぎつけてくる。血に飢えた獣たちが……ニンジンの匂いを……!
「よう。千葉県産か……いいモン食ってんじゃねぇか」
「また会ったなー」
「……ツラ貸しな」
異様な雰囲気を放つ三人組が現れ、バロンはいつの間にか囲まれていた。その中には、見知った顔もあった。
「──いいだろう」
空き教室。
「……」
バロンは、薄暗い教室に案内された。カーテンからかすかに漏れる西日が、不気味に屋内を照らしている。
本棟から離れた場所にひっそりと位置するそこには電気が通っているようで、部屋にはコタツやテーブルがいくつか置かれており柔らかいカーペットも敷かれていた。
部屋の調度品とは打って変わってその雰囲気は異様そのものだった。泣き叫ぶ者、狂喜乱舞する者、すかんぴんとなって、ただ呆然としているだけの者と、三者三様。
既に部屋にいたウマ娘たちから、様々な視線がバロンへ向けられた。
「こっちだ。驚いたか?レクリエーション室だよ」
「表向き……だけどな……ククク」
「アタシのこと覚えてっか?ゴルシちゃんだぞ」
「──忘れるものか」
「よーし、オメー礼儀はちゃんとしてんだな。芙蓉ステークス、楽しかったな」
バロンはゴルシと強く握手を交わした。
「私はシリウスシンボリだ。よろしくな。バロンイースト。バロンって呼ばせて貰うぜ」
「──シンボリ……?」
「あぁ……“皇帝”サマとはちょっとした知り合い同士でね。お前のこともよく知ってるよ……バロン」
「……」
無言でシリウスと握手するバロン。
「ナカヤマフェスタだ……仲良くしようぜ。バロン」
「──あぁ」
「お前ももう分かってんだろ……?ココはただのレクリエーション室じゃねえ。ゲームの勝ち負けにニンジンを賭けている……“ニンジン賭博”だ……っ!」
ナカヤマは狂気じみた笑顔で部屋全体を指し示すように両手を広げる。
「タネ銭持ってるみたいだからよ……誘ってやったんだぜ」
バロンの抱えるダンボールを指差しながら、シリウスも不敵に笑う。
「ククク……お前ら全員ゴルシちゃんのカモだぜ」
ゴルシも不気味に笑い続ける。
そう、三人は友情を紡ぎつつも、あわよくばバロンからニンジンを奪い取ろうと画策していたのだった。
「──で、勝負の内容は?」
「ククク……流石だぜバロン。話が早くて助かる……お前、麻雀《マージャン》のルールは分かるか……?」
その瞬間、普段はあまり感情を表に出さないバロンの口元が、少しだけニマリと笑った。
「──麻雀か……麻雀は、オレが最も得意とするゲームだ……やるか?」
「それはこっちの言うセリフだぜ……お前が私たちに挑むんだ。バロン……!」
ナカヤマはかぶっているビーニーの端を少しだけ持ち上げると、鋭い視線をバロンへと向けた。
「──勝負だ……!」
「ククク……よし、簡単にハウスルールを説明しよう。赤牌アリ、東南戦・アリアリ・25000点持ち・30000点返し、テンパイ連荘・一本場300点、頭ハネ。四風連打・四人立直・四開槓は流局。九種九牌も流局──」
長々とハウスルールを説明していくナカヤマ。
「──くどい。ペーパーはないのか?」
「あるぜ」
ハウスルールの書かれた紙をバロンに渡すシリウス。
「ま……後で聞いてねぇぞってんで、暴れられても困るから説明したんだけどな」
やれやれといった様子のナカヤマ。
「大丈夫だよ。コイツは多分そんなダセーことはしねーからよ」
何故か信頼感のあることを言うゴルシ。
「──書かれていないが、オープンリーチに振り込んだ場合は?役満払いじゃないだろうな?」
「そんなアホな取り決めはねぇよ」
「──ニンジンのレートは?」
「一本2500点だ」
「──よくわかった。始めよう」
今、バロンVSナカヤマVSシリウスVSゴルシの闇の麻雀勝負が幕を開けた。